200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第4章

第115話 逃亡者

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 クマンは海岸にへばりついて生活していたわけではない。しばしば、内陸に探検隊を送っている。多くは民の冒険家で、地理学・博物学的な探求要素が強かったらしい。
 ニジェール川中流・上流に至るルートは、彼らによって啓開されていた。
 司令部が得た進路情報はグスタフのマルクスからもたらされ、バンジェル島対岸にいるクマンの人々によって補強された。

 ニジェール川は、アフリカ西部を流れる大河だ。シエラレオネとギニアの国境付近に源を発し、北東に流れ、マリで南東に流れを変え、ニジェール、ベナン、ナイジェリアを下り、ギニア湾に至る。200万年前は4180キロに達する流れを誇っていたが、200万年後は距離は変わらないものの水量が圧倒的に多い。
 雨季と乾季の降水量の差が小さいことから、渇水することもない。
 本来なら西アフリカの人々は、この川を中心に生活圏を確立したかった。
 チグリス・ユーフラテス川流域に発したメソポタミア文明、ナイル川流域のエジプト文明、インダス川流域のインダス文明、黄河流域の黄河文明、揚子江流域の長江文明と同じように。
 しかし、河口は赤道から500キロしか離れておらず、大西洋の赤道付近に常時居座る猛烈な低気圧の影響を年に何度も受けてしまう。
 調査によれば河口付近にヒトが住んでいた形跡があり、クマンの記録にも集落の記述が残る。
 だが、苛烈な天災に見舞われ続けるためか、河口付近の人々は、文字を失い、農業を忘れ、採集狩猟の生活に移行している。
 西ユーラシアでいう“蛮族”なのだが、文化、習慣、技術、言語、その他一切何もかも失っていて、頻繁に移動する採集狩猟の生活をしているので、クマンにも彼らの実相はわからなかった。
 そして、西ユーラシアがニジェール川下流の採集狩猟民の存在を知ったときには、セロによって滅ぼされてしまっていた。
 生存しているとしても、ごく少数だろう。 彼らはセロによって滅亡させられた、最初のヒト集団であった。

 200万年前の地図でいうマリ共和国のニジェール川流域は、情報がほとんどない。それは、現在の、という意味ではなく、過去数百年間の記録がクマンにはないのだ。
 その理由だが、大西洋赤道低気圧の影響で、ニジェール川河口への海路による渡航が危険であり、陸路で上流や中流に達するには行程が過酷であるからだ。
 クマンは、200万年前の地図だと、セネガル、ガンビア、ギニアビザウ、ギニア、シエラレオネの海岸付近一帯に影響を及ぼしていた。
 勢力の中心はガンビア川以南、シエラレオネ北部のリトル・スカーシーズ川以北だ。
 川の名や地名は、200万年前と位置が微妙に異なるもののクマンでも継承されている。
 例えば、ガンビア川はガンビア川だし、ギニアの首都コナクリは海退による海岸線の沖への移動で150キロも南西にずれているがコナクリと呼ばれている。
 微妙な変化もある。例えば西ユーラシアの拠点バンジェル島は、200万年前、ガンビアにあった街バンジュルに由来する。

 クマンからニジェール川に達するルートは、古くから探索されていた。ガンビア川河口付近から西へ1000キロ進み、南へ進路を変えて300キロ進むとニジェール川に至る。
 この地は、バマコと呼ばれているが、街があるわけでも、特徴的なランドマークもない。単に“その辺”といった地名だ。
 バマコへの道があるわけではない。ウマが通過できるルートだ。騎馬と駄馬のみが通れる。馬車は無理。

 第2次深部調査隊、通称クスティ隊は、ジェバ川河口から500キロ東進し、250キロ北上した後、550キロ東進して、300キロ南下するルートを選んだ。
 実走行距離1500キロに達する。
 このルートだと距離は増すが、グスタフのマルクスが支配する地域を通らない。
 クマンはいまでも、実質はともかく名目上はクマン王家が統治している。
 我々にはクマン第4王女がいる。彼女が彼女の統治する地域を移動するにあたって、何人の非難も受けない。
 それはマルクスの支配地域でも同じなのだが、実質的な統治者がいる以上、何の断りもなく、とはいかない。だから、避けた。

