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第4章

第116話 サンカラニ川

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 先頭と2隻目のボートのヒトたちは、見つからない。
 どこかに隠れている。
 3隻目と4隻目の川に落ちたヒトのうち、4人を救助した。4隻目は老人、3隻目は成人の男が乗っていたようだ。
 追跡されたら、曳綱を断ち切り、先頭と2隻目を逃がす算段は、当初からの計画だったようだ。
 追跡していた船の乗員も3人を捕虜にした。
 追跡者と逃亡者は、ともにヒトだった。少なくとも、外見は。

 俺はマナンタリ進出直後、バンジェル島からUH-1ヒューイを呼び寄せる。
 この機のクルーは、バジャルド、リアナの父娘だ。父娘とも第1世代。娘は乳児期にこの世界にやって来た。父は、妻と2人の子を元の世界で失っている。
 生きるために相当な苦労をしてきたはずだが、父娘とも陽気だ。だが、容易に他者を信用しない用心深さがある。
 俺も信用されていない。それは、それでいい。
 ヒューイがマナンタリに進出し、マナンタリとバマコ間の物資と人員の航空輸送を担う。この距離を2時間弱で移動できる。
 マナンタリにおける父娘の最初の任務は、救助した4人と捕虜3人の手当てをするため、医療班給水部のクリシャン医師を輸送することだ。

 給水車のドライバーで医師のクリシャンは、善人ではなかった。
 救助した4人のうち1人は腕を骨折、1人は足を撃たれ、2人は無傷だ。負傷している2人には、適切な治療をする。
 だが、捕虜に対しては違った。3人のうち1人は重傷で、この男を適量のニコチン投与によって殺害。
 捕虜の苦しみようは尋常ではなく、その姿を見せられた他の2人は震え上がる。
 そもそも、この捕虜が“悪人”と決まったわけではない。救助した4人は極悪な盗賊かもしれない。
 震え上がったのは捕虜だけではなかった。救助した4人も怯えた。
 両者とも問われたことは、隠さず話す。
 イロナの尋問も巧妙だ。捕虜には救助した4人のことを、救助した4人には捕虜のことを問う。
 敵のことなど隠し立てするメンタルは、よほどの訓練がない限り働かない。何でも話してしまう。
 捕虜に「おまえたちが追っていたのは、何者だ」と問うと、「湖水地域に住む逃亡銀羊だ」と答える。
「東の湖水地域とは?」と問えば、「川を2日、下った場所だ。川の周囲が湖沼に囲まれている」と答え、「湿地か?」と問われ、「湿地もあるが、ほとんどは乾地だ。湖や沼が多いだけだ。穀倉地帯だ」と答えた。
 イロナは「なぜ追っていた?」と問うと、「逃亡した銀羊を追っていただけだ」と答える。イロナは、銀羊についてはある程度知っていた。彼女の理解は、奴隷鍛冶のようなもの、だ。
 イロナが「銀羊とは何だ?」と問い、捕虜は答えられなかった。説明を拒否したというよりは、答えを知らないのだろう。
 捕虜3人は、ただの兵卒だ。
 言葉はジブラルタルに近いもので、イロナがジブラルタルの言葉を解し、巧みに話すことに、半田千早は驚いていた。
 イロナが「戦闘機は何機ある?」と問うと、捕虜は明らかに驚いていた。そして固く口を閉じる。
 イロナは救助した4人を見た。
 救助した若いヒトが答える。
「こいつらは救世主だ。戦闘機は3機同時に飛んでいるところを見た」
 イロナが再度問う。
「何機だ」
 捕虜が3機と答え、イロナがホルスターから拳銃を抜くと、「本当だ!」と叫ぶ。
「ノボトニー少佐の1個分隊だけが飛べるんだ!
 戦闘機は6機だが、飛べるのは3機だ」
 イロナが再度問う。
「ノボトニー、少佐とは?」
 捕虜は心底怯えている。
「飛行隊の隊長だ。
 飛行隊の1機が、正体不明の敵と交戦したんだ。それと、1機が対空砲で撃墜されかけた。
 2機とも危うく撃墜されるところだった。
 それを聞いた少佐が、調査のために部下とともにやって来たんだ。
 いま、飛べるのは3機だけ。2機は修理中、1機は整備中だ。
 全部で6機」
 イロナは穏やかだが、得体の知れない圧を発している。
「在地の部隊は?」
 捕虜は完全に精神が萎えている。
「歩兵1個中隊。
 飛行隊は2個分隊。
 小型艇が2隻。
 1隻はあんたたちが沈めた」
 イロナは質問以上の答えに驚く。在地の飛行隊の戦力を聞きたかっただけだった。
「戦闘機隊は3機か?
 ならば、輸送機、攻撃機、爆撃機、偵察機は?」
 捕虜が驚く。
「それは飛行機か?
 戦闘機と練習機しか知らない。
 あんたたちはいったい……」
 イロナが救助した4人に問う。
「なぜ、追われていた?」
 腕を骨折している年長者が、クリシャンの手当を受けながら答える。添え木があてられ、腕を吊すだけだ。骨折ではあるが、幸運にもきれいに折れていた。服が濡れている。上半身は、脱がされている。
「私たちの祖先は、何百年か前に、ヒトでない動物に捕らえられ、それ以後働かされていた。
 そして、これも古い話なんだが、西に向かって逃げ、肥沃な土地を見つけ、開拓した。
 それが、湖水地帯だ。
 豊かな土地だ。
 でも、何年か前から、救世主と名乗る連中が、略奪に来るようになったんだ。
 隣の村が襲われたので、しばらく隠れていようと……。
 でも、モタモタしていて、見つかってしまった。私たちは船で逃げようとしたんだが、追われて……」
 イロナは不審を感じた。
「今回初めて襲われたの?」
 男が腕を吊って、治療が終わる。
 痛みに耐えながら、答える。
「いいや、数年前から毎年だ。
 収穫した穀物と若い娘が連れ去られる。
 子供も。子供は兵士にされるらしい。
 だから、子供と若い娘たちを、とにかく逃がそうと……。
 だけど……、見つかってしまった」
 イロナが質問を変える。
「このあたりにはよく来るの?」
 足を撃たれている20代後半の男が答える。銃弾は筋肉を貫通し、幸運にも骨と太い動脈は傷つけなかった。
「来ないよ。
 何もないからね。
 漁師もここまでは来ない。
 魚なら、村の周りでいくらでも獲れるんだ。
 聞いていいか?
 あんたたちは何者なんだ。
 救世主でも、黒羊でもないようだが……」

