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第4章

第108話 邂逅

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 アクムスは、星空を見ている。天測が終わり、まもなく打ち合わせが始まる。
 焚き火をしているが、クルロタルシ類は火を怖がらない。テントを張って、手足を伸ばして寝たいが、そんな度胸は誰にもない。
 ここは、ジュラシックパークよりも恐ろしい場所なのだ。誰だって二本足のワニに食われたくはない。

 マルユッカがアクムスに尋ねる。
「現在の位置は?」
「北緯13度8分、西経13度45分です。
 バンジェル島まで480キロ離れました。
 北に進むとガンビア川南岸に行き着きます。その付近が、バンジェル島から500キロです。
 移動距離は残り30キロか35キロです」
 半田千早は、ノートパソコンを操作し200万年前の地図に重ねる。セネガルの中央よりやや南、ニョコロ=コパ国立公園の西端付近だ。
 ガンビア川も確認する。200万年前と川筋は同じではないだろうが、おおよその位置関係はわかる。
 マルユッカがパソコンのモニターを覗く。
 彼女は話題を変える。
「チハヤ、あの戦場跡にあったオチキス戦車を調べていたが、何かわかったか?」
「損傷の少ない戦車を探したんだけど、その途中で気付いたことが……。
 長砲身砲搭載型と短砲身砲のタイプがあった……。それと、同じ直列6気筒だけど、エンジンには2種類あるみたい。どちらもガソリンエンジンで、大型は西ユーラシアで使われているタイプと同型だと思う。小型は見たことがない……。ルノー戦車の4気筒を6気筒にしたのかも……。
 長砲身砲は、35口径くらい。対戦車戦闘能力があると判断したほうがいいよ」
 マルユッカは、半田千早の報告に不安を感じた。
「白魔族が対戦車戦闘が可能な長砲身砲搭載の重装甲戦車を持っている、と?」
 半田千早はどう答えるか逡巡した。
「オチキス戦車だけど……。
 ヒトが乗っていた可能性が……。
 車内に残された遺体は、ヒトじゃないかと……。
 白魔族にしては、身体が大きすぎるから……。ヒトじゃないとしても、白魔族ではないと思う。頭骨の形が、ヒトとは違うように思ったんだけど……。
 わかんない……」
 マルユッカは、どう理解すべきか少し考える。
「大西洋岸から内陸500キロ付近で、白魔族とヒトかヒト以外の生物が戦車戦をした、ということ?
 白魔族同士の内輪もめじゃなくて……」
 半田千早は、マルユッカの考えが理解できなかった。
「隊長は、白魔族同士の殺し合いだと思っていたの?」
 マルユッカは、返答に困った。
「饅頭山では、どちらの戦車も白魔族が使っていたから、白魔族同士の戦いだと、思い込んでいた……。
 だから、死体や骨も調べなかった……」
 白魔族がヒトのように、同族間で殺し合うことは知られていた。
 マルユッカが問う。
「では、なぜ、白魔族がオチキス戦車を持っていたのかな?」
 半田千早が答える。
「鹵獲したんだと思う」
 場がざわめき、半田千早の推測を支持する声が上がる。
 アクムスが「ありえる……」といい、ミエリキが「オチキス戦車がヒトのものだとすれば、過去数百年間技術的進歩が皆無だった白魔族が、急に変化した理由になるね」といった。
 マルユッカが「オチキス戦車がヒトのものだという証拠はいまのところない」といったが、すぐに自分の発言を訂正する。
「だけど……。
 オチキス戦車が元世界でヒトが作ったものならば、この世界でもヒトが作ったと考えるほうが理に適っている。
 ほかの種族なら、違うものを作るんじゃないかな」
 王女パウラがいい淀みながら発言。
「クマンとしては、白魔族なる生き物の存在にも驚いていますが、海から遠く離れた地にクマン以外にもヒトがいるなんて……。
 少し、信じられないのですが……」
 半田千早が発言。
「オチキス戦車だけど……。
 車体、下部車体と上部車体は鋳造製なの。
 つまり、大型の鋳造部品を作る技術を持っているということ。
 単にヒトが大昔に作った戦車のコピーをしているだけじゃないの。
 ルノー戦車の車体は金属フレームに鉄板を鋲接しているから、製造技術としては高度じゃない。鉄板を切り出す技術と、少しの溶接技術、あとは鋲接技術だけ……。
 車体に関する限り、設計図があれば、ヒトの街ならどこでも作れる。
 だけど、オチキス戦車は違う……。
 ノイリンでも完コピはできないと思う。大型の鋳造部品を作る技術がないから……。
 というよりも、いまのところ必要ないんだけど……。
 視点を変えると、ルノー戦車とオチキス戦車では、雲泥の技術格差がある……。
 白魔族がオチキス戦車を欲しいだけ手に入れられるのならば、ルノー戦車の製造はやめるはず。
 それと、ルノー戦車とオチキス戦車は、どちらも歩兵直協用の支援戦車で、運用思想はまったく同じ。
 だから、この2車種には関係があると思う。無関係のはずはない……」
 アクムスが半田千早に微笑む。
「チハヤは戦車に詳しいんだな」
 マルユッカが笑う。
「チハヤは銃器班所属だが、魂は車輌班なんだ。
 12歳のときには、車輌班の工場に入り浸りだった。
 今回の調査では、車輌に詳しい隊員の必要性を誰も意見しなかった。
 故障したら、誰が直すんだ?……ってね。
 ジョージマ司令官も……。
 なぜだと思う?
 チハヤがいるからだ!」
 アクムスが、半田千早に尋ねる。
「ルノー戦車とオチキス戦車に共通する運用思想って?」
 半田千早は、明日の行動方針を決めなくてはいけないのに、こんな枝葉末節などうでもいい話をしていてもいいものか、心配になってきた。
 彼女の心中を察したように、マルユッカがいった。
「夜は長い、チハヤの話を聞いてみたい」
 歩哨を含めて、焚き火を囲む小さな輪ができる。歩哨は焚き火に背を向け、それ以外は焚き火に向かう。