 俺は、本格的なサハラ南端の内陸調査を行うにはニジェール川を利用すべきだと考えている。
 ニジェール川河口にセロはいない。自然の猛威には抗えず退却したのだ。それに、第1の目的であるヒトの排除(セロにとっては駆除)は果たしている。

 西アフリカは西ユーラシアと違い、距離が1桁増える。とんでもない広さで、ヒトの行動能力の低さに愕然とする。
 俺は半龍族(トーカ)の協力が得られないか、を考え始めていた。彼らの飛翔性ドラゴンの航続距離は実質無限だ。
 協力が得られるとしても、簡単ではないが……。彼らとの交渉は、西アフリカに尻を置いていては、どうにもならない。

 西アフリカの川は総じて水運に適さない。水深が浅く、川幅の増減が激しく、著しく蛇行している。
 その点、ニジェール川は水量が多く、水深もあり、ひどい蛇行はない、とクマンの探検家たちは記録している。
 航空偵察でも、水深以外は確認している。
 バマコに至る陸路を開く必要がある。西アフリカで1000キロを超える道路建設など、不可能だ。
 ならば、バンジェル島対岸からバマコに至る最短ルートを見つけ出し、バマコ以東は船舶による移動がいい。
 バマコに至るための悪路を走り抜ける貨物車が大量に必要になる。
 俺は密かに、車輌班が開発しているヘグランド装甲車ベースの新型トラクター(牽引車)に期待している。このゴリアテ・トラクターは、7トン積みトレーラーを最大2輌牽引できる。トラクター内には、乗員10のスペースがある。車体は、ドラキュロによる攻撃に耐える強度がある。
 防弾性能はカタログ上はないが、9ミリ拳銃弾を至近で発射しても貫通しない。浸炭処理による防弾を可能にするか、検討している。防弾鋼板を車体に使えば、カタログに“防弾車体”と書ける。
 また、外板を若干だが薄くできるので、軽量化にも役立つ。もちろん、拳銃弾と散弾が防げる程度だが……。

 俺があれこれと検討・算段している内に、ゴリアテ・トラクターの増加試作車4輌がバンジェル島に届いた。
 一緒にアネリアの乗機となるピラタスPC-21も到着。20ミリのバルカン砲搭載のプカラ・ホッグ4機は、まだ届いていない。

 プカラ・ホッグは、バルカン砲を搭載するため、機首を大幅に改造している。前輪の引き込みは原型は機首先端側への引き上げだが、プカラ・ホッグは後方に90度回転するようになった。
 空いた前輪の格納スペースにバルカン砲を搭載している。
 既存の機体はプカラ・ホッグに改造せず、そのまま使用するか、他の用途への転換が行われる。
 その“他の用途”の1つに偵察機がある。胴体内燃料タンクの増量と追加、内翼にも燃料タンクを装備。主翼下にも大型増加燃料タンクを懸吊して、最大航続距離7500キロを可能にしている。
 この機ならば、ノイリンから北アフリカ・サハラ南部、バンジェル島からチャド湖だって偵察できる。
 現在、2機が改造中だ。

 こういった機材が揃わない限り、城島由加が指揮する大反攻は実行できない。
 モノが揃わない間に、西アフリカ海岸からの深部調査を進めておきたい。

 車輌班が送ってきたゴリアテ・トラクターは、満載状態の7トン積みトレーラーでも西アフリカの路外を確実に牽引できる規格外のパワーを見せつける。
 これに、ヘグランド装甲車を加えれば、30トン以上の物資を600キロ東まで一気に運べる。そこに、中継基地と滑走路を設営できる。
 ガンビア川の上流付近でもあり、プロペラ船があれば河川輸送も可能だ。ただ、ガンビア川は蛇行がひどく、下流はともかく、上流での河川利用は不経済だ。
 さらに、河口一帯はグスタフのマルクスが支配している。我々にとっては、勝手に進入できない厄介な領域だ。

 俺は、バンジェル島の東500キロから600キロ付近に物資の補給拠点設営を名目に、ほぼ真東に進めるルートの開拓を計画する。
 そのための輸送隊編成を開始した。クスティ隊の出発後、5日目のことだった。

 バマコへのルートには地図はなく、概略しかわからない絵地図が頼りだ。それと、航空偵察で得た航空写真。
 ただ、西アフリカは河川以外のランドマークに乏しく、河川は甚だしい蛇行で陸上からの観察では同定が難しい。基本、南から北に流れ、西に方向を変えるのが、ガンビア川とセネガル川。西から東に流れ、南に方向を変える大河はニジェール川だ。
 もっとも、ニジェール川の水量・川幅は圧倒的で、簡単に判別できる。