 半田千早は、ララと空戦をした敵側の情報に接し、驚いている。ララが一撃を加えた単発機は、低空をフラフラと飛んでいったが、やはり被弾していたのだ。
 気付くと、バギーの無線に向かっていた。

 クスティ隊を呼び出すと、隊長ではなく、聞き慣れた声が帰ってきた。
「養父〈とう〉さん?」
 半田千早は慌てた。厄介なおとっつぁんが、鉄砲を担いで、東方720キロにやって来たとしか思っていない。
 娘が心配で、道のない大地、人跡未踏の荒野をクルマに揺られて、はるばるやって来たなどどは思わない。
 俺は「千早、無事か?」と尋ねるが、彼女からは「何しに来たの?」と。
 俺が「元気な声が聞けてうれしいよ」と伝えると、「クスティ隊長と代わってくれる?」とつれない。
 そして、嫌われたかもしれないと、ウジウジ考え始める。

 半田千早とクスティとの無線は、相当に長かった。スピーカーから漏れ聞こえる内容は、劇的な状況の変化を示している。
 イロナ隊は、ニジェール川下流、バマコから500キロないし600キロにあるヒトの村の確実な情報を得た。さらに、その一帯に住む街や村を襲う“救世主”を名乗る部隊と交戦し、2人を捕虜にしている。
 俺はニジェール川まで行きたかった。この先、300キロ走ればニジェール川だ。
 だが、それ以上に半田千早に嫌われたくない。だから、躊躇った。そして、へたれ親父は、マナンタリに残ることにする。
 マナンタリ周辺には、湧水の池が複数ある。大きくはなく、沼ではない。公園の池みたいな面積だ。水は、深く、透明で、冷たい。
 動物はいるが、マスに似た魚と小型の両生類、水生昆虫が少し。
 この一帯には、3つの主要な水系がある。ガンビア川水系、セネガル川水系、ニジェール川水系だ。3河川とも大西洋に注ぐが、ニジェール川のみ西から東に流れ、向きを南に変え、ギニア湾に注ぐ。
 2河川は基本は東から西に流れ、大西洋に達する。
 マナンタリはセネガル川水系にあり、水量に恵まれるが、湖沼は意外と少ない。
 200万年前にはマナンタリ湖という巨大な人造湖があったが、当然いまはない。だが、琵琶湖ほどの大きさの堰止湖がある。200万年前のマナンタリ湖と比べれば、小さな湖だが、動物にとってはオアシスだ。
 巨大ワニがいなければ、我々ヒトもこの湖の恩恵を受けたい。
 セネガル川水系の豊富な水量は、数は少ないが湧水を生む。おそらく、ギニア方面から地下を流れ、地上に湧き出た地下水脈の一部だろう。
 この水は安全で、飲用に適する。
 マナンタリにも湧水がある。
 俺は、この湧水の近くに中継基地の設営をすることにした。
 テント村の設営、ヘリポートの建設から始める。

 バンジェル島では、騒ぎが起きていた。カラバッシュの輸送船が入港したのだが、その積荷が銃器班の荷物だけ、という異常な状況だったからだ。
 城島由加も激怒している。今回は呆れてはくれず、憤怒の形相!

