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第3章 競争排除則
03-025 生き残る術
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沿岸海運は、ヒトとドワーフの商人に握られている。エルフは満載排水量200トン程度の木造船しか保有しておらず、ヒトやドワーフは満載排水量1000トンから1500トンの木造船を運用している。
エルフが海運に乗り出すには、時期的に遅すぎる。ドワーフは3本マストの帆走船だが、ヒトは蒸気レシプロ船を運行している。
コストのドワーフとスピードのヒトが、海運シェア獲得を争っている。
エルフがいまさら手出しできる状況ではない。
健吾が未完成で残した排気量400cc空冷2サイクル単気筒のエンジンは、4気筒化すれば2トンから3トンの貨物を積んで、時速40キロ以上で走行できる。
蒸気船が8ノット(時速15キロ弱)なので、ヒトの海運よりも速く運べる。
健吾は「エルフが輸送で戦うにはこれしかない」と確信していた。
健吾は木樽でいいからタンクトレーラーを作り、トラクターを何台か用意してヒトの土地だけでなく、ドワーフの領域まで達したいと望んでいた。
そのためのルート開拓が始まろうとしている。
すべてのエルフの道は商都ホルテレンに到る。この街は現在、都になっている。だが、太志によれば東西を結ぶ街道を南北につなぐ間道があるという。
地元のエルフによれば、道幅が狭く、路面状態が悪く、ウマや徒歩ならともかく、馬車は無理だと。
しかし、太志は海岸に到ることなく、クルマでクルナ村に到っている。
南北の間道をつないでいけば、クルマで通行でき、シンガザリの勢力圏を避けつつ、クウィル川に到るルートがあるはず。
最初の計画では、シルカ、耕介、太志、亜子の4人でクウィル川中流北岸まで行くつもりだった。
だが、またもやフィオラの父親が暗躍した。村長を説得して、この探検の予算の一部を出させたのだ。条件は、村の職員2人が同行すること。
外交部のアカハイと、交易部のスカランが加わる。この決定を耕介は歓迎する。田舎の自治体だが、それでも正規の外交交渉ができる。商売以上の何かを期待したい。
蓮太が留守番になるが、彼の面倒はショー家族が申し出た。しかし、最終的にフリッツとナナリコが預かることになった。
ナナリコが「母親の真似事をしたいから……」と。
夜勤のフリッツを除いて、館の多くが食堂に集まっている。彩華は自室に籠もったまま。亜子が付き添っている。
耕介が説明する。
「健吾は、ヒトとドワーフの領域と直接交易する方法を考えていた。
あいつの最初の考えでは、動力船を建造して沿岸を南下する。
だが、現実的な問題、海運でヒトとドワーフに対抗することには無理がある。速いヒト、安いドワーフ。
では、エルフは?
遅くて、高いじゃ、張り合えない。
で、陸路を考えた。健吾は、空冷2サイクル単気筒ディーゼルを残している。これを4気筒化することで、トラクターを製造できる。油壷を積んだトレーラーを牽引して、ヒトの領域はもちろん、その南のドワーフの土地まで運んでいける」
いつものことだが、この会議に紛れ込んでいるフィオラの父親が、耕介の言葉に興奮している。
耕介が続ける。
「だけど、問題がある。
シンガザリが、西辺の南北街道を封鎖しているんだ。
それに、トロールの侵入もある。
なので、クルナ村を発して、シンガザリの勢力圏を通らず、クウィル川中流の渡渉点に達するルートを開拓しなければならない。
このルートは、太志が通っているが、詳細な記録をしていたわけではない。それに、大きな荷車が通れるかはわかっていない。
今回、我々はこのルートを開拓し、クウィル川北岸に達したあと、川を渡って西に向かう。西辺のヒトの国と交易し、南に進み、ヒトとドワーフの土地を分けるハトマ川に達するまで進む。
今回は、ここまで。
最長1カ月を想定している。その間、厄介な問題が起きると思う。
でも、乗り越えてくれ。
この調査が成功すれば、俺たちは生き残る可能性を高めることができる。
フリッツを中心に団結してくれ」
太志はもともと機械いじりが好きだったが、2億年前から独学で内燃機関に関する知識を得るようにしていた。
その知識・見識・経験を披露する機会は多かった。ヒトの世界の海岸地域や山脈東麓地域では、いろいろな動力が使われていて、太志はその修理で収入を得ていた。
一時期は、粗末だが住居を得たこともあると言う。
ただ、動力の数は少なく、定住では修理の件数が限られるので、旅を続けるほうが収入を得られた。
エルフの土地に入ると、動力がなくなり、仕事が消滅。力仕事を手伝いながら、北に向かった。
耕介は、今回の調査にESKムンゴとイヴェコVM90トルペドを使うことにしていた。
トルベドは軍用の軽車輌で、キャビンと荷室が明確にわかれていない。本来はソフトトップだが、この車輌には造作の悪いFRP製のシェルが取り付けられている。
移住にあたって、車輌にはいくつかの条件があるが、その1つが密閉キャビンだった。その条件を満たすために、急造したようだ。
このシェルを取り外し、鋼板でルーフと車体側面を覆うボディを作った。荷台用に幌骨と幌を用意する。
車体には防弾性能はない。
心美とレスティは、ホルテレンに向かう油の輸送隊に参加することになった。
2人の車輌は、相変わらずボルボC303だ。耕介は今回の調査にこの車輌を希望したのだが、2人に断固拒否された。
「戻ってこられないかもしれないじゃない!
