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第4章
第111話 逃避行
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水が不足している。川は近いが赤く濁っており、飲用は躊躇われる。濾過機はないし、澄んだ湧水もない。食料は3人で3日分が正規の量。4人ならば食いつないでも4日分。
燃料は、爆撃された際に右側面に取り付けていたジェリカン2缶に破片があたった。少しは回収したが、30リットル失った。車体の燃料タンクだけで、整地ならば行動距離500キロある。が、河口までの実走行距離を不整地500キロとすれば、実質足りない。車体左側のジェリカン1缶では不足を補えない。
もっと西に進んでから、無線で救援を呼ぼう。100キロ走れる燃料を残して……。
半田千早たちは日没の直前、西に向けて移動を開始する。
イロナは、武装トラックの追撃を受けていた。森のなかを走り抜け、引き離しているが、草原に出れば追いつかれる。草原は広く、起伏は少なく、地面には亀裂などの走行を阻害する障害がほとんどない。
この状況において、走る、という行為に関する限り、4輪駆動小型トラックに対する戦車の優位性は欠片もない。
スカニア戦車は、南に向かっているが、戦車では武装トラックの追撃を振り切れない。
イロナは、待ち伏せ攻撃を企図した。
草原は東西南北に広がり、スカニア戦車の進行方向である南に密度のある独立した小さな森がある。
イロナたちは、森の北縁に凹みを見つける。森の外縁はほぼ真円だが、そこだけ凹んでいて、地面が露出している。
森が凹んでいる場所に、履帯を埋めるだけの2本の戦車壕を掘る。道具はスコップとツルハシ1本ずつ。1人がスコップ、1人がツルハシ、もう1人がナイフで擬装用の草を刈る。
戦車を2条の戦車壕に入れ、枯れ草を砲塔と車体に縛り付け、擬装する。
そして待った。
獲物を狙うネコ科動物のように。
砲塔の旋回俯仰は手動なので、エンジンが停止していても動かせる。
車長用のハッチを開け、ピントル銃架に7.62×51ミリ機関銃を据える。ベルト給弾のMG3だ。
3時間待った。
何もない。
見かけたのは、ガゼルの群と単独のクルロタルシ類だけだ。
イロナがインカムにいう。
「おかしい。静かすぎる。動物はもっと多いはず……」
砲手を務めるクマンのトウガンがいう。トウガンは、すでに白魔族の戦車3輌を仕留めている。
「恐ろしい捕食獣がいる……」
操縦手のギャエルが答える。彼はヴルマンだ。操縦はあまり上手くないが、慎重で確実だ。
「捕食者かもしれない……。
必ず来る。
木登りが上手なんだ。子供の頃から……」
イロナが窘める。
「その考えは上策ではないな。
発見される確率も高くなる」
ギャエルが答える。
「木に登る必要はないみたいだ。
来たよ。
振動が伝わってくる」
北から4輌のトラックが南下してくる。イロナたちを襲った武装トラックと同型だ。
太陽は西に傾いている。
イロナは双眼鏡で観察する。荷台に円盤弾倉を装着した機関銃を装備している。荷台には3人か4人乗っている。機関銃手を含めて、全員がライフルを携帯している。
イロナが命じる。
「できるだけ引き付ける」
4輌の武装トラックは、幅300メートルほどに広がって、横隊で近付いてくる。
イロナの目論見は、やや外れた。草原の中央を走る武装トラックが停止すると、他の3輌もつられて止まる。
距離500メートル。
イロナは静かに「撃て」といった。
トウガンはスカニア戦車から見て、右から順番に撃っていく。イロナは47ミリの榴弾を連続して装填する。
最初の装甲トラックは初弾で撃破。2輌目はUターンしようとした側面に至近弾。3輌目は急速後進中を直撃。4輌目の初弾は外した。
イロナは、4輌目を見逃すつもりはなかった。放置すれば、仲間を呼び寄せ追ってくる。
スカニア戦車は、履帯を埋めるだけの戦車壕から抜け出て、車体全体を草原に現し、後退していく4輌目を狙う。
すでに、彼我の距離は1500メートルに開いていたが、トウガンは慎重に狙い、発射。
撃破する。
スカニア戦車は、破壊した正体不明の車輌に向かう。
2輌目には生存者がいて、発砲してくる。これを同軸機関銃で排除。
4輌目にも生存者がいた。こちらは、火炎瓶攻撃を仕掛けてきた。
イロナが砲塔上から機関銃で、阻止した。火炎瓶が砕け、攻撃者が炎に包まれる。無言で数秒間足掻き続け、俯せに倒れたあとも動いている。
イロナがいう。
「帰ろう」
ギャエルは無言で、南西に進路をとる。
ヘグランド装甲車は、ガンビア川南岸に広がる湿地を通り抜け、追撃を振り切っていた。車体右側にある銃塔は、左側からの攻撃に対して的確な反撃ができなかった。
この弱点を突かれ、湿地に逃げ込むまでに3輌に15分ほど追撃された。
この攻撃で、荷台に乗っていた5人のうち2人が死亡する。
ヘグランド装甲車が湿地を抜け、停止し、マルユッカが荷台に登った時点で、2人は死んでいた。
3人が泣き、2人の名前を呼んでいる。
乾いた土がむき出しの場所を探し、毛布にくるんで2人を同じ穴に埋める。
追撃が継続している可能性があるが、深い穴を掘って丁重に埋葬する。
ヘグランド装甲車には、燃料が十分にある。
マルユッカは、真西には向かわず、やや南寄りの進路を選ぶ。
アフリカ深部の事情を知るであろう、5人のヒトをバンジェル島に連れ帰るためだ。マルユッカは貴重な情報源を、グスタフに渡す気などさらさらなかった。
