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第4章
第97話 炎上
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太陽が昇ってしばらくすると、東の方角から爆発音がかすかに聞こえる。
東には森があり、視界を遮る。
それでも、誰もが東を見ている。
トゥーレが俺に問う。
「爆撃、ですか?」
「だろうな。
東に街か村があるのか?」
俺はクジュラに問うため、ミエリキを目で探す。
ミエリキはイロナとともに、余ったスープを保管容器に移していた。
俺はクジュラに手招きして、ミエリキに向かって走る。
「ミエリキ、クジュラに伝えてくれ。
東に街か村はあるのか?」
ミエリキとクジュラが、非常時にしてはかなり長い会話を続けた。
ミエリキは、わずかな沈黙のあと答えた。
「東には、小さな集落はあるかもしれませんが、知られた街や村はありません。
東には農地もないはずです。
森を焼いているのではないかと……。
森は豊かで、食べ物が豊富です。
森を焼かれたら、ヒトも動物も困ります」
俺は、呆然と立つイロナにいった。
「イロナ、移動する。
余ったスープは、もったいないが捨てていく」
すると、周囲にいた隊員が、一斉に飯盒を出す。それに余ったスープを入れさせ、持っていこうとする。
俺たちにとって、食料は貴重なのだ。
鍋や食器を洗う時間はなかった。
セロが森を爆撃したり、火を放つことはクマンの間では少し前から知られていた。
その理由だが、クマンの農民は「森を焼いて、農地にするため」と推測している。
だが、農業用水の確保が難しい西アフリカでは、保水力のある森の焼却・伐採は、一層の水不足を招くとクマンは危惧している。
俺たちの移動目的は、セロの爆撃による森の焼却行為を地上から観察することだった。 焼却阻止を企図していないし、セロとの戦闘は想定していない。もちろん、不期遭遇戦の心構えはある。
直近にある東の森を南に迂回すると、爆撃音と黒煙が見えてきた。
さらに15キロほど南東方向に進むと、20キロほど東に帯状に南北に連なる大きな森が見えた。
その森が燃えており、やや北側に爆撃用小型飛行船が浮遊している。
その飛行船の投弾による、森の炎上であることは明白だ。
俺たち5輌は、北上しながら緩い傾斜を登って、周囲よりも若干高い丘の南斜面で停止する。
丘の上で腹這いとなり、東の森と北の草原を観察する。
森は激しく燃えているが、広く延焼していく様子はない。森が豊富な水分を保持しているからだ。
眼前には草原が広がっているが、1メートルほどの丈の草だけがあるわけではなかった。
1個増強中隊規模のセロの戦列歩兵が、炎上する森に向かって整列している。
ウマに乗る将校が4。軽騎兵が20。輜重用の馬車が6。車輪付き野砲型ロケット砲が8。駐板と2脚で支える迫撃砲型ロケット砲が4。
小規模だが、歩兵、騎兵、砲兵の諸兵科連合部隊だ。
野砲型ロケット砲は、装甲車輌を撃破できる能力があることが知られている。
赤服が北アフリカで多用しており、白魔族のルノーFTに似た軽戦車を多数撃破している。
西ユーラシアでは、白魔族から入手してフルギアが運用していた同タイプの軽戦車が1輌撃破されている。
ハーキム戦闘車でも、乗員は無事だったが行動不能にされた例がある。
侮れない兵器だ。
俺の右にヴルマンのウーゴ、左にアボロの村長の長男ジェミがいる。
俺が双眼鏡を覗きながら「何をしているんだ?」と問うと、ウーゴが「延焼を食い止めるためじゃないか?」と答えた。
だが、銃口と砲口を森に向けていては、消火活動とは思えない。
明らかに戦闘を意図した配置だ。
ジェミが指差す。
炎に追われて森から動物が出てきた。
次にヒトの子供。そして女性。最後に丸い盾と戦斧を持った男。
その後、続々と森からヒトが出てきた。
ジェミが必死で何かをいうが、ウーゴは通訳しない。
通訳しなくてもわかる。
森を爆撃した理由は、潜んでいるヒトを炙り出すためだ。
風が東から西に吹いていることを確認し、森の東縁を爆撃し、炎が西に広がり、それに追われてヒトと動物が草原に追い立てられたのだ。
森にいたヒトは、それを予期していたようだ。男も女も、子供も老人も、戦う決意を固めている。
全員が何かしらの武器を持っている。棒の先を尖らせただけの槍や棍棒、剣と弓。雑多な武器を構えて、森の西縁に並んだ。ローマ帝国軍に立ち向かう、ガリアの戦士のように……。
ジェミが何かを叫ぶ。
意味はわかる。
その意思もある。
半田千早が匍匐で俺の右横に割り込んできた。
「養父〈とう〉さん……」
「全員乗車だ。
戦闘用意!」
彼女は走り戻る。
そして叫んだ。
「乗車、戦闘用意!」
トゥーレが問う。
「何が?」
「ただの火事じゃない。
セロがヒトを炙り出したんだ。
数百人はいる。
このままでは、皆殺しにされる。
セロは増強中隊規模だ。
油断するな。
丘を駆け下りて、戦列に突入する。
距離は3000」
農業班は、車体上面の防水シートを外す時間がなかった。車体左右側面のピントルマウントにブレン軽機関銃を据え、キャビン上面の全周旋回レールに装備する12.7ミリNSV重機関銃を覆うカバーを外した。
76.2ミリ砲装備のストーマーは、搭載弾数が32発と少ない。半分が榴弾で、半分が対戦車用の粘着榴弾だ。
トゥーレが無線で命じる。
「砲装車は距離1000で停止。停止後、直ちに援護射撃。
銃装車は敵後方に回り込みつつ突撃」
炎に追われて森を飛び出せばどうなるか、ファンキランにはよくわかっていた。
森の中で焼け死ぬか、森から出て戦って死ぬか、その二択しかない。
グスタフとなって20年、かつては豪農の横暴から農民を守ってきたが、豪農など及ばないほど残虐なセロに対しては抗う術さえ見つからない。
農民たちと森へ逃げ、姿を隠すことが、抵抗戦術の基本になっていた。
マルクスが反攻を始めるまで、耐えるしかない。
しかし、追い詰められた。
恐怖で小便を漏らす農民もいる。それでも戦わなくてはならない。戦っている間に、子供たちだけでも逃がしたい。だが、その子供たちは、親とともに戦い死ぬ覚悟でいる。
ファンキランの作戦は、その程度でしかなかった。
突撃を仕掛ける直前、南から鋼の巨獣が突進してくる姿を見る。
敵か、味方か。
味方などいるはずはない。
おそらく敵。
だが、2輌が停止し、手長族に砲撃を始める。
クマンの武器ではない。
ならば、マルクスが頼みとしているという、北の国か?
しかし、北の国が味方である証はない。
マルクスからの伝令によれば、北の国は海岸の一画を“占領”したという。
ならば、北の国と手長族の目的は同じかもしれない。
ファンキランが考えを巡らしていたわずか数秒で、3輌の鋼の巨獣が手長族の背後に回り込んだ。
俺は、若い隊員、若くない隊員、戦い慣れた隊員、初陣の隊員、いろいろだが、誰もがこの瞬間を待ち望んでいたことを狭い装甲の中の空気の振動で感じている。
俺も含めてだが、家族、親類、友人、知人、その誰かをセロに殺されている。
戦闘の中で死んだものはまだいい。いたぶられて無残に殺されたヒトも多い。
射撃訓練の標的にされたもの、深い大きな穴を掘らされ、そこに集団で落とされ、油をかけて生きたまま焼き殺されたもの……。
セロは、害獣駆除の目的でヒトを殺す。
ならば、ヒトはセロを容赦しない。
20ミリ機関砲は、軟目標に使う武器ではない。仰角80度まで砲身を上げられる20ミリ機関砲は、飛行船用の対空兵器だ。
だから、俺は俺が乗車するストーマーの砲手には同軸機銃を使うよう指示した。
だが、トゥーレが車長を務めるストーマーは、容赦なく20ミリ機関砲弾をばらまいた。
セロの手脚はもちろん、胴体に命中すれば身体がちぎれる。
セロは密集した戦列を形成している。20ミリ機関砲の榴弾1発で、セロの身体では信管が作動せず、5体や10体を貫通して地面に接して炸裂する。
俺が同軸機銃の使用を命じた理由には、小口径機関銃の発射弾数が多いことがある。
砲塔の同軸機関銃はラインメタルMG3のコピーなのだが、発射速度は毎分1000発を超える。100発リンクは、6秒で撃ち切る。
戦列の後方に回り込むと、ストーマー2輌と農業班の装甲貨物輸送車は、停止し、弾帯を交換しながら、動いているセロがいなくなるまで発射を続けた。
砲装車は、戦列の前方に移動し、同軸機関銃を撃つ。
セロが企図したヒトに対する一方的な殺戮は、それに気付いたヒトによって、セロに対する一方的な殺戮で終わった。
セロの騎兵は逃げ、セロの砲兵は1発も発射できなかった。
理想的な奇襲ではあったが、これほどまでの完勝は滅多にない。
青服の歩兵火器は大口径で、銃弾が炸裂・燃焼するが、1発ずつ装填しなければならない。
青服の歩兵の半分ほどは、我々に向けて発射したが、次発の装填はできなかったようだ。
これが、勝敗を決定的に分けた。
俺を含めて、青服は赤服よりも戦いやすいと感じてしまった。
俺は油断につながるこの印象を戒めたが、同じ分析をしたであろう隊員全員に徹底できるかは不安だった。
トゥーレが生き残りのセロ将校を連れてきた。負傷しておらず、死体にのしかかられて、身動きできなくなっていた。
この捕虜よりも、厄介そうな相手が眼前にいる。
50歳くらいだろうか?
ファンキランと名乗る。
ウーゴを通訳として、対面しているが、やや敵対的な姿勢を見せている。
ファンキランが問う。
「何者だ」
俺が答え、ウーゴが通訳する。
「北の国から来た」
「目的は?」
ドスのきいた声音だ。長身痩躯で、髪と瞳は黒。
「手長族に捕らえられた同胞を救出に来たのだが、その際にクマンの人々も助けた。
すぐには立ち去れない状況なので、周辺を偵察していたところだ」
「我らの土地を奪いに来たのではないのか?」
「その意思はない。
だが、食料を買いたい。
代金は、この地の相場を払おう」
「いまの我らには、耕す畑がない。
手長族に奪われた。
それは知っているだろう?」
「では、取り戻してくれ」
「弓と剣で?」
「マルクスは、策があるようだが……」
「マルクスを知っているのか?」
ファンキランの声音が少しだが変化する。
「ブラウの街で会った」
「このヒトたちを連れて、ブラウに向かっていた。
昼間は森に隠れ、夜に移動して、北に向かっているんだ」
飴を配る、半田千早、ミエリキ、王女パウラに子供たちが集まっている。
ファンキランがいった。
「限界だったんだ。
北に連れて行ってくれ……」
飛行船が戻ってくる。
それを見詰めるクマンの人々が怯え、一部がパニック状態に陥る。
飛行船は威圧するように、地上から50メートルほどの高度で真っ直ぐに近付いてくる。
この高度ならば、RPG-7でも命中する。青服は何を考えているのか、皆目わからない。赤服の戦闘詳報を見ていないのか?
そういった情報共有がないのか?
