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第5章
第126話 情報戦
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湖水地帯はニジェール川を挟んで、南北200キロ、東西230キロの水に恵まれた地域だ。大小の湖沼が無数にあり、土地のほとんどは耕作に適した乾地。
気候は温暖だが、大気は乾燥している。あまり明確ではない乾期(冬)と雨期(夏)があり、年間降水量は1600ミリほど。年間平均気温は摂氏16度と、200万年前の温帯に相当する環境だ。最高気温は摂氏30度を超えることは希で、最低気温は氷点下まで下がることはない。
本来の西ユーラシアと比べても、遜色なく過ごしやすい気候だ。
それに、ドラキュロがいない。
しかし、すでに乾燥化の傾向が進んでいる。それでも、あと5000年はヒトが住める条件が維持される。
これが、湖水地域の気象記録を分析したノイリン北地区農業班の結論だった。
湖水地域最西端の街はバルカネルビで、この一帯でも最大級の人口がある。
最東端の村はバンカーヌで、80人ほどが住む。
地域の中心はココワで、街の規模としても最大。
だが、ノイリンがバルカネルビに事実上の大使館である商館を設置したことから、権力の中心はココワから西端の街に移り始めていた。
大規模娼館を改装したノイリンの商館には、本館以外に分館、倉庫、食料貯蔵庫があり、倉庫であっても西ユーラシアのヒトの建物と比べて、はるかに立派だ。
建造物の多くは焼成レンガを使用しており、赤褐色の美しい街並み。
クフラックは食糧倉庫を、カラバッシュは古い家具などを納めた物置小屋を改装して商館を設ける。
庭園を解放して誰もが憩える公園とし、分館には診療所を併設した。
診療所の目的は西ユーラシアから渡来した商人たちの健康管理だったが、地元のヒトたちも来訪するようになる。
湖水地帯は家屋・建物は立派だが、医療に関しては極めて貧弱だった。
このためか、診療所は評判となり、ノイリンは現地との友好に資するとして、入院設備のある病院に拡張することにした。
医療班は、診療部、衛生部、創薬部、防疫部、給水部などから選抜したチームの派遣を決定する。
ミルシェはノイリンからの司令で、巡回診療を始めることになった。目的は各地の偵察で、医学レベルの低いこの地域ならば、医療関係者は無条件に受け入れられるからだ。
半田千早には、銃器班から直接の命令が届いていた。
「湖水地域全域の軍事・兵器状況を調査せよ」
命令の出所は、ノイリン中央行政府だ。
商館の食堂で、半田千早はテーブルを挟んでミルシェと座っていた。
「ミルシェ、次の命令、きた?」
「うん」
半田千早はミルシェの短い答えの中に、彼女が本意とはしていない命令が届いたことを察した。
「私は、銃器班から軍事情報の調査を命じられた。
はっきり言って、スパイだよ」
ミルシェは、コーンをフォークで弄ぶ右手の動きを止める。
「私は、社会情勢の調査。何で、医療班からこんな命令が出るんだろう?」
半田千早はミルシェの問いには答えなかった。
「政治情勢の調査は、誰が命じられたのかな?」
ミルシェは、半田千早の疑問を知っていた。
「ハイノだよ。
アルミンは、農業生産と耕作面積とかの調査だって。
私たち4人で、湖水地帯の実態を調べろって、ことみたい。
氷点下の血液が流れるアルミンが、サイキ先生直筆の手紙をもらって、舞い上がっていたよ。家宝にして、代々受け継ぐんだって。
血が沸騰しちゃってた」
半田千早は、斉木五郎を思い出していた。
「アルミンにとっては、斉木先生の命令を果たすより、彼女見つけるほうがたいへんだよ」
ミルシェが笑った。
「言えてるかも」
2人が笑う。
半田千早が最新の情報を伝える。
「クフラックの新しい指導者、アレクサンドリアの娘がやって来るって!」
ミルシェが再び皿に目を落とす。
「クフラックって、メンドクサイよね。
指導者は、例外なく偽名を名乗るんだ。何でだろぉ~」
半田千早は何度もクフラックを訪れていて、街の雰囲気はノイリンと大差ないことを知っていた。
「指導者は歴史上の偉人の名を名乗り、役職を離れると本名に戻るんだ。そして、以後一切、政治にはかかわらない……。
陰の実力者とか、院政とか、不健全な政治体制を作らないためなんだって」
ミルシェが顔を上げた。
「ノイリンとは全然違うじゃん!
ノイリンなんて、陰の実力者がウヨウヨいる。
ハンダさんとか……」
半田千早は養父の名が出たことに驚く。
「養父〈とう〉さんは、陰の実力者じゃないよ。少なくとも、我が家では。
全権力はママにある!」
2人は声を上げて笑った。
ミルシェが新たな情報を知らせる。
「商館長には東地区のヒトが指名されるみたい。それまでは、フィーさんが臨時商館長だって。
それと、しばらくは、フィーさんはバルカネルビに留まるみたい。
役職名は……」
ミルシェがフィー・ニュンの役職名を思い出せないでいた一瞬、半田千早が答える。
「駐在武官……」
「それ!」
ミルシェが提案する。そのときの顔は、幼い頃のミルシェと大差なかった。
「私たちの仕事だけど、単独よりは協力し合わない。
アルミンやハイノも誘って」
半田千早は微笑んで、賛意を示した。
最初の会合は、半田千早、ミルシェ、アルミン、ハイノの4人だった。
そして、4人はそれぞれが命じられた情報収集を協力して行うことに同意する。情報収集は目立たないように行い、各地に行く隠れ蓑として、医療チームの訪問を使うことにした。
2回目の会合では、リュードが加わった。齢40を過ぎた生命工学者であるリュードが医療隊の指揮官となり、医師、看護師、救命士などで構成されるチームを編成する。
ハイノとアルミンは輸送を担当。車輌班のププリオが護衛として参加することも決まった。
医療隊は、医療支援車2、輸送車2、偵察車2、装甲車2の計8輌となった。輸送車は人員輸送車1と物資輸送車1で、護衛10が乗車する。
偵察車は、半田千早のバギーSとリュードが乗る指揮官用として通信機能を強化したバギーLだ。
護衛の装甲車は、ブラジル製EE-11ウルツ兵員輸送車を車輌班が改良した6輪の装砲車だ。
生産性を重視するため、後輪がリーフスプリングとリジットアクスルの組み合わせになっていた。
車体上には、FV101スコーピオン軽戦車と同型の砲塔が載る。護衛車2輌には固有名があり、76.2ミリ砲搭載車はアルゴノート、20ミリ機関砲搭載車はドレッドノートだ。
商館には車輌の整備工場が作られ、かなりくたびれていた半田千早のバギーSはオーバーホールの途上にあった。
バギーSの修理が終わり次第、湖水地帯全域への医療サービスに向かう。
また、半田千早、ミルシェ、アルミン、ハイノ、リュード、ププリオ以外には医療隊の真の目的を秘匿することも決まった。
EE-11ウルツのノイリンにおける名称は、ウルツのままだった。実際は車体と前輪サスペンションを流用しただけで、原型のウルツとは外見が似ていること以外の共通点は少ない。
しかし、このノイリン製6輪装甲車は、ウルツと呼ばれている。
200万年前からもたらされた各種装輪装甲車は、どれだけ大事に使おうとも、徐々に損耗していく。事故や戦闘で失われることもある。
ノイリン製ウルツは、EE-9カスカベル装輪戦車、AVGPクーガーなど各種ピラーニア系4輪から8輪の装輪装甲車、イギリス製装輪装甲車、ロシア系装輪装甲車の代替として、車輌班が開発した。
現在は、ノイリンの主力装甲車となっていて、輸出にも力を入れている。
砲塔を有する車輌には、20ミリ機関砲と76.2ミリ戦車砲搭載型がある。76.2ミリ砲搭載型以外は、浮航能力がある。装砲車でも、車体側面にフロートを取り付ければ、浮航できる。
砲塔はすべて、FV101スコーピオンと同型式のソロバンの珠型だ。
