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第4章
第109話 導師
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マルユッカは、ヘグランド装甲車の真横から、王女パウラの行動を見ている。刺激を抑えるため、バギーの西100メートルで停止した。
2人の会話は隊内無線で聞こえている。
ゆっくりと近付くよう指示する。
王女パウラは自分でも信じられないほど、落ち着いていた。
「黒羊とは、黒羊騎士団のこと?」
「黒羊騎士団?
それは知らない。
黒羊は、白羊を世話するヒトのことだ。
白羊を守るため、剣や弓矢で武装している。
銃も持っている」
「白羊?
白羊って……?」
「創造主が生み出した、かわいそうなヒトたちだ。
黒羊も哀れだけど……」
「あなたたちは?」
「……」
「いいたくないの?
私たちは、西から来たの。
途中で白魔族と遭遇して、戦った」
「白魔族?」
「オークとも呼ばれるらしい」
「創造主は、自身をオークと呼ぶ。
創造主と戦った?
おまえたちは、グスタフの仲間か?
グスタフは西から来たと聞いたが……」
王女パウラは話がかみ合いだしたと感じている。だが、クマンのグスタフとこの地のグスタフが同じとは限らない。無関係ではないだろう。
「西にも悪いヒトたち、虐げるヒトたちと戦うグスタフがいる。
あなたたちのグスタフは?」
「創造主の軛〈くびき〉から、ヒトを解放する導師だ」
「導師?」
「そうだ。
おまえたちは、導師を知っているのか?」
「この土地のグスタフについては、何も知らない。
そのヒトたちとは、会ったことがないの」
男は意外な反応を示した。
「それは、よかった。
あれを見て、救世主の仲間かと思ったんだ」
男はスカニア戦車を指差す。
王女パウラは少し動揺した。
「救世主は、悪いヒトたち?」
男は王女パウラを真っ直ぐ見る。
「悪党だ。
ヒトを虐げる悪党は、自分たちを救世主と呼んでいる。
救世主は、聖なる土地で解脱し、悟りを開いて、ヒトを超えたそうだ。
で、創造主に代わって超人である救世主がヒトを支配しようとしている」
王女パウラは、男の話を理解できない。
半田千早が無線でアドバイスする。
「詳しくはないんだけど……。
仏教やキリスト教といった200万年前の宗教がゴチャゴチャになっている感じ……。
創造主とか救世主といった言葉に惑わされないで……」
マルユッカも伝えてきた。
「創造主は白魔族のこと、救世主は白魔族に取って代わろうとしているヒトの勢力だろう。野盗の類かもしれない」
王女パウラはアドバイスを受け、少し落ち着いた。
「あなたたちは、ここで何をしているの?」
「狩りだ」
「近くに村があるの?」
「……」
この男を制止した、やや背の高い男が横に立つ。この男は、クマンの言葉を理解しないようだ。2人が数分間会話する。
2人とも落ち着いている。
「グスタフがどこにいるか知っているか」
王女パウラが即答する。
「知っている……。
グスタフの指導者マルクスの居場所も……」
「マルクス?」
「最も偉大なグスタフの指導者……」
「導師グスタフは1人ではないのか?」
「グスタフは、悪いヒトから民を守る組織の名前なの。特定の誰かを指す言葉ではない……」
男2人が長い会話をする。その間に離れていた男2人も近付いて会話に加わる。
会話は熱を帯び、徐々にヒートアップしていく。会話の内容は、王女パウラにはわからなかった。
だが、グスタフについてであることは確かだ。頻繁にグスタフやマルクスの単語が出てくる。
議論は激論となり、唐突に収束した。クマンの言葉を話す男が王女パウラに乞う。
「俺は、グスタフから西の言葉を習った。
グスタフがたくさんいるとは、聞いてはいない。
グスタフは西にいると、聞いてはいたが……。
グスタフのところに連れていってくれないか?」
ヘグランド装甲車からマルユッカが、スカニア戦車からイロナが降りてくる。
マルユッカは、クマンのトウガンから通訳を受けていた。
マルユッカが王女パウラに、グスタフに会う理由を尋ねるよう指示する。
「なぜ、グスタフに会いたいの?」
「西にはヒトの国があり、ヒトの王が統治していると聞いた。
そして、グスタフのことも……。
その老人は、若い頃グスタフに助けられたそうだ。老人となる前に創造主に捕らえられ、銀羊に加えられた。
俺は老人から西の言葉を習い、ヒトの国の話をたくさんしてもらった。
3年前、創造主は一部の銀羊を西に移動させた。創造主の命令は絶対。逆らうことはできない。
理由は、一部の銀羊と金羊が反乱を企てたからだ。種族間の接触は禁忌だが、まったくなかったわけじゃない。金羊の逃亡、銀羊の反乱は珍しいことじゃない。
反乱を企てた銀羊と金羊は、救世主が背後にいる。救世主が反乱を起こさせた。
俺たちは、反乱銀羊の仲間だと思われた。だから、西方に連れてこられ、開墾を命じられた。
遠送りの罰を受けた」
男はここで言葉を切った。
王女パウラは、彼らが反乱者の仲間と間違われ、本来の住地から追放されたのだ、と理解した。
反乱は頻繁にあり、反乱を背後で操っているのは救世主であることも理解する。
対立の本質は、創造主と救世主であり、そのとばっちりを受けるヒトがいることも知る。
内陸中央部の状況の極一部だが、貴重な情報だ。
男が説明を続ける。
「救世主は当初、銀羊の間で知られていた救いの国に導いてくれる導師グスタフを名乗っていた。
創造主は新たな反乱を警戒して我々を弾圧し、救世主は反乱に加わらなかった銀羊を裏切り者と呼んで攻撃している。
何百年も前から、この関係は変わっていない。
遠送りの罰を受けてから、創造主の下僕である黒羊は現れていない。俺たちは、たぶん、遺棄された。
荒れ地を開墾し、どうにか作物が実るようになったのは今年からだ。
それまでは、森で木の実を集め、川で魚を捕り、狩をして食べ物を得ていた。
綿を紡いで糸を作り、機織りをして服も作った。
何人かがワニに食われた。