ストーマーが20ミリ機関砲を発射。機関砲弾は、キャビン左右に突き出た爆弾落射機を狙う。爆弾が残っていれば、爆発する可能性が高い。
セロの飛行船は頑丈で、簡単には撃墜できない。浮体やキャビンに命中させても、何事もないように飛行を続ける。
その様子を見て、ヒトは得もいえぬ焦燥を感じる。これが敗北への一歩となる。
だから、20ミリ機関砲の砲手は、浮体やキャビンではなく、爆弾落射機を狙った。
支柱から落射機が次々と脱落し、そのうちの1基が爆発。爆弾が残っていたのだ。
飛行船は大きく揺れ、進路を変えようとする。農業班の二人が、飛行船の直下まで、RPG-7を抱えて走って行く。
対戦車榴弾2発がキャビンに命中し、内部から炎が見える。
飛行船は、上下左右に小刻みに揺れながら、低空を南に向かう。
クマンの人々からは、歓声が上がる。
だが、青服の飛行船は多い。空から捜索されれば、すぐに見つけられてしまう。
少なくとも、1日か2日は追跡されたくない。
想定外の出来事で、俺は焦っていた。トゥーレは「どうするんですか!」としかいわないが、彼にも案があるわけはない。ウーゴは俺に近付かなくなった。
イロナは「ごはん、いままでと同じでいいですか……」と聞いてきたが、俺はどうしていいかわからない。
「当面は携行口糧で切り抜けよう」と伝えた。
ファンキランが率いている300を超える人々の状況が皆目わからないのだから、どう判断すればいいか……。
俺は、行動を発起した森に隣接した湧水池まで戻ることにした。
ファンキランは日中の移動を渋ったが、セロの死体が散らばるここに留まる意味はない。
堂々とクマンの地を移動し始めると、森から、岩陰から、大地の亀裂から、隠れていた人々が続々と合流してくる。
誰もが荷物を背負い、子供の手を引き、老人をいたわりながら、無言の行進に加わる。
池に着く頃には、俺よりもファンキランのほうが焦っていた。
俺が池を見ていると、ファンキランが話しかけてきた。ヴルマンの言葉を話すクマンの通訳を連れている。
「北国人、どうするつもりだ。
この人たちを引き連れていては、マルクスが統べる地までたどり着けないぞ」
「どのみち、夜だけ歩いていてはたどり着けないよ。
とりあえず、バンジェル島の対岸まで行く。
2日はかかる。
手長族の追撃に捕まるが、どうやって振り切るかだ。
それが、運命を決める」
トゥーレが呼びに来た。
「ハンダさん、ジェネラルと無線がつながった」
俺は頷き、トゥーレに続く。
驚くことに、ファンキランと通訳がついてきた。
城島由加は、少し不機嫌だった。俺には微妙な声音でわかる。
俺が報告する。クマンの通訳にもわかるようヴルマンの言葉を使う。
「40キロ南下した地点で、グスタフと手長族に接触した。
意図せず、奇襲となったので、手長族を退けた。
だが、飛行船に見られた。早ければ、夕方には追撃を受ける」
城島由加の声音が不機嫌さを増す。
「グスタフは何人?」
「彼らが守っていた農民は250人ほどだが、移動中に隠れていた街の住人が合流してきた。
それを見て、他のグスタフも合流している。現在は、1000人近いかもしれない」
俺は、城島由加に叱責されることを覚悟した。こういうときの彼女の語彙はいつも同じで、「何してんの? どうしたらそうなるの?」が決まり文句だ。
だが、違った。
「まだ増えそう?」
「たぶん……、いや間違いなく増えていくよ」
「戦えそうなヒトは?」
「う~ん、どうかな。
グスタフのメンバーは戦えるだろうけど……。弓矢と槍ではね……」
「2日、足止めできたら、バンジェル島まで来れる?」
「2日は無理だ。せいぜい、数時間が限度だ」
「橋とかは?」
「石の橋が何カ所か」
「川幅はなくてもいいから、深い川を選んで、そこを防衛線にする。
1カ所を1日、2カ所で2日。
最初の防衛拠点を1日守ったら、すぐに後退。次の防衛拠点で、さらに1日、何とか足止めして……」
「最初の防衛線を守り切れるようなら、2日粘ってもいいか?」
「それはダメ。
1日あれば、筏が作れるから……。
背後に回り込まれる前に撤退するの」
「そうするよ」
「川は泳いで渡れそう?」
「いいや、ワニがいる」
「それならば、1日は持ちこたえると思う。
それを2回やるの。
2次拠点には、最初から隊員を配置しておいて、1次拠点から後退してきた隊員とともに、2次拠点を守る……。
できそう?」
「あぁ、やってみるさ」
彼女は常日頃から「単純な作戦は成功する」といっているが、合理的で単純な作戦を立案すること自体が難しい。
だが、彼女の2段階遅滞作戦は、俺のような素人でも何とかできそうだ。
問題は投入できる戦力で、隊員は農業班の6人を含めても38しかいない。
1個小隊にも満たない数で、どう対処すればいいのだ。それに、バンジェル島方向に誘導する人手も必要だし、飛行船の攻撃に備えて、対空射撃が可能なストーマー2輌はクマンの護衛に振り向けなければならない。
指折り数えなくても、投入できる人数は16が限界だ。1拠点あたりわずか8人。
バンジェル島対岸までの40キロにおいて、渡渉の障害になるような川は2しかない。つまり、防衛の拠点は選択肢がないのだ。
俺は、5キロほど北にある川幅20メートルの北岸を最初の防衛拠点にすると決めた。
北岸には最近無人となった数軒の石造家屋がある。2軒は旅人宿、1軒は飯屋、1軒は茶屋だ。最も北に木造の厩〈うまや〉がある。建屋はすべて道の西側にある。東側は湿地で、徒歩以外での行動は無理だ。
川にはワニがいるが、1メートルに達しない小型だ。
ここは、俺が指揮する。
さらに20キロ北、川幅50メートルの北岸に第2防衛線を設ける。この川は浅く、深みでも1メートルほどしかない。だが、川面には体長5メートルに達するナイルワニの近縁種が多数生息している。
また、北岸には人工の土手があり、これが敵弾を遮蔽してくれる。
ここは、トゥーレが指揮する。
バンジェル島対岸への誘導は、20ミリ機関砲搭載型ストーマー、農業班の一部、そして城島由加が派遣を約束した指令部付小隊が担当する。
農業班は、RPG-7携帯対戦車擲弾発射機とブレン軽機関銃を遅滞戦に振り向けてくれた。
1次と2次の防衛戦に各1ずつ。そして、砲装のストーマーを1輌ずつ配置する。
グスタフのネットワークは、イーサネットやトークンリングのような相互接続型ではなく、スター型のようだ。
グスタフのリーダーであるマルクスを起点に、放射状に各地のグスタフにつながっている。
結果、各地のグスタフ間には、横のつながりがない。相互連携ができない欠点はあるが、1人のグスタフが捕まっても、芋づる式に他のグスタフの居所が知れる危険がない。組織防衛には向いている。
だが、隣接する地区を担当するグスタフたちは、他のグスタフの噂を聞くようだ。また、偶然出会うこともある。
グスタフには階級がない。複数のグスタフがいると、船頭多くして船山を登る、危険がある。グスタフの中には、本来のグスタフを戦闘で失ってしまい、未熟なまま“グスタフ”を名乗っていた自称もいる。
グループもいろいろで、ファンキランのように1人で250の大人数を率いている例もあるし、カームは総勢30ながら全員が戦闘員だ。
グスタフとしてのキャリアはファンキランが抜きんでているが、人望は30歳に達しないカームが上。
だが、カームの戦闘員は、半分が負傷している。それに、全員がひどく疲れている。戦える状態ではない。
グスタフは、正規、非正規、合わせて12人。
若手グスタフはカームを支持し、ベテランはファンキランをリーダーにしようと考えているらしい。
微妙なことはわからないが、クマンの言葉がわかるウーゴとミエリキの情勢判断は一致している。
俺は、グスタフの仲間割れを案じた。
それを防ぐため、作戦会議を開くことにした。
グスタフ全員と農民や街人の代表、そして俺とトゥーレが参加する。草原のど真ん中で、全員が立ったまま円陣を組んで作戦会議を始める。
俺が先制攻撃をする。
「カームさん、あなたの部隊はどの程度戦える?」
カームが答える。少し甲高い声で、声音は落ち着いている。
「全員が死ぬまで戦う覚悟だ」
俺の希望する回答だ。
「いや、それは困るんだ。
手長族には、彼我の損害を比較するという概念がない。
つまり、ヒトを殺せばそれでいいんだ。
ヒトが1人でも殺されれば、それで手長族の勝利となる。
ヒトが手長族を10殺して、手長族がヒトを1殺せば、それで手長族の勝利になる。
手長族との戦いでは、ヒトは死んではならない」
壮年のグスタフが問う。
「北国人、それはどういうことなんだ?
勇敢に戦い、英雄となっても、死んでしまえば、手長族が勝ったことになる、ということか?」
俺が頷く。
「北の国では、手長族と戦う戦士に、英雄となって死ぬよりも、臆病者として生き残れ、と指導している。
実際、この戦術で、手長族を退けている」
クマン人のざわつきがしばらく続く。
ざわつきが収まると同時に、カームが発言。
「北の国のヒト、我らは戦えない。いま戦ったら全員死ぬ」
俺はカームという男の率直さを評価した。
「では、死なずに戦う方法を考えよう」
若い女性の自称グスタフが提案する。手には、青服の小銃用弾頭を持っている。
「これは、手長族の鏃〈やじり〉だ。
あたるとひどく燃える。手足にあたれば、ちぎれることもある。
みんな知っているだろう?
恐ろしい武器だ。
使い方は、鏃中央のピンを引き抜いて、例の筒に入れて発射する」
彼女は、安全ピンを引き抜いて青服の小銃弾を円陣の中央付近に投げた。
地面に接触して、激しく爆燃する。危害半径は30センチほど。つまり、直径60センチ、円周1.88メートル、面積約0.3平方メートルに被害が及ぶのだ。
単発とはいえ、こんな恐ろしい武器はない。
銃を持たないクマンでは、抗いようがない。
彼女の乱暴な行為に、何人かが抗議する。
彼女は臆さずに続けた。
「これを、矢の先端に着けるんだ。
大きくて重いようだが、実は軽い。
我々の鉄の鏃の3倍ほど。
だけど、最大級のロングボウで、最長の矢を、限界まで引けば、手長族の武器の射程外から攻撃できる。
私たちは、この戦術で、何度も囲みを突破してきた」
トゥーレが尋ねる。
「だが、敵弾の鹵獲は困難だろう?」
彼女が即座に答える。
「その通り。
こちらは逃げる側で、攻める側ではない。
敵の弾は、偶然以外には手に入らない。
だけど、その偶然があった。
いま思えばだが、北国人とファンキラン様が手長族と戦う音を聞いたのだ。
最初は、戦場で拾いものができればいい、程度の思いで南に向かった。
途中で、手長族の荷馬車を見つけ、それを襲い、連中の食料を奪った。
さらに南に向かうと、草原に百を超える手長族が死んでいた。
その死体から弾を奪った……。
大筒の弾も欲しかったが、それは無理だった」
トゥーレが重ねて尋ねる。
「弾の数は?」
「手長族の兵は、弾を50発、弾薬盒に入れて持ち運ぶ。
それが180以上。9000を少し欠けるほどある」
カームが問う。
「ディラリ、といったな。
ロングボウの射手など、王国軍以外にはいないぞ」
ディラリが答える。
「我らは、元々が森の民。
私の祖父の代までは、狩猟で生計を立てていた。
だから、私の村の住民は、男なら誰でもロングボウの射手なんだ。
女でも、矢を引けるものは希にいる。
男はロングボウ、女は弩で戦ってきた。弩のボルトの先端にも手長族の弾を取り付けて、戦った」
グスタフたちのざわつきが続く。
最年少の正規グスタフ、バーニーハットが発言。
「私のグループには、王国軍の弓兵がいます。
全員、脱走兵です。私が脱走を手引きしました」
ディラリが尋ねる。
「何人?」
「20はいますよ」
「それはすごい!
協力してくれる?」
「もちろん。
愚かな指揮官に無意味に殺されたくなかった兵ばかりで、彼らは臆病者ではありません。
いや、臆病者のほうがいいのでしたっけ?」
全員が笑う。
俺が提案する。
「本隊は、ファンキランの指揮でバンジェル島対岸を目指す。グスタフ各々は、ファンキランに協力して欲しい。
1次防衛線は、ディラリの協力が必要だ。弓兵は10。
2次防衛線は、バーニーハットの王国軍弓兵を配置。それと、カームの戦えそうな兵士。
参加できるだけでいい。負傷者は例外なくバンジェル島対岸に向かい、戦闘には参加しない。
一人でも死んだら負けになるんだ。
この戦いは!
