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第4章
第99話 2次防衛線
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太陽が地平線に没しても、1次防衛線では焚き火をしない。音も立てない。ヒトにとって、不気味な静寂を貫いた。
異種であるセロにも、不気味だと感じる感性を期待したが……。物事に対して、セロがヒトと同様に感じることはない。ヒトとセロは異種なのだ。
ヒトとイヌ、ヒトとネコも異種だが、心は通う。ヒトとウマも同様。ヒトと鳥、ヒトと爬虫類でも相互に思い合うものがある。
ヒトとセロも一定の意思疎通は可能だ。それを目的に、セロはヒトの言葉を話す通訳を養成している。
ただ、セロのヒトに対する意思疎通は、一方的なもので、セロからヒトへの通告であった。セロはヒトからの情報を欲したが、その理由はヒトの所在を特定し、殺すためだ。
セロとヒトの関係は、ヒトとゴキブリの関係に似ている。
見つけたら殺す。
それだけ。
一方、ヒトは好奇心からセロに興味を持つ。いきなり殺そうとはしない。ヒトに似ているので、フレンドリーに接してしまう。
そして、気付いたら、一方的に殺される立場になっている。
セロは、ヒト以外の二足歩行動物に対しても、ほぼ同様の行動をしてきた。
ニッチ(生態的地位)が重複する動物に対して、本能的に排除するスイッチが入るのだろう。
ヒトはセロのことが本質的にはわからない。だから、ヒトが嫌なこと、ヒトが恐れることをセロもそう感じるだろうと、推測して行動する。
それは、ほとんどの場合、正しい。
日没前からセロは焚き火を始めたが、ヒトがそれを一切しないことから、慌てて消した。 西アフリカの人々によれば、この地方では草原性よりも森林性の動物が多いようだ。
精霊族によれば、森林と草原の割合は半々ほどなのだが、徐々に草原化の傾向が強まっている。
アフリカが巨大な島であることから、ユーラシアから草原性の動物が進出できない。草原に適応した動物が少ない一方、森林の減少で森林性の動物は生息域が狭まり、個体数が減少しつつある。
そのニッチの空白に、ワニが進出している。ワニが属するクルロタルシ類であることに変わりはないが、進化の速度は驚異的に速い。
経緯は不明だが、南北アメリカのどちらかから、あるいは両方からイグアナが渡ってきた。植物食性で、体長5メートルに達する種もいる。
イグアナは有鱗目だが、同じ有鱗目でオオトガゲ科に属する2メートルほどまで成長する種がいる。ネズミなど小型哺乳類、多足類、甲殻類、昆虫、クモ、サソリなどを食べる。大型哺乳類は襲わない。
このような状況なので、西アフリカのヒトが住まない草原は、中生代ジュラ紀や白亜紀を再現したテーマパークみたいだ。
セロとの戦いがなければ、俺にとっては最高の趣味の世界。
そして、肉食の陸棲ワニは、ヒトにとっても、セロにとっても、等しく脅威だ。
この動物に焚き火は関係ない。陸棲ワニは、ヒトと火を恐れない。
川の南側は陸棲ワニ、半陸棲ワニが多いが、北側にも棲息している。この動物は、昼夜を問わず捕食行動をする。
1次防衛線とした名も知らぬ川の北岸にあるわずか5棟の集落には、ストーマー装甲兵員輸送車1輌と騎馬11でやってきた。
4人が負傷し、馬番の少年とともに2人がウマで後退し、2人がヘリコプターで後送された。
金沢壮一と衛生隊員がヘリコプターでやって来たので、1次防衛線を16人で守っている。
当然だが、衛生隊員も武装している。赤十字の腕章を付けたりはしていない。武器・弾薬に加えて、医薬品・医療器具を持つ。たいへんな仕事だ。
16人全員がストーマーの後部に集まる。俺がディラリに問う。
「夜間にウマで後退できるか?」
ディラリの発言をウーゴが通訳する。
「夜は気温が下がる。ワニは動きが鈍る。満月から2日しかたっていないし、後退は可能だ」
俺がディラリに伝える。
「矢が切れたら、ウマで後退してくれ」
ディラリは反対しなかった。
「わかった。次の陣地で会おう」
クマンに不満の顔色がない。彼らは戦術を理解し始めている。
俺が続ける。
「手長族は犠牲を顧みない。橋を力押しで渡り始めたら、止められない。
機関銃を撃ち始めたら、30分もせずに弾切れだ。
それでも、装甲車は24時まで橋を守る。どうがんばっても、それが限界だろう。
弓隊は、矢がつきたら2次防衛線まで後退する。
橋が突破されたら、装甲車は路外に出て後退する」
日没後数時間を経ても、セロはまったく動かない。
赤服は夜間に行動する場合、松明〈たいまつ〉は使わず、江戸時代の携帯用照明である龕灯〈がんどう〉に似た道具を使う。光源は蝋燭〈ろうそく〉ではなく、マントルで、燃料はガス。
24時過ぎ、青服は松明を使った。大量の松明が草原に揺れている。
青服は赤服とはいろいろな点で異なるが、ごく基本的な装備にも差異があるようだ。
兵器にしても赤服は多発化・多連装化の傾向が強いが、青服は1発の威力にこだわるように感じる。
赤服を基準に青服を想定することは、危険だ。
防盾を取り付けた直射用ロケット砲が、道を前進してくる。ヒトの野砲や歩兵砲に形状が似ているが、ずっと軽い。
2つの鉄輪を1輪ずつ青服が転がし、砲架尾部を2体の青服が持ち上げている。砲口が橋を向いている。
500メートル先で止まる。
76.2ミリ主砲弾は切れている。この距離を効果的に攻撃できるのは、クマンのロングボウだけだ。
直射ロケット砲は500メートルの位置でいったん停止したが、反撃がないためか、前進を続ける。
赤服のロケット兵器を調査した相馬悠人によれば、弾道特性が悪く、直射で使用する場合、300メートル以内まで接近しないと、ピンポイントへの直撃は期待できない。必中を期すなら、200メートルまで近付く必要がある。
だから、前進してくる。
400メートル、320メートル、250メートルと立ち止まりながら前進してくる。
その後方に身をかがめて砲弾を抱えた砲兵と“銃”を構える歩兵が続く。航続する砲兵は1個分隊程度だが、歩兵は2個小隊ほどが続く。
歩兵は戦列を作らない。橋に向かって、分散して進む。やはり戦術を変えてきた。
ノイリン北地区のRPG-7の弾頭には、装甲車輌や堅牢な構造物を攻撃する成形炸薬弾(HEAT)と軟目標に使用する榴弾(HE)がある。 クルップ式無反動砲で発射し、10メートル推進後にロケットモーターに点火、最大1000メートル飛翔する。500メートルまでは、ロケットモーターの燃焼が続き加速するが、それ以後は慣性で飛ぶ。
最大飛翔速度は秒速300メートル。発射直後は、秒速110メートル。通常の火砲と比べれば、かなり遅い。当然、命中率は低い。
だが、真っ直ぐゆっくりと近付いてくる目標ならば、300メートルの距離であれば十分に破壊できる。
RGB-7は、金沢壮一が担いでいる。激しいバックブラスト(後方噴射)があり、これを合図にストーマーの背後で横列を作る弓兵が最大仰角で射始める。
ヒトの攻撃と同時に、セロの曲射ロケット弾が落下し始める。
着弾の間隔は広く、4分から6分に1発程度。しかも正確な間隔だ。クマンはこれを知っており、我々よりも落ち着いている。
クマンによる弓の投射は、曲射ロケット弾の着弾の合間に行われる。
青服の曲射ロケット弾は同一諸元で発射されているのだろうが、散布界が広く、道から100メートルも離れた位置に着弾することもある。
この命中率の低さをクマンはよく心得ていて、隙を突いて矢を射り果敢に反撃する。
青服の歩兵が迫り、機関銃で阻止するが、徐々に間合いを詰められる。
橋の上に進出した青服は、川面にロケット弾を落下させ始める。橋の周囲で爆燃が起こり、ワニを駆逐していく。
ウーゴが叫ぶ。
「川を泳いで渡る気だ!」
ワニを追い払った青服が、次々と川に入っていく。
ストーマーの前面装甲に直射のロケット弾が命中。破壊したロケット砲の後方に、新たなロケット砲が進出していた。
RPG-7を発射、これを破壊する。
ストーマーに着弾したロケット弾によって、4人が負傷する。
ストーマー前面に取り付けた消火器の噴射で、車体の炎は消したが、4人が爆風で吹き飛ばされ、飛び散った可燃性の液体が衣服について火傷を負う。
炎を消す間に、青服の歩兵が突進してくる。
俺が「後退する!」と叫ぶと、クマンの弓兵が厩に向かって走る。背負う矢筒には、数本の矢が残っている。
矢を射切る前に、橋を突破されてしまった。負傷者を乗せる前に、ストーマーがゆっくりと後退する。
機関銃を発射して、どうにかワニの防護柵を越えさえていないが、川を泳いで渡ってきた青服が剣を抜いて斬りかかってくる。赤服は反りの大きい刀だが、青服は無反りで両刃の長剣を佩いている。
俺は半田千早を目で探す。おとなしくストーマーに乗っているとは思えない。
案の定、後部ハッチから負傷者をストーマーに乗せている。ストーマーの後方に川から上がってきた青服が回り込む。
それをクマンの弓兵が至近で射て、阻止する。半田千早が剣を振り上げた青服に発射する。青服がワニの防護柵を乗り越える。
乱戦だ。
クマンの騎馬が北に向かっていく。
ストーマーの砲塔が旋回し、同軸機関銃がワニの防護柵を乗り越えてくる青服に発射される。
砲塔のハッチが開き、装填手のイロナが自動小銃を発射。
誰かが手榴弾を川の方向に向かって投げる。
最後の負傷者がストーマーの後部ハッチから運び込まれる。
「撤収!」
俺は半田千早を目で探す。姿が見えない。
心配になり、ストーマーの後部ハッチへ向かう。
最悪だ。
兵員室には6人しか乗れないのに、10人もいる。ストーマーのクルーが3人なので、13人いることになる。
ウマで後退したのは、たった3人だけだった。いや、貴重なウマを後退させるために3人で北に向かったのだ。
負傷者は4人、半田千早たち4人が乗り込み、俺と金沢壮一が残った。
俺が車外からハッチを閉めると、半田千早が叫んだ。
「養父〈とう〉さん!」
ストーマーの車体上部ハッチを半田千早が開く。自動小銃を発射。
