200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第二四話 安住の地

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 ヴェンツェルでは、前戦役の〝犯人捜し〟が盛んに進められている。
 プリュールに別邸等を建てた富裕者たちは、犯人もしくは共犯者と目され、ヴェンツェルには入域できなくなっていた。
 犯人とされれば証拠がなくとも処刑される。プリュールに転居した富裕者たちは富を持ち出すことができず、避難民と大差ない経済状態に追い込まれているようだ。
 北の伯爵の〝協力者〟と断じられた人々の中には、軍人家系や商工業者もいた。さしたる理由があるわけでなく、家族全員無事だったとか、敵兵に愛想笑いをしたとか、そんな程度でも嫌疑をかけられた。
 そして、嫌疑をかけられると、彼らはプリュールに保護を求めてやって来る。

 プリュールには、ヴァリオを暫定首班とする小規模な行政府が生まれていた。
 我々は行政府に深く関与せず、一定の距離を保ちつつ、情報収集は怠らないようにしている。

 この時期、我々の間には意見の対立があった。プリュールを安住の地としたいと考える若年者グループと、もっといい土地があるのでは、と考える年長者グループだ。
 ただ、我々は暫定的ではあるが居住権を得ていたので、すぐに退去しなければならない状況ではない。年長者グループも、すぐに立ち去ろうとは考えていない。
 だが、全員の総意として、メンバー全員が山荘で暮らすことに異論はなかった。分散すれば、ドラキュロ、北の伯爵、そしてヴェンツェルやプリュールの住民に対しても軍事的に脆弱になるからだ。

 全体会議は、週に一度開かれた。
 一〇代グループの主張は主戦論で、相手が誰であれ生存を脅かすならば戦う、ということだ。俺や斉木も彼らに与している。
 一方、由加やベルタは、できるだけ戦闘は避けたい、との意見だ。金沢、ルサリィ、デュランダル、アンティは、この考えに近い。
 ただ、どうであれ、防衛体制の強化は必須だ。だから、ムーラ装甲兵団が消えても、山荘周辺の土嚢は強化している。有刺鉄線は、子供の怪我を恐れて撤去していたが、いつでも再配備できる。

 全体会議で相馬から、「八一ミリ迫撃砲を四門ほど、砲弾を含めて製造したらどうか」と提案があった。
 確かに八一ミリ迫撃砲は不足している。
 相馬は「旧式のM29ならば砲身が鋼製だから、比較的簡単にコピーできると思う」と述べると、金沢が「僕はRPGの砲弾製造を提案します」と応じた。
 金吾は「もう一度、北方低層平原に行って、使えそうなものを回収してきたい」と発言し、斉木は「そんなことより、農作物の増産が重要だよ」と。
 ディーノから重要な報告があった。
「無線の通信相手だけど、やはりジブラルタルからでした。
 ジブラルタルは、どうもアフロユーラシア大陸との接点として機能しているようです。大西洋を横断できる船舶と、航空機、戦車等の兵器も保有しているようです。
 ただ、ちょっと排他的な雰囲気があるんです。我々を受け入れないようにも感じます」
 全員が無言で下を向いた。
 やはり独力で生き残りを考えなくてはならない、と現実を突きつけられた。
 俺が「七五ミリ榴弾砲と戦車砲の砲弾を補給しないと、それとRPGの砲弾はもっと欲しい。戦うにしても、戦いを避けるにしても……」に対しては、全員が賛成した。

 晴天の秋のある日、一人の少女がやって来た。そして、山荘前で遊んでいた、ちーちゃんとマーニに話しかけた。
「ジョージマ将軍閣下はご在宅か」
 二人は「?」であった。
「ジョージマ将軍閣下にお目にかかりたい」
 マーニが少女を見詰め、ちーちゃんが能美を呼びに診療所に走る。
 能美とライマがやって来た。
 少女は同じ言葉を繰り返した。
「ジョージマ将軍閣下にお目にかかりたい」
「ジョージマ将軍?」
「そうだ。貴方たちを勝利に導いた女性の将軍だ」
「あぁ、由加さんのこと……」
「ユカ?」
「城島由加」
「ジョージマ・ユカ?」
「将軍じゃないわ。将校さんみたいだけど」
「将校みたい?」
「なぜ、由加さんに会いたいの?」
「私はヴェンツェルの軍人の家系だが、父も兄も戦死してしまった。跡を継ぐのは私だけだが、我が軍は女を兵にしない。
 プリュールでは、女でも兵になれると聞いた。だが、ダメだった。
 女でも兵になれるのは、山荘の住人だけだと聞いた。それで、ここに来た。
 ジョージマ閣下に会いたい」
 能美は、少女の精神的不安定さを察知した。
 そこで、診療所に連れて行き、全員が戻る日没を待った。

