200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第二三話 北の伯爵  

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 我々がルミリー湖周辺に生活基盤を確立し、一帯の整備に乗り出すと、ヴェンツェル行政府は新たな要求を出してきた。
「断崖以南からルミリー湖北岸までおよび湖を含む周辺の治安維持」だ。
 このような要求の意図は不明。この地域の防衛を押しつけてきたことと、今回の治安維持を要求してきたことに、関連性はあるのだろうが、これでは我々に独立しろと迫っているに等しい。

 夏の盛りが過ぎる頃、ヴェンツェル市街に住む商家の一部が、ルミリー湖東岸の焼失した兵舎跡に住宅を建てたい、と我々に申し出があった。
 住宅建設の是非を判断する権限は我々にはないが、我々の管理地域内であることは確かなので、ヴェンツェル行政府の許可があればかまわないとだけ伝えた。
 結果、三六棟もの住宅が建ち始め、これには驚いた。
 さらには、富裕層の一部もマルヌ川河畔から少し北の高台に別宅を建てたいと申し出て、これも行政府の許可を条件に同意した。
 小さな山荘の建設は突貫工事で進められ、夏の終わりには形になっていた。
 同時に、妻子と使用人、そしてわずかな警護が移り住んだ。

 我々には、この状況の意味が理解できない。

 ルミリー湖以南の麦畑では、小麦の収穫が終わろうとしている。
 そして、湖以南の農民たちは、彼らが自力で建設したルミリー湖北岸の穀物倉庫に、小麦の輸送を開始した。
 北の伯爵の略奪に対抗するためだ。

 金沢は、武器商から入手したロシア製BTR‐80装輪装甲車を修理している。八輪駆動の前方視界のいい車輌だが、車体後部にエンジンを積んでいて、車内への出入りは、車体上面のハッチと車体側面の狭い乗降口しかない。
 軍用ならばともかく、常用の車輌としては物資輸送にも人員輸送にも使いにくい。
 本来は一四・五ミリ機関銃を搭載しているのだが、この車輌は撤去されていて、そこを乗車スペースにしている。
 この車輌の由来は、旧アルプス山脈の山中らしい。ディーノたちのグループの置き土産だろう。

 我々は、北の伯爵の侵攻は南からだと確信していた。
 しかし、甘かった。
 彼らは、北からやって来た。

 北の伯爵は、ヴェンツェルにムーラ装甲兵団を派遣し無血入城した。
 ヴェンツェル軍は、ムーラ装甲兵団の戦車二〇輌、装甲車三〇輌、小型の半装軌車に分乗した機械化歩兵一〇〇に抗う術を持っていなかった。
 ヴェンツェル市街は、恐怖と悲鳴と血の臭いに包まれた地獄と化した。
 ムーラ装甲師団の将兵は市街において、略奪、暴行、強姦、殺戮を四日間にわたって行った。
 断崖の獣道を下り、多くの避難民がルミリー湖を目指した。
 避難民の細い徒歩の列は一六時間途絶えることなく続き、唐突に途切れた。
 ムーラ装甲兵団が、市民たちの退路を遮断したのだ。

 我々は五〇〇人以上の避難民を保護したが、彼らに与えることができる物資は限られている。この戦いが長引けば、我々の経済が瓦解してしまう。

 ムーラ装甲兵団が断崖以南への交通を遮断すると、由加はサラディン装甲車を派遣して、断崖の正規通路途上にある仮設橋を砲撃によって破壊させた。
 この処置に、ムーラ装甲兵団は驚いたらしい。これで敵車輌は崖下に降りられなくなった。

 山荘前に続々と人々が集まってくる。誰もが武器か武器になりそうな農具を持つ。名前は知らなくとも知った顔が多く、この地域の人口の少なさを如実に語っている。
 ヴェンツェルからの移住者たちの警備隊士も自分の家族と主の家族を連れてやって来た。彼らの装備は悪くない。
 だが、誰もが不安そうだ。