どうだろうか!?」
ディラリが即座に答える。
「私は、北国人の提案に賛成だ」
全員が同意してくれた。
城島由加は、バンジェル島対岸の南15キロにある幅15メートル、最大水深5メートルの川の北岸に3次防衛線を設定する。
グスタフに率いられた避難民は、この3次防衛線の北に入れば、取りあえず安全となる。
7トンは積める6頭立ての荷馬車ごと糧秣をセロから奪ったディラリは、それをあっさりとファンキランに託した。
「平等に使って欲しい」
彼女の条件はそれだけ。
1次防衛線と2次防衛線の中間ほどにある木造小屋の周辺で、100人ほどの男女が必死の形相で作業をしている。
彼らは、大工、建具職人、家具職人、楽器職人など、木を扱う専門職ばかりだ。
長さ1.2メートルの正確に直線な細い棒を大量に作っている。
ロングボウの矢だ。
矢羽根を取り付ける係、セロから奪った弾を鏃代わりに取り付ける係、矢を検品する係など、流れ作業で作っていく。
俺たちが1次防衛線となる川の北岸にたどり着いたとき、ディラリの弓兵は1人あたり10本の矢しか持っていなかった。
その日の夕方には各100本となり、矢の製造チームは、2次防衛線の北に移動した。
北に移動する人々は増え続け、1400を少し超えた。そして、1次と2次の防衛線の間で夜明かしするグループが多数あった。
おそらく、夜が明ければセロの追撃隊が1次防衛線の南に現れる。
城島由加は、その時点から18人で24時間守り切れという。
俺は、現実的な作戦とは思えなくなってきた。
日没2時間前、突然、司令部付小隊所属のカニア小型ヘリが飛来し、何と金沢壮一が降りてきた。
パイロットは、ローターの回転を止めることなく、金沢壮一と衛生隊員、食料・弾薬、その他物資を降ろすと、1分も経たずに飛び去った。
物資のうち、全員の顔がほころんだものがある。
クマン勢力圏で使われている古い穀物袋だ。これで、土嚢が作れる。俺たちにとっては、暖かい食事の次に嬉しい物資だ。
クマンの義勇兵は土嚢を知らず、作業には消極的な参加だったが、それでも十分な手助けになった。
旅人宿の2階ベランダの一角に土嚢を積み、機関銃座を作った。玄関横にも土嚢を積み、ここにも機関銃を配置する。
機関銃は、箱型弾倉のブレン軽機関銃とベルト給弾のMG3が各1挺のみ。それとRPG-7対戦車擲弾発射機が1基。
これと個人携帯火器、ストーマーの主砲と同軸機関銃、ロングボウだけでセロと戦わなくてはならない。
セロが大軍ならば、数分で突破されそうだ。
76.2ミリ砲搭載のストーマーは、一番南の宿の道を挟んだ反対側、東側に浅い戦車壕を掘って配置する。少し土を被せて擬装する。
草木を使った擬装は、セロの兵器が爆燃することから、被害を大きくする効果を生んでしまうので、使っていない。
セロの砲弾は命中すると爆燃し、素材には強い粘性があり、熱量は低いが長時間燃える。戦闘車輌の装甲を溶かしはしないが、車内から出られないと乗員は蒸し焼きにされてしまう。
それを防ぐために、車体上部前面左右に車内から噴射できる消火器が2基備えてある。
日が暮れると、それぞれが手持ちの食料を食べ、歩哨を除いて4軒の建屋の中で身体を横たえた。
厩には、15歳の少年が残った。クマンの11人目の“戦士”で、11頭のウマを守っている。
俺は、最も南の宿屋の2階南側窓際の壁にもたれて、座っていた。
室内に家具は残っていない。避難の際に持ち出したか、にわか盗人に持ち去られたか、そのどちらかだ。
どちらにしても、どこかの路傍で捨てられているだろう。
今夜は満月。室内でも、暗闇ではない。ガラスを失った窓から入る涼しい風が心地いい。
外れたドアから、金沢壮一が入ってきた。
「一杯どうです?」
小声の誘いは、断れない。
金沢壮一は、床に置いた二つの木製のコップに透明の液体を注いだ。
コップを合わせ、一口飲む。
金沢が話し始める。日本語だ。少々驚く。知られたくない話が始まる。
「車輌班と機械班の一部から、車輌班回転翼機部が生まれたよね」
「あぁ、俺はその所属に反対した。もう、何年も前のことになる」
「えぇ、そのときに感じたんだ。半田さんは、ノイリンの情勢に疎いって……」
俺は沈黙する。
「……」
金沢壮一が続ける。
「車輌班、機械班、燃料班、発電班の各班長の総意で、俺が半田さんに会いに来たんだ。
農業班や酒造班の班長も知っている」
「ものづくり系総出だな」
「えぇ、航空班を除いてね」
「航空班?」
「航空班に問題があるんだ。問題があるから、航空班に回転翼機部を設置しなかった。
航空班が回転翼機部設立に反対していたし……」
「覚えている。航空班は反対だった。設計部、運用部、整備部、飛行場部だけでいいと……」
「あの頃から、航空班は厄介な状況に落ち込んでいった……」
「厄介……?」
「半田さん、航空班に突然若い設計者がやって来たこと、覚えてる?」
「あぁ、軍用機の経験がある20代の気鋭の設計者だったね」
「誰もが喜んだんだが……。
その男は、確かに実務経験がある設計者だったけど、同時に人心の誘導に長けた策略家でもあった。
内部抗争大好きな、そう珍しくもない人種だ」
金沢壮一が焼酎を口にし、続ける。
「アイロス・オドランは、実直を絵に描いたような男。仕掛けられた抗争に、うまくはまっていく。
俺たちものづくり系が気付いたときには、彼は航空班設計部で半分孤立してしまっていた。
例の男、ブロウス・コーネインだが、この世界で生まれた男じゃない。数カ月前、元世界からやって来たばかりだった。ノイリンに現れたときは1人で、それを不審だという声があった。
だけど、言葉の覚えが早く、この世界で生まれた連中ともすぐに仲良くなる。
そんな不審はすぐに消えた。
そして、アイロスが追い込まれていくんだ。
ブロウス・コーネインは、設計部を掌握し、運用部にも手を伸ばす。そして、フィー・ニュンの半孤立化にも成功する。
彼の影響下にないのは、整備部と飛行場部。設計部と運用部は、事実上ブロウス・コーネインの個人所有物になってしまった。
この状況に危機感を抱いたものづくり系各班は、車輌班と機械班からメンバーを抽出し、車輌班に回転翼機部を無理矢理作ったんだ。
ちょうど、元の世界でおもちゃのドローンを設計していたハインリッヒ・ドーフマンと博物館で古典機の修復を担当していたトラッカー・コッブが相次いでノイリン北地区に移住してきたから……。
ハインリッヒのカニアのコンポーネントを利用した軽攻撃ヘリの開発は、現実的ではないが愉快な計画だったよ。
トラッカー・コッブは、ショート・スカイバンの胴体延長型を提案してくれた。
シェルパの名で2機が進空していて、半田さんも乗ったことがあるでしょう?」
「あぁ、ノイリンとコーカレイの定期便だろう?」
「そうだ」
「あれは、航空班の機体じゃないの?」
「そう。
近距離用のアイランダーも車輌部回転翼機部設計・製造の機体だよ」
俺は、少々驚いていた。
「ブロウス・コーネインは、オルリク戦闘攻撃機の開発で、手一杯なんだ。
オルリクはうまくいっていない……。
彼は、地味な軽輸送機は注目が向かないので、興味がないようだ」
「金沢さん、航空班にはサビーナたちがいるだろう?」
「彼女たちは、とっくに車輌班に移った。ララは、航空班から輸送班に移り、数日前、車輌班に異動になった。
すべて、アイロス・オドランとフィー・ニュンの策だよ。
ブロウス・コーネインは、航空班から邪魔者を追い出したつもりなんだろうが、実際はものづくり系の深謀遠慮なんだ」
俺はララの異動が腑に落ちなかった。
「ララは最近まで、ただのパイロット候補生だったんだろう?
そのララがなんでブロウス・コーネインににらまれるんだ?」
金沢壮一は、もっともな俺の質問に少し笑みを漏らした。
「そこがブロウス・コーネインの才能なんだ。
彼は必ず集団の中に共通の敵を作る。設計部ならばアイロス・オドラン。敵としては手強い相手で、黙らせれば一気に実権を握れる……。
だけど、ブロウス・コーネインは正規のパイロットじゃないから、運用部でサビーナたちを敵にはできないわけ。
力不足でね。
そこでララに目を付けた……。
ララは精霊族。我々は、精霊族や鬼神族との融和を大事にしている……。
特に居住域が隣接している精霊族には、細心の注意を払っている……。
ララは本人の意思とは関係なく、ヒトと精霊族との友好の証……。ノイリンの上層部は、地区に関係なくララを温かく見守っている。
これを、ブロウス・コーネインは優遇だとして、若い連中をたきつけたんだ。
ララは優遇されている。優遇されているから、パイロット初級に合格した。パイロット上級にも合格した。戦闘機パイロット適性テストにも合格した……。
そして、数少ない戦闘機を割り当てられるぞ、と。
若い連中は不満に感じ始め、ララが孤立。見かねたサビーナが船舶搭載機のパイロットとして、輸送班に引き抜かせたんだ」
俺は、心底驚いていた。
「そんなことがあったのか……」
金沢壮一がコップの焼酎を飲み干し、ボトルからコップに注ぐ。
「アークエンジェルが帰還する際に、ララを船から降ろして車輌班に異動させたのは由加さんだ。
由加さんは、ブロウス・コーネインがのさばる航空班を信用していないんで……」
俺は自分の女房の名を聞きさらに驚く。
「由加は、ララの状況を……」
金沢壮一の呂律が少しもつれる。
「☆◆▽※♪で、ちーちゃんやマーニからある程度は聞いていたでしょうけど、由加さんはそんなことはどうでもいいヒトだから……。
ようは、信用できる戦闘機乗りを探したら、そこにララがいたと……。
司令部付小隊なる怪しい部隊を作って、ララやマーニを引き入れた……」
俺は不思議だった。
「司令部付小隊に戦闘機なんてないだろう?」
金沢壮一が、我が意を得たり、とでもいうように声を出して低く笑った。
「俺が、それを持ってきたんだ」
俺は急に酔いが覚めた。
「戦闘機を持ってきた?」
金沢壮一が頷く。
「西地区の輸送船で運んできた。
軽攻撃ヘリと戦闘爆撃機各1機を」
俺は驚いて少し大きな声を出した。
「攻撃ヘリ……。
コブラとかアパッチみたいな?」
金沢壮一の笑顔が月明かりで、不気味な雰囲気だ。
「ボナンザのパーツを流用した偽物オルリクは進空しているけど、本物は設計の段階で止まっている。
本物のオルリクなしじゃ不安なんで、中央行政府にせっつかれて、北地区行政府、つまるところウルリカさんとミューズさんは、ハインリッヒのカニアベースの軽攻撃ヘリ案に乗ったんだ。
で、車輌班に予算が下りた。
ハインリッヒは喜び勇んで設計に入り、わずか1カ月ですませ、モックアップの製作から実機の完成まで3カ月で終わらせた。
その時点では裸馬だったけど、機械班が連装12.7ミリ動力銃座を、動力銃座の制御システムを通信班が作り上げ、いまじゃ見かけは立派なタンデムシートの攻撃ヘリになっているよ」
俺の知らない話ばかりだ。
「戦闘機は……?」
金沢壮一がコップの焼酎を飲み干す。
「これが、偶然なんだ。
クフラックは、練習機と戦闘爆撃機にツカノを採用した。クフラックのツカノとスーパーツカノは、ブラジル製がベースで、イギリス製やエジプト製ではない……。
量産も順調に進んでいるし、エンジンは西地区が遅滞なく供給している……。
で、連中の持ち物であるターボトレーナーとテキサンⅡはいらないんじゃないかと……。
ものは試しで購入の交渉をしたんだ。
すると、ピラタスPC-7ターボトレーナーは練習機として使っているからダメ。
PC-9、俺たちはテキサンⅡと呼んでいるんだけど、こいつは偵察機で使っているからダメ。
だけど、ホーカー・ビーチクラフトAT-6Bウルヴァリン軽攻撃機とピラタスPC-21は、システムが高度すぎて維持できないから、売ってもいいよ、と。
それで、2機を買い取った……。
エンジンレスで……」
俺は金沢壮一の話が面白くなってきた。
「それで!」
金沢壮一がコップに焼酎をなみなみと注ぐ。
「両方ともヘッドアップディスプレイやグラスコクピットといった主力ジェット戦闘機並みの装備があるんだけど、そんなものはこの世界では邪魔なだけ。
機載装備をターボトレーナー並みまでグレードダウンする大幅改造を突貫工事で実施して、サビーナたちがテスト飛行を終えたのが船出の数日前。
復座だけど、操縦席だけですべての操作ができる。
実質単座機。
2機は実際は違う機種で、ピラタスとウルヴァリンと呼んでいます。持ってきたのはAT-6Bベースのウルヴァリン1機だけ。
この機体は、アネリアと一緒に来たんだ。
ストライク・カニア、軽攻撃ヘリの名前だけど、ウルヴァリンとストライク・カニアは陸揚げされて、組み立てが終わっているはずだよ。
今回の戦いに間に合うかもしれない……」
俺はつまらない質問をした。
「ストライク・カニア軽攻撃ヘリに乗るのは……」
「もちろんマーニだ。
ガンナーも一緒に来た。
褐色の精霊族、いわゆるダークエルフの少女ホティアだ」
褐色の精霊族は鬼神族と文化的なつながりがあり、精神的な部分はヒトにも似ている。精霊族の個体にはヒト風の名前はないが、褐色の精霊族にはヒト風の名前がある。
マーニは悪くいえば八方美人、よくいえば誰とでも仲良くなれる懐の深さがある。俺は後者だと確信しているが、由加はもっと友人を取捨選択をしたほうがいいと考えている。
今回は異種とのペアだ。しかも初対面。どうなるのだろう?
