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第4章
第110話 ガンシップ
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アイロス・オドランが俺に問う。
「どうだ?」
俺が答える。
「何で機体の左側に武装が集中しているんだ?」
「機長席が左側にあるからだよ。地上を見やすいからね」
「何で、胴体の横に武装がついているんだ?」
「目標上空を旋回しながら、地上を攻撃するためだ」
「じゃぁ、胴体の上についている機関砲は何だ?」
「あれは、対空戦闘用でもあるが、同時に地上への掃射もできる。旋回する際、機体はバンクする。そのバンク角を利用して、地上を掃射するんだ。
エリコンの35ミリだよ。砲口口径35ミリ、砲身長90口径だ。
C-119ボックスカーは、主翼が逆ガルだから、ちょうどいいんだ。
主翼を撃たないように、できているよ」
「何で3号機なんだ?」
「1号機から4号機まで、詳細に調査したんだが、3号機の状態が一番悪かった。
機体の完全なオーバーホールが必要で、長期間就航できない。
ならば、いっそのこと、面白く改造しようと思ったんだ」
「武装は?」
「胴体上面に35ミリ機関砲の旋回砲塔、胴体に20ミリM61バルカン砲が2門、2門のバルカン砲の間に23口径76.2ミリ砲。
20ミリは6銃身のガトリング砲だ」
「これで、地上を攻撃したらどうなる?」
「それを試して欲しいんだ。
西ユーラシアではテストできないから、西アフリカで……」
「なぜ、西ユーラシアではダメなんだ」
「氷山を撃っても仕方ないだろう」
「氷山は撃った?」
「あぁ、巨大氷山の形が変わったよ」
「ヒトには使いたくないな」
「人道に反する。
だが、手長族や白魔族相手なら、誰も文句はいわないよ」
「こいつの名前は?」
「単にガンシップって呼んでいる。
2機目はない。これ1機だけだ。
これで、西アフリカに向かってくれ」
「航続距離は?」
「4500キロは、楽に飛べる」
俺は半田千早が西アフリカ内陸の調査に出たと聞き、内心穏やかではなかった。
しかも、白魔族が現れたという。
事態が急変している。
午後に中央行政府代表、つまりノイリンのトップと会う。
俺と相馬悠人は1分と待たなかった。
代表は、すぐに会議室にやって来た。
「ハンダ、しばらくだった。
ソウマとは、昨日もあった。いや、昨日は2回もあった」
「代表も元気そうで……」
「私は元気だが、暖かくならない。
数年は“夏のない年”らしい。気象学者も、シャーマンもそういっている。
それが終われば、少しずつ暖かくなっていく……とは聞いているが……。どうも、数百年続いた寒暖のサイクルが壊れたらしい。
ここ数年が踏ん張りどころだ。
ノイリンの命運、西ユーラシアのヒトの命運はアフリカにかかっている。
クフラックやカラバッシュは、北アフリカを白魔族から奪おうとしているが、セロも絡んで状況は混沌としている。
ノイリンは西アフリカをどうにかしたい。
もう一度、西アフリカに……」
「そのつもりだ。
代表。
だが、ブロウス・コーネインの件がある」
「そんなことはどうでもいい。
ソウマがうまいことやってくれるさ。
勝手ですまないが、西アフリカにはなるべく早く……」
「代表の命令とあれば、明日にでも……」
「命令はできないよ。
だが、個人的に強く要請する」
会話はこれだけだった。
俺は、西アフリカに向かう準備を始めた。
自室。
健太と翔太は、テーブルを挟んで座っている。
「父さんは、また西アフリカに行かなくてはならない。
西アフリカをセロにとられたら、ヒトの未来がなくなってしまう。
だから、どうしても行かなくてはならない」
健太が微笑む。
「わかっているよ。
父さん。
だけど、ぼくも行く」
俺の口は一瞬、開いたままになる。
「いいや、ダメだ。
西アフリカは危険なんだ」
「チハヤやマーニも行っている。
ぼくだって役に立つ」
健太は、すでに日本語を話せない。翔太は、最初から日本語を知らない。
翔太がいう。
「ママに会いたい。
ママがいるところに行くんでしょ。
なら、ぼくも一緒に行く」
俺は何と答えればいいのか迷った。
そして、何もいわず、この日の話を打ち切った。
翌朝、須崎金吾と水口珠月の部屋を訪ねる。
「西アフリカに、また行く。
健太と翔太を頼みたい」
須崎金吾が微笑む。
「2人は行く気だ。
何日も前に準備を終えている」
水口珠月が答える。
「危険なんでしょ。
西アフリカ……。
だけど、2人は……。
説得したんだけど……。
一度だけでも行かないと、納得しないと思う」
「2人に、商売を任せっきりにしている……」
須崎金吾が俺の言葉に答える。
「いまは、それぞれの任務を果たすとき。
だけど、健太や翔太には、それを説いても仕方ないんだ。
連れていってやって欲しい。
次の船便で戻ればいい。
あとは、俺たちが……」
俺は、健太と翔太と別れがたかった。無謀とは思うが、相馬悠人に2人の同行の許可を申請する。
相馬悠人とウルリカは、健太と翔太の覚悟を知っていた。翔太の覚悟は幼いが、健太は何もかも納得している。
13歳に達していない健太の武器携帯許可もくれた。
空港へはチュールが送ってくれた。