 相馬、イアン、ウィル、ディーノがM116七五ミリ榴弾砲を牽引して北に向かう。砲弾は七〇発ある。

 デュランダルが歩兵として戦闘に参加してくれる人々を募っている。
 我々はデュランダルの発案で、例の武器商から四四口径ポンプアクションライフル五〇挺を入手していた。

 避難民のなかに怪我をしたヴァリオがいた。
 彼は俺の顔を見て、泣いた。
 そして「街を、街の人々を、助けて欲しい」と懇願する。彼はこの事態を予測していたようだ。

 翌日、エスコー川を泳いで渡り、二〇人ほどのヴェンツェル兵がやって来た。
「イルマリ様の命で、兵はハンダ様の指揮下に入れと!」
 ヴェンツェル兵は、一人、二人、多くて四人の小グループでやって来る。多くは装備を失い、身一つだ。

 デュランダルは、正規兵、農民と避難民からの民兵など、雑多な装備の人々をとりまとめ、一定の戦力にしようと躍起になっている。それを、イサイアスとアンティがフォローするが簡単ではない。
 デュランダルは、正規兵のなかからベテラン下士官二名を選んで、彼の参謀とした。

 ベルタは、珠月、ルサリィ、ネミッサとともに八輪ATVで北を目指した。敵が南進してきたらゲリラ戦を仕掛けて後方を攪乱する。
 四人を追って、湿地に住んでいた数人がデュランダルの許可を得て北に向かった。

 ヴァリオは重傷であったが、短時間なら会話できた。彼の家族は、屋敷の奥深くに設けた秘密部屋で息を潜めているそうだ。
 ヴァリオは、この事態を想定していたことを認めた。
「ヴェンツェル行政府の高官の一部が、自身と家族の助命を条件に北の伯爵の進駐を認めたのです。
 この交渉は秘密裏に行われ、議会が知ったときには、すでに行政府内部に北の伯爵の部下が侵入していました。
 議員の何人かが殺され、議会ができることは限られていました。
 北の伯爵に対抗できるのは、ハンダ殿以外にはいないと確信し、断崖以南を半独立状態にしようと画策したのです。
 市民は恐怖の中にいます。どうか、お助けを……」

 能美、納田、ライマ、ミランダは、傷病者を診ているが、数が多すぎて小さな小屋でどうにかなる状態ではない。
 まるで、野戦病院だ。

 由加の作戦は単純だった。山荘に残っているメンバー全員がいる。
「ヴェンツェルは城だ。城内に入るには、東のマルヌ川渡橋か、西のエスコー川渡橋の二ルートしかない。
 どちらの橋も二つの川の分流地点から南に一〇〇メートル付近にある。マルヌ川の橋は、川面から四〇メートル近い高さがあるが、長さは一〇〇メートルほど。
 流れの穏やかなエスコー川の橋は、最大でも一〇メートルの高さはないだろう。しかし、橋の長さは一〇〇〇メートルもある。
 どちらを攻めるのも一長一短だから、両方を攻める。
 エスコー川を艀で渡って、スコーピオン、チャーフィー、サラディン。そして、馬車に乗った歩兵で西から入城を図る。
 それと、金沢さんが、ロシアの装輪装甲車を修理してくれた。
 ルミリー湖からマルヌ川に水上から進んで、マルヌ川東岸に上陸。北進して、東から攻める。
 この部隊は、BTR‐80、OT‐64、ハームリンの水上航行が可能な車輌を基幹とし、小舟を動員して歩兵を送り込む。
 東はデュランダル様、西は隼人さんが指揮して……。
 あと、マルヌ川の浮橋は解体してあるし、エスコー川の艀は渡河したら燃やして……」
 デュランダルは「承知した」と力強く答え、俺は頷いた。

 歩兵の志願者は多く、幼い子供までが参加を希望した。
 デュランダルは正規兵の生き残りを、俺は促成の民兵を引き連れることにした。どちらかといえば、主攻は西側、東側は陽動の性格が強い。