 半田千早が話し始める。
「ママ……、城島司令官のことだけど……。
 や、ベルタさんは、105ミリのロイヤル・オードナンスL7ライフル砲が好きみたい。
 フィーさんも、滑腔砲よりもライフル砲が、この世界には合っているって……。
 滑腔砲のことは知らないから、何ともいえないんだけど……。
 この3人にとっての戦車とは、主力戦車のこと。複合装甲で守られた車体に、105ミリや120ミリの主砲を装備する砲塔を搭載し、重量35トンから60トンの車体を時速80キロくらいでブッ飛ばせる戦車。
 3人にとって、それが戦車で、それ以外は戦車みたいなもの、なの。
 ノイリンの双腕重機は、その主力戦車の一つ、90式戦車の車体を利用している。
 それと、金沢さんがメルカヴァ主力戦車を見つけたって。修理可能かどうかは、わからないけれど……。
 ママが……、司令官がロンメル戦車を薦めたけど、スカニア戦車を希望した隊長の意見を簡単に受け入れた理由だけど……。
 司令官は、ロンメル戦車もスカニア戦車も、どちらも戦車だとは思っていないから……。
 似たようなもんだし、どっちでもいいか、ってところだと思う。
 前置きが長くてごめんね。ここからが本題だけど……。
 主力戦車が誕生する以前、戦車は2種類あった。
 歩兵と行動を共にする支援戦車と、騎兵のウマ代わりの乗り物としての機動戦車。イギリスっていう国があったんだけど、その国は歩兵を直協支援する戦車を歩兵戦車、騎兵に取って代わる機動戦車を巡航戦車って呼んでいた……。
 軽戦車、中戦車、重戦車っていう分類もあった。軽戦車が機動戦車、重戦車が歩兵戦車、中戦車がその中間。
 歩兵戦車は装甲が厚くて、陣地の攻撃に効果が高い砲口口径75ミリ級の榴弾砲を装備するけど、重くなる代償として鈍足。
 機動戦車は、ウマみたいに高速で走るために車体を軽くしなければならないから、防御力が低くなるわけ。主砲もやや砲身の長い37ミリ砲クラスが主流。
 速度は、機動戦車が40キロから45キロ、歩兵戦車は18キロから25キロくらい。
 既存の技術で両方の長所を求めると、中途半端な防御力とそこそこの攻撃力と速度が出る中途半端な戦車になる。
 元の世界には、第二次世界大戦という大きな戦争があって、この戦いで戦車はたくさん使われたの。
 歩兵が自動車で移動するようになると、鈍足の歩兵戦車は一緒に行動できなくなるし、機動戦車は敵の戦車が現れると薄い装甲では簡単に撃破されてしまうことになっちゃったの。
 そこで、重装甲で、敵戦車の装甲を貫徹できる強力な砲を積んでいて、高速で移動できる戦車が必要になったわけ。つまり、歩兵戦車と機動戦車のいいところを集めたタイプ。
 第二次世界大戦が勃発して1年か2年たつと、この中戦車が世界の主流になるの。
 歩兵の機械化に追従できて、敵の強力な戦車と正面から砲撃戦ができる戦車として……。
 その戦車設計思想が、第二次世界大戦後に主力戦車になっていくの。
 で、ルノー戦車とオチキス戦車は、歩兵直協用の古いコンセプトで作られた戦車。
 低速だから、機動力は高くない」
 アクムスが重ねて問う。
「我がロンメル戦車やスカニア戦車は、主力戦車ではないの?」
 半田千早が小首をかしげる。