輸送車と医療支援車もウルツと同じ車体を採用している。医療支援車には浮航能力があり、車体全体に装甲が施され、物資輸送車はキャビンのみ。最大3.5トンの物資を輸送できるが、積載量2トンまでなら浮航できる。車体後部の荷台は、腰高なことを除けば、一般的な物資昇降用のリフトがあるトラックと大きな違いはない。人員輸送車は車体後部が大きく盛り上がっていて、車体全体に装甲がある。
新型のバギーLにも浮航能力が与えられていた。
最初の任務に出発する前夜、護衛隊員を含めたチーム全員が食堂向かいの会議室に集まった。
リュードが説明を始める。
「しっかりと、聞いて欲しい。
この作戦は極めて重要だ。湖水地帯の人々に西ユーラシアのことを知ってもらうこと。そのための活動だ。
食料の売買を側面から支援し、円滑な商取引を促す。
残念だが、湖水地域と西ユーラシアで、我々が優れている点は、医療と兵器だけ。
街を見ればわかるが、ノイリン北地区行政府の庁舎よりもバルカネルビの穀物倉庫のほうが立派な建築物だ。
我々は侵略者ではない。
食料を求めて、ここまでやって来た。
西ユーラシアの極端な寒冷は、あと数年で終わる。それ以後も湖水地域や西アフリカ大西洋沿岸とは仲良くしたい。
セロを除いてね」
笑いが起こる。セロが好きなヒトなどいるわけない。
「ノイリンは、クフラックやフルギアに先んじて、湖水地帯の人々と友好を確立し、商売を上手くやっていかなくてはならない。
我々のライバルは、クフラック、フルギア、ブルマン、北方人、精霊族や鬼神族だ。
だが、連中とも仲良くしなくちゃならない。
このチームにも、いずれ、フルギアやブルマンが入るだろうし、クマンはもういる」
リュードが少年に起立を促す。
「クマンのミルコくんだ。ハイノの助手を務める」
元首パウラが直々に派遣したクマンの間者だ。
リュードがミルコに着席を促す。
「とにかく、友好第1で行動してほしい。
無用な発砲はもちろん、不用意な威嚇も禁じる。
繰り返すが、我々は侵略者ではない。
この地に食料を求めてやって来ただけなのだ」
リュードを除けば、他の隊員は14歳から25歳と若い。
最年少はバルカネルビの孤児で、アルミンの助手兼通訳を務める少女ハイディだ。
リュードを除く最年長者は車輌班のププリオで、彼には左目尻から顎まで達する大きな刃物傷がある。その傷が彼の端整な顔立ちを悪相にしているが、実際は穏やかで優しい人物だ。
彼は移住第1世代で、家族はドラキュロに殺され、自身は東方フルギアの奴隷だった。頬の傷は、当時の主の息子がおもしろ半分でつけたと……。
ププリオの車輌整備と運転技術は、超1級だ。
リュードが予定外の発言をする。
「湖水地帯に西ユーラシア人で最初に達したのは、チハヤだ。
誰もが知るノイリンの英雄。
父はフルギアが言うところのノイリン王だが、父上殿は最近ではフルギアから、チハヤの父君、と呼ばれるらしい。
その彼女から、湖水地域の実情を聞いておこう」
半田千早は慌てた。何も準備していなかった。しかも、英雄なんて言われてしまった。
でも、席を立たないわけにはいかなかった。
誰もが、彼女を見ていたから……。
「最近、ココワに作物の買い付けに行ったんだ。
ボルトアクションとコムギが交換できればいいかなって……。
豪農と交渉したんだけど、上手くいかなかった。
豪農は、商談に最後まで出てこなかった。交渉相手は番頭よりも格下の手代だった。
手代が言うには、私は商談をする資格がないんだって。
女だから……。
こんなこと、西ユーラシアではないことだよ。
湖水地域では、街ごとに文化や習慣がかなり違うんだ。
バルカネルビでは、女だってしっかり働いている。
だけど、ココワでは女は働かない。料理、掃除、洗濯、育児が女の仕事なんだ。それ以外、女はしてはいけないらしい。
ココワの商人は、女とは商売しない。
バルカネルビの商人は、女とだって商売してくれる。そもそも、バルカネルビにも女の商人がいる。それと、救世主が造った滑走路があった。
で、バルカネルビが西ユーラシアとの接点になったんだ。
湖水地域の盟主はココワだけど、私たちが来たために中心はバルカネルビに移りつつある。
私たちが湖水地域の固定化されていた秩序を変え始めている。
当然だけど、そこにはヒトの感情も絡む。意図せず、恨まれることもある。
話を変えるけど……。
ニジェール川は湖水地帯の直前で、複数に分流する。特に2つの流れが大きく、どちらを本流にすればいいのかはっきりしない。
流れも南から北へ、時として西から東に流れる。
下流に向かって左岸は農業が盛んで、右岸は工業にも重点が置かれている。
だけど、工業生産力は西ユーラシアから見れば小さい。
動力は焼玉エンジンが作られていて、この電気系が不要な内燃機関が動力のほぼすべてなんだ。
それと、街と街の連携が乏しい。乏しいと言うよりも、ほぼないんじゃないかな。国家としての概念がないんだ。西ユーラシアもないけど、何かあれば街と街は声をかけ合うでしょ。そういった連携があまりない。
ココワが救世主に攻められても、バルカネルビは援軍を出さなかった。
救世主は湖水地域と戦わなくてもよかった。ココワとだけ、バルカネルビとだけ、300以上ある街や村ごとに各個に撃破すればよかった。
どの街にも軍隊なんてないし……」
男性の看護師が挙手する。
「農地の争い。
つまり、誰の農地か、とかの土地争いや、水を巡る争いはないの?」
半田千早が逡巡する。
「あると思うよ。
個人間、街の中での行政区画の境界線、街と街の間とか。
だけど、そういったことはまだ何もわかっていないんだ」
護衛隊員が挙手。
「それを調べないと。
白魔族と戦う前に、湖水地帯を知らないと……」
リュードが慌てる。問題の核心に迫ったからだ。
「チハヤ、ありがとう。
さすが、精霊族の賢者が認める“賢き子”だ。
明日は早い。
食堂に宴の準備がしてある。
今夜は、ほどほどに楽しんで欲しい」
ニジェール川には、一切橋がない。街と街は、分流や支流でつながり、水運が発達している。だが、船は最大でも150総トン級で、船体長が30メートルを超えることはない。
焼玉エンジンの船舶が多用される一方、動力のある車輌は皆無に近い。陸運は馬車や牛車だ。しかし、川や湖沼が行く手を遮り、陸路での長距離移動はほぼ不可能だ。
この地形は移動に車輌を使う救世主も相当に手こずったらしく、湖水地域全体を占領できなかった原因でもあるようだ。
そのためか、バルカネルビの政治家や豪商・豪農は、ノイリンの動きを冷ややかに見ていた。
しかし、西ユーラシアがもたらした水陸両用車という“新兵器”の登場に接し、遅まきながら慌てていた。
バルカネルビの西で、ニジェール川は流れを北東に変え、2つに分流する。流れの規模は同じ程度で、どちらを本流にすべきかは、判然としない。バルカネルビは東の流れの流域にあり、ココワは西の流れの北にある。
バルカネルビとココワは、80キロほど離れているが、水路ではつながっている。
300以上もの街や村がある湖水地域だが、有力な街は3つしかない。ココワ、バルカネルビ、トンヴクトゥだ。
しかし、この3つの街が覇を競い合っているわけではなく、街や村は基本的に孤立主義だ。
リュードは、ココワの街の郊外にテントを張り、臨時の診療所とする計画を立案する。
バルカネルビの事情はほぼわかっているが、ココワについてはごくわずか、トンヴクトゥは皆目わかっていない。
ココワの西と東には、マーケットが発達している。このマーケットは誰でも出店でき、ココワ住民以外がテント張りの店を連ねている。
医療隊は、西のマーケットの西端付近にテント4張りで診療所を開設した。
ココワは救世主に攻められ、住民の多くが殺され、食料を奪われていた。
西ユーラシアに対する警戒心が強く、豪農や豪商の私兵数隊に監視されながらの活動開始となった。
そのためか、初日は誰もやって来なかった。
この時点でわかったことがある。ココワには、警察などの法執行機関がないのだ。豪商や豪農が支配し、彼らの決定が街の決まりとなる。豪商や豪農は私兵を養い、自らの権益だけを守る。
私兵を持たない市井の人々はどうか?