 ヴェンツェル開城から五日目早朝、ムーラ装甲兵団がマルヌ川に浮橋を建設中との報告が偵察隊からもたらされた。橋は夜間に架橋工事を始めたらしく、すでに半分ほど進んでいる。
 デュランダル隊はすでに出発しているが、無線で状況を知らせ、敵の架橋工事を避けて、上陸地点を変更し、上陸後は東へ大きく迂回して進むことになった。
 俺たち半田隊も出発しており、渡河直後にエスコー川を渡るための簡易な艀を燃やした。
 戦車三台と馬車五台の珍妙な部隊が、北に進む。

 エスコー川は西に大きく湾曲しているので、マルヌ川東岸を進むデュランダル隊よりも距離にして二倍はある。
 我々が距離半分ほど前進したところで、遠方から砲声が聞こえてきた。
 司令部となっている山荘からの無線によれば、相馬隊が敵の浮橋に向けて七五ミリ榴弾を発射している。
 デュランダル隊は東に大きく迂回したため、予定よりも一時間ほど前進が遅れている。

 俺たちは、デュランダル隊よりも早くエスコー川に架かる石のアーチ橋西詰に到達した。敵に発見されることを恐れて、直ちに攻撃に移る。
 歩兵を運んでいた馬車は、移動直後に捨てていた。泥濘が酷く、馬車の進行が遅いのだ。歩兵は戦車の上面にしがみついて、タンクデサントとしてここまでやって来た。

 俺たちの攻撃は、結果として奇襲だった。装甲の厚いチャーフィー軽戦車を先頭に、一〇〇〇メートルの橋を五〇秒強で渡りきり、小銃弾一発さえ発射せずに、市街地に向かう坂を駆け上がった。
 市街地に入っても散発的な攻撃はあるが、せいぜい個々の敵兵が小銃弾を撃ちかける程度だ。
 中心部に向かう途上で、敵戦車三台と遭遇。敵戦車主砲弾はチャーフィーの装甲を貫徹できず、チャーフィーの主砲弾は容易に敵戦車を破壊した。
 デュランダル隊も渡橋に成功し、市街に突入した。デュランダルは、小舟を城壁に横付けして、歩兵が城壁をよじ登って橋の西詰所を襲撃。橋を守る敵陣を奪取した。

 ムーラ装甲兵団は、街の中心にある行政府庁舎に兵団旗を掲げ本営としていた。
 行政府庁舎前には広場があり、ここにサラディンが侵入。七五ミリ榴弾二〇発を敵本営に発射して、歩兵が突入し、火炎瓶攻撃によって瀟洒な行政府庁舎は炎上した。

 我が歩兵の対戦車兵器は、火炎瓶だけだったが、よく戦った。敵戦車を一〇台近く破壊し、次第に敵を南へ追い詰めていく。

 街の人たちも蜂起した。統制を欠いてはいたが、街の人々は手近な〝敵〟に散発的な攻撃を仕掛け始めた。これは、大きな混乱を招き、ムーラ装甲兵団の行動を大きく制限した。

 デュランダルは市街中心部に侵入せず、マルヌ川西岸を南下する。そして、断崖上東部を制圧する。
 そして、我々は、ムーラ装甲兵団をエスコー川東岸に追い込み始めた。
 ムーラ装甲兵団の略奪と暴行は、将兵の規律の乱れから来るものではない。これは、立派な戦術であり、被占領民に対する政策なのだ。
 だが、少ない兵力をヴェンツェル市街広域に振り播いたため、戦力の中枢が消えていた。強力な武器を持たない民間人相手ならばどうにでもなるのだろうが、大きな戦力が浸透してくると、この戦術の脆弱さが露見してくる。