半田千早たちは、5キロ西進し、ガンビア川の南北両岸とも平坦な場所を見つける。
ここで浮航して、北岸に渡った。
北岸に渡った彼女たちは、川の水をバケツですくい、それを流してタイヤ痕を消す。
バギーが川に落ちたように擬装したのだ。
そして、3キロ東に移動し、深いブッシュと窪地を見つけて、そこに潜んだ。車体にも枯れ草を被せて、上空から見えないよう擬装した。
近くに、きれいな湧水がある。水の補給ができる。
半田千早が再度提案する。
「北岸を西に進もう。
進めるだけ進んで、バンジェル島に支援を要請する……。
どう?」
少しの時間が経過し、王女パウラが反対する。
「私は王族なので、グスタフについては幻想みたいなものは持ってないの。
もし、グスタフがガンビア川の遡上を許さなかったら……。
私たちがグスタフの“捕虜”になったら?」
ミエリキが即答する。
「バンジェル島は困るよ。
グスタフとは敵対してはいないけど、同盟関係でもないんだから……。
私たちが、何かの取り引きの材料に使われるかもしれない。
例えば、武器の供与とか……。
身代金だって、ありえるよ」
半田千早は、王女パウラの考えにやや不満があった。それならば、対案を示してよ、といいたかった。
ミエリキが続ける。
「さっき、地図を確認したんだ。
ここから、カザマンス川の源流まで100キロ。
南西に走っていけば、カザマンス川に行き着ける。カザマンス川の川幅が広がる地点までは、160キロか170キロ。
この川はバンジェル島の勢力圏だから、西に向かって下っていけば、パトロールの臨時拠点とか、物資の集積所とか、あるかもしれない。あるって、聞いているし……。
こっちのほうが、よくない?」
王女パウラが賛成する。
「カザマンス川ならば、グスタフの勢力圏外ね。
彼らは、ガンビア川の河口南岸と北岸以北を確保しているから……」
半田千早も賛成しかけているが、あえて懸念を口にする。
「だけど……。
カザマンス川周辺まで水はないし、襲ってきたヒトたちがまだいるかもしれない」
王女パウラがいう。
「1日に80キロ移動できるとして、2日あればカザマンス川にたどり着けるね。
水は2日分。
弾薬はたっぷりあるから、十分戦える」
ミエリキが頷く。
半田千早も賛成する。
「南西に向かおう。
これから水を補給し、MG3の弾帯に弾を差し込む。
準備ができたら出発。
オルカには、燃料が足りないから味方の拠点がある南西に進むと伝えるよ」
少女は、泣きながら1人で草原を走っていた。隣にいた男の子が、「広がって走れ」といった。固まって走れば、獲物にされるだけだ。散らばれば、生き残れる可能性が少しは高まる。
王女パウラは、助手席上のハッチを開け、北を観察している。東に森、北西に森、北と西が草原。
半田千早とオルカは、水を補給しに小さな湧水池にいる。水は澄んでおり、かつ冷たい。動物のように、口を直接池につけて飲んだ。
白く塗装されたジェリカンと全員分の水筒に水を汲み、300メートル運べば、仕事が終わる。
2人には、かなりの重労働だ。
ミエリキは、後部ハッチを開け、荷室に座り、足をだらりとさせながら、MG3の非分離型金属弾帯に7.62×51ミリNATO弾を差し込んでいく。
これが最後の弾帯だ。
王女パウラは、双眼鏡越しに動くものを見つける。彼女たちを襲った武装トラックと同型のピックアップ、そして彼女たちの車輌と大差ない大きさの小型車。
どちらも、フルオープンだ。
距離は3000メートルほど。
十分にやり過ごせる。
王女パウラがミエリキに告げる。
「あのヒトたちだ!」
ミエリキは最後の1発を差し込むと、弾帯を首にかけて、車体の右側面に移動する。
遠いが、車輌が1見える。
「1輌?」
「ううん。小型が1輌別にいるよ」
「チハヤは?」
王女パウラは答えなかった。
半田千早とオルカは、救世主の車輌とされる2輌にまったく気付いていなかった。
水を汲み終わり、タオルで顔を拭き、フーッとため息をついたところだ。
バーン、という銃声が周囲の森に反響する。
オルカが背負った銃を構え、それを指差す。半田千早は瞬時に理解した。その銃の銃声なのだ。
2人は身をかがめ、2人でジェリカンを持ち、バギーに向かって走る。
銃声の発生源が近くか遠くか、森に反響したことからまったくわからない。
夢中で走る。
ミエリキがRPK軽機関銃を草が揺れる方向に構える。
助手席上ハッチから頭を出していた王女パウラが、「チハヤだよ」とミエリキにいう。ミエリキが力を抜く様子を、王女パウラが確認する。
半田千早が小声でいう。
「銃声だ」
ミエリキが答える。
「聞こえたよ!」
王女パウラは信じられない情景を見ていた。
幼い子供を抱いた女性が、草の丈が低い一帯に達し、逃げ場を失い、立ち尽くしている。
そこに、ジープに似た小型車が追いつく。
この草原に似合わない華美な服装の女性が、幼い子供と女性に銃口を向ける。
撃った。
銃声が響く。
女性が倒れる。
子供が棒立ちになっている。
その子供も撃った。
女性の表情はわからないが、後席横に座る人物に話しかける。その様子が楽しげに見えた。
ジープ似の車輌が前進する。
男は動かず、身を伏せていた。反撃をしたくても武器はない。
ならば、この草の丈を利用して、隠れることが上策だ。それと、心は折れていない。戦う意思を十分に残している。
少女は走った。南に向かっている。その場から逃げたい気持ちが強いが、黙って殺されるつもりもない。泣いてはいても、闘争心は残っている。
