96 / 244
第4章
第94話 西アフリカ橋頭堡
しおりを挟む
200万年後のアフリカ西岸の海岸線は、200万年前と大きな変化はない。
だが、シエラレオネのフリータウン付近からセネガルのダカール沖までは、大陸棚のほとんどが陸地化している。
バンジェル島は、200万年前には存在しない。 ガンビアのガンビア川とセネガルのカザマンス川によって、堆積と浸食が繰り返された河口付近の大陸棚が島のようになったのだ。
西アフリカ沿岸は雨が適度に降り、河川の周囲と海岸は森林化している。数十キロ内陸は草原が多く、河川の周囲を除くと、農業用水の確保が難しく、耕作地は少ない。
西アフリカに移住した人々は、おそらく1000人に満たない。数百人が最大だろう。現在の人口を30万とするならば、1000年間で300倍に増えたことになる。
西アフリカへの移住は複数回あった。ギニア湾に流れ出るニジェール川周辺への移住、セネガルからシエラレオネ付近までの大西洋岸への移住、モロッコのカサブランカ付近への移住。それ以外もあったかもしれない。
カサブランカは白魔族に圧迫され、おそらく生き残りは西ユーラシアに再移住した。それらしい話は、何度か聞いた。
ニジェール川周辺の人々は、過酷な自然環境下でヒトのルーツを忘れ、初歩的な農耕と採集狩猟生活に移行していた。
そんな状況で、セロの侵攻を受け、ヴルマンと精霊族からの情報では全滅してしまった。
そして、西アフリカでも、ヒトは苦戦している。
俺たちの生業〈なりわい〉である中古銃の販売は、うまくいっている。だが、中古銃は絶対数が少ない。また、中古銃を生むには、新銃が必要だ。
新品の銃を売り、客が使用中の銃を下取りする。それを整備・修理し、再販する方向に転換した。
そのための銃として、89式5.56ミリ小銃のデザインをベースに7.62×39ミリ弾を使用してポンプアクション化したライフルを開発した。
この銃には“PAR(Pump Assault Rifle)-89”という型式が付けられた。複数の型式の銃床が用意されており、独立したピストルグリップではなく、古典的な木製曲銃床タイプもある。こちらは“PAR(Pump Action Rifle)-30”と呼んでいる。
堅牢で、信頼性の高い銃だ。この銃によって、多くのヒト、精霊族、鬼神族がドラキュロの襲撃から逃れることができた。
しかし、PARよりもさらに小型で軽量な銃が求められた。ヒトは銃を持つために生きているわけではないからだ。
いろいろと検討したのだが、結局、オーソドックスなボルトアクションに行き着く。重量2.5キロ、全長920ミリと小型軽量にまとめられた。弾倉は着脱式箱型で、15発、20発、30発の3種類がある。
調査船アークエンジェルには、乗員用装備として、この銃が50挺配備されている。
調査船アークエンジェルは、バンジェル島の深い入り江のような河口に停泊している。
この河口には、ノイリン西地区の1000トン型武装輸送船2隻も停泊している。中型ヘリコプター2機と補給物資、交代要員を運んできた。この中型ヘリコプターは、Mi-8のコピーだ。俺たちは“ミル”と呼んでいた。ノイリン北地区で製造した。エンジンは、西地区製のターボシャフトだ。
一部の乗員・隊員は、武装輸送船とともに西ユーラシアに戻る。
輸送船はあと20日ほど、ここに留まる。
バンジェル島の面積は850平方キロで、佐渡島とほぼ同じ。無人島だが、ヒトが住んだ形跡があり、石造りの建造物が遺跡のように残っている。島は全体に平坦で、大西洋側は森林だが、大陸側は一部を除いて草原が広がる。大西洋沿岸の森林が防風林の役割をしてくれるので、地上では海風をあまり感じない。
島と大陸を隔てる海域は、ガンビア川とカサマンズ川の豊富な水量と海水が混じり合い、汽水域になっている。汽水ではあるが、塩分はヒトの舌では判別できないほど低い。
3隻が停泊するバンジェル島の河口は、水深が深く、天然の良港といえる。水は驚くほど透き通っている。
上空からは丸見えだ。ここに留まれば、必ずセロに察知される。同時に、開けていることから、我々が航空機を運用するには最適でもある。
ノイリンとヴルマン、そして精霊族は、この河口を当面の拠点に定めた。
アボロの村を出たのち、俺たちは海岸に向かって進んだ。村長〈むらおさ〉テオは、王女パウラを奉じて、第2の都市ブラウで女王として戴冠することを強硬に主張している。
村長テオは、明らかに現実を理解していない。あるいは、現実から逃避している。
一方、シュリを含む王女の護衛たちは、主〈あるじ〉を守るために姿を隠したいと考えている。
護衛たちはセロと戦い、村長よりも状況を直視していた。
王女パウラは、年齢が近いヴルマン商人の娘ミエリキや半田千早とよく話をしている。ミエリキは片言ながらクマンの言葉を解し、我々のよき通訳となっている。
半田千早からの情報では、王女パウラは王位継承を望んでいない。自分の生命を惜しんでいるのではなく、セロと対決してもクマンの人々が殺されるだけだからだ。
賢明な判断だが、同時にクマンが生き残る術を欠いてもいる。
バンジェル島と大陸は、約2キロの海峡で隔てられている。海峡とすべきか、河口の一部とすべきか、迷うような地形だ。
西アフリカの人々は、大きな船を造らない。沿岸や川で使う程度の小船は多いが、長期の航海が可能な船はない。
バンジェル島へは、小船でも渡れる。海峡は穏やかで、速い潮流がない。
大西洋側に森が発達していることから、大陸側に耕作地跡が広がっている。
耕作のためだろうか、例の遺跡のような石造りの建造物の一部が修繕されて使われていた。農作業小屋や穀物倉庫として、使っていたようだ。
島には、動物が少ない。体長1メートルほどのカラカルに似たネコ科動物が棲息するが、ヒトを襲うような種ではない。草食獣では、肩高80センチほどのガゼルに似た鯨偶蹄類の草食獣がいる。
この2種が最大種で、ほかは小動物だ。
この島は、現状でも1万人以上でも自立した経済を確保できる。
また、大型の水上船を持たないセロに対しては、海峡が濠の役割をしてくれる。天然の要害ではないが、対セロ戦では防衛に向いている。
調査船アークエンジェル船長クラウスは、アボロの避難住民の収容施設として、最近の使用痕跡がある石造りの建物の利用を考えていた。
そのことは、無線で避難住民と行動を共にしている、俺にたちにも伝えられていた。
半田千早、ヴルマン商人の娘ミエリキ、王女パウラの3人は、歩きながらいろいろな話をしている。
ミエリキが半田千早にいう。
「銃がないと不安だよね」
千早が問う。
「どうして、丸腰だったの?」
ミエリキが答える。
「禁止されていたの。
銃って、ヒト同士の争いにも使えるでしょ。
西アフリカに銃を伝えたら、戦争になってしまうかもしれないから……」
半田千早が重ねて問う。
「それって、ヴルマンの掟なの?」
「100年以上、厳しく守られていたの。
それと、ヴルマンに銃が大量に入ってきたのは最近でしょ。
ベアーテ様がノイリンと懇意にするまでは、銃なんてほとんどなかったから……。
銃は知っていたけれど、白魔族との戦いで少し手に入る程度だったの」
「白魔族から鹵獲したの?」
「うん……。
銃が手に入ったら、一族の宝になったんだよ」
「ノイリンだって、銃は一生ものだよ」
「チハヤの銃、すごいね」
「これは、北地区の装備。
私の銃じゃないの」
「そうなんだ。
チハヤの銃もあるの?」
「5.56ミリの89式小銃っていうんだ。
5.56ミリは今回の遠征では装備から外されたので、制式装備を使っているの」
「そうなんだ……」
王女パウラがミエリキに通訳を求める。
ミエリキが端的に伝えると、王女が半田千早に尋ねる。
「ノイリンには、たくさんの銃があるの?」
千早が答え、ミエリキが通訳する。
「人食いがいるから……。
ヴルマンの住んでいる地域よりも、ノイリンの周辺のほうがはるかに多いから……。
銃は、12歳になると使い方を習い、14歳になると、域外に出るときは携帯が許されるの」
王女がさらに尋ねる。
「その武器があれば、手長族と戦えるのだけど、どうしたらクマンは手に入れられるの?」
王女の問いに、二人は答えを持っていなかった。
日没前に、草原でキャンプの準備を始める。
我々と行動を共にしている村人は、村の人口の半分以下となる200人ほどだ。ほかは、独自の行動を選んだようだ。
クマンは封建制であり、同時に階級社会でもある。村長は封建領主ではなく、国王から信任された行政官だ。
封建制の悪しき面なのだが、領主に限らず、上位にいる階層は絶対的支配者になりやすい。
アボロの地主である複数の大規模農場主は、例外なく村長テオの下に付くことを嫌い、小作人を引き連れて離反した。
我々と行動を共にするのは、小規模自作農と、地主とはぐれたか、明確な意思を持って地主の支配から離脱した人々だ。
薪を集めてきた王女の護衛兼侍女シュリが、トゥーレに話しかけている。シュリはヴルマンの言葉を話す。
俺はそれを横で聞いていた。
「トゥーレ殿であったな?」
「そうだ」
「貴殿は、王のご近習か?」
「まぁ、そんなところかな」
「貴殿の銃は、他の方のものよりも大きいが、特別なものか?」
「ツァスタバという名で、珍しい銃ではある。
ノイリンで使っているのは、私だけかもしれない。
だが、似た銃で、ドラグノフがある。
この銃は、広く使われている」
「黄金ならあるのだが、それで手に入るものか?
王女殿下を守るには、貴殿のような戦道具がいる。
どうにかして、手に入れたいのだが……」
「方法は、……、どうかな」
「貴殿は、戦士か?」
「私は兵士じゃない」
「兵士ではない?」
「商人だ」
「商人?
希有な戦道具を持ちながら、武士〈もののふ〉ではないと?
不思議なことをいうな。
何を商っているのだ?」
「銃だ」
「何と!
幸運とはこのこと!」
「いまは、商う品は持っていない」
「それは残念の極み。
どうにかならぬか?
同胞〈はらから〉とも話をしたのだが、王女殿下を守るには銃が必要。
どうしても手に入れたいのだ」
「ハンダさんに相談しないと?」
「国王陛下に?