「よじ登って!」
半田千早に促され、俺と金沢壮一は履帯を踏み台に、フェンダーや雑具入れを手がかり足がかりに、車体上によじ登り始める。
少し遅れて、ストーマーが後進を始める。
砲塔が旋回し、同軸機関銃を発射。
俺と金沢壮一は、右車体側面にしがみついていた。車体上面ハッチから、何人もが身体を出し、青服に銃弾を浴びせている。
俺たちは幸運だった。青服は歩兵だけが橋を突破し、騎兵は橋の南に留まったままだった。
結果、追撃を受けなかった。
ストーマーは、車体側面にしがみついている俺と金沢壮一を振り落とさない程度の速度、時速30キロを若干上回る程度の速度で、路上を南に向かい、15分ほど走行して停止する。
停止すると同時に、俺と金沢壮一は車体上面によじ登った。
上面のハッチはすべて開いている。
10キロ北上したが、避難するクマンの姿はない。
一帯に残っていたクマンは、まだ隠れているか、2次防衛線の北に避難したようだ。
2次防衛線は、防衛に必要な陣地構築が何もできていなかった。塹壕は掘りかけ、戦車壕は表土を削いだだけ。
クマンの避難民が押し寄せ、それを誘導するだけで精一杯だったのだ。
そして、避難を希望する全員を、3次防衛線の北に迎え入れていた。
最終防衛線である3次と中間防衛線である2次との間には、草原と森しかない。
俺は、20キロ北に堅固な防衛戦があることを疑っていなかった。
しかし、城島由加は、クマンの避難を最優先とし、ごく初期の段階で2次防衛線の構築を放棄していた。
城島由加は、当面の敵である大隊規模の青服部隊を野戦で殲滅する作戦の立案を急いでいた。
夜が明ければ、確実に飛行船の空爆が始まる。青服は、ヒトが潜んでいそうな地点を無差別に爆撃する傾向がある。
空爆に耐えて、進撃してくる青服の地上部隊を迎え撃つことも戦術としてはあるだろうが、それでは交戦する前から損害が出る。
1次防衛線では、戦死者が出ていない。ならば、2次でも3次でも戦死者を出せない。
それが、城島由加の判断だった。
俺たちは2次防衛線まで、1時間走ってたどり着いた。
そこには、川と橋と草原と森しかなかった。
橋の北で待っていたのは、ランクル40似のショートボディ四駆に機関銃を積んだ北地区と西地区の連合部隊だった。
何もかもかき集めたようで、車輌の塗装はバラバラ、機関銃もバラバラ、個人装備もバラバラだ。
俺は砲塔後方の車体上に立ち、その非装甲軽車輌部隊に問いかけた。
「あんたたちだけか?」
指揮官が答える。
「そうだ。
北に5キロ進んでくれ。
ヘリポートがある。
負傷者はそこで後送できる」
「あんたたちは?」
「偵察だ」
俺はそれ以上何も尋ねなかった。
この戦いはセロが相手だ。文明を持つ敵に対して、城島由加は常に正しい判断をする。ドラキュロ相手の場合は、逃げ惑うだけだが……。
ミル中型ヘリコプターがライトを点けたまま駐機している。2次防衛線があるはずの橋にいた四駆部隊と同様の車輌4輌が警備についている。
ストーマーが現れると、ロールバーに取り付けた機関銃を向けた。全車、12.7ミリ重機関銃を載せている。
少し離れて停車する。
2輌がヘッドライトでストーマーを照らす。
ゆっくりと近付く。
砲塔にしがみついている、俺が伝える。
「負傷者がいる」
指揮官が答える。
「お待ちしていました。
負傷者はヘリへ。
皆さんは3次防衛線まで下がってください。
我々も同行します」
負傷者をヘリコプターの後部ドアから乗せ、ローターが回転し、正常な離陸を確認する。
太陽の光が、地上に明るさをもたらしつつある。この時間に飛ばせるパイロットは、少ない。幸運にも、今朝は朝霧が出ていない。
3次防衛線の入口では、疲れ果てたクマンの避難民が蹲っていた。動けないのだ。
テント張りの診療所ができており、医師や看護師、衛生隊員が対応にあたっている。
大きなテントが司令部だ。
そこにイサイアスとトゥーレがいた。
2人に問いかける。
「何があった?」
イサイアスが答える。
「現れたクマンが多すぎた。
2000はいる。
完全に想定外だ」
「由加は?」
「お袋さんは、2次防衛線を放棄していない。
機動防御とかいう戦い方に変えた。
その戦い方は、親父さんに教えたといっていた。
そうなのか?」
「あぁ。
だが、俺は由加やベルタさんじゃぁない。
進撃してくる敵を各個に撃破しつつ、侵攻を食い止めるなんて、素人の俺にできると思うか?」
「お袋さんも同じこといってたよ。
親父さんが、無理難題をいったらしい」
「無理難題?」
「1000キロも離れた北の島に、突貫工事で飛行場を作れと……」
「そんなことはいっていない。
島に何人か上陸させて、飛行場建設の素振りをしろといっただけだ」
「お袋さんは、そうは思わなかったんだよ。
西アフリカを手長族にとられたら、俺たちは大ピンチだ。
ベルタさんがどうにかジブラルタルを抑えたんだ。
お袋さんは、それを拡張しようとした。親父さんの要求通りね。
親父さんの意図は、単に政治的な意味で確保しろってことなんだと思う。
だけど、お袋さんには、そんな無意味な行動はできない。送られる隊員の士気もあるしね。
そこで、西地区の連中と相談した。西地区の建設隊は、ブルドーザー1輌で非常時に着陸できる滑走路なら数時間で造れると判断したんだ。プライア国際空港のあった場所なら、1000メートルの滑走路ならすぐに造れるって……。
お袋さんは親父さんが得意な仕事をした。
今度は、親父さんがお袋さんの代わりに、仕事をする番だ」
「俺は、青服と戦ってきたばかりだぞ」
「まだ、戦い足りないんだよ」
「無茶いうなよ」
「親父さんだって、お袋さんに無茶なことをさせただろ」
「わかった!
おまえは由加の味方だからな!」
「おまえ、たち、っていってくれ!」
半田千早がテントに入ってきた。
「イサイアス兄、戦車砲の砲弾と機関銃弾を補給したいのだけど、どこにあるの?」
トゥーレが答えた。
「チハヤ、こっちだ、ついてこい」
2人がテントを出ていく。
俺は、イサイアスに向き直る。
「戦力は?」
「たいしてないよ。
北地区と西地区だけだから……。
だけど、戦車と装甲車は合わせて16。
野砲が4、81ミリ迫撃砲が8」
「高射砲は?」
「飛行場の防空用で残した」
「四駆に機関銃を搭載していたが……」
「お袋さんのアイデアだ」
いいや、それは違う。軽車輌に機関銃を積んで戦力にする発想は、第二次世界大戦期で各国が試している。日本は、九七式側車やくろがね四起に重機関銃や軽機関銃を搭載した。
「由加の作戦は?」
「手長族が2次防衛線を越えたら、この草原で迎え撃つ」
イサイアスは、手書き地図の1点を指差した。2次防衛線の北1キロにある起伏がほとんどない草原だ。
おそらく、数十年前までは大きな浅い湖だった。地面は硬く締まっていて、灌木はほとんどない。
車輌による機動戦を仕掛けるには、最適な場所だ。
俺は、イサイアスにいった。
「青服は、徒歩で北上している。
損害を与えているが、最大に見積もっても1個中隊をどうにかした程度だ。
敵は無傷と考えたほうがいい。
1時間に5キロ北上するとして、2時間か3時間後には2次防衛線を越える。
1時間で補給し、1時間後に出発する」
イサイアスが頷く。
俺には、城島由加の考えがよくわかっていた。彼女は、2次防衛線と3次防衛線の間、20キロをバッファとして縦深防御を企てている。しかも、それを機動戦で行おうと……。
俺たちの戦力は少ない。ヴルマンやフルギアの力を借りても、たかがしれている。クマンは勇敢だが組織が崩れているので、あてにできない。
1次防衛線は完全な水際防御だった。ヒトにとっては、青服との初めての本格的戦闘だったし、それは青服も同じだ。
互いに手の内はよくわかっていなかった。
それに、避難するクマンの人々を守るには、あの橋の南側に縛り付けておく必要があった。
2次防衛線では、戦力的に劣勢であるヒトは機動戦による縦深防御を行い、青服の進撃を遅滞させつつ、損害を与え、最終的には撤退させる。
これが城島由加の作戦だ。
ヒトが相手ならうまくいくかもしれない。
だが、セロはヒトとは違う。
眼前にヒトがいるのに、殺さずに帰るという発想はセロにはない。
特に赤服の指導層や青服の貴族階級には、そういった思考や感情は皆無だろう。
俺は城島由加の作戦には、七味唐辛子かコショウを振りかける必要があると感じた。青服を撤退に追い込む、スパイス、動機が必要だ。
戦力的に青服1個大隊を壊滅させることはできない。ならば、逃げ帰ってもらうしかない。セロの戦意を挫くにはどうしたらいいのか。
俺はそれを考え始めていた。
マーニは、ストライク・カニアを気に入っていた。かっこいいし、機動性もいい。自在に操れる。
2機のカニアにも重機関銃が取り付けられた。3機で青服の大軍を攻撃することになっている。
でも、3機では、できることが限られる。
200万年前のダカール沖、ベルデ岬諸島サンティアゴ島に、西地区建設隊が近付いていた。50メートル級舟艇にはブルドーザーが積まれている。上陸後、可能な限り速やかに簡易な滑走路の建設を終える予定だ。
同じ頃、昨夕、ノイリンからジブラルタルに飛来した、プカラ双発攻撃機8機が燃料満載で離陸を始める。
目的地は、クフラックとカラバッシュが上陸したカナリア諸島テネリフェ島。
この島の建設途中の滑走路に向かっている。クフラックからは、着陸の了承を得ていないが、待つことはできなかった。
ジブラルタルからテネリフェ島まで1400キロ、テネリフェ島からサンティアゴ島まで1650キロ、サンティアゴ島からバンジェル島まで1000キロだ。
天候次第だが、日没までに4000キロを飛行して、バンジェル島に到達する計画だ。
ララは、かつての王都に建設された飛行船基地への攻撃を意見具申し、許可されなかったことに落胆していた。
たった1機では、2次防衛線から3次防衛線にかけての空域を制空できないし、複数の飛行船が飛来した場合、どうにも対処できなくなる。
ならば、夜明けと同時の敵基地爆撃が効果的だと主張したが、城島由加に受け入れてもらえなかった。