貧しいが平和だったし、時間はかかるが貧しさから脱することもできた。豊かな地で、ひどい飢えもなかった。
それなのに、俺たちの村に救世主が現れた。
だから、グスタフ、救世主に対抗できる導師を探しに来た」
王女パウラがイロナの意を受け問う。
「創造主は助けてくれないの?」
「創造主は、黒羊に命じて我々を捨てた。
たぶん……。
俺たちは、遺棄銀羊なんだと思う。
南から北に流れる川の畔に置き去りにされたんだ。
反乱に加わらないように……。
6カ月分の食料と、創造主に収める部品を作る道具だけが与えられた。
その道具で、弓や剣を作り、機を織り、銃も作った。
銃があっても救世主には抗えない。救世主の武力は、恐ろしい。従うか、殺されるか、その2つしかない。
だから、俺たちが選ばれ、グスタフを探しに出たんだ」
王女パウラが尋ねる。
「他のヒトたちはどこにいるの」
「……」
男は口を閉ざして、答えようとはしなかった。
マルユッカは、ここに留まることは危険だと感じていた。クルロタルシ類の襲撃にも注意が必要だし、白魔族との接触も可能性があるからだ。
王女パウラがマルユッカの指示で尋ねる。
「あなたたちのキャンプは?」
4人は顔を見合わせ、少しの間相談する。そして、数キロ先に見える土の丘を指差した。
その古い集落跡は、麓からは見えないよう巧妙に隠蔽されていた。集落跡というよりは、遺跡だ。
家屋自体が草と泥で造られ、丘の色と完全に同化している。草葺きであったろう屋根はすでに朽ちているが、壁は残っている。
戸数は20戸ほど。道に沿って、家が並ぶ。
マルユッカはすぐに、全戸の調査を命じる。放棄されてから数十年以上経ていて、死体はない。
そして、4人にはさらに4人の仲間がいた。
10代後半の女性2と10代前半の女性2。グループは計8。
村には8人が設けたキルベースがあり、運んできたガゼルが素早く解体される。
肉は木串に刺して、直火で炙る。
集落には水場がなく、麓から女性たちが運んできた。容器は容量20リットルほどの円筒形ブリキ缶のようなものだ。
旅の途中で、拾ったのだという。
水はあまりきれいではなく、布で濾過した後、沸騰してから飲用にするという。
ある程度の衛生や病気に対する知識や経験があるようだ。
女性たちは、マルユッカ隊から離れている。一定の距離以内に近付くと、スーッと離れてしまう。
同世代の半田千早たちでも近付けないし、話しかけられない。
ガゼルの解体を終え、肉を炙り始めると、8人は長い相談を始める。
マルユッカは、彼らの1人が発した、黒羊、白羊、銀羊、金羊について、詳しく知りたかったが、8人の相談は1時間を過ぎても終わらない。
肉を炙る係は、イロナとヴルマンのギャエルになっていた。
クマンの言葉を話す10代後半らしい男は、アモと名乗った。
王女パウラに代わって、トウガンが通訳、マルユッカが質問する。
アモがいう。
「半分は、おまえたちが信用できない、と」
マルユッカが答え、トウガンが通訳する。
「当然だろうな」
半田千早は肉体が所属する銃器班員の目で、8人の武器を見ている。銃は6挺。弾は多くないようだ。たすきがけの弾帯に刺さる弾があまりに少ない。
弾は、45口径級、薬莢は異常なほど長い。センターファイアではなく、薬莢の底部縁辺を叩くリムファイアらしい。雷管が見えないので、リムファイアで間違いないだろう。
銃は、鬼神族が使うローリングブロック式ライフルとよく似ている。だが、かなり小型だ。ヒトの体格に合わせて、縮小したようだ。
女性2人はローリングブロック式の単発拳銃を持っている。弾は確認できない。片手で使う以上、同じ弾を使うとは思えない。
マルユッカが問う。
「お互いに知りたいことを、伝え合おう。
情報交換だ。
そして、ここで分かれよう。
我々は、川の下流、西に向かう」
アモは他の7人と長い相談をする。
そして、いった。
「わかった。
知りたいことは、グスタフの居場所だ」
「河口に向かえ。
川に沿って下れば、グスタフのいる街に着く」
「距離は?」
「徒歩なら20日以上かかるだろう」
また、長い相談が始まる。
アモが問う。
「あの、恐ろしい生き物は、多いか?」
マルユッカは答えに窮した。
「我々も詳しくは知らないが、西に行くに従って、減ってはいくと思う。
海岸付近にはいない」
「海岸とは何か?」
「海岸……。
海の岸辺だ」
「海とは、何か?」
マルユッカは、大いに戸惑った。なぜなら、マルユッカは海を説明したことがないからだ。
「湖や沼を知っているか?」
「知っている」
「巨大な湖だ。
手漕ぎのボートでは、対岸に行き着けないほど巨大だ」
「……。
そこにいるのか?」
「川が終わる街にいる」
「20日、歩けば行き着けるのか?」
「道はない。迷えば、たどり着けない」
「……」
マルユッカが質問する。
「私の質問に答えて欲しい」
「わかった」
「黒羊とは?」
「白羊の世話をするヒトの種だ」
「では、白羊とは?」
アモはしばらく考えた。
「創造主の血肉となるヒトの種だ」
マルユッカは怒りを押させることに苦労した。
「食べられるということか?」
アモが躊躇う。が、明確な怒りを示す。
「そうだ!」
マルユッカが息を吐く。
「では、銀羊とは?」
アモは落ち着いていた。
「銀羊は複雑だ。
創造主が必要とする道具を作っている。
どこからか連れてこられたヒトが多い。
俺たちのように、連れてこられたヒトの子孫もいる。
道具を作る知恵を持たない銀羊は捨てられる。世代を重ねると、俺たちのように道具作りよりも畑仕事が好きな銀羊が現れる。
畑仕事を好む銀羊は、黒羊によって、捨てられるか、殺される。
俺たちは、求められるものは作っていたのだが……」
「何を作っていた?」
「これだ」といって、アモは両刃のナイフを見せる。ダガータイプだ。
「これだけを作らされてきた」
「銃はどこで手に入れた?」
アモは少し誇らしげにいった。
「自分たちで作ったのさ。
何百年か前、連れてこられたヒトが銃を作る知識を持っていた。
創造主に捕らえられると、何もかも奪われるが、知識だけは奪えない。
彼は、火薬の作り方、雷酸水銀の作り方も知っていた。