 ムーラ装甲兵団の一部がエスコー川を小舟で渡り、ルミリー湖西岸に向けて進撃を開始した。歩兵だけだが、三〇の戦力がある。
 この情報は、ベルタの偵察隊からもたらされた。連絡が遅れたため、山荘の北一キロまで迫っている。
 ルミリー湖西岸には、我々の精強な部隊はいない。幼児・子供、老人、傷病者も多い。
 敵の進撃を阻止しなければ、山荘で殺戮が行われる。

 由加はこの事態に動じなかった。能美、納田、片倉、金吾、ライマ、トルク、トゥーレ、アビー、アマリネがいる。
 全員が完全装備で集合し、敵を待ち受ける準備に入る。軽機関銃と迫撃砲もある。
 由加は山荘周辺での戦闘を決意し、山荘の防衛態勢を整えた。

 ムーラ装甲兵団の戦略的狙いは正しい。最前線の将兵を一〇〇人殺すより、安全地帯にいる非戦闘員一人を殺すほうが戦略的効果は大きい。非戦闘員殺害は、男より女、成人より子供、子供より赤子のほうが戦略的効果がある。

 山荘周辺は、土嚢を積み、有刺鉄線を巡らせている。脆弱な防御の部分は、急遽、壕を掘ったり、土塁を築いた。非常にコンパクトな陣地で、山荘周辺に集まった人々すべてを収容することはできない。
 由加は移動ができる避難民を、ルミリー湖南岸に向かわせた。
 それ以外は、山荘陣地の内側に入れた。
 山荘は周囲よりわずかに高い地形の上に建てられている。西に小さな林があるが、それ以外は開けている。湖全体が見渡せ、湖岸側に防御に役立つ障害物はない。北と東の見晴らしも抜群だ。
 我々にとって地形上防御に役立つ何物もないのだが、同時に攻め手にとっては遮蔽物がない。重火器を持ち、アウトレンジから砲撃できれば攻め手に有利だが、個人携帯火器だけで仕掛けるには、攻めやすそうで、攻めにくい。
 由加は、履帯を付けたハンバー・ピッグ重装甲車に片倉、アビー、アマリネの三人を乗せて陣地外に出した。敵の側面に回り込ませるためだ。

 敵は一キロの道のりを一時間半かけて、山荘が見える位置までやって来た。
 敵の背後から、ベルタの部隊が狙撃や迫撃砲による攻撃を仕掛け、前進を遅滞させるとともに、消耗もさせていた。
 それに片倉の隊が加わる。片倉隊は東側面からヒットエンドランの攻撃を仕掛け、敵兵はそのたびに泥のなかに身を伏した。
 敵はベルタ隊が車輌を使っていることを察知すると、戦車でさえ通過できない湿地を選んで進んだが、その効果はまったくなかった。単に彼らの進撃速度が鈍っただけだ。そして、叩かれる時間も長くなる。
 湿地を抜けると側面から機動攻撃を仕掛けられ、さらに進撃速度が鈍る。
 敵は四人程度の隊に分かれて山荘を目指し、ようやく目標にたどり着いた。

 そして、ベルタ隊と片倉隊が合流。さらに、いったん湖南岸に退いた農民たちが、家族を森に隠すと、武器を手に引き返してきた。

 敵は一か所に固まらなかった。迫撃砲弾を恐れたからだ。
 ベルタは六〇ミリ軽迫撃砲を使ったが、山荘陣地は八一ミリ迫撃砲を撃った。迫撃砲弾の炸薬量は多く、その威力は一〇〇ミリの榴弾に匹敵する。
 敵が近付くと、機関銃とグレネードランチャーで反撃し、湖岸側の背後に回り込もうとすると、ベルタ・片倉隊に妨害され、農民や猟師からなる狙撃兵に階級が高いものから倒された。
 突撃を敢行したが、鉄条網に阻まれて、兵の半分が戦死か負傷した。
 西の林から攻撃を仕掛けようとしたが、その林に農具を持った農民たちが潜んでいる。敵は農民たち銃撃で追い払おうとしたが、火炎瓶を投げつけられて、逆に撃退されてしまう。