 少女はマルユッカと名乗った。
 そして、由加が片倉と土木工事から戻ると、由加を羨望の眼差しで見詰めていた。その様子にベルタは、「危険な眼だ」と判断する。
 マルユッカは由加の前で片膝をつき、「どうか配下にお加えください」といった。
 由加は咄嗟に断るつもりだったが、能美が「由加さんは貴女を配下にするとは即断しない。ただ、ここに留まることはお認めになる」と告げる。
 由加は激しく狼狽していたが、能美は由加の反応を無言で制した。
 こうして、マルユッカは山荘に滞在することになった。

 ログハウス風木組みの木造山荘は一階に個室二〇、六〇人以上収容できる。
 加えて、屋根裏風の中二階に大きな部屋が四つある。西に面した中央には、玄関に相当する出入口があり、ここを境にして北翼と南翼に分かれる。北翼には大きな食堂と会議室風の部屋がある。テラスは、湖に面した東側と西側の玄関周辺にある。部屋はすべて湖を眺望する東に面している。建物を鳥瞰すると、湖岸南翼・北翼が湖を抱くように建てられている。
 片倉によれば、南翼の大半は増築された部分で、建材や構造が北翼とは違うそうだ。
 我々は主に北翼と玄関周辺を使っていたが、南翼は次第に一時保護した少年少女の宿舎になっていく。
 我々は、マルユッカもその一人と認識している。

 秋蒔き小麦の収穫が終わり、春蒔き小麦の収穫が始まっても、北の伯爵は一切の動きを示さなかった。夏蒔き小麦もあるが、こちらは家畜の飼料になることが多いそうだ。

 デュランダルは、手空きの若手を集めて各地の偵察を行っていた。当初は北の伯爵に対する情報収集が主だったが、徐々にこの地方の政情と治安、環境や気候に軸足が移っていく。

 この地方で〝人食い〟と呼ばれるドラキュロは、主に春から秋にかけて活発に行動する。人家を求めて群で移動し、人を見つければ必ず襲う。
 ドラキュロから集落を守るには、幅一〇メートル以上、水深二メートル以上の濠に囲まれていることが必須条件だ。
 この条件を満たすことができれば、そこに集落が生まれる。川の中州であったり、二つの河川の合流部であったり、湖の島であったり、人工の運河であったりといろいろだが、一〇人程度から五〇人内外の小集落は意外と多い。
 治安だが、これは最悪。大集落の住民が小集落を襲い略奪・誘拐・強姦は日常のこと。その報復で、生き残りの小集落の住人が大集落に火矢を放つことも珍しくない。
 そういった行為の集大成が、北の伯爵というわけらしい。
 ただ、ヴェンツェルやディジョンといった〝都市〟機能がある街・村は、こういった略奪行為を組織的にはしない。ただ、街や村の素行の悪い連中が、行うことはままある。それに対する罰則はない。
 だから、ヴェンツェルの断崖以南に隣接するプリュールの人々は、絶えずヴェンツェル住民の襲撃を恐れていた。

 ドラキュロを恐れ、他村住民の襲撃に怯え、北の伯爵の略奪に耐えている。
 だからといって、彼らが善人なわけではない。弱者が強者になれば、立場が転換するだけで結果は同じだ。
 だから、絶対的な治安維持が必要なのだ。だが、報復的刑罰では恨みの連鎖が生まれ、拘束などの軽い刑罰では犯罪の抑止にならない。
 結果、プリュールでは行政府主導で強制労働が導入された。
 効果は疑問だが……。
 それでも、我々の管理地域は治安を維持していたし、外部者の犯罪行為は取り締まっていた。ヴェンツェルの有力議員の性悪息子を捕らえて行政府に引き渡し、彼は強制労働三年の刑を受けて沼地で働かされている。
 この議員は立腹して私兵を使って息子を奪還するとともに、略奪をさせようとした。
 結果、私兵の半分は死に、半分は性悪息子と一緒に沼地で働いている。