 クスティ隊は、セネガル川水系バフィン川と思われる褐色の流れに沿って南下している。
 バンジェル島を発ってから5日目。すでに950キロ走行しており、燃料が乏しくなっている。
 さらに80キロ南下すると、琵琶湖ほどの湖があるはずだ。200万年前は、この付近にマナンタリダムがあり、水面の広さ480平方キロに達する巨大な湖があった。
 当然だが、200万年後にはない。その残滓のような、湖水はあるが……。
 ここで、補給を待つ。
 湖を選んだ理由は、水上機ならばどこでも発着できるからだ。燃料1トンをセスナ208水上機で空輸する。
 そのために、同機をノイリンに送ってもらった。
 だが、湖に達したクスティ隊は、驚愕する。
 体長10メートルに達する巨大なワニが、遊弋しているのだ。
 しかも、水面から8メートル近くジャンプし、翼長3メートルに達するペリカンらしき巨鳥を補食した。
 目撃したのは、1個体のみだが、他にもいるかもしれない。
 湖岸に立つクスティ隊に向かって、高速で泳ぎ寄ってきた。手榴弾1発で追い払えるが、基本、そういう自然に対する冒涜は行わない。この世界では、ヒトは万物の霊長ではないのだ。ヒトは自然の恵みの一部を利用し、謙虚に生きていかなくてはならない。
 そうでなければ、生存できない。
 単発の水上機は降りられないし、湖岸近くでの荷役も無理だ。
 水上機による空輸は諦めるしかない。

 クスティはバマコへの前進を決定するが、仮に前進したとしても、ニジェール川も同様な状況である可能性を否定できず、司令部から“停止”が命じられる。
 空中から見れば起伏などほとんどない地形だが、地上はまったくの平坦ではない。高台で、次の指示を待つことにする。

 俺の行動は司令部とは連動していない。名目上は第2次深部調査隊との連携もない。
 あくまで、海岸線から600キロの地点に物資の補給基地が設営できるかを確認することだ。
 この600キロという距離は、プカラやウルヴァリンの作戦行動半径と同じ。ミル中型ヘリコプターの航続距離の限界に合致する。
 つまり、バンジェル島にとっては、東の作戦限界点だ。
 海岸から300キロ地点にも基地を設置し、クマンの勢力圏東端に拠点を確保すれば、そこから半径200キロ強はヘリコプターによる哨戒が可能になる。
 人員輸送程度ならば、バマコ地域にも飛べる。バンジェル島から300キロごとに前進基地を設ければ、ニジェール川への接続が可能になる。
 ニジェール川を利用すれば、東に1000キロ進出できる。
 そこからさらに1200キロ東に200万年後のチャド湖がある。
 正直なところ、呆然とするような距離だ。呆然とするような距離だからこそ、いままで白魔族は進出してこなかった。だが、ごく一部としても、クマンの隣接地域に現れたのだ。
 ならば東に防衛線と哨戒線を張らなくてはならない。
 俺が考えていることは、第2次深部調査隊のような一過性の探検ではなく、継続的な哨戒線の構築なのだ。

 クスティ隊は、クマン領域内の街や村は別にして、バンジェル島を出発して以降、ヒトを見ていない。無人の荒野を進んできた。
 草食の哺乳類は多いが、肉食の哺乳類は数が少ない。そのニッチを2足歩行するワニであるクルロタルシ類が占有している。
 アフリカ西方の草原において、最も成功している動物はガゼルだ。200万年前のガゼルは、大きい個体で体重75キロ程度だが、200万年後は200キロから250キロに達するであろう種がいる。新種なのか亜種なのかは判然としないが、種を分岐させ繁栄の過程にあることは間違いない。草原、半砂漠、森林など、いろいろな環境に適応し、小型種から大型種まで豊富だ。
 足が速く、クルロタルシ類では追跡による捕食が不可能。
 これも、繁栄の理由だろう。