「一般的には、戦車は前から、操縦席、戦闘室、戦闘室の上に砲塔、最後部にエンジンやトランスミッションがある機械室の順番に配置される。
 だけど、ハーキム戦闘車に始まり、ロンメル戦車とスカニア戦車は、この配置になっていないでしょ。
 3車種とも、トランスミッション、エンジン、操縦席、最後部が戦闘室か兵員室という配置。その上に砲塔を載せるレイアウト。
 ハーキム戦闘車は装甲兵員輸送車の影響、ロンメル戦車とスカニア戦車はメルカヴァ戦車の設計思想を受け継いでいる、とされているけど違うと思う。
 金沢さんは、この3車種は装甲車輌ではあっても戦車だとは考えていないんだと思うんだ。
 金沢さんも、本格的な主力戦車を考えているんだ。きっと……」
 アクムスが質問を重ねる。
「カナザワは、車輪の精霊の守護を得ているから、車輪のある道具を生み出し続ける宿命を背負っている。
 その彼は、主力戦車を作って何をしようとしているんだ?」
 半田千早はその答えを知っていた。
「まずはセロの駆逐。そして、白魔族の排除」
 アクムスはさらに尋ねる。
「チハヤは、主力戦車なるものが必要だと思うか?」
 半田千早はその回答も持っていた。
「現在は、必要ないと思う。
 だけれど、ロンメル戦車にはもっと強力な砲を積む必要がある、かな。
 実際、ノイリンでは105ミリのライフル砲を開発していて、これを搭載する仮称ロンメルⅡ戦車が試作されているんだ」
 マルユッカが少し慌てる。
「チハヤ、それは軍事機密ではないのか?」
 半田千早は一瞬考える。
「そんなわけないじゃん。
 だって、私が知っているくらいなんだから……」
 しかし、フランス製44口径CN-105系戦車砲を源流とする反動を抑えた105ミリのライフル砲の開発やそれを搭載する仮称セクメトⅡ戦車の存在は、ノイリン北地区上層部でも知るものは限られていた。
 ノイリンの戦女神も知らないし、俺でも金沢壮一に実車を見せられるまで、まったく知らなかった。
 仮称セクメトⅡ戦車は、防御力がやや低い点を除けば、ほぼ主力戦車と呼べるレベルに達している。
 だが、この仮称セクメトⅡ戦車には致命的な欠点があった。M24チャーフィー軽戦車の砲塔をモデルとしたことから、105ミリ砲を搭載するには内部が狭く、運用上かなり窮屈で、小型車体のため搭載できる砲弾の数も少ない。
 現実的な選択として、60口径76.2ミリ砲をとりあえず搭載している。
 マズルブレーキ(砲口制退器)の取り付けや駐退復座機の強化をしているとはいえ、105ミリ砲の反動を受け止めるには砲塔の奥行きがやや足りない。後座長を減じるために、駐退機はかなり無理な設計をしなければならない。
 半田千早の想定とは異なり、金沢壮一は仮称ロンメルⅡ戦車は真の主力戦車ではない、と判断していた。
 それと、人口の少ないノイリンが砲塔に3人乗る戦車を開発しても、配備数に限界がある。この指摘は、車輌班内部では当初からあった。
 3人乗りなら30人で10輌だが、4人乗りなら7輌しか配備できない。戦力は30%もの減になる。
 実際、ノイリン製装甲車輌がイギリス製FV101スコーピオン軽戦車の2人用砲塔を主用していることからも、3人用砲塔が現実的でないことがわかる。