絶対ダメ」
これが心美の返答だった。
実際、戻れない可能性はある。未知の土地への探検・調査だし、太志によればヒトの領域は死臭が漂っている。
山脈東麓の国と海岸部は露骨に危険ではないが、内陸は相当に厄介。海岸部では窃盗、強盗、誘拐は日常茶飯事。
内陸では、何事であれ権力者の都合が悪くなると、魔女や悪魔を理由にして、問答無用で殺される。人権なんて存在しない。
山脈東麓は、比較的治安がいいものの、経済的には海岸部ほど豊かではない。だが、内陸ほど貧しくはない。
しかし、山脈に沿う南北街道がシンガザリによって遮断されると、ドワーフの商人に頼るしかなくなる。
当然、物価が上昇し、インフレになっていく。各国政府と各国の民は、物価高騰に苦しんでいる。
もし、エルフの商人が彼の地に至ったなら、ヒトは歓迎するはず。
耕介は、そう信じていた。
ヒトの土地に入るからなのか、長い旅だからなのか、出発の日は死んだ子のお通夜のような泣き声ばかりだった。
耕介は思い出していた。
「最初にホルテレンに向かうときも、こんな感じだったな。
基本、農民は土地から動かないから……」
アカハイは、夫と子と抱き合って泣いている。
耕介は「大袈裟すぎる」とやや呆れているが、太志も蓮太と抱き合っている。
「必ず帰ってくるからな。
しっかり留守番をしてくれ」
この親子の絆は強すぎる。だいぶ前だが、亜子が「しとしとぴっちゃんだよ。拝一刀と大五郎みたい」と表現したが、あながち的外れではない。
耕介はスラカンの父親から「村役様、我が息子はまだ嫁取りしておらぬ。連れ戻ってもらわぬと、当家は絶える!」と泣きつかれた。
心美は別なことを考えていた。
「C303よりもトルベドのほうが、使いやすそう。交換したほうがよかったかも。
戻ってきたら交換しよう。
戻ってこなかったら、捜しに行こう」
耕介は、東エルフィニアとシンガザリの国境に沿って、クウィル川に至る街道があることを知っていた。実際、そのルートを使ったことがある。
現在、このルートを挟んで東エルフィニアとシンガザリの両軍がにらみ合っている。
東エルフィニア軍は西進の意志はないが、シンガザリは東への侵攻を諦めてはいない。
だが、シンガザリ王は東エルフィニアがこの田舎道を突破してくることを恐れて、戦力のほとんどをこのラインに集中している。
結果、東エルフィニアに帰属したアクセニの北側は総じて平和だった。
南下は当初、順調だった。しかし、シンガザリの勢力圏に近付くと、荒廃した村が多くなる。
シンガザリ軍からスパイと疑われたら、泣くことしかできない赤ん坊だって絞首刑にされる。
シンガザリ国王は、シンガザリ的歴史観を受け入れない民は誰であれ殺しまくった。シンガザリ国王はエルフ唯一の王であり、シンガザリ王家は全エルフを支配する唯一の存在だと、国王は信じている。
彼が信じるものは善であり、同時に真実であった。彼が信じないものは悪であり、同時に国王に対する反逆であった。
国王への反逆は、究極の犯罪であり、疑われるだけで死に値する。
そう信じるシンガザリ国王だが、多くのエルフから蔑みの目で見られている。
彼は、そのことを知っているし、それが許せない。
だから、シンガザリの勢力圏には近付けない。途中から進路を東寄りに変更する。
最初のキャンプ地は、シンガザリの勢力圏からあまり離れていなかった。
食事が終わり、焚き火を囲みながらの歓談が進んでいく。キャンプの位置が関係するのだろう、勢いシンガザリ関係の話題になっていく。
村の対外交渉官であるアカハイが、ある村で飯屋を営んでいた男の話を始める。
「飯屋の主は権威を重んじる男だった。
エルフの社会は議論ばかりで、物事がなかなか進まない。その状況を苦々しく思っていた。
彼は妻には意見を許さず、子には口答えさせなかった。
アクセニ全域がシンガザリに降るか抗うか、議論をしているとき、村の有力者であった飯屋の主はいち早くシンガザリ国王への恭順を主張した。
シンガザリ国王の即断即決が、彼の体質に合っていたから……。
そして、村はシンガザリ軍に戦わずに降った。それを受け入れない村民は、北に向かって避難していった。
事件はシンガザリ軍の進駐から5日を経ずに起きた。
飯屋の主は、捕らえられた。理由は、軍の活動を妨害した罪だった。
飯屋は、昼間は食事を提供し、夜は酒と肴を出す。
シンガザリ兵は、飯屋に代金を払わない。これは慣習化している。
ある夜、飯屋の主はシンガザリ兵に飯代の支払いを強く求めた。これが、軍の活動を妨害したとされた。
翌日の即決裁判で、飯屋の主は死罪。家族はシンガザリ軍および国王に怨みを抱くかも知れないので、連座して死罪となった。
公開絞首刑だ。
6歳の娘は恐怖に泣き叫びながら処刑され、10歳の息子は父親をにらみつけながら足を宙に浮かせた。
妻は、無言で刑を受け入れた。
飯屋の主は、家族が殺されていく様子を見ながら、自分の愚かさを悔いたそうだ。
独裁を愛した男は、独裁によって殺されようとしていた。
だが、死ぬことはなかったらしい。村から避難していた村民たちが、解放軍を組織して村に攻め込み、処刑寸前だったエルフたちを助けたからだ。
だが、飯屋の主は数日後、自ら生命を絶った。彼をにらんでいた息子の目が忘れられず、心を病んでしまったかららしい」
スカランが引き継ぐ。
「シンガザリの民は暴君の圧政に苦しんでいるように感じるけど、実際は違うんだ。
民の多くは国王を支持している。
国王自体、シンガザリの歴史家や思想家の影響から、現在の特異な考えに至っている。
民の多くも、シンガザリ国王に恭順しないものは殺してもいいと考えている。それが正しい道であり、対立する考えを容認すれば、いずれは自分たちが滅びてしまうと信じている。