だが、銃を作るには、多くの困難があった。
薬莢の作り方、ライフルの刻み方、その他、何でも。知恵を出し合って、みんなで成し遂げた、と伝えられている」
雷酸水銀は、雷管に使う爆薬だ。
アモが続ける。
「銃は、創造主から与えられる材料を少しずつ都合をつけて、少しずつ作っていった。1挺作るのに数カ月かかる」
マルユッカが尋ねる。
「その貴重な銃だが、6挺あるが……」
アモがうなだれる。
「グスタフに助けを求めるために、選ばれた6人だ。
俺たち6人にみんなの運命が委ねられている」
マルユッカが2人の10代になるかならないかの少女を見る。
「2人は?」
「創造主は、滅多に姿を現さない。
だが、最近は頻繁に目撃するんだ。
この付近には白羊はいない。この子たちが狙われる可能性があった」
マルユッカが彼らの集団について尋ねる。
「何人いる?」
「……」
アモは答えなかった。
マルユッカは質問を戻す。
「金羊とは?」
アモは少し考えた。
「創造主は、銀羊に命じたもの以外は作らせない。
我々のようにナイフを作っていれば、何を作っているのかわかる。
だが、機械の小さな部品だと、わからない。
創造主は生き物を想像するが、機械や道具は作り出せないんだ。
銀羊には何を作っているのか、わからないようにしている。反乱を恐れているんだ。
金羊には、設計をさせる。しかし、絶対に作らせない。
反乱を恐れているから……。
黒羊と白羊は、反乱はしない。
創造主によって、生み出されたヒトだから。
でも、銀羊と金羊は違う。捕らえられたヒトだから、反乱の機会をいつでも狙っている」
マルユッカは、おおよその事情がわかりかけていた。
「救世主は?」
「救世主は、数百年前に反乱を起こした銀羊と金羊の集団だ。
救世主は数年前、一部の銀羊を焚き付けて反乱を起こした。この反乱に同調しなかった銀羊がいる。反乱があることを知らなかったり、創造主を恐れて傍観に回った銀羊だ。
救世主は、この反乱に参加しなかった銀羊を恨んでいるんだ。反乱に失敗した理由が、反乱に参加しなかった裏切り者のせいだといっている。
創造主の管理が厳しくなり、反乱に加担しそうな銀羊は遠くへ追放された。
俺たちのように。
救世主は、反乱に加わらなかった銀羊を襲うんだ」
マルユッカが問う。
「きみたちは創造主に追放され、救世主の襲撃にさらされているのか?」
アモは頷いた。
イロナがマルユッカを呼ぶ。
「あの子、足を怪我しているみたい」
一番身体の小さい女の子が、右足を庇いながら歩いている。
肉がほどよく炙られ、食べ頃になっている。
女の子が焚き火に近付く。
イロナが手招きすると、近くに来た。
アモが少し慌てる。
王女パウラがいう。
「隊長は、お医者様なの。
この子の足を診ても、いい?」
アモが頷く。
マルユッカがいう。
「尖ったものを踏み抜いたようね。
このままだと化膿してしまう。
消毒して、清潔にしないと」
マルユッカが「痛い?」と尋ねると、頷いた。何となく通じている。
傷口を消毒し、抗生剤と痛み止めを与える。
涙が止めどもなく流れる。しかし、声は出さない。痛みと恐怖に耐えているのだ。
イロナが抱きしめると、女の子が何かいった。イロナが頭を撫でる。
半田千早が、時計を見る。
ちょうど正午。
炙られた肉は、8人が食べた。肉は、追加で炙られているが、これは携帯するためだろう。
彼らには、貴重な食料だ。
アモたち8人との間には緊張もあるが、マルユッカは歩哨を除いて、休息とした。
半田千早は、スカニア戦車のエンジンを点検している。
特に不調ではないが、カラカラという異音がする。点検した限りでは、異常はない。ファンベルトのたわみも正常だし、オルタネーターの取り付けも正常だ。
半田千早はイロナに「大丈夫だと思うよ」と微笑んだ。
この集落は、東西に延びる幅2.5メートルほどの道があり、東西のどちらからも出入りできる。
家屋跡は、この道に沿って並ぶ。
道は巧妙な造作で、麓からは見えない。この山脈の模型のような丘を目標として、登坂口を探さない限り、見つかることはない。
8人は、この安全な場所に3日ほどいるようだ。
王女パウラがアモと話をして、少しでも情報を引き出そうとしている。
アモはクマンの言葉が話せることが楽しいらしく、雑談には応じる。だが、自分たちの多くを語らない。
マルユッカは、王女パウラの努力を認めている。
いつものことだが、トウガンが王女パウラをそれとなく護衛している。
そのトウガンは、背中に背負っている無反りの長剣に砥石をあてている。
ミエリキは東側の監視にあたっていた。
ヘグランド装甲車で無線を聞いているアクムスに伝える。
「東からブタ3。輸送車輌3。
丘の周囲でうろついている」
アクムスがマルユッカに叫ぶ。
「隊長、東から白魔族です!」
全員が即座に動く。
王女パウラがアモに「白魔族が来た。隠れて」と告げるが、8人は逃げようと支度を始める。
トウガンが身体を張って、押しとどめようとする。彼の手に剣があったことから、アモたちが銃を構える。
トウガンがいう。
「いまからでは逃げ切れない。
ここで、迎え撃つほうが勝算がある。
それに、立ち去るかもしれない」
トウガンは白魔族が立ち去るとは考えていない。焚き火の火を見て、調べ来たのだろうから。
王女パウラがいう。
「その子は、走れない。
隠れて。
お願い」
アモが足を怪我している女の子を見る。長身の男がアモの肩に手を置く。2人が何かを話す。
アモが集落の中央にある土壁が完全に残る家屋を指差す。
「あそこに隠れる」
ミエリキが走って戻る。
「登ってくる!」
スカニア戦車が、後進して東に向かう。
ヘグランド装甲車は、トレーラーを牽引したまま、何件かの土壁を踏み潰し、車体を隠す。
バギーは、大きく崩れた土壁の家に頭から突っ込む。
スカニア戦車は、集落の東端で土壁を押し潰しながら、方向転換する。
先頭は、第一次世界大戦期のフランス製ルノーFT-17軽戦車によく似たスモールピッグだ。
車幅が2メートルないので、高速で登ってくる。古色蒼然としたスタイルだが、装甲は意外と厚い。
