200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第4章

第96話 恐怖

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 クルガンが俺たちの店のドアを開ける。引き締まった筋肉に包まれた20代後半の男だが、さほど背は高くない。
 店番は珠月だった。
「いらっしゃい」
「銃が欲しいんだが……」
「あなた、農業班のクルガンでしょ。
 農業班は、班全体で銃を保有しているんじゃなかったっけ?」
「そうなんだが、個人的に銃が必要になるんで……」
「どこかに行くの?」
「西アフリカ……」
「どうして……?」
「サイキ先生の指示で……」
「斉木先生が?」
「寒冷がこのまま長引くと、飢饉の恐れが……」
「飢饉と西アフリカは、無関係でしょ?」
「いや、そうともいえないんだ。
 コルシカ・サルディーニャ島やナイル川東岸、イベリア半島南部の開拓の話があるけど、荒地を開墾して、作付けして、収穫できるまで、手間取れば何年もかかってしまう。
 飢饉になる前に収穫できるかどうか、疑わしい。
 だけど、西アフリカには農地がある。農業を営んできたヒトの実績がある。どんな作物なら、どれだけの収穫があるか、現地のヒトは知っている。
 セロの侵略を食い止められれば、食料の不足分を輸入できるかもしれない。
 で、サイキ先生から西アフリカ行きを打診されたんだ」
「お母さん、亡くなったばかりなのに?」
「いや、もう1年経つんだ。母が死んでからね。母がいたからノイリンから離れなかったけど、もうその必要はない。
 ベルトルドやハミルカルは、動けないから、俺にお鉢が回ってきたのさ」
「ベルトルドはアシュカナン、ハミルカルはゲマール。
 西アフリカと比べたら“近所”でしょ」
「ゲマールだって、少し前までは行くとなれば“永久の別れ”の挨拶をする場所だった。
 だけど、いまじゃちょっとした出張先でしかないよ。
 西アフリカだって、そうなるかもしれない。
 聞いた話だけど、アークエンジェルなら5日しかかからないって!」
「飛行機だと、11時間ほどらしいよ」
「飛行機でも行けるの!」
「らしいよ。
 フェニックス輸送機の3号機と4号機は、西アフリカ行きの旅客機として作るんだって聞いたよ」
「すごいことになってきたね。
 俺みたいな、ただの農夫には理解できないね」
「もっと、すごいことになりそう。
 うちの店なんて、総出で西アフリカに行ちゃってるし……」
「店、たいへんなの?」
「そりゃもう!
 イサイアスとチュールには、早く戻ってきてもらわないと!
 ……。
 ごめんなさい。
 銃が欲しいんだよね?」
「あぁ、できれば使い慣れているレバーアクションのライフル。それと同じ弾を使う拳銃がいいんだ」
「44口径だね。
 通常弾仕様?
 それとも、強装のマグナム仕様?」
「大型のシカを撃つわけじゃないから、通常弾仕様で十分だと思うけど……」
「セロと?」
「そういうことになるね。
 西アフリカには大型の肉食獣がいるそうだけど、猛獣狩りに行くわけじゃない。
 セロから身を守る護身用だよ」
 珠月は、背後のガンラックから2挺をカウンターに置いた。
「こっちが手元で装弾するウィンチェスタータイプ。そして、こっちが銃口側から装弾するヘンリータイプ。
 銃身下のチューブ弾倉に弾を落とすだけのヘンリータイプのほうが弾込めは早いけど、身を屈めているときは装弾しにくいかな。
 ウィンチェスタータイプは、手元で弾込めできるから、伏せ撃ちの姿勢でも装弾はしやすいけど……」
 クルガンは、弾倉が二重構造になっていて、外側の弾倉に弾を銃口側から落とし込むだけで給弾でき、引き出した内側弾倉を押し込むと装弾が完了するヘンリータイプを試した。
「内側の弾倉だけど、変形しやすくない?」
 珠月は、少し考えた。
「スコープ(眼鏡照準機)は使う?」
「いいや。
 それほどの腕はないよ」
「それならば、機関部上面から排莢するウィンチェスタータイプでもいいと思う。
 ヘンリータイプは、機関部右横から排莢するので、スコープが付けやすいの」
「扱いなれているから、ウィンチェスターにするよ」
「44口径マグナムとスペシャルのどちらでも使えるけど、弾はどうする?」
「強装弾のほうが……」
「強装とはいえ拳銃弾を長い銃身から発射するから、反動は小さいよ」
「拳銃は?」
「強装だと、かなり扱いにくいけど……」
「その拳銃は?」
 クルガンは、カウンター下のショーケース内の中古拳銃を指差した。
 珠月がショーケースからリボルバーを取り出す。
「コルト・パイソン。
 38口径のマグナムとスペシャル弾が使えるけど、38口径は弾の入手が簡単じゃないから……」
「弾は持っていくよ。
 1000発あれば足りるかな?」
 珠月が笑う。
「セロと戦う気なの?」
 クルガンも笑った。
「必要があればね。
 セロが相手なら、躊躇わずに撃つよ。
 予定変更で、このパイソンとかいう頑丈そうなリボルバーにするよ」
 珠月は、真に知りたいことを尋ねる。
「いつ、西アフリカに?」
 クルガンは背後を見て、誰もいないことを確認する。
「調査用の車輌と農業トラクターを船に積み終わったら、すぐに出発する」
「船、って」
「アッパーハットだよ」
「……。
 まだ、出航していないんだ……。
 気を付けてね」
「あぁ、セロに殺されたくはないよ」
「風土病もあるかもしれないし……」
「それでなのか、医療班もチームを送るらしい」
「大事になってきたね」
「びっくりだよ」
 珠月は、2挺の銃をクルガンに持ち帰ってもらい、44口径弾と38口径弾各1000発は別に届けることにした。