俺と金沢壮一の日本語による会話は長く、寝酒にしては多すぎる酒量に達していた。
俺は彼が持ち込んだ機関銃について尋ねた。
「金沢さんの機関銃だけど、M60だよね。
この世界で、初めて見たよ」
金沢壮一がうつむく。
「ロワール川北岸、かなり北。
どこにでもある石を積んだ廃屋の中で、見つけた。
遺体は4つ。
3つの額に弾痕、残り1体は側頭部に。
2体は成人、2体は子供。
家族は、ドラキュロに追い詰められて、自決したのでしょう。
木造の納屋に車輌があったけれど、そこまで行く余裕がなかった……。
たまたま立ち寄った廃屋を一夜の宿としたけれど、歩哨が眠ってしまった。
父親と母親は激しく戦ったけど、手元の弾薬が少なく、父親が家族全員の命を絶った。
この世界じゃ、どこにでも転がっている物語だよ」
俺は正直にいった。
「悲しいな」
金沢壮一も同意する。
「本当に。
例の鍋、“ゲート”の出口だけど、短いサイクルで内部の砂の量が増減していたらしいことは知っているでしょ。
ただ、砂が満ちている期間はあまり長くなく、ほとんどは俺たちが経験した鍋の半分ほどに砂がある状態だった……。
運よく、砂が満ちているときに出くわせば、戦車でも何でも持ち出せた……。
しかし、幸運ともいえなかった。
出るのが楽なら、入るのも楽なわけで……。
そんなときは、ドラキュロの大群が待ち構えていたから……。
俺たちは、幸運だったんだ」
俺は気になった。
「納屋の車輌は……」
金沢壮一が当然のこととして答える。
「もちろん回収したよ。
メルカヴァMK.1だった」
「メルカヴァ?
イスラエルの?」
「イスラエルの主力戦車メルカヴァMk.1」
「それは……」
「車輌班が預かって、整備中。
燃料切れで立ち往生寸前だったらしい。乗っていたのは、アラブ系の家族でしょう。そう思わせる持ち物がいくつかあったから……。
イスラエル人ではないと思う。
母親はFN FALを持っていた。
武器はすべてイスラエル軍の持ち物だったのだろうけど、メルカヴァMk.1はすべて退役していたから、闇市場で入手したのかもしれない。
由加さんとベルタさん待望の105ミリのL7戦車砲付きだよ」
「2人は知っているの?」
「メルカヴァのこと?」
「あぁ」
「教えるわけないでしょ。
うるさくて、眠れなくなる」
俺と金沢壮一は、小声で笑い合った。
俺は、女性の声で目が覚めた。
「養父〈とう〉さん、養父さん、起きて」
俺は覚醒と同時に焦った。
「どうした!」
「お酒飲んだでしょ」
金沢壮一の姿はない。
「ちょっとだけ」
「ちょっとだけじゃないでしょ。
ボトル1本飲んじゃったでしょ」
「俺1人じゃ……」
「嘘ばっかし……。
来たよ。
セロの斥候……」
「見つかったか?」
「たぶん……。
橋を渡ってこなかったから。
見つかってはいなくても、何か異常を感じたんだと思う」
「火は?」
「誰も使っていないよ」
1階に降りると、すでに全員が戦闘配置についていた。
緊張しすぎている。これでは、集中力が持たない。
俺はディラリに頼んだ。
「全員を集めてくれ」
20人の顔には、疲労と恐怖に加えて、復讐への渇望が混ざっている。それゆえ、過剰な高揚感と緊張が生まれていた。
俺はディラリにウーゴを介して問うた。
「手長族の斥候を見たのは?」
「私も見た。
夜明けの20分後に現れた」
「となれば、本隊は2キロか3キロ南だな。
近いな」
「えぇ、それで迎撃態勢をすぐにとった」
「正しい判断だ。
ここを24時間守る。
援軍はない。
だが、誰も死ねない。
誰かが死ねば、手長族の勝利となる。
生き残らなければ、勝利とはならない。
手長族はヒトとは違う。
ヒトの勇気や自己犠牲の精神は、手長族には通用しない。
全員で、ここを生きて出よう」
ノイリン出身者全員が、下手な敬礼をする。それを見て、ヴルマン、フルギア、クマンも真似た。
装填手のイロナが意見具申。
「元気を出すために、スープを温めて飲みませんか?
ガソリンストーブを使えば、煙が出ません」
俺は、それを受け入れた。
最年少はクマンの馬番ホブト15歳、その次は小銃手半田千早16歳。最年長はストーマーの女性装填手イロナだ。
20人が1杯ずつ、暖かいが具の少ないスープを飲んだ。
最後の食事ではない。生き抜くためのエネルギー補給だ。
全員が配置につく。金沢壮一は、最も南にある宿屋の2階南側窓に陣取った。この宿屋は、自然石を積んで造られている。地震には脆そうだが、銃弾には堅牢だ。
ストーマーの乗員を除いて、ノイリン人はボディアーマーを付け、ヴルマンとフルギアは革鎧を、クマンは布の衣服だった。ヴルマンは毛皮のついた兜を被り、フルギアは鉄がむき出しの装飾が少ない兜を使う。革鎧のデザインも異なる。
何事にも反目し合うヴルマンとフルギアだが、ここでは不思議なほど協力し合っている。そうしなければ、生き残れないからだ。
純白のウマに乗った将校が先頭にいる。俺は、宿屋の屋根裏にいた。屋根裏の通風口には、フルギアの狙撃手がいる。ノイリン製のボルトアクションにどこで手に入れたのかニコンのライフルスコープを付けている。
フルギアは彼のほかにもう1人。事実上の決死隊に、フルギアは無理矢理割り込んできた。
2人とも優秀な科学者だが、それ以上にフルギアのヒトだ。フルギアの勇猛さを示さなければならないと考えている。
ヴルマンは生命を惜しむが、フルギアは死にたがる。俺は、この2人を死なせるつもりは毛頭ない。
死にたくはないが、死を覚悟することはある。俺のような臆病者でも、過去に何度かある。
現れたセロは、死を覚悟するほどの大軍だ。青服が推定1個大隊規模。
わずか20人でどうにかできる相手じゃない。24時間どころか、30分で蹴散らされる。
20人全員が息を吞んだ。
青服は騎馬を先頭に、小銃を担いだ歩兵が2列縦隊で続き、はるか後方に荷駄隊が続く。
俺は戦慄したし、誰もが震えたと思う。最大1個中隊程度、実際は1個か2個小隊を足止めするつもりでいた。
だが、眼前には騎兵、歩兵、砲兵、輜重兵合わせて1000がいる。
1000対20では、最初から結果が見えている。
だが、やるしかない。
ノイリンの戦神がそれを命じたのだ。
金沢壮一が世代を重ねた人々の言葉で叫んだ。
「ノイリンの戦神は、ここを24時間固守せよと命じた。ならば、できるはずだ!」
それを誰かがヴルマンの言葉に翻訳し、それを誰かがクマンの言葉に訳した。
神が命じたことならば、できるはずだ。
青服は、不用意に橋には近付いてこない。
背嚢を背負った歩兵が4、2体ずつ道の両側から橋に近付いてくる。
恐怖が撃ちたい気持ちを増幅するが、誰も発射しない。命令を待っている。本隊は300メートル後方にいる。
歩兵4が橋の南詰めに取りついた。そして、渡ってくる。
渡りきれば、擬装は見破られる。
渡りきったが、そのまま引き返す。戦車壕と最南の宿屋は、川北岸から15メートルほどしか離れていない。
草や木立で擬装していても、至近ならば不自然さは判別できる。
歩兵4は、立ち上がらなかった。石橋は路面が平坦で、南北を貫く街道とは高低差がない。また、歩兵4は立ち上がらず、高い位置から前方を目視しなかった。
結果、擬装を見破られなかった。
歩兵4は身をかがめたまま、本隊へと戻っていく。
白馬に跨がるセロは、豪華な羽根付き帽子を被っている。青服だが、デザインが微妙に違う。遠目からも、いままで接してきたセロの将校とは違う。
かなり高い階級の身分なのだろう。軍の階級ではなく、社会の階級が……。
俺はフルギアの狙撃手に「あの白馬の王子を狙え」といった。
フルギア人は嬉しそうに頷くが、その笑顔は引きつっていた。
半田千早が屋根裏に来る。
「養父さん……」
俺は無線でストーマーに命じる。
「橋を渡り始めたら、できるだけ後方を狙え。
弾は惜しむな」
「千早、クマンの弓兵に伝令。
橋を渡り始めたら最大射程で発射」
「わかった!」
俺は、24時間は無理でも2時間は粘ろうと決意した。
金沢壮一が無線に取りついている。
「敵が橋の南距離200に現れた。
兵力1000、1個大隊規模。騎兵、歩兵、砲兵、輜重兵を確認」
バンジェル島では、騒ぎが起きていた。
航空班が送り込んできた戦闘機8機と、パイロット8人は、相変わらず城島由加に対して敵対的だ。
整備隊は“中立”を保っている。つまり、敵対はしていないが、能動的な協力もしない。命じられたことはするが、それ以上はしない。
そこに予定にはない西地区輸送船が入港。
見たことのない流麗なスタイルのヘリコプターと垂直尾翼が赤く塗装された戦闘機を陸揚げした。
滑走路は西地区の管理下にあり、飛行場の警備も西地区が行っている。
飛行場で何をしようが、西地区の勝手。北地区は指図する立場にない。
数日前から飛行場は閉鎖され、ウルヴァリン戦闘爆撃機とストライク・カニア軽攻撃ヘリの試験飛行に専用されている。
航空班派遣隊は、西地区飛行場長に激しく抗議したが「おまえ、ここの土に埋めてやろうか」と脅され、引き下がっていた。
ホモ・ネアンデルタールレンシスの遺伝子を強く残しているというサビーナたちは、今回の作戦にアネリアを派遣した。
ララに機種転換訓練を施すためだ。
ララはアネリアを見て「教官!」と叫び、抱きついた。
マーニはストライク・カニアの流麗なスタイルを見て、呆然と眺めていた。
青服が橋にさしかかり、躊躇いなく渡り始める。
白馬の王子は先頭ではないが、1個小隊ほどが先行し、その直後にいる。
銃声が1発。
白馬の王子が落馬すると同時に、1次防衛線の全員が発射する。
絶望的な戦いが始まった。
東には森があり、視界を遮る。
それでも、誰もが東を見ている。
トゥーレが俺に問う。
「爆撃、ですか?」
「だろうな。
東に街か村があるのか?」
俺はクジュラに問うため、ミエリキを目で探す。
ミエリキはイロナとともに、余ったスープを保管容器に移していた。
俺はクジュラに手招きして、ミエリキに向かって走る。
「ミエリキ、クジュラに伝えてくれ。
東に街か村はあるのか?」
ミエリキとクジュラが、非常時にしてはかなり長い会話を続けた。