 金沢壮一には解決策があった。仮称ロンメルⅡ戦車の開発を放棄し、仮称ロンメルⅢ戦車に移行する。
 フランス製44口径CN-105系戦車砲は、オリジナルが2基あった。フランス製AMX-13軽戦車に搭載されていたものと、オーストリア製SK105キュラシェーア軽戦車に搭載されていたもの。
 どちらの戦車も再生は不可能だが、機構の解析には十分な資材だった。
 ただ、G弾という特殊な対戦車榴弾が作れず、砲自体はロイヤルオードナンスL7砲に準じていた。
 両戦車の砲塔は実質同じもので、砲塔の上部が砲身と一緒に俯仰する揺動砲塔という変わった機構で、6連装の回転弾倉による半自動装填装置付だ。
 6連装の弾倉は2基あり、12発までを連続発射できる。弾薬の補充は車外からしかできないが、重い105ミリ砲弾の半自動装填は魅力だ。
 そして、砲塔は2人乗り。
 ノイリンの戦女神は、またもやバッタもん扱いするだろうが、開発は現実的で、ノイリンの現状にも適合している。
 それに、試作砲塔は2基あるし、仮称セクメトⅡ戦車の未使用資材は2輌分ある。
 砲はノイリン製が使える。ノイリン製105ミリ戦車砲は、ロイヤル・オードナンス L7と同じ弾薬を使用する。
 これは、105ミリ砲を保有するティッシュモックなどからの要求に沿ったものだ。
 105ミリ砲の開発はノイリン建設初期から始まっており、弾薬は当初からロイヤル・オードナンスL7A1戦車砲と同一化が図られてきた。というよりも、この砲弾をコピーしている。
 当初は文献だけを参考にしていたが、現在は実物があり、一部弾種だけだが製造に成功している。
 105ミリ高射砲は一時期、黒魔族が操るドラゴンの機動に追随できないため不要論があったが、セロの飛行船が現れたことから大口径対空砲が見直され開発が急速に進んでいる。
 最初は、高射砲弾として、時限信管付きの榴弾が開発された。
 105ミリ砲を搭載する戦車を開発すれば、榴弾(HE)、対戦車榴弾(HEAT)、粘着榴弾(HESH)は用意できる。
 ロンメル戦車の下部車体、シャーシに相当する部分は、M24チャーフィー軽戦車に倣った。M24チャーフィーはトーションバーサスペンションによる独立懸架を採用しているが、ロンメル戦車は中央4輪が2輪連動2組の横置きコイルスプリングによるボギー式、最前と最後部転輪はコイルスプリングによる独立懸架だ。
 性能は劣るが、実用上問題のない路面追従性はあるし、構造が簡単で生産しやすく、損傷した場合の修理も簡単だ。
 金沢壮一は、M60パットン(アメリカ)、レオパルト1(旧西ドイツ)、チーフテン(イギリス)、Strv.103(スウェーデン)、AMX-30(フランス)、T-62/T-64(旧ソ連)、74式戦車(日本)といった、戦後第2世代戦車を撃破できる戦車の開発は可能だと確信している。
 俺は知らなかったが、金沢壮一は俺に仮称セクメトⅡ戦車を誇らしげに見せた直後、この戦車の開発を放棄して、第3次性能向上型仮称セクメトⅢ戦車への移行を密かに決心していた。
 ロンメルⅢ戦車は、ロンメル戦車の下部車体はそのままに、エンジンとトランスミッションを車体後部に移動し、通常の戦車と同じレイアウトにして、車体中央に戦闘室と砲塔を配置し、砲塔には51口径105ミリ砲を備える計画だ。