 西ユーラシアにおいて、ヒトが住む地域は局限される。旧アルプス山脈南側とロワール川流域、ソーヌ・ローヌ川流域だけだ。200万年前の地名でいえば、北部イタリアとフランスの南半分のごく一部。ピレネー山脈以南ににもヒトが住むといわれるが、判然としない。
 西アフリカでは、大西洋沿岸に限られるものの、ヒトは広範囲に住む。人口集中の中心地帯とされる一帯だけでも、海岸線の総延長は700キロに達する。
 そして、西ユーラシアのヒトが欲しているものすべてが、西アフリカにある。
 食料は、通年温暖であることから生産量が多い。二期作、三期作も可能だ。
 石油は、200万年前の調査によって、200万年後に陸地化した旧大陸棚に大規模な油田と天然ガス田があることがわかっている。
 天然ゴムは極めて貴重で、ヴルマンと精霊族によってのみもたらされた。長らく入手経路が秘匿されていたが、生産地は西アフリカであった。
 セロの西アフリカ侵攻によって、ヴルマンと精霊族は多くの情報を出し、それによってヒトは西アフリカを失うと「やばいことになる!」と認識するようになる。
 この認識は精霊族も共有していて、鬼神族にも波及しつつある。

 西ユーラシアでは、「西アフリカを何とかしなくては!」という機運がわずか数週間で急速に高まっていた。

 西アフリカにいる俺たちには、その空気感がまったく伝わっていなかった。
 だから、ノイリンは城島由加を指揮官とするチームを送り込んできたのだ。
 城島由加の任務は、セロの侵攻を食い止められるか否かの判断をすることにある。
 と、いうよりは、もっと前のめりで、セロの侵攻を食い止める軍事的方策を調べることだ。

 当初、アッパーハットには、少数の建設機械と戦闘車輌が搭載される予定だった。
 だが、農業調査の目的で農業班が、石油資源探査のため化学班燃料部が、天然ゴムなどの資源調査のために化学班素材部が派遣チームを編制した。
 派遣が大規模になると、ヒトの往来によって風土病が移入される危険が増す。そこで、医療班がチームを編制。
 派遣が大規模になれば、車輌の数が増える。そこで、車輌班も支援チームの派遣を決定した。
 非軍事の調査チームだけで、百人規模に膨れあがった。
 彼らの住居を確保するために、建設班も派遣を決定する。
 そして、アッパーハットの出航は、遅れに遅れた。

 バンジェル島は無人島であり、港湾を整備すれば、物資の補給が容易になり、島全体が平坦であることから長大な滑走路の建設も可能だ。

 先行するはずだった貨客船アッパーハットと、後続の予定だった航空機輸送船アイアンフェアリーは、ほぼ同時の出港となった。
 この貴重な2隻を守るため、輸送班護衛部は35メートル級高速砲艇4艇の派遣を決める。
 これに便乗して、精霊族も船団を仕立て、鬼神族の調査団が精霊族の船に便乗することとなる。ヴルマンも独自船による兵員の増派を決める。
 そして、西地区は北地区の要請を受け、船団護衛のために25メートル級高速砲艇4艇の派遣を決定。
 この世界では、空前の大船団となった。

 船団は、船速10ノットでゆっくりと大陸沿岸を南下する。こんな低速でも、12日あれば西アフリカの拠点であるバンジェル島に到達できる。

 バンジェル島では、アッパーハットの出港が遅れている理由をあれこれと詮索していた。エンジンの故障、政治的理由、西アフリカの現状に対する無理解、はては見捨てられた説まで。
 調査船アークエンジェルは、西地区の武装輸送船2隻と一緒にバンジェル島を出港した。船団を編制したほうが、セロの飛行船に対して防空戦が有効ではないか、と推測したからだ。
 また、城島由加が乗ってきたフェニックス双発双胴輸送機は、セロの爆撃による破壊を恐れて飛び立っていた。
 2機の水上偵察機は、アークエンジェルとともにロワール川河口に向かったが、ララは北地区上層部の命令でバンジェル島に残った。
 マーニも残っている。彼女が副操縦士を務めるミル中型ヘリコプターも残った。
 他の航空機は、小型ヘリコプターのカニア2機と、西地区の単発小型輸送機ボナンザ2機。回転翼機のパイロットは3、固定翼機のパイロットは5。ララはカニアの機上作業員として働いている。
 水陸両用車もアークエンジェルとともに去った。
 入り江には、西地区の15メートル級高速哨戒艇2隻が残るのみ。
 風景が寂しくなると、クマンの人々の不安が増していく。彼らは、北にある国、以上のことはわからないヴルマンやノイリンが彼らを見捨てたと感じ始めていた。
 不安が動揺に変わり、動揺が行動に移行するのに時間はかからなかった。
 村長〈むらおさ〉テオの長男と長女は、何もできない。二人は貴族だからだ。クマンでは、貴族社会は民衆社会に干渉しない。
 王女護衛のシュリやリュドは貴族ではないが、王族に仕えていることから民衆に対する発言力は大きくない。
 俺たちにもできることはない。