 カラバッシュ船には、物騒な体格の男たちが乗っていた。ヒトと精霊族の混血なのだが、ヒトの血が濃い。カラバッシュはクォーターまでは住みやすいが、ワンエイト(8分の1)まで精霊族の血が薄まると、とたんに住みにくくなる。
 カラバッシュは、そこそこ閉鎖的なのだ。
 物騒な体格の男たちは、家族をともなっていた。彼らはノイリンに新天地を求め、よりよい条件で移住するため、危険な西アフリカへやって来た。
 彼らはカラバッシュの元兵士だった。差別的な待遇を感じ、ノイリンへの移住を考える。だが、ノイリンに兵士はいない。兵士では就業できないので、一般移住者となり、自分で職業を見つけなければならない。
 武器を商品として扱う銃器班ならば、兵士としてのスキルが役立つ。そのスキルを証明するために、家族を連れて西アフリカまでやって来た。
 戦うことが仕事ではない。銃や砲の修理、輸送が彼らの任務だ。
 そして、彼らは、V-107バートルとスタッグハウンド4輪装甲車8輌を運んできた。
 スタッグハウンドは、前後の車軸ともリジットアクスルで、サスペンションは前後ともリーフスプリング。前後ともドラムブレーキ。
 技術的に特徴がない、堅実な設計だ。それだけに安価で、運用コストが低く、耐久性がある。
 銃器班は5年前から、この装甲車を回収・修理し、擬装を変え、再販売してきた。全長5.5メートル、全幅2.7メートルあり、4輪装甲車としては大柄で、装甲は厚く、車重は12トンに達する。オリジナルのエンジンは、西ユーラシアの標準的な6気筒120馬力ガソリンでかなりのアンダーパワーだ。
 バンジェル島に持ち込んだスタッグハウンドは、150馬力の4気筒ターボディーゼルに交換している。
 この車輌を輸送隊の護衛に使うつもりだ。
 セロの活動は活発で、ヒトの行動を頻繁に妨害している。ヒトは適宜反撃しているが、犠牲は少なくない。
 特に森の恵みを求めて、食料の採集に向かう場合は南に行ってはいけない。しかし、危険を承知で、自然の恵みが手つかずの南に向かうヒトは絶えない。
 食料がもう少しあればと思うが、西ユーラシアの食糧不足と相まって、解決策がない。

 輸送隊の護衛は、西ユーラシアで実施している盗賊対策の戦術と同じ。隊商の規模にもよるが、輸送車10輌に護衛の先導車1輌と装甲車2輌の配分だ。
 これで、十分な反撃ができる。

 バンジェル島対岸からマナンタリまで、空路で700キロ、陸路なら900キロ。
 バンジェル島とマナンタリ間に2カ所の中継基地を設けた。
 ピシェとケドゥグだ。この中継基地には、物資の集積所とヘリポートがある。
 スタッグハウンド4輪装甲車を守備として配備している。この車輌の位置付けは、装輪の自走砲だ。全高2.5メートル弱と腰高で、待ち伏せ攻撃には不向きだが、迅速な陣地転換ができるので、少数でもセロに対して強力な反撃力となる。
 セロの執拗な妨害をかいくぐらなければ、東方への進出は不可能なのだ。

 バンジェル島の司令部は、東方への進出など考えていない。白魔族の存在に対処しようとしているだけだ。
 俺は白魔族の動向よりも、ヒトの存在のほうが気になっている。白魔族は抑えられるが、ヒトはそうじゃない。
 しかも、2つの武装勢力がいるらしい。白魔族支配下の黒羊と、黒羊と対立する救世主だ。
 救世主は、西進して“湖水地帯”と呼ばれる水の豊かな地域までやって来ている。もっと、西進している可能性もある。
 黒羊も姿を現すらしい。
 当面、この湖水地帯が攻防の最前線になる。湖水地帯は、バンジェル島から直線で1500キロ離れている。
 この距離では航空機の行動範囲外だが、マナンタリに滑走路を造れば、航空機による湖水地域までの行動が可能になる。

 マナンタリに最も必要な道具とは?
 ブルドーザーだ。小型でいい。1500メートルの滑走路と、小型機10機分の駐機場があれば、それでいい。
 俺の考えを城島由加と彼女の幕僚に伝えたら、不用意に行動圏を拡大しようと企んでいるとして、拘束されるかもしれない。

 半田千早は、ヘリコプターの副操縦士と話をしている。
 副操縦士はこの世界でいう“異教徒の言葉”を自然に使う。だが、正操縦士はあまり得意ではないようだ。娘とは違う言葉を交えて話している。
 半田千早にはヒューイが珍しいようだ。
「このヘリコプター、どうしたの?」
 副操縦士が微笑む。
「いきなり。唐突ね?
 私は、リアナ。
 あなたは?」
 半田千早は、彼女よりも明らかに年上の女性の不愉快そうな表情に戸惑う。
「ごめんなさい。
 私は千早。
 ノイリンにこんな形のヘリコプター、あったかなって……」
 リアナは機体を撫でる。
「素直なんだ……。
 クフラックからスクラップを買って、直したんだって」
 半田千早は、尋ねる前に答えを知っていた。
「誰が……、直したの?」
 リアナは、彼女が知っている真実を話す。
「ソウマさんの指示。でも、スクラップのヘリコプターを手に入れたのは、ハンダさんらしいの。
 修理の予算は、ウルリカさんが都合つけたって聞いた。
 たくさんのお金を使って直した、大事なヘリだから、大切に使わないと……」
 半田千早は、想像通りの答えに少し不機嫌な顔になる。
「やっぱり、養父さんね!」
 リアナが驚く。
「ハンダさんのお嬢さんなの!」
 半田千早が頷く。
「養父さんは勝手なのよ。
 って養母〈かあ〉さんがいっている」
 リアナが少し笑う。
「私の父も自分勝手なの」