なぜ?」
「ハンダさんは、ノイリン最大の銃を商う商人なんだ」
「王が銃の商人?」
「あぁ、ノイリンでは、例外なく誰もが働くんだ」
「国の政〈まつりごと〉は、いかがするのだ?」
「議会と行政府がある。
重要なことは、議会の承認を得て、行政府が行う。
王家に統治を任せて、跡取りが愚か者だったら困るだろう?」
「その通りなのだが……。
クマンとは違うのだな」
「違うだろうね……。
かなり……」
30歳少し前に見えるシュリは、納得しがたい面持ちであった。
無事に夜が明けた。
納田優菜には、幼い子供たちがまとわりついている。
ルサリィは、周囲に気を配る。
シュリがルサリィに近付く。
「ユウナ殿は、優しいな」
「同時に勇敢だ」
「確かに、村では見事な戦いぶりであった」
「私は、ユウナを幼い頃から知っている。
勇敢で、思慮深い」
「ルサリィ殿は、なぜ、銃を多く持っているのだ。
それに、銃には剣が付いている」
シュリは、単純にルサリィが拳銃を2挺装備していることに興味を持った。
それと、彼女だけが装備する銃剣が備え付けのSKSカービンにも目が留まっていた。
ルサリィがトップブレイクの44口径を右腰のホルスターから抜く。
「この銃は、私を守ってきてくれた。
小銃に剣が付いている理由だが、この銃はもともとそういう造りだった。私は剣を持たないので、重宝している。
左脇下の銃はワルサーPPKという名で、予備だ。
小型で軽量。弾倉はダブルカラムで10発入る。弾薬は38口径9ミリのAPC弾で、パラベラム弾よりは威力は低いが、引き付ければ人食いの突進を止められる」
「人食いという生き物の話は、何度か聞いたが……」
「恐ろしい動物だ。あれは、見ないとわからない」
「手長族よりもか?」
「当然だ。手長族など、人食いに比べたら、どうとも思わない」
納田優菜と半田千早が、子供たちを水陸両用車に乗せている。
優菜と千早が子供たちを乗せ終わり、降りようとすると、子供たちが二人を引き留めた。
強引な引き留めで、二人はそのまま荷台に残る。
ノイリン域内に限るが、銃工チェスラクは、M1カービンをモデルに、弾薬を7.62×39ミリ弾に改めた半自動小銃を販売している。そして、この小銃には両刃の短剣型銃剣がセットになっている。
このカービンは若い女性に人気があり、この半自動小銃とワルサーPPKは、ノイリン在住の若い女性が好む組み合わせだ。
それは、突然だった。
出発の直前、森の高木の梢をかすめるようにノイリンの中型ヘリコプターが飛来する。
低空を飛行してきたためか、爆音はまったく聞こえなかった。
クマンの人々が慌て怯える。
納田優菜が水陸両用車から飛び降り、かなり離れた位置に着陸を誘導する。中型ヘリコプターは着陸し、ローターの回転を止めずに駐機する。
降りてきたのは、マーニだった。ほかにも3人が乗っている。
マーニが俺に駆け寄る。ヘルメットのバイザーを上げながら、いった。
「養父〈とう〉さん、食料と弾薬を持ってきたよ!」
半田千早が割り込む。
「マーニ、どうやって来たの?」
「西地区の武装輸送船!
ヘリの中型、訓練受けておいてよかったよ。
操縦資格がなかったら、遠征に参加できなかったんだ」
マーニが俺に視線を向ける。
「精霊族の使節が私たちと一緒に来たの。
それで、迎えに……」
俺は精霊族の女性2と男性1を呼ぶ。
そして伝えた。
「あなたたちの使節が海岸まで来ています。
ヘリコプターで、先に行ってください」
男性が答える。
「それは……。
できません。
私たちだけが……」
「今日の夕方には海岸に出られるでしょう。
少し、早く着くだけです」
「ですが……」
「ヴルマンの方々も同行させます。
それでどうですか?」
「そこまで、おっしゃるなら……」
ミエリキがかなり抵抗したが、最終的には半田千早が説得した。
王女パウラは言葉が通じるミエリキが先行すると聞いて、かなり動揺した。それも、半田千早がなだめる。
ヘリが着陸していたのは、わずか数分だった。
ヘリが去ると、上空には水上偵察機が飛来する。我々の進路を示してくれるのだが、上空からは通過可能と判断しても、実際は困難ということもある。だが、その逆はない。
上空からの支援のあるなしは、進路の啓開に大きな影響を与えた。
直線ならば、アボロの村から海岸まで25キロほどだが、迂回を繰り返し、実走40キロを進まなければならなかった。
2日間にわたる海岸への移動は、セロの攻撃を受けなかったこともあり、不整地を移動する以上の困難はなかった。
問題は、海岸に出た時点で発生する。
海岸には、ヴルマン商人の娘ミエリキがいた。彼女は、王女パウラにバンジェル島に渡ることを提案する。
アークエンジェル船長クラウスが、ヴルマンと精霊族の帰還を急いだ理由は、これだった。アボロの村人をバンジェル島に移送すれば、当面の安全を確保できるからだ。
その説得役として、王女パウラと懇意のミエリキが必要だったのだ。
クラウスとミエリキは、詳細な打ち合わせを行っていた。
俺たちは、そのことを知らなかった。
王女パウラとミエリキの長い長い、二人だけの会話が続く。
ミエリキの手にはタブレットがある。それを何度も見せる。島の情報、確保した家や放棄された農地を見せているのだ。
このとき、ミエリキはボルトアクション小銃をスリングで左肩にかけ、弾帯を腰に巻いていた。
王女パウラには、銃を持ったヴルマン商人の娘が勇者のように見えた。
王女パウラは、念押しするようにミエリキに尋ねる。
「本当に安全なの?」
「安全。
クラウス船長が、必ず守ってくれる」
「その船長は、本当に信用できるの?」
「ノイリンの偉大な船長よ。
初めてお目にかかったけど、私の国では有名な船乗りなの」
「シュリと相談する。
少し待って……」
ミエリキが頷いた。
王女パウラと護衛兼侍女シュリとの会話も長かった。
シュリが下した結論は、「まず、私が島を見てきます。すべてはそれから……」だった。賢明な判断だ。
ノイリン西地区の輸送船は、今回の作戦のために搭載艇として15メートル級高速砲艇を搭載している。2隻が各1艇積んできた。
これが、非常に役立っていた。
この狭い海域を縦横に走り回り、沿岸の状況を短期間に細かく調べている。
シュリがバンジェル島を調べに行く乗り物としても役だった。
シュリは驚いていた。水上をものすごい速さで海峡を渡ってくる船を、呆然と眺めている。
シュリが半田千早に問う。
「あれに乗るのか?
なぜ、あれほど速いのだ……?」
「あぁー、350馬力のガスタービンエンジンを搭載しているから……」
彼女の答えは正しいが、シュリには意味不明だろう。
シュリは、ルサリィと島に渡る。
小さな湾、あるいは入り江と呼んでもいい河口には、3隻の全長80メートル級鋼船が停泊している。
ノイリン西地区の武装輸送船は、船首に76.2ミリ高射砲を、船尾に35ミリ単装高射機関砲を、船橋の左右に12.7ミリ重機関銃を装備するかなりの重武装船だ。
彼らは、武器、弾薬、食料、その他の物資を運んできた。そのなかに組み立て式の家屋もある。この家屋は木造で、床、壁、屋根をボルトで接合するだけで、組み立てられる。
ノイリン西地区の建設隊は、バンジェル島の河口北岸に木造の組み立て家屋、大型のテント倉庫、ヘリポートなどを続々と建設している。
また、遺跡のような石造りの建造物の調査を始めている。修復するためだ。また、都市機能、特に上下水道の復旧が可能かどうかを調べている。
使える井戸が2カ所あることが、判明しており、浄水装置と給水トレーラーを上陸させた。
武装輸送船2隻には、ヴルマンと精霊族の使節が便乗していた。
シュリは、彼女からすれば巨大な鋼製船に驚き、また島に上陸すると、ブルドーザーやクレーン車が施設を建設している様子を見て、さらに驚いた。
そして、ヴルマンと精霊族の使節と最初に対面したのもシュリだった。
ヴルマンと精霊族は、ともにバンジェル島に駐留する許可をシュリに求めた。
シュリは「王女殿下に必ず取り次ぐ」と約束しなければならなかった。シュリはセロとの戦いの前に、西ユーラシアの勢力に併呑されてしまうかもしれない、という危機感を持った。
ヴルマンと精霊族には、そんな下心はなかった。もちろん、ノイリンにもない。
だが、この地に留まることで、セロの動きを探知できる利点はある。それと、かなりずるい考えだが、俺には西アフリカを対セロ戦の最前線との考えもある。
クマン側の同意がなくとも、ヴルマンと精霊族はバンジェル島に居座るつもりでいた。しかも、ヴルマンと精霊族は、この遠方への補給をノイリンに求めている。
この補給作戦が本格化すれば、クフラック、カンガブル、シェプニノなど有力な街も乗り出してくるだろう。鬼神族も傍観はしていないはずだ。
シュリの不安は、半分当たっていた。
シュリは3時間ほどで王女の元に戻った。
そして、王女に意見具申する。
「ヴルマンの兵がおりました。全員が銃を装備しています。精霊族もいましたが、彼らも銃を持っていました。
対応を間違うと、たいへんなことになりましょう。
北の人々を信用していいものかはわかりませんが、クマンに害を与えようとは思ってはいないかと……。
ですが……。
我らは北の人々と戦っても勝ち目はありません。
ここは、隠忍自重が大切かと……。
王女殿下には、バンジェル島へのお渡りを進言いたします」
この言葉を聞いた村長テオが激怒。
「王女殿下は、クマン第2の街ブラウで戴冠していただく。
その上で、すべての夷狄〈いてき〉を打ち破るのだ!
国王陛下のご遺命である攘夷〈じょうい〉を断行せねばならぬ!」
王女パウラの護衛隊長リュドが憤慨する。
「そのようなこと、できなかろう!」
「リュド、ともうしたな。おまえは、それでも王女殿下の護衛か?