 早朝、司令部テントにアボロのクジュラとヒサワルが尋ねてきた。
 城島由加と彼女の幕僚たち半分がいる。イサイアスとトゥーレもいる。
 20歳の女性クジュラが問う。
「朝早くから申し訳けありません。
 北の船が去り、機械の大鳥も飛び立ちました。
 誰もが不安なのです。
 アボロの村人は私とヒサワルで抑えられますが、他村のヒトたちはどうにもできません」
 城島由加が問う。
「どうすればいい?」
 18歳の偉丈夫ヒサワルが答えた。
「北の人々は、私たちを見捨てたのですか?」
 誰もが俺を見る。
 俺が答えるしかない。
「数日前、船団が出航した。
 ここ、バンジェル島に向かっている。
 我々は同胞〈はらから〉を見捨てたりはしない」
 クジュラが問う。
「手長族を追い払ってくれるのですか?」
 俺は逡巡したが真実をいった。
「それだけの兵力を輸送する船がない。
 だが、バンジェル島は、守れるだろう。その程度の兵力と武器を運んでくる。
 この島は安全になる」
 クジュラがいう。
「私たちの家は、この島にはありません」
 ヒサワルがクジュラに賛同する。
「故郷に帰りたい」
 俺は真実を伝えた。
「手長族は、ヒトのすべてを殺しに来たんだ。
 すぐには故郷に帰れない。
 戻れば殺される」
 ヒサワルが問う。
「なぜ、手長族は私たちを殺すのですか?」
 俺は端的に答える。
「土地を奪うためだ。
 手長族は、新たな農地を求めている。
 ヒトだけでなく、精霊族や鬼神族、白と黒の魔族も皆殺しにするつもりなんだ。
 文明を持つすべての二足歩行動物を絶滅させる固い意志を持っている」
 ヒサワルが少し動揺する。
「手長族がヒトではないこと、精霊族がヒトではないことは、私たちにもわかります。
 鬼神族とか魔族とか……。
 他にもヒトではない種族がいるのですか?」
 俺はヒサワルの問いに答える。
「精霊族や鬼神族とヒトは、友好関係にある。
 黒魔族はヒトを捕らえて奴隷のように働かせる。白魔族は、ヒトの子供を食う」
 ヒサワルが再度問う。
「以前、ヒトを襲うヒトに似た動物がいると……」
「それとは違う。人食いは、野獣と同じ。ヒトを襲い、貪る。
 白魔族は、ヒトの子供を料理して食べるんだ」
 クジュラが右手で口を押さえる。
「何ていったらいいのか……」
 俺はヒサワルとクジュラにいった。
「西ユーラシアは、西アフリカのような楽園ではない。
 日々戦って、どうにか生き抜いている。
 我々は、故郷も家も食料も捨てながら生きてきた。
 たかが故郷の話を我々にしても、我々は何も感じないんだ。
 故郷に帰りたい、などと、どうでもいい泣き言を聞かされると、正直、理性を失い、見捨てたくなる……。
 仲間とよく話し合ってくれ。
 結論によっては、我々は撤収する」

 精霊族によれば、首都ボワニは年間ほとんど気温の変化がない。1日の最高気温は摂氏25度から32度までの範囲に入る。降水量は年間2000ミリで、冬は少なく、夏は多い。年間を通じて降雨があり、極端に乾燥する季節はない。
 農業には最適だし、森に入れば自然の恵みも多い。
 ただ、河川の流域を離れると、農業用水を確保できなくなる。
 その河川だが、大河はあるが、小河川は少ない。
 つまり、大河の周辺以外は、耕作に不適なのだ。この点から精霊族は、西アフリカに強い魅力を感じてはいなかった。
 ヴルマンも同じで、天然ゴムや穀類の輸入先としては魅力を感じていたが、広いだけの土地、と考えていた。
 農業生産力の限界から、人口は推定30万で飽和している。西アフリカの人口は、精霊族の推測では過去300年間、ほとんど増減がない。

 西アフリカは、行き詰まっていた。そこにセロが侵入した。ある意味、正常な自然淘汰が始まったといえる。
 もちろん、俺はそんなことは口外しない。
 西アフリカについて、俺と斉木五郎は話し合ったことはない。
 だが、半田千早は、彼から重要な知見を得ていた。
「深い井戸を掘れば水が出るよ。だけど、深い井戸を掘るには、相応の技術が必要。まずは、井戸の試掘から……」
 俺は彼女が何気なく発した斉木五郎の言葉から、彼が西アフリカにある種の“野心”を抱いていることを知った。

 アッパーハットの到着は、当初の予定より25日遅れた。
 だが、その船団の威容は、バンジェル島の人々をひどく怯えさせ、警戒させた。
 そして、船団の積荷は、俺を驚かせた。

 全長25メートル、全幅4メートル、排水量65トンの大型揚陸艇は、大陸沿岸とはいえ大西洋を4600キロも自力航行してきた。
 その決死の航海を成し遂げた艇は、1輌ずつ、ゆっくりと、確実に、貴重な車輌を陸に運んでいく。

 俺は、イサイアスと浜辺の周囲よりもわずかに高い砂の丘から揚陸作業を眺めていた。
「親父さん、TK(戦車)だ」
 イサイアスの言に、俺は少し呆けて答えた。
「あぁ、TKだ」
「浮航能力があるらしい」
「聞いたよ。
 浮いて、低速で進めるそうだ」
「でも、装甲は25ミリもある」
「車体重量は16.5トンに収まっているらしい」
「カナザワは、すごいものを作った」
「そうだな……。
 スコーピオンに似ている……」
「一回り大型だ」
「あれを1輌寄越せ、と司令部に伝える」
「APC(Armoured Personnel Carrier=装甲兵員輸送車)も1輌確保してくれ。
 戦車とAPCがあれば、もっと深部まで調査できるから……」
「調査……、イサイアスは威力偵察したいんだろう?」
「結果として、威力偵察になるかもしれないが……」
「俺に詭弁を使うな……。
 クマンの人々に同情しているんだろう?」
「できることをするだけだ」
「それは、俺も同じだよ」