王女パウラは判断できなかった。
「女のヒトと女の子が撃たれた」
ミエリキが問う。
「他にもいるの?」
王女パウラが頷く。
半田千早が尋ねる。
「どうする?」
王女パウラが「助けたいけど……」といい淀む。
ミエリキが「助けるよ!」といい、半田千早が運転席に乗り込む。
ドアを閉める瞬間、呆然としているオルカに半田千早がいう。
「オルカ、乗って!」
オルカは後部ハッチから乗り込み、ミエリキがハッチを閉める。
少女は、彼女の南側で草むらが盛り上がり、その草むらが走り出したことに恐怖を感じて、立ち止まった。
彼女の真横を草むらが通り過ぎる。
それは、見たことのない形のクルマだった。
草が高すぎて、半田千早にはパワーワゴン似のピックアップしか見えていない。
それに向かって突進していく。
武装しているピックアップは、急速に接近してくる“草むら”の視認が遅れた。
そもそも周囲を監視していなかった。遊びの真っ最中で、自分たち以上に危険な存在がいるなどとは考えてもいなかった。
自分たちが、この草原における最強の存在であると信じていた。
ミエリキは距離200メートルでMG3を発射する。荷台の4人を制圧。さらに接近して、運転席にも銃撃を加える。
バギーは、破壊したピックアップから離れれ止まる。
小型車が戻ってくる。
王女パウラは助手席から飛び出し、後部ハッチを開け、RPG-7対戦車擲弾発射機を取り出す。
車体前に回り、車体フロントを踏み台にして、ルーフに駆け上る。
ルーフ上で立ち上がり、RPG-7を肩に担ぐ。
150メートルまで接近していた小型車が停止する。停止の目的は、ルーフ上に立ち上がっている王女パウラを撃つためだ。
だが、王女パウラのほうが早かった。
クルップ式無反動砲で発射された弾頭は、発射後数秒でロケットに点火、爆炎を引いて小型車に向かって飛ぶ。
華美な服装をした女だけが生きていた。もう1人生きていたが、すぐに死んだ。
女の年齢は、半田千早たちよりも少し上らしい。その服装は、19世紀末頃のヨーロッパ貴婦人のようだ。踝を完全に隠す長いスカートを穿いている。
少女は、小型車輌が爆発して宙に舞う様子を見ていた。
本能はその場から立ち去ることを指示しているが、理性はその場に身を潜めるべきと告げている。
少女は、本能にも理性にも従わなかった。好奇心は、なぜ車輌が爆発したのか、草むらに立っているヒトは何者なのか、それを知りたがっている。
ミエリキは、白いシャツ、赤いベスト、グレーのロングスカート、グレーのジャケットを着た気絶している女を見下ろしている。
鳥の羽が付いたグレーの帽子が落ちている。上質な服装だ。西ユーラシアでは、決して見ることができないほど。
王女パウラは、殺された女性と女の子を確認しに半田千早とその方向に向かう。
女性は胸を、子供は顔を撃たれていた。
掘りにくい地面を掘り、2人を同じ穴に埋葬する。それだけで1時間を要した。
少女は草むらから爆発した小型車輌を見ていた。武器を持った3人がいる。
1人には見覚えがある。西を目指して出発した5グループのうちの1人だ。
名前は知らない。
ミエリキは、王女パウラに「トラックを見てくる」と告げる。燃料があれば回収するつもりだった。
オルカは半田千早がバギーから降りると、駆け寄り話しかけた。
「あの女は、救世主の貴族の娘だ。
ここでヒト狩りをしていたんだ」
「ヒト狩り?」
「救世主の貴族は、湖の西岸や東岸からヒトを攫ってはヒト狩りをするんだ。
そう聞いている」
「何のために?」
「遊びで……」
「……!」
半田千早は驚いた。オルカの話が続く。
「貴族は、ヒト狩りが大好きと聞いた。
私の村は、戦わずに降伏した。
戦っても勝てないから……。
そのとき、鎧を着たエリザベス・モールバラを見た。モールバラ公爵家の娘だと聞いた。
そのときは、穀物の大半が奪われ、何人かが連れ去られた。
連れ去られたヒトは、ヒト狩りの獲物になった。
逃げ切ったヒトがいるんだ。
エリザベス・モールバラに追われたといっていた」
半田千早が尋ねる。
「その村は、どうなったの?」
オルカが考える。
「いまは、占領されている」
半田千早は、増える疑問に抗えなかった。
「誰に?」
オルカは答えを躊躇った。
「救世主に……」
草むらに潜む少女には、オルカの話が聞こえていた。彼女には、救世主の恐ろしさを知らないヒトがいることが信じられなかった。
しかも、救世主の軍で最強といわれるモールバラ公爵軍を、躊躇いなく攻撃したのだ。普通は、見て見ぬ振りをする。それが、強いものと弱いものの関係だ。
創造主に命じられたものを作り、創造主から食料を与えられ、それを救世主に奪われる。
それでも生きていく。
それが、創造主に支配されている人々の本来の生活だ。
少女は、村の苦境を打開するため、はるか西方にいるという正義のヒト、グスタフに会いに行く計画自体、間違いだったと考えている。
誰も助けてはくれない。
体内から抑えようのない怒りが湧いてくる。それが原因で動いてしまった。
王女パウラが無言でAK-47アサルトライフルの銃口を草むらに向ける。
「姿を現せ!」
半田千早、ミエリキ、オルカも銃を構える。
少女はこの時、初めて、グスタフに会いに行く別グループの少女が武装解除されていないことに気付く。
理由は2つ、このヒトたちが敵でないか、別グループの少女が裏切ったか。
もし裏切ったなら、モールバラ公爵の軍を攻撃するだろうか?