 俺は司令部に呼び出された。
 城島由加が俺を見る。
「隼人さん……。
 水上機では、クスティ隊に補給ができないの。
 湖に大型のワニがいて……」
 俺は城島由加の顔を見なかった。
「残りの燃料は?」
 筆頭幕僚が踵〈かかと〉を鳴らす。
「500キロ移動できます。
 引き返すことを提案します」
 城島由加が気怠そうに尋ねる。
「ガンシップでの補給はどう?」
 彼女の問いに俺は、面倒くさそうに頭をかく。
「空中投下になるね。
 不可能ではない。
 だけど……。
 空中投下による物資補給では、引き返す以外の選択肢はない」
 筆頭幕僚は、俺のやる気のなさそうな雰囲気とは対極の軍人然とした態度で迫る。パートタイマーの兵隊のくせに……。
「他に案があるのですか?」
 俺は少し笑った、と思う。カモがネギを背負ってきたような、質問だからだ。
「クマンの冒険小説なのだが“東方見聞録”という本がある。
 著者は、東方を探検した体験記を書いたとしているが、クマンでは単なる空想と判断している。
 実際にそう思える記述は多い。陸を歩く、タコの怪物とかね。
 その本には、ほぼ真東に進んでバマコに至るルートが記されている。
 ルートを示す絵地図も掲載されている。
 そのルートに沿って、ガンショップで偵察したんだ。
 ウマなら通れるルートは存在する」
 城島由加が不安な目で尋ねる。
「距離は?」
 俺は端的に答える。
「ケドゥグからマナンタリまで200キロ。
 ケドゥグまでなら道がある。そこからは路外だ。
 4輌のゴリアテなら30トンの荷物を積んで進めるよ」
 城島由加の目が怒りを宿す。
「それって、前から知っていたの?」
 俺はその怒りを受け流す。
「ルートが確認できたのは、昨日かな。
 そういう文献があることは、以前から知っていたけどね。
 そちらは、グスタフから情報を得ていたようだから……」
 城島由加の瞳の奥には、核融合炉のような凄まじい怒りのエネルギーがあり、解放寸前になっている。
「風通しが悪いのかしら?」
 俺がはぐらかす。
「司令部の壁が石積みになったからね」
  城島由加の瞳から、矢のようなエネルギーが発射される。俺は、それをひょいと避ける。
「マナンタリまで7日で行ける。
 そこから先には、俺たちは行かない。
 それならば、いいだろう?」
 筆頭幕僚が彼の右横に立つ城島由加をチラッと見た。
「お約束、守っていただけましょうな?」
 若いのに年寄りじみた表現だ。
「あぁ、白魔族の巣に手を突っ込むような真似はしないよ。
 マナンタリに留まる。
 それと、ケドゥグまで荷を運ぶための、トラックを10輌貸して欲しい。四駆の小型でいい」
 筆頭幕僚の目は、疑念に満ちていた。
「10輌、ですか?」
 イサイアスがにらんでいる。彼が第2次深部調査隊の作戦本部指揮官だが、筆頭幕僚が何かと干渉していることは知っていた。
 イサイアスが俺を見詰める。
「親父、何を企んでいる?」
 俺はしらばっくれる。
「何も。
 クスティ隊に物資を届ける案を提示しているだけだよ」
 城島由加が感情を表す。
「このヒトは、拷問したっていわないわよ」
 筆頭幕僚が厄介な提案をする。
「要員もお貸ししましょう」
 俺は憮然とする。
「その必要はないよ。
 ウチにはバイトくんがたくさんいるから」
 筆頭幕僚が怪訝な顔をする。
「バイト?」
 城島由加が説明する。
「アルバイト、臨時の要員のこと。
 どうせ、血気盛んなクマン、一旗揚げようとやって来たヴルマンやフルギア、物見遊山の異教徒を集めているんでしょ?
 自分の私兵にしようと……。
 何人いるの?」
 俺はしれっと答える。
「約200、精霊族や鬼神族もいる。
 ハトくらいの大きさのドラゴンを連れた半龍族もいる。
 半分はヒトじゃないよ」
 筆頭幕僚は絶句。
 城島由加は唖然。
 イサイアスは大爆笑。