ミエリキは、わずかな沈黙のあと答えた。
「東には、小さな集落はあるかもしれませんが、知られた街や村はありません。
東には農地もないはずです。
森を焼いているのではないかと……。
森は豊かで、食べ物が豊富です。
森を焼かれたら、ヒトも動物も困ります」
俺は、呆然と立つイロナにいった。
「イロナ、移動する。
余ったスープは、もったいないが捨てていく」
すると、周囲にいた隊員が、一斉に飯盒を出す。それに余ったスープを入れさせ、持っていこうとする。
俺たちにとって、食料は貴重なのだ。
鍋や食器を洗う時間はなかった。
セロが森を爆撃したり、火を放つことはクマンの間では少し前から知られていた。
その理由だが、クマンの農民は「森を焼いて、農地にするため」と推測している。
だが、農業用水の確保が難しい西アフリカでは、保水力のある森の焼却・伐採は、一層の水不足を招くとクマンは危惧している。
俺たちの移動目的は、セロの爆撃による森の焼却行為を地上から観察することだった。 焼却阻止を企図していないし、セロとの戦闘は想定していない。もちろん、不期遭遇戦の心構えはある。
直近にある東の森を南に迂回すると、爆撃音と黒煙が見えてきた。
さらに15キロほど南東方向に進むと、20キロほど東に帯状に南北に連なる大きな森が見えた。
その森が燃えており、やや北側に爆撃用小型飛行船が浮遊している。
その飛行船の投弾による、森の炎上であることは明白だ。
俺たち5輌は、北上しながら緩い傾斜を登って、周囲よりも若干高い丘の南斜面で停止する。
丘の上で腹這いとなり、東の森と北の草原を観察する。
森は激しく燃えているが、広く延焼していく様子はない。森が豊富な水分を保持しているからだ。
眼前には草原が広がっているが、1メートルほどの丈の草だけがあるわけではなかった。
1個増強中隊規模のセロの戦列歩兵が、炎上する森に向かって整列している。
ウマに乗る将校が4。軽騎兵が20。輜重用の馬車が6。車輪付き野砲型ロケット砲が8。駐板と2脚で支える迫撃砲型ロケット砲が4。
小規模だが、歩兵、騎兵、砲兵の諸兵科連合部隊だ。
野砲型ロケット砲は、装甲車輌を撃破できる能力があることが知られている。
赤服が北アフリカで多用しており、白魔族のルノーFTに似た軽戦車を多数撃破している。
西ユーラシアでは、白魔族から入手してフルギアが運用していた同タイプの軽戦車が1輌撃破されている。
ハーキム戦闘車でも、乗員は無事だったが行動不能にされた例がある。
侮れない兵器だ。
俺の右にヴルマンのウーゴ、左にアボロの村長の長男ジェミがいる。
俺が双眼鏡を覗きながら「何をしているんだ?」と問うと、ウーゴが「延焼を食い止めるためじゃないか?」と答えた。
だが、銃口と砲口を森に向けていては、消火活動とは思えない。
明らかに戦闘を意図した配置だ。
ジェミが指差す。
炎に追われて森から動物が出てきた。
次にヒトの子供。そして女性。最後に丸い盾と戦斧を持った男。
その後、続々と森からヒトが出てきた。
ジェミが必死で何かをいうが、ウーゴは通訳しない。
通訳しなくてもわかる。
森を爆撃した理由は、潜んでいるヒトを炙り出すためだ。
風が東から西に吹いていることを確認し、森の東縁を爆撃し、炎が西に広がり、それに追われてヒトと動物が草原に追い立てられたのだ。
森にいたヒトは、それを予期していたようだ。男も女も、子供も老人も、戦う決意を固めている。
全員が何かしらの武器を持っている。棒の先を尖らせただけの槍や棍棒、剣と弓。雑多な武器を構えて、森の西縁に並んだ。ローマ帝国軍に立ち向かう、ガリアの戦士のように……。
ジェミが何かを叫ぶ。
意味はわかる。
その意思もある。
半田千早が匍匐で俺の右横に割り込んできた。
「養父〈とう〉さん……」
「全員乗車だ。
戦闘用意!」
彼女は走り戻る。
そして叫んだ。
「乗車、戦闘用意!」
トゥーレが問う。
「何が?」
「ただの火事じゃない。
セロがヒトを炙り出したんだ。
数百人はいる。
このままでは、皆殺しにされる。
セロは増強中隊規模だ。
油断するな。
丘を駆け下りて、戦列に突入する。
距離は3000」
農業班は、車体上面の防水シートを外す時間がなかった。車体左右側面のピントルマウントにブレン軽機関銃を据え、キャビン上面の全周旋回レールに装備する12.7ミリNSV重機関銃を覆うカバーを外した。
76.2ミリ砲装備のストーマーは、搭載弾数が32発と少ない。半分が榴弾で、半分が対戦車用の粘着榴弾だ。
トゥーレが無線で命じる。
「砲装車は距離1000で停止。停止後、直ちに援護射撃。
銃装車は敵後方に回り込みつつ突撃」
炎に追われて森を飛び出せばどうなるか、ファンキランにはよくわかっていた。
森の中で焼け死ぬか、森から出て戦って死ぬか、その二択しかない。
グスタフとなって20年、かつては豪農の横暴から農民を守ってきたが、豪農など及ばないほど残虐なセロに対しては抗う術さえ見つからない。
農民たちと森へ逃げ、姿を隠すことが、抵抗戦術の基本になっていた。
マルクスが反攻を始めるまで、耐えるしかない。
しかし、追い詰められた。
恐怖で小便を漏らす農民もいる。それでも戦わなくてはならない。戦っている間に、子供たちだけでも逃がしたい。だが、その子供たちは、親とともに戦い死ぬ覚悟でいる。
ファンキランの作戦は、その程度でしかなかった。
突撃を仕掛ける直前、南から鋼の巨獣が突進してくる姿を見る。
敵か、味方か。
味方などいるはずはない。
おそらく敵。
だが、2輌が停止し、手長族に砲撃を始める。
クマンの武器ではない。
ならば、マルクスが頼みとしているという、北の国か?
しかし、北の国が味方である証はない。
マルクスからの伝令によれば、北の国は海岸の一画を“占領”したという。
ならば、北の国と手長族の目的は同じかもしれない。
ファンキランが考えを巡らしていたわずか数秒で、3輌の鋼の巨獣が手長族の背後に回り込んだ。
俺は、若い隊員、若くない隊員、戦い慣れた隊員、初陣の隊員、いろいろだが、誰もがこの瞬間を待ち望んでいたことを狭い装甲の中の空気の振動で感じている。
俺も含めてだが、家族、親類、友人、知人、その誰かをセロに殺されている。
戦闘の中で死んだものはまだいい。いたぶられて無残に殺されたヒトも多い。
射撃訓練の標的にされたもの、深い大きな穴を掘らされ、そこに集団で落とされ、油をかけて生きたまま焼き殺されたもの……。
セロは、害獣駆除の目的でヒトを殺す。
ならば、ヒトはセロを容赦しない。
20ミリ機関砲は、軟目標に使う武器ではない。仰角80度まで砲身を上げられる20ミリ機関砲は、飛行船用の対空兵器だ。
だから、俺は俺が乗車するストーマーの砲手には同軸機銃を使うよう指示した。
だが、トゥーレが車長を務めるストーマーは、容赦なく20ミリ機関砲弾をばらまいた。
セロの手脚はもちろん、胴体に命中すれば身体がちぎれる。
セロは密集した戦列を形成している。20ミリ機関砲の榴弾1発で、セロの身体では信管が作動せず、5体や10体を貫通して地面に接して炸裂する。
俺が同軸機銃の使用を命じた理由には、小口径機関銃の発射弾数が多いことがある。
砲塔の同軸機関銃はラインメタルMG3のコピーなのだが、発射速度は毎分1000発を超える。100発リンクは、6秒で撃ち切る。
戦列の後方に回り込むと、ストーマー2輌と農業班の装甲貨物輸送車は、停止し、弾帯を交換しながら、動いているセロがいなくなるまで発射を続けた。
砲装車は、戦列の前方に移動し、同軸機関銃を撃つ。
セロが企図したヒトに対する一方的な殺戮は、それに気付いたヒトによって、セロに対する一方的な殺戮で終わった。
セロの騎兵は逃げ、セロの砲兵は1発も発射できなかった。
理想的な奇襲ではあったが、これほどまでの完勝は滅多にない。
青服の歩兵火器は大口径で、銃弾が炸裂・燃焼するが、1発ずつ装填しなければならない。
青服の歩兵の半分ほどは、我々に向けて発射したが、次発の装填はできなかったようだ。
これが、勝敗を決定的に分けた。
俺を含めて、青服は赤服よりも戦いやすいと感じてしまった。
俺は油断につながるこの印象を戒めたが、同じ分析をしたであろう隊員全員に徹底できるかは不安だった。
トゥーレが生き残りのセロ将校を連れてきた。負傷しておらず、死体にのしかかられて、身動きできなくなっていた。
この捕虜よりも、厄介そうな相手が眼前にいる。
50歳くらいだろうか?
ファンキランと名乗る。
ウーゴを通訳として、対面しているが、やや敵対的な姿勢を見せている。
ファンキランが問う。
「何者だ」
俺が答え、ウーゴが通訳する。
「北の国から来た」
「目的は?」
ドスのきいた声音だ。長身痩躯で、髪と瞳は黒。
「手長族に捕らえられた同胞を救出に来たのだが、その際にクマンの人々も助けた。
すぐには立ち去れない状況なので、周辺を偵察していたところだ」
「我らの土地を奪いに来たのではないのか?」
「その意思はない。
だが、食料を買いたい。
代金は、この地の相場を払おう」
「いまの我らには、耕す畑がない。
手長族に奪われた。
それは知っているだろう?」
「では、取り戻してくれ」
「弓と剣で?」
「マルクスは、策があるようだが……」
「マルクスを知っているのか?」
ファンキランの声音が少しだが変化する。
「ブラウの街で会った」
「このヒトたちを連れて、ブラウに向かっていた。
昼間は森に隠れ、夜に移動して、北に向かっているんだ」
飴を配る、半田千早、ミエリキ、王女パウラに子供たちが集まっている。
ファンキランがいった。
「限界だったんだ。
北に連れて行ってくれ……」
飛行船が戻ってくる。
それを見詰めるクマンの人々が怯え、一部がパニック状態に陥る。
飛行船は威圧するように、地上から50メートルほどの高度で真っ直ぐに近付いてくる。
この高度ならば、RPG-7でも命中する。青服は何を考えているのか、皆目わからない。赤服の戦闘詳報を見ていないのか?
そういった情報共有がないのか?