身体は、俺よりも一回り大きい。マーニのことを特に心配しているが、我々の商売で奮闘している。週3回、相馬悠人やその他の科学者から、物理学を学んでいる。
将来のことはわからないが、俺たちの商売に縛り付ける気はない。自由に生きて欲しい。
が、この世界にはドラキュロがいる。
自由に生きることは難しい。
チュールがいう。
「養父〈とう〉さん。
気を付けて。
養母〈かあ〉さんを守ってあげて。
マーニとチハヤのことも頼む。
ノイリンのことは、残っている俺たちに任せて……」
俺とチュールが抱き合い、チュールは健太と翔太と抱き合う。
俺たち3人は、後部ランプドアからガンシップに乗り込む。
3人で手をつないで……。
ガンシップは、ジブラルタルに到着。補給のための着陸だ。翌日、夜明け前に離陸する。
ジブラルタルから一気にバンジェル島まで飛び、夕方到着した。
乗り込んだときと同じように、後部ランプドアから3人で手をつないで降りる。
俺は城島由加から説教を食らっている。それも、ネチネチと。城島由加は、俺にだけネチネチと意地悪するがごとく説教する。
健太と翔太を見たときは、顔色を一切変えず大歓迎して2人を抱きしめた。
困惑、動揺、そして怒りを、俺にぶつけている。それで、彼女がストレスを発散できるなら、いくらでもネチネチいわれてやる。
バンジェル島は、マルユッカ隊の行動を把握していた。
白魔族と関係のあるヒト8人を保護し、バンジェル島に向かっていることも……。
毎日、この情報に接しながら、冷静を装う努力は並大抵じゃない。城島由加の胆力に敬服する。
マルユッカ隊の情報はバンジェル島だけでなく、グスタフの長であるマルクスの耳にも入っていた。
ノイリンに入り込んでいる間者によって、西ユーラシアの他の街の上層部も知っている。
公然と問い合わせてくる街もある。誰もがマルユッカ隊を心配している。そして、マルユッカ隊が持ち帰るであろう、貴重な情報を欲している。
半田千早たちのバギー、マルユッカが指揮するヘグランド装甲車、イロナが車長を務めるスカニア戦車が、草原を西に向かう。
白魔族の戦車とトラックは、追撃してこない。白魔族の戦車では速度が遅すぎ、4×2トラックでは不整地を縦横に走れはしない。
だが、別の敵に追撃を受けている。
10輌以上のピックアップトラックが追っている。そのピックアップトラックだが、1950年代に作られたダッジ・パワーワゴンによく似ている。
同じ車輌を金沢壮一がレストアし、半田千早がしばしば運転させてもらっていた。彼女のお気に入りの1台だったが、農業班に買われてしまった。
そのパワーワゴン風は、オーソドックスなラグタイヤを着けている。半田千早は、それが気になった。心のなかで「もっと、格好いいタイヤにすれば……」と、この状況に似合わないことを考えている。
半田千早たちのバギーだけならば、追跡を容易に振り切れる。彼女なら、この草原で時速70キロから80キロもの速度が出せる。
しかし、スカニア戦車とヘグランド装甲車は、整地でも最大時速55キロほど。この草原だと、せいぜい時速30キロが限度だ。
ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーには、例の8人のうち5人が乗っているから、不整地で速度を出せる状況ではない。
スカニア戦車は、追跡してくる非装甲の武装トラックに対して、2発の主砲弾を発射している。
イロナは、威嚇ではなく、右翼の車輌に命中を期して榴弾を発射した。走行間射撃では命中するはずはないが、それでも至近弾となり、2輌を追撃戦から脱落させる。
スカニア戦車の主砲攻撃の効果は絶大で、追跡者は接近と離脱を繰り返す機関銃による波状攻撃をやめる。
200メートル以上離れて、並走するだけになった。
半田千早は、武装トラックが荷台に積む機関銃を観察した。
特に斜め前方に接近した際は、その形状をよく観察できた。機関部上部に大きな円盤型弾倉が載っている。銃身覆いがやたらと太い。至近で見なくては断定できないが、ルイス軽機関銃に形状が近い。ルイス軽機ならば、47発弾倉、ガス圧利用、弾薬はいろいろ。
全車が同じ機関銃を装備している。これは、目視ではあるが、ほぼ間違いない。
半田千早はホッとしていた。
「12.7ミリでなくてよかった」
12.7ミリ、13.2ミリ、14.5ミリの徹甲弾は、半田千早たちが乗るバギーの装甲を貫徹できる。
7.62ミリ、30口径(1インチ=25.4ミリ×30÷100=7.62ミリ)弾ならば、弾種にかかわらず至近で発射されても貫徹できない。
だが、12.7ミリ弾には、バギーの装甲は無力だ。
ホッとはするが、同時に嫌な予感もしている。左右を並行して走る武装トラックに、誘導されているようにも感じるのだ。
西に向かっている。
バンジェル島がある方向だ。
西に向かいたい。向かいたい西に向かっている。
だが、西に向かわせられている……。
北はガンビア川、南は森、進路は西しかない。それでも、西に追い立てられていると感じる。
半田千早たちが走る東西に広がる草原の幅は、西に行くほど狭くなっていく。南の森が、西に行くほど、北に広がるからだ。
左右を併走する武装トラックにとっては、否応なくマルユッカ隊の車列に接近していく。
武装トラックからの攻撃を防ぐため、バギーは進行方向右(北側)、スカニア戦車は左(南側)を、ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーを挟むように併走している。