彼女は不満だったが、爆装した場合の航続距離不足の指摘は、合理的だと判断してもいた。
機関銃弾を満載し、空対空ロケットを懸吊して、いつでも飛び立てるよう準備している。
北地区は、8機の偽オルリクを陸揚げしていたが、全機が飛行場の片隅に駐機されたままだ。
偽オルリクの指揮官は、ネルス・ロイトという若者で、航空機設計者ブロウス・コーネインに心酔している。移住3世代目で、家族全員が餓死寸前であったところを救ってもらった、という恩義を感じている。
実際は、ノイリンの行政府が正規の手順で彼と彼の家族に入域を認めたのだが、ブロウス・コーネインは事実を歪曲して自分に都合よく解釈させる手立てに長けていた。
そして、ブロウス・コーネインの意向に沿って、城島由加に対し非協力的であった。それに西地区の飛行場長が激怒し、パイロット全員を飛行場内立ち入り禁止にした。
北地区航空班整備部は、明らかに様子見だった。
城島由加の命により、西地区飛行場隊の指揮下に編入されたが、ブロウス・コーネインとアイロス・オドランとの政治的対立の行方を見守っている。
非協力的ではないが、真の意味で積極的でもない。命じられたことはするが、それ以上は何もしない。
早朝、ノイリン中央行政府は、新たな決定を連絡してきた。西アフリカにおける軍事行動の一切の権限が城島由加に与えられた。
城島由加は、偽オルリク8機全機を西地区の管理下に移した。
この事態を、ネルス・ロイトたちパイロットは何も知らなかった。
ネルス・ロイトの心情など、城島由加にとっては、歯牙にかけるほどの事柄ではなかった。
ネルス・ロイトは、バンジェル島の司令部に赴き、城島由加に“戦闘機”の管理移管に対して激しく抗議する。
司令部といってもただのテントだ。
ネルス・ロイトの声は、周囲にダダ漏れだった。彼に管理移管の情報を与えたのは、航空班整備部の派遣隊長だった。
城島由加は若者の稚拙な抗議を聞き流していたが、その態度にネルス・ロイトが激高する。
そして、「ノイリン、いやヒトにとって、真に必要な人物は、おまえやおまえの亭主ではない。ブロウス・コーネイン様こそ、必要なお方だ」といい放った。
その言葉自体はどうでもいい。だが、ヒトとセロは、生存を賭けた戦いの最中なのだ。
セロは、ブロウス・コーネインのような権力志向の強い策士やネルス・ロイトに似た単純思考の人物に接触し、内部攪乱を始める。ヒト内部の不協和音は、セロに知られてはならない。
城島由加が判断した。
「ネルス・ロイト、あなたを拘束する。理由は、私の公務を妨害したからだ」
拘束するといっても、閉じ込める場所なんてない。
北地区の血の気の多い連中は手っ取り早く“処刑”を主張したが、西地区の“良識派”が反対した。
両者の主張は対立し、フルギアが仲裁して、彼らの流儀である反逆者は“イヌのように鎖でつなぐ”処置に決まった。
フルギアによれば、どんな勇者でも10日以内に命乞いを始める、のだそうだ。
意見対立と仲裁の場は、PX(日用品や嗜好品を販売する派遣隊運営の売店=ほぼコンビニ)のイートインコーナー、つまり酒の席でのことだった。
ヴルマンやフルギアは、彼らにすれば何でも売っているPXを娯楽の場にしていた。
城島由加にとって、ネルス・ロイトの存在は、頭の片隅にもなかったし、他の参謀や幹部も同じだ。
そして、彼は、数日後には忘れられた。彼の仲間を除いて……。
日の出から3時間が経過していた。16輌の装軌装甲車輌が、路上に並んでいる。
戦力は、これだけだ。対空兵器は、2輌のストーマーが装備する20ミリ機関砲だけ。20ミリ機関砲は、射高が低い。高度をとって飛行船に攻撃されたら、全滅もあり得る。
俺は城島由加から「1次防衛線から30キロ前進させ、20キロ後退させろ」と命じられていた。つまり、2次防衛線を10キロ越えさせ、敵に侵攻させながら攻撃を加え、2次防衛線の南側まで後退させろ、と。
2次防衛線の南側には、独立して行動する四駆の部隊が2個。3輌または4輌で1個隊を編制している。
青服の後方や側面をヒットエンドランで攻撃し、攪乱する。車輌を使ったゲリラ戦だ。
セロに通用する戦術なのか、俺には判断できなかったし、やや懐疑的でもあった。
それを口にはしない。口に出せば、ノイリン王が戦女神を批判したと受け取られる。
16輌の装甲部隊は南進を始め、2次防衛線を越えても、青服の姿はない。
10キロ進み東西に帯状に広がる森を抜けると、1次防衛線としていた川まで草原が続く。
距離は約8キロ。
川の北岸東側にも小規模な森がある。西側は海岸まで湿地と乾地が斑模様を作る。
草原の南端付近に、1隻の小型飛行船が着陸していた。例の爆撃機タイプだが、かなり小さい。浮体の直径8メートル、全長25メートルほど。
俺が実際に視認した限りでは、セロの飛行船としては最も小型だ。
ヒトの装甲車を見て、青服は激しく動き始める。
飛行船が急速に浮揚していく。青服はまったりしていたわけではなく、兵は完全装備の状態だ。
すぐに戦列を作り始める。彼我の距離8000メートルでは、ヒト側も攻撃手段がない。
16輌が路外に出て東に進み、横隊を作る終えた青服も呼応するように4つの戦列をヒトに向けて前進させる。
明らかにヒトとの戦列歩兵戦を企図している。
俺は「微速前進」を命じた。
16輌は丈が30センチから50センチの草をかき分けるように、ゆっくりと彼我の間合いを詰めていく。
青服の戦列は、我々の銃に相当する武器を腰だめに構えて、同一歩調で確実に前進してくる。
野砲型ロケット砲は、ウマで牽引されて、戦列と我々の中間あたりに配置された。
ヒトによる18世紀の戦列歩兵戦は、砲兵が鉄製球形砲弾や霰弾を敵の戦列に発射しながら、戦列歩兵が間合いを詰めていき、距離100メートル前後で彼我ともに一斉射撃を行った。
赤服も似たような戦術を使った。ヒトと赤服の戦いは、終始、ヒト側の防戦だった。人が街に立て籠もり、それを赤服が攻める。
大規模部隊での遭遇戦は俺が知る限りない。
だから、ヒトとセロの大規模な歩兵戦は生起していない。
遙か西の森を迂回して、4輌の重機関銃搭載小型四駆が姿を現す。
戦車対戦列歩兵の戦い前の奇妙な儀式を、停止して見ている。
ノイリン製新型戦車の砲塔ハッチから、金沢壮一が上半身を出している。まるで、第二次世界大戦初期の戦車兵のようだ。
金沢壮一を真似ているのだろう、砲塔付きの装甲車輌の乗員は、砲塔から上半身を出している。
その一方、操縦手は車体の中にどっぷりと籠もっている。
金沢壮一は戦列歩兵の徴発に乗ってはいない。青服に調子を合わせているだけだ。
俺は無線で伝える。
「距離500まで接近したら、全員車内へ。距離300で全車発射」
ストーマーは5人が乗車。戦車は定員の3。装甲兵員輸送車は4。装甲貨物輸送車は6。
農業班の装甲貨物輸送車は無蓋なので、防御力強化のため、天井に鉄板を貼ってきた。時間が不足で、かなりいい加減な工作だ。
運転席後方の12.7ミリ重機関銃には、防盾が取り付けられていて、荷台前部右側、エンジンルーム後方と荷台後部左右に防盾付きMG3機関銃が増備されている。
作業車輌なので無線を搭載しておらず、今回の任務のためにトランシーバーを積み込み、無線担当も乗せた。
青服の戦列歩兵は、腰だめで“銃”を突き出し、全兵が同一の速度で真っ直ぐに向かってくる。青いジャケット、白いシャツ、濃いグレーのズボン、飾り羽の付いた黒い山高帽風の軍帽を被る。
彼らの着衣は、西ユーラシアの我々と比べたら、はるかに上質だ。
派手な軍服は、明確に威嚇色だ。軍服は、この部隊特有のデザインであり、配色。赤服もそうだが、ジャケットの色を除けば、部隊ごと、指揮官ごとに軍装は異なる。
赤服と青服は、軍の制度がかなり違うようだが、基本は半分国軍、半分指揮官の私兵だ。下級将校・下士官・兵は、国家よりも指揮官に忠誠を誓っている。
中世の軍隊と同じだ。指揮官を殺せば、自動的に瓦解する。
俺は砲塔の後に身を隠し、双眼鏡で白馬のお姫様を探す。このお姫様を仕留めれば、我々の勝利だ。セロに撤退を促す、動機になる。
ストーマーの主砲は最大射程6000メートルある。射程内に入れば、連続して榴弾を発射する。砲手と装填手とは、そう打ち合わせている。
お姫様が見つからない。戦列の背後を丹念に調べるが、お姫様はおろか、幕僚の姿さえ見えない。
必ず、近くに指揮の中枢があるはずだが、それを発見できない。
いったん姿を消していた小型飛行船が、急速に浮揚し、高度150メートル付近で静止する。
過去に目撃されてきた飛行船とは異なり、機体の前後左右に計4基のプロペラが付いている。ブレード数は2。前後左右に機動できるようだ。目視の限り、旋回も早い。
地上に何かを落とす、吹き流しのような布を付けている。
俺にはすぐにわかった。
通信筒だ。
1930年代中頃まで、ヒトも使っていた。
飛行船が司令の中枢なのだ。
飛行船の浮体左右中央に、タカの紋章が描かれている。国籍標識よりも大きい。
白馬のお姫様の私有兵器ということだ。
俺たちには、攻撃する手段がない。
俺は以前、ララから聞いた話を思い出していた。
「私たちのオルリクは、背面飛行をすると不意自転に陥りやすく、きりもみになると回復しないのです。
それに、胴体後部の強度が足りなくて、高いGのかかる機動をすると、もぎ取れちゃう危険もあって……。
それに、直進安定性も悪くて……」
俺は驚いて問うた。
「真っ直ぐ、飛べないの?」
ララが頷いた。
「水上機は?」
「フロートを取り付けるので、大幅に改造されたから……。
2機だけだし……。
方向安定性は、機体上下にフィンを追加して、どうにかなったんです。
そのフィンは機体尾部の補強材にもなっていて……。
フロートの重量もあるけれど、すごく重い機体に……」
ノイリンは、ろくに飛べない機体を8機も送り込んできたわけだ。
現在は、同系である西地区のボナンザを飛ばし続けるための部品取りに使い始めている。
航空支援を要請しても、飛ばせる飛行機がない!