ストーマーが20ミリ機関砲を発射。機関砲弾は、キャビン左右に突き出た爆弾落射機を狙う。爆弾が残っていれば、爆発する可能性が高い。
セロの飛行船は頑丈で、簡単には撃墜できない。浮体やキャビンに命中させても、何事もないように飛行を続ける。
その様子を見て、ヒトは得もいえぬ焦燥を感じる。これが敗北への一歩となる。
だから、20ミリ機関砲の砲手は、浮体やキャビンではなく、爆弾落射機を狙った。
支柱から落射機が次々と脱落し、そのうちの1基が爆発。爆弾が残っていたのだ。
飛行船は大きく揺れ、進路を変えようとする。農業班の二人が、飛行船の直下まで、RPG-7を抱えて走って行く。
対戦車榴弾2発がキャビンに命中し、内部から炎が見える。
飛行船は、上下左右に小刻みに揺れながら、低空を南に向かう。
クマンの人々からは、歓声が上がる。
だが、青服の飛行船は多い。空から捜索されれば、すぐに見つけられてしまう。
少なくとも、1日か2日は追跡されたくない。
想定外の出来事で、俺は焦っていた。トゥーレは「どうするんですか!」としかいわないが、彼にも案があるわけはない。ウーゴは俺に近付かなくなった。
イロナは「ごはん、いままでと同じでいいですか……」と聞いてきたが、俺はどうしていいかわからない。
「当面は携行口糧で切り抜けよう」と伝えた。
ファンキランが率いている300を超える人々の状況が皆目わからないのだから、どう判断すればいいか……。
俺は、行動を発起した森に隣接した湧水池まで戻ることにした。
ファンキランは日中の移動を渋ったが、セロの死体が散らばるここに留まる意味はない。
堂々とクマンの地を移動し始めると、森から、岩陰から、大地の亀裂から、隠れていた人々が続々と合流してくる。
誰もが荷物を背負い、子供の手を引き、老人をいたわりながら、無言の行進に加わる。
池に着く頃には、俺よりもファンキランのほうが焦っていた。
俺が池を見ていると、ファンキランが話しかけてきた。ヴルマンの言葉を話すクマンの通訳を連れている。
「北国人、どうするつもりだ。
この人たちを引き連れていては、マルクスが統べる地までたどり着けないぞ」
「どのみち、夜だけ歩いていてはたどり着けないよ。
とりあえず、バンジェル島の対岸まで行く。
2日はかかる。
手長族の追撃に捕まるが、どうやって振り切るかだ。
それが、運命を決める」
トゥーレが呼びに来た。
「ハンダさん、ジェネラルと無線がつながった」
俺は頷き、トゥーレに続く。
驚くことに、ファンキランと通訳がついてきた。
城島由加は、少し不機嫌だった。俺には微妙な声音でわかる。
俺が報告する。クマンの通訳にもわかるようヴルマンの言葉を使う。
「40キロ南下した地点で、グスタフと手長族に接触した。
意図せず、奇襲となったので、手長族を退けた。
だが、飛行船に見られた。早ければ、夕方には追撃を受ける」
城島由加の声音が不機嫌さを増す。
「グスタフは何人?」
「彼らが守っていた農民は250人ほどだが、移動中に隠れていた街の住人が合流してきた。
それを見て、他のグスタフも合流している。現在は、1000人近いかもしれない」
俺は、城島由加に叱責されることを覚悟した。こういうときの彼女の語彙はいつも同じで、「何してんの? どうしたらそうなるの?」が決まり文句だ。
だが、違った。
「まだ増えそう?」
「たぶん……、いや間違いなく増えていくよ」
「戦えそうなヒトは?」
「う~ん、どうかな。
グスタフのメンバーは戦えるだろうけど……。弓矢と槍ではね……」
「2日、足止めできたら、バンジェル島まで来れる?」
「2日は無理だ。せいぜい、数時間が限度だ」
「橋とかは?」
「石の橋が何カ所か」
「川幅はなくてもいいから、深い川を選んで、そこを防衛線にする。
1カ所を1日、2カ所で2日。
最初の防衛拠点を1日守ったら、すぐに後退。次の防衛拠点で、さらに1日、何とか足止めして……」
「最初の防衛線を守り切れるようなら、2日粘ってもいいか?」
「それはダメ。
1日あれば、筏が作れるから……。
背後に回り込まれる前に撤退するの」
「そうするよ」
「川は泳いで渡れそう?」
「いいや、ワニがいる」
「それならば、1日は持ちこたえると思う。
それを2回やるの。
2次拠点には、最初から隊員を配置しておいて、1次拠点から後退してきた隊員とともに、2次拠点を守る……。
できそう?」
「あぁ、やってみるさ」
彼女は常日頃から「単純な作戦は成功する」といっているが、合理的で単純な作戦を立案すること自体が難しい。
だが、彼女の2段階遅滞作戦は、俺のような素人でも何とかできそうだ。
問題は投入できる戦力で、隊員は農業班の6人を含めても38しかいない。
1個小隊にも満たない数で、どう対処すればいいのだ。それに、バンジェル島方向に誘導する人手も必要だし、飛行船の攻撃に備えて、対空射撃が可能なストーマー2輌はクマンの護衛に振り向けなければならない。
指折り数えなくても、投入できる人数は16が限界だ。1拠点あたりわずか8人。
バンジェル島対岸までの40キロにおいて、渡渉の障害になるような川は2しかない。つまり、防衛の拠点は選択肢がないのだ。
俺は、5キロほど北にある川幅20メートルの北岸を最初の防衛拠点にすると決めた。
北岸には最近無人となった数軒の石造家屋がある。2軒は旅人宿、1軒は飯屋、1軒は茶屋だ。最も北に木造の厩〈うまや〉がある。建屋はすべて道の西側にある。東側は湿地で、徒歩以外での行動は無理だ。
川にはワニがいるが、1メートルに達しない小型だ。
ここは、俺が指揮する。
さらに20キロ北、川幅50メートルの北岸に第2防衛線を設ける。この川は浅く、深みでも1メートルほどしかない。だが、川面には体長5メートルに達するナイルワニの近縁種が多数生息している。
また、北岸には人工の土手があり、これが敵弾を遮蔽してくれる。
ここは、トゥーレが指揮する。
バンジェル島対岸への誘導は、20ミリ機関砲搭載型ストーマー、農業班の一部、そして城島由加が派遣を約束した指令部付小隊が担当する。
農業班は、RPG-7携帯対戦車擲弾発射機とブレン軽機関銃を遅滞戦に振り向けてくれた。
1次と2次の防衛戦に各1ずつ。そして、砲装のストーマーを1輌ずつ配置する。
グスタフのネットワークは、イーサネットやトークンリングのような相互接続型ではなく、スター型のようだ。
グスタフのリーダーであるマルクスを起点に、放射状に各地のグスタフにつながっている。
結果、各地のグスタフ間には、横のつながりがない。相互連携ができない欠点はあるが、1人のグスタフが捕まっても、芋づる式に他のグスタフの居所が知れる危険がない。組織防衛には向いている。
だが、隣接する地区を担当するグスタフたちは、他のグスタフの噂を聞くようだ。また、偶然出会うこともある。
グスタフには階級がない。複数のグスタフがいると、船頭多くして船山を登る、危険がある。グスタフの中には、本来のグスタフを戦闘で失ってしまい、未熟なまま“グスタフ”を名乗っていた自称もいる。
グループもいろいろで、ファンキランのように1人で250の大人数を率いている例もあるし、カームは総勢30ながら全員が戦闘員だ。
グスタフとしてのキャリアはファンキランが抜きんでているが、人望は30歳に達しないカームが上。
だが、カームの戦闘員は、半分が負傷している。それに、全員がひどく疲れている。戦える状態ではない。
グスタフは、正規、非正規、合わせて12人。
若手グスタフはカームを支持し、ベテランはファンキランをリーダーにしようと考えているらしい。
微妙なことはわからないが、クマンの言葉がわかるウーゴとミエリキの情勢判断は一致している。
俺は、グスタフの仲間割れを案じた。
それを防ぐため、作戦会議を開くことにした。
グスタフ全員と農民や街人の代表、そして俺とトゥーレが参加する。草原のど真ん中で、全員が立ったまま円陣を組んで作戦会議を始める。
俺が先制攻撃をする。
「カームさん、あなたの部隊はどの程度戦える?」
カームが答える。少し甲高い声で、声音は落ち着いている。
「全員が死ぬまで戦う覚悟だ」
俺の希望する回答だ。
「いや、それは困るんだ。
手長族には、彼我の損害を比較するという概念がない。
つまり、ヒトを殺せばそれでいいんだ。
ヒトが1人でも殺されれば、それで手長族の勝利となる。
ヒトが手長族を10殺して、手長族がヒトを1殺せば、それで手長族の勝利になる。
手長族との戦いでは、ヒトは死んではならない」
壮年のグスタフが問う。
「北国人、それはどういうことなんだ?
勇敢に戦い、英雄となっても、死んでしまえば、手長族が勝ったことになる、ということか?」
俺が頷く。
「北の国では、手長族と戦う戦士に、英雄となって死ぬよりも、臆病者として生き残れ、と指導している。
実際、この戦術で、手長族を退けている」
クマン人のざわつきがしばらく続く。
ざわつきが収まると同時に、カームが発言。
「北の国のヒト、我らは戦えない。いま戦ったら全員死ぬ」
俺はカームという男の率直さを評価した。
「では、死なずに戦う方法を考えよう」
若い女性の自称グスタフが提案する。手には、青服の小銃用弾頭を持っている。
「これは、手長族の鏃〈やじり〉だ。
あたるとひどく燃える。手足にあたれば、ちぎれることもある。
みんな知っているだろう?
恐ろしい武器だ。
使い方は、鏃中央のピンを引き抜いて、例の筒に入れて発射する」
彼女は、安全ピンを引き抜いて青服の小銃弾を円陣の中央付近に投げた。
地面に接触して、激しく爆燃する。危害半径は30センチほど。つまり、直径60センチ、円周1.88メートル、面積約0.3平方メートルに被害が及ぶのだ。
単発とはいえ、こんな恐ろしい武器はない。
銃を持たないクマンでは、抗いようがない。
彼女の乱暴な行為に、何人かが抗議する。
彼女は臆さずに続けた。
「これを、矢の先端に着けるんだ。
大きくて重いようだが、実は軽い。
我々の鉄の鏃の3倍ほど。
だけど、最大級のロングボウで、最長の矢を、限界まで引けば、手長族の武器の射程外から攻撃できる。
私たちは、この戦術で、何度も囲みを突破してきた」
トゥーレが尋ねる。
「だが、敵弾の鹵獲は困難だろう?」
彼女が即座に答える。
「その通り。
こちらは逃げる側で、攻める側ではない。
敵の弾は、偶然以外には手に入らない。
だけど、その偶然があった。
いま思えばだが、北国人とファンキラン様が手長族と戦う音を聞いたのだ。
最初は、戦場で拾いものができればいい、程度の思いで南に向かった。
途中で、手長族の荷馬車を見つけ、それを襲い、連中の食料を奪った。
さらに南に向かうと、草原に百を超える手長族が死んでいた。
その死体から弾を奪った……。
大筒の弾も欲しかったが、それは無理だった」
トゥーレが重ねて尋ねる。
「弾の数は?」
「手長族の兵は、弾を50発、弾薬盒に入れて持ち運ぶ。
それが180以上。9000を少し欠けるほどある」
カームが問う。
「ディラリ、といったな。
ロングボウの射手など、王国軍以外にはいないぞ」
ディラリが答える。
「我らは、元々が森の民。
私の祖父の代までは、狩猟で生計を立てていた。
だから、私の村の住民は、男なら誰でもロングボウの射手なんだ。
女でも、矢を引けるものは希にいる。
男はロングボウ、女は弩で戦ってきた。弩のボルトの先端にも手長族の弾を取り付けて、戦った」
グスタフたちのざわつきが続く。
最年少の正規グスタフ、バーニーハットが発言。
「私のグループには、王国軍の弓兵がいます。
全員、脱走兵です。私が脱走を手引きしました」
ディラリが尋ねる。
「何人?」
「20はいますよ」
「それはすごい!
協力してくれる?」
「もちろん。
愚かな指揮官に無意味に殺されたくなかった兵ばかりで、彼らは臆病者ではありません。
いや、臆病者のほうがいいのでしたっけ?」
全員が笑う。
俺が提案する。
「本隊は、ファンキランの指揮でバンジェル島対岸を目指す。グスタフ各々は、ファンキランに協力して欲しい。
1次防衛線は、ディラリの協力が必要だ。弓兵は10。
2次防衛線は、バーニーハットの王国軍弓兵を配置。それと、カームの戦えそうな兵士。
参加できるだけでいい。負傷者は例外なくバンジェル島対岸に向かい、戦闘には参加しない。
一人でも死んだら負けになるんだ。
この戦いは!