 マルユッカが問う。
「明日の行動だけど、北に向かってガンビア川南岸まで進んでみる?」
 王女パウラが発言。
「川の畔には、村や街があるかもしれません」
 マルユッカが王女パウラの意見を肯定する。
「妥当な予測だけど、村や街があったらどうする?」
 アクムスがうんざりした顔でいう。
「ヒトが住んでいないことを祈ろう」
 ミエリキが少し眠そうな目をする。
「でも、ヒトがいないと、何もわかんない。
 一応、調査だし……。
 ヒトを見つけて話を聞かないと」
 マルユッカがイロナに意見を求める。
「車長は、どう思う?」
 イロナは、内容を整理しながら言葉を発した。
「ヒトの街、白魔族の巣、そのどちらもガンビア川以南にはないと思います。
 いままでの様子から……。
 ここまででも一定の成果はあります。ガンビア川の河口から実走500キロ圏までは、白魔族の巣はないと断定していいでしょう。
 それを確認するために、ガンビア川に沿って、西に向かいましょう。
 もし、集落があったら、遠くから観察して、接触は避ける。これらの情報を元に、ガンビア川上流北岸を調査するための部隊編制を意見具申してはどうでしょう。
 燃料にも限りがあります」
 半田千早は、イロナは頼りになると感じていた。イロナから学ぶことが多い。マルユッカやアクムスもこの点は同じだろう。
 マルユッカが問う。
「車長の意見に反対は?」
 誰も挙手しない。
 マルユッカが命じる。
「各車は、3交代制で睡眠をとる。眠れないないだろうが、無理しても寝ること。
 明日、ガンビア川に向かい北上、西に方向を転じ、海を目指す」