白馬のお姫様の御座船〈ござぶね〉を撃墜する手段がない!
俺の怒りは、ブロウス・コーネインに向かい始めていた。しかし、本来は俺が負うべき問題だ。
あれを、どうやって、落とせばいいのだ!
半田千早は、200万年前には肩に担いで発射できる対空ミサイルがあったことをトショカンで知った。
同じものが作れないか、須崎金吾に相談したことがある。
回答は、「作るだけなら、できるけど、整備や維持、運用を考えると現実的ではないかな。セロの飛行船を落とすなら、RPGの射程を劇的に伸ばすほうが現実的だよ。近接信管を取り付けて、射高最大1500メートルくらい飛ばせれば、携帯対空兵器として使えるかも」だった。
半田千早はその後、相馬悠人にRPG-7の射程延長を相談している。
須崎金吾と相馬悠人は、ともに半田千早の発想を有効かもしれないと判断し、細々とだが研究を重ねてきた。
その成果が、金沢壮一によって、半田千早の手に届けられていた。
「最大射程3500メートル、最大射高2500メートル、有効高度1000メートル。この高度以下を低速で飛行する目標に対して有効な対空兵器だ。
バックブラストが激しいから、敵に見つかりやすい。撃ったらすぐに逃げろ。
無誘導の撃ちっぱなし弾だから、走って逃げるんだ。発射機は捨てていいからね。
弾頭は浮体に損害を与えられるように、サーモバリック弾(気体爆薬)だ。
真下から撃ってはダメだ。必ず距離をとること。
信管は電波ではなく、赤外線だ。セロの飛行船は電波を吸収しやすいから、須崎くんが工夫してくれた。
3発しかないから、大事に使うんだよ」
半田千早は、金沢壮一の説明に「うん」とだけ答えた。
半田千早は、20ミリ機関砲搭載のストーマーに乗っていた。
そして、特製対空弾頭を装着したRPG-7を準備する。
車内からは撃てないので、車外に出るしかないが、敵の戦列歩兵がいるただ中での下車を意味している。
それは自殺行為だ。
どうすればいいか、考えた。
車体の上に立ち、発射する。
それしかない。
半田千早が乗員に提案する。
「私たちで、あの飛行船を落とそう。
20ミリ機関砲と対空ロケットがあるから、きっと落とせるよ」
若い車長が応じた。
「よし、突撃命令が出たら、飛行船に向かって突っ走るぞ!」
敵部隊の司令部、頭が潰せないなら、身体を殴るしかない。手足をもぎ取り、胴体を踏みつける。
そういう戦い方しかない。
だが、それではヒト側に損害が出る。
泥臭い戦い方では、戦死者が出る。
それでは、セロの勝利となる。
だが、俺には、それ以外の選択肢がなかった。
彼我の距離500メートルを切る。砲塔から上半身を出していた隊員が、一斉に車内に身体を入れ、ハッチを閉める。
違う行動をしている車輌があることを、俺は知らない。20ミリ機関砲搭載ストーマー1輌は、砲塔のハッチを閉めたが、兵員室のハッチを開けた。
半田千早は、とてつもなく長い弾頭を取り付けたRPG-7を抱えて、立ち上がった。
距離300メートルを切る。
全車に時速5キロの“徐行”から、停止を命じる。我々の装甲車輌は、基本的に走行間射撃ができないからだ。
90ミリ砲搭載車、76.2ミリ砲搭載車、20ミリ機関砲搭載車、12.7ミリ重機関銃搭載車、7.62ミリ機関銃搭載車、そのすべてが一斉に発射を始める。
青服の兵士は戦列を崩し、突撃を開始する。
その行動は、当初の予定通りなのか、それとも自己防衛本能からくる自然な行動なのか、それはわからない。
将校は剣をを抜き、下士官は短銃を向け、歩兵は駆け足で突撃してくる。
正当な戦列歩兵戦ではない。
彼我の距離が急速に縮まる。
俺は「全車突撃」を命じた。
16輌の装甲車輌と1000体の歩兵による乱戦が始まる。
見物をしていた4輌の機関銃搭載軽四駆が、青服の右翼を攻撃し始める。
密閉装甲ではない農業班の装甲貨物輸送車が突撃命令と同時に後退する。
これは、当初の予定通りだ。装甲貨物輸送車と軽四駆隊が合流し、青服の外縁部を高速で走行しながら銃撃する。
これは予定外だ。
もう1輌、予定外の行動を始めたストーマーがある。
半田千早が乗る、20ミリ機関砲搭載車だ。
各車は相互に連携して防護し、青服の中央を突破する作戦だったが、我々の最右翼、最も西に配置していたストーマーが青服の飛行船に突進していく。
20ミリでは、飛行船は落とせないし、飛行船は森の上にいる。
無謀な突撃を開始したストーマーは、森に進路を塞がれ、青服に包囲されてしまう可能性が高い。
俺は半田千早の救出に向かいたい衝動が抑えられないが、それをすれば部隊の全滅さえあり得る。
衝動と理性は、冷酷な理性が勝っていた。俺は半田千早の死を受け入れていた。
半田千早には作戦があった。
「相対距離2500まで迫ったら、急停止。機関砲を撃ちまくって!」
体格のいいヴルマンの若者は、小柄な半田千早を軽々と車体の上に上げた。
砲塔と開いた兵員室ハッチに身を隠すように蹲っている半田千早に、RPG-7が渡される。
半田千早がRPG-7を担いで立ち上がる。
兵員室のハッチから頭を出したヴルマンの若者が自動小銃を撃ちまくる。
凄まじいバックブラストがストーマーの車体左側面に沿って、地面に噴射される。
接近していた複数の青服が吹き飛ばされる。
半田千早は発射と同時に車内に飛び降り、ヴルマンの若者が素早く兵員室のハッチを閉める。
ほぼ同時にストーマーは、不整地をあり得ない速度で疾走する。
俺は、砲塔に取り付けた全天周カメラの映像を見ていた。
通常より倍近く長いRPG-7の弾頭が、無反動砲によって発射され、ロケットに点火されたが、そこからが通常とは違っていた。
ロケットの燃焼は3秒以上続き、加速した状態で飛行船の浮体前部に命中した。
半田千早は、車内に飛び降りた際、一瞬、飛行船を見上げた。
そのとき、飛行船からの視線を感じた。
同時にヒトに対する禍々しいほどの嫌悪が伝わり、悪寒を感じた。
飛行船に命中したサーモバリック弾は、爆風と高熱によって浮力を与えている比熱容量の大きいヘリウムを急激に膨張させ、浮体を内部から爆発させるように破壊した。
低空にいたことと、わずかに浮力を保っていたことから、墜落は免れたが、ハードな不時着となった。
飛行船は森に落ちた。
俺は全車に「離脱、後退」を命じた。
2次防衛線の内側まで後退し、全車の報告を受ける。戦死者はいないが、軽四駆隊と装甲貨物輸送車の乗員に負傷者がいた。
俺は半田千早を叱りたかったが、やめた。ヴルマンやフルギアが彼女を英雄視しているし、口を開いたら俺はただの父親になってしまう。
金沢壮一が全体から離れ、機関銃を載せた軽四駆を見ている。
どの車輌も彼が班長を務める車輌班が作ったものだ。
俺が各車輌の車長に次の攻撃を説明していると、彼は歩み寄り唐突にまったく無関係な発言をした。
「西アフリカは、西ユーラシアと違って泥濘はないんだね。
地面は概ね乾燥しているし、起伏も少ない。
ということは、装軌車よりも装輪車がいい。燃費がいいから、行動距離も伸びる。
四駆に機関銃を搭載しただけで、効果のある兵器になっているし……。
だけど、装甲がないとね。
今回も負傷者が出てしまった……。
ノイリンに戻ったら、4輪の装甲車をすぐに設計して、こっちに送るよ。
軽装甲でいいと思う。
青服の野砲擬きは、一発もあたらなかったし……」
俺は呆気にとられたが、この空気を読まない傾向は、相馬悠人や須崎金吾にもある。ある意味、慣れている。
で、質問してみた。
「FV721フォックスみたいな……」
「あぁ、その系統。
コベントリーやダイムラー装甲車の系統だね。
西ユーラシアでは、街を拠点にした陣地戦がほとんどだけど、西アフリカは機動戦が主になる。
そのことがよくわかった。
由加さんやベルタさんが大好きな、戦車はいらないね。
俺は、負傷者と一緒にバンジェル島に戻るよ。そして、できるだけ早くノイリンに向かう……。
俺は、そのほうが役に立つ……」
そういって、金沢壮一は負傷者を後送する軽四駆に乗り、唐突に去った。
唐突に現れたときと同じように……。
俺は半田千早に問うた。
「対空ロケットは、残り何発あるんだ?」
「2発だよ」
「無駄に使うな」
「わかってるよ。
養父〈とう〉さん」
「ほかに報告することは?」
「別にないけど……」
「けど?」
「……。
どうしようかな」
「何だ?」
「……。
飛行船を落としたときだけど……。
何だかわからないんだけど、すごい憎しみというか、恐いものを感じた。
女の子の視線も……」
「女の子?」
「うん」
「ヒトのか?」
「わからないけど、違うと思う」
「なぜ、違うと思う?」
「ヒトを、ヒト全体を蔑んでいる……。
違うかな。
ヒトが存在していること自体が、気に入らないって……」
「感じたのか?」
「うん。
私、へんかな?」
「いいや。
ヒトの悪意は、ヒトなら感じる。
何となくだけどね。
セロはヒトとは異なる個体間の感応があるらしい。
完全ではないらしいが、個体すべてが同時に同じことを感じたり、考えを共有したりするんだ。
千早は、それを感じ取ったのかもしれない」
同様の感覚に襲われた若者が複数いた。ヒト的な表現だと、強い怨念だろうか。
青服の動向を探るため、軽四駆隊が南に向かう。
無線での連絡によれば、1次防衛線北側を確保し、主力は川の南側に集結している。
飛行船の姿はない。
俺には、青服が飛行船を全面的に投入してこない理由がわからなかった。
半田千早を含めて、複数が異様な怨念らしきものを感じたことから、部隊内に動揺が広がる。迷信深いヴルマンやフルギアがあれこれと憶測を巡らす。
そんな状況では、無闇に動けない。また、青服が動かないなら、こちらも動く理由がない。
俺は、待つことに決めた。
異種であるセロにも、不気味だと感じる感性を期待したが……。物事に対して、セロがヒトと同様に感じることはない。ヒトとセロは異種なのだ。