 イロナの指示で、ミエリキと王女パウラが食事の支度をする。
 自分たちのためではなく、近くに潜んでいる先頭と2隻目の船に乗っていった人々の食事だ。
 救助した4人のうち、無傷の2人が大声で出てくるように促しているが、その気配がない。用心しているのだろう。
 呼びかけは30分続いたが、誰も姿を現さない。
 負傷している2人も加わるが、効果はなかった。
 救助した4人によると、すでに1日半何も食べていないという。食料は“ない”という。村から逃げる際、持ち出しはしたが、船に乗る前に追われ、途中で捨てたという。
 船に乗ったときは、食べ物があったとしても、ポケットに入っている菓子程度だった。
 4人によれば、数年前から黒羊が現れるようになり、黒羊の動向を知ったのか救世主もやって来るようになった。
 黒羊は食料の徴発などは強要しない。救世主の目的は黒羊に対する妨害らしい。黒羊が困るだろうことを、湖水地域の人々に強いる。
 救世主の行為は、盗賊と同じ。黒羊が現れる目的は、はっきりしないという。
 4人のうち、最年長の男が語る。
「我々は“銀羊”と呼ばれますが、その意識はないんです。ヒトとは異なる生き物に支配されていた時代は、何世代も前のことですから……。
 黒羊から、おまえたちは逃亡銀羊だ、といわれて、先祖のことを思い出したくらいなんです。
 黒羊は……。理由はわかりませんが、子供を欲していました。
 12歳以下の……。
 ですが、黒羊の武器は銃が少ないので……、私たちと正面から戦うことはできないと考えたのでしょう。
 黄金と子供の交換を持ちかけてきました。
 応じる親もいるとの噂はありましたが、はっきりしません」
 イロナがいった。
「白魔族、黒羊の創造主だけど……。
 白魔族は、ヒトの子供を食べるの」
 最年長と最年少が同時に聞き返す。
「食べる?」
 イロナが4人の目を見て答える。
「そう、食べるの。料理して……」
 4人は絶句した。

 王女パウラは、半田千早に尋ねた。
「ジブラルタルの言葉で、ご飯食べなさい、って何ていうの?」
 半田千早は、少し考えた。
「Lunch is ready.
 かな?
 間違っているかもしれないけど……」
 王女パウラが微笑んで、背を向ける。
「お昼だよ!」と叫び始める。
 夕暮れが近いというのに……。

 だが、効果があった。
 小さな女の子が、森のなかから現れる。
 風上の森。缶詰スープの美味しそうな香りが届いていたのだ。
 結局、4歳から18歳まで16人の女の子ばかりが現れる。
 年長者は先頭に、年少者は2隻目に乗っていたそうだ。彼らは女の子を逃がそうと動いていたグループで、男の子は別なグループが守る手はずだったという。
 豊富な武器を持つ救世主相手に勇気ある行動だ。

 救出した20人は、故郷に帰りたいという。
 最年長の男は、「一刻も早く、村に帰りたい。妻や子のことが気になるんだ」と。全員が同じ気持ちだ。
 追跡していた救世主によって殺されたヒトは、12人もいた。

 イロナがローティーンに弱いことは、仲間内ではかなり有名。10歳くらいの女の子が涙を見せれば、無条件に力を貸そうとする。
 今回も子供たちの涙で、ミエリキの言葉を借りれば、我を忘れてしまった。
「このヒトたちを故郷まで送っていきましょう!」
 ミエリキがいう。
「イロナさん、600キロ、ありますよ。私たちの行動距離は200キロ、最大でも250キロ。
 どうやったって、無理ですよ」
 イロナが反論する。
「護衛車、バギー、装甲トラック。
 装甲トラックにドラム缶3本積んでいけば、引き返せる」
 王女パウラが案を出す。
「トレーラーにドラム缶4本。各車にジェリカン4缶。
 これなら行って帰るだけでなく、少しは予定外の行動ができます」
 イロナが受け入れる。
「クスティ隊長の許可を得ましょう」

 イロナとクスティの無線は、1時間を軽く超えた。
 救出した20人は、湖水地域からやって来た。彼らが住む村の名はナファダ。オルカの住む村は知らないという。
 オルカは、湖水地域を知らない。湖水地域はニジェール川の北、オルカの村はニジェール川の南。
 現在地バマコから湖水地域へは、500から600キロ。オルカの村は、もっと近いらしい。村の南に湖があるという。
 推測だが、ニジェール川の支流サンカラニ川の西岸に村はある。
 とすれば、ナファダとオルカの村は、まったく異なる地域ということだ。
 クスティは考え込んだが、俺も当惑している。密度はともかく、ヒトが広範囲に住んでいることになる。
 さらに、同じ川筋に住みながら、ナファダとオルカの村には交流がないことも驚きだった。
 オルカの村が比較的新しいことは理解しているが、住地を守るためにも周辺への調査は必要だ。
 彼らが周辺探査をしない理由が、俺には不可解だった。