マルユッカ隊は草原のほぼ中央を西に向かって走り、武装トラックの車列は左翼・右翼に200から300メートル離れている。
子供2人は、ヘグランド装甲車の兵員室にいる。10代後半女性2人のうち1人は、バギーの後部荷室で、必死で何かにしがみついている。
武装トラックには、小休止しているところを襲われた。十分な見張りをしており、かなり高速で接近する車列を数キロ手前で、察知した。
武装トラックの速度が時速60キロと高速だったこともあり、撤収の余裕がなく、あまり友好的ではない女性2人のうち1人が離れていたことから、最も近かったバギーに押し込んだ。
子供は、この小休止中にヘグランド装甲車の兵員室に移動させる予定だった。
マルユッカは攻勢に出ることも考えてはいたが、武装トラックが正体不明なことと、彼らの装備がわからないことから、躊躇っていた。
ただ、このままでは埒が明かないことも理解している。
危険を冒しても、攻撃すべきであることははっきりしている。
速度は武装トラックが勝るが、攻撃力はマルユッカ隊が上だろう。
半田千早やイロナは、停止しての反撃を意見具申している。マルユッカは、それを行うタイミングを見計らっていた。
併走していた武装トラックが徐々に速度を落としていく。数秒で、遥か後方に下がった。
その状況を一番不可解に感じていたのは、バギーの銃塔で、銃口を後方に向けて構えるミエリキだった。
ヘグランド装甲車の銃塔から、周囲をペリスコープ越しに見ているマルユッカは、違和感を感じながらも危機感を感じることはなかった。
むしろ、ようやく追撃を諦めたか、とホッとしている面さえあった。
ミエリキは「何かヘンだよ」と車内通話し、半田千早と王女パウラには何がヘンなのかさっぱりわからない。
半田千早は、このままの速度を維持すれば、30分で追撃を振り切れると計算している。
半田千早の心には、安堵という名の悪魔が忍び寄っていた。
王女パウラは、路面に異常がないか、それを観測するだけで精一杯だった。
ミエリキは、無意識に視線を空に向けた。空から誰かが見ているように感じたからだ。
青い空、雲が少し。白い雲に白い点。その点が横に広がっていく。
ミエリキは「鳥?」と言葉に出した。ララの声が聞こえる。いいや、かつてララから教えられたことを思い出したのだ。
ララは、「空から車列を襲う場合、後方から攻撃すると、長い時間機銃掃射できるんだ」といった。
「タカは、ネズミを襲うとき、どう行動する? 一直線に舞い降りて、一瞬で爪でつかむでしょ。航空攻撃も同じ。一直線で目標に向かい、一瞬で破壊する。走っている車輌には、後方から近付けば、相対速度が遅くなり、照準する時間が長くなるから、攻撃の精度を上げられるんだ」と。
ララは実際に、自動車と飛行機の模型を使って、攻撃方法を説明してくれた。
ララが説明してくれた行動をする航空機が、後方から接近してくる。
ミエリキは咄嗟に隊内無線で叫ぶ。
「後方より敵機!」
ミエリキは、友軍機である可能性をまったく考えなかった。その飛行機の機動が獲物を襲う猛禽と同じだから。
マルユッカは「敵機!」と聞いて、どうしていいかわからなかった。
だが、饅頭山でプカラ双発攻撃機が白魔族の戦車を攻撃する様子を見ていて、固まっていては爆弾1発で全滅する恐れがあることに気付いた。
正しい判断か、別にして、本能的に「各車散開!」と命じた。
半田千早は、軽くブレーキを踏んだ。車速が滑らかに落ち、スカニア戦車とヘグランド装甲車が先行する。
スカニア戦車は、南に広がる森に向かい、ヘグランド装甲車はガンビア川河畔に広がる潅木帯に向かう。
逃げ込めば、空からの攻撃をある程度防げる。
敵機と思える飛行機は1機。散開した3輌を同時には追えない。
半田千早は、再度アクセルを踏む。一直線に走っていく。
半田千早は、囮になるつもりでいた。戦車は航空攻撃に弱いし、ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーには5人が乗っている。銃撃を受ければ、無事はない。
ならば敏捷に動き回れるバギーが囮になるべきだ、と彼女は考えた。
ミエリキが車内通話で「私たちを追ってくるよ!」と告げると、半田千早は「引っかかったね!」と答える。
半田千早もララの航空攻撃の話を思い出していた。
「空から車列を襲う場合、後方から攻撃すると、長い時間機銃掃射できるんだ」
ならば、高速で走行する車輌のほうが襲いやすいはずだ。
半田千早は、高速で、蛇行を始める。射線をそらすためだ。
上空の単発機は急速に接近しながら、優秀な敏捷性を発揮して、機体を横滑りさせながら、追求してくる。
半田千早が叫ぶ。
「ミエリキ、銃塔を前に向けて!
発射してきたら、ブレーキを踏んで、追い越させる。
追い越したら、撃って!」
ミエリキは、銃塔を180度旋回させる前に、嫌がらせ程度だが、上空の飛行機に7.62ミリNATO弾を発射する。
発射する際に、両翼下面に吊るした爆弾がはっきりと見えた。
ミエリキは、飛行機が7.62ミリ弾の射線を外す様子を見ていた。飛行機はバギーの対空射撃を嫌っている。
ならば、撃ち続ける。
飛行機がバギーを追い越す瞬間、全力で人力旋回の銃塔を進行方向に向ける。