彼らは、豪商や豪農の顔色を見て生活する。一方、豪商や豪農の入れ替わりが激しく、固定はされていない。
ただ、燃料を扱う商人は特別な存在らしい。彼らはいかなる法の外にいるらしいが、油商人の実態はよくわかっていない。
私兵を持てば、その武力を背景に、議席を得て、街の支配に参加できる。私兵を失えば、いかに高徳であろうと街の支配から退かなくてはならない。
私兵の兵力数で、発言力が決まる。
実に単純で明快な権力構造だ。
そして、油商人が圧倒的な兵力を持っているが、彼らは政治には関与しない。
医療隊がテントの設営を始めると、豪商の私兵数隊がすぐに現れた。
目的は退去の強要だったようだが、ウルツ装甲車の威容を見て躊躇った。私兵の武装は後装単発ライフル程度で、軍隊と呼べるようなものではなく、医療隊の護衛と比較すれば貧弱だったからだ。
救世主の軍と戦い、彼らは惨敗を喫していた。そして、主戦派の豪商と豪農は私兵を失い、街での発言権もなくなった。
医療隊の存在が目障りだとしても、ここで戦い私兵を減じれば没落もあり得る。ならば、無視するほうがいい。
それが、ココワの政治的支配層の判断だった。
その判断は、マーケットに集う商人たちが教えてくれた。
敷物を扱う女性の老商人は、「ココワの連中は、強そうな相手には弱い。あんたたちは強そうだから、何もされないよ」と。
そして、2日目からはマーケットの人々が、診察にやって来た。
湖水地帯に関する真偽不明な膨大な情報を携えて……。
3日目の朝、豪商の私兵3隊に豪農の私兵2隊が加わった。
兵力は1個中隊規模、約250人。医療隊が相手にできる人数じゃない。
診察に訪れていた人々は、すぐに立ち去った。
私兵はならず者の集まりではなく、ブルーやグレーの比較的地味な色の軍服を着て、統率がある。富者は軍事に長けた指揮官を雇い、その指揮官が雇い主のための軍を編制する。雇い主にもよるが、総じて厳格な規律が求められる。
だから、医療隊は相手にしたくなかった。
リュードが半田千早に「撤収しよう」と伝えたその瞬間、看護師がテントに駆け込んできた。
「手長族の飛行船です。
こちらに向かってきます!」
半田千早が咄嗟に叫んだ。
「対空戦闘用意!」
彼女には命令を発する権限はないが、それを否と判断する隊員は1人もいなかった。
20ミリ機関砲装備のウルツが移動し、射撃位置に着く。
輸送車や医療支援車が搭載する12.7ミリ重機関銃が、発射の準備をする。
半田千早は、長射程の対戦車榴弾をRPGにセットして、草原に片膝をついて構えた。
彼女から10メートル離れて、ミルシェもRPGを構える。
バギーLの通信士が、バルカネルビに「手長族の飛行船が現れた!」と無線に叫ぶ。
豪商と豪農の私兵は、大空を悠然と飛ぶ大型飛行船を、呆然と眺めていた。
同時に、慌てて迎撃しようと足掻く、医療隊員たちが滑稽に見えた。
湖水地帯の人々は、セロ(手長族)を知らない。
バルカネルビ飛行場には、偶然だがマーニとララがいた。
マーニが武装したカニア小型輸送ヘリで離陸、ララも離陸に移る。プカラ・ホッグが離陸し、クフラックのブロンコ、カラバッシュの双発武装輸送機も離陸する。
数分後に離陸したララは、行程の半分ほどでマーニを抜き去った。
マーニは慌ててはいなかった。ララ機には、豆鉄砲しかない。2挺の12.7ミリ重機関銃では、嫌がらせ程度にしかならない。
マーニ機には、5連装対空ロケット弾発射機が機体の両側に1基ずつある。12.7ミリ重機関銃は1挺。
クフラックやカラバッシュの機も離陸したが、ロケット弾を搭載する余裕はなかったはず。
ならば、半田千早を助けられるのは、自分だけだと考えていた。
飛行船は進行方向を北に変え、北から南にココワ市街に侵入する。
半田千早たちは、初期の迎撃のチャンスを失っていた。
飛行船は停船せずに、ココワ市街に2発投弾する。
そして、進路を西に変えた。半田千早たちのいる方向に向かってくる。
最初の発射は、ウルツの20ミリ機関砲だった。対空射撃は本職ではないが、最大仰角60度なので、黒魔族のドラゴンやセロの飛行船とも対峙できる。
飛行船がウルツの上空を東から西に通過し、同時に小型爆弾4発を投下。
ウルツが爆炎と砂煙に隠れる。
ララは、飛行船後部に接近していく。推進機を破壊すれば、飛行船の行方は風任せになる。
セロの飛行船は再度ココアの街に侵入し、500キロ級爆弾8発を投下する。
液体ガスの爆発は、凄まじい炎を噴き上げる。
ララが飛行船背後に食らいついても、機体速度の違いから、長時間の射撃ができない。追い越さなくてはならないからだ。
クフラック機とカラバッシュ機は、浮体下部に懸吊されているゴンドラに攻撃を集中しようとしているが、飛行船の高度が低く、攻撃しあぐねていた。
ララもそうだが、勢い効果が薄いと知りつつも、浮体に機関銃弾を撃ち込んでしまう。
半田千早たちRPGを抱えるものたちは、飛行船が方向を変えたことから、またもや発射の機会を失っていた。
半田千早は周囲を見た。
「飛行船が戻ってくる。
発射のチャンスは必ずある!」
飛行船が大きく旋回し、ココアの街の上空で旋回する。
ノイリン、クフラック、カラバッシュの連合飛行隊による攻撃で、さすがに空中で静止しての爆撃はできないようで、飛行船としては最大速度で通過しながらの500キロ級爆弾投下となった。
最後の投下弾は、街を外れ、マーケットに落ちた。
凄まじい炎がドーム状に広がり、何もかもを焼き尽くす。
爆弾はまだある。小型爆弾をばらまかれると、マーケットは全滅してしまう。
半田千早は震えていた。
マーニは機首を西に向ける飛行船の左舷から近付く。
そして、浮体に向けてロケット弾全10発を同時に発射。
飛行船が大きく傾く。浮力を失い、急速に降下してくる。
半田千早は、首をすくめるほど降下してきた飛行船のキャビンに向かって、RPGを真下から発射。彼女だけでなく、他の隊員も次々に発射。
フラフラと飛び去る飛行船に向けて、ウルツが20ミリ機関砲を発射。
ララは最後の一撃に、背後から近付き重機関銃を発射。その後を受けて、マーニも重機関銃を発射する。
4基ある飛行船の推進機、機体後部右側の巨大なプロペラが外れて、マーニ機に向かって飛んでくる。
マーニは咄嗟に避けたが、機体右側のロケットランチャー支持架を根元から切り取られてしまった。
機体が異常な振動を始め、彼女は緊急着陸する。
半田千早は、小型ヘリコプターが緊急着陸する様子を見ていた。
すぐにバギーSに跳び乗った。
パイロットは地面に座っていた。
半田千早はパイロットが誰なのかすぐにわかった。
「マーニ!」
「うぁ~、チハヤ?
撃墜されちゃったぁ~」
ミルシェたちは直後から、負傷者の手当に奔走してていた。
半分炭化してしまっている我が子を抱いた父親が、「この子は……」と問われ、ミルシェは「精霊の川を渡ってしまった」と答えた。
半田千早は、ココワの20人ほどの指導層と向き合っている。
ココワの指導者だけが集える建屋で、一種の議事堂のようなものだ。
この建屋には本来、女性は入れず、ココワの政〈まつりごと〉は少人数の男性によって決められている。
20人の政治的指導者は、慣例を覆して、少女を招いていた。
半田千早は、セロを説明する方法を思案していた。
高齢の男が半田千早に語る。
「この神聖なる場に女がいる。
信じられぬ」
半田千早は、どう答えたらいいかわからなかった。
「私の住む街ノイリンでは、性別による仕事の差は存在しない。
私の住む地域の代表は女性だし、軍事の指揮官も女性だ。男も女もできることをする。それが、私たちの街だ。
私は武器商人として、西ユーラシア各地を回り、西アフリカに達し、湖水地域までやって来た。
いままでの商いで、女だから、と差別されたのはココワが最初だ。
ならば、ココアの男たちは、さぞや女よりも優れているのだろうと、考えていたが、手長族の攻撃を受けて、右往左往するだけだった。
なぜ、女を蔑むのかわかった。
ココワの男があまりにも女々しいからだ。
女々しい女はいない。女々しいのは男だけだ」
ココワの権力者のすべての目が、半田千早を見詰めている。
半田千早は、強烈な視線を跳ね返すように見詰め返した。
「手長族は、西ユーラシア、北アフリカ、西アフリカに現れた。
飛行船は航続距離が長い。いつかは、湖水地帯にも現れると思っていた。
いま、北アフリカでは、白魔族と手長族が戦っている。手長族の優勢が続いているが、精霊族と鬼神族の連合軍も白魔族への攻撃を始めた。
白魔族、救世主たちが創造主と呼ぶヒトに似た動物だが……、白魔族を滅ばせば、次は手長族との戦いが始まる。
我々は、精霊族と鬼神族を支持している。
もし、湖水地帯の東に白魔族がいるのなら、精霊族と鬼神族を支援するため、西ユーラシアと西アフリカは行動する。
西アフリカの大国クマンの元首パウラも、同意している。
ちなみにパウラも女だ」
若い指導者が含み笑いをしながら、半田千早を見る。
「勇敢な女性は、それはそれで……。
だが、所詮は女だ。
たいしたことができるわけじゃない」
半田千早は、ホルスターからワルサーPPを抜き、テーブルの上に置く。
「この銃は弾倉に8発。銃口初速は秒速320メートル。男が撃っても女が撃っても同じ威力だ。
試してみるか?」
含み笑いをしている若い指導者の顔色が変わる。
最初に言葉を発した高齢の男が俯いたまま言葉を発した。
「威嚇せずともよい。
救世主を追い払った鮮やかな手並み、よく理解している。
西ユーラシアなる土地がどこにあるのか知らぬが、その地のヒトの恐ろしさは知っている。
だが、我らにも守るべき文化がある。
ココワでは、女は男に従うものなのだ」
半田千早は呆れていた。
「それは、ココワの男と女の関係だろう?