我々はシンガザリがどうなろうと知ったことではないが、王の民はそう考えてはいない。
シンガザリ国王が全エルフを統治するか、全エルフが滅びるかの二択しかないんだ。
恐ろしい考えだよ。
だけど3番目の選択肢がある。
シンガザリだけが滅びる……」
耕介は村の職員、文民がどう考えているのか理解した。
どう考えても第3の解決策以外に選択肢はない。そのためにも、富がいる。戦うための財政力がなければ、第3の選択肢を選べないのだ。
だから、彼らは危険を冒してヒトの土地に向かおうとしている。アクセニと境を接するトレウェリのクルナ村は、海岸付近の村や街よりもシンガザリが怖いのだ。
東西の街道には、宿場や陣屋、隊商のキャンプサイトが整備されているのだが、南北をつなぐ間道にはそんなものはない。
小川や池など、水場を見つけて、野営するしかない。
それでも、隊商を希に見かけるし、行商人の馬車も通行している。
もの悲しいわけじゃない。
だが、村があっても通過するだけ、立ち寄れないし、立ち寄っても何もない。飯屋も旅籠もない。
クルナ村の中心部は、東西の街道が貫いているが、南北の街道からは離れている。それでも、古くから飯屋と旅籠があった。
つまり、南北の交通路は主要道ではないのだ。
そして、東西を結ぶ主要街道から外れている村は、往々にして盗賊の獲物になりやすい。
4日目の夜は、緯度でホルテレンよりも南に達していた。
道は悪くないのだが、通過する村の荒廃は尋常ではない。家屋が焼け落ちていたり、壁が崩れていたり、相当に荒れている。
それでもエルフの姿がある。
丘陵に囲まれたわずかに平らな土地にある村は、空濠と木柵に囲まれた物騒な様子だった。
耕介は、村の直前で車列を止め、1人で門に向かう。
職業兵ではないが、よく訓練された門衛に誰何される。
「俺は、クルナ村のコウだ。農民で商人でもあるのだが、シンガザリを避けて南に向かっている。
この村を通ることはできるか?」
門衛は、マニュアル通りの対応をする。
「そのためには、荷改めをする。
よいか!」
「かまわない。
ひまわり油を運んでいる」
荷改めは厳重で、おざなりではない。それだけに時間がかかる。
耕介は、どことなくシルカに似た雰囲気の女性を見ていた。美形だが、冷たい表情をしている。
その女性が歩いてくる。耕介は不覚にも、勃起してしまった。だが、彼女は耕介を無視するように通り過ぎた。
「おまえ、確か、シルカ?」
シルカが女性を見る。
「私をなぜ知っている?」
「第4小隊にいたアウロラだ」
シルカも気付く。
「確かに顔を知っている。
老けたがな」
「おまえも老けているぞ」
「この村で何をしている?」
「保安官補だ。
実際は用心棒なんだが……。
シルカは?」
「故郷に帰った。
仲間とともに、ひまわり油をヒトの土地に運ぶ途中だ」
「この村は、周辺の村もだが、かつてはコムギとヒマワリの大産地だったんだ。
だけど、シンガザリの侵攻で、南北を貫く街道がとられてしまい、いまではホルテレンからやってくる商人に買い叩かれているよ。
ライムギでどうにか飢えを凌いでいるんだが、盗賊も跋扈していてね。
村々は安全じゃぁない。
この村はどうにか盗賊から守っている。
ゴンハジのおかげでね」
シルカは、判断に迷っていた。盗賊の存在は事実だろうし、この土地が安全でないこともウソではない。
だが、この村が安全かは別。
村自体が盗賊の拠点である可能性がある。つまり、アウロラは保安官補ではなく、盗賊の一味かもしれない。
60歳を過ぎているであろう、無精髭の男が走ってくる。
「おい、軽油を持っているなら、少し分けてくれ!」
耕介は驚いた。無精髭の男が肩にかけている銃はが、64式小銃だからだ。
「あんた、日本人か?」
耕介の日本語の問いかけに、無精髭の男は腰を抜かさんばかりに驚く。
「あんたこそ、日本人なのか?」
答えはエルフの言葉だった。
男が続ける。
「俺は権堂肇。
日本語はほとんど忘れてしまっている。
40年も使っていないから……」
「自衛官か?」
「いや、海上保安官だった。
いまは、この村の陸上保安官だよ。
さぁ、村に入ってくれ。
一杯飲もう」
権堂肇は2億年前に妻と子を亡くしていた。2億年後への移住は、任務で参加した。2トントラックには2人が乗車する予定だったが、1人が逃亡。
結局、彼が1人で時渡りする。
そして、ゲートの出口には誰もいなかった。
積荷は不運にもトイレットペーパーなど日用品。食料は、官給品と自前で用意した羊羹やチョコレート、氷砂糖や飴だけ。水は非常用として20リットルポリタンク2個、燃料はタンク満タンとジェリカン4缶。
トラックが高床キャンターだったことと、荷が軽いこと以外は完全に不運だった。
「選択肢は少なかった。
水がないからね。
2日待ったが、誰も来ない。俺は、自分だけが違う時代に時渡りしたんだと思った。
死が眼前に迫ると、妻子に死なれて自暴自棄だったのに生への執着が出てきたんだ。
北か東以外の選択肢はないから、考えに考えた。すると、東南東の方向に鏡の反射が見えたんだ。
モールスだと確信した。だが、意味がわからない。知らない言語の可能性だってある。
で、鏡の反射に向かって進んだんだ」
ゴンハジは、太志と同じ行動をしていた。
「600キロ進むと、乗り捨てられたクルマを見るようになる。
車内や荷台を漁り、燃料タンクを調べた。
どれもガス欠で捨てられたみたいだった。
食料と水以外は、何でも手に入った。
武器は持っていたから、銃は回収しなかったけど、7.62ミリ弾と9ミリ拳銃弾は1発も残さずもらったよ。