半田千早がブレーキを踏み、極端な制動がかかったことはわかったが、それ以後の数秒間の記憶が飛んだ。
不明機が投下した2個の爆弾がバギーを挟叉した。
半田千早は、右前輪からのすさまじい振動をどうにか抑えて、草原のど真ん中に停止する。
ミエリキは王女パウラが彼女を呼ぶ声を聞いているが、うつつだった。
王女パウラは、呼びかけに反応しないミエリキ、ハンドルに突っ伏している半田千早を放っておいて、助手席から車外に飛び出し、後部ハッチを開け、RPG-7を引っ張り出す。
その際、泣き出しそうな顔をした、自分と大差ない年齢の女の子に微笑んだ。
飛行機が旋回して戻ってくる。
王女パウラは草むらにRPG-7を担いでしゃがんでいる。
飛行機が近付いてくる。
機銃掃射の恐ろしさはよく知っている。恐怖に打ち勝ち、飛行機を至近まで手繰り寄せ、RPG-7を発射すれば、命中するかもしれない。
弾頭は、対戦車榴弾だ。900メートル飛ぶと、自爆する。
飛行機のプロペラが恐ろしげな回転をしている。機首に機関銃の発砲炎が見える。
王女パウラは恐怖に負けて、1000メートル以上離れているのに発射していまう。
飛行機のパイロットも、王女パウラの存在を知っていた。おもむろに立ち上がり、野原のなかで肩に何かを担いでいる。それだけで恐怖だ。だから、あたるはずもない距離から発射したのだ。
幸運は王女パウラにあった。飛行機は自爆した弾頭の危害半径内に突っ込んでいく。
金属同士がぶつかる嫌な音が空中で響き、飛行機が飛び去った。
名を知らぬ少女が、ミエリキを介抱している。
半田千早は車外に出て、呆然と右前輪を見ている。
王女パウラが半田千早にいう。
「奇跡だよ!」
半田千早が王女パウラに答える。
「現実だよ」
巨大な針の形をした爆弾の破片が、右前輪フェンダーに突き刺さっている。
その巨大な針は、タイヤの接地面とサイドウォールを全周に渡って切り裂いていた。
王女パウラは、笑顔から一転して泣き顔になった。
ミエリキが名を知らぬ少女に支えられて、立ち上がる。
彼女も呆然と右前輪を見る。
半田千早がフーッと息を吐く。
「考えていても仕方ない。
この破片を取り除き、タイヤを替える。
テンパータイヤしかないから、いままでのようには走れない。どこまで走れるのかもわからない。
でも、走れる。
破片は、フェンダーの下から上に突き刺さったみたい。上の方が尖っている。
引き抜くには、ホイールを外さないと……」
半田千早は、ホイールレンチを使って、ナットを緩める。ホールレンチをナットにあてて、レンチの上に自分の体重をかけた。ギーッという音がして、ナットが緩む。
王女パウラと名を知らぬ少女が、周囲への警戒をしている。
スペアタイヤは、パンタグラフ型ジャッキと一緒に後部荷室の床にある。
両方を車外に出す。
右前輪をジャッキアップし、ナットを外す。
半田千早の心は急いていたが、ここでミスをすれば立ち往生となる。冷静になろうと必死だった。
ナットを外し、重い車輪を取り外す。ミエリキが手伝ってくれる。
重い車輪を草の上に寝かせる。
針のような形の破片にウエスを巻き、引っ張る。半田千早の力では、抜けない。
ミエリキがホイールレンチをハンマー代わりに、針の先端を叩く。
針が下方に動く、半田千早が引き、ミエリキが叩く。
抜けた。
タイヤの幅が10センチほどしかない、応急用のテンパータイヤを装着する。
ナットを強く締め、ジャッキを緩める。右の応急タイヤが接地する。
ミエリキは、パンタグラフ型ジャッキを車体の下から引き出し、荷室に運ぶ。
半田千早は、ホイールレンチをナットにあて、軽く足で踏んで増し締めする。
4人でバーストしてしまった重いタイヤを持ち上げ、荷室に運ぶ。遺棄するつもりはさらさらない。
貴重な物資なのだから。
それに、固定はできる。車内で暴れることはない。だが、荷室に増設した3つ目の折りたたみシートは使えなくなったし、4人が乗るにはかなり狭い。
ガンビア川沿いに広がる森に隠れてから、3時間が経過した。
無線を封止している。傍受されている可能性があるからだ。言葉はわからなくても、発信源を探知される可能性がある。
無線封止は、マルユッカの命令だ。
スカニア戦車とヘグランド装甲車の行方、状況はわからない。
この一帯の森は密林ではない。疎林と呼ぶほど、貧弱でもない。航空機からは見つけにくいが、車体を完全に隠せるほど木々の密度は濃くない。
少女は単発ライフルを持っている。弾帯をたすき掛けしているが、弾は5発ほど。
彼女の荷物は、これだけだった。半田千早の言葉は通じているが、完全ではない。
4人は車外に出ている。
半田千早が説明する。
「右のタイヤは、完全に裂けちゃった。
交換したタイヤは、非常時用。走れるけど、普通には走れない。どこまで走れるか、それもわからない。
ガンビア川の河口まで、直線で400キロ。
こんな距離を走るようにはできていない。
前輪の駆動も負担がかかるからできない。必要なときはするけど……。
弾薬はあるけど、4人で戦っても、犠牲が出るだけ。戦わずに、逃げることを考えよう。
ガンビア川を渡って、北岸に出れば、追撃されないと思う。
スカニア戦車とヘグランド装甲車の行方はわからないし、私たちだけでこの状況を切り抜けよう」
ミエリキが発言。
「RPGの弾頭は3発。大事に使おう」
王女パウラが尋ねる。
「あの飛行機は何なの?