 クスティが「相談したい」と湧水池の畔にまで俺を連れ出す。
 気持ちのいい風が吹く。半袖では、少し寒い。湿度が低い。気温は26℃。
 クスティが水面を見ている。
「どう思います?」
 俺は空を見上げた。
「オルカは、自分の村がどこにあるのか、正確にはわかっていない。
 ニジェール川の支流サンカラニ川西岸という位置も、我々の推測だ。
 オルカの移動距離から判断すると、南西100キロか150キロほどじゃないかな。
 より切迫した状況にあるのは、オルカの村だろう」
 クスティがヘリポートの方向を見る。
「輸送隊のヘリコプターは、オルカの村まで飛べますか?」
 俺はクスティの顔を見る。
「飛べるが……」
 クスティが俺の目を見る。
「オルカの村に行ってください」
 俺は心底驚いた。
「きみは……?」
 クスティが微笑む。
「着底しているボートを引き上げて修理します。
 あのボートで、湖水地帯に向かいます」
 俺はクスティが気に入った。
「いい考えだ。
 ヒト、だけだ。まだ、白魔族には手を出すな」
「承知しています」

 クスティは、マナンタリに中継基地の設置、第2次深部調査隊と輸送隊のバマコへの進出をバンジェル島司令部に具申する。

 輸送隊は、バンジェル島司令部の指揮下にない。銃器班の私設部隊だ。だが、ノイリンの組織である以上、好き勝手はできない。
 ノイリン行政府とて、私有物を理由なく接収できない。
 が……。
 バンジェル島司令部は、バンジェル島司令官が要請し、銃器班技術主任の同意により、銃器班所有のV-107バートルをバンジェル島司令部の指揮下に移行する。
 バンジェル島司令官と銃器班技術主任は同一人物。城島由加だ。
 俺は、膨大な時間と莫大な資金を投じて、秘密裏にレストアした、最大ペイロード2.2トンのテンダムローター型ヘリコプターを女房に奪われた。

 城島由加の文句。
「チヌークだと思ったのに……。
 チヌークなら10トンは積める。
 航続距離だって、最大2000キロ。
 でも、バートルじゃ。
 隼人さんは、やることが中途半端なのよね。
 機内にベンチシートを設置して!」
 城島由加は、同型式のCH-47チヌークでないことを不満だった。

 8輌のスタッグハウンド4輪装甲車は、バンジェル島に運び込まれた。
 そのうち、4輌がマナンタリの警備のために派遣される。

 俺はバートルをバンジェル島から呼んだ。しかし、到着したのは、ミル中型ヘリコプターだった。
 その理由を問うと、司令部がバートルを接収したと。心底驚いた。
 ミルは代替機だそうだ。

 バンジェル島には、ミル中型1機、カニア小型2機、ストライク・カニア攻撃1機、ヒューイ中型1機、V-107(CH-46)バートル中型1機の各ヘリコプターがある。
 計6機。この世界にしては、たいへんな数だ。

 城島由加は、中継基地は接収しなかった。俺に維持させるつもりだ。

 ミル中型ヘリコプターは、ピシェとケドゥグの中継基地を経て、マナンタリまで進出してきた。
 マルユッカが衛生員の名目で、ミルに搭乗してやって来た。
 バンジェル島司令部は、バマコに前進基地を設営するよう命令を発する。
 俺のバマコ進出も許可された。

 マナンタリ中継基地は、物資集結のための中継基地としては最大規模になる。
 城島由加は、単なる物資の中継地のはずのピシェとケドゥグに土嚢と有刺鉄線で、堅固な陣地を構築した。
 マナンタリにも同様の陣地を造るよう要求する。そのための物資を送り込んできた。
 銃器班の予算でベースを構築し、司令部の予算で拡張している。
 かなり、ズルイ!

 俺は、金沢壮一に奪われたスプリングフィールドM14自動小銃を回収できていない。今回は、同型で民間向けのスプリングフィールド・アーモリーM1Aを装備している。
 見かけはM14と同じだが、銃剣の取り付けができない。小銃擲弾の発射もできない。
 俺の装備はベストではない。ヒトの武装勢力との接触が予想される状況において、輸送隊の装備も万全ではなかった。

 俺はオルカを呼ぶ。マルユッカが同行している。
 オルカは緊張していた。
「南から北に流れる川に沿って、村を出てから北上したんだね。
 村の南に湖がある……」
 俺は200万年前の地図で、サンカラニ川を指でなぞる。
「地図はないので、村がどこにあるのかわかりません。
 私が生まれる前、陸路を何日も運ばれて、草原の真ん中に置き去りにされたとのことです。
 大きな川に出て、川上側、西に向かって進み、枝分かれした川に沿って南に向かいました。
 そして、村を作ったと……」
 俺は単刀直入に尋ねた。
「村の状況は?」
 オルカは答えを躊躇わなかった。
「数年前から、収穫期になると、食べ物を奪う兵士がやって来るようになりました。
 兵士は2組。
 剣や槍、盾を持つウマに乗る兵。
 皆さんの乗り物に似たクルマでやって来る、銃を持った兵です。
 どちらにも奪われました。
 どちらも残虐です」
 俺は重ねて尋ねる。
「村には、その兵はまだいると思う?」
 オルカが泣き出しそうな声で答える。
「はい。
 まだいると思います。
 銃を持つ兵が……」
 俺は、マルユッカに告げる。
「明後日の早朝、ヒューイとミルでオルカの村に向かう。
 ヒューイは武装して、ガンシップとして使う。隊員15はミルに乗る。
 夕方までにバマコに進出。明日の夜明けと同時にオルカの村に向かう。
 今回は偵察だ。
 できるだけ、戦闘を避ける。
 物資は、ゴリアテでバマコに運んである。
 マルユッカは医療隊を編制してくれ、ヘリでバマコに向かう」