これから、何があるかわからないからね。
誰かの役に立てばと思い、トイレットペーパーは乗り捨てられているトラックに積み直した。
テントやゴムボートなど、ほしいものは何でも手に入れたけど、燃料と食い物だけはなかった。
山脈の西麓に達すると、ガス欠以外の理由で乗り捨てられているトラックが現れるんだ。
大型じゃぁ、山脈を越えられないからね。
でも、どうやら一部は西麓にとどまろうとしたらしい。住居の痕跡をいくつか見たんだ。集落とも呼べない規模だが、定住を試みた連中がいたらしい。
でも、無理だったんだと思う。
西麓には、ヒトも、エルフも、ドワーフも住めないからね。いまだから、わかることだけど。
山脈越えのルート探しは1カ月かかったよ。何度も偵察して、越えられそうなルートを見つけた。
それが、イズラン峠だった。
その間の食い物は、魚だけ。味付けは塩だけ。塩焼きに、塩水煮、甘塩漬け干物は大量に作ったよ。
そのうち、塩もなくなってしまった」
ゴンハジは昼間からよく飲むのだが、彼の妻と子が杯を空けるごとに説教している。
妻はエルフで、子はヒトとのハーフ。
保安官として村民から信頼されていることは明らかで、治安が悪化するまでは村役を務めていた。
シンガザリの侵攻に伴う治安の悪化が起こると、彼は村役を辞任し、村を守るために保安官になった。
そして、彼の防衛方針は成功していた。周辺の小村や集落のエルフは、彼が住む村であるフラーツに避難していた。
シルカは、同じ部隊にいた3人の兵と話している。4人とも奴隷兵で、本来なら死ぬまで除隊はなかった。だが、主家が滅んだ際、自由の身となった。エルフには労働奴隷はいないが、戦闘専門の奴隷がごく少数いる。
多くは、王を名乗る土豪の軍に属している。国王を名乗り武装する土豪は、長期にわたって政権が脆弱だったアクセニだけに存在する。
シルカは杯に満たされたワインを少し飲む。3人を信用してはいない。同じ部隊にいただけで、顔見知りでも、友人でも、戦友でもない。
それは、3人も同じだ。
「シルカ、この村はゴンハジがいるから守れている。
私たちは盗賊になるつもりで、この村を襲ったのだが、ゴンハジに手玉に取られた。
まったく刃が立たなかったよ。剣で、ではなく、戦いっぷりがとんでもないんだ。
街道で、行商の懐を狙うより、この村にいたほうがおもしろい生き方ができる。
おまえもどうだ!」
シルカが無表情に微笑む。
「私は十分におもしろい生き方をしている。
最近、友が死んだ。
悲しかった。記憶にある限り、誰かが死んで悲しいと感じたことがない。
だが、その男が死んだと知ったとき、声を出して泣きたかった」
アウロラが軽蔑の目を向ける。
「男に惚れたか?」
シルカが否定する。
「いや、友だ。
よき友であった。
彼の意志を継ぐ助けになりたいのだ。
せっかくの誘いだが、断る」
アウロラは納得しない。
「その遺志とは、戦士であるおまえを縛るほどのものか?」
「あぁ、壮大なものだ。
壮大すぎて、全体が見えないほど……」
アカハイとスカランは、フラーツの村長や村役と会談していた。
村長と村役は絶句している。
「陸路でひまわり油を運ぶ?
馬車では無理だ。運べる量が限られるし、軽荷でなければウマがもたない」
アカハイが説明する。
「村長様、村役様、機械の力で運びます」
村長は納得しない。
「そういう機械があることは知っている。
しかし、あれは大量の水と油が必要だ」
アカハイは、耕介からの説明を理解している。
「それは、蒸気機関という動力を用いた機械です。
私たちは別の機械を使います。
油が燃料ですが、使う油の量が少なく、力が強く、水を必要としません。
私たちの機械なら、ウマの並足ほどの速さで、10樽を積んだ荷車を4台連結して運べます。馬車では登れない急坂でも、登れます」
村役たちがざわつく。
村長は懐疑的。
「ヒトは魔法を信じているが……。
それに近いな」
ゴンハジは、耕介の話に耳を傾けていた。
「本当にこの世界で、人工石油で走る空冷ディーゼルが作れるのか?
そもそも、人工石油なんて作れるのか?」
耕介は確信している。
「空冷2サイクル4気筒で、排気量1600cc。計画では35馬力を発揮する。牛歩の歩みだけど、飛ばせる道がないから十分な速度だ。
それと、人工石油を製造するプラントを手に入れていたんだ。
偶然ね。日本製で、2億年後に到着した時期は古いけど、荷台がアルミパネルのトラックに積まれていて、完全に密閉されていた。
無傷だった。経年劣化はあるけど、修理なしで稼働したよ。
大気中の二酸化炭素と水があれば、石油の類似品が作れる。生成すると、軽油やガソリンになる。
当初は、クルマを動かすのに苦労した。植物油で動かす方法を編み出したり、バイオディーゼルを作ってみたり、いろいろやった。
だけど、人工石油プラントを手に入れてからは、ヒトやドワーフの商人から足下を見られることもなくなった。
軽油はともかく、ガソリンの代替は難しいから、連中はガソリンの供給と引き替えに、ひまわり油の価格を叩いてくる。
悪どいよ。ヒトも、ドワーフも」
ゴンハジがフンと笑う。
「エルフもな」
確かにエルフも相応に卑劣だ。
路傍の縁台での酒はうまい。耕介は、ゴンハジに好感を持ち始めていた。
「コウさん、軽油の他にも頼みがあるんだが……」
「何です?」
「7.62ミリNATO弾とパラベラム弾があったら、少し分けてくれないか。
法外でなければ、代金は払う。ヒマワリの種で、だが……」
耕介は、ゴンハジが望んだ弾を各100発ずつ引き渡した。