あり得ない。
その損得勘定を一瞬で行い、草むらから立ち上がる。
頭だけが草の上に出る。
オルカが問いかける。
「あなた……」
少女が答える。
「Bグループのムリネ……」
オルカも名乗る。
「私はEグループのオルカよ」
王女パウラが水筒を渡すと、ムリネはすごい勢いで飲み始める。
そして、話し始める。
「私、もっと東でつかまっちゃった。
Dグループのヒトたちもいたけど、3人だけだった。他は殺されたんだと思う。
Dグループのヒトたちは、Aグループの全員の死体を見たって……。
私たちは、モールバラの娘の獲物にされた。
男の人、女の子と私たちと同じくらいの女のヒトもいた。Cグループのヒト……」
オルカが呟く。
「5グループ、40人、私たちを除いて、全滅した……」
ムリネが答える。
「あなたがEグループだから、結局……。
Eグループはどうなったの?」
オルカが答える。
「この人たちに助けられたの……。
でも、救世主の戦闘機に追われてバラバラになちゃった」
ムリネが尋ねる。
「このヒトたちは誰なの?」
オルカが下を向く。
「わからない……。
グスタフを知っているらしいけど、グスタフじゃない」
半田千早は、2人の話の8割を理解していた。そして名乗った。
「私は、ノイリンのチハヤ。
彼女は、クマン第4王女パウラ。
ここにいないけど、もう1人はヴルマンのミエリキ。
私たちは、あなたたちが創造主と呼ぶオークを調べるために、西からやって来た」
ミエリキが戻ってきた。
「この子は?」
半田千早が答える。
「ムリネ。ヒト狩りの獲物にされたんだって」
ミエリキがムリネに手を差し出す。
「私はミエリキ。よろしくね」
ムリネはぎこちなく握手する。
それにミエリキが反応する。
「異教徒風だね」
王女パウラが尋ねる。
「それ、持ってきたの?」
ミエリキは「そう、これカンガブルの機関銃と同型だよね」と確認を求め、半田千早が「ルイス軽機だね。どう見ても」と答える。
ミエリキが肩に担ぐルイス軽機を降ろす。
「カンガブル製?」と半田千早に尋ねる。半田千早は弾倉を外して、裏返す。
「違う……。
弾が.303ブリティッシュ。
この弾は西ユーラシアでは作られていない。
北の街のいくつかが、モーゼルの7.92ミリ弾を使っているけど、7.7ミリの製造は聞いたことがない……。
カンガブルやシェプニノとは無関係だと思う」
ミエリキが屈託なくいう。
「持って帰ろう。
調べれば、何かわかるかも……。
あっ、それとディーゼルはなかったよ。
ガソリンだった」
倒れている女をミエリキが蹴って起こす。
女が頭を抑えて、起き上がる。
半田千早たちを見て驚く。
「無礼者、私はモールバラ公爵家のエリザベスぞ!」
それを半田千早が通訳すると、ミエリキが腹を抱えて笑う。
エリザベスは、よろけながらも立ち上がる。
「私を助ければ、褒美を与えよう」
それも通訳する。
ミエリキの笑いが止まらない。
王女パウラがRPK軽機関銃のコッキングボルトを引く。その行為が装弾であることは、エリザベスにもわかったようだ。
半田千早が王女パウラを止める。
「パウラやめよう。
弾がもったいない。
あれが片付けてくれる」
ゆっくりと、体長5メートルに達する二足歩行のクルロタルシ類が近寄ってくる。
ミエリキが半田千早に通訳しろと要求してから、エリザベスに話しかける。
「あのワニは、ヒトを食う。
獲物になる気分を味わいな。
何とか公爵家のお姫様……」
それを半田千早が通訳し、つけ加える。
「向こうにトラックがある。
必死に走って、トラックにたどり着ければ、助かるかもしれない」
ミエリキが、オルカとムリネを後部ハッチに押し込む。
半田千早が運転席に、王女パウラが助手席に座る。
ミエリキは、後部ハッチを開けたまま床に座る。
「いいよ」と声をかけると、バギーは発進する。
ミエリキが取り残されたモールバラ公爵家令嬢に手を振る。
エリザベスは、呆然と立ち尽くす。
彼女の背後から近付いたクルロタルシ類は、エリザベスの頭から胸にかけて、口のなかに入れる。
エリザベスの足が宙に浮く。そして足をばたつかせる。
ミエリキは後部ハッチを閉め、車体上部の銃塔を回す。
そして、1発だけ発射する。
7.62ミリの徹甲弾は、クルロタルシ類の頭部に命中し、肉食の爬虫類はヒトを咥えたままバタリと地面に崩れ落ちた。
帰還予定日を過ぎても、マルユッカ隊は戻らない。
だが、状況はわかっていた。
ヘグランド装甲車は、カザマンス川を渡り、バンジェル島の対岸に向かって進んでいる。残りの走行距離は200キロほど。
バンジェル島は、内湾のように巨大なジェバ川の河口を塞ぐような位置にあるが、ジェバ川の上流200キロに達し、ここで燃料と物資の補給を待っている。
バギーは、カザマンス川の上流520キロ付近にいる。
情報は錯綜しているが、アフリカ中央部のヒトの街の武装集団に追われているらしい。
追撃は執拗で、逃れるために移動していて、結果としてさらに内陸へと入り込んでしまった。
カザマンス川の畔で、テンパータイヤがパンク。身動きできなくなっている。
正規の食糧は完全につき、西アフリカの“森の恵み”でどうにか凌いでいる。
武器・弾薬と水はある。
燃料は、100キロほど行動できる量が残っているだけ。
半田千早、ミエリキ、王女パウラの他に、女性が2いるらしい。
3人はかなりおもしろがっているが、危険な状態であることに変わりはない。
バギーには浮航能力があるが、ごく短距離を想定したもので、ビルジポンプはなく、数百キロを航行するなど不可能。
救出作戦が立案されているが、カザマンス川を艀で遡上する以外、具体的な策はない。時速7ノット程度の艀では、1日半もかかる。それにカザマンス川の上流は、船の航行が無理なほどの浅瀬が多い。
艀による救出では、たどり着くまで何日かかるかわからない。陸路も同じ。ヘリコプターでは、航続距離が足りない。
城島由加は平静を装っているが、半田千早を狂わんばかりに心配している。
司令部には誰もいない。古い石の家屋を修復して、ようやくテントから司令部を移したばかりだ。
その司令部に城島由加と俺だけがいる。
城島由加がいう。
「隼人さん、何とかして。ちーちゃんを助けて!」
それは司令官の発言ではなかった。単なる母親の発言だった。
彼女もそのつもりだったろう。
だが、俺はバンジェル島を管轄する司令官の正式な命令と受け取った。
俺には策があった。
そして準備は整っている。
イサイアスが尋ねる。
「親父、こんなちゃちな台でいいのか?」
「あぁ、このパレットが壊れることで、衝撃を吸収するんだ」
「荷が散らばるぞ」
「ネットでくるんでいるから、それほど散らばらないよ」
「燃料缶を小分けする理由は?