北の国の飛行機ではないの?」
ミエリキが半田千早を見る。彼女も知りたいと目で訴える。
半田千早が答える。
「エンジン音は、レシプロだった。ターボプロップじゃない。
とすれば、カラバッシュの飛行機だけど、あの街は空冷の星形エンジンばかり。だから、機首は尖っていないはず。
だけど、あの飛行機の機首は尖っていた。水冷エンジンなんだと思う。胴体後部下面にラジエーターらしき出っ張りがあったし……。
とすれば……。
答えは、西ユーラシアの飛行機じゃない。正体不明」
半田千早が、名を知らぬ少女に問う。
「あの飛行機のこと、知ってる?」
少女が頷く。
「ソコトの戦闘機……」
半田千早が少女に問う。
「ソコトって?」
少女が少し考える。
「創造主の軛〈くびき〉から逃れた、金羊と銀羊が湖の南岸に建設した街……」
半田千早は、聞きたいことが次々と湧いてきた。だが、いま聞くべきは、彼女の名前だ。
「私はチハヤ、あなたは?」
少女が答える。
「オルカ……」
「オルカ、ソコトは飛行機をたくさん持っているの?」
オルカが頷く。
「戦車と自動車……、飛行機、たくさん」
オルカは半田千早との意思疎通を確実にするために、単語を分割して話す。
半田千早が尋ねる。
「また、来ると思う?」
オルカは何度も頷いた。
半田千早が伝える。
「陽が傾いたら、西に向う。
夜になれば、飛行機は行動できないから。
どこかでガンビア川を渡ろう」
4人の少女は、生き残りをかけた判断を迫られていた。
「どうだ?」
俺が答える。
「何で機体の左側に武装が集中しているんだ?」
「機長席が左側にあるからだよ。地上を見やすいからね」
「何で、胴体の横に武装がついているんだ?」
「目標上空を旋回しながら、地上を攻撃するためだ」
「じゃぁ、胴体の上についている機関砲は何だ?」
「あれは、対空戦闘用でもあるが、同時に地上への掃射もできる。旋回する際、機体はバンクする。そのバンク角を利用して、地上を掃射するんだ。
エリコンの35ミリだよ。砲口口径35ミリ、砲身長90口径だ。
C-119ボックスカーは、主翼が逆ガルだから、ちょうどいいんだ。
主翼を撃たないように、できているよ」
「何で3号機なんだ?」
「1号機から4号機まで、詳細に調査したんだが、3号機の状態が一番悪かった。
機体の完全なオーバーホールが必要で、長期間就航できない。
ならば、いっそのこと、面白く改造しようと思ったんだ」
「武装は?」
「胴体上面に35ミリ機関砲の旋回砲塔、胴体に20ミリM61バルカン砲が2門、2門のバルカン砲の間に23口径76.2ミリ砲。
20ミリは6銃身のガトリング砲だ」
「これで、地上を攻撃したらどうなる?」
「それを試して欲しいんだ。
西ユーラシアではテストできないから、西アフリカで……」
「なぜ、西ユーラシアではダメなんだ」
「氷山を撃っても仕方ないだろう」
「氷山は撃った?」
「あぁ、巨大氷山の形が変わったよ」
「ヒトには使いたくないな」
「人道に反する。
だが、手長族や白魔族相手なら、誰も文句はいわないよ」
「こいつの名前は?」
「単にガンシップって呼んでいる。
2機目はない。これ1機だけだ。
これで、西アフリカに向かってくれ」
「航続距離は?」
「4500キロは、楽に飛べる」
俺は半田千早が西アフリカ内陸の調査に出たと聞き、内心穏やかではなかった。
しかも、白魔族が現れたという。
事態が急変している。
午後に中央行政府代表、つまりノイリンのトップと会う。
俺と相馬悠人は1分と待たなかった。
代表は、すぐに会議室にやって来た。
「ハンダ、しばらくだった。
ソウマとは、昨日もあった。いや、昨日は2回もあった」
「代表も元気そうで……」
「私は元気だが、暖かくならない。
数年は“夏のない年”らしい。気象学者も、シャーマンもそういっている。
それが終われば、少しずつ暖かくなっていく……とは聞いているが……。どうも、数百年続いた寒暖のサイクルが壊れたらしい。
ここ数年が踏ん張りどころだ。
ノイリンの命運、西ユーラシアのヒトの命運はアフリカにかかっている。
クフラックやカラバッシュは、北アフリカを白魔族から奪おうとしているが、セロも絡んで状況は混沌としている。
ノイリンは西アフリカをどうにかしたい。
もう一度、西アフリカに……」
「そのつもりだ。
代表。
だが、ブロウス・コーネインの件がある」
「そんなことはどうでもいい。
ソウマがうまいことやってくれるさ。
勝手ですまないが、西アフリカにはなるべく早く……」
「代表の命令とあれば、明日にでも……」
「命令はできないよ。
だが、個人的に強く要請する」
会話はこれだけだった。
俺は、西アフリカに向かう準備を始めた。
自室。
健太と翔太は、テーブルを挟んで座っている。
「父さんは、また西アフリカに行かなくてはならない。
西アフリカをセロにとられたら、ヒトの未来がなくなってしまう。
だから、どうしても行かなくてはならない」
健太が微笑む。
「わかっているよ。
父さん。
だけど、ぼくも行く」
俺の口は一瞬、開いたままになる。
「いいや、ダメだ。
西アフリカは危険なんだ」
「チハヤやマーニも行っている。
ぼくだって役に立つ」
健太は、すでに日本語を話せない。翔太は、最初から日本語を知らない。
翔太がいう。
「ママに会いたい。
ママがいるところに行くんでしょ。
なら、ぼくも一緒に行く」
俺は何と答えればいいのか迷った。
そして、何もいわず、この日の話を打ち切った。
翌朝、須崎金吾と水口珠月の部屋を訪ねる。
「西アフリカに、また行く。
健太と翔太を頼みたい」