 その日の午後、俺は司令官の個人テントを訪ね、西アフリカ派遣司令部に車輌の提供を正規ルートで交渉する前に、司令官である城島由加と“夫婦の会話”による根回しを画策した。
「由加、TKとAPCを1輌ずつ、こっちに回してくれないか?」
「それ、無理じゃないんだけど、貸し出すと、その車輌の用途は自動的に派遣司令部の同意、つまりノイリン中央行政府の同意が必要になるの」
「車輌は、北地区のものだろう?」
「実は、出航間際になって、中央行政府が北地区行政府から船積みしていた全車輌を有償で一括レンタルしたの」
「要するに、北地区の勝手にはできない?」
「そう。
 中央行政府が北地区の“暴走”を押さえるために、他の地区が資金を出し合って、レンタルなんていう姑息な方法をとったわけ」
「北地区の暴走?」
「暴走しそうなヒトがいるでしょ」
「誰?」
「隼人さん……」
「俺?」
「そう」
「いつ暴走した?」
「自覚ないの?」
「まったくない!」
「バカじゃないの?」
 そういって、城島由加が笑う。
 そして、巧妙に準備されていた代替案を告げる。
「車輌はアッパーハットで運んできたので、中央行政府はアッパーハットに積んである車輌だけをレンタルしたの。
 アイアンフェアリーには航空機と建機だけのはずだから、積荷は北地区のもの。
 隼人さんは飛行機を飛ばせないでしょ。だから、中央行政府はアイアンフェアリーの積荷はレンタルしなかった……」
「不愉快だな」
「でも、飛ばせないのは事実だし、車輌も飛行機も船もなしじゃ、勝手な行動はできないでしょ」
「だから……」
 城島由加が微笑み、俺の発言を遮る。
「マーニは司令部付にしたから、隼人さんがどうにかできるパイロットもいない……」
「手回しがいいな」
「ゲマールにいるハミルカルが名案を思い付いたの」
「ん?」
「コーカレイにFV4333ストーマーAPC4輌が臨時に派遣されていたでしょ」
「知っている。
 デュランダルの虎の子だ。
 コーカレイの守備隊にとっては貴重なAFV(Armoured Fighting Vehicle=装甲車輌)だ」
「そのストーマー4輌を、ハミルカルの提案でアイアンフェアリーに積んできたの。
 この4輌は北地区のもの……」
「西アフリカへの移送をデュランダルは同意しているの?」
「もちろん。
 相馬さんがきちんと話をしているはず」
「デュランダルが困らなければいいけど。
 その4輌は?」
「隼人さんが自由に使って……。
 コーカレイには、西アフリカに送られてきた新型のTKとAPCが4輌ずつ配備されることになっているの。
 ベルタとデュランダルには、いまは性能よりも数が大事だと思う。
 それと、BTR-DとBMD-1のAAFV(Amphibious Armoured Fighting Vehicle水陸両用装甲戦闘車)もコーカレイに移送されることになっているから、戦力の減少はないから……」
「ストーマーは、いつから使える?」
「少しかかると思う。
 あと、2日か3日くらい……。
 人目に触れないよう、第2船倉に積んできたの」
「船倉内で、点検できるか?」
「それはできるけど……。
 明日の会議で、車輌の提供を主張して欲しいの」
「それで?」
「私が突っぱねるから」
「そして、アイアンフェアリーのストーマー4輌が北地区の専有であることを明確化するわけか?」
「そう。
 それと、イサイアスを指令部付にしたいの」
「それは、イサイアスと話してくれ」
「あなたの部下でしょ」
「いいや、イサイアスは俺よりも由加の命令を優先するよ。
 我が家は、パパの命令は参考、ママの意見は絶対なんだから。
 トゥーレは盗らないでくれ」
「私は泥棒じゃないよ」
 城島由加が微笑んだ。

 イサイアスは城島由加に呼び出され、指令部付を命じられる。
 城島由加にはおとなしく従ったが、俺には不満をぶつけてきた。指令部付となればデスクワークが多くなる、と誰もが想像する。それを嫌っての文句なのだが、西アフリカの人々を直接支援できなくなる口惜しさもあるようだ。
 中央平原時代のイサイアスは、西部劇に登場するガンマンみたいな無頼な感じだったが、最近は完璧なビジネスマンに変身している。
 口調は穏やかだし、腰は低く、ごく自然に世辞もいう。クマンの人々の評判もいいし、銃を握れば心強い味方だ。腕が立つので、シュリやリュドが一目置いている。
 昔の風貌は、巻き毛のザンバラ髪、精悍な無精ひげだったが、今はきれいに調髪し、ひげも毎朝剃っている。
 本人は不満だろうが、司令部の調整役としては、ベストな人選だ。

 ノイリン中央行政府に紐付けられていない西アフリカにいる北地区メンバーは、俺、トゥーレ、納田優菜、半田千早の4人だけになった。
 不足は、西地区、フルギア、ヴルマン、そしてクマンから集める。
 トゥーレに「面子を集めろ」と指示したが、どんな連中が集まるのか、楽しみでもある。 城島由加は“司令部付”という配属で、ノイリン出身者を集めている。司令部付は参謀や幕僚ではなく、実質的には彼女の“私兵”だ。司令部付小隊なるものを編制し、小隊長にイサイアスを任命。回転翼機パイロットのマーニ、固定翼機パイロットのララも司令部付になった。
 当面は1個小隊(4個分隊)編制だが、今後は2個小隊、可能ならば3個小隊規模まで拡大するらしい。
 司令官直属で、偵察から小規模戦闘まで可能な特殊部隊的な性格にする計画と聞いている。短時間のうちに指令部付小隊は“親衛隊”と呼ばれるようになった。いい得て妙だ。
 なお司令部付小隊でも、当然だがノイリン中央行政府や北地区行政府の指示・命令に従わなくてはならない。
 そこで、俺の出番となる。
 城島由加が赴任したことで、俺の役目は終わった。救出すべきヒトは保護したし、当初の任務は完了している。
 俺が西アフリカに残っている理由は、すでにない。
 つまり、素浪人だ。
 ノイリン北地区の指導者や実力者は、ノイリン全地区合意の範疇を超えたことを俺にさせようとしている。
 もちろん、俺もそれを望んでいる。城島由加もその必要性を認識している。
 その非合法な作戦を実施するために、ストーマー装甲兵員輸送車4輌を秘密裏に運んできたのだ。
 ノイリン北地区上層部のごく少数が関わる暗黙の了解の内側で、俺はすべての命令系統から独立した“遊撃隊”の編制を始める。
 現在、何となく西アフリカに留まっている、不埒な輩〈やから〉を探し出す作業から始めている。