他の地のヒトには関係ない」
顎に深く古い傷のある中年の男が強烈な視線を投げつける。
「ヒトである以上同じだ。
男と女の関係は普遍だ」
半田千早は、ここを引くつもりはなかった。1歩退けば、次もある。1歩も退かない覚悟がなければ、商談はできない。
「普遍ではない。
普遍だと思っていること自体が未熟。
その顎の傷。
イヌにでもじゃれつかれたのか?」
顎傷の男が腰のベルトから大型の短銃を抜く。
半田千早のほうが圧倒的に早かった。
テーブルの上に置く、ワルサーPPではなく左脇に吊したニューナンブM60を抜き、天井に1発発射。
驚いた顎傷の男はトリガーを引いてしまい、銃弾が床を撃つ。となりの男が、反射的に立ち上がる。
顎の傷は、半田千早がにらんだ通り、虚仮威しだった。
半田千早は金沢壮一から「顔に傷のある男は強そうだが、その傷をつけたヤツのほうが強い」と聞いていた。映画の台詞だったそうだ。
西ユーラシアでは、いつドラキュロに食われるかわからない。自宅で寝ていて、襲われることさえある。
西ユーラシアでは、空気や水と同等に銃が必要だ。西ユーラシアの子供は、薪に火を着けられるようになったときには、銃が使えるようにもなっている。
孫が生まれると、祖父は孫に銃を贈る。これは、西ユーラシアで広く行われている風習だ。その子が巧みに銃を扱えるようになり、天寿を全うできることを願うのだ。
半田千早自身、銃は手の延長として使える。顎に傷のある男とは、練度が違いすぎた。
半田千早は可笑しかった。声を出して笑いたかったが、それをしたら取り返しの付かない侮辱になることを知っていた。
黙して5連発のリボルバーを左脇のホルスターに戻す。
そのときの銃の扱いは、派手なアクションが一切ないにもかかわらず、巧みで背筋を凍らせるものだった。
顎の傷の男は立ち上がっており、半田千早に対して恐怖を帯びた目で見ていた。
半田千早は自分を戒めながらも、「ココワは御しやすい。ココワの男はタマナシだ」と確信していた。
同時に「ココワの女はどうだ。手強いヤツがいるはずだ」とも警戒していた。
商人風体の優男が詰問する。
「手長族なる種族だが、我々には無関係だ。西ユーラシア人が呼び寄せたに違いない。おまえたちが立ち去れば、それで解決する」
半田千早は、あっさりと受け入れた。
「承知した。
去れと言われて、留まる理由はない。
すぐにでも、ココワから去る」
商人風体の優男は、口角に蔑みの趣を見せながら半田千早を見る。
「去ってくれ。
迷惑だ。
湖水地帯から去ってくれ」
半田千早はすかさず反論する。
「ココワからは去る。
だが、湖水地帯からは去ることはない。
バルカネルビとは、相互防衛協定を締結している。バルカネルビだけではなく、湖水地帯西方の20近い街や村と、防衛協定を結んだ。
ノイリンは、同盟の約定を守る」
商人風体の優男は、声を出さずに笑いながら、周囲の男たちを見回す。何人かが笑いを誘われる。
「女は、男の身体の下にあるときだけ、声を出せばいい。
そもそも、おまえに何かを決める権限があるのか?」
半田千早は、動じなかった。
「ある。
私はノイリン中央行政府からココアとの交渉に関する全権を委任されている。
クフラックとカラバッシュからは、ノイリンの決定を尊重すると伝えられている。
クマンからは、ノイリンの、つまり私の決定を全面的に支持する、との電文が届いている。
湖水地帯の存在は、救世主に知られ、手長族にも察知された。白魔族、創造主もやがては牙を剥く。
みなさんの健康と長寿を祈念している」
半田千早が指導者たちが集う館を辞去すると、バギーSに乗り、医療テントに戻った。
リュードが微笑む。
「ご苦労様」
半田千早が俯く。
「撤収です」
リュードは慌てなかった。
「やはりな。
チハヤ、お客さんだ」
リュードが指差す先に痩身ながら肉感的な30を少し過ぎたほどの女性がいた。
半田千早の視線を感じたのか、女性が歩み寄ってくる。
「お嬢ちゃん、街の実力者との交渉はどうなった?」
かなりの距離から大声で問われ、半田千早は一瞬だが動揺した。だが、ついに現れた、と感じていた。街の真の実力者が……。
「ここを去ることになった!」
診療所で治療を受ける街人が一斉に動揺する。
母親がか細い声で叫ぶ。
「この子はどうなるの?」
人工呼吸器の助けを借りて荒く息をする幼い娘を、母親が見下ろす。
その女性が母親に向かって、微笑む。
「大丈夫、この人たちにはいてもらう。
それと、あの空を飛ぶ船が何なのか、説明もしてもらう」
リュードが面白そうに笑う。
「チハヤ、無駄骨だったな。
これからが、本番だ」
女性が名乗る。
「私はエリシュカ。
あんたがチハヤ?」
半田千早は少し、臆していた。養母とも、ベルタとも、フィー・ニュンとも、ベアーテとも異なる迫力がある。
「そう。
私が千早」
エリシュカは、半田千早を頭の天辺からつま先まで丹念に観察する。
「いい、面構えだ。
で、銃を商っているんだって?」
マーニが口を挟んできた。
「そうだよ。
私と千早は、銃を世界中に売っているんだ」
エリシュカがマーニを見る。
「おまえは、あの空を飛ぶ虫みたいな機械に乗っていた……」
マーニがいつもの眠そうな表情で頷く。
「うん。
輸送用カニアだけど、武装していてよかったよ」
エリシュカが半田千早に向き直る。
「連発銃の設計図と実際の作り方も、売ってくれないか?」
半田千早は、この要求に驚いた。危機に陥った街は銃を欲しがる。しかし、銃を手に入れても、それは一過性でしかない。
何から街を守るのか、ドラキュロからか、白魔族からか、黒魔族からか、セロからか、仮想敵が何であれ、銃を集めても、その銃が永遠に使えるわけじゃない。
銃を生産しなければ、大事なヒトを脅威から守れない。
ゼロから開発する時間の余裕がない場合はどうすればいいのか?
製造ライセンスを買う。
エリシュカは、その交渉を半田千早と始めようとしていた。
彼女の回答は明快だった。
「アリサカライフルならば、ライセンスの販売をしている。
着脱弾倉15連発のボルトアクションライフル。ピカニティレール付きで、狙撃銃としても使える。
弾は、要求仕様があれば……」
エリシュカは、話を変えた。
「誰もが心配していることから解決しよう。
チハヤ、あんたが交渉したのは“街の実力者”であって、この街の代表じゃない。
連中は、20人から50人ほどの私兵を抱えている。総兵力は、500から600くらいだ。
私の手下は70はいる。金で雇った兵じゃない。街のヒトたちも協力してくれる」
半田千早は問うてみたかった。
「エリシュカさんは、ココワの街の代表なの?」
エリシュカに代わって、注射を恐ろしげに見詰める老商人が答えた。
「ココワの貧乏人の代表だ!」
何人かが声を出して笑う。
エリシュカは、どうしたらいいかわからない様子だ。
「代表ではないが、街の人々の代弁はできる。
救世主に襲われた際、あんたが行った館は何もできなかったし、何も決められなかった。
救世主と戦ったのは、街の小商人〈こあきんど〉や普通の農民たちだ。館は、新たな敵が現れても、何もできやしない。
絶対に!