 アマリネがマルユッカと少しだが話をしたという。
 アマリネによれば、マルユッカはヴェンツェルの軍人家系に生まれ、父と兄がヴェンツェル軍の将校だった。
 母方の遠縁が北の伯爵との秘密交渉に関わっており、戦役の際に父親は戦死、戦役後に兄が裏切りを疑われ獄死、前途に絶望した母は自害。
 マルユッカは自身の身に危害が及ぶことを察知して、ここに逃げてきたらしい。
 俺と由加がアマリネからこの話を聞いた際、由加は「それじゃぁ、ヴェンツェルに帰せないね」といった。

 翌日、由加はマルユッカに射撃訓練に参加するよう誘った。

 ディーゼル発電機は壊れずに動いている。燃料は軽油から、バイオディーゼルに変わった。昼間は太陽光発電で電気をまかない、夜間はバイオディーゼルで発電機を稼働させる。
 車輌の整備は金沢が怠らず、ガソリンと軽油は車輌専用にしていた。

 デュランダルは、この世界で代を重ねた子孫たちの代表であり、同時に一〇代後半若手メンバーの代弁者でもあった。
 若手メンバーは、バイオディーゼルを車輌に使うための早期のテスト実施を希望している。
 燃料の枯渇を心配してのことだ。
 バイオディーゼル開発の当事者であるイアンとフィルは慎重派、金沢や金吾に珠月やアビーは積極派だ。
 だが、燃料はいつか枯渇する。それも遠い未来じゃない。
 そこで、ジープ・ラングラーを使って、バイオディーゼルの作動テストを長期にわたって実施することに決まった。

 我々はこの地に定住するのか、それとも新たな移住地を探すべきかを決めかねている。希望はここが安住の地であって欲しいが、わずか四〇人の小集団が生きていくには危険な土地である。もっとも危険なのは、ドラキュロではなくヒトだ。
 それが問題なのだ。

 そんな思案の最中に遭遇戦が起きた。

 我々は、必要十分な銃と弾薬を保有している。
 しかし、弾倉が足りない。特に主力小銃であるAK‐47の三〇発弾倉、RPK軽機関銃の七五発ドラム弾倉が不足。できれば、NATO標準五・五六ミリ弾用STANAG弾倉も欲しい。
 ドラキュロとの戦いでは銃が必須。だから、反動の小さい五・五六ミリNATO弾を使用する小銃で、一二歳以上の子供すべてが射撃訓練を受けている。
 手持ちの弾倉だけではとても足りない。
 そこで、マルヌ川の東方三五キロにある鍛冶の村に弾倉の製造を打診していた。
 鍛冶の村は周辺では大人口で、三〇戸、一五〇人に達する。村はテーブルマウンテン状の岩でできた丘の頂上にあり、村の出入りは一カ所のみ、麓は湿地である。対ヒト、対ドラキュロのどちらにも防衛上有利だ。農業は営んでおらず、鍛冶とそれに関連する産業で成り立っている。
 銃器、刀剣、甲冑から、鍋や包丁、農具まで何でも作っている。鍛造も鋳造もある。
 一定の機械化もされていて、スチームハンマーや水力利用の工作機械もある。
 鍛冶の村の長によれば、武装集団は数多おり、最大は北の伯爵、最小は五人程度の山賊までいろいろだそうだ。対立する集団が鍛冶の村で鉢合わせしても、村内での抗争は行わないという掟があるという。
 だから「村内で争いごとを起こしたら、生きて帰さない」と村長から釘を刺された。
 試作の弾倉は、スプリングがコイルからW型の板バネになったことで、装弾数が二発ほど減ったが、機能は上々だ。
 もっとも数を必要としているAK‐47の弾倉二〇〇個を注文して、その日のうちに帰る予定にしていた。

 我々は域外に出る際は、常に車輌二台で行動する。この日は、軽トラとジープ・ラングラーを使っていた。軽トラに俺と珠月、ジープにイサイアスとデュランダル、後席にマルユッカが乗る。先導は軽トラ、車間は一〇〇メートル。
 携行している武器は拳銃と小銃のみ。マルユッカは銃は持たず剣を帯びる。