 斉木五郎には、根源的な恐怖がある。西ユーラシアが寒冷から抜け出せず、冷害によって作物の生育が悪く、それが何年も続いて食糧不足となり、飢饉が到来する。
 これが、斉木五郎の恐怖だ。
 実際、ここ数年の冷夏は深刻だ。小麦の生育は芳しくなく、寒冷に強いライムギやオオムギへの完全な転換が検討されているほど。
 斉木五郎が抱く恐怖は俺にも伝播しているし、たくさんのノイリン住人が共有している。
 もちろん、恐怖にも強弱があり、斉木五郎の恐怖を指数10とすれば、俺は5くらいかもしれない。
 今回の西アフリカへの進出は、斉木五郎の恐怖と遠くで連動している。
 北アフリカを白魔族に抑えられ、その白魔族がセロに押されている現在、もしヒトが西アフリカを失った場合、西ユーラシアが食糧に困窮すれば、頼るべき同胞〈はらから〉がいないことになる。
 斉木五郎の考えに従えば、西アフリカを支援することは、結果的に西ユーラシアを守ることにつながる。
 俺も、城島由加も、そして西ユーラシアの誰もが、斉木五郎の掌で踊っている。
 だが、その踊りがいつ終わるのか、どんな振り付けなのか、斉木五郎を含めて誰もがわかっていない。
 俺は、健太や翔太にひもじい思いをさせないために西アフリカで戦う決意を固めつつある。城島由加はたぶん、とっくに腹をくくっている。
 飢餓は顕在化してはいないが、現実に迫っていて、それは誰にとっても究極の恐怖なのだ。

 トゥーレが密かに遊撃隊員を募り始めるとすぐに、不埒な輩のほうから、名乗り出てきた。
 ヴルマンの船に船員としてもぐり込んでいた北方人とか、商売のネタ探しで秘密裏に派遣されてきたフルギア系商人の先乗りとか、帰還命令を無視して居座っているノイリン西地区の元建設隊員とか、寝過ごしてアークエンジェルの出航に間に合わなかった北地区の船員とか、驚くような面々が「隊員にしろ」と応募している。
 クマンもいる。
 村長〈むらおさ〉テオの長女アーラと長男ジェミ。アボロの村人で獅子奮迅の戦いをしたクジュラとヒサワル。
 そして、王女パウラ。
 トゥーレが彼女に特技を尋ねると、彼女は「クマン王国の王女であること」といい放った。
 確かにクマンの勢力圏下で、クマンの人々、特に貴族と悶着があった場合は“王女”のブランドは威力がありそうだ。
 王女パウラの母親は民衆の出身であることから、彼女は王女ではあっても貴族ではない。
 クマンの貴族は血統を重んじ、貴族でないものの存在が家系にあれば、以後の系統は自動的に貴族ではなくなる。
 また、王家は王族であって、貴族ではない。貴族は王家を敬うが、王家が貴族血統の頂点にあるわけではない。
 しかし、王家が貴族に徴税の任を与え、貴族は徴税の一部を報酬にできることから、徴税額の大きい地方の徴税官になりたがる。
 王と王家には徴税官の任免権があるから、経済を押さえられている貴族は自動的に王と王家に従う。また、貴族は土地を所有できない。
 土地が所有できるのは、王と王家だけ。民衆は王から土地の占有使用権を与えられ、その権利は家系が絶えるまで相続される。売買はできない。
 王と王家は、貴族と民衆に君臨する。だが、その頭数は少ない。君臨してはいても暴挙・暴政をすれば、貴族か民衆、あるいはその両方から排除されかねない。
 王と王家、貴族、民衆は、グー、チョキ、パーのじゃんけんと似た関係にある。
 このシステムが瓦解しなかったなら、王家は貴族を支配できた。貴族は民衆を支配し、王と王家は貴族と民衆の離反を警戒し続けて、国家が存続し続けられた。
 なお、民衆も王家に敬意を払う。だが、その敬意は、貴族を支配する力があるからだ。
 王都南での決戦において貴族が壊滅状態に至り、王都陥落によって王と王家が事実上消滅した現在、クマンからは社会体制や社会秩序が消えている。
 だが、それでも“王女”のブランドには一定の価値がある。王女パウラは、それをよく理解している。
 トゥーレは、王女パウラを募集隊員の第1号にした。
 彼らしい、策略を感じる決断だ。

 北地区は、装甲車輌12輌を送り込んできた。砲塔付き戦闘車4輌、装甲兵員輸送車4輌、装甲貨物輸送車4輌だ。
 装甲貨物輸送車は農業班が専有する。
 戦闘車はスコーピオンとよく似た算盤の珠のような形状の砲塔を載せている。主砲は榴弾威力に優れた低反動の45口径90ミリ。
 砲塔と砲身の形状は、コッカリル90ミリ低圧砲を装備するスコーピオン90に似ている。