街を守るには武器がいる。
銃の作り方を教えてくれ。可能な要求ならば受け入れる」
半田千早は、退去の約束を再度持ち出す。
「館で退去を約束した。
約束は守らなければならない。
だけど、銃の製造ライセンスは交渉しよう」
エリシュカは退去を受け入れない。
「怪我人が大勢いるんだ。
ここを去ってもらっては困る。
去りたいならば止める手立てはないが、館の小心者との約束はどうでもいい。
ここに留まることは、私の責任で許可する」
半田千早とエリシュカとの攻防は、夕方になっても決着が付かない。リュードは次々と怪我人を受け入れ、ミルシェも手を休めず診察と治療に当たっている。
通信士は、バルカネルビに応援を要請していた。
半田千早がどう主張しようと、この場を退去する意思など欠片もなかった。
マーニは、医薬品の緊急空輸のためにバルカネルビに戻った。
半田千早は、結んだばかりの約定を反故にしようとしていた。
気候は温暖だが、大気は乾燥している。あまり明確ではない乾期(冬)と雨期(夏)があり、年間降水量は1600ミリほど。年間平均気温は摂氏16度と、200万年前の温帯に相当する環境だ。最高気温は摂氏30度を超えることは希で、最低気温は氷点下まで下がることはない。
本来の西ユーラシアと比べても、遜色なく過ごしやすい気候だ。
それに、ドラキュロがいない。
しかし、すでに乾燥化の傾向が進んでいる。それでも、あと5000年はヒトが住める条件が維持される。
これが、湖水地域の気象記録を分析したノイリン北地区農業班の結論だった。
湖水地域最西端の街はバルカネルビで、この一帯でも最大級の人口がある。
最東端の村はバンカーヌで、80人ほどが住む。
地域の中心はココワで、街の規模としても最大。
だが、ノイリンがバルカネルビに事実上の大使館である商館を設置したことから、権力の中心はココワから西端の街に移り始めていた。
大規模娼館を改装したノイリンの商館には、本館以外に分館、倉庫、食料貯蔵庫があり、倉庫であっても西ユーラシアのヒトの建物と比べて、はるかに立派だ。
建造物の多くは焼成レンガを使用しており、赤褐色の美しい街並み。
クフラックは食糧倉庫を、カラバッシュは古い家具などを納めた物置小屋を改装して商館を設ける。
庭園を解放して誰もが憩える公園とし、分館には診療所を併設した。
診療所の目的は西ユーラシアから渡来した商人たちの健康管理だったが、地元のヒトたちも来訪するようになる。
湖水地帯は家屋・建物は立派だが、医療に関しては極めて貧弱だった。
このためか、診療所は評判となり、ノイリンは現地との友好に資するとして、入院設備のある病院に拡張することにした。
医療班は、診療部、衛生部、創薬部、防疫部、給水部などから選抜したチームの派遣を決定する。
ミルシェはノイリンからの司令で、巡回診療を始めることになった。目的は各地の偵察で、医学レベルの低いこの地域ならば、医療関係者は無条件に受け入れられるからだ。
半田千早には、銃器班から直接の命令が届いていた。
「湖水地域全域の軍事・兵器状況を調査せよ」
命令の出所は、ノイリン中央行政府だ。
商館の食堂で、半田千早はテーブルを挟んでミルシェと座っていた。
「ミルシェ、次の命令、きた?」
「うん」
半田千早はミルシェの短い答えの中に、彼女が本意とはしていない命令が届いたことを察した。
「私は、銃器班から軍事情報の調査を命じられた。
はっきり言って、スパイだよ」
ミルシェは、コーンをフォークで弄ぶ右手の動きを止める。
「私は、社会情勢の調査。何で、医療班からこんな命令が出るんだろう?」
半田千早はミルシェの問いには答えなかった。
「政治情勢の調査は、誰が命じられたのかな?」
ミルシェは、半田千早の疑問を知っていた。
「ハイノだよ。
アルミンは、農業生産と耕作面積とかの調査だって。
私たち4人で、湖水地帯の実態を調べろって、ことみたい。
氷点下の血液が流れるアルミンが、サイキ先生直筆の手紙をもらって、舞い上がっていたよ。家宝にして、代々受け継ぐんだって。
血が沸騰しちゃってた」
半田千早は、斉木五郎を思い出していた。
「アルミンにとっては、斉木先生の命令を果たすより、彼女見つけるほうがたいへんだよ」
ミルシェが笑った。
「言えてるかも」
2人が笑う。
半田千早が最新の情報を伝える。
「クフラックの新しい指導者、アレクサンドリアの娘がやって来るって!」
ミルシェが再び皿に目を落とす。
「クフラックって、メンドクサイよね。
指導者は、例外なく偽名を名乗るんだ。何でだろぉ~」
半田千早は何度もクフラックを訪れていて、街の雰囲気はノイリンと大差ないことを知っていた。
「指導者は歴史上の偉人の名を名乗り、役職を離れると本名に戻るんだ。そして、以後一切、政治にはかかわらない……。
陰の実力者とか、院政とか、不健全な政治体制を作らないためなんだって」
ミルシェが顔を上げた。
「ノイリンとは全然違うじゃん!
ノイリンなんて、陰の実力者がウヨウヨいる。
ハンダさんとか……」
半田千早は養父の名が出たことに驚く。
「養父〈とう〉さんは、陰の実力者じゃないよ。少なくとも、我が家では。
全権力はママにある!」
2人は声を上げて笑った。
ミルシェが新たな情報を知らせる。
「商館長には東地区のヒトが指名されるみたい。それまでは、フィーさんが臨時商館長だって。
それと、しばらくは、フィーさんはバルカネルビに留まるみたい。
役職名は……」
ミルシェがフィー・ニュンの役職名を思い出せないでいた一瞬、半田千早が答える。
「駐在武官……」
「それ!」
ミルシェが提案する。そのときの顔は、幼い頃のミルシェと大差なかった。
「私たちの仕事だけど、単独よりは協力し合わない。
アルミンやハイノも誘って」
半田千早は微笑んで、賛意を示した。
最初の会合は、半田千早、ミルシェ、アルミン、ハイノの4人だった。
そして、4人はそれぞれが命じられた情報収集を協力して行うことに同意する。情報収集は目立たないように行い、各地に行く隠れ蓑として、医療チームの訪問を使うことにした。
2回目の会合では、リュードが加わった。齢40を過ぎた生命工学者であるリュードが医療隊の指揮官となり、医師、看護師、救命士などで構成されるチームを編成する。
ハイノとアルミンは輸送を担当。車輌班のププリオが護衛として参加することも決まった。
医療隊は、医療支援車2、輸送車2、偵察車2、装甲車2の計8輌となった。輸送車は人員輸送車1と物資輸送車1で、護衛10が乗車する。
偵察車は、半田千早のバギーSとリュードが乗る指揮官用として通信機能を強化したバギーLだ。
護衛の装甲車は、ブラジル製EE-11ウルツ兵員輸送車を車輌班が改良した6輪の装砲車だ。
生産性を重視するため、後輪がリーフスプリングとリジットアクスルの組み合わせになっていた。
車体上には、FV101スコーピオン軽戦車と同型の砲塔が載る。護衛車2輌には固有名があり、76.2ミリ砲搭載車はアルゴノート、20ミリ機関砲搭載車はドレッドノートだ。
商館には車輌の整備工場が作られ、かなりくたびれていた半田千早のバギーSはオーバーホールの途上にあった。
バギーSの修理が終わり次第、湖水地帯全域への医療サービスに向かう。
また、半田千早、ミルシェ、アルミン、ハイノ、リュード、ププリオ以外には医療隊の真の目的を秘匿することも決まった。
EE-11ウルツのノイリンにおける名称は、ウルツのままだった。実際は車体と前輪サスペンションを流用しただけで、原型のウルツとは外見が似ていること以外の共通点は少ない。
しかし、このノイリン製6輪装甲車は、ウルツと呼ばれている。
200万年前からもたらされた各種装輪装甲車は、どれだけ大事に使おうとも、徐々に損耗していく。事故や戦闘で失われることもある。
ノイリン製ウルツは、EE-9カスカベル装輪戦車、AVGPクーガーなど各種ピラーニア系4輪から8輪の装輪装甲車、イギリス製装輪装甲車、ロシア系装輪装甲車の代替として、車輌班が開発した。
現在は、ノイリンの主力装甲車となっていて、輸出にも力を入れている。
砲塔を有する車輌には、20ミリ機関砲と76.2ミリ戦車砲搭載型がある。76.2ミリ砲搭載型以外は、浮航能力がある。装砲車でも、車体側面にフロートを取り付ければ、浮航できる。