 西ユーラシアは長期間、ロワール川中流域を支配するフルギア帝国によって、上流域と下流域が分断されていた。
 ロワール川全流域の自由交易が可能になったのは、フルギア帝国滅亡以後のことだ。
 下流域北岸にも異教徒は住んでいた。彼らは独自の文化圏を構築している。
 例えば弾薬。上流域は7.62×51ミリNATO弾を主用するが、下流域北岸は7.92×57ミリのモーゼル弾が標準。この弾薬は、第二次世界大戦頃のドイツ軍の小銃弾だが、イギリス軍も大量に使っていたし、バルカン半島やチェコスロバキア、中華民国の基幹弾薬でもあった。
 それと、7.62×39ミリのカラシニコフ弾。この弾薬は、下流域北岸でも作られている。
 我々が移住初期に入手した大量のカラシニコフ弾の一部は、この地方で作られたものだったらしい。
 彼らは車輌も作っていて、過去10年間のうちに中流域や上流域に輸出する装輪装甲車を多種類生産している。
 10年間で車種は収斂され、現在はスタッグハウンド4輪装甲車1車種になっている。主砲は43口径57ミリ砲。イギリスの6ポンド砲が原型だ。乗員は定員3+予備2。
 俺は、この簡潔・単純な装甲車輌を4輌手に入れていた。中古だが……。
 俺たちは武器商人なので、中古の装甲車輌の引き合いも増えている。
 増加装甲を施したり、兵装を交換したりもする。このスッタグハウンドも主砲をノイリン製23口径76.2ミリ砲に、同軸機関銃はブローニングM1919からラインメタルMG3に換装した。
 オリジナルでは弾薬の補給が困難なことと、入手した時点で砲身・銃身が摩耗していたからだ。
 こんなものをバンジェル島に置いておけないので、対岸の秘密拠点に隠していた。
 これを準備のためにバンジェル島に移送する。

 出発の準備をバンジェル島内のデポで始めると、筆頭幕僚以下、幕僚4が血相を変えてやって来た。
 見知らぬ4輪装甲車が4輌も最終整備と称して、艀を使って運び込まれたからだ。
 筆頭幕僚が問いただす。
「ハンダ様、これはいったい!」
 俺は平然と答える。
「護衛車輌は必要だろう?」
 別の幕僚が恐る恐る尋ねる。
「他にもあるのですか?」
 俺が知っていて知らぬ素振りをする。
「何が?」
 筆頭幕僚が少し大きな声を出す。
「装甲車です!」
 俺は平静を装って答える。
「あるよ」
 城島由加の幕僚たちは、呆れて口を開けてしまった。全員が同じ表情をしている。芸人さんのコントみたいに……。

 バンジェル島から320キロ地点にピシェ中継基地、同520キロ地点にケドゥグ中継基地を設営する。
 中継基地は、簡単な設備だ。大型のテントを5張、ドラム缶置き場、竈〈かまど〉を作って終わり。車輌は四駆のピックアップトラック3輌を残す。
 要員の交代は、中型ヘリコプターで行う。その中型ヘリも1機だけだが独自に入手した。2年前に銃器班が中古のミル中型ヘリをクフラックに売り、その下取りとしてスクラップ名目で200万年前製ベルUH-1ヒューイを激安で買い取っていた。
 これを修理して、飛べるようにした。機体はUH-1Dに相当するかなりの骨董品だが、エンジンを交換し、機体はオーバーホールしてある。
 極秘に……。
 そして、西アフリカまで船で運んできたのだ。
 もう1機ある。テンダムローター式のV-107(CH-46)バートルだ。同じテンダムローター式のCH-47チヌークに比べるとだいぶ小さいが、この世界に持ち込まれた機械としては最大クラスだ。物資の輸送用として、機内には椅子などは装備していない。
 この機は、カラバッシュにある。同地の秘密工場で、オーバーホールしている。
 最近のノイリン中央行政府は新造機の売買にはうるさいが、スクラップ同然の中古機までは関心を向けない。それは、車輌も同じだ。
 そこが付け目で、帳簿上スクラップとしてしまえば、その後は追跡されない。
 それらをカラバッシュに運び込み、秘密工場で整備する。買収ができないカラバッシュの官憲に気付かれるとヤバイが、カラバッシュ側上層部の考えなのか、見てみぬ振りをしている。何か魂胆があるのだろうが、それを気にしても仕方ない。

 それと、どういうわけか、ガンシップは俺の指揮下にある。
 車輌班はこの機を一度、用途廃止、つまりスクラップにしたらしい。そのため、正規には存在しない航空機となっている。
 結果として、司令部は手を出せない。