臆病者が!」
負傷しているもう一人の護衛ヤーブが取りなす。
「村長〈むらおさ〉殿、どうやって空から攻めてくる手長族と戦うのだ。
戦いようがなかろう」
「魂で戦うのだ。
先祖の魂が我らに力を与える」
「村長殿、それでは手長族とは戦えぬ。
それくらいの道理は、理解いただけよう」
俺は言葉を解しない、いい争いを聞いていた。干渉するつもりは一切ないが、刃傷沙汰となれば別だ。
そして、村長がクマンの刃渡り50センチほどの無反り両刃の剣を抜いた。一瞬で斬り付け、不意を突かれた護衛隊長リュドの左腕に深手を負わせる。
シュリが剣を抜き、村長テオの剣を叩き落とそうとするが、テオの力は衰えていたが技は健在だった。
逆にシュリの剣をからげ飛ばした。
ルサリィが銃口を突きつけるが、それを剣で払おうとする。
ルサリィの動きのほうが速かった。
銃床で腹を突き、前屈みになった瞬間、後頭部を銃床で殴る。
村長テオは気を失い、大地に腹這いとなった。
右腕に深手を負ったリュドは、高速砲艇で武装輸送船の船内医務室に運ばれる。
シュリが俺にいった。
「あの傷では、腕を落とさねばなるまい。
利き腕を失っては……」
俺は何もいえなかった。
脚を負傷しているヤーブがシュリに近付く。
「シュリ、すまぬ。
傷が痛むのだ。
北のヒトの手当を受けたい」
「ヤーブ様、承知いたしました」
ヤーブが西地区の衛生兵に支えられて、臨時の船着き場に向かう。
シュリが俺を見る。
「ヤーブ様の脚、膿んでおる。
脚が腐り、死が……。
脚を付け根から切り落とさねば、死んでしまう」
彼女の心は泣き出しそうだった。
村長テオは半分錯乱しており、護衛の上官は二人とも負傷してしまった。
王女パウラは、まだ15歳。
クマンの命運がシュリにのしかかる。
水陸両用車4輌に、アボロの村人が乗り込む。ウマや馬車も運ぶことになっている。
村長テオは意識を戻したが、呆けてしまった。彼は王都に住んでいた妻と末子を失ったそうだ。妻と末子の名を、ボソボソとお経のようにいい続けている。
長男と長女は、シュリに許しを請うた。彼女には、許す以外の選択肢がなかった。
俺は、シュリにかける言葉を持たなかった。
しかし、何かをいわなければ、間が持たない。
「シュリさん、ご家族は?」
「父母、祖父母、妹家族が王都に……。
手長族に殺されたと思う。
私は王宮に上がったので、夫も子もおらぬ」
「手長族は、ヒトを捕らえてもすぐには殺さない。
無事な可能性もあるよ」
「助け出す手立てがない。
捕らえられた人々は、王都郊外の古い練兵場跡に押し込められている。
脱出した若者から聞いた。
知ってはいても、何もできぬ」
シュリが唐突に問うてきた。
「国王陛下は、銃の商人だと聞いたがまことか?」
「私は国王じゃないよ。
フルギアの連中が私を“ノイリン王”と呼ぶことは事実だが、ノイリンに国王はいない」
「では、誰が国を治めているのだ?」
「集団で統治している。
議会があり、議会で決めたことを行政が実行するんだ。
議会は行政が不正をしないか監視するし、議会は領民によって監視される。
議会に出席する議員は、領民が選ぶんだ」
「クマンとは違うのだな」
「ずいぶんと違うよ」
この時期、ノイリンはまだノイリンの行政の長、つまり首長に相当する役職を置いていなかった。相馬悠人いわく、「高度に発展した原始共産制」なのだ。
北地区は農地の個人所有を認めていない。東地区は農地の個人所有を認めているが、売買は所有者と東地区行政府間に限られる。個人間の農地売買は禁止されている。
東南地区と西南地区は、農地の個人所有と売買を認めている。だが、小作人を認めていない。農作業者を雇用する場合、最低賃金が決められていて、それに違反すれば農地没収だ。
西地区は農業は盛んではないのだが、農地は存在する。農地の個人所有を認めていないが、永続的な使用権は認めている。つまり、地主は行政府で、農業従事者は全員小作人だ。
そういった話をシュリにしても意味はない。
まだ……。
相互理解は、それ以前の段階にある。
シュリが真に問いたい質問を投げる。
「銃がほしい。
いかがすればよい?」
「ノイリンがクマンに銃を売るには、北地区行政府と中央行政府の許可が必要なんだ。
銃を持っているからといって、売るわけにはいかないんだ」
「どうしたら、その許可がもらえるのだ」
「議会の承認が必要なんだ」
「どうしたら、議会が承認してくれるのだ?」
「ノイリンに暮らす普通の人々が、クマンに銃を売ることを賛成するかどうかだろう。
有権者によって選ばれる議員は、世論を気にするんだ」
「民が決めるのか?」
「そうだね。間接的だけど……」
「私は、ノイリンに赴きたい。
銃を与えてくれるよう、民を説得したい」
「それは無理だ」
「なぜか?」
「シュリさん、あなたがこの地に必要だからだ。シュリさんは、クマンから離れてはいけない。
いまは、ね」
アボロの農民たちと物資の移送は、深夜まで続いた。
翌早朝、シュリは王女の護衛隊長リュドと隊員ヤーブがいる船の医務室を訪れ、見舞った。
二人の手脚は、身体に付いたままだった。
シュリが驚くとリュドがいった。
「当然、失うと覚悟していたのだが……。
マルユッカと名乗る女の治療師は、切り落とす必要はないといっていた」
「その治療師、ヤブではないのか?」
「いや、違うらしい。
女の治療師とは、女の戦士よりも珍しいが、師匠の一人は死者を蘇られた、と聞いた。
その“死者”にも会った。
チハヤという娘と姉妹だそうだ」
「あの娘の?」
「あぁ、実際、熱が下がった。
ヤーブは、昨夜はよく眠れたらしい。
身体の中に入り込んだ、目に見えない小さな悪い虫を、身体の中に住む良い虫が退治したのだそうだ。
良い虫を元気にする薬を飲まされた。
そういっていた。
しばらくすれば、動けるようになる、と……。
にわかには信じられぬ」
「リュド殿、どうすればよい」
「貴殿は、王女付き侍女長でもある。王女の護衛としては我が配下だが、侍女としては私は何も命ぜられぬ。
不甲斐なくてすまぬが、しばらくは王女殿下をお守りもうし上げてくれ。
その他のことも任せよう」
「北の民から銃を手に入れようと思う。
そのためには、北の国に行かねばならぬ」
「すまぬが、いましばらく待ってくれ」
「わかっている。
20日後には、北の国に向かう船があるらしい。
あの針が、10を指し示すと、会議というものが始まる。
王女殿下と私が出ることとなった」
シュリが時計を指差すと、リュドが頷いた。
「承知した。
クマンを貴官に託そう」
王女パウラは、ブルマン商人の娘ミエリキ、半田千早、マーニ、ララと一緒にいた。
そして、銃を見せてもらっている。調査船アークエンジェルが装備する、小型軽量なノイリン製ボルトアクションライフルだ。
木板で囲っただけの臨時射撃訓練場で、操作の説明を受け、最初の1発を放つ。
的のど真ん中ではなかったが、命中した。
衝撃が少なく、扱いやすい銃で、命中精度も悪くない。
王女パウラが微笑む。
「銃の扱いは難しくないのね」
ミエリキが答える。
「撃つだけならね。
だけど、それで戦うとなると、簡単じゃないんだ。
噂だけど、ノイリンには戦女神がいるらしい。
その戦女神は、3つの身体に分身するとか。
コーカレイという街を手長族が襲ったとき、その戦女神が現れたんだ。
実際、ヴルマンの戦士は見た。
戦女神を。
ゲマール領のベアーテ様も見たそうだ。
それは、直接聞いた。どんな方かと尋ねたが、笑って答えてはくださらなかった。
その頃のヴルマンは、いまのクマンと同様、銃を持っていなかった。少しはあったが……。
コーカレイを攻めた手長族は、1万の大軍と伝説はいうが、実際は10分の1程度だったそうだ。
コーカレイには200人ほどしかいなかったとされるが、それは本当らしい。
コーカレイでは、男も女も戦えるものはすべて剣をとったという。
戦女神は、弓と銃を巧みに配し、手長族を翻弄したそうだ」
「その女神の御名は?」
「私は知らぬが、ベアーテ様は知っているらしい」
王女パウラが半田千早を見る。
「チハヤは、知っておるか?」
半田千早はがマーニを見る。
二人は見合ったが、嘘をいう必要はないと考えた。
半田千早が答える。
「知っているよ。
私たちのママ。
城島由加」
ミエリキが驚く。
「ノイリンの戦女神って、実在するの?」
マーニが笑う。
「ノイリンの戦女神って、ママだけじゃないけどね」
ララがいう。
「ベルタ様やフィー司令官も戦女神でしょ。
私は、フィー司令官から戦い方を学んでいる。私だけじゃないけど……」
王女パウラがいった。
「ノイリンに行ってみたい……」
彼女たちは、10時の会議直前まで王女パウラの射撃訓練を続けた。
会議が始まる前、王女パウラと王女付き護衛兼侍女シュリは長い会話をした。だが、一方的な王女パウラの話だった。
シュリが驚いたことは、王女パウラが射撃訓練を受けたことだ。シュリは銃に触れたことさえない。リュドやヤーブも同じだろう。
弓、剣、槍でセロに立ち向かったが、ロケット砲の攻撃は、クマンの戦士から完全に戦意を奪ってしまった。敵の姿を見る以前に、彼方から攻撃され、なす術なく野に屍をさらさなければならなかったからだ。
対抗手段はただ一つ。その場から逃げること。
シュリはセロと剣を交えたことが数回あるが、それはセロが剣による戦いを望んだからであることを知っていた。
クマンと戦うセロは、好きなときに戦い、好きなときに戦場を離脱し、好きな戦い方を選べた。
クマンは一方的に叩かれた。
同じヒトなのに、クマンと違い、西ユーラシアの人々はセロと対等に戦っていた。
それは銃を持っているからだ、とシュリは当初考えていた。しかし、すぐに違う、と感じるようになる。西ユーラシアの人々は、セロと競いながら、戦場を統べる方法を知っている。
ただ単に銃を購入しても、セロと対等には戦えない、と考えるようになっている。
それを王女パウラに伝えようとしたが、王女パウラから伝えられた銃の情報のほうが重要であった。
会議は、調査船アークエンジェルの食堂で行われた。
精霊族からは賢者が2と通訳1、ヴルマンから使者が2と通訳1、ノイリン北地区からは俺とクラウスが出席、西地区からも2、急遽、オブザーバーとしてフルギアも2が参加した。フルギアのメンバーは、西地区が派遣した武装輸送船の航海士だった。
要するに、フルギアがノイリンに放っていたスパイだ。フルギアは、スパイの身分を明かさせてでも、この会議の動向を見定めようと考えたのだ。
クマンからは、王女パウラと護衛兼侍女のシュリ、クマン人通訳が出席する。
進行役はクラウスが務める。
「それでは始めましょうか」
クラウスの発言を受けて、シュリが発言を求めた。
「このたびは、王女パウラとクマンの民を手長族の魔の手からお救いいただきありがとうございます。
皆様のご温情に深く感謝いたします」
精霊族が発言。
「我々からもお礼を。
同胞〈はらから〉の生命を救っていただきました」
ヴルマンからも同じ発言があった。
そして、シュリが核心を突く。
「クマンは、すでに国の形がありません。国王陛下は身罷り、王位継承権はパウラ王女殿下のみ。
王子殿下がご存命という噂はありますが、確かな情報はありません。
この状況で、手長族と戦うには、皆様のご支援が必要です」
ヴルマンの使者が発言。
「手長族と戦う……。
何のために戦うのですか?」
シュリが戸惑う。
「王家を守り、王女殿下を守り……」
ヴルマンの使者がシュリの言葉を遮り、質問を重ねる。
「ならば、王女殿下と護衛の方々をヴルマンにて、お守りいたしましょう」
シュリが狼狽する。
「いや……」
王女パウラがシュリを制し、起立して発言。
「皆様の言葉を解しません。
通訳が我が言葉を伝えますこと、お許しください。
クマンの民は、手長族に日々殺されています。私にはクマンの民を守る義務があります。ですが、それを果たす術がありません。
私はクマンの王女ですが、王位継承権は第89位です。
本来なら、王位につくことは、決してありません。私自身、王位など考えてもいません。いまも考えていません。
どこぞの豪族に嫁ぎ、館の中で一生を終える身、と運命を定めておりました。
私が王位につく、つかないに関係なく、クマンに生きるヒトとして、クマンの人々の生命と財産を守る義務があります。
私は、亡命などいたしません。
クマンの民とこの地に残り、クマンの民に昨日と同じ明日が来るよう戦います。
どうか、ご助勢をお願いいたします」
王女パルマは、ヴルマン商人の娘ミエリキから「何がしたいのか、必ず聞かれるよ」と忠告され、半田千早から「嘘でもいいから、自分の生命よりも国民の生活が大事、っていうんだよ」とアドバイスされていた。
俺は笑い出したかった。おそらくクマンには“亡命”という概念はない。この会議の直前に入れ知恵をした人物がいる。王女パウラは、朝早くから射撃に興じていたわけではなさそうだ。
シュリは愕然としていた。シュリが知る王女パウラは、世間の荒波とは無縁の深窓の姫君でしかなかった。
なのに、皇太子でもいわぬであろう、堂々とした口上を述べた。
何があったのだ?