ヒトとイヌ、ヒトとネコも異種だが、心は通う。ヒトとウマも同様。ヒトと鳥、ヒトと爬虫類でも相互に思い合うものがある。
ヒトとセロも一定の意思疎通は可能だ。それを目的に、セロはヒトの言葉を話す通訳を養成している。
ただ、セロのヒトに対する意思疎通は、一方的なもので、セロからヒトへの通告であった。セロはヒトからの情報を欲したが、その理由はヒトの所在を特定し、殺すためだ。
セロとヒトの関係は、ヒトとゴキブリの関係に似ている。
見つけたら殺す。
それだけ。
一方、ヒトは好奇心からセロに興味を持つ。いきなり殺そうとはしない。ヒトに似ているので、フレンドリーに接してしまう。
そして、気付いたら、一方的に殺される立場になっている。
セロは、ヒト以外の二足歩行動物に対しても、ほぼ同様の行動をしてきた。
ニッチ(生態的地位)が重複する動物に対して、本能的に排除するスイッチが入るのだろう。
ヒトはセロのことが本質的にはわからない。だから、ヒトが嫌なこと、ヒトが恐れることをセロもそう感じるだろうと、推測して行動する。
それは、ほとんどの場合、正しい。
日没前からセロは焚き火を始めたが、ヒトがそれを一切しないことから、慌てて消した。 西アフリカの人々によれば、この地方では草原性よりも森林性の動物が多いようだ。
精霊族によれば、森林と草原の割合は半々ほどなのだが、徐々に草原化の傾向が強まっている。
アフリカが巨大な島であることから、ユーラシアから草原性の動物が進出できない。草原に適応した動物が少ない一方、森林の減少で森林性の動物は生息域が狭まり、個体数が減少しつつある。
そのニッチの空白に、ワニが進出している。ワニが属するクルロタルシ類であることに変わりはないが、進化の速度は驚異的に速い。
経緯は不明だが、南北アメリカのどちらかから、あるいは両方からイグアナが渡ってきた。植物食性で、体長5メートルに達する種もいる。
イグアナは有鱗目だが、同じ有鱗目でオオトガゲ科に属する2メートルほどまで成長する種がいる。ネズミなど小型哺乳類、多足類、甲殻類、昆虫、クモ、サソリなどを食べる。大型哺乳類は襲わない。
このような状況なので、西アフリカのヒトが住まない草原は、中生代ジュラ紀や白亜紀を再現したテーマパークみたいだ。
セロとの戦いがなければ、俺にとっては最高の趣味の世界。
そして、肉食の陸棲ワニは、ヒトにとっても、セロにとっても、等しく脅威だ。
この動物に焚き火は関係ない。陸棲ワニは、ヒトと火を恐れない。
川の南側は陸棲ワニ、半陸棲ワニが多いが、北側にも棲息している。この動物は、昼夜を問わず捕食行動をする。
1次防衛線とした名も知らぬ川の北岸にあるわずか5棟の集落には、ストーマー装甲兵員輸送車1輌と騎馬11でやってきた。
4人が負傷し、馬番の少年とともに2人がウマで後退し、2人がヘリコプターで後送された。
金沢壮一と衛生隊員がヘリコプターでやって来たので、1次防衛線を16人で守っている。
当然だが、衛生隊員も武装している。赤十字の腕章を付けたりはしていない。武器・弾薬に加えて、医薬品・医療器具を持つ。たいへんな仕事だ。
16人全員がストーマーの後部に集まる。俺がディラリに問う。
「夜間にウマで後退できるか?」
ディラリの発言をウーゴが通訳する。
「夜は気温が下がる。ワニは動きが鈍る。満月から2日しかたっていないし、後退は可能だ」
俺がディラリに伝える。
「矢が切れたら、ウマで後退してくれ」
ディラリは反対しなかった。
「わかった。次の陣地で会おう」
クマンに不満の顔色がない。彼らは戦術を理解し始めている。
俺が続ける。
「手長族は犠牲を顧みない。橋を力押しで渡り始めたら、止められない。
機関銃を撃ち始めたら、30分もせずに弾切れだ。
それでも、装甲車は24時まで橋を守る。どうがんばっても、それが限界だろう。
弓隊は、矢がつきたら2次防衛線まで後退する。
橋が突破されたら、装甲車は路外に出て後退する」
日没後数時間を経ても、セロはまったく動かない。
赤服は夜間に行動する場合、松明〈たいまつ〉は使わず、江戸時代の携帯用照明である龕灯〈がんどう〉に似た道具を使う。光源は蝋燭〈ろうそく〉ではなく、マントルで、燃料はガス。
24時過ぎ、青服は松明を使った。大量の松明が草原に揺れている。
青服は赤服とはいろいろな点で異なるが、ごく基本的な装備にも差異があるようだ。
兵器にしても赤服は多発化・多連装化の傾向が強いが、青服は1発の威力にこだわるように感じる。
赤服を基準に青服を想定することは、危険だ。
防盾を取り付けた直射用ロケット砲が、道を前進してくる。ヒトの野砲や歩兵砲に形状が似ているが、ずっと軽い。
2つの鉄輪を1輪ずつ青服が転がし、砲架尾部を2体の青服が持ち上げている。砲口が橋を向いている。
500メートル先で止まる。
76.2ミリ主砲弾は切れている。この距離を効果的に攻撃できるのは、クマンのロングボウだけだ。
直射ロケット砲は500メートルの位置でいったん停止したが、反撃がないためか、前進を続ける。
赤服のロケット兵器を調査した相馬悠人によれば、弾道特性が悪く、直射で使用する場合、300メートル以内まで接近しないと、ピンポイントへの直撃は期待できない。必中を期すなら、200メートルまで近付く必要がある。
だから、前進してくる。
400メートル、320メートル、250メートルと立ち止まりながら前進してくる。
その後方に身をかがめて砲弾を抱えた砲兵と“銃”を構える歩兵が続く。航続する砲兵は1個分隊程度だが、歩兵は2個小隊ほどが続く。
歩兵は戦列を作らない。橋に向かって、分散して進む。やはり戦術を変えてきた。
ノイリン北地区のRPG-7の弾頭には、装甲車輌や堅牢な構造物を攻撃する成形炸薬弾(HEAT)と軟目標に使用する榴弾(HE)がある。 クルップ式無反動砲で発射し、10メートル推進後にロケットモーターに点火、最大1000メートル飛翔する。500メートルまでは、ロケットモーターの燃焼が続き加速するが、それ以後は慣性で飛ぶ。
最大飛翔速度は秒速300メートル。発射直後は、秒速110メートル。通常の火砲と比べれば、かなり遅い。当然、命中率は低い。
だが、真っ直ぐゆっくりと近付いてくる目標ならば、300メートルの距離であれば十分に破壊できる。
RGB-7は、金沢壮一が担いでいる。激しいバックブラスト(後方噴射)があり、これを合図にストーマーの背後で横列を作る弓兵が最大仰角で射始める。
ヒトの攻撃と同時に、セロの曲射ロケット弾が落下し始める。
着弾の間隔は広く、4分から6分に1発程度。しかも正確な間隔だ。クマンはこれを知っており、我々よりも落ち着いている。
クマンによる弓の投射は、曲射ロケット弾の着弾の合間に行われる。
青服の曲射ロケット弾は同一諸元で発射されているのだろうが、散布界が広く、道から100メートルも離れた位置に着弾することもある。
この命中率の低さをクマンはよく心得ていて、隙を突いて矢を射り果敢に反撃する。
青服の歩兵が迫り、機関銃で阻止するが、徐々に間合いを詰められる。
橋の上に進出した青服は、川面にロケット弾を落下させ始める。橋の周囲で爆燃が起こり、ワニを駆逐していく。
ウーゴが叫ぶ。
「川を泳いで渡る気だ!」
ワニを追い払った青服が、次々と川に入っていく。
ストーマーの前面装甲に直射のロケット弾が命中。破壊したロケット砲の後方に、新たなロケット砲が進出していた。
RPG-7を発射、これを破壊する。
ストーマーに着弾したロケット弾によって、4人が負傷する。
ストーマー前面に取り付けた消火器の噴射で、車体の炎は消したが、4人が爆風で吹き飛ばされ、飛び散った可燃性の液体が衣服について火傷を負う。
炎を消す間に、青服の歩兵が突進してくる。
俺が「後退する!」と叫ぶと、クマンの弓兵が厩に向かって走る。背負う矢筒には、数本の矢が残っている。
矢を射切る前に、橋を突破されてしまった。負傷者を乗せる前に、ストーマーがゆっくりと後退する。
機関銃を発射して、どうにかワニの防護柵を越えさえていないが、川を泳いで渡ってきた青服が剣を抜いて斬りかかってくる。赤服は反りの大きい刀だが、青服は無反りで両刃の長剣を佩いている。
俺は半田千早を目で探す。おとなしくストーマーに乗っているとは思えない。
案の定、後部ハッチから負傷者をストーマーに乗せている。ストーマーの後方に川から上がってきた青服が回り込む。
それをクマンの弓兵が至近で射て、阻止する。半田千早が剣を振り上げた青服に発射する。青服がワニの防護柵を乗り越える。
乱戦だ。
クマンの騎馬が北に向かっていく。
ストーマーの砲塔が旋回し、同軸機関銃がワニの防護柵を乗り越えてくる青服に発射される。
砲塔のハッチが開き、装填手のイロナが自動小銃を発射。
誰かが手榴弾を川の方向に向かって投げる。
最後の負傷者がストーマーの後部ハッチから運び込まれる。
「撤収!」
俺は半田千早を目で探す。姿が見えない。
心配になり、ストーマーの後部ハッチへ向かう。
最悪だ。
兵員室には6人しか乗れないのに、10人もいる。ストーマーのクルーが3人なので、13人いることになる。
ウマで後退したのは、たった3人だけだった。いや、貴重なウマを後退させるために3人で北に向かったのだ。
負傷者は4人、半田千早たち4人が乗り込み、俺と金沢壮一が残った。
俺が車外からハッチを閉めると、半田千早が叫んだ。
「養父〈とう〉さん!」
ストーマーの車体上部ハッチを半田千早が開く。自動小銃を発射。
「よじ登って!」
半田千早に促され、俺と金沢壮一は履帯を踏み台に、フェンダーや雑具入れを手がかり足がかりに、車体上によじ登り始める。
少し遅れて、ストーマーが後進を始める。
砲塔が旋回し、同軸機関銃を発射。
俺と金沢壮一は、右車体側面にしがみついていた。車体上面ハッチから、何人もが身体を出し、青服に銃弾を浴びせている。