それでも、スカニア戦車の砲身長60口径47ミリ砲ならば撃破できる。
派手に土壁を壊したから、土煙が舞い上がり、ヒトの所在は知られている。
彼我、覚悟の遭遇戦になる。
イロナが無線で伝える。
「先頭のブタを仕留める。
道を塞いで、後続のブタを集落に入れないようにする」
王女パウラが車外に出ようとする。
半田千早が止める。
王女パウラがいう。
「小さい戦車では、道を塞げない。歩兵が攻め込んでくる。
RPGで輸送車を……」
ミエリキが賛成する。
「私もそう思う。
戦車だけでは、阻止できないよ。
私たちは装甲車に乗っているけれど、アモたち8人はどうなるの。
見つかれば、殺されるよ。
パウラ、私が護衛につく」
3人が車外に出て、後部ハッチを開く。
ミエリキがRPG-7をつかむ。
王女パウラが目で抗議する。
半田千早がいう。
「パウラ、RPGを使ったことないでしょ。
ミエリキのほうがいい。
RPKを持っていって。RPKはAK-47と使い方は同じだから」
王女パウラは、RPKの交換用75発ドラム弾倉をミュゼットバッグに押し込む。その上で、ボディアーマーのポケットを確認する。AK-47の30発弾倉4を確認する。
マルユッカから無線が入る。
「バギーから2人、側面の高い位置に回り込ませろ」
無線は半田千早が受ける。
2人に告げる。
「命令違反じゃない」
ミエリキは、ロケット弾を発射機に差し込み、さらに3発をボンサックに入れて、それを背負う。
半田千早がミエリキに拳銃を渡す。
ミエリキはワルサーPPをズボンの右ポケットに入れ、予備の弾倉2つを左のポケットに押し込む。
かつて窓であった四角い穴から、王女パウラとミエリキが丘の斜面を登っていく姿が見える。
スカニア戦車が初弾を発射する前に、王女パウラとミエリキは射点につくことができなかった。
だが、スカニア戦車の先制攻撃は、白魔族を混乱させ、王女パウラとミエリキが斜面を西に向かう途中で発見されることはなかった。
ミエリキは、白魔族の輸送車がいつもの半装軌車でないことに驚いていた。荷台に白い幌を被せた3トン級の装輪トラックだ。
1輌に20体くらい乗っている。それと、麓の登坂道の入口付近には装軌式トレーラー4輌が待機している。こちらには幌はなく、牽引されている荷台には金属製の容器が積まれている。
燃料だろう。
2人は大きな土塊に身を隠す。土の塊に見えたが、土がこびりついた大きな岩だった。
この大岩と周囲の岩を遮蔽物にして、攻撃準備に入る。
王女パウラがRPK軽機関銃を発射。ミエリキは、最後部のトラックを狙う。
トラックを俯瞰する位置から荷台に向けて発射。
最後尾のトラックを破壊。
ルノー戦車が砲塔を旋回して、王女パウラを主砲で狙う。
王女パウラは、大岩に身を隠す。
彼女がいままでいた場所に、ルノー戦車の主砲弾が命中する。
ミエリキは次弾装填に手間取っていた。
王女パウラを見ると、彼女が微笑んだ。そのように感じた。
実際は、王女パウラは恐怖で泣き出しそうだった。
彼女は匍匐で、少し西に移動し、再び発射する。今度は歩兵も応射してくる。
ミエリキは次弾を装填し、王女パウラを狙った戦車に向けて発射。
発射した後、大岩に姿を隠す。大岩に無数の銃弾があたる。
もう1輌の戦車は機関銃搭載車だ。白魔族の機関銃は、ヒトのそれとは異なり、操作自体は手動のガトリング砲のようにハンドルを回して、発射する。
しかし、構造はまったく異なり、19世紀末にフランスで作られたミトラィユーズ斉射砲に近い。
25発を25の銃口から連射でき、弾倉に相当する弾薬箱を交換することで、発射を継続できる。
性能は、ヒトの機関銃に比べると、かなり劣る。
ミエリキが3発目を発射。発射の瞬間、足下の土が沈み、狙いが外れた。誰もいない、丘の斜面に命中する。
4発目を焦りながら装填。
白魔族の歩兵が斜面を登り始める。
トラックに狙いを定める。
発射。命中する。
発射機をスリングで背負い、拳銃を抜く。
歩兵に向けて発射。
王女パウラが、手榴弾を投げる。
2人は発射しながら、バギーに向かった。
王女パウラの右太股に敵弾がかすり、彼女は激痛を感じる。しかし、死の恐怖から足は動き続ける。
スカニア戦車が同軸機関銃を発射して、歩兵の侵入を阻止している。
それでも、20メートルほど侵入され、ヘグランド装甲車とバギーの7.62ミリ機関銃の応戦で、どうにか後退させた。
王女パウラとミエリキが戻ってきた。王女パウラの足を、半田千早が応急処置する。
2人とも泣いている。
ミエリキは報告のためにマルユッカが乗るヘグランド装甲車に向かう。
ミエリキが報告する。
「見慣れないトラックでした。敵歩兵は1個小隊以上です。
トラック1輌と戦車1輌は健在です。それと、麓に見たことのない装軌のトレーラーが4輌。
2輌は燃料を積んでいるようです。歩兵ではないようですが、敵はほかに20人近くいます」
マルユッカが少し考える。
「パウラを呼んで。
8人を連れてここを出よう」
王女パウラが説得する。
「私たちと一緒に、ここを出ましょう」
王女パウラの足に巻いた包帯からは、血がにじんでいる。負傷した際に流れた血は、シミになっている。
顔には跳ねた石がつけた傷。
アモは、この状況で微笑む王女パウラが恐ろしかった。
年長の少女2人は、出会ったときからどことなく敵対的だった。
だが、いまでは完全に怯えてしまっている。この場に留まる勇気も、歩いて逃げる気力も失せていた。
王女パウラの誘いに、素直に応じる。
アクムスが、空になったドラム缶をトレーラーから転がし落とす。アモたち8人を乗せるスペースを作っている。
このトレーラーに装甲はないが、側面にスタック時の脱出や亀裂を渡るための有孔鉄板をくくりつけている。
小銃弾ならある程度防げる。
ガゼルの肉は、瓦礫に埋もれてしまった。アモは、悲しい目で、肉を焼いていた焚き火跡を見ていた。
2人の会話は隊内無線で聞こえている。
ゆっくりと近付くよう指示する。
王女パウラは自分でも信じられないほど、落ち着いていた。
「黒羊とは、黒羊騎士団のこと?」
「黒羊騎士団?