 日没が近付くと、敵部隊はエスコー川方面に退却する様子を見せた。自力で歩けない負傷者を放置し、動けるものだけが西に向かう。
 追撃は、ベルタ・片倉隊と農民たちが行った。
 エスコー川東岸に達すると、渡河点を探して北上を始めるが、容赦ない攻撃が仕掛けられた。特に農民たちの攻撃は残虐で、簡単に死なせないものだった。
 あまりの凄惨さに、日没後、ベルタ・片倉隊は山荘に戻る。

 山荘周辺の残置された敵負傷兵は、由加たちによって人として扱われていた。
 しかし、敵兵はそれを信じなかった。意識がある兵は、自ら命を絶った。自分たちの行いは、自分の身に帰ることをよく知っていた。それを逃れるには、自害しか方法がない。

 俺は歓喜の坩堝にいた。エスコー川に向かいたかったが、ヴェンツェルの街人が許さなかった。
 チャーフィーは歓喜の街人に囲まれて、まったく動けない。スコーピオンも同様のようだ。
 渡河後、川沿いに南進したサラディンと随伴歩兵は、デュランダル隊と合流していた。
 日没までにムーラ装甲兵団を殲滅しなければ、巻き返される可能性が高い。まだ、敵のほうが戦力を有しているのだ。

 我々が市街に突入すると、敵は散発的に戦車を繰り出してきた。しかも、市街地だというのに、容赦なく戦車砲を使った。建物は破壊され、数か所で火災が発生し、街人の多くが傷ついている。

 この歓喜の群衆は、一発の銃声で悲鳴を上げて逃げ惑った。
 蜘蛛の子を散らす、の例え通り、一瞬で群衆が視界から消える。姿を現していた兵士の一部が建物を遮蔽物にして、周囲を監視している。銃弾は次々と発射される。狙撃兵は一人ではない。
 俺は無線で「撃たれたものはいるか」と伝えると、幸運にも負傷者はいなかった。だが、スコーピオンによじ登っていた少年が撃たれたらしい。砲塔にいたイサイアスが少年の血を浴び、ひどく動揺している。

 生き残りのヴェンツェル兵は、促成の分隊を組織して、敵狙撃兵の制圧に取りかかる。また、市街に潜む敵兵の炙り出しにかかる。

 僧侶らしい服装の男がチャーフィーの前に立ち塞がり、寺院の鐘楼から狙撃を続ける敵兵に主砲を撃てと懇願する。
 だが、主砲の威力では鐘楼が崩れる。鐘楼の下にも街人がいるはず。
 俺は砲塔を出て、64式小銃のバイポッド(二脚)を砲塔の上に載せて、鐘楼を連射した。ばらまいた二〇発の銃弾のうち、何発かが命中したようだ。
 敵狙撃兵が、高さ二〇メートルの鐘楼から悲鳴を上げて落ちた。

 俺たちはエスコー川東岸を目指す。
 随伴歩兵が次第に増えていく、隠れていたヴェンツェル兵が掃討戦に参加し始めたのだ。街人の多くが、危険を冒してヴェンツェル兵を匿っていたのだ。

 ムーラ装甲兵団の装甲車は、戦車の砲塔を外して上面を開放し、海溝部周辺を装甲板で覆った戦闘室を設けている。
 戦闘室には、手動の一二銃身のガトリング砲を装備する。多銃身機関銃だが、作動はガス圧や反動利用、あるいは電動モーターではなく、クランクを手で回す構造だ。
 非常に大きな兵器で、歩兵が携行できるものではない。
 しかし、機関銃の類をまったく欠いているヴェンツェル軍には、絶大な威力があった。