 ノイリンでは、81ミリと120ミリの迫撃砲を重点的に製造、装備している。しかし、迫撃砲では直射ができないので、非常時には人力でも移動できる37ミリ対戦車砲と1/2トントラックで牽引可能な76.2ミリ榴弾砲は、断続的だが継続して生産されている。
 どちらも、歩兵砲のような運用がされている。
 ノイリンの76.2ミリ榴弾砲は、イギリスが開発したL23A1砲を、アメリカが開発した75ミリM119榴弾砲のM3A3開脚式砲架に載せて、軽榴弾砲としたもの。
 M119パックハウザーは、北方低層平原で見つけた。その時代に入手した資材は、いまでも役立っている。
 バンジェル島には、防盾付き76.2ミリ榴弾砲が4門送られてきた。

 また、76.2ミリ高射砲は8門送られており、飛行場周辺に配備される。

 農業班は、農業用トラクター2輌と車体後部にリッパ(軟岩掘削用アタッチメント)を取り付けたバケットドーザを持ち込んできた。
 当初は、地質や水質、河川の水量調査が主な任務と聞いていたが、装備から判断する限り、それだけではなさそうだ。

 農業班の班長クルガンは、斉木五郎の弟子の中において、ベルトルド、ハミルカルに並ぶ逸材といわれている。
 彼の出身はよくわかっていない。噂では、フルギアの逃亡奴隷だとも。
 長らく病身の母親を看病していたので、ノイリン域外に出ることはほとんどなかった。彼にとっては、これが初めての遠征となる。
 俺はクルガンと面識はあるが、どういう男なのかはよく知らない。
 クルガンと司令部で会った際、彼から申し入れがあった。
「ハンダさん、うちのメンバー6人を同行させてもらえませんか?
 大陸に渡るんでしょ?」
「40人を集めているが、我々の車輌に6人分の余分な座席はないよ」
「ACC(Armored Cargo Carrier=装甲貨物輸送車)を出しますよ。調査資材と食料・水、それに自衛用の武器も積んでいきます。
 同行させてもらえませんか?」
 ACCは雪上車のようなスタイルをした車輌で、平積みトラックと同様に、上部が解放されている。荷台左右のアオリが高く、車体後部には車体幅一杯に開く観音ドアがある。車体上部には幌骨があり、防水性の幌で覆うことができる。
 全装軌で、車体下部は戦闘車や装甲兵員輸送車と同一だ。エンジンは車体前部右にあり、操縦席はエンジンの真横である左にある。エンジンルームは、操縦席よりも右方向視界確保のために低くなっている。
 全体的なデザインは、第二次世界大戦期の日本の一式装甲兵車(ホキ)によく似ている。
 ストーマーと比べて、速度がかなり劣るが、足手まといにはならないだろう。

 デュランダルは、ストーマーの乗員3を選抜して送り込んできた。選抜にあたっての条件は、扶養する家族がいないこと、家系を重んじる部族出身者は家督継承者でないこと、などがあった。
 要するに、死んでも、自分だけで終わる人を選んだのだ。
 コーカレイでは、西アフリカに行けば生きて帰ることはない、と考えているようだ。
 各車3人×4輌で12の選抜隊員のほとんどは、セロに対して並々ならぬ恨みを抱いている。
 16歳にしては幼い雰囲気のキッシュはフルギア商人の息子だが、商旅行の途中、彼らの馬車がセロの小部隊に襲われ、父母と妹が殺された。
 セロは4時間にわたって3人をいたぶり、虐待を続けて殺した。水汲みに出ていて、セロに見つからなかったキッシュだけが生き残ったが、彼はその4時間を岩陰から声を押し殺して泣きながら見ていたという。
 40歳を少し超えたイロナは、ティッシュモックの出身。どう見ても戦う力などない普通の女性だが、古びたレバーアクション1挺を持って、西アフリカまでやって来た。
 近くの村に友人を訪ねた帰り、彼女の馬車がセロに囲まれる。
 彼女の4人の子は、そこですべて殺された。彼女も瀕死の重傷を負ったが、偶然通りかかった他の街のヒトに助けられ、奇跡的に回復したそうだ。
 彼女は、4人の子供の仇を討つため、西アフリカで戦う決意をしていた。
 彼女は採用を渋るトゥーレに「病死した夫に申し訳けがないのです。子供4人を守れなくて、このまま死んだらあの世で夫に合わせる顔がないのです」といった。
「農作業をしていたので、力はあります。砲弾の装填訓練も受けました。10発連続で装填しても、へこたれません」とも。
 しかし、砲弾の装填よりも、ジャガイモの皮を剥いているほうが似合う女性だ。
 トゥーレは逡巡したが、彼女をメンバーに加えた。
 ヴルマンはウーゴを送り込んできた。ヴルマンには戦車や装甲車はなく、ウーゴが初めての乗車歩兵となる。
 ヴルマン商人の娘ミエリキも参加。
 トゥーレによって、多彩なメンバーが集められていく。

 正規の車輌と砲のすべてが船から降ろされ、銃砲弾や食料、その他物資が揚陸されると、ストーマー4輌が第2船倉から第1船倉に自走して移動し、第1船倉から最上部の全通甲板まで舷外エレベーターで引き上げられた。
 ここで、城島由加の幕僚たちは、アッパーハットではなく、アイアンフェアリーに装甲車輌が積まれていた事実を知る。
 これは、かなりの騒ぎとなった。北地区が独自に運用できる車輌を持つことを、中央行政府が嫌っていたからだ。
 各地区から選抜された城島由加の幕僚たちは、中央行政府の意向の上で彼女の指揮下にあるのだから……。
 だが、存在する以上、誰にもどうにもできない。

 ストーマー装甲兵員輸送車には、操縦席直後にFV107シミター偵察戦闘車によく似た形状の砲塔が搭載されている。
 2輌は80口径20ミリ機関砲、2輌は28口径76.2ミリ戦車砲を装備している。乗員3のほか兵員6が乗れる。
 整備は船内で完了していたが、揚陸後、実際に走行させて最終チェックをした。