 バマコの全施設は、3張の大型テントとドラム缶置き場だけ。
 施設の周囲は、有刺鉄線で囲っているが、野生動物の侵入を防げるとは思えない。
 保護した20人と捕虜2人は、留め置いているが、捕虜の移送は急ぐ必要がある。
 捕虜から目を離せば、保護した少女たちに2人は確実に殺される。
 俺は、捕虜2人のバンジェル島移送を決める。2人はただの兵卒で、軍事的な深い情報を得られるとは思えない。だが、彼らの社会制度や権力構造は、理解の助けになるだろう。現段階では、有力な情報源なのだ。

 捕虜が乗っていたボートは、ゴリアテ・トレーラー2輌で牽引して陸に引き上げた。
 徹甲弾はきれいに貫通しており、木造船体の修理は難しくない。全長25メートル、全幅4メートル、エンジンはガソリン1基だ。
 エンジンが水没したため、交換用を手配している。

 クスティとイロナは、引き上げた船がすぐには使えないと知り、湖水地域への陸行を計画し始める。
 500キロ以上の距離があるので、物資補給のための中継基地が必要になる。
 まずは、中継基地の適地を探すことから始めなければならない。
 オルカの村の調査後、ヘリコプターによる空中からの適地調査を始める予定だ。
 この調査の期間は、1日を予定している。戦闘は、想定していない。

 捕虜が使っていた銃器は、3種類あった。エンフィールド・リボルバーに似たトップブレイクの45口径6連発拳銃。モーゼル式の5連発ボルトアクション小銃。ルイス軽機をコピーしたと思われる円盤型弾倉の機関銃。
 小銃と機関銃の弾薬は、.303ブリティッシュによく似ている。ただ、.303ブリティッシュがリムド弾なのに対して、彼らの弾はリムレスだ。口径は7.7ミリ。
 発射薬は無煙火薬だ。弾頭は尖頭弾。
 銃の造作はよく、一定の工業技術力があることがわかる。
 擲弾発射機、手榴弾、迫撃砲などは、保有していなかった。
 捕虜にこれらの武器について尋ねると、手榴弾はあるようだが、それ以外はないらしい。

 オルカはヘリコプターを見るのも初めて、乗るのも初めて。乗りはしたが、かなり怯えている。
 ボディアーマーとヘルメットは、嫌がったが着けさせる。
 バマコからオルカの村まで、150キロほどなので、想定した場所に村があれば1時間ほどで到着する。
 半田千早、ミエリキ、王女パウラは、はしゃいでいる。村に救世主がいれば、衝突は避けられないのに……。
 緊張を紛らわすために、おしゃべりが止まらないのだ。
 ヒューイに4。バジャルドとリアナ父娘。ガンナーが2。ミルには正副操縦士の他15。衛生隊5、調査隊10。

 オルカの村は、南から北に流れるサンカラニ川の西岸にあった。戸数80、各家屋は分散していて、農地の近くに住居を建設したようだ。
 人口はオルカの説明通り、300程度だろうが、300のヒトが生活するには広大な農地だ。
 我々は、上空から家屋を発見する前に、広大な畑を発見した。上空から見る限り、ムギではなく、トウモロコシを栽培しているようだ。
 これも、オルカの証言と一致する。

 ヘリコプターの爆音を聞いて、家屋から男たちが飛び出してきた。
 手には長銃が握られている。銃口をヘリコプターに向ける男もいる。
 オルカ同様、ヘリコプターを知らないようで、呆然としている。
 ヒューイとミルは、村の上空をゆっこりと旋回しながら地上を睥睨する。ヒューイはやや高度をとり、ミルは強烈なダウンウォッシュを地面に叩きつけて、螺旋状に動く。
 地上に対する威嚇としては、十分だ。

 機長は、村から離れた休耕地にミルを着陸させる。
 ノイリン製のミルは独自の改造を行っていて、オリジナルのMi-8は後部ドアが観音開きだが、ノイリン製は地面に接地するランプドアになっている。
 ローターの回転が力強さを失っていない状態で、後部ランプドアを開け、調査隊と衛生隊が一斉に機外に出る。
 機外に出終わると、ミルは上昇し、サンカラニ川東岸に向かう。
 ヒューイは村の上空で警戒を続ける。