それは知らない。
黒羊は、白羊を世話するヒトのことだ。
白羊を守るため、剣や弓矢で武装している。
銃も持っている」
「白羊?
白羊って……?」
「創造主が生み出した、かわいそうなヒトたちだ。
黒羊も哀れだけど……」
「あなたたちは?」
「……」
「いいたくないの?
私たちは、西から来たの。
途中で白魔族と遭遇して、戦った」
「白魔族?」
「オークとも呼ばれるらしい」
「創造主は、自身をオークと呼ぶ。
創造主と戦った?
おまえたちは、グスタフの仲間か?
グスタフは西から来たと聞いたが……」
王女パウラは話がかみ合いだしたと感じている。だが、クマンのグスタフとこの地のグスタフが同じとは限らない。無関係ではないだろう。
「西にも悪いヒトたち、虐げるヒトたちと戦うグスタフがいる。
あなたたちのグスタフは?」
「創造主の軛〈くびき〉から、ヒトを解放する導師だ」
「導師?」
「そうだ。
おまえたちは、導師を知っているのか?」
「この土地のグスタフについては、何も知らない。
そのヒトたちとは、会ったことがないの」
男は意外な反応を示した。
「それは、よかった。
あれを見て、救世主の仲間かと思ったんだ」
男はスカニア戦車を指差す。
王女パウラは少し動揺した。
「救世主は、悪いヒトたち?」
男は王女パウラを真っ直ぐ見る。
「悪党だ。
ヒトを虐げる悪党は、自分たちを救世主と呼んでいる。
救世主は、聖なる土地で解脱し、悟りを開いて、ヒトを超えたそうだ。
で、創造主に代わって超人である救世主がヒトを支配しようとしている」
王女パウラは、男の話を理解できない。
半田千早が無線でアドバイスする。
「詳しくはないんだけど……。
仏教やキリスト教といった200万年前の宗教がゴチャゴチャになっている感じ……。
創造主とか救世主といった言葉に惑わされないで……」
マルユッカも伝えてきた。
「創造主は白魔族のこと、救世主は白魔族に取って代わろうとしているヒトの勢力だろう。野盗の類かもしれない」
王女パウラはアドバイスを受け、少し落ち着いた。
「あなたたちは、ここで何をしているの?」
「狩りだ」
「近くに村があるの?」
「……」
この男を制止した、やや背の高い男が横に立つ。この男は、クマンの言葉を理解しないようだ。2人が数分間会話する。
2人とも落ち着いている。
「グスタフがどこにいるか知っているか」
王女パウラが即答する。
「知っている……。
グスタフの指導者マルクスの居場所も……」
「マルクス?」
「最も偉大なグスタフの指導者……」
「導師グスタフは1人ではないのか?」
「グスタフは、悪いヒトから民を守る組織の名前なの。特定の誰かを指す言葉ではない……」
男2人が長い会話をする。その間に離れていた男2人も近付いて会話に加わる。
会話は熱を帯び、徐々にヒートアップしていく。会話の内容は、王女パウラにはわからなかった。
だが、グスタフについてであることは確かだ。頻繁にグスタフやマルクスの単語が出てくる。
議論は激論となり、唐突に収束した。クマンの言葉を話す男が王女パウラに乞う。
「俺は、グスタフから西の言葉を習った。
グスタフがたくさんいるとは、聞いてはいない。
グスタフは西にいると、聞いてはいたが……。
グスタフのところに連れていってくれないか?」
ヘグランド装甲車からマルユッカが、スカニア戦車からイロナが降りてくる。
マルユッカは、クマンのトウガンから通訳を受けていた。
マルユッカが王女パウラに、グスタフに会う理由を尋ねるよう指示する。
「なぜ、グスタフに会いたいの?」
「西にはヒトの国があり、ヒトの王が統治していると聞いた。
そして、グスタフのことも……。
その老人は、若い頃グスタフに助けられたそうだ。老人となる前に創造主に捕らえられ、銀羊に加えられた。
俺は老人から西の言葉を習い、ヒトの国の話をたくさんしてもらった。
3年前、創造主は一部の銀羊を西に移動させた。創造主の命令は絶対。逆らうことはできない。
理由は、一部の銀羊と金羊が反乱を企てたからだ。種族間の接触は禁忌だが、まったくなかったわけじゃない。金羊の逃亡、銀羊の反乱は珍しいことじゃない。
反乱を企てた銀羊と金羊は、救世主が背後にいる。救世主が反乱を起こさせた。
俺たちは、反乱銀羊の仲間だと思われた。だから、西方に連れてこられ、開墾を命じられた。
遠送りの罰を受けた」
男はここで言葉を切った。
王女パウラは、彼らが反乱者の仲間と間違われ、本来の住地から追放されたのだ、と理解した。
反乱は頻繁にあり、反乱を背後で操っているのは救世主であることも理解する。
対立の本質は、創造主と救世主であり、そのとばっちりを受けるヒトがいることも知る。
内陸中央部の状況の極一部だが、貴重な情報だ。
男が説明を続ける。
「救世主は当初、銀羊の間で知られていた救いの国に導いてくれる導師グスタフを名乗っていた。
創造主は新たな反乱を警戒して我々を弾圧し、救世主は反乱に加わらなかった銀羊を裏切り者と呼んで攻撃している。
何百年も前から、この関係は変わっていない。
遠送りの罰を受けてから、創造主の下僕である黒羊は現れていない。俺たちは、たぶん、遺棄された。
荒れ地を開墾し、どうにか作物が実るようになったのは今年からだ。
それまでは、森で木の実を集め、川で魚を捕り、狩をして食べ物を得ていた。
綿を紡いで糸を作り、機織りをして服も作った。
何人かがワニに食われた。
貧しいが平和だったし、時間はかかるが貧しさから脱することもできた。豊かな地で、ひどい飢えもなかった。
それなのに、俺たちの村に救世主が現れた。
だから、グスタフ、救世主に対抗できる導師を探しに来た」
王女パウラがイロナの意を受け問う。
「創造主は助けてくれないの?」
「創造主は、黒羊に命じて我々を捨てた。
たぶん……。
俺たちは、遺棄銀羊なんだと思う。
南から北に流れる川の畔に置き去りにされたんだ。