 司令部は最後の抵抗を試みる。
 大陸に移送するには揚陸艇に載せなければならないが、その揚陸艇の使用を拒否したのだ。
 トゥーレの対抗策は明快だった。農業班からチェーンソーを借りて、筏を作ることにした。
 材木の切り出しを算段していると、トゥーレに輸送班派遣隊長が「予算を出してくれれば、空のドラム缶で頑丈な筏を作ってやる」と提案してきた。
 ドラム缶8個を鋼材で結束し、それをフロートに見立てて、左右と中央に配置し、合計24個で20トンまでの重量を水面に浮かせるという。
 その計算式を示したが、トゥーレには理解できなかった。だが、材木を並べただけの筏よりはマシだと思ったので、輸送班のいい値を出した。
 輸送班はその代金で、西地区の建設隊から余剰のL型とH型鋼材を買い取り、ドラム缶を結束してフロート3本を作る。
 これを鋼材と木材で連結して、全長、全幅とも7メートルの正方形の筏を作った。
 これをわずか1日で作り上げ、翌日にはストーマー装甲兵員輸送車4輌と農業班の装甲貨物輸送車1輌を大陸側に渡してくれた。
 輸送班は単発機の揚陸に苦労したそうで、筏の製作予算を司令部に上申したが書類を見ずに言下に却下され、その腹いせで“遊撃隊”に話を振ったのだそうだ。
 筏の構造材はすべて鋼材だが、補助的な浮力となる下部材と上部甲板材は木材を使った。非常に頑丈で、戦闘機も載せられるという。

 遊撃隊は、隊司令部に8、遠征隊に32が参加する。それに農業班の6が同行。
 当面の処置として、隊司令部指揮官を納田優菜が担当する。

 河口が泊地となっているバンジェル島最大の川は、西から東に流れる。この川によって、島は北と南に分けられる。
 北は島の面積の3分の1。
 北には遺跡のような石造りの建物が残り、司令部を設置し、滑走路を建設した。浮き桟橋などささやかな港湾施設も設けている。クマンの人々も島の北側で生活している。
 一方、島の南側は手つかずだ。川の下流は海水が流れ込んでいて水深があり、上流は徒歩で渡れるほど浅い。
 射撃の訓練や車輌の走行試験を行う以外、利用していない。
 基本は草原だが、幹が太くない灌木がまばらにある。判別できる耕作地跡はない。耕作されていたとしても、数十年か数百年前には放棄されている。
 島の標高は外洋に面した西が高、大陸側の東が低で若干の傾斜があるが、全体的に平坦。島の南側は北側よりも傾斜がある。

 クルガンはバケットドーザで開墾を始める。バケットで灌木を掘り出し、押し倒し、リッパで硬く締まった地面を破砕。
 破砕後の地表を農業トラクターの車体前面に取り付けた粗い網目のバケットで土をすくい、バケットを激しく揺する。
 すると、バケット内には比較的大きな石が残る。
 その石を1カ所に集めていく。
 言葉は通じなくとも、農業班の行為はクマンの農民に伝わった。
 畑を開墾しているのだ。
 彼らは、川の北側で小さな畑を作り、手持ちのマメの種などを植えていた。家畜の大半を失っており、農耕馬、農耕牛は少ない。仮に耕作できたとしても、蒔くべき種が決定的に不足している。
 クルガンが指揮する開墾は、クマンの想像をはるかに超える規模だった。
 ブルドーザのディーゼルエンジンは、エンジン音を轟かせ、すごいパワーで地面を掘り起こしていく。
 その日の午前中に、クマンの豪農が所有する畑の規模と遜色ない面積を掘り起こした。
 すると、農民たちが自主的に畑となる土地から、小石や木片を手作業で探し出し、木製のバケツに入れ、それを1カ所に集めていく。
 この作業だけは、ノイリンでもマンパワーに頼っている。
 その日のうちに、全体のごく一画だが、クマン人によれば「石のようなもの」を植えた畑ができた。
 西アフリカ初のジャガイモ畑だ。
 アボロの戦士クジュラは、トゥーレに「あの機械があれば、1年で畑をいまの10倍にできる!」と驚嘆の叫びを発した。
 実際には無理だろうが、それに異論を唱えるクマンの農民はいない。
 斉木五郎は、この地で新たな農地開墾が行えるか、を確かめるためにクルガンたちを派遣したのだ。
 トゥーレがクジュラに「ここに残って開墾するか?」と問うと、彼女は「あの機械では、この島は狭すぎる。もっと広大な土地で使うべきだ」と答えた。
 ヒサワルがクジュラに賛成し、「ならば手長族を追い払わないと!」と。
 その場の何人もが頷く。

 遊撃隊は島の対岸で夜を明かし、日の出とともに南80キロの川の北岸を目指す。
 この一帯を選んだ理由だが、西地区の飛行隊によれば、セロの飛行船がこの付近の森を爆撃していたという目撃情報にある。
 森を焼いている理由がわからず、それを確かめることが遊撃隊の任務だ。
 ノイリン中央行政府は、不必要な戦闘、無意味な戦線拡大、防衛能力を超えたな領域確保は望んでいない。無制限に戦線を拡大すれば、敗北につながるからだ。
 西アフリカからセロを完全に駆逐できるとは、考えていない。また、それを目標にもしていない。
 だが、城島由加、ベルタ、フィー・ニュンは、それでは収まらないと考えている。少なくとも、200万年前のギニアビサウの南部国境から、ガンビア川南岸までは完全に制圧しなければならないとの見解だ。
 その場合、セロはセネガル川南岸に上陸する可能性があり、結果的にセネガル川南岸まで、ヒトが制圧しなければ、西アフリカを確保できないと想定している。
 そんな戦力は西ユーラシアにはないから、現地勢力との連携を重視している。
 連携できる現地勢力を見極める任務が、俺たち遊撃隊に課せられていた。
 だから、確保すべき領域よりもさらに広く、偵察行動をしなければならない。