ヴルマンの使者が問う。
「王女殿下、それではお尋ねをいたします。
どのような助力が必要ですか?」
シュリは座ったまま答える。
「ノイリンには戦女神がいる、と聞きました。クマンの地へご降臨いただけないでしょうか?」
全員が俺を見る。
クラウスが下を向いている。笑っているのだ。何かいわなければ……。
「ベルタは、デュランダルと一緒にコーカレイに赴任した。あの街は、手長族との戦いの最前線になる。ベルタが西アフリカへ来ることは無理だ。
フィー・ニュンは、航空隊の編制で手一杯だ。航空隊がなければ、手長族とは戦えない。
由加は……。
ノイリンの防衛体制を担っているから……」
城島由加は、子育てで手一杯とはいえなかった。彼女はどういう気の迷いか、城島健太の弟を産んだ。もう4歳になる。俺の子だ。
西アフリカに来れるとすれば、城島由加だけだ。
ヴルマンの使者は、王女パウラを見詰めた。
「何ゆえに、ノイリンの戦女神が入用なのですかな?」
「戦い方を学びたいのです。
クマンの兵は1万を超えていました。この一帯では無敵の軍でした。
ですが、壊滅したと聞きます。私には、事実なのか、判断できません。
ですが、空から襲ってくる手長族には、戦う術がないことは、私のような剣の握り方さえ知らぬものにもわかります。
クマン兵1万のすべてが消えたとは思いませんが、決戦を挑めるような状況ではないことは確かでしょう。
皆様が“銃”と呼ぶ武器があれば……、といいます。
しかし、銃があっても、その使い方を知ったとしても、戦い方を学ばねば、役に立てようがないように思うのです。
私は間違っていますか?」
ヴルマンの使者は、微笑んでいた。
「至極、もっともなお考えです。
我らヴルマンは、王女殿下に助勢いたしましょう。
何ができるのか、それは立ち返り調べましょう」
シュリは堂々とした王女パウラを誇らしく見ていたが、ヴルマンに立ち返られては、クマンは一層の危機に陥ってしまう、と感じ慌てた。
「ヴルマンの皆様に、このままご帰国となられては、クマンの民は死を待つこととなります。
どうかご翻意いただきたい」
ヴルマンの使者は、困ったような顔をしたが、それが芝居であることを俺は知っていた。
ベアーテに限らずヴルマンは、西アフリカに拠点を築きたいと考えている。精霊族にも、その意思がある。
「我らヴルマンは、全部族の総意として、ノイリンの船によって兵50をクマンに送ることを決しました。
それは、手長族に追われる同胞〈はらから〉を救出するためであり、クマンに与力することは想定しておりません。
ですが、兵50の派遣は許可されたこと。すぐに引かなければならない理由はありません」
「ならば、兵50のご助勢を賜れないものでしょうか?」
「しかし、我らだけでは補給が……。
ノイリンの支援がなければ、ヴルマン兵50は孤立となります」
西地区の代表が発言。
「ノイリン西地区は、河口に停泊している武装輸送船の同型船を6隻保有しています。
月に1回の物資輸送は可能でしょう。
北地区はいかがか?」
俺が答えるしかない。
「北地区は、西地区ほど大型船を保有していません。
調査船アークエンジェル、貨客船アッパーハット、潜水輸送船ソードフィッシュの3隻です。
3隻では月に1回の輸送は難しいかもしれません」
西地区代表は納得しない。
「アークエンジェルの同型船は、進水間近と聞きますが?
アイアンフェアリーでしたか?」
クラウスが答える。
「アイアンフェアリー(鋼の妖精)は、艤装が終わり、ほぼ完成しています」
西地区の代表が続ける。
「それは心強い。
西地区と北地区で2週に1回の輸送はできましょう」
ヴルマンの使者が膝を打つ。
「それならば、兵50を残せます」
ノイリン北地区は、ヴルマンと西地区に引きずられている。ノイリン北地区には、西アフリカ進出の意思はない。しかし、クマンを見捨てることは、後味が悪すぎる。
俺は、この会議の流れに逆らうことができずにいた。
王女パウラが再度発言。
「ノイリンの戦女神は、クマンの地にご降臨いただけようか?」
俺は、何となく王女の願いを断れなかった。
「私が城島由加に聞いてみます」
精霊族の賢者が、ヒトの言葉で告げる。
「セロ……、手長族は、我ら共通の敵です。
力を合わせて、撃退しましょう」
これが、精霊族から対セロ戦の意思が明確に示された、初めての発言だった。
アイアンフェアリーは、アークエンジェルの同型船ではない。船体は共通だが、目的と船内構造は大きく異なる。
アイアンフェアリーは、航空機支援船なのだ。ノイリンの設備では、空母は建造できない。だが、航空機の運搬と整備を行う専用船は造れる。急造の野戦飛行場を建設できる程度の建設機械も積む予定だ。
滑走路が造れそうな“地面”があれば、どこにでも行ける。航空機は全通甲板に露天繋止する。戦闘爆撃機ならば8機と整備用部品を運べる。
航空機運搬船アイアンフェアリーの擬装委員長はクラウスの息子クリストフだ。竣工すれば初代船長になる。
ノイリン北地区は、全通甲板型航空機運搬船アイアンフェアリーの竣工を急いでいた。
河川輸送班は、車輌班から中型ブルドーザーを2輌受け取り、ロワール川河口のゲマールまで運んだ。
航空班は、搭載機8機を空路輸送した。航空機整備班と飛行場班は、まもなく空路でゲマールに向かう。搭載機パイロットは、数日後には輸送機で出発する。
船内格納庫に搭載する2機の小型ヘリコプター“カニア”は、まだ輸送の目処が立っていない。この機体は、Mi-2をモデルにノイリンで製造した。
Mi-2は、400軸馬力ターボシャフトエンジンの双発だが、ノイリン製は600軸馬力双発だ。1.5倍のパワーに強化されている。
ドアガンも搭載しているし、82ミリロケット弾も2発まで搭載できる。
航空機、固定翼機と回転翼機のどちらもだが、ノイリンで“製造”といっても量産ではなくハンドメイドに近い。1機、1機、資材を調達し、部品を購入し、部材を作り、組み立てている。
だから、1機ごとに微妙に違う。それでも、我々にとっては“製造”なのだ。
各種車輌も同じだ。設計図にしたがって製造しているが、微妙に……、いいやかなり違う。特に軽車輌は……。
小型車のシャーシは1種類しかない。ベースは、トヨタ・ランドクルーザー40だ。ショート、セミロング、超ロングのシャーシがあるが、基本は1型式。
ランクル70のコピーは無理だが、40系ならばどうにかなる。ノイリンでは、ジープ、トラック、トラクター、バスなど、いろいろな車種に使われている。
サスペンションは、オリジナルに準じた前後輪ともリーフスプリングのリジットアクスルだ。堅実で堅牢以外の取り柄はないが、この世界ではこれが大事なのだ。
そして、航空機、車輌、船舶、何もかもが足りない。
製造が追いつかず、充足することは決してない。
貨客船(フェリー)アッパーハットに積み込むため、ジープタイプ8輌を河川で輸送する。使い込んだ車輌も多い。いや、使い込んでいるということは、しっかり働ける機械だという証明でもある。
アッパーハットは、西アフリカに向かう。
高射砲と高射機関砲も積み込む。牽引式76.2ミリ軽榴弾砲も用意している。
ノイリンの議会と中央行政府は、西アフリカの情報を欲していた。情報が少なく、かつ断片的で、判断を下せない。
クマンの人々が危機的状況にあることは、理解しているが、どの程度の危機的状況なのか皆目わからない。
それは、現地にいる俺たちにもわからなかった。
俺は中央行政府と交渉していた。クマンに小銃6挺の供与許可を求めていた。
シュリ、リュド、ヤーブの王女護衛3人と、アボロの村で獅子奮迅の戦いをした二人の農民を想定している。一人は20歳の男性、一人は22歳の女性だ。
残り1挺は、王女パウラに渡す。彼女が求めた。
クマンは6挺の小銃と、ナイフと剣でセロに立ち向かう。
中央行政府が許可すれば、6挺はクマンの手に渡る。6挺ならば、議会の承認は不要なはずだ。
西地区の指揮官も中央行政府に、同様の電文を送っている。
航空機輸送船アイアンフェアリーよりも早く、貨客船アッパーハットが出港する予定のはずだが、同船は港に繋留されたまま。
バンジェル島では、西地区の施設隊が1000メートルの滑走路建設を始めた。急造滑走路だが、双発輸送機でも離着陸できる。
だが、ノイリンから4600キロ。この距離を飛行できる機体はない。
それに、アイアンフェアリーの出航は、もう少し時間がかかる。手際がいいのはノイリンの常だが、準備が早すぎる。
それと、命令系統がはっきりしない。滑走路設営命令の出所が、不明なのだ。
俺は城島由加に伝えはした。
「クマンのお姫様がノイリンの戦女神に会いたいそうだ」と。
直接の会話ではなかったが……。
彼女からの返信はなかった。
ノイリンは西アフリカの情勢がわからず、西アフリカの俺たちはノイリンで何が進んでいるのか知らなかった。
だが、シエラレオネのフリータウン付近からセネガルのダカール沖までは、大陸棚のほとんどが陸地化している。
バンジェル島は、200万年前には存在しない。 ガンビアのガンビア川とセネガルのカザマンス川によって、堆積と浸食が繰り返された河口付近の大陸棚が島のようになったのだ。
西アフリカ沿岸は雨が適度に降り、河川の周囲と海岸は森林化している。数十キロ内陸は草原が多く、河川の周囲を除くと、農業用水の確保が難しく、耕作地は少ない。