 オルカは、残り少ない弾を装填する。ウーゴが先導、クスティが続く。
 もちろん、衛生隊も武装している。

 我々が村に近付くと、武装した男たちが待ち構えていた。軍服らしい灰色の服を着ている。ヘルメットも、ボディアーマーもない。黒のブーツを履いていて、布製のキャップを被る。南北戦争時の南軍の軍服に似ている。
 指揮官らしい男が歩み出る。
「おまえたちは何者だ」
 低いドスの効いた声音だ。
 いわゆるジブラルタルの言葉、変化の小さい英語だ。
 俺が答える。
「きみたちこそ、何者だ。
 我々は、西方の海岸に住むものだ」
 無精髭を生やす男は、意外と若いかもしれない。20代か?
「我らは、リットン子爵の軍だ。
 こちらは、当主ご舎弟クリス様」
 俺が尋ねる。
「きみたちは、悪名高い救世主か?」
 クリスと呼ばれた10代後半か20代前半の男が前に出る。他の兵と異なり、衣服は汚れておらず、髭も剃っている。
「下郎。
 私は貴族。
 跪け」
 俺は、虚仮威しの一撃を放つ。
「私は、ノイリン王ハンダ。
 王に跪けとは、笑止」
 まったく、文化・背景の異なる2つの武装勢力が、300人ほどが暮らす村で出会う。
 俺が続ける。
「この地は、クマン王国の東辺にあたる。武装勢力がクマン王国の領域に侵入したとの報告があり、クマン王国第4王女パウラの要請により、同盟関係にある我々ノイリンが調査に来た」
 俺の発言は嘘ばかりだ。この地はクマンの東辺から大きく離れているし、俺は王様じゃない。
 ノイリンとクマンは、同盟条約を結んでいない。王女パウラは、我々に何らの要請もしていない。
 半田千早とミエリキの通訳を受けて、王女パウラが事態を凝視している。
 俺が問う。
「きみたちは、この村に何の用できたのか?
 村の住民によると、盗賊に襲われたと聞いている。
 きみたちは、軍とは名ばかりの盗賊か?」
 クリスが答える。
「田舎王国の王とやら、物事を知らぬ王よ。
 無礼は許そう。
 この村で、兵糧を徴発している」
 俺が尋ねる。
「徴発?
 トウモロコシの今年の価格は……、確か1キロあたり金4分の1オンスと等価なはず。
 代金は、村人にどれほど払ったのだ?」
 クリスが笑う。
「愚かな。
 これが見えぬか?」
 隣にいた兵からボルトアクションの小銃を受け取り、俺に示す。
 俺は、どう反応すべきか考える。
 俺たちが銃を装備していることは、見ればわかるはずだ。俺とウーゴを除けば、ノイリン製AK-47を装備している。
 彼らの銃とは形状が大きく異なるので、理解の外という可能性もある。
「我々も銃を持っている。
 きみたちのボルトを操作しないと発射できない、旧式な5連発銃のことは知っている。
 きみは先ほど、私を“田舎王国の王”と呼んだが、きみたちはあんなものを持ってはいないだろう?」
 俺は、村から少し離れてホバリングするヒューイを指差す。
 クリスは動じない。
「あんな動きの遅い飛行機は、我らは持っていない」
 声音に嘲笑が混じる。彼の部下も嘲笑う。

 オルカが浮き足立っている。彼女には優しい故郷ではないが、様子をうかがう限り、ここに残っても地獄だった。
 俺が問う。
「きみたちは、この村には今年始めてきたのか?」
 クリスが答える。
「去年までは、ゴドウィン男爵の仕事だった。男爵は気弱な男で、管轄している村の下郎どもを甘やかしていた。
 今年からは、我がリットン子爵家が管理する」
 クリスは薄ら笑いを浮かべながら、俺にいった。そして続ける。
「ここは、追放銀羊の村だ。追放銀羊の村としては、西辺にあたる。ここよりも西に銀羊の村はない。
 追放銀羊は我々を裏切り、与えた土地を捨て逃げた。その償いはしてもらう。永遠に」
 俺が反論する。
「この村は我々の保護下にある。
 勝手はさせない」

 俺は、村人が拘束されている可能性が高いと考えている。だが、村人の姿がない。村人の安全が確保できないなら、出直すしかない。
 ヒューイが少し西に移動する。森の上でホバリングしているが、いきなりかなり上昇する。
 機長のバジャルドから隊内無線が入る。
「ボス……。
 森のなかの空き地に……」
 バジャルドがいい淀み、無線にリアナの泣き声が混じる。
「ボス、死体だ。
 100か、200、それ以上。
 赤ん坊の死体もある。
 虐殺だ。
 この村で、虐殺があった」
 俺は、予想外の展開にどう反応したらいいのか、わからなかった。
 ドラキュロのいる西ユーラシアでは、ヒト同士による殺し合いは極端に少ない。もちろん、村や街間の対立はあるし、犯罪としての殺人事件もある。
 だが、虐殺は皆無。ヒトは力を合わせなければ、生きてはいけないのだから……。
 クマンでも、地主の横暴や、地主と貴族の対立、農民同士の水争いもある。
 それでも、虐殺なんてない。
 俺は怒りをコントロールしながら、クリスに尋ねる。
「村人をどうした?
 殺したのか?」
 クリスは悪びれた様子はなく。少し肩をすくめる。
「仕置きをした」
 俺の背後で、コッキングボルトを引く音がする。言葉がわかる半田千早だ。引きずられるように、いくつのも装填音がする。
 リアナが異教徒の言葉で、死体のことを伝えたからだ。

 ヒューイから連絡。バジャルドからだ。
「ボス、村に兵以外に誰かいる。
 村人じゃないかもしれないが……」
 俺はいったん引こうと考えた。
 このまま銃撃戦になれば、我々にも犠牲が出る。
 俺は、アクムスにいう。
「いったん、引き上げる。後退だ」
 俺はクリスにいった。
「また会おう。
 いまは引き上げる」
 リットン子爵家の兵士は、嘲笑するように笑った。