 俺たち部隊は、単に“補給隊”と呼ばれた。真の目的は、東に白魔族に対する哨戒線を構築することにある。
 このことを隊員で知っているのは、イサイアスと納田優菜だけだ。

 半田千早は、クスティにバマコ方面への、正確にはニジェール川北岸に達するルートの偵察を意見具申する。
 想定300キロで、予備燃料を用意すれば往復できる。
 ただ待つだけではなく、何かをすべきとの思いはクスティも同じだった。
 彼は1輌だけでの偵察は危険と判断する。
 2輌ならばいいのか?
 2輌が往復するならば、4輌が前進できる。それならば6輌で進んだほうがいい。
 それがクスティの考えだった。
 その案にアクムスとイロナが反対する。クスティは幕僚だが、アクムスとイロナはもともと命令系統が違う。
 そして、クスティはにわか隊長だ。本人もそれを知っているし、だからといって隊員はクスティを指揮官として認めていないわけではない。
 クスティにも無意味な気負いはない。
 それに、アクムスやイロナのいう通り、ここを離れたら補給隊との合流ができなくなるかもしれない。
  だが、同時に単に留まっているのは、下策だ。
 比較的強力な無線を搭載しているバギーSと走破性に優れた6輪装甲車の護衛車による、先行前進を決める。
 クスティがアクムスとイロナに伝える。
「バギーSと護衛車が先行で前進する。
 バギーSの無線ならば交信できるだろうし、ここに戻ってくることもできる。
 状況次第だが、2輌は存在するとされる東に流れる大河に行き着いたら、そこで待機する。
 どうだろう」
 アクムスは賛成、イロナに異存はない。

 半田千早たちは2日で300キロを走り、ニジェール川北岸に達する。
 200万年前、バマコはマリ共和国の首都であった。人口180万人を要する都市であったが、現在は何もない。
 旧石器時代には住居があったというが、200万年後にはヒトの痕跡など皆無。
 平坦な大地に草原と森が点在するだけ。水量は豊富で、川幅が2キロもある。この付近は水深もあるようだ。200万年前の月間の平均気温は30℃を下回ることはなく、35℃を超える月が多い土地だった。
 200万年後のいま、太陽が西に傾いてはいるが、気温は26℃。夜になれば15℃まで下がる。
 海岸に比べれば、内陸は明らかに乾燥している。草原性の動物は、相変わらずガゼルが圧倒的に多いが、ゾウやキリン、シマウマもいる。
 ニジェール川の圧倒的な水量を除けば、この数日間、見飽きるほど見てきたありふれた風景だ。
 イロナがニジェール川に達したことを無線でクスティに伝えると、当面の間、その場で待機となった。
 クスティからは、補給隊とは邂逅していない、という事実だけが伝えられた。

 イロナは、視界のいい高台に移動し、次の指示を待つことにする。

 補給隊は予定通り7日目の12時頃、マナンタリ付近に到着。
 高台にいたクスティ隊は、はるか遠方から補給隊の東進に気付いていた。
 無線で誘導され、2隊が大草原で出会った。大海原で船が出会うほうが簡単かもしれない。互いの居場所を説明する術がない。
 何が見えるかと問われても、少しの森と見渡す限りの草原しかないのだから。
 大洋のど真ん中と同じだ。

 俺は、クスティ隊に半田千早がいないことに少し狼狽する。クスティがすまなさそうに説明してくれたし、クスティは補給隊を俺が率いているとは考えてもいなかった。

 俺はマナンタリに3つ目の中継基地を設営し、クスティ隊に必要な物資を補給する。
 そして、しばらくの間、ここを動かないと決める。

 ミエリキは、三脚に載せた高倍率単眼鏡を覗いて、ニジェール川を観察している。
 特段の目的はなく、遠望を楽しんでいた。
 彼方に4隻のボートが現れる。ボートは動力船らしく、かなりの速度で西に向かって遡上している。
 細長い船体で、ヒトかどうかはわからないが、かなりの数が乗っている。
 急速に北岸に向かって接近している。
 イロナ隊のいる高台は、北岸から600メートルほど離れており、ニジェール川からは頂部付近が死角になる。
 待機にはいい場所だ。
 4隻のボートの後方から、ボートから比べればはるかに大きい動力艇が西に向かっている。4隻のボートを追跡しているようだ。