俺たちは幸運だった。青服は歩兵だけが橋を突破し、騎兵は橋の南に留まったままだった。
結果、追撃を受けなかった。
ストーマーは、車体側面にしがみついている俺と金沢壮一を振り落とさない程度の速度、時速30キロを若干上回る程度の速度で、路上を南に向かい、15分ほど走行して停止する。
停止すると同時に、俺と金沢壮一は車体上面によじ登った。
上面のハッチはすべて開いている。
10キロ北上したが、避難するクマンの姿はない。
一帯に残っていたクマンは、まだ隠れているか、2次防衛線の北に避難したようだ。
2次防衛線は、防衛に必要な陣地構築が何もできていなかった。塹壕は掘りかけ、戦車壕は表土を削いだだけ。
クマンの避難民が押し寄せ、それを誘導するだけで精一杯だったのだ。
そして、避難を希望する全員を、3次防衛線の北に迎え入れていた。
最終防衛線である3次と中間防衛線である2次との間には、草原と森しかない。
俺は、20キロ北に堅固な防衛戦があることを疑っていなかった。
しかし、城島由加は、クマンの避難を最優先とし、ごく初期の段階で2次防衛線の構築を放棄していた。
城島由加は、当面の敵である大隊規模の青服部隊を野戦で殲滅する作戦の立案を急いでいた。
夜が明ければ、確実に飛行船の空爆が始まる。青服は、ヒトが潜んでいそうな地点を無差別に爆撃する傾向がある。
空爆に耐えて、進撃してくる青服の地上部隊を迎え撃つことも戦術としてはあるだろうが、それでは交戦する前から損害が出る。
1次防衛線では、戦死者が出ていない。ならば、2次でも3次でも戦死者を出せない。
それが、城島由加の判断だった。
俺たちは2次防衛線まで、1時間走ってたどり着いた。
そこには、川と橋と草原と森しかなかった。
橋の北で待っていたのは、ランクル40似のショートボディ四駆に機関銃を積んだ北地区と西地区の連合部隊だった。
何もかもかき集めたようで、車輌の塗装はバラバラ、機関銃もバラバラ、個人装備もバラバラだ。
俺は砲塔後方の車体上に立ち、その非装甲軽車輌部隊に問いかけた。
「あんたたちだけか?」
指揮官が答える。
「そうだ。
北に5キロ進んでくれ。
ヘリポートがある。
負傷者はそこで後送できる」
「あんたたちは?」
「偵察だ」
俺はそれ以上何も尋ねなかった。
この戦いはセロが相手だ。文明を持つ敵に対して、城島由加は常に正しい判断をする。ドラキュロ相手の場合は、逃げ惑うだけだが……。
ミル中型ヘリコプターがライトを点けたまま駐機している。2次防衛線があるはずの橋にいた四駆部隊と同様の車輌4輌が警備についている。
ストーマーが現れると、ロールバーに取り付けた機関銃を向けた。全車、12.7ミリ重機関銃を載せている。
少し離れて停車する。
2輌がヘッドライトでストーマーを照らす。
ゆっくりと近付く。
砲塔にしがみついている、俺が伝える。
「負傷者がいる」
指揮官が答える。
「お待ちしていました。
負傷者はヘリへ。
皆さんは3次防衛線まで下がってください。
我々も同行します」
負傷者をヘリコプターの後部ドアから乗せ、ローターが回転し、正常な離陸を確認する。
太陽の光が、地上に明るさをもたらしつつある。この時間に飛ばせるパイロットは、少ない。幸運にも、今朝は朝霧が出ていない。
3次防衛線の入口では、疲れ果てたクマンの避難民が蹲っていた。動けないのだ。
テント張りの診療所ができており、医師や看護師、衛生隊員が対応にあたっている。
大きなテントが司令部だ。
そこにイサイアスとトゥーレがいた。
2人に問いかける。
「何があった?」
イサイアスが答える。
「現れたクマンが多すぎた。
2000はいる。
完全に想定外だ」
「由加は?」
「お袋さんは、2次防衛線を放棄していない。
機動防御とかいう戦い方に変えた。
その戦い方は、親父さんに教えたといっていた。
そうなのか?」
「あぁ。
だが、俺は由加やベルタさんじゃぁない。
進撃してくる敵を各個に撃破しつつ、侵攻を食い止めるなんて、素人の俺にできると思うか?」
「お袋さんも同じこといってたよ。
親父さんが、無理難題をいったらしい」
「無理難題?」
「1000キロも離れた北の島に、突貫工事で飛行場を作れと……」
「そんなことはいっていない。
島に何人か上陸させて、飛行場建設の素振りをしろといっただけだ」
「お袋さんは、そうは思わなかったんだよ。
西アフリカを手長族にとられたら、俺たちは大ピンチだ。
ベルタさんがどうにかジブラルタルを抑えたんだ。
お袋さんは、それを拡張しようとした。親父さんの要求通りね。
親父さんの意図は、単に政治的な意味で確保しろってことなんだと思う。
だけど、お袋さんには、そんな無意味な行動はできない。送られる隊員の士気もあるしね。
そこで、西地区の連中と相談した。西地区の建設隊は、ブルドーザー1輌で非常時に着陸できる滑走路なら数時間で造れると判断したんだ。プライア国際空港のあった場所なら、1000メートルの滑走路ならすぐに造れるって……。
お袋さんは親父さんが得意な仕事をした。
今度は、親父さんがお袋さんの代わりに、仕事をする番だ」
「俺は、青服と戦ってきたばかりだぞ」
「まだ、戦い足りないんだよ」
「無茶いうなよ」
「親父さんだって、お袋さんに無茶なことをさせただろ」
「わかった!
おまえは由加の味方だからな!」
「おまえ、たち、っていってくれ!」
半田千早がテントに入ってきた。
「イサイアス兄、戦車砲の砲弾と機関銃弾を補給したいのだけど、どこにあるの?」
トゥーレが答えた。
「チハヤ、こっちだ、ついてこい」
2人がテントを出ていく。
俺は、イサイアスに向き直る。
「戦力は?」
「たいしてないよ。
北地区と西地区だけだから……。
だけど、戦車と装甲車は合わせて16。
野砲が4、81ミリ迫撃砲が8」
「高射砲は?」
「飛行場の防空用で残した」
「四駆に機関銃を搭載していたが……」
「お袋さんのアイデアだ」
いいや、それは違う。軽車輌に機関銃を積んで戦力にする発想は、第二次世界大戦期で各国が試している。日本は、九七式側車やくろがね四起に重機関銃や軽機関銃を搭載した。
「由加の作戦は?」
「手長族が2次防衛線を越えたら、この草原で迎え撃つ」
イサイアスは、手書き地図の1点を指差した。2次防衛線の北1キロにある起伏がほとんどない草原だ。
おそらく、数十年前までは大きな浅い湖だった。地面は硬く締まっていて、灌木はほとんどない。
車輌による機動戦を仕掛けるには、最適な場所だ。
俺は、イサイアスにいった。
「青服は、徒歩で北上している。
損害を与えているが、最大に見積もっても1個中隊をどうにかした程度だ。
敵は無傷と考えたほうがいい。
1時間に5キロ北上するとして、2時間か3時間後には2次防衛線を越える。
1時間で補給し、1時間後に出発する」
イサイアスが頷く。
俺には、城島由加の考えがよくわかっていた。彼女は、2次防衛線と3次防衛線の間、20キロをバッファとして縦深防御を企てている。しかも、それを機動戦で行おうと……。
俺たちの戦力は少ない。ヴルマンやフルギアの力を借りても、たかがしれている。クマンは勇敢だが組織が崩れているので、あてにできない。
1次防衛線は完全な水際防御だった。ヒトにとっては、青服との初めての本格的戦闘だったし、それは青服も同じだ。
互いに手の内はよくわかっていなかった。
それに、避難するクマンの人々を守るには、あの橋の南側に縛り付けておく必要があった。
2次防衛線では、戦力的に劣勢であるヒトは機動戦による縦深防御を行い、青服の進撃を遅滞させつつ、損害を与え、最終的には撤退させる。
これが城島由加の作戦だ。
ヒトが相手ならうまくいくかもしれない。
だが、セロはヒトとは違う。
眼前にヒトがいるのに、殺さずに帰るという発想はセロにはない。
特に赤服の指導層や青服の貴族階級には、そういった思考や感情は皆無だろう。
俺は城島由加の作戦には、七味唐辛子かコショウを振りかける必要があると感じた。青服を撤退に追い込む、スパイス、動機が必要だ。
戦力的に青服1個大隊を壊滅させることはできない。ならば、逃げ帰ってもらうしかない。セロの戦意を挫くにはどうしたらいいのか。
俺はそれを考え始めていた。
マーニは、ストライク・カニアを気に入っていた。かっこいいし、機動性もいい。自在に操れる。
2機のカニアにも重機関銃が取り付けられた。3機で青服の大軍を攻撃することになっている。
でも、3機では、できることが限られる。
200万年前のダカール沖、ベルデ岬諸島サンティアゴ島に、西地区建設隊が近付いていた。50メートル級舟艇にはブルドーザーが積まれている。上陸後、可能な限り速やかに簡易な滑走路の建設を終える予定だ。
同じ頃、昨夕、ノイリンからジブラルタルに飛来した、プカラ双発攻撃機8機が燃料満載で離陸を始める。
目的地は、クフラックとカラバッシュが上陸したカナリア諸島テネリフェ島。
この島の建設途中の滑走路に向かっている。クフラックからは、着陸の了承を得ていないが、待つことはできなかった。
ジブラルタルからテネリフェ島まで1400キロ、テネリフェ島からサンティアゴ島まで1650キロ、サンティアゴ島からバンジェル島まで1000キロだ。
天候次第だが、日没までに4000キロを飛行して、バンジェル島に到達する計画だ。
ララは、かつての王都に建設された飛行船基地への攻撃を意見具申し、許可されなかったことに落胆していた。
たった1機では、2次防衛線から3次防衛線にかけての空域を制空できないし、複数の飛行船が飛来した場合、どうにも対処できなくなる。
ならば、夜明けと同時の敵基地爆撃が効果的だと主張したが、城島由加に受け入れてもらえなかった。
彼女は不満だったが、爆装した場合の航続距離不足の指摘は、合理的だと判断してもいた。