西アフリカに移住した人々は、おそらく1000人に満たない。数百人が最大だろう。現在の人口を30万とするならば、1000年間で300倍に増えたことになる。
西アフリカへの移住は複数回あった。ギニア湾に流れ出るニジェール川周辺への移住、セネガルからシエラレオネ付近までの大西洋岸への移住、モロッコのカサブランカ付近への移住。それ以外もあったかもしれない。
カサブランカは白魔族に圧迫され、おそらく生き残りは西ユーラシアに再移住した。それらしい話は、何度か聞いた。
ニジェール川周辺の人々は、過酷な自然環境下でヒトのルーツを忘れ、初歩的な農耕と採集狩猟生活に移行していた。
そんな状況で、セロの侵攻を受け、ヴルマンと精霊族からの情報では全滅してしまった。
そして、西アフリカでも、ヒトは苦戦している。
俺たちの生業〈なりわい〉である中古銃の販売は、うまくいっている。だが、中古銃は絶対数が少ない。また、中古銃を生むには、新銃が必要だ。
新品の銃を売り、客が使用中の銃を下取りする。それを整備・修理し、再販する方向に転換した。
そのための銃として、89式5.56ミリ小銃のデザインをベースに7.62×39ミリ弾を使用してポンプアクション化したライフルを開発した。
この銃には“PAR(Pump Assault Rifle)-89”という型式が付けられた。複数の型式の銃床が用意されており、独立したピストルグリップではなく、古典的な木製曲銃床タイプもある。こちらは“PAR(Pump Action Rifle)-30”と呼んでいる。
堅牢で、信頼性の高い銃だ。この銃によって、多くのヒト、精霊族、鬼神族がドラキュロの襲撃から逃れることができた。
しかし、PARよりもさらに小型で軽量な銃が求められた。ヒトは銃を持つために生きているわけではないからだ。
いろいろと検討したのだが、結局、オーソドックスなボルトアクションに行き着く。重量2.5キロ、全長920ミリと小型軽量にまとめられた。弾倉は着脱式箱型で、15発、20発、30発の3種類がある。
調査船アークエンジェルには、乗員用装備として、この銃が50挺配備されている。
調査船アークエンジェルは、バンジェル島の深い入り江のような河口に停泊している。
この河口には、ノイリン西地区の1000トン型武装輸送船2隻も停泊している。中型ヘリコプター2機と補給物資、交代要員を運んできた。この中型ヘリコプターは、Mi-8のコピーだ。俺たちは“ミル”と呼んでいた。ノイリン北地区で製造した。エンジンは、西地区製のターボシャフトだ。
一部の乗員・隊員は、武装輸送船とともに西ユーラシアに戻る。
輸送船はあと20日ほど、ここに留まる。
バンジェル島の面積は850平方キロで、佐渡島とほぼ同じ。無人島だが、ヒトが住んだ形跡があり、石造りの建造物が遺跡のように残っている。島は全体に平坦で、大西洋側は森林だが、大陸側は一部を除いて草原が広がる。大西洋沿岸の森林が防風林の役割をしてくれるので、地上では海風をあまり感じない。
島と大陸を隔てる海域は、ガンビア川とカサマンズ川の豊富な水量と海水が混じり合い、汽水域になっている。汽水ではあるが、塩分はヒトの舌では判別できないほど低い。
3隻が停泊するバンジェル島の河口は、水深が深く、天然の良港といえる。水は驚くほど透き通っている。
上空からは丸見えだ。ここに留まれば、必ずセロに察知される。同時に、開けていることから、我々が航空機を運用するには最適でもある。
ノイリンとヴルマン、そして精霊族は、この河口を当面の拠点に定めた。
アボロの村を出たのち、俺たちは海岸に向かって進んだ。村長〈むらおさ〉テオは、王女パウラを奉じて、第2の都市ブラウで女王として戴冠することを強硬に主張している。
村長テオは、明らかに現実を理解していない。あるいは、現実から逃避している。
一方、シュリを含む王女の護衛たちは、主〈あるじ〉を守るために姿を隠したいと考えている。
護衛たちはセロと戦い、村長よりも状況を直視していた。
王女パウラは、年齢が近いヴルマン商人の娘ミエリキや半田千早とよく話をしている。ミエリキは片言ながらクマンの言葉を解し、我々のよき通訳となっている。
半田千早からの情報では、王女パウラは王位継承を望んでいない。自分の生命を惜しんでいるのではなく、セロと対決してもクマンの人々が殺されるだけだからだ。
賢明な判断だが、同時にクマンが生き残る術を欠いてもいる。
バンジェル島と大陸は、約2キロの海峡で隔てられている。海峡とすべきか、河口の一部とすべきか、迷うような地形だ。
西アフリカの人々は、大きな船を造らない。沿岸や川で使う程度の小船は多いが、長期の航海が可能な船はない。
バンジェル島へは、小船でも渡れる。海峡は穏やかで、速い潮流がない。
大西洋側に森が発達していることから、大陸側に耕作地跡が広がっている。
耕作のためだろうか、例の遺跡のような石造りの建造物の一部が修繕されて使われていた。農作業小屋や穀物倉庫として、使っていたようだ。
島には、動物が少ない。体長1メートルほどのカラカルに似たネコ科動物が棲息するが、ヒトを襲うような種ではない。草食獣では、肩高80センチほどのガゼルに似た鯨偶蹄類の草食獣がいる。
この2種が最大種で、ほかは小動物だ。
この島は、現状でも1万人以上でも自立した経済を確保できる。
また、大型の水上船を持たないセロに対しては、海峡が濠の役割をしてくれる。天然の要害ではないが、対セロ戦では防衛に向いている。
調査船アークエンジェル船長クラウスは、アボロの避難住民の収容施設として、最近の使用痕跡がある石造りの建物の利用を考えていた。
そのことは、無線で避難住民と行動を共にしている、俺にたちにも伝えられていた。
半田千早、ヴルマン商人の娘ミエリキ、王女パウラの3人は、歩きながらいろいろな話をしている。
ミエリキが半田千早にいう。
「銃がないと不安だよね」
千早が問う。
「どうして、丸腰だったの?」
ミエリキが答える。
「禁止されていたの。
銃って、ヒト同士の争いにも使えるでしょ。
西アフリカに銃を伝えたら、戦争になってしまうかもしれないから……」
半田千早が重ねて問う。
「それって、ヴルマンの掟なの?」
「100年以上、厳しく守られていたの。
それと、ヴルマンに銃が大量に入ってきたのは最近でしょ。
ベアーテ様がノイリンと懇意にするまでは、銃なんてほとんどなかったから……。
銃は知っていたけれど、白魔族との戦いで少し手に入る程度だったの」
「白魔族から鹵獲したの?」
「うん……。
銃が手に入ったら、一族の宝になったんだよ」
「ノイリンだって、銃は一生ものだよ」
「チハヤの銃、すごいね」
「これは、北地区の装備。
私の銃じゃないの」
「そうなんだ。
チハヤの銃もあるの?」
「5.56ミリの89式小銃っていうんだ。
5.56ミリは今回の遠征では装備から外されたので、制式装備を使っているの」
「そうなんだ……」
王女パウラがミエリキに通訳を求める。
ミエリキが端的に伝えると、王女が半田千早に尋ねる。
「ノイリンには、たくさんの銃があるの?」
千早が答え、ミエリキが通訳する。
「人食いがいるから……。
ヴルマンの住んでいる地域よりも、ノイリンの周辺のほうがはるかに多いから……。
銃は、12歳になると使い方を習い、14歳になると、域外に出るときは携帯が許されるの」
王女がさらに尋ねる。
「その武器があれば、手長族と戦えるのだけど、どうしたらクマンは手に入れられるの?」
王女の問いに、二人は答えを持っていなかった。
日没前に、草原でキャンプの準備を始める。
我々と行動を共にしている村人は、村の人口の半分以下となる200人ほどだ。ほかは、独自の行動を選んだようだ。
クマンは封建制であり、同時に階級社会でもある。村長は封建領主ではなく、国王から信任された行政官だ。
封建制の悪しき面なのだが、領主に限らず、上位にいる階層は絶対的支配者になりやすい。
アボロの地主である複数の大規模農場主は、例外なく村長テオの下に付くことを嫌い、小作人を引き連れて離反した。
我々と行動を共にするのは、小規模自作農と、地主とはぐれたか、明確な意思を持って地主の支配から離脱した人々だ。
薪を集めてきた王女の護衛兼侍女シュリが、トゥーレに話しかけている。シュリはヴルマンの言葉を話す。
俺はそれを横で聞いていた。
「トゥーレ殿であったな?」
「そうだ」
「貴殿は、王のご近習か?」
「まぁ、そんなところかな」
「貴殿の銃は、他の方のものよりも大きいが、特別なものか?」
「ツァスタバという名で、珍しい銃ではある。
ノイリンで使っているのは、私だけかもしれない。
だが、似た銃で、ドラグノフがある。
この銃は、広く使われている」
「黄金ならあるのだが、それで手に入るものか?
王女殿下を守るには、貴殿のような戦道具がいる。
どうにかして、手に入れたいのだが……」
「方法は、……、どうかな」
「貴殿は、戦士か?」
「私は兵士じゃない」
「兵士ではない?」
「商人だ」
「商人?
希有な戦道具を持ちながら、武士〈もののふ〉ではないと?
不思議なことをいうな。
何を商っているのだ?」
「銃だ」
「何と!
幸運とはこのこと!」
「いまは、商う品は持っていない」
「それは残念の極み。
どうにかならぬか?
同胞〈はらから〉とも話をしたのだが、王女殿下を守るには銃が必要。
どうしても手に入れたいのだ」
「ハンダさんに相談しないと?」
「国王陛下に?