 低地との高低差五〇メートルほどのなだらかな丘が連なる草原の道は、最も低い地点を選ぶように続いている。
 俺たちはAK‐47の試作弾倉数個を受け取り、ルミリー湖のある西を目指していた。
 先導の軽トラは珠月が運転し、周囲の見張りを俺が受け持っていた。
 ドラキュロの襲撃は突発的であることが多く、気を抜けない。盗賊の襲撃にも備えているが、襲撃を受けた場合の脅威はドラキュロが数十倍勝る。
 盗賊の襲撃は、思いとどまらせることができる。旗を掲げればいい。我々は能美たち医療班が掲げた赤十字旗が起源となって、白地に赤の十字旗を使っていた。デンマーク国旗の赤と白を反転したような旗だ。
 この赤い十字旗が我々プリュールを表すことは、ある程度知られていて、北の伯爵軍撃破も知れ渡っているので、盗賊が襲撃を思いとどまる動機になるようだ。
 だから、このときは、二台とも大きなプリュール旗を掲げていた。

 道の周囲には小さな林が点在していて、また曲がりくねっており、視界が悪い。
 軽トラが丘の裾を左に大きく緩やかにカーブした道を進み、そこで対向車と出会った。事故を起こすようなタイミングではなく、十分な余裕を持って車速を落とし、すれ違える状況だ。
 だが、対向車の旗が問題だった。黒地に対角線一杯に描かれた白地の×。北の伯爵の旗だ。
 俺と珠月が北の伯爵旗に気付くと同時に、対向車もプリュール旗を目視する。
 俺はM14を持って車外に飛び出す。俺が飛び出すと同時に、珠月が後退する。車速を落としていたため、ジープとの車間は詰まっていないが、銃声と軽トラの後退でジープ側は状況を察して停車し、デュランダルとイサイアスが飛び出す。

 俺は、敵先頭車の運転席付近に弾倉丸ごと二〇発の銃弾を撃ち込んだ。敵車輌数は四。一台に二人として八人相手の戦いだ。
 珠月が丘の左から、イサイアスが右から回り込もうとしている。
 俺とデュランダルは先頭車を制圧し、後続車に迫っていた。
 最後尾の車輌が後退し、離脱を図り、先頭から三台目もそれに続く。その三台目に珠月とイサイアスが銃撃を加えて制圧する。進退窮まった二台目の二人が降伏した。
 一人は腕を負傷しているが軽傷。

 デュランダルが車輌から降ろした敵兵を尋問する。車輌はおなじみのシトロエン・ケグレスによく似た、ダットラクラスの半装軌トラックだ。
 二人とも下級兵士。
「どこに行こうとしていた?」
 負傷していない兵が答える。
「お助けを……」
「正直に答えれば、殺しはしない」
 マルユッカが剣を抜き、「殺してやる!」と喚いていて、ちょうどいい脅しになっている。銃口をヒトに向けたことさえない、ドラキュロさえ遠方から眺めたことしかない深窓の令嬢に人殺しは無理だ。
 いや、深窓の令嬢だから、恐怖や人の痛みがわからないということもありうる。
 珠月が適当に宥めている。
「鍛冶の村へ」
「何をしに?」
「荷を受け取りに……。荷が何なのかは知りません!」
「我々は誰か知っているか?」
「プリュールの皆様……」
「プリュールに対する面白い話はないか?」
「領主様が大砲を……」
「どんな大砲だ?」
「山砲の二倍の……」
「一五〇ミリ砲か?」
「よく存じません」
「何門?」
「噂では一〇門と……」
「他に何かあるか?」
「お許しください」
 俺が二人にいった。
「戻れば殺される。クルマは二台とも動くようだ。これに乗ってどこかに消えろ。一台は金に換えて、その金で身を隠せ」
 二人は何度も「ありがとうございます」と繰り返した。
 二人を逃がすと知ったマルユッカが激高している。
 マルユッカは、珠月のビンタ一発で黙った。