機関銃弾を満載し、空対空ロケットを懸吊して、いつでも飛び立てるよう準備している。
北地区は、8機の偽オルリクを陸揚げしていたが、全機が飛行場の片隅に駐機されたままだ。
偽オルリクの指揮官は、ネルス・ロイトという若者で、航空機設計者ブロウス・コーネインに心酔している。移住3世代目で、家族全員が餓死寸前であったところを救ってもらった、という恩義を感じている。
実際は、ノイリンの行政府が正規の手順で彼と彼の家族に入域を認めたのだが、ブロウス・コーネインは事実を歪曲して自分に都合よく解釈させる手立てに長けていた。
そして、ブロウス・コーネインの意向に沿って、城島由加に対し非協力的であった。それに西地区の飛行場長が激怒し、パイロット全員を飛行場内立ち入り禁止にした。
北地区航空班整備部は、明らかに様子見だった。
城島由加の命により、西地区飛行場隊の指揮下に編入されたが、ブロウス・コーネインとアイロス・オドランとの政治的対立の行方を見守っている。
非協力的ではないが、真の意味で積極的でもない。命じられたことはするが、それ以上は何もしない。
早朝、ノイリン中央行政府は、新たな決定を連絡してきた。西アフリカにおける軍事行動の一切の権限が城島由加に与えられた。
城島由加は、偽オルリク8機全機を西地区の管理下に移した。
この事態を、ネルス・ロイトたちパイロットは何も知らなかった。
ネルス・ロイトの心情など、城島由加にとっては、歯牙にかけるほどの事柄ではなかった。
ネルス・ロイトは、バンジェル島の司令部に赴き、城島由加に“戦闘機”の管理移管に対して激しく抗議する。
司令部といってもただのテントだ。
ネルス・ロイトの声は、周囲にダダ漏れだった。彼に管理移管の情報を与えたのは、航空班整備部の派遣隊長だった。
城島由加は若者の稚拙な抗議を聞き流していたが、その態度にネルス・ロイトが激高する。
そして、「ノイリン、いやヒトにとって、真に必要な人物は、おまえやおまえの亭主ではない。ブロウス・コーネイン様こそ、必要なお方だ」といい放った。
その言葉自体はどうでもいい。だが、ヒトとセロは、生存を賭けた戦いの最中なのだ。
セロは、ブロウス・コーネインのような権力志向の強い策士やネルス・ロイトに似た単純思考の人物に接触し、内部攪乱を始める。ヒト内部の不協和音は、セロに知られてはならない。
城島由加が判断した。
「ネルス・ロイト、あなたを拘束する。理由は、私の公務を妨害したからだ」
拘束するといっても、閉じ込める場所なんてない。
北地区の血の気の多い連中は手っ取り早く“処刑”を主張したが、西地区の“良識派”が反対した。
両者の主張は対立し、フルギアが仲裁して、彼らの流儀である反逆者は“イヌのように鎖でつなぐ”処置に決まった。
フルギアによれば、どんな勇者でも10日以内に命乞いを始める、のだそうだ。
意見対立と仲裁の場は、PX(日用品や嗜好品を販売する派遣隊運営の売店=ほぼコンビニ)のイートインコーナー、つまり酒の席でのことだった。
ヴルマンやフルギアは、彼らにすれば何でも売っているPXを娯楽の場にしていた。
城島由加にとって、ネルス・ロイトの存在は、頭の片隅にもなかったし、他の参謀や幹部も同じだ。
そして、彼は、数日後には忘れられた。彼の仲間を除いて……。
日の出から3時間が経過していた。16輌の装軌装甲車輌が、路上に並んでいる。
戦力は、これだけだ。対空兵器は、2輌のストーマーが装備する20ミリ機関砲だけ。20ミリ機関砲は、射高が低い。高度をとって飛行船に攻撃されたら、全滅もあり得る。
俺は城島由加から「1次防衛線から30キロ前進させ、20キロ後退させろ」と命じられていた。つまり、2次防衛線を10キロ越えさせ、敵に侵攻させながら攻撃を加え、2次防衛線の南側まで後退させろ、と。
2次防衛線の南側には、独立して行動する四駆の部隊が2個。3輌または4輌で1個隊を編制している。
青服の後方や側面をヒットエンドランで攻撃し、攪乱する。車輌を使ったゲリラ戦だ。
セロに通用する戦術なのか、俺には判断できなかったし、やや懐疑的でもあった。
それを口にはしない。口に出せば、ノイリン王が戦女神を批判したと受け取られる。
16輌の装甲部隊は南進を始め、2次防衛線を越えても、青服の姿はない。
10キロ進み東西に帯状に広がる森を抜けると、1次防衛線としていた川まで草原が続く。
距離は約8キロ。
川の北岸東側にも小規模な森がある。西側は海岸まで湿地と乾地が斑模様を作る。
草原の南端付近に、1隻の小型飛行船が着陸していた。例の爆撃機タイプだが、かなり小さい。浮体の直径8メートル、全長25メートルほど。
俺が実際に視認した限りでは、セロの飛行船としては最も小型だ。
ヒトの装甲車を見て、青服は激しく動き始める。
飛行船が急速に浮揚していく。青服はまったりしていたわけではなく、兵は完全装備の状態だ。
すぐに戦列を作り始める。彼我の距離8000メートルでは、ヒト側も攻撃手段がない。
16輌が路外に出て東に進み、横隊を作る終えた青服も呼応するように4つの戦列をヒトに向けて前進させる。
明らかにヒトとの戦列歩兵戦を企図している。
俺は「微速前進」を命じた。
16輌は丈が30センチから50センチの草をかき分けるように、ゆっくりと彼我の間合いを詰めていく。
青服の戦列は、我々の銃に相当する武器を腰だめに構えて、同一歩調で確実に前進してくる。
野砲型ロケット砲は、ウマで牽引されて、戦列と我々の中間あたりに配置された。
ヒトによる18世紀の戦列歩兵戦は、砲兵が鉄製球形砲弾や霰弾を敵の戦列に発射しながら、戦列歩兵が間合いを詰めていき、距離100メートル前後で彼我ともに一斉射撃を行った。
赤服も似たような戦術を使った。ヒトと赤服の戦いは、終始、ヒト側の防戦だった。人が街に立て籠もり、それを赤服が攻める。
大規模部隊での遭遇戦は俺が知る限りない。
だから、ヒトとセロの大規模な歩兵戦は生起していない。
遙か西の森を迂回して、4輌の重機関銃搭載小型四駆が姿を現す。
戦車対戦列歩兵の戦い前の奇妙な儀式を、停止して見ている。
ノイリン製新型戦車の砲塔ハッチから、金沢壮一が上半身を出している。まるで、第二次世界大戦初期の戦車兵のようだ。
金沢壮一を真似ているのだろう、砲塔付きの装甲車輌の乗員は、砲塔から上半身を出している。
その一方、操縦手は車体の中にどっぷりと籠もっている。
金沢壮一は戦列歩兵の徴発に乗ってはいない。青服に調子を合わせているだけだ。
俺は無線で伝える。
「距離500まで接近したら、全員車内へ。距離300で全車発射」
ストーマーは5人が乗車。戦車は定員の3。装甲兵員輸送車は4。装甲貨物輸送車は6。
農業班の装甲貨物輸送車は無蓋なので、防御力強化のため、天井に鉄板を貼ってきた。時間が不足で、かなりいい加減な工作だ。
運転席後方の12.7ミリ重機関銃には、防盾が取り付けられていて、荷台前部右側、エンジンルーム後方と荷台後部左右に防盾付きMG3機関銃が増備されている。
作業車輌なので無線を搭載しておらず、今回の任務のためにトランシーバーを積み込み、無線担当も乗せた。
青服の戦列歩兵は、腰だめで“銃”を突き出し、全兵が同一の速度で真っ直ぐに向かってくる。青いジャケット、白いシャツ、濃いグレーのズボン、飾り羽の付いた黒い山高帽風の軍帽を被る。
彼らの着衣は、西ユーラシアの我々と比べたら、はるかに上質だ。
派手な軍服は、明確に威嚇色だ。軍服は、この部隊特有のデザインであり、配色。赤服もそうだが、ジャケットの色を除けば、部隊ごと、指揮官ごとに軍装は異なる。
赤服と青服は、軍の制度がかなり違うようだが、基本は半分国軍、半分指揮官の私兵だ。下級将校・下士官・兵は、国家よりも指揮官に忠誠を誓っている。
中世の軍隊と同じだ。指揮官を殺せば、自動的に瓦解する。
俺は砲塔の後に身を隠し、双眼鏡で白馬のお姫様を探す。このお姫様を仕留めれば、我々の勝利だ。セロに撤退を促す、動機になる。
ストーマーの主砲は最大射程6000メートルある。射程内に入れば、連続して榴弾を発射する。砲手と装填手とは、そう打ち合わせている。
お姫様が見つからない。戦列の背後を丹念に調べるが、お姫様はおろか、幕僚の姿さえ見えない。
必ず、近くに指揮の中枢があるはずだが、それを発見できない。
いったん姿を消していた小型飛行船が、急速に浮揚し、高度150メートル付近で静止する。
過去に目撃されてきた飛行船とは異なり、機体の前後左右に計4基のプロペラが付いている。ブレード数は2。前後左右に機動できるようだ。目視の限り、旋回も早い。
地上に何かを落とす、吹き流しのような布を付けている。
俺にはすぐにわかった。
通信筒だ。
1930年代中頃まで、ヒトも使っていた。
飛行船が司令の中枢なのだ。
飛行船の浮体左右中央に、タカの紋章が描かれている。国籍標識よりも大きい。
白馬のお姫様の私有兵器ということだ。
俺たちには、攻撃する手段がない。
俺は以前、ララから聞いた話を思い出していた。
「私たちのオルリクは、背面飛行をすると不意自転に陥りやすく、きりもみになると回復しないのです。
それに、胴体後部の強度が足りなくて、高いGのかかる機動をすると、もぎ取れちゃう危険もあって……。
それに、直進安定性も悪くて……」
俺は驚いて問うた。
「真っ直ぐ、飛べないの?」
ララが頷いた。
「水上機は?」
「フロートを取り付けるので、大幅に改造されたから……。
2機だけだし……。
方向安定性は、機体上下にフィンを追加して、どうにかなったんです。
そのフィンは機体尾部の補強材にもなっていて……。
フロートの重量もあるけれど、すごく重い機体に……」
ノイリンは、ろくに飛べない機体を8機も送り込んできたわけだ。
現在は、同系である西地区のボナンザを飛ばし続けるための部品取りに使い始めている。
航空支援を要請しても、飛ばせる飛行機がない!