亜子は「簡単に信じていいの?」と不安を感じていたが、耕介は強行した。同じ心配をしていたので、亜子に「油断するな。武器は手放すな」と伝える。
耕介は、ボディアーマーとヘルメットは脱いでいた。しかし、拳銃は左胸に下げたまま。
夕暮れになると、弓を持つ村民が櫓に上っていく。
櫓には、半鐘らしき金属塊が下げられている。
耕介はゴンハジに誘われて、村の集会場で馳走になる。アカハイとスカランも一緒だ。
シルカは、アウロラたちと番所に行った。番所は保安官詰所のような施設。
亜子と太志は、完全武装のまま車内で寝た。
イヤな緊張を強いられる夜が始まった。
エルフが海運に乗り出すには、時期的に遅すぎる。ドワーフは3本マストの帆走船だが、ヒトは蒸気レシプロ船を運行している。
コストのドワーフとスピードのヒトが、海運シェア獲得を争っている。
エルフがいまさら手出しできる状況ではない。
健吾が未完成で残した排気量400cc空冷2サイクル単気筒のエンジンは、4気筒化すれば2トンから3トンの貨物を積んで、時速40キロ以上で走行できる。
蒸気船が8ノット(時速15キロ弱)なので、ヒトの海運よりも速く運べる。
健吾は「エルフが輸送で戦うにはこれしかない」と確信していた。
健吾は木樽でいいからタンクトレーラーを作り、トラクターを何台か用意してヒトの土地だけでなく、ドワーフの領域まで達したいと望んでいた。
そのためのルート開拓が始まろうとしている。
すべてのエルフの道は商都ホルテレンに到る。この街は現在、都になっている。だが、太志によれば東西を結ぶ街道を南北につなぐ間道があるという。
地元のエルフによれば、道幅が狭く、路面状態が悪く、ウマや徒歩ならともかく、馬車は無理だと。
しかし、太志は海岸に到ることなく、クルマでクルナ村に到っている。
南北の間道をつないでいけば、クルマで通行でき、シンガザリの勢力圏を避けつつ、クウィル川に到るルートがあるはず。
最初の計画では、シルカ、耕介、太志、亜子の4人でクウィル川中流北岸まで行くつもりだった。
だが、またもやフィオラの父親が暗躍した。村長を説得して、この探検の予算の一部を出させたのだ。条件は、村の職員2人が同行すること。
外交部のアカハイと、交易部のスカランが加わる。この決定を耕介は歓迎する。田舎の自治体だが、それでも正規の外交交渉ができる。商売以上の何かを期待したい。
蓮太が留守番になるが、彼の面倒はショー家族が申し出た。しかし、最終的にフリッツとナナリコが預かることになった。
ナナリコが「母親の真似事をしたいから……」と。
夜勤のフリッツを除いて、館の多くが食堂に集まっている。彩華は自室に籠もったまま。亜子が付き添っている。
耕介が説明する。
「健吾は、ヒトとドワーフの領域と直接交易する方法を考えていた。
あいつの最初の考えでは、動力船を建造して沿岸を南下する。
だが、現実的な問題、海運でヒトとドワーフに対抗することには無理がある。速いヒト、安いドワーフ。
では、エルフは?
遅くて、高いじゃ、張り合えない。
で、陸路を考えた。健吾は、空冷2サイクル単気筒ディーゼルを残している。これを4気筒化することで、トラクターを製造できる。油壷を積んだトレーラーを牽引して、ヒトの領域はもちろん、その南のドワーフの土地まで運んでいける」
いつものことだが、この会議に紛れ込んでいるフィオラの父親が、耕介の言葉に興奮している。
耕介が続ける。
「だけど、問題がある。
シンガザリが、西辺の南北街道を封鎖しているんだ。
それに、トロールの侵入もある。
なので、クルナ村を発して、シンガザリの勢力圏を通らず、クウィル川中流の渡渉点に達するルートを開拓しなければならない。
このルートは、太志が通っているが、詳細な記録をしていたわけではない。それに、大きな荷車が通れるかはわかっていない。
今回、我々はこのルートを開拓し、クウィル川北岸に達したあと、川を渡って西に向かう。西辺のヒトの国と交易し、南に進み、ヒトとドワーフの土地を分けるハトマ川に達するまで進む。
今回は、ここまで。
最長1カ月を想定している。その間、厄介な問題が起きると思う。
でも、乗り越えてくれ。
この調査が成功すれば、俺たちは生き残る可能性を高めることができる。
フリッツを中心に団結してくれ」
太志はもともと機械いじりが好きだったが、2億年前から独学で内燃機関に関する知識を得るようにしていた。
その知識・見識・経験を披露する機会は多かった。ヒトの世界の海岸地域や山脈東麓地域では、いろいろな動力が使われていて、太志はその修理で収入を得ていた。
一時期は、粗末だが住居を得たこともあると言う。
ただ、動力の数は少なく、定住では修理の件数が限られるので、旅を続けるほうが収入を得られた。
エルフの土地に入ると、動力がなくなり、仕事が消滅。力仕事を手伝いながら、北に向かった。
耕介は、今回の調査にESKムンゴとイヴェコVM90トルペドを使うことにしていた。
トルベドは軍用の軽車輌で、キャビンと荷室が明確にわかれていない。本来はソフトトップだが、この車輌には造作の悪いFRP製のシェルが取り付けられている。
移住にあたって、車輌にはいくつかの条件があるが、その1つが密閉キャビンだった。その条件を満たすために、急造したようだ。
このシェルを取り外し、鋼板でルーフと車体側面を覆うボディを作った。荷台用に幌骨と幌を用意する。
車体には防弾性能はない。
心美とレスティは、ホルテレンに向かう油の輸送隊に参加することになった。
2人の車輌は、相変わらずボルボC303だ。耕介は今回の調査にこの車輌を希望したのだが、2人に断固拒否された。
「戻ってこられないかもしれないじゃない!