 バギーの乗員3人は、ミエリキが21時から翌3時まで、王女パウラが22時から翌4時まで、半田千早が23時から翌5時まで眠ることにした。
 ミエリキは疲れているようで、20時には後部座席で毛布を被っていた。
 半田千早と王女パウラは、前方を監視し、一言も発しない。静寂が己が生命を守ることを知っているからだ。
 だが、監視は厳にしている。恐鳥は夜間活動しないが、クルロタルシ類は昼夜関係なく捕食行動する。
 大型ならば4トン弱あるバギーを横転させる程度の力はある。

 周囲がわずかに明るくなり始めると、各車は燃料の給油を始め、朝食の準備をする。3角形に車輌を置いている。隙間はあるが防壁にはなる。その隙間に歩哨を配置する。
 燃料の補給には18リットルのジェリカンを使う。ドラム缶からジェリカンへの移し替えは、手回しポンプで行う。各車はジェリカン4缶を車体にくくりつけていて、ヘグランド装甲車が牽引するトレーラーには、ドラム缶4缶が積まれている。
 ドラム缶1缶は200リットル。1缶は使い切ったが、丸々2缶と半缶分は残っている。そして、各車は満タンだ。
 バンジェル島対岸まで戻るには、十分な燃料がある。

 缶詰を人数分開け、同量の水を足し、スープを作る。堅パンをこのスープに浸して食べる。堅焼きのクッキーもあり、こちらは調理ができない場合の非常食だ。
 太陽が出てからの焚き火は煙が出るので、行わない。調理にはガソリンストーブを使う。
 全員が5時には目覚め、美味ではないが温かい食事をし、6時30分には出発の準備を整えた。

 ガンビア川に近付くと、地面が平坦ではなくなった。丘や谷があるのではなく、水流の浸食による凹凸が激しくなる。古い河川の痕跡だ。
 3輌は急な傾斜を上り下りしながら、ゆっくりと北に向かう。
 ガンビア川は唐突に現れた。
 半田千早は、おきまりの涸れた河川痕と判断していて、傾斜を下ろうとしたが、ボンネットの先は赤く濁った幅90メートルほどの川だった。
 半田千早は慌ててブレーキを踏み、ハンドブレーキも引く。
 バギーと呼ぶには重すぎる彼女たちの車輌は、辛うじて止まった。浮航能力があるが、水面に勢いよく飛び込めば、沈没の可能性がある。
 車間を取っていたスカニア戦車は、バギーの急停止を訝り、その場で停止。
 イロナは砲塔から上半身を出していたが、這い出て、砲塔上で立ち上がる。
 ゆっくりと流れる赤く濁った川が見える。

 半田千早はギアをバックに入れ、エンジンをやや噴かしながら、ハンドブレーキを下げてバックする。
 助手席の王女パウラは、ダッシュボードのハンドバーを握りしめていた。
 簡易銃塔にいたミエリキは、最後部にいる自分が動いたら、バランスが崩れて、川に転落するのでは、と気が気ではなかった。
 実際に車体は、前方がかなり傾いていた。

 ガンナーと砲手以外が車外に出て、ガンビア川を眺める。
 アクムスがいう。
「濁った川だ。
 西アフリカの川は、濁った川が多い」
 マルユッカは、アクムスが発した言葉には答えなかった。
「西へ向かおう。予定通りに。
 川は性格の悪いヘビみたいに蛇行している。川岸から少し離れないと、西へは向かえないだろう。
 5キロ、戻ろう。
 古い枯れた川があった。その河床なら走りやすそうだ」

 全員が各車輌に戻り、5キロ戻る。
 涸れた河床に降りて、西に向かう。河床と川岸との段差は3メートルほど。垂直に切り立っている場所が多い。
 河床は固く走りやすい。20キロ西進すると、河床は唐突に終わり、草原に出る。
 南側に泥と同じ色の丘が連なる。

 草原に出る前に3輌は停止した。マルユッカが命じる。
 マルユッカと王女パウラが、南側の岸に沿い、草原に向かって徒歩で進む。
 ミエリキは前方を警戒。最後尾のヘグランド装甲車の銃塔は後方に銃口を向けている。

 ドーンという、大口径銃の銃声がする。

 全員の緊張が高まる。
 500メートル以上前方に、直立二足歩行動物がいる。
 マルユッカと王女パウラは、段丘に身体を押しつけて、身を隠す。

  ミエリキは、ガゼルが倒れる瞬間を見た。その獲物に4体のヒトに似た動物が走り寄る。4体のうち2体が銃を持っていることを確認する。
「4体発見、うち2体は武装確実」
 ミエリキは、隊内無線でマルユッカと王女パウラに警告する。
 マルユッカから命令。
「このまま、やり過ごす」
 ミエリキが別の二足歩行動物複数を発見。
「2本足のワニ。複数、4ないし6、武装グループに急速接近。
 武装グループは気付いていません!」
 マルユッカが即断。
「2本足のワニを排除!」
 半田千早は、すでにギアをローに入れていた。アクセルを踏み、クラッチをつないで、ダッシュする。