須崎金吾が微笑む。
「2人は行く気だ。
何日も前に準備を終えている」
水口珠月が答える。
「危険なんでしょ。
西アフリカ……。
だけど、2人は……。
説得したんだけど……。
一度だけでも行かないと、納得しないと思う」
「2人に、商売を任せっきりにしている……」
須崎金吾が俺の言葉に答える。
「いまは、それぞれの任務を果たすとき。
だけど、健太や翔太には、それを説いても仕方ないんだ。
連れていってやって欲しい。
次の船便で戻ればいい。
あとは、俺たちが……」
俺は、健太と翔太と別れがたかった。無謀とは思うが、相馬悠人に2人の同行の許可を申請する。
相馬悠人とウルリカは、健太と翔太の覚悟を知っていた。翔太の覚悟は幼いが、健太は何もかも納得している。
13歳に達していない健太の武器携帯許可もくれた。
空港へはチュールが送ってくれた。
身体は、俺よりも一回り大きい。マーニのことを特に心配しているが、我々の商売で奮闘している。週3回、相馬悠人やその他の科学者から、物理学を学んでいる。
将来のことはわからないが、俺たちの商売に縛り付ける気はない。自由に生きて欲しい。
が、この世界にはドラキュロがいる。
自由に生きることは難しい。
チュールがいう。
「養父〈とう〉さん。
気を付けて。
養母〈かあ〉さんを守ってあげて。
マーニとチハヤのことも頼む。
ノイリンのことは、残っている俺たちに任せて……」
俺とチュールが抱き合い、チュールは健太と翔太と抱き合う。
俺たち3人は、後部ランプドアからガンシップに乗り込む。
3人で手をつないで……。
ガンシップは、ジブラルタルに到着。補給のための着陸だ。翌日、夜明け前に離陸する。
ジブラルタルから一気にバンジェル島まで飛び、夕方到着した。
乗り込んだときと同じように、後部ランプドアから3人で手をつないで降りる。
俺は城島由加から説教を食らっている。それも、ネチネチと。城島由加は、俺にだけネチネチと意地悪するがごとく説教する。
健太と翔太を見たときは、顔色を一切変えず大歓迎して2人を抱きしめた。
困惑、動揺、そして怒りを、俺にぶつけている。それで、彼女がストレスを発散できるなら、いくらでもネチネチいわれてやる。
バンジェル島は、マルユッカ隊の行動を把握していた。
白魔族と関係のあるヒト8人を保護し、バンジェル島に向かっていることも……。
毎日、この情報に接しながら、冷静を装う努力は並大抵じゃない。城島由加の胆力に敬服する。
マルユッカ隊の情報はバンジェル島だけでなく、グスタフの長であるマルクスの耳にも入っていた。
ノイリンに入り込んでいる間者によって、西ユーラシアの他の街の上層部も知っている。
公然と問い合わせてくる街もある。誰もがマルユッカ隊を心配している。そして、マルユッカ隊が持ち帰るであろう、貴重な情報を欲している。
半田千早たちのバギー、マルユッカが指揮するヘグランド装甲車、イロナが車長を務めるスカニア戦車が、草原を西に向かう。
白魔族の戦車とトラックは、追撃してこない。白魔族の戦車では速度が遅すぎ、4×2トラックでは不整地を縦横に走れはしない。
だが、別の敵に追撃を受けている。
10輌以上のピックアップトラックが追っている。そのピックアップトラックだが、1950年代に作られたダッジ・パワーワゴンによく似ている。
同じ車輌を金沢壮一がレストアし、半田千早がしばしば運転させてもらっていた。彼女のお気に入りの1台だったが、農業班に買われてしまった。
そのパワーワゴン風は、オーソドックスなラグタイヤを着けている。半田千早は、それが気になった。心のなかで「もっと、格好いいタイヤにすれば……」と、この状況に似合わないことを考えている。
半田千早たちのバギーだけならば、追跡を容易に振り切れる。彼女なら、この草原で時速70キロから80キロもの速度が出せる。
しかし、スカニア戦車とヘグランド装甲車は、整地でも最大時速55キロほど。この草原だと、せいぜい時速30キロが限度だ。
ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーには、例の8人のうち5人が乗っているから、不整地で速度を出せる状況ではない。
スカニア戦車は、追跡してくる非装甲の武装トラックに対して、2発の主砲弾を発射している。
イロナは、威嚇ではなく、右翼の車輌に命中を期して榴弾を発射した。走行間射撃では命中するはずはないが、それでも至近弾となり、2輌を追撃戦から脱落させる。
スカニア戦車の主砲攻撃の効果は絶大で、追跡者は接近と離脱を繰り返す機関銃による波状攻撃をやめる。
200メートル以上離れて、並走するだけになった。
半田千早は、武装トラックが荷台に積む機関銃を観察した。
特に斜め前方に接近した際は、その形状をよく観察できた。機関部上部に大きな円盤型弾倉が載っている。銃身覆いがやたらと太い。至近で見なくては断定できないが、ルイス軽機関銃に形状が近い。ルイス軽機ならば、47発弾倉、ガス圧利用、弾薬はいろいろ。
全車が同じ機関銃を装備している。これは、目視ではあるが、ほぼ間違いない。
半田千早はホッとしていた。
「12.7ミリでなくてよかった」
12.7ミリ、13.2ミリ、14.5ミリの徹甲弾は、半田千早たちが乗るバギーの装甲を貫徹できる。
7.62ミリ、30口径(1インチ=25.4ミリ×30÷100=7.62ミリ)弾ならば、弾種にかかわらず至近で発射されても貫徹できない。
だが、12.7ミリ弾には、バギーの装甲は無力だ。