砲塔はすべて、FV101スコーピオンと同型式のソロバンの珠型だ。
輸送車と医療支援車もウルツと同じ車体を採用している。医療支援車には浮航能力があり、車体全体に装甲が施され、物資輸送車はキャビンのみ。最大3.5トンの物資を輸送できるが、積載量2トンまでなら浮航できる。車体後部の荷台は、腰高なことを除けば、一般的な物資昇降用のリフトがあるトラックと大きな違いはない。人員輸送車は車体後部が大きく盛り上がっていて、車体全体に装甲がある。
新型のバギーLにも浮航能力が与えられていた。
最初の任務に出発する前夜、護衛隊員を含めたチーム全員が食堂向かいの会議室に集まった。
リュードが説明を始める。
「しっかりと、聞いて欲しい。
この作戦は極めて重要だ。湖水地帯の人々に西ユーラシアのことを知ってもらうこと。そのための活動だ。
食料の売買を側面から支援し、円滑な商取引を促す。
残念だが、湖水地域と西ユーラシアで、我々が優れている点は、医療と兵器だけ。
街を見ればわかるが、ノイリン北地区行政府の庁舎よりもバルカネルビの穀物倉庫のほうが立派な建築物だ。
我々は侵略者ではない。
食料を求めて、ここまでやって来た。
西ユーラシアの極端な寒冷は、あと数年で終わる。それ以後も湖水地域や西アフリカ大西洋沿岸とは仲良くしたい。
セロを除いてね」
笑いが起こる。セロが好きなヒトなどいるわけない。
「ノイリンは、クフラックやフルギアに先んじて、湖水地帯の人々と友好を確立し、商売を上手くやっていかなくてはならない。
我々のライバルは、クフラック、フルギア、ブルマン、北方人、精霊族や鬼神族だ。
だが、連中とも仲良くしなくちゃならない。
このチームにも、いずれ、フルギアやブルマンが入るだろうし、クマンはもういる」
リュードが少年に起立を促す。
「クマンのミルコくんだ。ハイノの助手を務める」
元首パウラが直々に派遣したクマンの間者だ。
リュードがミルコに着席を促す。
「とにかく、友好第1で行動してほしい。
無用な発砲はもちろん、不用意な威嚇も禁じる。
繰り返すが、我々は侵略者ではない。
この地に食料を求めてやって来ただけなのだ」
リュードを除けば、他の隊員は14歳から25歳と若い。
最年少はバルカネルビの孤児で、アルミンの助手兼通訳を務める少女ハイディだ。
リュードを除く最年長者は車輌班のププリオで、彼には左目尻から顎まで達する大きな刃物傷がある。その傷が彼の端整な顔立ちを悪相にしているが、実際は穏やかで優しい人物だ。
彼は移住第1世代で、家族はドラキュロに殺され、自身は東方フルギアの奴隷だった。頬の傷は、当時の主の息子がおもしろ半分でつけたと……。
ププリオの車輌整備と運転技術は、超1級だ。
リュードが予定外の発言をする。
「湖水地帯に西ユーラシア人で最初に達したのは、チハヤだ。
誰もが知るノイリンの英雄。
父はフルギアが言うところのノイリン王だが、父上殿は最近ではフルギアから、チハヤの父君、と呼ばれるらしい。
その彼女から、湖水地域の実情を聞いておこう」
半田千早は慌てた。何も準備していなかった。しかも、英雄なんて言われてしまった。
でも、席を立たないわけにはいかなかった。
誰もが、彼女を見ていたから……。
「最近、ココワに作物の買い付けに行ったんだ。
ボルトアクションとコムギが交換できればいいかなって……。
豪農と交渉したんだけど、上手くいかなかった。
豪農は、商談に最後まで出てこなかった。交渉相手は番頭よりも格下の手代だった。
手代が言うには、私は商談をする資格がないんだって。
女だから……。
こんなこと、西ユーラシアではないことだよ。
湖水地域では、街ごとに文化や習慣がかなり違うんだ。
バルカネルビでは、女だってしっかり働いている。
だけど、ココワでは女は働かない。料理、掃除、洗濯、育児が女の仕事なんだ。それ以外、女はしてはいけないらしい。
ココワの商人は、女とは商売しない。
バルカネルビの商人は、女とだって商売してくれる。そもそも、バルカネルビにも女の商人がいる。それと、救世主が造った滑走路があった。
で、バルカネルビが西ユーラシアとの接点になったんだ。
湖水地域の盟主はココワだけど、私たちが来たために中心はバルカネルビに移りつつある。
私たちが湖水地域の固定化されていた秩序を変え始めている。
当然だけど、そこにはヒトの感情も絡む。意図せず、恨まれることもある。
話を変えるけど……。
ニジェール川は湖水地帯の直前で、複数に分流する。特に2つの流れが大きく、どちらを本流にすればいいのかはっきりしない。
流れも南から北へ、時として西から東に流れる。
下流に向かって左岸は農業が盛んで、右岸は工業にも重点が置かれている。
だけど、工業生産力は西ユーラシアから見れば小さい。
動力は焼玉エンジンが作られていて、この電気系が不要な内燃機関が動力のほぼすべてなんだ。
それと、街と街の連携が乏しい。乏しいと言うよりも、ほぼないんじゃないかな。国家としての概念がないんだ。西ユーラシアもないけど、何かあれば街と街は声をかけ合うでしょ。そういった連携があまりない。
ココワが救世主に攻められても、バルカネルビは援軍を出さなかった。
救世主は湖水地域と戦わなくてもよかった。ココワとだけ、バルカネルビとだけ、300以上ある街や村ごとに各個に撃破すればよかった。
どの街にも軍隊なんてないし……」
男性の看護師が挙手する。
「農地の争い。
つまり、誰の農地か、とかの土地争いや、水を巡る争いはないの?」
半田千早が逡巡する。
「あると思うよ。
個人間、街の中での行政区画の境界線、街と街の間とか。
だけど、そういったことはまだ何もわかっていないんだ」
護衛隊員が挙手。
「それを調べないと。
白魔族と戦う前に、湖水地帯を知らないと……」
リュードが慌てる。問題の核心に迫ったからだ。
「チハヤ、ありがとう。
さすが、精霊族の賢者が認める“賢き子”だ。
明日は早い。
食堂に宴の準備がしてある。
今夜は、ほどほどに楽しんで欲しい」
ニジェール川には、一切橋がない。街と街は、分流や支流でつながり、水運が発達している。だが、船は最大でも150総トン級で、船体長が30メートルを超えることはない。
焼玉エンジンの船舶が多用される一方、動力のある車輌は皆無に近い。陸運は馬車や牛車だ。しかし、川や湖沼が行く手を遮り、陸路での長距離移動はほぼ不可能だ。
この地形は移動に車輌を使う救世主も相当に手こずったらしく、湖水地域全体を占領できなかった原因でもあるようだ。
そのためか、バルカネルビの政治家や豪商・豪農は、ノイリンの動きを冷ややかに見ていた。
しかし、西ユーラシアがもたらした水陸両用車という“新兵器”の登場に接し、遅まきながら慌てていた。
バルカネルビの西で、ニジェール川は流れを北東に変え、2つに分流する。流れの規模は同じ程度で、どちらを本流にすべきかは、判然としない。バルカネルビは東の流れの流域にあり、ココワは西の流れの北にある。
バルカネルビとココワは、80キロほど離れているが、水路ではつながっている。
300以上もの街や村がある湖水地域だが、有力な街は3つしかない。ココワ、バルカネルビ、トンヴクトゥだ。
しかし、この3つの街が覇を競い合っているわけではなく、街や村は基本的に孤立主義だ。
リュードは、ココワの街の郊外にテントを張り、臨時の診療所とする計画を立案する。
バルカネルビの事情はほぼわかっているが、ココワについてはごくわずか、トンヴクトゥは皆目わかっていない。
ココワの西と東には、マーケットが発達している。このマーケットは誰でも出店でき、ココワ住民以外がテント張りの店を連ねている。
医療隊は、西のマーケットの西端付近にテント4張りで診療所を開設した。
ココワは救世主に攻められ、住民の多くが殺され、食料を奪われていた。
西ユーラシアに対する警戒心が強く、豪農や豪商の私兵数隊に監視されながらの活動開始となった。
そのためか、初日は誰もやって来なかった。
この時点でわかったことがある。ココワには、警察などの法執行機関がないのだ。豪商や豪農が支配し、彼らの決定が街の決まりとなる。豪商や豪農は私兵を養い、自らの権益だけを守る。
私兵を持たない市井の人々はどうか?