 翌日の全体会議は、珍しく紛糾した。
 軍事に疎い俺たちは一五〇ミリの大砲に対して、75式自走一五五ミリ榴弾砲のような兵器を連想し、この世界で代を重ねたデュランダルたちは三八式一五センチ榴弾砲のような旧式を連想していた。
 相馬と斉木は「ここを放棄しよう」と主張し、イサイアスとアンティは「八一ミリ迫撃砲で対抗できる」と論を張った。
 金吾、金沢、ウィル、イアンは、この世界の技術力から算定して、一五〇ミリ級の榴弾砲だが、軽量で射程の短い重歩兵砲的な性格の火砲、と推定した。
 由加とベルタも、北の伯爵の用兵思想から推定して、七五ミリ級榴弾砲では威力不足とみて、単に大口径化を図っているのではないかと推測した。
 六人は対抗策として、八一ミリ迫撃砲の砲弾生産数の拡大、新しい砲の製造、RPG‐7のロケット砲弾の開発・製造の推進を提言した。
 墜発式迫撃砲は滑空砲身、底板、二脚というシンプルな構造なので、生産はしやすい。
 RPG‐7は無反動砲で発射し、発射された砲弾はロケットで推進する。砲弾を製造できれば、発射機の製作は難しくない。
 これがあれば、歩兵でも戦車に対抗できる。
 また、すでに金沢によって設計図が完成していた。
 由加は、「彼らは牽引砲の輸送に苦労しているから、もしかしたら自走砲を作るかもしれない」といった。
 ベルタが由加の意見を受けて、「全重は二トン、それに砲弾と発射薬、運用するとなれば一門あたり砲を含めて四トン。輸送には牽引車がいるし、牽引車での輸送は時間がかかるから……。自走砲が合理的ね」といった。
 金沢が「自走砲化するとなれば、冬までに実戦に投入できるかどうか?」と予想すると、ベルタが「正規軍が制式兵器を装備して実戦配備することとは違うから、動きさえすればすぐに使うと思う」と反論する。
 由加は、「冬の前には攻勢が始まると思う。秋が過ぎれば泥濘が消え、車輌の移動が容易になるし、ウマが使えて略奪もしやすくなるから」と。
 しかし、逃げるか、戦うか、の結論は出ない。
 由加の意見は、逃げるなら秋の初めに、戦うなら秋が終わる前に態勢を整えよ、ということだ。
 そして、どちらを選んでも時間が足りない。
 俺は、「我々が逃げ出せば、湖周辺で暮らす人たちはどうなる?」と問うた。
 斉木が「我々の責ではないが、寝覚めは悪いね」といい、相馬が「勝算はあるの?」と誰にでもなく問うた。
 ベルタが「先制攻撃が一番成算がある」といい、由加が同調する。
 俺が由加に「先制攻撃って、敵の本拠地に攻め込むの?」と尋ねると、由加は「移動中を襲うかな。軍隊は移動中がもっとも脆弱だからね」と答え、ベルタが「徹底的に叩けば、戦局は変わるよね」と同調した。

 全員が黙り込んだ。

 デュランダルが「ここで製造するRPGの弾は、本来の威力があるのですか?」と尋ね、ベルタが「砲弾は榴弾が主になると思う。その榴弾だけど、炸薬が黒色火薬だとしても威力は十分にあると思う」と答えた。
 金沢が「最初の製造ロットはロケット推進機能はなくて、単なる無反動砲になります。射程は一〇〇メートルほどしかありません。
 あと、使い捨ての簡易発射機が作れます。第二次世界大戦でドイツが使ったパンツァーファウストに似ているかな」という。
 デュランダルは「十分に役に立つ。RPGで移動中の敵を叩き、迫撃砲で迎え撃つ……でどうだろう」と結論を求めた。
 能美が「戦死者が出るかも」というと、ネミッサが「ここを出ても噛みつきにやられますよ」と答える。
 珠月が「人間と戦うほうが、ドラキュロよりマシよ」といい、ルサリィが同調する。女性たちのほぼ全員が珠月に同調した。
 腰の引けた男たちと、主戦論に傾いた女たち。結果は出た。

 俺たちはここで戦う。

 翌日、我々がこの地で戦うことに決したとヴァリオに告げると、彼は俺に「心強い。私たちも戦うことに決しました」と。
 そして、ヴァリオから「協力して戦いませんか」と提案された。