 ムーラ装甲兵団はエスコー川が西に大きく湾曲した出っ張り部、バルジ要塞線の東側に再集結していた。
 ヴェンツェル軍には将校がおらず、下士官も著しく欠いていた。
 俺はどうしていいかわからなかった。由加ならばどうにかするのだろうが、にわか兵士の俺には雑多な兵士を指揮する能力など皆無だ。
 俺からの命令を待つ、ヴェンツェル兵の眼差しが俺の心に突き刺さる。俺が誤った判断をすれば、彼らは死ぬのだ。

 俺たちは狭い街路に分散して潜んでいる。街人が食料や水を補給してくれ、街人の支援を受けたヴェンツェル兵の士気は高い。

 金沢の作戦が一番合理的に感じた。
 彼が立案した「へっぴり腰作戦」は、四台の戦闘車、チャーフィー、スコーピオン、サラディン、BTR‐80で、集結した敵に対して波状攻撃を仕掛けるというものだ。
 歩兵は突撃せず、各地点に潜んで、階級上位者を狙撃する。
 ただ、問題もある。敵戦車の主砲弾に耐える装甲があるのはチャーフィーだけで、サラディンは比較的装甲が厚い。しかし、スコーピオンは機関銃弾に耐える程度だ。
 そこで、できるだけ距離をとって、アウトレンジから攻撃することにした。

 だが、現実は違った。七六・二ミリ砲の威力は絶大で、ヴェンツェル兵がかき集めた後装式七五ミリ歩兵砲が加わると、敵正面は簡単に瓦解してしまった。
 敵は戦車を繰り出すが、狭い空間ではその機動力を発揮できず、ヴェンツェル兵が放つ歩兵砲弾の餌食になっていく。

 戦いは日没までに終わった。
 最後は、ヴェンツェル軍歩兵の銃剣突撃だった。
 敵兵は捕虜になることを恐れ、バルジ要塞線の城壁からエスコー川に身を投げた。
 今朝まで暴虐の限りを尽くしていたムーア装甲兵団将兵は、その日の夕方には投身自殺以外の選択肢を失っていた。

 市街に潜む敵の掃討は、さらに四日を要し、その後はこの事態を招いた行政府高官への追求に変わる。
 街人の怒りは凄まじく、一族皆殺しだ。男も、女も、子供も、裸にされて街中を引き回され、石を投げつけられ、最後は公開の絞首刑となった。その数、二〇家族、一〇〇人を超えた。
 命乞いは一切受け入れられなかった。

 俺はこの事態を止めようとしたし、デュランダルやヴァリオも協力してくれたが、どうにもできなかった。

 ヴァリオは生き残った息子夫婦とともに、ルミリー湖北岸に移り住んだ。
 そして、断崖以南からルミリー湖周辺までの地域は、半独立状態となった。そして、俺たちの〝国〟は、プリュールと呼ばれるようになる。
 プリュールはヴェンツェルに干渉せず、ヴェンツェルはプリュールを支配せず、が原則となった。
 そして、断崖が国境となり、国境は開かれて、交通は自由となった。

 山荘付近の戦闘で捕虜となった敵兵は、エスコー川西岸二〇キロの地点で、ウマ一頭と馬車を与えて解放した。
 その一方で、ムーラ装甲兵団の残兵掃討は続いている。

 この戦いの後、プリュール防衛は、対北の伯爵より、対ドラキュロに指向していく。ルミリー湖南部の対戦車障害と対戦車壕はドラキュロには無力。
 幅の広い水濠を造るか、高さ一〇メートル以上の城壁を造る必要がある。城壁はどれほど高くても、手がかり足がかりがあれば、ドラキュロは身体能力で越えてくる。
 やはり、水濠か運河がいい。
 片倉は、マルヌ川とエスコー川に何らかの工事を行って、ドラキュロへの備えを考えている。

 ドラキュロ、この地方では〝人食い〟と呼ばれる、がもっとも恐ろしいが、北の伯爵がこのまま引き下がるとは思えない。
 どうやって戦うのか、それを由加とベルタが思案しているが、個々に俺たちも考えていた。名案はない。だが、方法はある。

 こうして、夏が終わろうとしていた。
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