 俺たちは北1キロの丘まで、後退した。

 俺は半田千早に責められている。
「村にヒトが残っているかもしれない。
 助けないと!」
 全員がほぼ同じ気持ちだ。俺も……。
 アクムスが抑える。
「あそこで撃ち合えば、犠牲が出た。
 いったん、引くほうがいいんだ」
 それにウーゴが同意するが、リアナがあからさまな嫌な顔をする。
 バジャルドが発言。
「トラックは8輌。
 すべて同型の小型だ。
 荷台に10人乗れるとして、敵は最大80。
 だが、4輌は荷を積んでいた。作物だろう。
 となると、敵は40から50。
 こちらは15。
 どうやって戦う?
 援軍を待つか?」
 ウーゴが反対する。
「連中は、こっちの戦力を知っている。
 それと、マルユッカ先生を見ていた。
 ジロジロ……。
 ここに留まると、襲ってくるぞ」
 オルカが泣いている。それを見て、何人もがいきり立っている。
 俺たちは軍人じゃない。個人の行動、個人の感情、個人の決断を否定しない。
 だが、できるだけ集団で行動したほうが、いいことは誰でも知っている。
 俺はこのまま引き下がる気はなかった。村人の生き残りはいる、と思う。だが、我々の人数では、救出できない。
 援軍を待つか、いったん後退するしかない。
 俺が決断する。
「後退しよう。戦力を整えないと、村人の救出はできない」
 反論はない。誰もが現実を知っているからだ。オルカが泣くのも、救出が無理であることを知っているからだ。

 一方、リットン子爵軍の戦力分析は、ほぼ正確にできていた。
 バジャルドが「30から多くて35」といえば、ウーゴは「30でいいと思う。28から32だ。機関銃は4挺。トラック8輌のうち、4輌は奪った穀物の運搬用で、4輌は武装している」と同意する。
 捕虜の証言から、迫撃砲や小銃擲弾がないことはわかっている。
 誰の腹のなかにも「奇襲を仕掛ければ、制圧できるかもしれない」と。
 だから、誰も「すぐに撤収しよう」とはいわない。
 現在地は、村から北に1キロ。ヒューイとミルも、ここに着陸している。
 広範囲に周囲よりもやや高いが、丘陵というわけではない。まったくの平地で、30センチほどの草が広がる草原だ。半径500メートルは視界がいい。遮蔽物もない。
 俺たちは、ミルの前で車座を作り、そして話し合っている。もちろん、歩哨は立てている。

 銃声が1発。

 立っていたクスティが後方に吹き飛ぶ。
 俺が叫ぶ。
「離陸する!」
 奇襲を仕掛けてきたのは、リットン子爵軍のほうだった。俺たちは後手を踏んだ。
 小銃弾がミルの機体にあたる。防弾はないから、簡単に貫通する。
 衛生隊がクスティをミルに乗せる。
 ミルのローターの回転が安定する。半田千早、ミエリキ、王女パウラは、いい動きをし、弾幕で攻撃側を押さえる。
 ウーゴが伏せ撃ちで、M60機関銃を発射する。
 俺がウーゴの背を叩き、「乗るぞ」というと、ウーゴが起き上がる。
 その瞬間、肩を撃たれた。それでも10キロの重さがある機関銃を放さない。
 ウーゴをランプドアに押し込み、浮き上がった機体に俺がしがみつくと、ミルは高く上昇した。

 ヒューイは、リットン子爵軍の真上に至る。瞬間の判断だった。機体両側に備え付けているMG3機関銃による地上への掃射が始まる。
 地上からは襲撃者は見えなかったが、上空からはすべてが見えた。
 村に残っている、リットン子爵軍の兵はわずかだ。
 俺は機長に機内電話で伝える。
「村に向かってくれ!」

 村から黒煙が上がる。家が燃えている。正確には、家の屋根が燃えている。
 村の北端にミルが降下。
 機外へ出られる全員が、機体後部ランプドアから地上に飛び降りる。
 ミルが急上昇する。
 俺たちは背嚢を背負っていない。重い装備はミルのなかだ。全員が身軽。
 一気に制圧にかかる。
 俺はミルから飛び降りると、真っ直ぐに村に向かって走った。燃えている家に向かって走る。
 銃を向けたリットン子爵の兵に発射。
 燃えている家の近くにいた兵が、近くの家に飛び込む。
 その家に王女パウラが手榴弾を投げ込む。燃えている家の前にいた兵にオルカが発射。
マルユッカも発射。燃えている家の周囲を制圧する。

 俺たちが、燃えている家の周囲を制圧したときには、屋根は完全に焼け落ちていた。
 そして、なかに閉じ込められていたヒトも……。リットン子爵軍の兵は、生き残っていた村人を1軒に閉じ込め、ガソリンを撒いて火を着けた。

 オルカを追っていたのはモールバラ公爵家の軍。オルカの村を襲ったのはリットン子爵家の軍。
 救世主の社会構造がわからない現在、軽々なことはいえないが、複数の勢力が西進していることは確かなようだ。

 ヒューイはリットン子爵軍の兵15を倒したが、かなりの数が北に徒歩で逃走した。
 彼らのトラック8輌と、1トン積みトラック4輌分のトウモロコシを手に入れる。
 このトウモロコシは、村の重要な食料だ。その食料を必要とするヒトは、殺されてしまった。生き残ったのはオルカとムリネだけだ。

 足を負傷して遺棄された兵2を捕虜にする。1人は貴族出身の将校だ。
 俺たちの次の段階は、この将校を尋問するところから始まった。
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