ドラム缶1本、ドーンと送ったら?」
「200リットル送られても困るだろう。
ジェリカン5缶のうち、3缶無事なら御の字だ。ジェリカンを入れる木箱には、木の削りかすを入れた。衝撃を吸収してくれるから、どうにかなる」
「その木の削りかすだが、特別に作らせたんだって?」
「あぁ」
「作戦の決行は?」
「これからやる」
「……、お袋さんには何ていう」
「イサイアスが伝えてくれ、離陸したあとで……」
「無謀としか思えないんだが……」
「まぁ、そうだな」
ガンシップの航法士が走ってくる。
「ハンダさん、離陸の準備が整いました」
俺はイサイアスを見る。
「じゃぁ、行ってくる」
数分後、ガンシップが離陸。
半田千早、ミエリキ、王女パウラを救出するために。
燃料は、爆撃された際に右側面に取り付けていたジェリカン2缶に破片があたった。少しは回収したが、30リットル失った。車体の燃料タンクだけで、整地ならば行動距離500キロある。が、河口までの実走行距離を不整地500キロとすれば、実質足りない。車体左側のジェリカン1缶では不足を補えない。
もっと西に進んでから、無線で救援を呼ぼう。100キロ走れる燃料を残して……。
半田千早たちは日没の直前、西に向けて移動を開始する。
イロナは、武装トラックの追撃を受けていた。森のなかを走り抜け、引き離しているが、草原に出れば追いつかれる。草原は広く、起伏は少なく、地面には亀裂などの走行を阻害する障害がほとんどない。
この状況において、走る、という行為に関する限り、4輪駆動小型トラックに対する戦車の優位性は欠片もない。
スカニア戦車は、南に向かっているが、戦車では武装トラックの追撃を振り切れない。
イロナは、待ち伏せ攻撃を企図した。
草原は東西南北に広がり、スカニア戦車の進行方向である南に密度のある独立した小さな森がある。
イロナたちは、森の北縁に凹みを見つける。森の外縁はほぼ真円だが、そこだけ凹んでいて、地面が露出している。
森が凹んでいる場所に、履帯を埋めるだけの2本の戦車壕を掘る。道具はスコップとツルハシ1本ずつ。1人がスコップ、1人がツルハシ、もう1人がナイフで擬装用の草を刈る。
戦車を2条の戦車壕に入れ、枯れ草を砲塔と車体に縛り付け、擬装する。
そして待った。
獲物を狙うネコ科動物のように。
砲塔の旋回俯仰は手動なので、エンジンが停止していても動かせる。
車長用のハッチを開け、ピントル銃架に7.62×51ミリ機関銃を据える。ベルト給弾のMG3だ。
3時間待った。
何もない。
見かけたのは、ガゼルの群と単独のクルロタルシ類だけだ。
イロナがインカムにいう。
「おかしい。静かすぎる。動物はもっと多いはず……」
砲手を務めるクマンのトウガンがいう。トウガンは、すでに白魔族の戦車3輌を仕留めている。
「恐ろしい捕食獣がいる……」
操縦手のギャエルが答える。彼はヴルマンだ。操縦はあまり上手くないが、慎重で確実だ。
「捕食者かもしれない……。
必ず来る。
木登りが上手なんだ。子供の頃から……」
イロナが窘める。
「その考えは上策ではないな。
発見される確率も高くなる」
ギャエルが答える。
「木に登る必要はないみたいだ。
来たよ。
振動が伝わってくる」
北から4輌のトラックが南下してくる。イロナたちを襲った武装トラックと同型だ。
太陽は西に傾いている。
イロナは双眼鏡で観察する。荷台に円盤弾倉を装着した機関銃を装備している。荷台には3人か4人乗っている。機関銃手を含めて、全員がライフルを携帯している。
イロナが命じる。
「できるだけ引き付ける」
4輌の武装トラックは、幅300メートルほどに広がって、横隊で近付いてくる。
イロナの目論見は、やや外れた。草原の中央を走る武装トラックが停止すると、他の3輌もつられて止まる。
距離500メートル。
イロナは静かに「撃て」といった。
トウガンはスカニア戦車から見て、右から順番に撃っていく。イロナは47ミリの榴弾を連続して装填する。
最初の装甲トラックは初弾で撃破。2輌目はUターンしようとした側面に至近弾。3輌目は急速後進中を直撃。4輌目の初弾は外した。
イロナは、4輌目を見逃すつもりはなかった。放置すれば、仲間を呼び寄せ追ってくる。
スカニア戦車は、履帯を埋めるだけの戦車壕から抜け出て、車体全体を草原に現し、後退していく4輌目を狙う。
すでに、彼我の距離は1500メートルに開いていたが、トウガンは慎重に狙い、発射。
撃破する。
スカニア戦車は、破壊した正体不明の車輌に向かう。
2輌目には生存者がいて、発砲してくる。これを同軸機関銃で排除。
4輌目にも生存者がいた。こちらは、火炎瓶攻撃を仕掛けてきた。
イロナが砲塔上から機関銃で、阻止した。火炎瓶が砕け、攻撃者が炎に包まれる。無言で数秒間足掻き続け、俯せに倒れたあとも動いている。
イロナがいう。
「帰ろう」
ギャエルは無言で、南西に進路をとる。
ヘグランド装甲車は、ガンビア川南岸に広がる湿地を通り抜け、追撃を振り切っていた。車体右側にある銃塔は、左側からの攻撃に対して的確な反撃ができなかった。
この弱点を突かれ、湿地に逃げ込むまでに3輌に15分ほど追撃された。
この攻撃で、荷台に乗っていた5人のうち2人が死亡する。
ヘグランド装甲車が湿地を抜け、停止し、マルユッカが荷台に登った時点で、2人は死んでいた。
3人が泣き、2人の名前を呼んでいる。
乾いた土がむき出しの場所を探し、毛布にくるんで2人を同じ穴に埋める。
追撃が継続している可能性があるが、深い穴を掘って丁重に埋葬する。
ヘグランド装甲車には、燃料が十分にある。