反乱に加わらないように……。
6カ月分の食料と、創造主に収める部品を作る道具だけが与えられた。
その道具で、弓や剣を作り、機を織り、銃も作った。
銃があっても救世主には抗えない。救世主の武力は、恐ろしい。従うか、殺されるか、その2つしかない。
だから、俺たちが選ばれ、グスタフを探しに出たんだ」
王女パウラが尋ねる。
「他のヒトたちはどこにいるの」
「……」
男は口を閉ざして、答えようとはしなかった。
マルユッカは、ここに留まることは危険だと感じていた。クルロタルシ類の襲撃にも注意が必要だし、白魔族との接触も可能性があるからだ。
王女パウラがマルユッカの指示で尋ねる。
「あなたたちのキャンプは?」
4人は顔を見合わせ、少しの間相談する。そして、数キロ先に見える土の丘を指差した。
その古い集落跡は、麓からは見えないよう巧妙に隠蔽されていた。集落跡というよりは、遺跡だ。
家屋自体が草と泥で造られ、丘の色と完全に同化している。草葺きであったろう屋根はすでに朽ちているが、壁は残っている。
戸数は20戸ほど。道に沿って、家が並ぶ。
マルユッカはすぐに、全戸の調査を命じる。放棄されてから数十年以上経ていて、死体はない。
そして、4人にはさらに4人の仲間がいた。
10代後半の女性2と10代前半の女性2。グループは計8。
村には8人が設けたキルベースがあり、運んできたガゼルが素早く解体される。
肉は木串に刺して、直火で炙る。
集落には水場がなく、麓から女性たちが運んできた。容器は容量20リットルほどの円筒形ブリキ缶のようなものだ。
旅の途中で、拾ったのだという。
水はあまりきれいではなく、布で濾過した後、沸騰してから飲用にするという。
ある程度の衛生や病気に対する知識や経験があるようだ。
女性たちは、マルユッカ隊から離れている。一定の距離以内に近付くと、スーッと離れてしまう。
同世代の半田千早たちでも近付けないし、話しかけられない。
ガゼルの解体を終え、肉を炙り始めると、8人は長い相談を始める。
マルユッカは、彼らの1人が発した、黒羊、白羊、銀羊、金羊について、詳しく知りたかったが、8人の相談は1時間を過ぎても終わらない。
肉を炙る係は、イロナとヴルマンのギャエルになっていた。
クマンの言葉を話す10代後半らしい男は、アモと名乗った。
王女パウラに代わって、トウガンが通訳、マルユッカが質問する。
アモがいう。
「半分は、おまえたちが信用できない、と」
マルユッカが答え、トウガンが通訳する。
「当然だろうな」
半田千早は肉体が所属する銃器班員の目で、8人の武器を見ている。銃は6挺。弾は多くないようだ。たすきがけの弾帯に刺さる弾があまりに少ない。
弾は、45口径級、薬莢は異常なほど長い。センターファイアではなく、薬莢の底部縁辺を叩くリムファイアらしい。雷管が見えないので、リムファイアで間違いないだろう。
銃は、鬼神族が使うローリングブロック式ライフルとよく似ている。だが、かなり小型だ。ヒトの体格に合わせて、縮小したようだ。
女性2人はローリングブロック式の単発拳銃を持っている。弾は確認できない。片手で使う以上、同じ弾を使うとは思えない。
マルユッカが問う。
「お互いに知りたいことを、伝え合おう。
情報交換だ。
そして、ここで分かれよう。
我々は、川の下流、西に向かう」
アモは他の7人と長い相談をする。
そして、いった。
「わかった。
知りたいことは、グスタフの居場所だ」
「河口に向かえ。
川に沿って下れば、グスタフのいる街に着く」
「距離は?」
「徒歩なら20日以上かかるだろう」
また、長い相談が始まる。
アモが問う。
「あの、恐ろしい生き物は、多いか?」
マルユッカは答えに窮した。
「我々も詳しくは知らないが、西に行くに従って、減ってはいくと思う。
海岸付近にはいない」
「海岸とは何か?」
「海岸……。
海の岸辺だ」
「海とは、何か?」
マルユッカは、大いに戸惑った。なぜなら、マルユッカは海を説明したことがないからだ。
「湖や沼を知っているか?」
「知っている」
「巨大な湖だ。
手漕ぎのボートでは、対岸に行き着けないほど巨大だ」
「……。
そこにいるのか?」
「川が終わる街にいる」
「20日、歩けば行き着けるのか?」
「道はない。迷えば、たどり着けない」
「……」
マルユッカが質問する。
「私の質問に答えて欲しい」
「わかった」
「黒羊とは?」
「白羊の世話をするヒトの種だ」
「では、白羊とは?」
アモはしばらく考えた。
「創造主の血肉となるヒトの種だ」
マルユッカは怒りを押させることに苦労した。
「食べられるということか?」
アモが躊躇う。が、明確な怒りを示す。
「そうだ!」
マルユッカが息を吐く。
「では、銀羊とは?」
アモは落ち着いていた。
「銀羊は複雑だ。
創造主が必要とする道具を作っている。
どこからか連れてこられたヒトが多い。
俺たちのように、連れてこられたヒトの子孫もいる。
道具を作る知恵を持たない銀羊は捨てられる。世代を重ねると、俺たちのように道具作りよりも畑仕事が好きな銀羊が現れる。
畑仕事を好む銀羊は、黒羊によって、捨てられるか、殺される。
俺たちは、求められるものは作っていたのだが……」
「何を作っていた?」
「これだ」といって、アモは両刃のナイフを見せる。ダガータイプだ。
「これだけを作らされてきた」
「銃はどこで手に入れた?」
アモは少し誇らしげにいった。
「自分たちで作ったのさ。
何百年か前、連れてこられたヒトが銃を作る知識を持っていた。
創造主に捕らえられると、何もかも奪われるが、知識だけは奪えない。
彼は、火薬の作り方、雷酸水銀の作り方も知っていた。
だが、銃を作るには、多くの困難があった。
薬莢の作り方、ライフルの刻み方、その他、何でも。知恵を出し合って、みんなで成し遂げた、と伝えられている」
雷酸水銀は、雷管に使う爆薬だ。
アモが続ける。