彼らは、豪商や豪農の顔色を見て生活する。一方、豪商や豪農の入れ替わりが激しく、固定はされていない。
ただ、燃料を扱う商人は特別な存在らしい。彼らはいかなる法の外にいるらしいが、油商人の実態はよくわかっていない。
私兵を持てば、その武力を背景に、議席を得て、街の支配に参加できる。私兵を失えば、いかに高徳であろうと街の支配から退かなくてはならない。
私兵の兵力数で、発言力が決まる。
実に単純で明快な権力構造だ。
そして、油商人が圧倒的な兵力を持っているが、彼らは政治には関与しない。
医療隊がテントの設営を始めると、豪商の私兵数隊がすぐに現れた。
目的は退去の強要だったようだが、ウルツ装甲車の威容を見て躊躇った。私兵の武装は後装単発ライフル程度で、軍隊と呼べるようなものではなく、医療隊の護衛と比較すれば貧弱だったからだ。
救世主の軍と戦い、彼らは惨敗を喫していた。そして、主戦派の豪商と豪農は私兵を失い、街での発言権もなくなった。
医療隊の存在が目障りだとしても、ここで戦い私兵を減じれば没落もあり得る。ならば、無視するほうがいい。
それが、ココワの政治的支配層の判断だった。
その判断は、マーケットに集う商人たちが教えてくれた。
敷物を扱う女性の老商人は、「ココワの連中は、強そうな相手には弱い。あんたたちは強そうだから、何もされないよ」と。
そして、2日目からはマーケットの人々が、診察にやって来た。
湖水地帯に関する真偽不明な膨大な情報を携えて……。
3日目の朝、豪商の私兵3隊に豪農の私兵2隊が加わった。
兵力は1個中隊規模、約250人。医療隊が相手にできる人数じゃない。
診察に訪れていた人々は、すぐに立ち去った。
私兵はならず者の集まりではなく、ブルーやグレーの比較的地味な色の軍服を着て、統率がある。富者は軍事に長けた指揮官を雇い、その指揮官が雇い主のための軍を編制する。雇い主にもよるが、総じて厳格な規律が求められる。
だから、医療隊は相手にしたくなかった。
リュードが半田千早に「撤収しよう」と伝えたその瞬間、看護師がテントに駆け込んできた。
「手長族の飛行船です。
こちらに向かってきます!」
半田千早が咄嗟に叫んだ。
「対空戦闘用意!」
彼女には命令を発する権限はないが、それを否と判断する隊員は1人もいなかった。
20ミリ機関砲装備のウルツが移動し、射撃位置に着く。
輸送車や医療支援車が搭載する12.7ミリ重機関銃が、発射の準備をする。
半田千早は、長射程の対戦車榴弾をRPGにセットして、草原に片膝をついて構えた。
彼女から10メートル離れて、ミルシェもRPGを構える。
バギーLの通信士が、バルカネルビに「手長族の飛行船が現れた!」と無線に叫ぶ。
豪商と豪農の私兵は、大空を悠然と飛ぶ大型飛行船を、呆然と眺めていた。
同時に、慌てて迎撃しようと足掻く、医療隊員たちが滑稽に見えた。
湖水地帯の人々は、セロ(手長族)を知らない。
バルカネルビ飛行場には、偶然だがマーニとララがいた。
マーニが武装したカニア小型輸送ヘリで離陸、ララも離陸に移る。プカラ・ホッグが離陸し、クフラックのブロンコ、カラバッシュの双発武装輸送機も離陸する。
数分後に離陸したララは、行程の半分ほどでマーニを抜き去った。
マーニは慌ててはいなかった。ララ機には、豆鉄砲しかない。2挺の12.7ミリ重機関銃では、嫌がらせ程度にしかならない。
マーニ機には、5連装対空ロケット弾発射機が機体の両側に1基ずつある。12.7ミリ重機関銃は1挺。
クフラックやカラバッシュの機も離陸したが、ロケット弾を搭載する余裕はなかったはず。
ならば、半田千早を助けられるのは、自分だけだと考えていた。
飛行船は進行方向を北に変え、北から南にココワ市街に侵入する。
半田千早たちは、初期の迎撃のチャンスを失っていた。
飛行船は停船せずに、ココワ市街に2発投弾する。
そして、進路を西に変えた。半田千早たちのいる方向に向かってくる。
最初の発射は、ウルツの20ミリ機関砲だった。対空射撃は本職ではないが、最大仰角60度なので、黒魔族のドラゴンやセロの飛行船とも対峙できる。
飛行船がウルツの上空を東から西に通過し、同時に小型爆弾4発を投下。
ウルツが爆炎と砂煙に隠れる。
ララは、飛行船後部に接近していく。推進機を破壊すれば、飛行船の行方は風任せになる。
セロの飛行船は再度ココアの街に侵入し、500キロ級爆弾8発を投下する。
液体ガスの爆発は、凄まじい炎を噴き上げる。
ララが飛行船背後に食らいついても、機体速度の違いから、長時間の射撃ができない。追い越さなくてはならないからだ。
クフラック機とカラバッシュ機は、浮体下部に懸吊されているゴンドラに攻撃を集中しようとしているが、飛行船の高度が低く、攻撃しあぐねていた。
ララもそうだが、勢い効果が薄いと知りつつも、浮体に機関銃弾を撃ち込んでしまう。
半田千早たちRPGを抱えるものたちは、飛行船が方向を変えたことから、またもや発射の機会を失っていた。
半田千早は周囲を見た。
「飛行船が戻ってくる。
発射のチャンスは必ずある!」
飛行船が大きく旋回し、ココアの街の上空で旋回する。
ノイリン、クフラック、カラバッシュの連合飛行隊による攻撃で、さすがに空中で静止しての爆撃はできないようで、飛行船としては最大速度で通過しながらの500キロ級爆弾投下となった。
最後の投下弾は、街を外れ、マーケットに落ちた。
凄まじい炎がドーム状に広がり、何もかもを焼き尽くす。
爆弾はまだある。小型爆弾をばらまかれると、マーケットは全滅してしまう。
半田千早は震えていた。
マーニは機首を西に向ける飛行船の左舷から近付く。
そして、浮体に向けてロケット弾全10発を同時に発射。
飛行船が大きく傾く。浮力を失い、急速に降下してくる。
半田千早は、首をすくめるほど降下してきた飛行船のキャビンに向かって、RPGを真下から発射。彼女だけでなく、他の隊員も次々に発射。
フラフラと飛び去る飛行船に向けて、ウルツが20ミリ機関砲を発射。
ララは最後の一撃に、背後から近付き重機関銃を発射。その後を受けて、マーニも重機関銃を発射する。
4基ある飛行船の推進機、機体後部右側の巨大なプロペラが外れて、マーニ機に向かって飛んでくる。
マーニは咄嗟に避けたが、機体右側のロケットランチャー支持架を根元から切り取られてしまった。
機体が異常な振動を始め、彼女は緊急着陸する。
半田千早は、小型ヘリコプターが緊急着陸する様子を見ていた。
すぐにバギーSに跳び乗った。
パイロットは地面に座っていた。
半田千早はパイロットが誰なのかすぐにわかった。
「マーニ!」
「うぁ~、チハヤ?
撃墜されちゃったぁ~」
ミルシェたちは直後から、負傷者の手当に奔走してていた。
半分炭化してしまっている我が子を抱いた父親が、「この子は……」と問われ、ミルシェは「精霊の川を渡ってしまった」と答えた。
半田千早は、ココワの20人ほどの指導層と向き合っている。
ココワの指導者だけが集える建屋で、一種の議事堂のようなものだ。
この建屋には本来、女性は入れず、ココワの政〈まつりごと〉は少人数の男性によって決められている。
20人の政治的指導者は、慣例を覆して、少女を招いていた。
半田千早は、セロを説明する方法を思案していた。
高齢の男が半田千早に語る。
「この神聖なる場に女がいる。
信じられぬ」
半田千早は、どう答えたらいいかわからなかった。
「私の住む街ノイリンでは、性別による仕事の差は存在しない。
私の住む地域の代表は女性だし、軍事の指揮官も女性だ。男も女もできることをする。それが、私たちの街だ。
私は武器商人として、西ユーラシア各地を回り、西アフリカに達し、湖水地域までやって来た。
いままでの商いで、女だから、と差別されたのはココワが最初だ。
ならば、ココアの男たちは、さぞや女よりも優れているのだろうと、考えていたが、手長族の攻撃を受けて、右往左往するだけだった。
なぜ、女を蔑むのかわかった。
ココワの男があまりにも女々しいからだ。
女々しい女はいない。女々しいのは男だけだ」
ココワの権力者のすべての目が、半田千早を見詰めている。
半田千早は、強烈な視線を跳ね返すように見詰め返した。
「手長族は、西ユーラシア、北アフリカ、西アフリカに現れた。
飛行船は航続距離が長い。いつかは、湖水地帯にも現れると思っていた。
いま、北アフリカでは、白魔族と手長族が戦っている。手長族の優勢が続いているが、精霊族と鬼神族の連合軍も白魔族への攻撃を始めた。
白魔族、救世主たちが創造主と呼ぶヒトに似た動物だが……、白魔族を滅ばせば、次は手長族との戦いが始まる。
我々は、精霊族と鬼神族を支持している。
もし、湖水地帯の東に白魔族がいるのなら、精霊族と鬼神族を支援するため、西ユーラシアと西アフリカは行動する。
西アフリカの大国クマンの元首パウラも、同意している。
ちなみにパウラも女だ」
若い指導者が含み笑いをしながら、半田千早を見る。
「勇敢な女性は、それはそれで……。
だが、所詮は女だ。
たいしたことができるわけじゃない」
半田千早は、ホルスターからワルサーPPを抜き、テーブルの上に置く。
「この銃は弾倉に8発。銃口初速は秒速320メートル。男が撃っても女が撃っても同じ威力だ。
試してみるか?」
含み笑いをしている若い指導者の顔色が変わる。
最初に言葉を発した高齢の男が俯いたまま言葉を発した。
「威嚇せずともよい。
救世主を追い払った鮮やかな手並み、よく理解している。
西ユーラシアなる土地がどこにあるのか知らぬが、その地のヒトの恐ろしさは知っている。
だが、我らにも守るべき文化がある。
ココワでは、女は男に従うものなのだ」
半田千早は呆れていた。
「それは、ココワの男と女の関係だろう?