マルユッカは、真西には向かわず、やや南寄りの進路を選ぶ。
アフリカ深部の事情を知るであろう、5人のヒトをバンジェル島に連れ帰るためだ。マルユッカは貴重な情報源を、グスタフに渡す気などさらさらなかった。
半田千早たちは、5キロ西進し、ガンビア川の南北両岸とも平坦な場所を見つける。
ここで浮航して、北岸に渡った。
北岸に渡った彼女たちは、川の水をバケツですくい、それを流してタイヤ痕を消す。
バギーが川に落ちたように擬装したのだ。
そして、3キロ東に移動し、深いブッシュと窪地を見つけて、そこに潜んだ。車体にも枯れ草を被せて、上空から見えないよう擬装した。
近くに、きれいな湧水がある。水の補給ができる。
半田千早が再度提案する。
「北岸を西に進もう。
進めるだけ進んで、バンジェル島に支援を要請する……。
どう?」
少しの時間が経過し、王女パウラが反対する。
「私は王族なので、グスタフについては幻想みたいなものは持ってないの。
もし、グスタフがガンビア川の遡上を許さなかったら……。
私たちがグスタフの“捕虜”になったら?」
ミエリキが即答する。
「バンジェル島は困るよ。
グスタフとは敵対してはいないけど、同盟関係でもないんだから……。
私たちが、何かの取り引きの材料に使われるかもしれない。
例えば、武器の供与とか……。
身代金だって、ありえるよ」
半田千早は、王女パウラの考えにやや不満があった。それならば、対案を示してよ、といいたかった。
ミエリキが続ける。
「さっき、地図を確認したんだ。
ここから、カザマンス川の源流まで100キロ。
南西に走っていけば、カザマンス川に行き着ける。カザマンス川の川幅が広がる地点までは、160キロか170キロ。
この川はバンジェル島の勢力圏だから、西に向かって下っていけば、パトロールの臨時拠点とか、物資の集積所とか、あるかもしれない。あるって、聞いているし……。
こっちのほうが、よくない?」
王女パウラが賛成する。
「カザマンス川ならば、グスタフの勢力圏外ね。
彼らは、ガンビア川の河口南岸と北岸以北を確保しているから……」
半田千早も賛成しかけているが、あえて懸念を口にする。
「だけど……。
カザマンス川周辺まで水はないし、襲ってきたヒトたちがまだいるかもしれない」
王女パウラがいう。
「1日に80キロ移動できるとして、2日あればカザマンス川にたどり着けるね。
水は2日分。
弾薬はたっぷりあるから、十分戦える」
ミエリキが頷く。
半田千早も賛成する。
「南西に向かおう。
これから水を補給し、MG3の弾帯に弾を差し込む。
準備ができたら出発。
オルカには、燃料が足りないから味方の拠点がある南西に進むと伝えるよ」
少女は、泣きながら1人で草原を走っていた。隣にいた男の子が、「広がって走れ」といった。固まって走れば、獲物にされるだけだ。散らばれば、生き残れる可能性が少しは高まる。
王女パウラは、助手席上のハッチを開け、北を観察している。東に森、北西に森、北と西が草原。
半田千早とオルカは、水を補給しに小さな湧水池にいる。水は澄んでおり、かつ冷たい。動物のように、口を直接池につけて飲んだ。
白く塗装されたジェリカンと全員分の水筒に水を汲み、300メートル運べば、仕事が終わる。
2人には、かなりの重労働だ。
ミエリキは、後部ハッチを開け、荷室に座り、足をだらりとさせながら、MG3の非分離型金属弾帯に7.62×51ミリNATO弾を差し込んでいく。
これが最後の弾帯だ。
王女パウラは、双眼鏡越しに動くものを見つける。彼女たちを襲った武装トラックと同型のピックアップ、そして彼女たちの車輌と大差ない大きさの小型車。
どちらも、フルオープンだ。
距離は3000メートルほど。
十分にやり過ごせる。
王女パウラがミエリキに告げる。
「あのヒトたちだ!」
ミエリキは最後の1発を差し込むと、弾帯を首にかけて、車体の右側面に移動する。
遠いが、車輌が1見える。
「1輌?」
「ううん。小型が1輌別にいるよ」
「チハヤは?」
王女パウラは答えなかった。
半田千早とオルカは、救世主の車輌とされる2輌にまったく気付いていなかった。
水を汲み終わり、タオルで顔を拭き、フーッとため息をついたところだ。
バーン、という銃声が周囲の森に反響する。
オルカが背負った銃を構え、それを指差す。半田千早は瞬時に理解した。その銃の銃声なのだ。
2人は身をかがめ、2人でジェリカンを持ち、バギーに向かって走る。
銃声の発生源が近くか遠くか、森に反響したことからまったくわからない。
夢中で走る。
ミエリキがRPK軽機関銃を草が揺れる方向に構える。
助手席上ハッチから頭を出していた王女パウラが、「チハヤだよ」とミエリキにいう。ミエリキが力を抜く様子を、王女パウラが確認する。
半田千早が小声でいう。
「銃声だ」
ミエリキが答える。
「聞こえたよ!」
王女パウラは信じられない情景を見ていた。
幼い子供を抱いた女性が、草の丈が低い一帯に達し、逃げ場を失い、立ち尽くしている。
そこに、ジープに似た小型車が追いつく。
この草原に似合わない華美な服装の女性が、幼い子供と女性に銃口を向ける。
撃った。
銃声が響く。
女性が倒れる。
子供が棒立ちになっている。
その子供も撃った。
女性の表情はわからないが、後席横に座る人物に話しかける。その様子が楽しげに見えた。
ジープ似の車輌が前進する。
男は動かず、身を伏せていた。反撃をしたくても武器はない。
ならば、この草の丈を利用して、隠れることが上策だ。それと、心は折れていない。戦う意思を十分に残している。