「銃は、創造主から与えられる材料を少しずつ都合をつけて、少しずつ作っていった。1挺作るのに数カ月かかる」
マルユッカが尋ねる。
「その貴重な銃だが、6挺あるが……」
アモがうなだれる。
「グスタフに助けを求めるために、選ばれた6人だ。
俺たち6人にみんなの運命が委ねられている」
マルユッカが2人の10代になるかならないかの少女を見る。
「2人は?」
「創造主は、滅多に姿を現さない。
だが、最近は頻繁に目撃するんだ。
この付近には白羊はいない。この子たちが狙われる可能性があった」
マルユッカが彼らの集団について尋ねる。
「何人いる?」
「……」
アモは答えなかった。
マルユッカは質問を戻す。
「金羊とは?」
アモは少し考えた。
「創造主は、銀羊に命じたもの以外は作らせない。
我々のようにナイフを作っていれば、何を作っているのかわかる。
だが、機械の小さな部品だと、わからない。
創造主は生き物を想像するが、機械や道具は作り出せないんだ。
銀羊には何を作っているのか、わからないようにしている。反乱を恐れているんだ。
金羊には、設計をさせる。しかし、絶対に作らせない。
反乱を恐れているから……。
黒羊と白羊は、反乱はしない。
創造主によって、生み出されたヒトだから。
でも、銀羊と金羊は違う。捕らえられたヒトだから、反乱の機会をいつでも狙っている」
マルユッカは、おおよその事情がわかりかけていた。
「救世主は?」
「救世主は、数百年前に反乱を起こした銀羊と金羊の集団だ。
救世主は数年前、一部の銀羊を焚き付けて反乱を起こした。この反乱に同調しなかった銀羊がいる。反乱があることを知らなかったり、創造主を恐れて傍観に回った銀羊だ。
救世主は、この反乱に参加しなかった銀羊を恨んでいるんだ。反乱に失敗した理由が、反乱に参加しなかった裏切り者のせいだといっている。
創造主の管理が厳しくなり、反乱に加担しそうな銀羊は遠くへ追放された。
俺たちのように。
救世主は、反乱に加わらなかった銀羊を襲うんだ」
マルユッカが問う。
「きみたちは創造主に追放され、救世主の襲撃にさらされているのか?」
アモは頷いた。
イロナがマルユッカを呼ぶ。
「あの子、足を怪我しているみたい」
一番身体の小さい女の子が、右足を庇いながら歩いている。
肉がほどよく炙られ、食べ頃になっている。
女の子が焚き火に近付く。
イロナが手招きすると、近くに来た。
アモが少し慌てる。
王女パウラがいう。
「隊長は、お医者様なの。
この子の足を診ても、いい?」
アモが頷く。
マルユッカがいう。
「尖ったものを踏み抜いたようね。
このままだと化膿してしまう。
消毒して、清潔にしないと」
マルユッカが「痛い?」と尋ねると、頷いた。何となく通じている。
傷口を消毒し、抗生剤と痛み止めを与える。
涙が止めどもなく流れる。しかし、声は出さない。痛みと恐怖に耐えているのだ。
イロナが抱きしめると、女の子が何かいった。イロナが頭を撫でる。
半田千早が、時計を見る。
ちょうど正午。
炙られた肉は、8人が食べた。肉は、追加で炙られているが、これは携帯するためだろう。
彼らには、貴重な食料だ。
アモたち8人との間には緊張もあるが、マルユッカは歩哨を除いて、休息とした。
半田千早は、スカニア戦車のエンジンを点検している。
特に不調ではないが、カラカラという異音がする。点検した限りでは、異常はない。ファンベルトのたわみも正常だし、オルタネーターの取り付けも正常だ。
半田千早はイロナに「大丈夫だと思うよ」と微笑んだ。
この集落は、東西に延びる幅2.5メートルほどの道があり、東西のどちらからも出入りできる。
家屋跡は、この道に沿って並ぶ。
道は巧妙な造作で、麓からは見えない。この山脈の模型のような丘を目標として、登坂口を探さない限り、見つかることはない。
8人は、この安全な場所に3日ほどいるようだ。
王女パウラがアモと話をして、少しでも情報を引き出そうとしている。
アモはクマンの言葉が話せることが楽しいらしく、雑談には応じる。だが、自分たちの多くを語らない。
マルユッカは、王女パウラの努力を認めている。
いつものことだが、トウガンが王女パウラをそれとなく護衛している。
そのトウガンは、背中に背負っている無反りの長剣に砥石をあてている。
ミエリキは東側の監視にあたっていた。
ヘグランド装甲車で無線を聞いているアクムスに伝える。
「東からブタ3。輸送車輌3。
丘の周囲でうろついている」
アクムスがマルユッカに叫ぶ。
「隊長、東から白魔族です!」
全員が即座に動く。
王女パウラがアモに「白魔族が来た。隠れて」と告げるが、8人は逃げようと支度を始める。
トウガンが身体を張って、押しとどめようとする。彼の手に剣があったことから、アモたちが銃を構える。
トウガンがいう。
「いまからでは逃げ切れない。
ここで、迎え撃つほうが勝算がある。
それに、立ち去るかもしれない」
トウガンは白魔族が立ち去るとは考えていない。焚き火の火を見て、調べ来たのだろうから。
王女パウラがいう。
「その子は、走れない。
隠れて。
お願い」
アモが足を怪我している女の子を見る。長身の男がアモの肩に手を置く。2人が何かを話す。
アモが集落の中央にある土壁が完全に残る家屋を指差す。
「あそこに隠れる」
ミエリキが走って戻る。
「登ってくる!」
スカニア戦車が、後進して東に向かう。
ヘグランド装甲車は、トレーラーを牽引したまま、何件かの土壁を踏み潰し、車体を隠す。
バギーは、大きく崩れた土壁の家に頭から突っ込む。
スカニア戦車は、集落の東端で土壁を押し潰しながら、方向転換する。
先頭は、第一次世界大戦期のフランス製ルノーFT-17軽戦車によく似たスモールピッグだ。
車幅が2メートルないので、高速で登ってくる。古色蒼然としたスタイルだが、装甲は意外と厚い。
それでも、スカニア戦車の砲身長60口径47ミリ砲ならば撃破できる。