なぜ?」
「ハンダさんは、ノイリン最大の銃を商う商人なんだ」
「王が銃の商人?」
「あぁ、ノイリンでは、例外なく誰もが働くんだ」
「国の政〈まつりごと〉は、いかがするのだ?」
「議会と行政府がある。
重要なことは、議会の承認を得て、行政府が行う。
王家に統治を任せて、跡取りが愚か者だったら困るだろう?」
「その通りなのだが……。
クマンとは違うのだな」
「違うだろうね……。
かなり……」
30歳少し前に見えるシュリは、納得しがたい面持ちであった。
無事に夜が明けた。
納田優菜には、幼い子供たちがまとわりついている。
ルサリィは、周囲に気を配る。
シュリがルサリィに近付く。
「ユウナ殿は、優しいな」
「同時に勇敢だ」
「確かに、村では見事な戦いぶりであった」
「私は、ユウナを幼い頃から知っている。
勇敢で、思慮深い」
「ルサリィ殿は、なぜ、銃を多く持っているのだ。
それに、銃には剣が付いている」
シュリは、単純にルサリィが拳銃を2挺装備していることに興味を持った。
それと、彼女だけが装備する銃剣が備え付けのSKSカービンにも目が留まっていた。
ルサリィがトップブレイクの44口径を右腰のホルスターから抜く。
「この銃は、私を守ってきてくれた。
小銃に剣が付いている理由だが、この銃はもともとそういう造りだった。私は剣を持たないので、重宝している。
左脇下の銃はワルサーPPKという名で、予備だ。
小型で軽量。弾倉はダブルカラムで10発入る。弾薬は38口径9ミリのAPC弾で、パラベラム弾よりは威力は低いが、引き付ければ人食いの突進を止められる」
「人食いという生き物の話は、何度か聞いたが……」
「恐ろしい動物だ。あれは、見ないとわからない」
「手長族よりもか?」
「当然だ。手長族など、人食いに比べたら、どうとも思わない」
納田優菜と半田千早が、子供たちを水陸両用車に乗せている。
優菜と千早が子供たちを乗せ終わり、降りようとすると、子供たちが二人を引き留めた。
強引な引き留めで、二人はそのまま荷台に残る。
ノイリン域内に限るが、銃工チェスラクは、M1カービンをモデルに、弾薬を7.62×39ミリ弾に改めた半自動小銃を販売している。そして、この小銃には両刃の短剣型銃剣がセットになっている。
このカービンは若い女性に人気があり、この半自動小銃とワルサーPPKは、ノイリン在住の若い女性が好む組み合わせだ。
それは、突然だった。
出発の直前、森の高木の梢をかすめるようにノイリンの中型ヘリコプターが飛来する。
低空を飛行してきたためか、爆音はまったく聞こえなかった。
クマンの人々が慌て怯える。
納田優菜が水陸両用車から飛び降り、かなり離れた位置に着陸を誘導する。中型ヘリコプターは着陸し、ローターの回転を止めずに駐機する。
降りてきたのは、マーニだった。ほかにも3人が乗っている。
マーニが俺に駆け寄る。ヘルメットのバイザーを上げながら、いった。
「養父〈とう〉さん、食料と弾薬を持ってきたよ!」
半田千早が割り込む。
「マーニ、どうやって来たの?」
「西地区の武装輸送船!
ヘリの中型、訓練受けておいてよかったよ。
操縦資格がなかったら、遠征に参加できなかったんだ」
マーニが俺に視線を向ける。
「精霊族の使節が私たちと一緒に来たの。
それで、迎えに……」
俺は精霊族の女性2と男性1を呼ぶ。
そして伝えた。
「あなたたちの使節が海岸まで来ています。
ヘリコプターで、先に行ってください」
男性が答える。
「それは……。
できません。
私たちだけが……」
「今日の夕方には海岸に出られるでしょう。
少し、早く着くだけです」
「ですが……」
「ヴルマンの方々も同行させます。
それでどうですか?」
「そこまで、おっしゃるなら……」
ミエリキがかなり抵抗したが、最終的には半田千早が説得した。
王女パウラは言葉が通じるミエリキが先行すると聞いて、かなり動揺した。それも、半田千早がなだめる。
ヘリが着陸していたのは、わずか数分だった。
ヘリが去ると、上空には水上偵察機が飛来する。我々の進路を示してくれるのだが、上空からは通過可能と判断しても、実際は困難ということもある。だが、その逆はない。
上空からの支援のあるなしは、進路の啓開に大きな影響を与えた。
直線ならば、アボロの村から海岸まで25キロほどだが、迂回を繰り返し、実走40キロを進まなければならなかった。
2日間にわたる海岸への移動は、セロの攻撃を受けなかったこともあり、不整地を移動する以上の困難はなかった。
問題は、海岸に出た時点で発生する。
海岸には、ヴルマン商人の娘ミエリキがいた。彼女は、王女パウラにバンジェル島に渡ることを提案する。
アークエンジェル船長クラウスが、ヴルマンと精霊族の帰還を急いだ理由は、これだった。アボロの村人をバンジェル島に移送すれば、当面の安全を確保できるからだ。
その説得役として、王女パウラと懇意のミエリキが必要だったのだ。
クラウスとミエリキは、詳細な打ち合わせを行っていた。
俺たちは、そのことを知らなかった。
王女パウラとミエリキの長い長い、二人だけの会話が続く。
ミエリキの手にはタブレットがある。それを何度も見せる。島の情報、確保した家や放棄された農地を見せているのだ。
このとき、ミエリキはボルトアクション小銃をスリングで左肩にかけ、弾帯を腰に巻いていた。
王女パウラには、銃を持ったヴルマン商人の娘が勇者のように見えた。
王女パウラは、念押しするようにミエリキに尋ねる。
「本当に安全なの?」
「安全。
クラウス船長が、必ず守ってくれる」
「その船長は、本当に信用できるの?」
「ノイリンの偉大な船長よ。
初めてお目にかかったけど、私の国では有名な船乗りなの」
「シュリと相談する。
少し待って……」
ミエリキが頷いた。
王女パウラと護衛兼侍女シュリとの会話も長かった。
シュリが下した結論は、「まず、私が島を見てきます。すべてはそれから……」だった。賢明な判断だ。
ノイリン西地区の輸送船は、今回の作戦のために搭載艇として15メートル級高速砲艇を搭載している。2隻が各1艇積んできた。
これが、非常に役立っていた。
この狭い海域を縦横に走り回り、沿岸の状況を短期間に細かく調べている。
シュリがバンジェル島を調べに行く乗り物としても役だった。
シュリは驚いていた。水上をものすごい速さで海峡を渡ってくる船を、呆然と眺めている。
シュリが半田千早に問う。
「あれに乗るのか?
なぜ、あれほど速いのだ……?」
「あぁー、350馬力のガスタービンエンジンを搭載しているから……」
彼女の答えは正しいが、シュリには意味不明だろう。
シュリは、ルサリィと島に渡る。
小さな湾、あるいは入り江と呼んでもいい河口には、3隻の全長80メートル級鋼船が停泊している。
ノイリン西地区の武装輸送船は、船首に76.2ミリ高射砲を、船尾に35ミリ単装高射機関砲を、船橋の左右に12.7ミリ重機関銃を装備するかなりの重武装船だ。
彼らは、武器、弾薬、食料、その他の物資を運んできた。そのなかに組み立て式の家屋もある。この家屋は木造で、床、壁、屋根をボルトで接合するだけで、組み立てられる。
ノイリン西地区の建設隊は、バンジェル島の河口北岸に木造の組み立て家屋、大型のテント倉庫、ヘリポートなどを続々と建設している。
また、遺跡のような石造りの建造物の調査を始めている。修復するためだ。また、都市機能、特に上下水道の復旧が可能かどうかを調べている。
使える井戸が2カ所あることが、判明しており、浄水装置と給水トレーラーを上陸させた。
武装輸送船2隻には、ヴルマンと精霊族の使節が便乗していた。
シュリは、彼女からすれば巨大な鋼製船に驚き、また島に上陸すると、ブルドーザーやクレーン車が施設を建設している様子を見て、さらに驚いた。
そして、ヴルマンと精霊族の使節と最初に対面したのもシュリだった。
ヴルマンと精霊族は、ともにバンジェル島に駐留する許可をシュリに求めた。
シュリは「王女殿下に必ず取り次ぐ」と約束しなければならなかった。シュリはセロとの戦いの前に、西ユーラシアの勢力に併呑されてしまうかもしれない、という危機感を持った。
ヴルマンと精霊族には、そんな下心はなかった。もちろん、ノイリンにもない。
だが、この地に留まることで、セロの動きを探知できる利点はある。それと、かなりずるい考えだが、俺には西アフリカを対セロ戦の最前線との考えもある。
クマン側の同意がなくとも、ヴルマンと精霊族はバンジェル島に居座るつもりでいた。しかも、ヴルマンと精霊族は、この遠方への補給をノイリンに求めている。
この補給作戦が本格化すれば、クフラック、カンガブル、シェプニノなど有力な街も乗り出してくるだろう。鬼神族も傍観はしていないはずだ。
シュリの不安は、半分当たっていた。
シュリは3時間ほどで王女の元に戻った。
そして、王女に意見具申する。
「ヴルマンの兵がおりました。全員が銃を装備しています。精霊族もいましたが、彼らも銃を持っていました。
対応を間違うと、たいへんなことになりましょう。
北の人々を信用していいものかはわかりませんが、クマンに害を与えようとは思ってはいないかと……。
ですが……。
我らは北の人々と戦っても勝ち目はありません。
ここは、隠忍自重が大切かと……。
王女殿下には、バンジェル島へのお渡りを進言いたします」
この言葉を聞いた村長テオが激怒。
「王女殿下は、クマン第2の街ブラウで戴冠していただく。
その上で、すべての夷狄〈いてき〉を打ち破るのだ!
国王陛下のご遺命である攘夷〈じょうい〉を断行せねばならぬ!」
王女パウラの護衛隊長リュドが憤慨する。
「そのようなこと、できなかろう!」
「リュド、ともうしたな。おまえは、それでも王女殿下の護衛か?