少女は走った。南に向かっている。その場から逃げたい気持ちが強いが、黙って殺されるつもりもない。泣いてはいても、闘争心は残っている。
王女パウラは判断できなかった。
「女のヒトと女の子が撃たれた」
ミエリキが問う。
「他にもいるの?」
王女パウラが頷く。
半田千早が尋ねる。
「どうする?」
王女パウラが「助けたいけど……」といい淀む。
ミエリキが「助けるよ!」といい、半田千早が運転席に乗り込む。
ドアを閉める瞬間、呆然としているオルカに半田千早がいう。
「オルカ、乗って!」
オルカは後部ハッチから乗り込み、ミエリキがハッチを閉める。
少女は、彼女の南側で草むらが盛り上がり、その草むらが走り出したことに恐怖を感じて、立ち止まった。
彼女の真横を草むらが通り過ぎる。
それは、見たことのない形のクルマだった。
草が高すぎて、半田千早にはパワーワゴン似のピックアップしか見えていない。
それに向かって突進していく。
武装しているピックアップは、急速に接近してくる“草むら”の視認が遅れた。
そもそも周囲を監視していなかった。遊びの真っ最中で、自分たち以上に危険な存在がいるなどとは考えてもいなかった。
自分たちが、この草原における最強の存在であると信じていた。
ミエリキは距離200メートルでMG3を発射する。荷台の4人を制圧。さらに接近して、運転席にも銃撃を加える。
バギーは、破壊したピックアップから離れれ止まる。
小型車が戻ってくる。
王女パウラは助手席から飛び出し、後部ハッチを開け、RPG-7対戦車擲弾発射機を取り出す。
車体前に回り、車体フロントを踏み台にして、ルーフに駆け上る。
ルーフ上で立ち上がり、RPG-7を肩に担ぐ。
150メートルまで接近していた小型車が停止する。停止の目的は、ルーフ上に立ち上がっている王女パウラを撃つためだ。
だが、王女パウラのほうが早かった。
クルップ式無反動砲で発射された弾頭は、発射後数秒でロケットに点火、爆炎を引いて小型車に向かって飛ぶ。
華美な服装をした女だけが生きていた。もう1人生きていたが、すぐに死んだ。
女の年齢は、半田千早たちよりも少し上らしい。その服装は、19世紀末頃のヨーロッパ貴婦人のようだ。踝を完全に隠す長いスカートを穿いている。
少女は、小型車輌が爆発して宙に舞う様子を見ていた。
本能はその場から立ち去ることを指示しているが、理性はその場に身を潜めるべきと告げている。
少女は、本能にも理性にも従わなかった。好奇心は、なぜ車輌が爆発したのか、草むらに立っているヒトは何者なのか、それを知りたがっている。
ミエリキは、白いシャツ、赤いベスト、グレーのロングスカート、グレーのジャケットを着た気絶している女を見下ろしている。
鳥の羽が付いたグレーの帽子が落ちている。上質な服装だ。西ユーラシアでは、決して見ることができないほど。
王女パウラは、殺された女性と女の子を確認しに半田千早とその方向に向かう。
女性は胸を、子供は顔を撃たれていた。
掘りにくい地面を掘り、2人を同じ穴に埋葬する。それだけで1時間を要した。
少女は草むらから爆発した小型車輌を見ていた。武器を持った3人がいる。
1人には見覚えがある。西を目指して出発した5グループのうちの1人だ。
名前は知らない。
ミエリキは、王女パウラに「トラックを見てくる」と告げる。燃料があれば回収するつもりだった。
オルカは半田千早がバギーから降りると、駆け寄り話しかけた。
「あの女は、救世主の貴族の娘だ。
ここでヒト狩りをしていたんだ」
「ヒト狩り?」
「救世主の貴族は、湖の西岸や東岸からヒトを攫ってはヒト狩りをするんだ。
そう聞いている」
「何のために?」
「遊びで……」
「……!」
半田千早は驚いた。オルカの話が続く。
「貴族は、ヒト狩りが大好きと聞いた。
私の村は、戦わずに降伏した。
戦っても勝てないから……。
そのとき、鎧を着たエリザベス・モールバラを見た。モールバラ公爵家の娘だと聞いた。
そのときは、穀物の大半が奪われ、何人かが連れ去られた。
連れ去られたヒトは、ヒト狩りの獲物になった。
逃げ切ったヒトがいるんだ。
エリザベス・モールバラに追われたといっていた」
半田千早が尋ねる。
「その村は、どうなったの?」
オルカが考える。
「いまは、占領されている」
半田千早は、増える疑問に抗えなかった。
「誰に?」
オルカは答えを躊躇った。
「救世主に……」
草むらに潜む少女には、オルカの話が聞こえていた。彼女には、救世主の恐ろしさを知らないヒトがいることが信じられなかった。
しかも、救世主の軍で最強といわれるモールバラ公爵軍を、躊躇いなく攻撃したのだ。普通は、見て見ぬ振りをする。それが、強いものと弱いものの関係だ。
創造主に命じられたものを作り、創造主から食料を与えられ、それを救世主に奪われる。
それでも生きていく。
それが、創造主に支配されている人々の本来の生活だ。
少女は、村の苦境を打開するため、はるか西方にいるという正義のヒト、グスタフに会いに行く計画自体、間違いだったと考えている。
誰も助けてはくれない。
体内から抑えようのない怒りが湧いてくる。それが原因で動いてしまった。
王女パウラが無言でAK-47アサルトライフルの銃口を草むらに向ける。
「姿を現せ!」
半田千早、ミエリキ、オルカも銃を構える。
少女はこの時、初めて、グスタフに会いに行く別グループの少女が武装解除されていないことに気付く。
理由は2つ、このヒトたちが敵でないか、別グループの少女が裏切ったか。
もし裏切ったなら、モールバラ公爵の軍を攻撃するだろうか?