どうだろうか!?」
ディラリが即座に答える。
「私は、北国人の提案に賛成だ」
全員が同意してくれた。
城島由加は、バンジェル島対岸の南15キロにある幅15メートル、最大水深5メートルの川の北岸に3次防衛線を設定する。
グスタフに率いられた避難民は、この3次防衛線の北に入れば、取りあえず安全となる。
7トンは積める6頭立ての荷馬車ごと糧秣をセロから奪ったディラリは、それをあっさりとファンキランに託した。
「平等に使って欲しい」
彼女の条件はそれだけ。
1次防衛線と2次防衛線の中間ほどにある木造小屋の周辺で、100人ほどの男女が必死の形相で作業をしている。
彼らは、大工、建具職人、家具職人、楽器職人など、木を扱う専門職ばかりだ。
長さ1.2メートルの正確に直線な細い棒を大量に作っている。
ロングボウの矢だ。
矢羽根を取り付ける係、セロから奪った弾を鏃代わりに取り付ける係、矢を検品する係など、流れ作業で作っていく。
俺たちが1次防衛線となる川の北岸にたどり着いたとき、ディラリの弓兵は1人あたり10本の矢しか持っていなかった。
その日の夕方には各100本となり、矢の製造チームは、2次防衛線の北に移動した。
北に移動する人々は増え続け、1400を少し超えた。そして、1次と2次の防衛線の間で夜明かしするグループが多数あった。
おそらく、夜が明ければセロの追撃隊が1次防衛線の南に現れる。
城島由加は、その時点から18人で24時間守り切れという。
俺は、現実的な作戦とは思えなくなってきた。
日没2時間前、突然、司令部付小隊所属のカニア小型ヘリが飛来し、何と金沢壮一が降りてきた。
パイロットは、ローターの回転を止めることなく、金沢壮一と衛生隊員、食料・弾薬、その他物資を降ろすと、1分も経たずに飛び去った。
物資のうち、全員の顔がほころんだものがある。
クマン勢力圏で使われている古い穀物袋だ。これで、土嚢が作れる。俺たちにとっては、暖かい食事の次に嬉しい物資だ。
クマンの義勇兵は土嚢を知らず、作業には消極的な参加だったが、それでも十分な手助けになった。
旅人宿の2階ベランダの一角に土嚢を積み、機関銃座を作った。玄関横にも土嚢を積み、ここにも機関銃を配置する。
機関銃は、箱型弾倉のブレン軽機関銃とベルト給弾のMG3が各1挺のみ。それとRPG-7対戦車擲弾発射機が1基。
これと個人携帯火器、ストーマーの主砲と同軸機関銃、ロングボウだけでセロと戦わなくてはならない。
セロが大軍ならば、数分で突破されそうだ。
76.2ミリ砲搭載のストーマーは、一番南の宿の道を挟んだ反対側、東側に浅い戦車壕を掘って配置する。少し土を被せて擬装する。
草木を使った擬装は、セロの兵器が爆燃することから、被害を大きくする効果を生んでしまうので、使っていない。
セロの砲弾は命中すると爆燃し、素材には強い粘性があり、熱量は低いが長時間燃える。戦闘車輌の装甲を溶かしはしないが、車内から出られないと乗員は蒸し焼きにされてしまう。
それを防ぐために、車体上部前面左右に車内から噴射できる消火器が2基備えてある。
日が暮れると、それぞれが手持ちの食料を食べ、歩哨を除いて4軒の建屋の中で身体を横たえた。
厩には、15歳の少年が残った。クマンの11人目の“戦士”で、11頭のウマを守っている。
俺は、最も南の宿屋の2階南側窓際の壁にもたれて、座っていた。
室内に家具は残っていない。避難の際に持ち出したか、にわか盗人に持ち去られたか、そのどちらかだ。
どちらにしても、どこかの路傍で捨てられているだろう。
今夜は満月。室内でも、暗闇ではない。ガラスを失った窓から入る涼しい風が心地いい。
外れたドアから、金沢壮一が入ってきた。
「一杯どうです?」
小声の誘いは、断れない。
金沢壮一は、床に置いた二つの木製のコップに透明の液体を注いだ。
コップを合わせ、一口飲む。
金沢が話し始める。日本語だ。少々驚く。知られたくない話が始まる。
「車輌班と機械班の一部から、車輌班回転翼機部が生まれたよね」
「あぁ、俺はその所属に反対した。もう、何年も前のことになる」
「えぇ、そのときに感じたんだ。半田さんは、ノイリンの情勢に疎いって……」
俺は沈黙する。
「……」
金沢壮一が続ける。
「車輌班、機械班、燃料班、発電班の各班長の総意で、俺が半田さんに会いに来たんだ。
農業班や酒造班の班長も知っている」
「ものづくり系総出だな」
「えぇ、航空班を除いてね」
「航空班?」
「航空班に問題があるんだ。問題があるから、航空班に回転翼機部を設置しなかった。
航空班が回転翼機部設立に反対していたし……」
「覚えている。航空班は反対だった。設計部、運用部、整備部、飛行場部だけでいいと……」
「あの頃から、航空班は厄介な状況に落ち込んでいった……」
「厄介……?」
「半田さん、航空班に突然若い設計者がやって来たこと、覚えてる?」
「あぁ、軍用機の経験がある20代の気鋭の設計者だったね」
「誰もが喜んだんだが……。
その男は、確かに実務経験がある設計者だったけど、同時に人心の誘導に長けた策略家でもあった。
内部抗争大好きな、そう珍しくもない人種だ」
金沢壮一が焼酎を口にし、続ける。
「アイロス・オドランは、実直を絵に描いたような男。仕掛けられた抗争に、うまくはまっていく。
俺たちものづくり系が気付いたときには、彼は航空班設計部で半分孤立してしまっていた。
例の男、ブロウス・コーネインだが、この世界で生まれた男じゃない。数カ月前、元世界からやって来たばかりだった。ノイリンに現れたときは1人で、それを不審だという声があった。
だけど、言葉の覚えが早く、この世界で生まれた連中ともすぐに仲良くなる。
そんな不審はすぐに消えた。
そして、アイロスが追い込まれていくんだ。
ブロウス・コーネインは、設計部を掌握し、運用部にも手を伸ばす。そして、フィー・ニュンの半孤立化にも成功する。
彼の影響下にないのは、整備部と飛行場部。設計部と運用部は、事実上ブロウス・コーネインの個人所有物になってしまった。
この状況に危機感を抱いたものづくり系各班は、車輌班と機械班からメンバーを抽出し、車輌班に回転翼機部を無理矢理作ったんだ。
ちょうど、元の世界でおもちゃのドローンを設計していたハインリッヒ・ドーフマンと博物館で古典機の修復を担当していたトラッカー・コッブが相次いでノイリン北地区に移住してきたから……。
ハインリッヒのカニアのコンポーネントを利用した軽攻撃ヘリの開発は、現実的ではないが愉快な計画だったよ。
トラッカー・コッブは、ショート・スカイバンの胴体延長型を提案してくれた。
シェルパの名で2機が進空していて、半田さんも乗ったことがあるでしょう?」
「あぁ、ノイリンとコーカレイの定期便だろう?」
「そうだ」
「あれは、航空班の機体じゃないの?」
「そう。
近距離用のアイランダーも車輌部回転翼機部設計・製造の機体だよ」
俺は、少々驚いていた。
「ブロウス・コーネインは、オルリク戦闘攻撃機の開発で、手一杯なんだ。
オルリクはうまくいっていない……。
彼は、地味な軽輸送機は注目が向かないので、興味がないようだ」
「金沢さん、航空班にはサビーナたちがいるだろう?」
「彼女たちは、とっくに車輌班に移った。ララは、航空班から輸送班に移り、数日前、車輌班に異動になった。
すべて、アイロス・オドランとフィー・ニュンの策だよ。
ブロウス・コーネインは、航空班から邪魔者を追い出したつもりなんだろうが、実際はものづくり系の深謀遠慮なんだ」
俺はララの異動が腑に落ちなかった。
「ララは最近まで、ただのパイロット候補生だったんだろう?
そのララがなんでブロウス・コーネインににらまれるんだ?」
金沢壮一は、もっともな俺の質問に少し笑みを漏らした。
「そこがブロウス・コーネインの才能なんだ。
彼は必ず集団の中に共通の敵を作る。設計部ならばアイロス・オドラン。敵としては手強い相手で、黙らせれば一気に実権を握れる……。
だけど、ブロウス・コーネインは正規のパイロットじゃないから、運用部でサビーナたちを敵にはできないわけ。
力不足でね。
そこでララに目を付けた……。
ララは精霊族。我々は、精霊族や鬼神族との融和を大事にしている……。
特に居住域が隣接している精霊族には、細心の注意を払っている……。
ララは本人の意思とは関係なく、ヒトと精霊族との友好の証……。ノイリンの上層部は、地区に関係なくララを温かく見守っている。
これを、ブロウス・コーネインは優遇だとして、若い連中をたきつけたんだ。
ララは優遇されている。優遇されているから、パイロット初級に合格した。パイロット上級にも合格した。戦闘機パイロット適性テストにも合格した……。
そして、数少ない戦闘機を割り当てられるぞ、と。
若い連中は不満に感じ始め、ララが孤立。見かねたサビーナが船舶搭載機のパイロットとして、輸送班に引き抜かせたんだ」
俺は、心底驚いていた。
「そんなことがあったのか……」
金沢壮一がコップの焼酎を飲み干し、ボトルからコップに注ぐ。
「アークエンジェルが帰還する際に、ララを船から降ろして車輌班に異動させたのは由加さんだ。
由加さんは、ブロウス・コーネインがのさばる航空班を信用していないんで……」
俺は自分の女房の名を聞きさらに驚く。
「由加は、ララの状況を……」
金沢壮一の呂律が少しもつれる。
「☆◆▽※♪で、ちーちゃんやマーニからある程度は聞いていたでしょうけど、由加さんはそんなことはどうでもいいヒトだから……。
ようは、信用できる戦闘機乗りを探したら、そこにララがいたと……。
司令部付小隊なる怪しい部隊を作って、ララやマーニを引き入れた……」
俺は不思議だった。
「司令部付小隊に戦闘機なんてないだろう?」
金沢壮一が、我が意を得たり、とでもいうように声を出して低く笑った。
「俺が、それを持ってきたんだ」
俺は急に酔いが覚めた。
「戦闘機を持ってきた?」
金沢壮一が頷く。
「西地区の輸送船で運んできた。
軽攻撃ヘリと戦闘爆撃機各1機を」
俺は驚いて少し大きな声を出した。
「攻撃ヘリ……。
コブラとかアパッチみたいな?」
金沢壮一の笑顔が月明かりで、不気味な雰囲気だ。
「ボナンザのパーツを流用した偽物オルリクは進空しているけど、本物は設計の段階で止まっている。
本物のオルリクなしじゃ不安なんで、中央行政府にせっつかれて、北地区行政府、つまるところウルリカさんとミューズさんは、ハインリッヒのカニアベースの軽攻撃ヘリ案に乗ったんだ。
で、車輌班に予算が下りた。
ハインリッヒは喜び勇んで設計に入り、わずか1カ月ですませ、モックアップの製作から実機の完成まで3カ月で終わらせた。
その時点では裸馬だったけど、機械班が連装12.7ミリ動力銃座を、動力銃座の制御システムを通信班が作り上げ、いまじゃ見かけは立派なタンデムシートの攻撃ヘリになっているよ」
俺の知らない話ばかりだ。
「戦闘機は……?」
金沢壮一がコップの焼酎を飲み干す。
「これが、偶然なんだ。
クフラックは、練習機と戦闘爆撃機にツカノを採用した。クフラックのツカノとスーパーツカノは、ブラジル製がベースで、イギリス製やエジプト製ではない……。
量産も順調に進んでいるし、エンジンは西地区が遅滞なく供給している……。
で、連中の持ち物であるターボトレーナーとテキサンⅡはいらないんじゃないかと……。
ものは試しで購入の交渉をしたんだ。
すると、ピラタスPC-7ターボトレーナーは練習機として使っているからダメ。
PC-9、俺たちはテキサンⅡと呼んでいるんだけど、こいつは偵察機で使っているからダメ。
だけど、ホーカー・ビーチクラフトAT-6Bウルヴァリン軽攻撃機とピラタスPC-21は、システムが高度すぎて維持できないから、売ってもいいよ、と。
それで、2機を買い取った……。
エンジンレスで……」
俺は金沢壮一の話が面白くなってきた。
「それで!」
金沢壮一がコップに焼酎をなみなみと注ぐ。
「両方ともヘッドアップディスプレイやグラスコクピットといった主力ジェット戦闘機並みの装備があるんだけど、そんなものはこの世界では邪魔なだけ。
機載装備をターボトレーナー並みまでグレードダウンする大幅改造を突貫工事で実施して、サビーナたちがテスト飛行を終えたのが船出の数日前。
復座だけど、操縦席だけですべての操作ができる。
実質単座機。
2機は実際は違う機種で、ピラタスとウルヴァリンと呼んでいます。持ってきたのはAT-6Bベースのウルヴァリン1機だけ。
この機体は、アネリアと一緒に来たんだ。
ストライク・カニア、軽攻撃ヘリの名前だけど、ウルヴァリンとストライク・カニアは陸揚げされて、組み立てが終わっているはずだよ。
今回の戦いに間に合うかもしれない……」
俺はつまらない質問をした。
「ストライク・カニア軽攻撃ヘリに乗るのは……」
「もちろんマーニだ。
ガンナーも一緒に来た。
褐色の精霊族、いわゆるダークエルフの少女ホティアだ」
褐色の精霊族は鬼神族と文化的なつながりがあり、精神的な部分はヒトにも似ている。精霊族の個体にはヒト風の名前はないが、褐色の精霊族にはヒト風の名前がある。
マーニは悪くいえば八方美人、よくいえば誰とでも仲良くなれる懐の深さがある。俺は後者だと確信しているが、由加はもっと友人を取捨選択をしたほうがいいと考えている。
今回は異種とのペアだ。しかも初対面。どうなるのだろう?