絶対ダメ」
これが心美の返答だった。
実際、戻れない可能性はある。未知の土地への探検・調査だし、太志によればヒトの領域は死臭が漂っている。
山脈東麓の国と海岸部は露骨に危険ではないが、内陸は相当に厄介。海岸部では窃盗、強盗、誘拐は日常茶飯事。
内陸では、何事であれ権力者の都合が悪くなると、魔女や悪魔を理由にして、問答無用で殺される。人権なんて存在しない。
山脈東麓は、比較的治安がいいものの、経済的には海岸部ほど豊かではない。だが、内陸ほど貧しくはない。
しかし、山脈に沿う南北街道がシンガザリによって遮断されると、ドワーフの商人に頼るしかなくなる。
当然、物価が上昇し、インフレになっていく。各国政府と各国の民は、物価高騰に苦しんでいる。
もし、エルフの商人が彼の地に至ったなら、ヒトは歓迎するはず。
耕介は、そう信じていた。
ヒトの土地に入るからなのか、長い旅だからなのか、出発の日は死んだ子のお通夜のような泣き声ばかりだった。
耕介は思い出していた。
「最初にホルテレンに向かうときも、こんな感じだったな。
基本、農民は土地から動かないから……」
アカハイは、夫と子と抱き合って泣いている。
耕介は「大袈裟すぎる」とやや呆れているが、太志も蓮太と抱き合っている。
「必ず帰ってくるからな。
しっかり留守番をしてくれ」
この親子の絆は強すぎる。だいぶ前だが、亜子が「しとしとぴっちゃんだよ。拝一刀と大五郎みたい」と表現したが、あながち的外れではない。
耕介はスラカンの父親から「村役様、我が息子はまだ嫁取りしておらぬ。連れ戻ってもらわぬと、当家は絶える!」と泣きつかれた。
心美は別なことを考えていた。
「C303よりもトルベドのほうが、使いやすそう。交換したほうがよかったかも。
戻ってきたら交換しよう。
戻ってこなかったら、捜しに行こう」
耕介は、東エルフィニアとシンガザリの国境に沿って、クウィル川に至る街道があることを知っていた。実際、そのルートを使ったことがある。
現在、このルートを挟んで東エルフィニアとシンガザリの両軍がにらみ合っている。
東エルフィニア軍は西進の意志はないが、シンガザリは東への侵攻を諦めてはいない。
だが、シンガザリ王は東エルフィニアがこの田舎道を突破してくることを恐れて、戦力のほとんどをこのラインに集中している。
結果、東エルフィニアに帰属したアクセニの北側は総じて平和だった。
南下は当初、順調だった。しかし、シンガザリの勢力圏に近付くと、荒廃した村が多くなる。
シンガザリ軍からスパイと疑われたら、泣くことしかできない赤ん坊だって絞首刑にされる。
シンガザリ国王は、シンガザリ的歴史観を受け入れない民は誰であれ殺しまくった。シンガザリ国王はエルフ唯一の王であり、シンガザリ王家は全エルフを支配する唯一の存在だと、国王は信じている。
彼が信じるものは善であり、同時に真実であった。彼が信じないものは悪であり、同時に国王に対する反逆であった。
国王への反逆は、究極の犯罪であり、疑われるだけで死に値する。
そう信じるシンガザリ国王だが、多くのエルフから蔑みの目で見られている。
彼は、そのことを知っているし、それが許せない。
だから、シンガザリの勢力圏には近付けない。途中から進路を東寄りに変更する。
最初のキャンプ地は、シンガザリの勢力圏からあまり離れていなかった。
食事が終わり、焚き火を囲みながらの歓談が進んでいく。キャンプの位置が関係するのだろう、勢いシンガザリ関係の話題になっていく。
村の対外交渉官であるアカハイが、ある村で飯屋を営んでいた男の話を始める。
「飯屋の主は権威を重んじる男だった。
エルフの社会は議論ばかりで、物事がなかなか進まない。その状況を苦々しく思っていた。
彼は妻には意見を許さず、子には口答えさせなかった。
アクセニ全域がシンガザリに降るか抗うか、議論をしているとき、村の有力者であった飯屋の主はいち早くシンガザリ国王への恭順を主張した。
シンガザリ国王の即断即決が、彼の体質に合っていたから……。
そして、村はシンガザリ軍に戦わずに降った。それを受け入れない村民は、北に向かって避難していった。
事件はシンガザリ軍の進駐から5日を経ずに起きた。
飯屋の主は、捕らえられた。理由は、軍の活動を妨害した罪だった。
飯屋は、昼間は食事を提供し、夜は酒と肴を出す。
シンガザリ兵は、飯屋に代金を払わない。これは慣習化している。
ある夜、飯屋の主はシンガザリ兵に飯代の支払いを強く求めた。これが、軍の活動を妨害したとされた。
翌日の即決裁判で、飯屋の主は死罪。家族はシンガザリ軍および国王に怨みを抱くかも知れないので、連座して死罪となった。
公開絞首刑だ。
6歳の娘は恐怖に泣き叫びながら処刑され、10歳の息子は父親をにらみつけながら足を宙に浮かせた。
妻は、無言で刑を受け入れた。
飯屋の主は、家族が殺されていく様子を見ながら、自分の愚かさを悔いたそうだ。
独裁を愛した男は、独裁によって殺されようとしていた。
だが、死ぬことはなかったらしい。村から避難していた村民たちが、解放軍を組織して村に攻め込み、処刑寸前だったエルフたちを助けたからだ。
だが、飯屋の主は数日後、自ら生命を絶った。彼をにらんでいた息子の目が忘れられず、心を病んでしまったかららしい」
スカランが引き継ぐ。
「シンガザリの民は暴君の圧政に苦しんでいるように感じるけど、実際は違うんだ。
民の多くは国王を支持している。
国王自体、シンガザリの歴史家や思想家の影響から、現在の特異な考えに至っている。
民の多くも、シンガザリ国王に恭順しないものは殺してもいいと考えている。それが正しい道であり、対立する考えを容認すれば、いずれは自分たちが滅びてしまうと信じている。
我々はシンガザリがどうなろうと知ったことではないが、王の民はそう考えてはいない。