ホッとはするが、同時に嫌な予感もしている。左右を並行して走る武装トラックに、誘導されているようにも感じるのだ。
西に向かっている。
バンジェル島がある方向だ。
西に向かいたい。向かいたい西に向かっている。
だが、西に向かわせられている……。
北はガンビア川、南は森、進路は西しかない。それでも、西に追い立てられていると感じる。
半田千早たちが走る東西に広がる草原の幅は、西に行くほど狭くなっていく。南の森が、西に行くほど、北に広がるからだ。
左右を併走する武装トラックにとっては、否応なくマルユッカ隊の車列に接近していく。
武装トラックからの攻撃を防ぐため、バギーは進行方向右(北側)、スカニア戦車は左(南側)を、ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーを挟むように併走している。
マルユッカ隊は草原のほぼ中央を西に向かって走り、武装トラックの車列は左翼・右翼に200から300メートル離れている。
子供2人は、ヘグランド装甲車の兵員室にいる。10代後半女性2人のうち1人は、バギーの後部荷室で、必死で何かにしがみついている。
武装トラックには、小休止しているところを襲われた。十分な見張りをしており、かなり高速で接近する車列を数キロ手前で、察知した。
武装トラックの速度が時速60キロと高速だったこともあり、撤収の余裕がなく、あまり友好的ではない女性2人のうち1人が離れていたことから、最も近かったバギーに押し込んだ。
子供は、この小休止中にヘグランド装甲車の兵員室に移動させる予定だった。
マルユッカは攻勢に出ることも考えてはいたが、武装トラックが正体不明なことと、彼らの装備がわからないことから、躊躇っていた。
ただ、このままでは埒が明かないことも理解している。
危険を冒しても、攻撃すべきであることははっきりしている。
速度は武装トラックが勝るが、攻撃力はマルユッカ隊が上だろう。
半田千早やイロナは、停止しての反撃を意見具申している。マルユッカは、それを行うタイミングを見計らっていた。
併走していた武装トラックが徐々に速度を落としていく。数秒で、遥か後方に下がった。
その状況を一番不可解に感じていたのは、バギーの銃塔で、銃口を後方に向けて構えるミエリキだった。
ヘグランド装甲車の銃塔から、周囲をペリスコープ越しに見ているマルユッカは、違和感を感じながらも危機感を感じることはなかった。
むしろ、ようやく追撃を諦めたか、とホッとしている面さえあった。
ミエリキは「何かヘンだよ」と車内通話し、半田千早と王女パウラには何がヘンなのかさっぱりわからない。
半田千早は、このままの速度を維持すれば、30分で追撃を振り切れると計算している。
半田千早の心には、安堵という名の悪魔が忍び寄っていた。
王女パウラは、路面に異常がないか、それを観測するだけで精一杯だった。
ミエリキは、無意識に視線を空に向けた。空から誰かが見ているように感じたからだ。
青い空、雲が少し。白い雲に白い点。その点が横に広がっていく。
ミエリキは「鳥?」と言葉に出した。ララの声が聞こえる。いいや、かつてララから教えられたことを思い出したのだ。
ララは、「空から車列を襲う場合、後方から攻撃すると、長い時間機銃掃射できるんだ」といった。
「タカは、ネズミを襲うとき、どう行動する? 一直線に舞い降りて、一瞬で爪でつかむでしょ。航空攻撃も同じ。一直線で目標に向かい、一瞬で破壊する。走っている車輌には、後方から近付けば、相対速度が遅くなり、照準する時間が長くなるから、攻撃の精度を上げられるんだ」と。
ララは実際に、自動車と飛行機の模型を使って、攻撃方法を説明してくれた。
ララが説明してくれた行動をする航空機が、後方から接近してくる。
ミエリキは咄嗟に隊内無線で叫ぶ。
「後方より敵機!」
ミエリキは、友軍機である可能性をまったく考えなかった。その飛行機の機動が獲物を襲う猛禽と同じだから。
マルユッカは「敵機!」と聞いて、どうしていいかわからなかった。
だが、饅頭山でプカラ双発攻撃機が白魔族の戦車を攻撃する様子を見ていて、固まっていては爆弾1発で全滅する恐れがあることに気付いた。
正しい判断か、別にして、本能的に「各車散開!」と命じた。
半田千早は、軽くブレーキを踏んだ。車速が滑らかに落ち、スカニア戦車とヘグランド装甲車が先行する。
スカニア戦車は、南に広がる森に向かい、ヘグランド装甲車はガンビア川河畔に広がる潅木帯に向かう。
逃げ込めば、空からの攻撃をある程度防げる。
敵機と思える飛行機は1機。散開した3輌を同時には追えない。
半田千早は、再度アクセルを踏む。一直線に走っていく。
半田千早は、囮になるつもりでいた。戦車は航空攻撃に弱いし、ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーには5人が乗っている。銃撃を受ければ、無事はない。
ならば敏捷に動き回れるバギーが囮になるべきだ、と彼女は考えた。
ミエリキが車内通話で「私たちを追ってくるよ!」と告げると、半田千早は「引っかかったね!」と答える。
半田千早もララの航空攻撃の話を思い出していた。
「空から車列を襲う場合、後方から攻撃すると、長い時間機銃掃射できるんだ」
ならば、高速で走行する車輌のほうが襲いやすいはずだ。
半田千早は、高速で、蛇行を始める。射線をそらすためだ。
上空の単発機は急速に接近しながら、優秀な敏捷性を発揮して、機体を横滑りさせながら、追求してくる。
半田千早が叫ぶ。
「ミエリキ、銃塔を前に向けて!