俺と金沢壮一の日本語による会話は長く、寝酒にしては多すぎる酒量に達していた。
俺は彼が持ち込んだ機関銃について尋ねた。
「金沢さんの機関銃だけど、M60だよね。
この世界で、初めて見たよ」
金沢壮一がうつむく。
「ロワール川北岸、かなり北。
どこにでもある石を積んだ廃屋の中で、見つけた。
遺体は4つ。
3つの額に弾痕、残り1体は側頭部に。
2体は成人、2体は子供。
家族は、ドラキュロに追い詰められて、自決したのでしょう。
木造の納屋に車輌があったけれど、そこまで行く余裕がなかった……。
たまたま立ち寄った廃屋を一夜の宿としたけれど、歩哨が眠ってしまった。
父親と母親は激しく戦ったけど、手元の弾薬が少なく、父親が家族全員の命を絶った。
この世界じゃ、どこにでも転がっている物語だよ」
俺は正直にいった。
「悲しいな」
金沢壮一も同意する。
「本当に。
例の鍋、“ゲート”の出口だけど、短いサイクルで内部の砂の量が増減していたらしいことは知っているでしょ。
ただ、砂が満ちている期間はあまり長くなく、ほとんどは俺たちが経験した鍋の半分ほどに砂がある状態だった……。
運よく、砂が満ちているときに出くわせば、戦車でも何でも持ち出せた……。
しかし、幸運ともいえなかった。
出るのが楽なら、入るのも楽なわけで……。
そんなときは、ドラキュロの大群が待ち構えていたから……。
俺たちは、幸運だったんだ」
俺は気になった。
「納屋の車輌は……」
金沢壮一が当然のこととして答える。
「もちろん回収したよ。
メルカヴァMK.1だった」
「メルカヴァ?
イスラエルの?」
「イスラエルの主力戦車メルカヴァMk.1」
「それは……」
「車輌班が預かって、整備中。
燃料切れで立ち往生寸前だったらしい。乗っていたのは、アラブ系の家族でしょう。そう思わせる持ち物がいくつかあったから……。
イスラエル人ではないと思う。
母親はFN FALを持っていた。
武器はすべてイスラエル軍の持ち物だったのだろうけど、メルカヴァMk.1はすべて退役していたから、闇市場で入手したのかもしれない。
由加さんとベルタさん待望の105ミリのL7戦車砲付きだよ」
「2人は知っているの?」
「メルカヴァのこと?」
「あぁ」
「教えるわけないでしょ。
うるさくて、眠れなくなる」
俺と金沢壮一は、小声で笑い合った。
俺は、女性の声で目が覚めた。
「養父〈とう〉さん、養父さん、起きて」
俺は覚醒と同時に焦った。
「どうした!」
「お酒飲んだでしょ」
金沢壮一の姿はない。
「ちょっとだけ」
「ちょっとだけじゃないでしょ。
ボトル1本飲んじゃったでしょ」
「俺1人じゃ……」
「嘘ばっかし……。
来たよ。
セロの斥候……」
「見つかったか?」
「たぶん……。
橋を渡ってこなかったから。
見つかってはいなくても、何か異常を感じたんだと思う」
「火は?」
「誰も使っていないよ」
1階に降りると、すでに全員が戦闘配置についていた。
緊張しすぎている。これでは、集中力が持たない。
俺はディラリに頼んだ。
「全員を集めてくれ」
20人の顔には、疲労と恐怖に加えて、復讐への渇望が混ざっている。それゆえ、過剰な高揚感と緊張が生まれていた。
俺はディラリにウーゴを介して問うた。
「手長族の斥候を見たのは?」
「私も見た。
夜明けの20分後に現れた」
「となれば、本隊は2キロか3キロ南だな。
近いな」
「えぇ、それで迎撃態勢をすぐにとった」
「正しい判断だ。
ここを24時間守る。
援軍はない。
だが、誰も死ねない。
誰かが死ねば、手長族の勝利となる。
生き残らなければ、勝利とはならない。
手長族はヒトとは違う。
ヒトの勇気や自己犠牲の精神は、手長族には通用しない。
全員で、ここを生きて出よう」
ノイリン出身者全員が、下手な敬礼をする。それを見て、ヴルマン、フルギア、クマンも真似た。
装填手のイロナが意見具申。
「元気を出すために、スープを温めて飲みませんか?
ガソリンストーブを使えば、煙が出ません」
俺は、それを受け入れた。
最年少はクマンの馬番ホブト15歳、その次は小銃手半田千早16歳。最年長はストーマーの女性装填手イロナだ。
20人が1杯ずつ、暖かいが具の少ないスープを飲んだ。
最後の食事ではない。生き抜くためのエネルギー補給だ。
全員が配置につく。金沢壮一は、最も南にある宿屋の2階南側窓に陣取った。この宿屋は、自然石を積んで造られている。地震には脆そうだが、銃弾には堅牢だ。
ストーマーの乗員を除いて、ノイリン人はボディアーマーを付け、ヴルマンとフルギアは革鎧を、クマンは布の衣服だった。ヴルマンは毛皮のついた兜を被り、フルギアは鉄がむき出しの装飾が少ない兜を使う。革鎧のデザインも異なる。
何事にも反目し合うヴルマンとフルギアだが、ここでは不思議なほど協力し合っている。そうしなければ、生き残れないからだ。
純白のウマに乗った将校が先頭にいる。俺は、宿屋の屋根裏にいた。屋根裏の通風口には、フルギアの狙撃手がいる。ノイリン製のボルトアクションにどこで手に入れたのかニコンのライフルスコープを付けている。
フルギアは彼のほかにもう1人。事実上の決死隊に、フルギアは無理矢理割り込んできた。
2人とも優秀な科学者だが、それ以上にフルギアのヒトだ。フルギアの勇猛さを示さなければならないと考えている。
ヴルマンは生命を惜しむが、フルギアは死にたがる。俺は、この2人を死なせるつもりは毛頭ない。
死にたくはないが、死を覚悟することはある。俺のような臆病者でも、過去に何度かある。
現れたセロは、死を覚悟するほどの大軍だ。青服が推定1個大隊規模。
わずか20人でどうにかできる相手じゃない。24時間どころか、30分で蹴散らされる。
20人全員が息を吞んだ。
青服は騎馬を先頭に、小銃を担いだ歩兵が2列縦隊で続き、はるか後方に荷駄隊が続く。
俺は戦慄したし、誰もが震えたと思う。最大1個中隊程度、実際は1個か2個小隊を足止めするつもりでいた。
だが、眼前には騎兵、歩兵、砲兵、輜重兵合わせて1000がいる。
1000対20では、最初から結果が見えている。
だが、やるしかない。
ノイリンの戦神がそれを命じたのだ。
金沢壮一が世代を重ねた人々の言葉で叫んだ。
「ノイリンの戦神は、ここを24時間固守せよと命じた。ならば、できるはずだ!」
それを誰かがヴルマンの言葉に翻訳し、それを誰かがクマンの言葉に訳した。
神が命じたことならば、できるはずだ。
青服は、不用意に橋には近付いてこない。
背嚢を背負った歩兵が4、2体ずつ道の両側から橋に近付いてくる。
恐怖が撃ちたい気持ちを増幅するが、誰も発射しない。命令を待っている。本隊は300メートル後方にいる。
歩兵4が橋の南詰めに取りついた。そして、渡ってくる。
渡りきれば、擬装は見破られる。
渡りきったが、そのまま引き返す。戦車壕と最南の宿屋は、川北岸から15メートルほどしか離れていない。
草や木立で擬装していても、至近ならば不自然さは判別できる。
歩兵4は、立ち上がらなかった。石橋は路面が平坦で、南北を貫く街道とは高低差がない。また、歩兵4は立ち上がらず、高い位置から前方を目視しなかった。
結果、擬装を見破られなかった。
歩兵4は身をかがめたまま、本隊へと戻っていく。
白馬に跨がるセロは、豪華な羽根付き帽子を被っている。青服だが、デザインが微妙に違う。遠目からも、いままで接してきたセロの将校とは違う。
かなり高い階級の身分なのだろう。軍の階級ではなく、社会の階級が……。
俺はフルギアの狙撃手に「あの白馬の王子を狙え」といった。
フルギア人は嬉しそうに頷くが、その笑顔は引きつっていた。
半田千早が屋根裏に来る。
「養父さん……」
俺は無線でストーマーに命じる。
「橋を渡り始めたら、できるだけ後方を狙え。
弾は惜しむな」
「千早、クマンの弓兵に伝令。
橋を渡り始めたら最大射程で発射」
「わかった!」
俺は、24時間は無理でも2時間は粘ろうと決意した。
金沢壮一が無線に取りついている。
「敵が橋の南距離200に現れた。
兵力1000、1個大隊規模。騎兵、歩兵、砲兵、輜重兵を確認」
バンジェル島では、騒ぎが起きていた。
航空班が送り込んできた戦闘機8機と、パイロット8人は、相変わらず城島由加に対して敵対的だ。
整備隊は“中立”を保っている。つまり、敵対はしていないが、能動的な協力もしない。命じられたことはするが、それ以上はしない。
そこに予定にはない西地区輸送船が入港。
見たことのない流麗なスタイルのヘリコプターと垂直尾翼が赤く塗装された戦闘機を陸揚げした。
滑走路は西地区の管理下にあり、飛行場の警備も西地区が行っている。
飛行場で何をしようが、西地区の勝手。北地区は指図する立場にない。
数日前から飛行場は閉鎖され、ウルヴァリン戦闘爆撃機とストライク・カニア軽攻撃ヘリの試験飛行に専用されている。
航空班派遣隊は、西地区飛行場長に激しく抗議したが「おまえ、ここの土に埋めてやろうか」と脅され、引き下がっていた。
ホモ・ネアンデルタールレンシスの遺伝子を強く残しているというサビーナたちは、今回の作戦にアネリアを派遣した。
ララに機種転換訓練を施すためだ。
ララはアネリアを見て「教官!」と叫び、抱きついた。
マーニはストライク・カニアの流麗なスタイルを見て、呆然と眺めていた。
青服が橋にさしかかり、躊躇いなく渡り始める。
白馬の王子は先頭ではないが、1個小隊ほどが先行し、その直後にいる。
銃声が1発。
白馬の王子が落馬すると同時に、1次防衛線の全員が発射する。
絶望的な戦いが始まった。
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