派手に土壁を壊したから、土煙が舞い上がり、ヒトの所在は知られている。
彼我、覚悟の遭遇戦になる。
イロナが無線で伝える。
「先頭のブタを仕留める。
道を塞いで、後続のブタを集落に入れないようにする」
王女パウラが車外に出ようとする。
半田千早が止める。
王女パウラがいう。
「小さい戦車では、道を塞げない。歩兵が攻め込んでくる。
RPGで輸送車を……」
ミエリキが賛成する。
「私もそう思う。
戦車だけでは、阻止できないよ。
私たちは装甲車に乗っているけれど、アモたち8人はどうなるの。
見つかれば、殺されるよ。
パウラ、私が護衛につく」
3人が車外に出て、後部ハッチを開く。
ミエリキがRPG-7をつかむ。
王女パウラが目で抗議する。
半田千早がいう。
「パウラ、RPGを使ったことないでしょ。
ミエリキのほうがいい。
RPKを持っていって。RPKはAK-47と使い方は同じだから」
王女パウラは、RPKの交換用75発ドラム弾倉をミュゼットバッグに押し込む。その上で、ボディアーマーのポケットを確認する。AK-47の30発弾倉4を確認する。
マルユッカから無線が入る。
「バギーから2人、側面の高い位置に回り込ませろ」
無線は半田千早が受ける。
2人に告げる。
「命令違反じゃない」
ミエリキは、ロケット弾を発射機に差し込み、さらに3発をボンサックに入れて、それを背負う。
半田千早がミエリキに拳銃を渡す。
ミエリキはワルサーPPをズボンの右ポケットに入れ、予備の弾倉2つを左のポケットに押し込む。
かつて窓であった四角い穴から、王女パウラとミエリキが丘の斜面を登っていく姿が見える。
スカニア戦車が初弾を発射する前に、王女パウラとミエリキは射点につくことができなかった。
だが、スカニア戦車の先制攻撃は、白魔族を混乱させ、王女パウラとミエリキが斜面を西に向かう途中で発見されることはなかった。
ミエリキは、白魔族の輸送車がいつもの半装軌車でないことに驚いていた。荷台に白い幌を被せた3トン級の装輪トラックだ。
1輌に20体くらい乗っている。それと、麓の登坂道の入口付近には装軌式トレーラー4輌が待機している。こちらには幌はなく、牽引されている荷台には金属製の容器が積まれている。
燃料だろう。
2人は大きな土塊に身を隠す。土の塊に見えたが、土がこびりついた大きな岩だった。
この大岩と周囲の岩を遮蔽物にして、攻撃準備に入る。
王女パウラがRPK軽機関銃を発射。ミエリキは、最後部のトラックを狙う。
トラックを俯瞰する位置から荷台に向けて発射。
最後尾のトラックを破壊。
ルノー戦車が砲塔を旋回して、王女パウラを主砲で狙う。
王女パウラは、大岩に身を隠す。
彼女がいままでいた場所に、ルノー戦車の主砲弾が命中する。
ミエリキは次弾装填に手間取っていた。
王女パウラを見ると、彼女が微笑んだ。そのように感じた。
実際は、王女パウラは恐怖で泣き出しそうだった。
彼女は匍匐で、少し西に移動し、再び発射する。今度は歩兵も応射してくる。
ミエリキは次弾を装填し、王女パウラを狙った戦車に向けて発射。
発射した後、大岩に姿を隠す。大岩に無数の銃弾があたる。
もう1輌の戦車は機関銃搭載車だ。白魔族の機関銃は、ヒトのそれとは異なり、操作自体は手動のガトリング砲のようにハンドルを回して、発射する。
しかし、構造はまったく異なり、19世紀末にフランスで作られたミトラィユーズ斉射砲に近い。
25発を25の銃口から連射でき、弾倉に相当する弾薬箱を交換することで、発射を継続できる。
性能は、ヒトの機関銃に比べると、かなり劣る。
ミエリキが3発目を発射。発射の瞬間、足下の土が沈み、狙いが外れた。誰もいない、丘の斜面に命中する。
4発目を焦りながら装填。
白魔族の歩兵が斜面を登り始める。
トラックに狙いを定める。
発射。命中する。
発射機をスリングで背負い、拳銃を抜く。
歩兵に向けて発射。
王女パウラが、手榴弾を投げる。
2人は発射しながら、バギーに向かった。
王女パウラの右太股に敵弾がかすり、彼女は激痛を感じる。しかし、死の恐怖から足は動き続ける。
スカニア戦車が同軸機関銃を発射して、歩兵の侵入を阻止している。
それでも、20メートルほど侵入され、ヘグランド装甲車とバギーの7.62ミリ機関銃の応戦で、どうにか後退させた。
王女パウラとミエリキが戻ってきた。王女パウラの足を、半田千早が応急処置する。
2人とも泣いている。
ミエリキは報告のためにマルユッカが乗るヘグランド装甲車に向かう。
ミエリキが報告する。
「見慣れないトラックでした。敵歩兵は1個小隊以上です。
トラック1輌と戦車1輌は健在です。それと、麓に見たことのない装軌のトレーラーが4輌。
2輌は燃料を積んでいるようです。歩兵ではないようですが、敵はほかに20人近くいます」
マルユッカが少し考える。
「パウラを呼んで。
8人を連れてここを出よう」
王女パウラが説得する。
「私たちと一緒に、ここを出ましょう」
王女パウラの足に巻いた包帯からは、血がにじんでいる。負傷した際に流れた血は、シミになっている。
顔には跳ねた石がつけた傷。
アモは、この状況で微笑む王女パウラが恐ろしかった。
年長の少女2人は、出会ったときからどことなく敵対的だった。
だが、いまでは完全に怯えてしまっている。この場に留まる勇気も、歩いて逃げる気力も失せていた。
王女パウラの誘いに、素直に応じる。
アクムスが、空になったドラム缶をトレーラーから転がし落とす。アモたち8人を乗せるスペースを作っている。
このトレーラーに装甲はないが、側面にスタック時の脱出や亀裂を渡るための有孔鉄板をくくりつけている。
小銃弾ならある程度防げる。
ガゼルの肉は、瓦礫に埋もれてしまった。アモは、悲しい目で、肉を焼いていた焚き火跡を見ていた。
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