発射してきたら、ブレーキを踏んで、追い越させる。
追い越したら、撃って!」
ミエリキは、銃塔を180度旋回させる前に、嫌がらせ程度だが、上空の飛行機に7.62ミリNATO弾を発射する。
発射する際に、両翼下面に吊るした爆弾がはっきりと見えた。
ミエリキは、飛行機が7.62ミリ弾の射線を外す様子を見ていた。飛行機はバギーの対空射撃を嫌っている。
ならば、撃ち続ける。
飛行機がバギーを追い越す瞬間、全力で人力旋回の銃塔を進行方向に向ける。
半田千早がブレーキを踏み、極端な制動がかかったことはわかったが、それ以後の数秒間の記憶が飛んだ。
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半田千早は、右前輪からのすさまじい振動をどうにか抑えて、草原のど真ん中に停止する。
ミエリキは王女パウラが彼女を呼ぶ声を聞いているが、うつつだった。
王女パウラは、呼びかけに反応しないミエリキ、ハンドルに突っ伏している半田千早を放っておいて、助手席から車外に飛び出し、後部ハッチを開け、RPG-7を引っ張り出す。
その際、泣き出しそうな顔をした、自分と大差ない年齢の女の子に微笑んだ。
飛行機が旋回して戻ってくる。
王女パウラは草むらにRPG-7を担いでしゃがんでいる。
飛行機が近付いてくる。
機銃掃射の恐ろしさはよく知っている。恐怖に打ち勝ち、飛行機を至近まで手繰り寄せ、RPG-7を発射すれば、命中するかもしれない。
弾頭は、対戦車榴弾だ。900メートル飛ぶと、自爆する。
飛行機のプロペラが恐ろしげな回転をしている。機首に機関銃の発砲炎が見える。
王女パウラは恐怖に負けて、1000メートル以上離れているのに発射していまう。
飛行機のパイロットも、王女パウラの存在を知っていた。おもむろに立ち上がり、野原のなかで肩に何かを担いでいる。それだけで恐怖だ。だから、あたるはずもない距離から発射したのだ。
幸運は王女パウラにあった。飛行機は自爆した弾頭の危害半径内に突っ込んでいく。
金属同士がぶつかる嫌な音が空中で響き、飛行機が飛び去った。
名を知らぬ少女が、ミエリキを介抱している。
半田千早は車外に出て、呆然と右前輪を見ている。
王女パウラが半田千早にいう。
「奇跡だよ!」
半田千早が王女パウラに答える。
「現実だよ」
巨大な針の形をした爆弾の破片が、右前輪フェンダーに突き刺さっている。
その巨大な針は、タイヤの接地面とサイドウォールを全周に渡って切り裂いていた。
王女パウラは、笑顔から一転して泣き顔になった。
ミエリキが名を知らぬ少女に支えられて、立ち上がる。
彼女も呆然と右前輪を見る。
半田千早がフーッと息を吐く。
「考えていても仕方ない。
この破片を取り除き、タイヤを替える。
テンパータイヤしかないから、いままでのようには走れない。どこまで走れるのかもわからない。
でも、走れる。
破片は、フェンダーの下から上に突き刺さったみたい。上の方が尖っている。
引き抜くには、ホイールを外さないと……」
半田千早は、ホイールレンチを使って、ナットを緩める。ホールレンチをナットにあてて、レンチの上に自分の体重をかけた。ギーッという音がして、ナットが緩む。
王女パウラと名を知らぬ少女が、周囲への警戒をしている。
スペアタイヤは、パンタグラフ型ジャッキと一緒に後部荷室の床にある。
両方を車外に出す。
右前輪をジャッキアップし、ナットを外す。
半田千早の心は急いていたが、ここでミスをすれば立ち往生となる。冷静になろうと必死だった。
ナットを外し、重い車輪を取り外す。ミエリキが手伝ってくれる。
重い車輪を草の上に寝かせる。
針のような形の破片にウエスを巻き、引っ張る。半田千早の力では、抜けない。
ミエリキがホイールレンチをハンマー代わりに、針の先端を叩く。
針が下方に動く、半田千早が引き、ミエリキが叩く。
抜けた。
タイヤの幅が10センチほどしかない、応急用のテンパータイヤを装着する。
ナットを強く締め、ジャッキを緩める。右の応急タイヤが接地する。
ミエリキは、パンタグラフ型ジャッキを車体の下から引き出し、荷室に運ぶ。
半田千早は、ホイールレンチをナットにあて、軽く足で踏んで増し締めする。
4人でバーストしてしまった重いタイヤを持ち上げ、荷室に運ぶ。遺棄するつもりはさらさらない。
貴重な物資なのだから。
それに、固定はできる。車内で暴れることはない。だが、荷室に増設した3つ目の折りたたみシートは使えなくなったし、4人が乗るにはかなり狭い。
ガンビア川沿いに広がる森に隠れてから、3時間が経過した。
無線を封止している。傍受されている可能性があるからだ。言葉はわからなくても、発信源を探知される可能性がある。
無線封止は、マルユッカの命令だ。
スカニア戦車とヘグランド装甲車の行方、状況はわからない。
この一帯の森は密林ではない。疎林と呼ぶほど、貧弱でもない。航空機からは見つけにくいが、車体を完全に隠せるほど木々の密度は濃くない。
少女は単発ライフルを持っている。弾帯をたすき掛けしているが、弾は5発ほど。
彼女の荷物は、これだけだった。半田千早の言葉は通じているが、完全ではない。
4人は車外に出ている。
半田千早が説明する。
「右のタイヤは、完全に裂けちゃった。
交換したタイヤは、非常時用。走れるけど、普通には走れない。どこまで走れるか、それもわからない。
ガンビア川の河口まで、直線で400キロ。
こんな距離を走るようにはできていない。
前輪の駆動も負担がかかるからできない。必要なときはするけど……。
弾薬はあるけど、4人で戦っても、犠牲が出るだけ。戦わずに、逃げることを考えよう。
ガンビア川を渡って、北岸に出れば、追撃されないと思う。
スカニア戦車とヘグランド装甲車の行方はわからないし、私たちだけでこの状況を切り抜けよう」
ミエリキが発言。
「RPGの弾頭は3発。大事に使おう」
王女パウラが尋ねる。
「あの飛行機は何なの?
北の国の飛行機ではないの?」
ミエリキが半田千早を見る。彼女も知りたいと目で訴える。
半田千早が答える。
「エンジン音は、レシプロだった。ターボプロップじゃない。
とすれば、カラバッシュの飛行機だけど、あの街は空冷の星形エンジンばかり。だから、機首は尖っていないはず。
だけど、あの飛行機の機首は尖っていた。水冷エンジンなんだと思う。胴体後部下面にラジエーターらしき出っ張りがあったし……。
とすれば……。
答えは、西ユーラシアの飛行機じゃない。正体不明」
半田千早が、名を知らぬ少女に問う。
「あの飛行機のこと、知ってる?」
少女が頷く。
「ソコトの戦闘機……」
半田千早が少女に問う。
「ソコトって?」
少女が少し考える。
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「私はチハヤ、あなたは?」
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半田千早が尋ねる。
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オルカは何度も頷いた。
半田千早が伝える。
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