 5輌は軽快に走行する。ストーマーのサスペンションはトーションバー(棒バネ)だが、装甲貨物輸送車は俗に日本式とも呼ばれる横置きコイルスプリング(巻バネ)の連動式だ。
 1930年代から1940年代にかけて使われていた非常に古い型式だが、構造が簡単なことと、独立懸架でないにしては路面追従性がいいことから、車輌班は改良しながら使い続けている。
 西アフリカは河川が少ないのだが、海岸地帯には沼沢地が多い。そのため、海岸から20キロから30キロ内陸に南北を貫く主要街道がある。
 未舗装路だが、セロの侵攻を受けるまで定期的に道普請をされていたので、路面状態はいい。また、川には石の橋が架けられている。我々のストーマーは14トンを超えるので、橋の強度が問題になるが、1輌ずつならば問題なくわたれるほど頑丈な造りだ。
 また、川は総じて浅く、水深1メートル程度の渡渉点ならすぐに見つけられる。
 なお、大型のワニがいるので、徒歩では渡れない。
 初日の感想としては、全装軌車ではなく、全輪駆動装輪車でも十分に行動できる。
 風景は全体的に草原で、所々に大きな森がある。村の周囲には、広大な農地が広がる。
 村は水の確保ができる、川の近く、湧水や井戸がある場所に生まれ、村や街との間隔は、20キロから40キロも離れている。
 そのため、セロの侵攻を受けると、街や村は孤立しやすく、相互に連携した防衛ができない。
 これが、民衆社会がセロに対抗できなかった理由だ。
 俺はこのことをアボロの村長〈むらおさ〉テオの長女アーラから聞いていたが、実際にその様子を見るまでは理解できていなかった。
 ドラキュロのいない西アフリカでは、街や村には濠や城壁がない。盗賊の襲撃や他村の略奪行為はあるようだが、国家間の戦争の原因となる土地争いが起きるほど、利用可能な農地の適地は狭くはない。
 多い紛争は、水争いだと聞いた。
 同行している農業班の見立てでは、耕作可能な土地の90パーセントが未利用だという。

 最初の夜、俺たちは森の近くにある小さな美しい池の畔でキャンプを張った。
 通過した村や街のすべてが、セロによる爆撃で破壊されていたからだ。
 また、ヒトの死体は見たが、生存者と出会うことはなかった。

 農業班の隊長はブンムムという30代後半の男で、東方人だと聞いた。祖父の代に、街がドラキュロの侵入を受け、幸運にも家族全員で西方に逃れてきたそうだ。
 実は、この“東方”がどこなのかはっきりしない。

 ブンムムたちが池の水を採取している。
 俺がブンムムに話しかける。
「水は飲めそうか?」
「大丈夫だ。
 湧水だし、魚も泳いでいる。
 だけど、沸騰させるか、濾過器を使ってくれ。
 腹を下したらたいへんだ」
「そうだな」
「俺たちは足手まといか?」
「そんなことはないよ。
 かなりの武装をしているし……」
「キャビンの上に50口径を置いているし、ブレンガンも2挺、RPGの発射機も2基ある。
 ライフルは私物なんで、たいしたことはないけどね」
 彼は、キャビンの上面の全周旋回レールに据えられた12.7ミリ重機関銃を眺めた。ドラキュロ対策では不要な、防盾が取り付けられている。
 ブンムムの右腰には、銃身と銃床を切断したレバーアクションが下がっている。
 いわゆるランダル銃なのだが、銃商である俺でも実物を初めて見る珍しい品だ。
 セロとの接触を予想しているのか、ブンムムが指揮する隊は重装備だ。手榴弾だけで、60発を携行している。
 クマンと銃を持たない北方人やヴルマンには、カラシニコフ弾を発射するボルトアクションのライフルを貸与した。

 野生動物を近付けないために、大きな焚き火をし、セロの夜襲を警戒して歩哨を配置する。
 西ユーラシアでは、劣勢な赤服は彼らの教義に反する夜襲を仕掛けることが増えている。青服にも同様な行動があり得る。

 夜明け前から、キャンプは活動を始めていた。
 アラフォーの女性装填手イロナがスープを作っている。そのいい香りが、周囲に漂う。
 俺はイロナに話しかけた。
「うまそうだな」
「美味しいですよ」
 彼女が笑う。この姿が、彼女の本来だ。
 そして、続けた。
「ハンダ様はご存じですか?
 若い女の子たちが“恥ずかしい”と思っていること……」
「恥ずかしい?」
「はい。
 私たちのパン、黒いでしょ」
「あぁ、ライムギを全粒で混ぜているからね」
「コムギだけで作ったパンなんて、もう何年も食べてませんね」
「そうだけど……」
「子供たち……。
 すみません。
 若い隊員が、クマンの人々から、パンが黒い理由を聞かれるんです。
 コムギが足りなくて、ライムギやエンバクを混ぜているし、そのほうが栄養が高いことは説明しているんだけど、それは私たちが食べ物に困っているから……。
 この地のヒトには、食料が足りない、ということが理解できないんです。
 森に入れば、1年中、木の実や果物が採れるそうですし……。
 若い隊員が、黒いパンが恥ずかしいって……。
 クマンのパンは白いって……」

 俺は、子供たちに“銀シャリ”を食べさせられていないことに改めて思い至った。
 何もいえなかった。
 俺は、子供たちの“恥ずかしい”を胸に刻み込んだ。
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