 一瞬早く、ヒトに似た4体がバギーに気付く。
 2足のクルロタルシ類は、スピードを上げる。時速60キロ以上で走る。
 バギーも負けずに速度を上げる。
 ヒトに似た4体は、バギーに向けて迎撃態勢をとる。4体が銃を構えるが、想定外の体長5メートルに達する大型爬虫類に気付き、その突進に恐れおののく。
 2足のクルロタルシ類は8体。その8体に向けて、ミエリキが7.62ミリ機関銃を発射する。
 クルロタルシ類の進行方向は北、バギーは真東から接近する。2頭倒した。頭部に銃弾を集中すると、倒せる。
 半田千早は4体は接近するにつれヒトではないかと、感じ始めていた。少なくとも白魔族ではない。
 貫頭衣のような服を着ている。
 4体は彼らの獲物を地面に置き、素早く迎撃の態勢を整える。
 2発で2頭を仕留め、別の2体がさらに2発で2頭の突進を止める。
 だが、まだ2頭残っている。この2頭がゼロ距離まで迫れば、4体の生命はない。
 ミエリキが1頭の頭部に4発命中させる。 残り1頭。
 半田千早が叫ぶ。
「ミエリキ!
 つかまってぇ~!」
 推定体重1トンの怪物に、車体重量4トン弱のバギーが横合いからブレーキを踏みつつ衝突する。
 4輪がロックし、固い地表に薄く乾いた土が覆う地面でスリップし、直進する。
 2足のクルロタルシ類が吹っ飛ぶ。

 動物の本能がそうさせるのか、巨大爬虫類はすぐに立ち上がり、走って逃げた。

 4体がバギーに銃口を向けている。戦い慣れしているようで、包囲している。
 半田千早は、魂は車輌班でも、肉体は銃器班だ。車外で銃を構える4体の武器を観察する。
 鬼神族の単発ライフルによく似ている。閉鎖機構は、ローリングブロックらしい。弾込を見たので、ほぼ確実だ。鬼神族の銃は1.3メートルもあるが、4体の銃は1メートル程度と短い。形状はカービンタイプだ。
 たすき掛けにした弾帯の銃弾も見える。ストレートタイプのリムド薬莢で、弾頭は円頭弾だ。
 彼女が、まったく見たことのない型式。

 ミエリキには、彼らの声が聞こえていたが、言葉はまったくわからない。
 クマンでも、ヴルマンでも、フルギアでも、異教徒の言葉でもない。精霊族や鬼神族の言葉とも違う。

 4体の風貌は、西アフリカと西ユーラシアの特徴が混在しているが、明らかにヒトだ。

 スカニア戦車とヘグランド装甲車が近付いてくると、大切な獲物を残して、走って立ち去ろうとする。

 車外にいた王女パウラがバギーに走り寄る。半田千早は、一瞬、不用意に近付こうとする王女パウラを心配する。
 王女パウラは、隊内無線に「接触します」と宣言していた。

「私は、クマン王国第4王女パウラ。
 あなたたちは、誰!」
 4人が立ち止まり、振り向く。
 王女パウラはさらに尋ねる。
「私たちは、ヒトに危害を加える意思はない。あなたたちがワニに襲われていたから助けただけ!
 大陸の東方を調べに来たの」

 1人が王女パウラに近付こうとすると、1人が止めた。
 王女パウラは、4人に等しく恐怖の色を見た。
 ヘルメットを外す。顔に迷彩を施してはいない。顔を見せれば、ヒトであることがわかるはずだ。
 ボディアーマーは着けているが、銃は車内に置いてきた。
「この獲物、あなたたちの大切な食べ物でしょ。
 置いていかないで!」
 近付こうとした男の腕を押さえた痩身の男が、手を離す。制止を解かれた男が近付く。痩身で背が低い。
 王女パウラの前に立つ。
「クマンのヒトか?」
 王女パウラは驚いた。強い訛りがあるが、クマンの言葉だ。
「私はクマン王家のもの。
 他の土地の民もいる」
 男は銃口を向けていない。
「ヒトか?
 黒羊とは違うようだが……」

 アフリカ赤道以北内陸に住むヒトとの新たな邂逅であった。
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