 例の武器商がやってきた。四〇歳くらいの恰幅のいい男で、頭髪と同じ赤毛の顎髭を蓄えている。
 今回の彼の売り物は、車輌の五面図だった。戦車の車体後部に戦闘室を設け、そこに砲を搭載している。外見は第二次世界大戦時のドイツ軍一五〇ミリ自走砲グリレに似ている。
 不格好な自走砲だ。
 彼は、「北の伯爵は、この大砲を積んだ戦車を一〇輌購入しました。貴国もいかがですか?」と。
 金沢が「もっと面白いものはないですか」と笑顔で尋ねると、彼は「車輪が外れていますが、小型の大砲を積んだ車輪の戦車がございます。五年前、北の伯爵と戦った勇敢な方々が残したものです」と告げ、金沢が「五年前の勇敢な人たち……?」と怪訝な顔を見せると、彼は「多くは申せません。貴方たちによく似ていたました」といった。
 その一団はディーノのグループの一部だろうと、容易に想像できるのだが、武器商はそれ以上は何もいわないと決めているようで、拒絶の表情を見せた。
 金沢が「その戦車はいかほどか?」と尋ねると、武器商は「種から作った燃料と交換でいかがでしょう」と答える。
 彼らが欲しているのは、バイオディーゼル。車輌用ではなく、揚水ポンプなどに使う定置式のエンジン、ケロシンエンジン(石油発動機)や焼玉エンジンの燃料として、斉木たちが作る燃料が欲しいのだ。
 俺が「検討する」と答えると、次回はその戦車を持ってくるという。

 正直、戦車には期待していなかった。ゲートを通るには時速六〇キロ以上で走行しなければならない。短時間であっても時速六〇キロを維持するには、最高速度は七〇キロから八〇キロは必要。
 履帯でそれだけの速度を出せる戦車は、戦後第三世代以降だけだ。そんな新型は民間では手に入らない。
 民間で手に入る快速戦車は、M41ウォーカーブルドックなどの旧式軽戦車に限られる。旧式でも戦車の入手は至難だ。
 だから、この二〇〇万年後に存在する元世界の戦闘車輌は、ごく一部を除けば装輪式以外あり得ない。
 武器商は車輪が外れているといっていたので、装輪装甲車だろう。装軌車で履帯と転輪が失われている可能性もあるが……。

 武器商が持ち込んだ〝戦車〟は、フィンランド製六輪装甲車XA‐一八〇系で、あまり造作のよくない手製の旋回銃塔を載せたものだった。主武装はポーランド製のNSV重機関銃で、使用弾薬は一二・七×九九ミリNATO弾だ。
 車内には、雑多な物資が積まれているが、この物資も価格の内だという。
 ほとんどは用途不明の機械部品だが、部品の欠けた複数のNSV重機関銃と弾薬もある。
 車体右側中央の一輪が脱落している。脱落したタイヤは残っていて、車体上面に積まれている。サスペンション・スプリングが脱落している。
 兵装は由加とベルタがチェック、車体は金沢が見聞した。
 買値は、バイオディーゼル二キロリットルと交換。
  さらに、情報も貰った。
「北の伯爵は、精鋭レギン戦闘団を南に送るそうです。出発は今日から一五日後。
 戦車二〇、重砲戦車一〇、兵七五〇、車輌多数の大軍とか」
 故障している車輌や武器より、この情報がありがたい。

 金沢には由加とベルタから「一二・七ミリを使えるように!」と強い要請があり、この日を境に急速に臨戦態勢へ移行していく。

 レギン戦闘団が出撃した日、ベルタが指揮する第一偵察隊が出発した。スコーピオン軽戦車とヴァリオ配下の歩兵一個小隊が随伴する。
 その翌日、金吾が指揮するチャーフィー軽戦車と歩兵一個小隊からなる第二偵察隊が出発。

 プリュール全域では、レギン戦闘団の来襲に備えて陣地の構築が終わろうとしている。

 金沢は、一二・七ミリ重機関銃をハームリン装甲車に搭載した。
 また、あり合わせの部品で、AX‐180を自走できるまで修理した。天井には、撤去した銃塔の穴が開いたままだが、幌を被せて外気の侵入を防いである。
 アビーとアマリネが運転の特訓を受け、もしレギン戦闘団が侵入した場合は子供たちを乗せてルミリー湖からマルヌ川を経て避難することとした。

 我々の生死をかけた戦いが始まろうとしていた。
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黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

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