シンガザリ国王が全エルフを統治するか、全エルフが滅びるかの二択しかないんだ。
恐ろしい考えだよ。
だけど3番目の選択肢がある。
シンガザリだけが滅びる……」
耕介は村の職員、文民がどう考えているのか理解した。
どう考えても第3の解決策以外に選択肢はない。そのためにも、富がいる。戦うための財政力がなければ、第3の選択肢を選べないのだ。
だから、彼らは危険を冒してヒトの土地に向かおうとしている。アクセニと境を接するトレウェリのクルナ村は、海岸付近の村や街よりもシンガザリが怖いのだ。
東西の街道には、宿場や陣屋、隊商のキャンプサイトが整備されているのだが、南北をつなぐ間道にはそんなものはない。
小川や池など、水場を見つけて、野営するしかない。
それでも、隊商を希に見かけるし、行商人の馬車も通行している。
もの悲しいわけじゃない。
だが、村があっても通過するだけ、立ち寄れないし、立ち寄っても何もない。飯屋も旅籠もない。
クルナ村の中心部は、東西の街道が貫いているが、南北の街道からは離れている。それでも、古くから飯屋と旅籠があった。
つまり、南北の交通路は主要道ではないのだ。
そして、東西を結ぶ主要街道から外れている村は、往々にして盗賊の獲物になりやすい。
4日目の夜は、緯度でホルテレンよりも南に達していた。
道は悪くないのだが、通過する村の荒廃は尋常ではない。家屋が焼け落ちていたり、壁が崩れていたり、相当に荒れている。
それでもエルフの姿がある。
丘陵に囲まれたわずかに平らな土地にある村は、空濠と木柵に囲まれた物騒な様子だった。
耕介は、村の直前で車列を止め、1人で門に向かう。
職業兵ではないが、よく訓練された門衛に誰何される。
「俺は、クルナ村のコウだ。農民で商人でもあるのだが、シンガザリを避けて南に向かっている。
この村を通ることはできるか?」
門衛は、マニュアル通りの対応をする。
「そのためには、荷改めをする。
よいか!」
「かまわない。
ひまわり油を運んでいる」
荷改めは厳重で、おざなりではない。それだけに時間がかかる。
耕介は、どことなくシルカに似た雰囲気の女性を見ていた。美形だが、冷たい表情をしている。
その女性が歩いてくる。耕介は不覚にも、勃起してしまった。だが、彼女は耕介を無視するように通り過ぎた。
「おまえ、確か、シルカ?」
シルカが女性を見る。
「私をなぜ知っている?」
「第4小隊にいたアウロラだ」
シルカも気付く。
「確かに顔を知っている。
老けたがな」
「おまえも老けているぞ」
「この村で何をしている?」
「保安官補だ。
実際は用心棒なんだが……。
シルカは?」
「故郷に帰った。
仲間とともに、ひまわり油をヒトの土地に運ぶ途中だ」
「この村は、周辺の村もだが、かつてはコムギとヒマワリの大産地だったんだ。
だけど、シンガザリの侵攻で、南北を貫く街道がとられてしまい、いまではホルテレンからやってくる商人に買い叩かれているよ。
ライムギでどうにか飢えを凌いでいるんだが、盗賊も跋扈していてね。
村々は安全じゃぁない。
この村はどうにか盗賊から守っている。
ゴンハジのおかげでね」
シルカは、判断に迷っていた。盗賊の存在は事実だろうし、この土地が安全でないこともウソではない。
だが、この村が安全かは別。
村自体が盗賊の拠点である可能性がある。つまり、アウロラは保安官補ではなく、盗賊の一味かもしれない。
60歳を過ぎているであろう、無精髭の男が走ってくる。
「おい、軽油を持っているなら、少し分けてくれ!」
耕介は驚いた。無精髭の男が肩にかけている銃はが、64式小銃だからだ。
「あんた、日本人か?」
耕介の日本語の問いかけに、無精髭の男は腰を抜かさんばかりに驚く。
「あんたこそ、日本人なのか?」
答えはエルフの言葉だった。
男が続ける。
「俺は権堂肇。
日本語はほとんど忘れてしまっている。
40年も使っていないから……」
「自衛官か?」
「いや、海上保安官だった。
いまは、この村の陸上保安官だよ。
さぁ、村に入ってくれ。
一杯飲もう」
権堂肇は2億年前に妻と子を亡くしていた。2億年後への移住は、任務で参加した。2トントラックには2人が乗車する予定だったが、1人が逃亡。
結局、彼が1人で時渡りする。
そして、ゲートの出口には誰もいなかった。
積荷は不運にもトイレットペーパーなど日用品。食料は、官給品と自前で用意した羊羹やチョコレート、氷砂糖や飴だけ。水は非常用として20リットルポリタンク2個、燃料はタンク満タンとジェリカン4缶。
トラックが高床キャンターだったことと、荷が軽いこと以外は完全に不運だった。
「選択肢は少なかった。
水がないからね。
2日待ったが、誰も来ない。俺は、自分だけが違う時代に時渡りしたんだと思った。
死が眼前に迫ると、妻子に死なれて自暴自棄だったのに生への執着が出てきたんだ。
北か東以外の選択肢はないから、考えに考えた。すると、東南東の方向に鏡の反射が見えたんだ。
モールスだと確信した。だが、意味がわからない。知らない言語の可能性だってある。
で、鏡の反射に向かって進んだんだ」
ゴンハジは、太志と同じ行動をしていた。
「600キロ進むと、乗り捨てられたクルマを見るようになる。
車内や荷台を漁り、燃料タンクを調べた。
どれもガス欠で捨てられたみたいだった。
食料と水以外は、何でも手に入った。
武器は持っていたから、銃は回収しなかったけど、7.62ミリ弾と9ミリ拳銃弾は1発も残さずもらったよ。
これから、何があるかわからないからね。
誰かの役に立てばと思い、トイレットペーパーは乗り捨てられているトラックに積み直した。
テントやゴムボートなど、ほしいものは何でも手に入れたけど、燃料と食い物だけはなかった。
山脈の西麓に達すると、ガス欠以外の理由で乗り捨てられているトラックが現れるんだ。
大型じゃぁ、山脈を越えられないからね。