あり得ない。
その損得勘定を一瞬で行い、草むらから立ち上がる。
頭だけが草の上に出る。
オルカが問いかける。
「あなた……」
少女が答える。
「Bグループのムリネ……」
オルカも名乗る。
「私はEグループのオルカよ」
王女パウラが水筒を渡すと、ムリネはすごい勢いで飲み始める。
そして、話し始める。
「私、もっと東でつかまっちゃった。
Dグループのヒトたちもいたけど、3人だけだった。他は殺されたんだと思う。
Dグループのヒトたちは、Aグループの全員の死体を見たって……。
私たちは、モールバラの娘の獲物にされた。
男の人、女の子と私たちと同じくらいの女のヒトもいた。Cグループのヒト……」
オルカが呟く。
「5グループ、40人、私たちを除いて、全滅した……」
ムリネが答える。
「あなたがEグループだから、結局……。
Eグループはどうなったの?」
オルカが答える。
「この人たちに助けられたの……。
でも、救世主の戦闘機に追われてバラバラになちゃった」
ムリネが尋ねる。
「このヒトたちは誰なの?」
オルカが下を向く。
「わからない……。
グスタフを知っているらしいけど、グスタフじゃない」
半田千早は、2人の話の8割を理解していた。そして名乗った。
「私は、ノイリンのチハヤ。
彼女は、クマン第4王女パウラ。
ここにいないけど、もう1人はヴルマンのミエリキ。
私たちは、あなたたちが創造主と呼ぶオークを調べるために、西からやって来た」
ミエリキが戻ってきた。
「この子は?」
半田千早が答える。
「ムリネ。ヒト狩りの獲物にされたんだって」
ミエリキがムリネに手を差し出す。
「私はミエリキ。よろしくね」
ムリネはぎこちなく握手する。
それにミエリキが反応する。
「異教徒風だね」
王女パウラが尋ねる。
「それ、持ってきたの?」
ミエリキは「そう、これカンガブルの機関銃と同型だよね」と確認を求め、半田千早が「ルイス軽機だね。どう見ても」と答える。
ミエリキが肩に担ぐルイス軽機を降ろす。
「カンガブル製?」と半田千早に尋ねる。半田千早は弾倉を外して、裏返す。
「違う……。
弾が.303ブリティッシュ。
この弾は西ユーラシアでは作られていない。
北の街のいくつかが、モーゼルの7.92ミリ弾を使っているけど、7.7ミリの製造は聞いたことがない……。
カンガブルやシェプニノとは無関係だと思う」
ミエリキが屈託なくいう。
「持って帰ろう。
調べれば、何かわかるかも……。
あっ、それとディーゼルはなかったよ。
ガソリンだった」
倒れている女をミエリキが蹴って起こす。
女が頭を抑えて、起き上がる。
半田千早たちを見て驚く。
「無礼者、私はモールバラ公爵家のエリザベスぞ!」
それを半田千早が通訳すると、ミエリキが腹を抱えて笑う。
エリザベスは、よろけながらも立ち上がる。
「私を助ければ、褒美を与えよう」
それも通訳する。
ミエリキの笑いが止まらない。
王女パウラがRPK軽機関銃のコッキングボルトを引く。その行為が装弾であることは、エリザベスにもわかったようだ。
半田千早が王女パウラを止める。
「パウラやめよう。
弾がもったいない。
あれが片付けてくれる」
ゆっくりと、体長5メートルに達する二足歩行のクルロタルシ類が近寄ってくる。
ミエリキが半田千早に通訳しろと要求してから、エリザベスに話しかける。
「あのワニは、ヒトを食う。
獲物になる気分を味わいな。
何とか公爵家のお姫様……」
それを半田千早が通訳し、つけ加える。
「向こうにトラックがある。
必死に走って、トラックにたどり着ければ、助かるかもしれない」
ミエリキが、オルカとムリネを後部ハッチに押し込む。
半田千早が運転席に、王女パウラが助手席に座る。
ミエリキは、後部ハッチを開けたまま床に座る。
「いいよ」と声をかけると、バギーは発進する。
ミエリキが取り残されたモールバラ公爵家令嬢に手を振る。
エリザベスは、呆然と立ち尽くす。
彼女の背後から近付いたクルロタルシ類は、エリザベスの頭から胸にかけて、口のなかに入れる。
エリザベスの足が宙に浮く。そして足をばたつかせる。
ミエリキは後部ハッチを閉め、車体上部の銃塔を回す。
そして、1発だけ発射する。
7.62ミリの徹甲弾は、クルロタルシ類の頭部に命中し、肉食の爬虫類はヒトを咥えたままバタリと地面に崩れ落ちた。
帰還予定日を過ぎても、マルユッカ隊は戻らない。
だが、状況はわかっていた。
ヘグランド装甲車は、カザマンス川を渡り、バンジェル島の対岸に向かって進んでいる。残りの走行距離は200キロほど。
バンジェル島は、内湾のように巨大なジェバ川の河口を塞ぐような位置にあるが、ジェバ川の上流200キロに達し、ここで燃料と物資の補給を待っている。
バギーは、カザマンス川の上流520キロ付近にいる。
情報は錯綜しているが、アフリカ中央部のヒトの街の武装集団に追われているらしい。
追撃は執拗で、逃れるために移動していて、結果としてさらに内陸へと入り込んでしまった。
カザマンス川の畔で、テンパータイヤがパンク。身動きできなくなっている。
正規の食糧は完全につき、西アフリカの“森の恵み”でどうにか凌いでいる。
武器・弾薬と水はある。
燃料は、100キロほど行動できる量が残っているだけ。
半田千早、ミエリキ、王女パウラの他に、女性が2いるらしい。
3人はかなりおもしろがっているが、危険な状態であることに変わりはない。
バギーには浮航能力があるが、ごく短距離を想定したもので、ビルジポンプはなく、数百キロを航行するなど不可能。
救出作戦が立案されているが、カザマンス川を艀で遡上する以外、具体的な策はない。時速7ノット程度の艀では、1日半もかかる。それにカザマンス川の上流は、船の航行が無理なほどの浅瀬が多い。
艀による救出では、たどり着くまで何日かかるかわからない。陸路も同じ。ヘリコプターでは、航続距離が足りない。
城島由加は平静を装っているが、半田千早を狂わんばかりに心配している。
司令部には誰もいない。古い石の家屋を修復して、ようやくテントから司令部を移したばかりだ。
その司令部に城島由加と俺だけがいる。
城島由加がいう。
「隼人さん、何とかして。ちーちゃんを助けて!」
それは司令官の発言ではなかった。単なる母親の発言だった。
彼女もそのつもりだったろう。
だが、俺はバンジェル島を管轄する司令官の正式な命令と受け取った。
俺には策があった。
そして準備は整っている。
イサイアスが尋ねる。
「親父、こんなちゃちな台でいいのか?」
「あぁ、このパレットが壊れることで、衝撃を吸収するんだ」
「荷が散らばるぞ」
「ネットでくるんでいるから、それほど散らばらないよ」
「燃料缶を小分けする理由は?
ドラム缶1本、ドーンと送ったら?」
「200リットル送られても困るだろう。
ジェリカン5缶のうち、3缶無事なら御の字だ。ジェリカンを入れる木箱には、木の削りかすを入れた。衝撃を吸収してくれるから、どうにかなる」
「その木の削りかすだが、特別に作らせたんだって?」
「あぁ」
「作戦の決行は?」
「これからやる」
「……、お袋さんには何ていう」
「イサイアスが伝えてくれ、離陸したあとで……」
「無謀としか思えないんだが……」
「まぁ、そうだな」
ガンシップの航法士が走ってくる。
「ハンダさん、離陸の準備が整いました」
俺はイサイアスを見る。
「じゃぁ、行ってくる」
数分後、ガンシップが離陸。
半田千早、ミエリキ、王女パウラを救出するために。
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