白馬のお姫様の御座船〈ござぶね〉を撃墜する手段がない!
俺の怒りは、ブロウス・コーネインに向かい始めていた。しかし、本来は俺が負うべき問題だ。
あれを、どうやって、落とせばいいのだ!
半田千早は、200万年前には肩に担いで発射できる対空ミサイルがあったことをトショカンで知った。
同じものが作れないか、須崎金吾に相談したことがある。
回答は、「作るだけなら、できるけど、整備や維持、運用を考えると現実的ではないかな。セロの飛行船を落とすなら、RPGの射程を劇的に伸ばすほうが現実的だよ。近接信管を取り付けて、射高最大1500メートルくらい飛ばせれば、携帯対空兵器として使えるかも」だった。
半田千早はその後、相馬悠人にRPG-7の射程延長を相談している。
須崎金吾と相馬悠人は、ともに半田千早の発想を有効かもしれないと判断し、細々とだが研究を重ねてきた。
その成果が、金沢壮一によって、半田千早の手に届けられていた。
「最大射程3500メートル、最大射高2500メートル、有効高度1000メートル。この高度以下を低速で飛行する目標に対して有効な対空兵器だ。
バックブラストが激しいから、敵に見つかりやすい。撃ったらすぐに逃げろ。
無誘導の撃ちっぱなし弾だから、走って逃げるんだ。発射機は捨てていいからね。
弾頭は浮体に損害を与えられるように、サーモバリック弾(気体爆薬)だ。
真下から撃ってはダメだ。必ず距離をとること。
信管は電波ではなく、赤外線だ。セロの飛行船は電波を吸収しやすいから、須崎くんが工夫してくれた。
3発しかないから、大事に使うんだよ」
半田千早は、金沢壮一の説明に「うん」とだけ答えた。
半田千早は、20ミリ機関砲搭載のストーマーに乗っていた。
そして、特製対空弾頭を装着したRPG-7を準備する。
車内からは撃てないので、車外に出るしかないが、敵の戦列歩兵がいるただ中での下車を意味している。
それは自殺行為だ。
どうすればいいか、考えた。
車体の上に立ち、発射する。
それしかない。
半田千早が乗員に提案する。
「私たちで、あの飛行船を落とそう。
20ミリ機関砲と対空ロケットがあるから、きっと落とせるよ」
若い車長が応じた。
「よし、突撃命令が出たら、飛行船に向かって突っ走るぞ!」
敵部隊の司令部、頭が潰せないなら、身体を殴るしかない。手足をもぎ取り、胴体を踏みつける。
そういう戦い方しかない。
だが、それではヒト側に損害が出る。
泥臭い戦い方では、戦死者が出る。
それでは、セロの勝利となる。
だが、俺には、それ以外の選択肢がなかった。
彼我の距離500メートルを切る。砲塔から上半身を出していた隊員が、一斉に車内に身体を入れ、ハッチを閉める。
違う行動をしている車輌があることを、俺は知らない。20ミリ機関砲搭載ストーマー1輌は、砲塔のハッチを閉めたが、兵員室のハッチを開けた。
半田千早は、とてつもなく長い弾頭を取り付けたRPG-7を抱えて、立ち上がった。
距離300メートルを切る。
全車に時速5キロの“徐行”から、停止を命じる。我々の装甲車輌は、基本的に走行間射撃ができないからだ。
90ミリ砲搭載車、76.2ミリ砲搭載車、20ミリ機関砲搭載車、12.7ミリ重機関銃搭載車、7.62ミリ機関銃搭載車、そのすべてが一斉に発射を始める。
青服の兵士は戦列を崩し、突撃を開始する。
その行動は、当初の予定通りなのか、それとも自己防衛本能からくる自然な行動なのか、それはわからない。
将校は剣をを抜き、下士官は短銃を向け、歩兵は駆け足で突撃してくる。
正当な戦列歩兵戦ではない。
彼我の距離が急速に縮まる。
俺は「全車突撃」を命じた。
16輌の装甲車輌と1000体の歩兵による乱戦が始まる。
見物をしていた4輌の機関銃搭載軽四駆が、青服の右翼を攻撃し始める。
密閉装甲ではない農業班の装甲貨物輸送車が突撃命令と同時に後退する。
これは、当初の予定通りだ。装甲貨物輸送車と軽四駆隊が合流し、青服の外縁部を高速で走行しながら銃撃する。
これは予定外だ。
もう1輌、予定外の行動を始めたストーマーがある。
半田千早が乗る、20ミリ機関砲搭載車だ。
各車は相互に連携して防護し、青服の中央を突破する作戦だったが、我々の最右翼、最も西に配置していたストーマーが青服の飛行船に突進していく。
20ミリでは、飛行船は落とせないし、飛行船は森の上にいる。
無謀な突撃を開始したストーマーは、森に進路を塞がれ、青服に包囲されてしまう可能性が高い。
俺は半田千早の救出に向かいたい衝動が抑えられないが、それをすれば部隊の全滅さえあり得る。
衝動と理性は、冷酷な理性が勝っていた。俺は半田千早の死を受け入れていた。
半田千早には作戦があった。
「相対距離2500まで迫ったら、急停止。機関砲を撃ちまくって!」
体格のいいヴルマンの若者は、小柄な半田千早を軽々と車体の上に上げた。
砲塔と開いた兵員室ハッチに身を隠すように蹲っている半田千早に、RPG-7が渡される。
半田千早がRPG-7を担いで立ち上がる。
兵員室のハッチから頭を出したヴルマンの若者が自動小銃を撃ちまくる。
凄まじいバックブラストがストーマーの車体左側面に沿って、地面に噴射される。
接近していた複数の青服が吹き飛ばされる。
半田千早は発射と同時に車内に飛び降り、ヴルマンの若者が素早く兵員室のハッチを閉める。
ほぼ同時にストーマーは、不整地をあり得ない速度で疾走する。
俺は、砲塔に取り付けた全天周カメラの映像を見ていた。
通常より倍近く長いRPG-7の弾頭が、無反動砲によって発射され、ロケットに点火されたが、そこからが通常とは違っていた。
ロケットの燃焼は3秒以上続き、加速した状態で飛行船の浮体前部に命中した。
半田千早は、車内に飛び降りた際、一瞬、飛行船を見上げた。
そのとき、飛行船からの視線を感じた。
同時にヒトに対する禍々しいほどの嫌悪が伝わり、悪寒を感じた。
飛行船に命中したサーモバリック弾は、爆風と高熱によって浮力を与えている比熱容量の大きいヘリウムを急激に膨張させ、浮体を内部から爆発させるように破壊した。
低空にいたことと、わずかに浮力を保っていたことから、墜落は免れたが、ハードな不時着となった。
飛行船は森に落ちた。
俺は全車に「離脱、後退」を命じた。
2次防衛線の内側まで後退し、全車の報告を受ける。戦死者はいないが、軽四駆隊と装甲貨物輸送車の乗員に負傷者がいた。
俺は半田千早を叱りたかったが、やめた。ヴルマンやフルギアが彼女を英雄視しているし、口を開いたら俺はただの父親になってしまう。
金沢壮一が全体から離れ、機関銃を載せた軽四駆を見ている。
どの車輌も彼が班長を務める車輌班が作ったものだ。
俺が各車輌の車長に次の攻撃を説明していると、彼は歩み寄り唐突にまったく無関係な発言をした。
「西アフリカは、西ユーラシアと違って泥濘はないんだね。
地面は概ね乾燥しているし、起伏も少ない。
ということは、装軌車よりも装輪車がいい。燃費がいいから、行動距離も伸びる。
四駆に機関銃を搭載しただけで、効果のある兵器になっているし……。
だけど、装甲がないとね。
今回も負傷者が出てしまった……。
ノイリンに戻ったら、4輪の装甲車をすぐに設計して、こっちに送るよ。
軽装甲でいいと思う。
青服の野砲擬きは、一発もあたらなかったし……」
俺は呆気にとられたが、この空気を読まない傾向は、相馬悠人や須崎金吾にもある。ある意味、慣れている。
で、質問してみた。
「FV721フォックスみたいな……」
「あぁ、その系統。
コベントリーやダイムラー装甲車の系統だね。
西ユーラシアでは、街を拠点にした陣地戦がほとんどだけど、西アフリカは機動戦が主になる。
そのことがよくわかった。
由加さんやベルタさんが大好きな、戦車はいらないね。
俺は、負傷者と一緒にバンジェル島に戻るよ。そして、できるだけ早くノイリンに向かう……。
俺は、そのほうが役に立つ……」
そういって、金沢壮一は負傷者を後送する軽四駆に乗り、唐突に去った。
唐突に現れたときと同じように……。
俺は半田千早に問うた。
「対空ロケットは、残り何発あるんだ?」
「2発だよ」
「無駄に使うな」
「わかってるよ。
養父〈とう〉さん」
「ほかに報告することは?」
「別にないけど……」
「けど?」
「……。
どうしようかな」
「何だ?」
「……。
飛行船を落としたときだけど……。
何だかわからないんだけど、すごい憎しみというか、恐いものを感じた。
女の子の視線も……」
「女の子?」
「うん」
「ヒトのか?」
「わからないけど、違うと思う」
「なぜ、違うと思う?」
「ヒトを、ヒト全体を蔑んでいる……。
違うかな。
ヒトが存在していること自体が、気に入らないって……」
「感じたのか?」
「うん。
私、へんかな?」
「いいや。
ヒトの悪意は、ヒトなら感じる。
何となくだけどね。
セロはヒトとは異なる個体間の感応があるらしい。
完全ではないらしいが、個体すべてが同時に同じことを感じたり、考えを共有したりするんだ。
千早は、それを感じ取ったのかもしれない」
同様の感覚に襲われた若者が複数いた。ヒト的な表現だと、強い怨念だろうか。
青服の動向を探るため、軽四駆隊が南に向かう。
無線での連絡によれば、1次防衛線北側を確保し、主力は川の南側に集結している。
飛行船の姿はない。
俺には、青服が飛行船を全面的に投入してこない理由がわからなかった。
半田千早を含めて、複数が異様な怨念らしきものを感じたことから、部隊内に動揺が広がる。迷信深いヴルマンやフルギアがあれこれと憶測を巡らす。
そんな状況では、無闇に動けない。また、青服が動かないなら、こちらも動く理由がない。
俺は、待つことに決めた。
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それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
蒼穹の裏方
Flight_kj
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日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
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レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
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※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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