他の地のヒトには関係ない」
顎に深く古い傷のある中年の男が強烈な視線を投げつける。
「ヒトである以上同じだ。
男と女の関係は普遍だ」
半田千早は、ここを引くつもりはなかった。1歩退けば、次もある。1歩も退かない覚悟がなければ、商談はできない。
「普遍ではない。
普遍だと思っていること自体が未熟。
その顎の傷。
イヌにでもじゃれつかれたのか?」
顎傷の男が腰のベルトから大型の短銃を抜く。
半田千早のほうが圧倒的に早かった。
テーブルの上に置く、ワルサーPPではなく左脇に吊したニューナンブM60を抜き、天井に1発発射。
驚いた顎傷の男はトリガーを引いてしまい、銃弾が床を撃つ。となりの男が、反射的に立ち上がる。
顎の傷は、半田千早がにらんだ通り、虚仮威しだった。
半田千早は金沢壮一から「顔に傷のある男は強そうだが、その傷をつけたヤツのほうが強い」と聞いていた。映画の台詞だったそうだ。
西ユーラシアでは、いつドラキュロに食われるかわからない。自宅で寝ていて、襲われることさえある。
西ユーラシアでは、空気や水と同等に銃が必要だ。西ユーラシアの子供は、薪に火を着けられるようになったときには、銃が使えるようにもなっている。
孫が生まれると、祖父は孫に銃を贈る。これは、西ユーラシアで広く行われている風習だ。その子が巧みに銃を扱えるようになり、天寿を全うできることを願うのだ。
半田千早自身、銃は手の延長として使える。顎に傷のある男とは、練度が違いすぎた。
半田千早は可笑しかった。声を出して笑いたかったが、それをしたら取り返しの付かない侮辱になることを知っていた。
黙して5連発のリボルバーを左脇のホルスターに戻す。
そのときの銃の扱いは、派手なアクションが一切ないにもかかわらず、巧みで背筋を凍らせるものだった。
顎の傷の男は立ち上がっており、半田千早に対して恐怖を帯びた目で見ていた。
半田千早は自分を戒めながらも、「ココワは御しやすい。ココワの男はタマナシだ」と確信していた。
同時に「ココワの女はどうだ。手強いヤツがいるはずだ」とも警戒していた。
商人風体の優男が詰問する。
「手長族なる種族だが、我々には無関係だ。西ユーラシア人が呼び寄せたに違いない。おまえたちが立ち去れば、それで解決する」
半田千早は、あっさりと受け入れた。
「承知した。
去れと言われて、留まる理由はない。
すぐにでも、ココワから去る」
商人風体の優男は、口角に蔑みの趣を見せながら半田千早を見る。
「去ってくれ。
迷惑だ。
湖水地帯から去ってくれ」
半田千早はすかさず反論する。
「ココワからは去る。
だが、湖水地帯からは去ることはない。
バルカネルビとは、相互防衛協定を締結している。バルカネルビだけではなく、湖水地帯西方の20近い街や村と、防衛協定を結んだ。
ノイリンは、同盟の約定を守る」
商人風体の優男は、声を出さずに笑いながら、周囲の男たちを見回す。何人かが笑いを誘われる。
「女は、男の身体の下にあるときだけ、声を出せばいい。
そもそも、おまえに何かを決める権限があるのか?」
半田千早は、動じなかった。
「ある。
私はノイリン中央行政府からココアとの交渉に関する全権を委任されている。
クフラックとカラバッシュからは、ノイリンの決定を尊重すると伝えられている。
クマンからは、ノイリンの、つまり私の決定を全面的に支持する、との電文が届いている。
湖水地帯の存在は、救世主に知られ、手長族にも察知された。白魔族、創造主もやがては牙を剥く。
みなさんの健康と長寿を祈念している」
半田千早が指導者たちが集う館を辞去すると、バギーSに乗り、医療テントに戻った。
リュードが微笑む。
「ご苦労様」
半田千早が俯く。
「撤収です」
リュードは慌てなかった。
「やはりな。
チハヤ、お客さんだ」
リュードが指差す先に痩身ながら肉感的な30を少し過ぎたほどの女性がいた。
半田千早の視線を感じたのか、女性が歩み寄ってくる。
「お嬢ちゃん、街の実力者との交渉はどうなった?」
かなりの距離から大声で問われ、半田千早は一瞬だが動揺した。だが、ついに現れた、と感じていた。街の真の実力者が……。
「ここを去ることになった!」
診療所で治療を受ける街人が一斉に動揺する。
母親がか細い声で叫ぶ。
「この子はどうなるの?」
人工呼吸器の助けを借りて荒く息をする幼い娘を、母親が見下ろす。
その女性が母親に向かって、微笑む。
「大丈夫、この人たちにはいてもらう。
それと、あの空を飛ぶ船が何なのか、説明もしてもらう」
リュードが面白そうに笑う。
「チハヤ、無駄骨だったな。
これからが、本番だ」
女性が名乗る。
「私はエリシュカ。
あんたがチハヤ?」
半田千早は少し、臆していた。養母とも、ベルタとも、フィー・ニュンとも、ベアーテとも異なる迫力がある。
「そう。
私が千早」
エリシュカは、半田千早を頭の天辺からつま先まで丹念に観察する。
「いい、面構えだ。
で、銃を商っているんだって?」
マーニが口を挟んできた。
「そうだよ。
私と千早は、銃を世界中に売っているんだ」
エリシュカがマーニを見る。
「おまえは、あの空を飛ぶ虫みたいな機械に乗っていた……」
マーニがいつもの眠そうな表情で頷く。
「うん。
輸送用カニアだけど、武装していてよかったよ」
エリシュカが半田千早に向き直る。
「連発銃の設計図と実際の作り方も、売ってくれないか?」
半田千早は、この要求に驚いた。危機に陥った街は銃を欲しがる。しかし、銃を手に入れても、それは一過性でしかない。
何から街を守るのか、ドラキュロからか、白魔族からか、黒魔族からか、セロからか、仮想敵が何であれ、銃を集めても、その銃が永遠に使えるわけじゃない。
銃を生産しなければ、大事なヒトを脅威から守れない。
ゼロから開発する時間の余裕がない場合はどうすればいいのか?
製造ライセンスを買う。
エリシュカは、その交渉を半田千早と始めようとしていた。
彼女の回答は明快だった。
「アリサカライフルならば、ライセンスの販売をしている。
着脱弾倉15連発のボルトアクションライフル。ピカニティレール付きで、狙撃銃としても使える。
弾は、要求仕様があれば……」
エリシュカは、話を変えた。
「誰もが心配していることから解決しよう。
チハヤ、あんたが交渉したのは“街の実力者”であって、この街の代表じゃない。
連中は、20人から50人ほどの私兵を抱えている。総兵力は、500から600くらいだ。
私の手下は70はいる。金で雇った兵じゃない。街のヒトたちも協力してくれる」
半田千早は問うてみたかった。
「エリシュカさんは、ココワの街の代表なの?」
エリシュカに代わって、注射を恐ろしげに見詰める老商人が答えた。
「ココワの貧乏人の代表だ!」
何人かが声を出して笑う。
エリシュカは、どうしたらいいかわからない様子だ。
「代表ではないが、街の人々の代弁はできる。
救世主に襲われた際、あんたが行った館は何もできなかったし、何も決められなかった。
救世主と戦ったのは、街の小商人〈こあきんど〉や普通の農民たちだ。館は、新たな敵が現れても、何もできやしない。
絶対に!
街を守るには武器がいる。
銃の作り方を教えてくれ。可能な要求ならば受け入れる」
半田千早は、退去の約束を再度持ち出す。
「館で退去を約束した。
約束は守らなければならない。
だけど、銃の製造ライセンスは交渉しよう」
エリシュカは退去を受け入れない。
「怪我人が大勢いるんだ。
ここを去ってもらっては困る。
去りたいならば止める手立てはないが、館の小心者との約束はどうでもいい。
ここに留まることは、私の責任で許可する」
半田千早とエリシュカとの攻防は、夕方になっても決着が付かない。リュードは次々と怪我人を受け入れ、ミルシェも手を休めず診察と治療に当たっている。
通信士は、バルカネルビに応援を要請していた。
半田千早がどう主張しようと、この場を退去する意思など欠片もなかった。
マーニは、医薬品の緊急空輸のためにバルカネルビに戻った。
半田千早は、結んだばかりの約定を反故にしようとしていた。
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