でも、どうやら一部は西麓にとどまろうとしたらしい。住居の痕跡をいくつか見たんだ。集落とも呼べない規模だが、定住を試みた連中がいたらしい。
でも、無理だったんだと思う。
西麓には、ヒトも、エルフも、ドワーフも住めないからね。いまだから、わかることだけど。
山脈越えのルート探しは1カ月かかったよ。何度も偵察して、越えられそうなルートを見つけた。
それが、イズラン峠だった。
その間の食い物は、魚だけ。味付けは塩だけ。塩焼きに、塩水煮、甘塩漬け干物は大量に作ったよ。
そのうち、塩もなくなってしまった」
ゴンハジは昼間からよく飲むのだが、彼の妻と子が杯を空けるごとに説教している。
妻はエルフで、子はヒトとのハーフ。
保安官として村民から信頼されていることは明らかで、治安が悪化するまでは村役を務めていた。
シンガザリの侵攻に伴う治安の悪化が起こると、彼は村役を辞任し、村を守るために保安官になった。
そして、彼の防衛方針は成功していた。周辺の小村や集落のエルフは、彼が住む村であるフラーツに避難していた。
シルカは、同じ部隊にいた3人の兵と話している。4人とも奴隷兵で、本来なら死ぬまで除隊はなかった。だが、主家が滅んだ際、自由の身となった。エルフには労働奴隷はいないが、戦闘専門の奴隷がごく少数いる。
多くは、王を名乗る土豪の軍に属している。国王を名乗り武装する土豪は、長期にわたって政権が脆弱だったアクセニだけに存在する。
シルカは杯に満たされたワインを少し飲む。3人を信用してはいない。同じ部隊にいただけで、顔見知りでも、友人でも、戦友でもない。
それは、3人も同じだ。
「シルカ、この村はゴンハジがいるから守れている。
私たちは盗賊になるつもりで、この村を襲ったのだが、ゴンハジに手玉に取られた。
まったく刃が立たなかったよ。剣で、ではなく、戦いっぷりがとんでもないんだ。
街道で、行商の懐を狙うより、この村にいたほうがおもしろい生き方ができる。
おまえもどうだ!」
シルカが無表情に微笑む。
「私は十分におもしろい生き方をしている。
最近、友が死んだ。
悲しかった。記憶にある限り、誰かが死んで悲しいと感じたことがない。
だが、その男が死んだと知ったとき、声を出して泣きたかった」
アウロラが軽蔑の目を向ける。
「男に惚れたか?」
シルカが否定する。
「いや、友だ。
よき友であった。
彼の意志を継ぐ助けになりたいのだ。
せっかくの誘いだが、断る」
アウロラは納得しない。
「その遺志とは、戦士であるおまえを縛るほどのものか?」
「あぁ、壮大なものだ。
壮大すぎて、全体が見えないほど……」
アカハイとスカランは、フラーツの村長や村役と会談していた。
村長と村役は絶句している。
「陸路でひまわり油を運ぶ?
馬車では無理だ。運べる量が限られるし、軽荷でなければウマがもたない」
アカハイが説明する。
「村長様、村役様、機械の力で運びます」
村長は納得しない。
「そういう機械があることは知っている。
しかし、あれは大量の水と油が必要だ」
アカハイは、耕介からの説明を理解している。
「それは、蒸気機関という動力を用いた機械です。
私たちは別の機械を使います。
油が燃料ですが、使う油の量が少なく、力が強く、水を必要としません。
私たちの機械なら、ウマの並足ほどの速さで、10樽を積んだ荷車を4台連結して運べます。馬車では登れない急坂でも、登れます」
村役たちがざわつく。
村長は懐疑的。
「ヒトは魔法を信じているが……。
それに近いな」
ゴンハジは、耕介の話に耳を傾けていた。
「本当にこの世界で、人工石油で走る空冷ディーゼルが作れるのか?
そもそも、人工石油なんて作れるのか?」
耕介は確信している。
「空冷2サイクル4気筒で、排気量1600cc。計画では35馬力を発揮する。牛歩の歩みだけど、飛ばせる道がないから十分な速度だ。
それと、人工石油を製造するプラントを手に入れていたんだ。
偶然ね。日本製で、2億年後に到着した時期は古いけど、荷台がアルミパネルのトラックに積まれていて、完全に密閉されていた。
無傷だった。経年劣化はあるけど、修理なしで稼働したよ。
大気中の二酸化炭素と水があれば、石油の類似品が作れる。生成すると、軽油やガソリンになる。
当初は、クルマを動かすのに苦労した。植物油で動かす方法を編み出したり、バイオディーゼルを作ってみたり、いろいろやった。
だけど、人工石油プラントを手に入れてからは、ヒトやドワーフの商人から足下を見られることもなくなった。
軽油はともかく、ガソリンの代替は難しいから、連中はガソリンの供給と引き替えに、ひまわり油の価格を叩いてくる。
悪どいよ。ヒトも、ドワーフも」
ゴンハジがフンと笑う。
「エルフもな」
確かにエルフも相応に卑劣だ。
路傍の縁台での酒はうまい。耕介は、ゴンハジに好感を持ち始めていた。
「コウさん、軽油の他にも頼みがあるんだが……」
「何です?」
「7.62ミリNATO弾とパラベラム弾があったら、少し分けてくれないか。
法外でなければ、代金は払う。ヒマワリの種で、だが……」
耕介は、ゴンハジが望んだ弾を各100発ずつ引き渡した。
亜子は「簡単に信じていいの?」と不安を感じていたが、耕介は強行した。同じ心配をしていたので、亜子に「油断するな。武器は手放すな」と伝える。
耕介は、ボディアーマーとヘルメットは脱いでいた。しかし、拳銃は左胸に下げたまま。
夕暮れになると、弓を持つ村民が櫓に上っていく。
櫓には、半鐘らしき金属塊が下げられている。
耕介はゴンハジに誘われて、村の集会場で馳走になる。アカハイとスカランも一緒だ。
シルカは、アウロラたちと番所に行った。番所は保安官詰所のような施設。
亜子と太志は、完全武装のまま車内で寝た。
イヤな緊張を強いられる夜が始まった。
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