 ミエリキがイロナに報告する。
 イロナが単眼鏡を覗く。
「わからないわね。
 状況が……。
 後方の大きな船……、がボートを追っているようだけど……。
 同じグループの可能性もある……。
 だけど、ヒトかどうかわからないけど、船を使う種であることは確かね。
 もし上陸するようなことがあれば、声をかけてみましょう。
 言葉が通じればいいけど……」
 半田千早がデジタル双眼鏡を覗く。
「イロナさん。
 後ろの船が距離を縮めているよ。
 10分くらいで追いつくかも……」
 イロナは不安を感じ始めている。
 先行する4隻のボートは、北岸を目指している。どちらも10ノット(時速18.5キロ)は出ていない。先行する船体幅が狭いカヌー風の4隻は7ノット(時速13キロ)だ。
 後方の船のほうがやや速いが、速度差は1ノットか1.5ノット(時速2.78キロ)程度だ。
 4隻のボートは1列で北岸に向かっている。その真後ろ500メートルを少し高速で、V字船底の船が追う。4隻と後方の船は、どちらも動力船だが、船の造りは明確に違う。先行する4隻は、ずっと粗末だ。だが、後方の船が立派な造作だということではない。粗末な船が、もっと粗末な船を追っている。
 船の建造技術レベルは同じで、用途が異なるとも解せる。

 岸まで200メートル。1分か2分で岸に着く。
 イロナがいう。
「先頭の船、子供ばかりね」
 後方の船が200メートルまで接近。
 4隻の最高尾のボートが船速を緩め、舵を大きく切って、追う船の針路を塞ぐように船腹を向ける。
 追う船が、最後尾のボートの横っ腹に乗り上げる。
 追う船の乗員が、乗り上げたボートの人々を撃つ。多くは水面に落ちていたので、狙い撃ちだ。
 これで、両者の関係がはっきりした。

 最後尾となった先頭から3隻目のボートが、進路を変える。
 半田千早が叫ぶ。
「先頭のボート以外は自走できないんだよ。
 3隻目の船首寄りのヒト、斧でロープを切ったよ!」
 イロナは子供の泣き顔を見ていた。遠すぎるのだが、泣いている表情がわかる。
 3隻目のボートは、大人たちが必死でオールを漕ぎ、追う船に向かっていく。
 決死の抵抗だ。
 そのボートに機関銃が発射される。
 無抵抗のようだが、船首に立ち塞がり、舵を切らせた。これで、数秒は時間を稼いだ。

 半田千早が気付くと、護衛車が彼女の真横に移動している。
 砲塔が動き、砲身をニジェール川に向ける。砲身が俯角をとる。車体が前方に傾いているので、ごくわずかな角度だ。

 イロナの考えはわかっている。子供が乗るボートを追う武装船。
 善悪ではない。正義でもない。イロナの理屈は、子供をいたぶる大人は殺されても文句をいってはいけない、のだ。
 だから、躊躇わずに命じた。
「テッ!」
 低速で真っ直ぐに進んでくる、正対する目標など、護衛車の砲手にとっては外しようのない簡単な目標だ。
 ただ、弾種は徹甲弾を使った。船は止めさえすればいい。あえて、乗員を殺す必要はない。
 だが、その判断は間違いだった。
 追跡している船が、4隻目と3隻目のボートの人々を殺戮したことから、ワニを呼び寄せていた。
 船首から船底にかけて貫通した徹甲弾によって、エンジンが停止し、船がゆっくりと沈んでいく。命中の衝撃で、乗員の多くが川面に落ちる。船体上部を水面に出し、着底。
 その周囲にワニが集まる。
 ワニは顎の力が弱い。噛まれても即死とはならない。水中に引き込まれて溺死するか、いつまでも噛み遊ばれて苦しんで死ぬか……。
 西アフリカにいるものなら誰でも知っていること。
 最も苦しい死に方。
 それが、始まった。
 1分か2分の惨劇だったが、半田千早には数十分に感じられた。

 徹甲弾を薬室に押し込んだ装填手が、砲塔から頭を出していう。
 ワニが襲う光景を砲手から聞いたのだ。
「そんなつもりじゃ、なかったんだ……」
 それに誰も答えない。
 イロナがいった。
「行きましょう。
 あの子たちのところに……」

 半田千早は、バギーSの運転席に走り向かった。
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