臆病者が!」
負傷しているもう一人の護衛ヤーブが取りなす。
「村長〈むらおさ〉殿、どうやって空から攻めてくる手長族と戦うのだ。
戦いようがなかろう」
「魂で戦うのだ。
先祖の魂が我らに力を与える」
「村長殿、それでは手長族とは戦えぬ。
それくらいの道理は、理解いただけよう」
俺は言葉を解しない、いい争いを聞いていた。干渉するつもりは一切ないが、刃傷沙汰となれば別だ。
そして、村長がクマンの刃渡り50センチほどの無反り両刃の剣を抜いた。一瞬で斬り付け、不意を突かれた護衛隊長リュドの左腕に深手を負わせる。
シュリが剣を抜き、村長テオの剣を叩き落とそうとするが、テオの力は衰えていたが技は健在だった。
逆にシュリの剣をからげ飛ばした。
ルサリィが銃口を突きつけるが、それを剣で払おうとする。
ルサリィの動きのほうが速かった。
銃床で腹を突き、前屈みになった瞬間、後頭部を銃床で殴る。
村長テオは気を失い、大地に腹這いとなった。
右腕に深手を負ったリュドは、高速砲艇で武装輸送船の船内医務室に運ばれる。
シュリが俺にいった。
「あの傷では、腕を落とさねばなるまい。
利き腕を失っては……」
俺は何もいえなかった。
脚を負傷しているヤーブがシュリに近付く。
「シュリ、すまぬ。
傷が痛むのだ。
北のヒトの手当を受けたい」
「ヤーブ様、承知いたしました」
ヤーブが西地区の衛生兵に支えられて、臨時の船着き場に向かう。
シュリが俺を見る。
「ヤーブ様の脚、膿んでおる。
脚が腐り、死が……。
脚を付け根から切り落とさねば、死んでしまう」
彼女の心は泣き出しそうだった。
村長テオは半分錯乱しており、護衛の上官は二人とも負傷してしまった。
王女パウラは、まだ15歳。
クマンの命運がシュリにのしかかる。
水陸両用車4輌に、アボロの村人が乗り込む。ウマや馬車も運ぶことになっている。
村長テオは意識を戻したが、呆けてしまった。彼は王都に住んでいた妻と末子を失ったそうだ。妻と末子の名を、ボソボソとお経のようにいい続けている。
長男と長女は、シュリに許しを請うた。彼女には、許す以外の選択肢がなかった。
俺は、シュリにかける言葉を持たなかった。
しかし、何かをいわなければ、間が持たない。
「シュリさん、ご家族は?」
「父母、祖父母、妹家族が王都に……。
手長族に殺されたと思う。
私は王宮に上がったので、夫も子もおらぬ」
「手長族は、ヒトを捕らえてもすぐには殺さない。
無事な可能性もあるよ」
「助け出す手立てがない。
捕らえられた人々は、王都郊外の古い練兵場跡に押し込められている。
脱出した若者から聞いた。
知ってはいても、何もできぬ」
シュリが唐突に問うてきた。
「国王陛下は、銃の商人だと聞いたがまことか?」
「私は国王じゃないよ。
フルギアの連中が私を“ノイリン王”と呼ぶことは事実だが、ノイリンに国王はいない」
「では、誰が国を治めているのだ?」
「集団で統治している。
議会があり、議会で決めたことを行政が実行するんだ。
議会は行政が不正をしないか監視するし、議会は領民によって監視される。
議会に出席する議員は、領民が選ぶんだ」
「クマンとは違うのだな」
「ずいぶんと違うよ」
この時期、ノイリンはまだノイリンの行政の長、つまり首長に相当する役職を置いていなかった。相馬悠人いわく、「高度に発展した原始共産制」なのだ。
北地区は農地の個人所有を認めていない。東地区は農地の個人所有を認めているが、売買は所有者と東地区行政府間に限られる。個人間の農地売買は禁止されている。
東南地区と西南地区は、農地の個人所有と売買を認めている。だが、小作人を認めていない。農作業者を雇用する場合、最低賃金が決められていて、それに違反すれば農地没収だ。
西地区は農業は盛んではないのだが、農地は存在する。農地の個人所有を認めていないが、永続的な使用権は認めている。つまり、地主は行政府で、農業従事者は全員小作人だ。
そういった話をシュリにしても意味はない。
まだ……。
相互理解は、それ以前の段階にある。
シュリが真に問いたい質問を投げる。
「銃がほしい。
いかがすればよい?」
「ノイリンがクマンに銃を売るには、北地区行政府と中央行政府の許可が必要なんだ。
銃を持っているからといって、売るわけにはいかないんだ」
「どうしたら、その許可がもらえるのだ」
「議会の承認が必要なんだ」
「どうしたら、議会が承認してくれるのだ?」
「ノイリンに暮らす普通の人々が、クマンに銃を売ることを賛成するかどうかだろう。
有権者によって選ばれる議員は、世論を気にするんだ」
「民が決めるのか?」
「そうだね。間接的だけど……」
「私は、ノイリンに赴きたい。
銃を与えてくれるよう、民を説得したい」
「それは無理だ」
「なぜか?」
「シュリさん、あなたがこの地に必要だからだ。シュリさんは、クマンから離れてはいけない。
いまは、ね」
アボロの農民たちと物資の移送は、深夜まで続いた。
翌早朝、シュリは王女の護衛隊長リュドと隊員ヤーブがいる船の医務室を訪れ、見舞った。
二人の手脚は、身体に付いたままだった。
シュリが驚くとリュドがいった。
「当然、失うと覚悟していたのだが……。
マルユッカと名乗る女の治療師は、切り落とす必要はないといっていた」
「その治療師、ヤブではないのか?」
「いや、違うらしい。
女の治療師とは、女の戦士よりも珍しいが、師匠の一人は死者を蘇られた、と聞いた。
その“死者”にも会った。
チハヤという娘と姉妹だそうだ」
「あの娘の?」
「あぁ、実際、熱が下がった。
ヤーブは、昨夜はよく眠れたらしい。
身体の中に入り込んだ、目に見えない小さな悪い虫を、身体の中に住む良い虫が退治したのだそうだ。
良い虫を元気にする薬を飲まされた。
そういっていた。
しばらくすれば、動けるようになる、と……。
にわかには信じられぬ」
「リュド殿、どうすればよい」
「貴殿は、王女付き侍女長でもある。王女の護衛としては我が配下だが、侍女としては私は何も命ぜられぬ。
不甲斐なくてすまぬが、しばらくは王女殿下をお守りもうし上げてくれ。
その他のことも任せよう」
「北の民から銃を手に入れようと思う。
そのためには、北の国に行かねばならぬ」
「すまぬが、いましばらく待ってくれ」
「わかっている。
20日後には、北の国に向かう船があるらしい。
あの針が、10を指し示すと、会議というものが始まる。
王女殿下と私が出ることとなった」
シュリが時計を指差すと、リュドが頷いた。
「承知した。
クマンを貴官に託そう」
王女パウラは、ブルマン商人の娘ミエリキ、半田千早、マーニ、ララと一緒にいた。
そして、銃を見せてもらっている。調査船アークエンジェルが装備する、小型軽量なノイリン製ボルトアクションライフルだ。
木板で囲っただけの臨時射撃訓練場で、操作の説明を受け、最初の1発を放つ。
的のど真ん中ではなかったが、命中した。
衝撃が少なく、扱いやすい銃で、命中精度も悪くない。
王女パウラが微笑む。
「銃の扱いは難しくないのね」
ミエリキが答える。
「撃つだけならね。
だけど、それで戦うとなると、簡単じゃないんだ。
噂だけど、ノイリンには戦女神がいるらしい。
その戦女神は、3つの身体に分身するとか。
コーカレイという街を手長族が襲ったとき、その戦女神が現れたんだ。
実際、ヴルマンの戦士は見た。
戦女神を。
ゲマール領のベアーテ様も見たそうだ。
それは、直接聞いた。どんな方かと尋ねたが、笑って答えてはくださらなかった。
その頃のヴルマンは、いまのクマンと同様、銃を持っていなかった。少しはあったが……。
コーカレイを攻めた手長族は、1万の大軍と伝説はいうが、実際は10分の1程度だったそうだ。
コーカレイには200人ほどしかいなかったとされるが、それは本当らしい。
コーカレイでは、男も女も戦えるものはすべて剣をとったという。
戦女神は、弓と銃を巧みに配し、手長族を翻弄したそうだ」
「その女神の御名は?」
「私は知らぬが、ベアーテ様は知っているらしい」
王女パウラが半田千早を見る。
「チハヤは、知っておるか?」
半田千早はがマーニを見る。
二人は見合ったが、嘘をいう必要はないと考えた。
半田千早が答える。
「知っているよ。
私たちのママ。
城島由加」
ミエリキが驚く。
「ノイリンの戦女神って、実在するの?」
マーニが笑う。
「ノイリンの戦女神って、ママだけじゃないけどね」
ララがいう。
「ベルタ様やフィー司令官も戦女神でしょ。
私は、フィー司令官から戦い方を学んでいる。私だけじゃないけど……」
王女パウラがいった。
「ノイリンに行ってみたい……」
彼女たちは、10時の会議直前まで王女パウラの射撃訓練を続けた。
会議が始まる前、王女パウラと王女付き護衛兼侍女シュリは長い会話をした。だが、一方的な王女パウラの話だった。
シュリが驚いたことは、王女パウラが射撃訓練を受けたことだ。シュリは銃に触れたことさえない。リュドやヤーブも同じだろう。
弓、剣、槍でセロに立ち向かったが、ロケット砲の攻撃は、クマンの戦士から完全に戦意を奪ってしまった。敵の姿を見る以前に、彼方から攻撃され、なす術なく野に屍をさらさなければならなかったからだ。
対抗手段はただ一つ。その場から逃げること。
シュリはセロと剣を交えたことが数回あるが、それはセロが剣による戦いを望んだからであることを知っていた。
クマンと戦うセロは、好きなときに戦い、好きなときに戦場を離脱し、好きな戦い方を選べた。
クマンは一方的に叩かれた。
同じヒトなのに、クマンと違い、西ユーラシアの人々はセロと対等に戦っていた。
それは銃を持っているからだ、とシュリは当初考えていた。しかし、すぐに違う、と感じるようになる。西ユーラシアの人々は、セロと競いながら、戦場を統べる方法を知っている。
ただ単に銃を購入しても、セロと対等には戦えない、と考えるようになっている。
それを王女パウラに伝えようとしたが、王女パウラから伝えられた銃の情報のほうが重要であった。
会議は、調査船アークエンジェルの食堂で行われた。
精霊族からは賢者が2と通訳1、ヴルマンから使者が2と通訳1、ノイリン北地区からは俺とクラウスが出席、西地区からも2、急遽、オブザーバーとしてフルギアも2が参加した。フルギアのメンバーは、西地区が派遣した武装輸送船の航海士だった。
要するに、フルギアがノイリンに放っていたスパイだ。フルギアは、スパイの身分を明かさせてでも、この会議の動向を見定めようと考えたのだ。
クマンからは、王女パウラと護衛兼侍女のシュリ、クマン人通訳が出席する。
進行役はクラウスが務める。
「それでは始めましょうか」
クラウスの発言を受けて、シュリが発言を求めた。
「このたびは、王女パウラとクマンの民を手長族の魔の手からお救いいただきありがとうございます。
皆様のご温情に深く感謝いたします」
精霊族が発言。
「我々からもお礼を。
同胞〈はらから〉の生命を救っていただきました」
ヴルマンからも同じ発言があった。
そして、シュリが核心を突く。
「クマンは、すでに国の形がありません。国王陛下は身罷り、王位継承権はパウラ王女殿下のみ。
王子殿下がご存命という噂はありますが、確かな情報はありません。
この状況で、手長族と戦うには、皆様のご支援が必要です」
ヴルマンの使者が発言。
「手長族と戦う……。
何のために戦うのですか?」
シュリが戸惑う。
「王家を守り、王女殿下を守り……」
ヴルマンの使者がシュリの言葉を遮り、質問を重ねる。
「ならば、王女殿下と護衛の方々をヴルマンにて、お守りいたしましょう」
シュリが狼狽する。
「いや……」
王女パウラがシュリを制し、起立して発言。
「皆様の言葉を解しません。
通訳が我が言葉を伝えますこと、お許しください。
クマンの民は、手長族に日々殺されています。私にはクマンの民を守る義務があります。ですが、それを果たす術がありません。
私はクマンの王女ですが、王位継承権は第89位です。
本来なら、王位につくことは、決してありません。私自身、王位など考えてもいません。いまも考えていません。
どこぞの豪族に嫁ぎ、館の中で一生を終える身、と運命を定めておりました。
私が王位につく、つかないに関係なく、クマンに生きるヒトとして、クマンの人々の生命と財産を守る義務があります。
私は、亡命などいたしません。
クマンの民とこの地に残り、クマンの民に昨日と同じ明日が来るよう戦います。
どうか、ご助勢をお願いいたします」
王女パルマは、ヴルマン商人の娘ミエリキから「何がしたいのか、必ず聞かれるよ」と忠告され、半田千早から「嘘でもいいから、自分の生命よりも国民の生活が大事、っていうんだよ」とアドバイスされていた。
俺は笑い出したかった。おそらくクマンには“亡命”という概念はない。この会議の直前に入れ知恵をした人物がいる。王女パウラは、朝早くから射撃に興じていたわけではなさそうだ。
シュリは愕然としていた。シュリが知る王女パウラは、世間の荒波とは無縁の深窓の姫君でしかなかった。
なのに、皇太子でもいわぬであろう、堂々とした口上を述べた。
何があったのだ?
ヴルマンの使者が問う。
「王女殿下、それではお尋ねをいたします。
どのような助力が必要ですか?」
シュリは座ったまま答える。
「ノイリンには戦女神がいる、と聞きました。クマンの地へご降臨いただけないでしょうか?」
全員が俺を見る。
クラウスが下を向いている。笑っているのだ。何かいわなければ……。
「ベルタは、デュランダルと一緒にコーカレイに赴任した。あの街は、手長族との戦いの最前線になる。ベルタが西アフリカへ来ることは無理だ。
フィー・ニュンは、航空隊の編制で手一杯だ。航空隊がなければ、手長族とは戦えない。
由加は……。
ノイリンの防衛体制を担っているから……」
城島由加は、子育てで手一杯とはいえなかった。彼女はどういう気の迷いか、城島健太の弟を産んだ。もう4歳になる。俺の子だ。
西アフリカに来れるとすれば、城島由加だけだ。
ヴルマンの使者は、王女パウラを見詰めた。
「何ゆえに、ノイリンの戦女神が入用なのですかな?」
「戦い方を学びたいのです。
クマンの兵は1万を超えていました。この一帯では無敵の軍でした。
ですが、壊滅したと聞きます。私には、事実なのか、判断できません。
ですが、空から襲ってくる手長族には、戦う術がないことは、私のような剣の握り方さえ知らぬものにもわかります。
クマン兵1万のすべてが消えたとは思いませんが、決戦を挑めるような状況ではないことは確かでしょう。
皆様が“銃”と呼ぶ武器があれば……、といいます。
しかし、銃があっても、その使い方を知ったとしても、戦い方を学ばねば、役に立てようがないように思うのです。
私は間違っていますか?」
ヴルマンの使者は、微笑んでいた。
「至極、もっともなお考えです。
我らヴルマンは、王女殿下に助勢いたしましょう。
何ができるのか、それは立ち返り調べましょう」
シュリは堂々とした王女パウラを誇らしく見ていたが、ヴルマンに立ち返られては、クマンは一層の危機に陥ってしまう、と感じ慌てた。
「ヴルマンの皆様に、このままご帰国となられては、クマンの民は死を待つこととなります。
どうかご翻意いただきたい」
ヴルマンの使者は、困ったような顔をしたが、それが芝居であることを俺は知っていた。
ベアーテに限らずヴルマンは、西アフリカに拠点を築きたいと考えている。精霊族にも、その意思がある。
「我らヴルマンは、全部族の総意として、ノイリンの船によって兵50をクマンに送ることを決しました。
それは、手長族に追われる同胞〈はらから〉を救出するためであり、クマンに与力することは想定しておりません。
ですが、兵50の派遣は許可されたこと。すぐに引かなければならない理由はありません」
「ならば、兵50のご助勢を賜れないものでしょうか?」
「しかし、我らだけでは補給が……。
ノイリンの支援がなければ、ヴルマン兵50は孤立となります」
西地区の代表が発言。
「ノイリン西地区は、河口に停泊している武装輸送船の同型船を6隻保有しています。
月に1回の物資輸送は可能でしょう。
北地区はいかがか?」
俺が答えるしかない。
「北地区は、西地区ほど大型船を保有していません。
調査船アークエンジェル、貨客船アッパーハット、潜水輸送船ソードフィッシュの3隻です。
3隻では月に1回の輸送は難しいかもしれません」
西地区代表は納得しない。
「アークエンジェルの同型船は、進水間近と聞きますが?
アイアンフェアリーでしたか?」
クラウスが答える。
「アイアンフェアリー(鋼の妖精)は、艤装が終わり、ほぼ完成しています」
西地区の代表が続ける。
「それは心強い。
西地区と北地区で2週に1回の輸送はできましょう」
ヴルマンの使者が膝を打つ。
「それならば、兵50を残せます」
ノイリン北地区は、ヴルマンと西地区に引きずられている。ノイリン北地区には、西アフリカ進出の意思はない。しかし、クマンを見捨てることは、後味が悪すぎる。
俺は、この会議の流れに逆らうことができずにいた。
王女パウラが再度発言。
「ノイリンの戦女神は、クマンの地にご降臨いただけようか?」
俺は、何となく王女の願いを断れなかった。
「私が城島由加に聞いてみます」
精霊族の賢者が、ヒトの言葉で告げる。
「セロ……、手長族は、我ら共通の敵です。
力を合わせて、撃退しましょう」
これが、精霊族から対セロ戦の意思が明確に示された、初めての発言だった。
アイアンフェアリーは、アークエンジェルの同型船ではない。船体は共通だが、目的と船内構造は大きく異なる。
アイアンフェアリーは、航空機支援船なのだ。ノイリンの設備では、空母は建造できない。だが、航空機の運搬と整備を行う専用船は造れる。急造の野戦飛行場を建設できる程度の建設機械も積む予定だ。
滑走路が造れそうな“地面”があれば、どこにでも行ける。航空機は全通甲板に露天繋止する。戦闘爆撃機ならば8機と整備用部品を運べる。
航空機運搬船アイアンフェアリーの擬装委員長はクラウスの息子クリストフだ。竣工すれば初代船長になる。
ノイリン北地区は、全通甲板型航空機運搬船アイアンフェアリーの竣工を急いでいた。
河川輸送班は、車輌班から中型ブルドーザーを2輌受け取り、ロワール川河口のゲマールまで運んだ。
航空班は、搭載機8機を空路輸送した。航空機整備班と飛行場班は、まもなく空路でゲマールに向かう。搭載機パイロットは、数日後には輸送機で出発する。
船内格納庫に搭載する2機の小型ヘリコプター“カニア”は、まだ輸送の目処が立っていない。この機体は、Mi-2をモデルにノイリンで製造した。
Mi-2は、400軸馬力ターボシャフトエンジンの双発だが、ノイリン製は600軸馬力双発だ。1.5倍のパワーに強化されている。
ドアガンも搭載しているし、82ミリロケット弾も2発まで搭載できる。
航空機、固定翼機と回転翼機のどちらもだが、ノイリンで“製造”といっても量産ではなくハンドメイドに近い。1機、1機、資材を調達し、部品を購入し、部材を作り、組み立てている。
だから、1機ごとに微妙に違う。それでも、我々にとっては“製造”なのだ。
各種車輌も同じだ。設計図にしたがって製造しているが、微妙に……、いいやかなり違う。特に軽車輌は……。
小型車のシャーシは1種類しかない。ベースは、トヨタ・ランドクルーザー40だ。ショート、セミロング、超ロングのシャーシがあるが、基本は1型式。
ランクル70のコピーは無理だが、40系ならばどうにかなる。ノイリンでは、ジープ、トラック、トラクター、バスなど、いろいろな車種に使われている。
サスペンションは、オリジナルに準じた前後輪ともリーフスプリングのリジットアクスルだ。堅実で堅牢以外の取り柄はないが、この世界ではこれが大事なのだ。
そして、航空機、車輌、船舶、何もかもが足りない。
製造が追いつかず、充足することは決してない。
貨客船(フェリー)アッパーハットに積み込むため、ジープタイプ8輌を河川で輸送する。使い込んだ車輌も多い。いや、使い込んでいるということは、しっかり働ける機械だという証明でもある。
アッパーハットは、西アフリカに向かう。
高射砲と高射機関砲も積み込む。牽引式76.2ミリ軽榴弾砲も用意している。
ノイリンの議会と中央行政府は、西アフリカの情報を欲していた。情報が少なく、かつ断片的で、判断を下せない。
クマンの人々が危機的状況にあることは、理解しているが、どの程度の危機的状況なのか皆目わからない。
それは、現地にいる俺たちにもわからなかった。
俺は中央行政府と交渉していた。クマンに小銃6挺の供与許可を求めていた。
シュリ、リュド、ヤーブの王女護衛3人と、アボロの村で獅子奮迅の戦いをした二人の農民を想定している。一人は20歳の男性、一人は22歳の女性だ。
残り1挺は、王女パウラに渡す。彼女が求めた。
クマンは6挺の小銃と、ナイフと剣でセロに立ち向かう。
中央行政府が許可すれば、6挺はクマンの手に渡る。6挺ならば、議会の承認は不要なはずだ。
西地区の指揮官も中央行政府に、同様の電文を送っている。
航空機輸送船アイアンフェアリーよりも早く、貨客船アッパーハットが出港する予定のはずだが、同船は港に繋留されたまま。
バンジェル島では、西地区の施設隊が1000メートルの滑走路建設を始めた。急造滑走路だが、双発輸送機でも離着陸できる。
だが、ノイリンから4600キロ。この距離を飛行できる機体はない。
それに、アイアンフェアリーの出航は、もう少し時間がかかる。手際がいいのはノイリンの常だが、準備が早すぎる。
それと、命令系統がはっきりしない。滑走路設営命令の出所が、不明なのだ。
俺は城島由加に伝えはした。
「クマンのお姫様がノイリンの戦女神に会いたいそうだ」と。
直接の会話ではなかったが……。
彼女からの返信はなかった。
ノイリンは西アフリカの情勢がわからず、西アフリカの俺たちはノイリンで何が進んでいるのか知らなかった。
21
あなたにおすすめの小説
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。
応援本当に有難うございました。
イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。
書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」
から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。
書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。
WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。
この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。
本当にありがとうございました。
【以下あらすじ】
パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった...
ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから...
第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。
何と!『現在3巻まで書籍化されています』
そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。
応援、本当にありがとうございました!
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる