200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第三〇話 決戦前夜

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 クフラックの陥落は、どうも事実らしい。エスコー川の上流、我々の地図ではソーヌ川の上流西岸に住む人々が、その際の状況を遠望ではあるが目撃している。
 彼らの多くは、難民として東岸に移動していて、キャンプを張っている。おそらく、大半は東岸に定住するだろう。
 東岸のほうが平地が広く、肥沃でもある。ただ、ドラキュロの侵入が頻繁で、これを避けるために西岸を人々は選んだ。
 エスコー川を自然の要害にしているのだが、クフラックの侵入によって、相対的に西岸のほうが危険になっている。

 クフラックは、我々の地図上のアリエ川とロワール川が合流する地点から、東に流れていくロワール川の北東にある。ロワール川右岸から、数キロ離れている。
 我々の住地からだと、北西一八〇キロ付近。
 鬼神族は、合流より上流のロワール川を〝東の川〟と呼び、ロワール川の支流アリエ川を〝西の川〟としている。
 精霊族の多くはアリエ川上流域に住むが、ロワール川上流域も彼らの主要な住地だ。ギボンもロワール川の水運に多くを依存している。
 この世界の通商の主要路は、どうもロワール川のように思う。確信はないのだが……。

 黒魔族は、クフラックからの側面攻撃を恐れ、決戦の前段階としてこの街を攻略したようだ。
 クフラックは本来の記憶を失った人々の街で、数百年前までは独立国だったらしい。
 現在は、ロワール川下流域にあるという、いわゆる蛮族の帝国に併呑され、同川上流部の拠点となっていた。
 過去一千年間、クフラックはエスコー川流域(ソーヌ川、ローヌ川流域)に侵入して、村々を襲って食料を奪い、住民を拉致して奴隷として西に送っていた。
 クフラックは、精霊族や鬼神族とは交易しているようで、蛮族の商人は彼らの言葉を解す。
 クフラックと接触のある精霊族の商人からの情報では、クフラックを含む帝国は自身を〝フルギア〟と名乗るらしい。
 フルギア帝国、フルギア人。
 フルギア人は、本来の記憶を持つ我々を〝異教徒〟と呼び、彼らの神によって庇護されない民族だとしている。
 強い選民思想を有していて、直近の一時期は似た思考に取り付かれた北の伯爵と熾烈な戦闘を繰り返していた。
 精霊族の推測によれば、フルギア人との戦いで弱体化した北の伯爵一派が、黒魔族の奴隷として飲み込まれた。
 ヒトを奴隷として使役する黒魔族は、同様に我々の同胞を捕らえて奴隷とするフルギア人とは利害の対立関係にある。
 だが、フルギア人と黒魔族は奴隷の売り買いをしているらしい。黒魔族が北の伯爵から戦車を手に入れていたことはわかっている。だから、黒魔族がフルギア人から奴隷を買っても、不思議ではない。

 俺はクフラックに行き、もっと確実な情報を得たかった。陥落したとしても、幾ばくかの何かが残っているはずだ。
 生存者がいれば、当時の状況を聞き出せるかもしれない。
 しかし、クフラックまで、一八〇キロ以上ある。道は悪く、川に橋はない。
 片道四日。
 クフラックが陥落しても、蛮族が滅びたわけではない。
 黒魔族は小部隊を南に送り、規模の小さい集落や集団を頻繁に攻撃している。
 クフラック調査の間、蛮族や黒魔族の攻撃をプリュールが受ける可能性は否定できない。計画性の乏しい戦力の分割は危険が大きい。

 最近、クラウスのグループは、上陸用舟艇型艀一艘を使って、エスコー川下流の精霊族や鬼神族の街に物資を輸送している。
 遠くは河口付近まで下っているらしい。
 主たる積荷は、絞りカスの藻を固めて乾燥した棒状燃料だが、食用油や酒、少量のガソリン性液体燃料も運ぶ。
 買い付けの商人は、精霊族、鬼神族とも購買担当が山荘の近くに常駐していて、毎日のように商談を行っている。
 彼らは、ルミリー湖畔の巨大で立派なテントに住んでいる。
 我々は、精霊族から鋼材や織物など、鬼神族からは化学薬品やガラス、陶器などを買う。精霊族からは防弾鋼板、鬼神族からは防弾ガラスを購入することもできる。
 これを他のヒトの集団に転売することもある。
 このヒト相手の商は、ルサリィと中央平原出身の若者たちが一手に引き受けている。
 藻の絞りカスを固めた燃料は、精霊族と鬼神族を通じて、蛮族にも渡っているらしい。そして、蛮族の商人は黒魔族に転売している。

 だから、黒魔族と蛮族の情報は意外なほど多く、かつ正確だ。
 当然、ヒト、精霊族、鬼神族の情報も、黒魔族や蛮族に伝わる。

 藻由来のバイオ原油は順調に製造量を伸ばしていて、その精製が追い付かないほどだ。イアンが「もっと大規模なプラントを作らないと!」と、全体会議で主張しているが、あれもこれもでなかなか進まない。

 金沢は相変わらず北方低層平原での車輌確保を主張しているが、最近では斉木や相馬が賛成に回ったし、ウルリカやアビーも同調し始めた。
 輸送用トラックの絶対数が少なすぎるのだ。
トラックは、クレーン付き八トン車と六輪のウニモグしかない。
 最近では、ESKムンゴ装甲トラックを軽輸送に、ワゴンを日々の下駄代わりに使っているが、車輌の不足は明らかだ。

 山荘の住人は五〇を超えたが、増加しているのは子供ばかり。クラウスと鍛冶のチェスラクの移住で、どうにか世代のバランスを保っているような状況だ。

 鬼神族は長くて密集した体毛を持つが、頭頂部は禿。これに性差はない。額が高く、皺がない。
 ヒトからは遠い風貌だが、精霊族よりはヒト的な感性が通じる。陽気だし、よく笑い、よく怒る。
 暴力は好まないようだが、決して平和主義ではない。商売は細かく、約定を破れば武力を行使することもある。

 そんな彼らから、情報がもたらされた。
 クフラックの支配下にあった街、ノイリンが飛翔型ドラゴンに襲われ、壊滅したらしい。
 ノイリンは、プリュールの北西六〇キロ付近のロワール川東岸にある。蛮族にとっては、最東で最南の拠点だ。

 山荘住人だけの会議は紛糾していた。生活の安定は未だ道半ばだが、それだけに、あれが足りない、これをどうするんだ、と問題が山積しているのだ。
 唯一、食料だけは何とかなっている。
 この紛糾の中で、俺はどうにかノイリン偵察の同意を取り付けた。

 使用する車輌は、砲塔を撤去したBMD‐1とBTR‐Dの二輌。迫撃砲は降ろしていく。
 理由は、この二輌が日々の用途には不向きだから。
 信じられないことだが、シミターとスコーピオンは、農地開拓のためにウマやウシの代わりに鋤を牽いている。

 ノイリンへの調査は、俺と金沢を中心に一二歳以下の年少者で構成された。
 理由は、日々の生産を落とせないから。
 水上航行でエスコー川を渡り、陸路で北西に向かう。
 ノイリンはロワール川上流東岸にあり、南東側から向かうとあまり高くはない山地の峠から街の全容が望見できると聞いていた。

 峠の標高は、高度計では二〇〇メートルくらいだ。
 峠は非常な悪路だが、道にはなっていた。それで十分と思えるほど、この世界の道路事情は悪い。
 峠は樹木に覆われていて、見通しが悪い。こういう地形では、ドラキュロに接近されても探知が難しい。
 車輌から降りると同時に攻撃される可能性もある。
 ノイリンの全貌を見たいという欲求は強かったが、そのまま峠を下りながら北西に進む。
 唐突に高木林が途切れ、北西に広がる丘陵の草原に達した。
 ここから、ノイリンが見えた。
 夜明け前に出発し、五〇キロを八時間かかっていた。
 ノイリンは、俺が考えていたような集落ではなかった。
 蛮族の集落とは、環濠と防柵に囲まれた、木造の家屋が建ち並ぶ小村を想像していた。
 実際、ヒトの小規模グループの居住地はそのような造りだし、比較的大きい街でも形態的には大差ない。
 しかし、蛮族の街ノイリンは違った。
 俺は、BTR‐Dの車上に立って呆然と眺めていた。
 テュールが隣に立ち、何かを言っているが、耳に入らない。
 直前に止まるBMD‐1車上の金沢が振り向いた。
 金沢が子供を一人ずつ車上に上げ、ノイリンを見せた。
 俺もそれに習う。
 全員を同時としなかった理由は、ドラキュロの襲撃を受けた場合の犠牲を最小にするためだ。
 各車には子供が三人ずつ乗っている。ノイリン見物はすぐに終わる。
 金沢がBMD‐1の最後尾まで移動し、俺はBTR‐Dの最前部に立つ。
 金沢が「見ましたか」と問い、俺は「あぁ」と答えた。そして、「デジカムで撮ったよ」と付け加える。
「何なんだ、あれは?
 蛮族が造ったのか?
 星の形の濠と石垣で囲まれているぞ」
「えぇ、星形要塞ですよ」
「星形要塞?」
「函館の五稜郭と同じ様式の堡塁です」
「五稜郭?」
「ヴォーバン式要塞とも呼ばれます。フランスの軍人セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバンが体系的に完成させた築城方式です。
 弓と槍、そして投石機の時代が終わり、銃と大砲が武器の主力となって、高い石の城壁と楼閣を持つ城では防衛できなくなった、一五世紀以降に現れた要塞の形です」
「なんで、そんなものが二〇〇万年後にあるんだ?」
「それはわかりませんが、ただ考えてみるとドラキュロから街を守るには理想的な形態だったんじゃないかと。
 我々よりも相当以前にこの地にやって来たヒトたちは、ドラキュロの大群に襲われても街を守り抜くために、ヴォーバン式を使ったんだと思います」
「銃と砲からの攻撃に耐えられるような城が、なぜ黒魔族にやられた?」
「ドラゴンです。
 星形要塞は空からの攻撃を想定していませんから……」
「南側は辛うじて焼け残っているが、確かに焼け野原だ。特に北はひどい」
「要塞の周囲は麦畑でしょうね。完全に焼失していますが……」
「そうだね。自然の川を改修したのだろうけど、巧妙に運河が張り巡らされていて、要塞に近付けるドラキュロは少ないだろうね。
 ヒトだって近づけないよ」
「蛮族って呼ばれていますが……」
「少なくとも築城土木においては、かなりの技術を持っているのだろうね。
 とにかく、行ってみよう」
 金沢がハッチから操縦席に潜り込むまで、俺はノイリンという名の要塞を眺めていた。

 焼けた臭いが残る麦畑を走り抜け、いくつかの小河川や運河を浮航して、ノイリンの最南端に到達するのに二時間を要した。
 峠からの遠望で橋は三つのはずだが、最も南側は落とされていた。
 そして、黒魔族の燃えた戦車二輌が擱座している。走行性ドラゴンの死体も多数ある。フルギア人の壮絶な抵抗が感じられる。
 濠は石組みで造られていて、その組み方はインカ帝国の石造建築を彷彿とさせるほど精緻なものだ。
 数百年にわたって維持管理されていたらしく、石垣の補修跡らしき場所もある。
 濠の外側に沿って、移動しながら濠に降りる場所、そして要塞内に入る濠から上がれる地形を探して移動する。
 幅五メートルもある傾斜の緩い石の階段が濠に向かっている。
 そこを二輌は走り降りて、濠に入る。同じような階段が対岸にあり、そこからならば上がれそうだ。
 濠の水は濁っているが、悪臭はない。水流は感じないが、水の交換はあるのだろう。
 濠の幅は二〇メートル。内郭側は浅くなっていた。長い期間に土砂が堆積してしまったようだ。
 要塞内は静かで、木の焦げた臭いが立ち込めている。
 道は整備されていて、舗装も施されている。ゆっくりと要塞の中心部に向かう。死体は見ない。
 要塞の中心部はヒトの居住地らしいが、木造家屋だったためか、一切が焼き払われている。ドラゴンの火炎放射はメタンが主成分と想定しており、その燃焼温度は一〇〇〇から二〇〇〇度に達する。
 火炎を直接浴びた場合、木造家屋も人体も短時間で完全に炭化する。
 それでも、操縦席のペリスコープ越しに焼けたヒトの死体が散見できる。
 中心部を一気に抜け、北に向かう。
 峠からの遠望で、北には広くて平坦な運動場のようなものがあり、その近くに石造りかコンクリート製の大きな建物があることを確認していた。
 それ以外で焼失していないのは、迷路を思わせる巧妙に配された石垣だけだ。
 完全に焼失した要塞内でヒトの名残を感じさせるのは、そこしかなかった。

 運動場のような広場は、石造四棟以外何もなかった。焼け焦げた立木が何本か残るだけで、土も焼け焦げている。
 四棟は広場の西側にあり、その内部がよく見える。四棟の二五メートル後背は濠だ。濠の対岸も見通せる。
 四棟の内部には車輌があったらしい。車輌は爆発したようで、原形をとどめていない。
 一棟に四輌、四棟で一六輌。二輌はトラックのようだが、他は何だったのか、現在位置からではまったく不明。
 一度四棟に接近し、後進で五〇メートル離れ、BTR‐DとBMD‐1の車体前方を四棟に向け、並べて止める。
 金沢がハッチから這い出て、子供たちが後部ハッチから車体の上に出た。
 我々も同様にする。
 ドラキュロの姿は視界にない。ヒトもいない。死体も視界にはない。何もかもが徹底的に焼き尽くされている。丹念に焼き払われている。
 テュールが俺のジャケットの裾を引き、指差した。
 円形に石が積まれている。一見井戸に見えるが、それにしては直径が大きくて高すぎる。高さは一・五メートル。
 金沢が俺を見て、俺はテュールが見つけた石組みを指差す。
 金沢が頷く。
 子供たちが後部ハッチから車内に入り、俺は首を車体から出して発進し、井戸様の円形に積まれた石組みに近付いた。

 石組みの頂部は閉じられていたようだが、天井骨組みの木部が焼けて、地下に崩落していた。
 石組みの北側は入口になっていて、地下に向かって階段が続いている。
 それほど深くなく、地表から一メートルほど下に地下室の天井が位置している。
 金沢が「降りてみます」と言って拳銃を抜いた。その判断に反対したかったが、俺の口から出た言葉は「援護する」だった。

 金沢は五分ほどで戻ってきた。
「地下室は六畳間ほどの広さで、机と椅子、それと作業台みたいなものがありました。
 机にこれが……」と金沢が数枚の紙束を見せた。
 紙には罫が引かれ、手書きの文字が並んでいる。
 M41DK、Humbee、BMP‐2、GAZ‐2330、LAV、など縦方向のセルに二〇行ほど。横のセルには○や×、A、Bといった記号。
「何だかわかります?」との金沢の問いに、俺は「いいや」と答えた。
「車輌ですよ。M41DKはデンマーク陸軍のM41軽戦車、BMP‐2はロシアの装甲兵員輸送車です。それ以外は軽車輌やトラックのようです。わからないものもあります。でもクルマでしょう」
「蛮族は、フルギア人は、二〇輌もクルマを回収していると?」
「そういうことでしょうし、彼らの中に最近やって来た人たちがいるんだと思います」
「新参の仲間が……」
「たぶん、捕らえて奴隷にしたのでしょう。彼らを使っているんだと思うんです」
「戦車もあるの?」
「ええ、M41があります」
「新型なの?」
「かなりの旧式ですが、デンマークや台湾は大幅に改良して長く使っていました。
 軽戦車といっても、第二次世界大戦期の中戦車並みの威力はありますよ」
「現れたら厄介だな」
「それも四輌も。この三桁の数字を見てください。これは車台のシリアル下三桁ですよ」
「それを持っていても、黒魔族に負けたのか」
「フルギア人は、対空戦闘能力がないからです」
「俺たちもないぞ!」
「ですから、何とかしないと」
「この車輌はどこに行ったんだ?」
「一部はあそこでしょう」と金沢が四棟の石造建屋を指差した。
 確かに、一六輌ほどの残骸があるが、戦車はない。
 テュールたちが何かが濠にある、と騒ぎ出した。
 BTR‐Dの車体に登って、テュールたちが指差す方向を見ると、確かに濠にクルマが浮いている。
 車輌に乗って、焼けた林を抜け、濠に近付くと、装輪の装甲兵員輸送車が浮いている。
 俺と金沢が車輌から降りて、濠端からその車を見下ろす。テュールたちもそばにいる。
「これですね」と金沢が表の一行を指差す。
「M93?」
「M93フォックス装甲兵員輸送車。つまり、ドイツのフクスです。我々のXA‐180と同等の車輌です。
 回収しましょう」
「子供が六人もいるんだぞ」
「手伝ってもらいましょう」
「ダメだ。やるなら二人だ」
 テュールが「手伝います!」と元気よく言ったが、俺は容認しなかった。
 しかし、調べてみる価値はある。
「濠への降り口を探そう。例の階段が他にもあるはずだ」

 ノイリン要塞は極めて正確な星形の図形をしていて、濠への階段通路は☆の出っ張りの付け根付近にあった。
 二輌で濠に入り、フクス装甲兵員輸送車に近付く。
 操縦席側上部ハッチが開いていて、乗員はそこから脱出したようだ。
 金沢が車内に入り、無人であることを確認。エンジンの始動を試みるが、失敗。
 フクスの牽引フックが水面下なので、俺が操縦するBTR‐Dで要塞内側の濠に降りる階段まで押す。水上なので、意外なほど簡単に動いてくれる。
 金沢のBMD‐1が最初に陸に上がり、BTR‐Dでフクスの車体を陸に向かって押す。フクスの牽引フックが水面から出たところで、金沢が牽引ロープを取り付けて、強引に要塞内に引き上げた。
 このフクスは何日も水に浸かっていたはずだが、エンジンルームは浸水していなかった。相当に古い車輌らしく、車体の塗装が褪せているし、錆びも見える。
 俺が金沢に持ち帰る価値があるか否かを問うと、彼は「もちろんありますよ」と笑った。俺にはかなり程度の悪い〝廃車寸前の中古車〟にしか見えないのだが……。
 手際よく牽引ロッドを取り付けて、金沢車が牽いていくことにした。

 もう一度、要塞の中心部を通る気持ちにはなれない。子供たちを無意味に怖がらせたくはないし、ここまで来て廃車一輌を手に入れただけでは、目に見える釣果が少なすぎる。
 地面には半分溶けた銃の残骸があるし、砲台は爆発していて、跡形もない。
 ヒトが作ったもので調べる価値が辛うじてありそうなものは、広場の四棟の車庫だけだ。
 あの車庫を調べて、それで終わりにする。
 俺はそう決めた。

 車庫の50メートル正面にBTR‐DとBMD‐1を並べて止め、まず、俺が車庫に正面から近付く。
 車庫は奥行き一五メートル、横幅二〇メートル、高さ五・五メートルあり、正面中央には幅〇・五メートルの壁様支柱がある。正面左右にも〇・五メートルの構造強度壁があり、何か、または誰かが隠れるとすれば、この狭い壁の裏か、残骸となった車輌の後ろだろう。
 この建物には、正面に扉などはなかったらしい。車輌の爆発は、そのエネルギーの大半を正面の開放部から逃がしたようだ。
 建物の内部は焦げているが、構造的な損傷は見られない。
 我々の半地下式車庫も同じ方式をとっている。
 俺が無事に右から二番目の車庫に取り付き内部を点検し、危険がないことを確認すると、金沢が左から二番目の車庫に取り付く。
 そして、俺はM14の銃口を最右翼の車庫に向け、移動する。
 同様に、金沢は最左翼の車庫に移動。
 こうして、四棟内部の一応の安全を確認した。
 六人の子供たちは、周囲を見張る。銃を渡していないが、いざとなれば彼らだけで帰還する。
 各車庫には車輌四が格納されていて、右からシャーシの長さから中型以上のトラック、二番目がジープクラスの軽車輌、三番目が小型の半装軌トラック、四番目が土木作業用らしい機械が納められていた。
 四番目の車庫だけ他の三棟とは異なる構造で、正面左側面に幅三メートルの小部屋がある。
 小部屋には車庫内開放部側に、観音開きのドアがあり、それは半壊していたが、内部に損傷を及ぼしていなかった。
 ドアは人力では開けることができず、BTR‐Dで牽引して引き壊すことにした。
 ドア自体にタイヤチェーンのフックを引っかけ、それに牽引ロープをつないで、BTR‐Dで引っ張る。
 派手な音を立てて、簡単に壊れた。
 もう一枚のドアは、内側から蹴って開ける。

 内部には単発ライフル二挺、大型の機関砲一門が納められていた。
「フルギア人は機関砲を作っているのか?」
「違うと思います。
 これ、エリコンのKAD二〇ミリです。
 銃本体だけしかありませんが、銃架もあったんじゃないかと……。
 古い兵器ですが、一部は二一世紀になっても現役だったと思います」
「重そうだな」
「二〇キロか三〇キロくらい。二人なら運べますよ」
 金沢は室内を物色し、空のドラム弾倉二個を見つけた。
 俺が「弾なしじゃ、持ち帰っても意味ないんじゃ?」と問うと、金沢は「二〇×一三九ミリなので、ヴィーゼルの二〇ミリと同じ弾ですよ」と答える。
 金沢がBMD‐1に戻り、車庫の前に移動した。
 そして、エリコンKAD二〇ミリ機関砲を積むためにフクスの後部ドアを開ける。
 土嚢を二つ作り、その上に載せてロープで固定する。
 これで、振動で壊れることはないだろう。
 弾倉二個は、金沢がBMD‐1の車内に持ち込んだ。
 金沢が「戻りましょう」と俺を促し、俺はそれに反対する理由を見いだせなかった。

 要塞を出て峠に向かう。峠への登坂前に日没間近となり、ここでキャンプをすることにした。
 車外は危険なので、狭い車内での車中泊となる。

 子供たちには、ちょっとした冒険だったようで、無線交信を楽しんだり、気分転換になったようだ。
 それに、周囲への見張りという点では、大きな力になってくれた。
 幸運だったことは、ドラキュロに出くわさなかったこと。
 これ以上の幸運など、この世界にはない。

 フクスはダークイエローとオリーヴドラブの二色迷彩で塗装されていたが、退色が激しく、車体の一部には錆もある。
 金沢の見立てでは、製造後三〇年以上経た車体らしい。
 フクスを回収してきたことは、山荘住人の大人たちからは歓迎されなかった。
 実際に必要な車輌は、軽便な小型トラックや日々の下駄として使えるクロカン四駆だからだ。
 それに、装輪装甲車はすでに三輌保有している。
 だが、頻繁に動かしているのは、XA‐180だけ。最前部キャビンの左右に乗降ドアがあり、車体後部に観音開きの乗降ドアがある。そして、操縦席と兵員室間をつなぐ通路があるので、それなりに使い勝手がいいからだ。
 OT‐64は最前部キャビン左右に乗降ドアを持つものの、操縦席後方に機械室があり、兵員室とは完全に分離していることから、人員輸送には向かない。
 それに、前方の視界が狭い。しかし、車内スペースが広く、長距離の貨物輸送には適している。
 BTR‐80は、機械室が車体最後部にあり、後部乗降ドアがない。車内へのアクセスは、車体左右側面の幅の狭いドアか、車体上面のハッチだけ。
 また、最前部キャビンへの出入りは、上部ハッチのみ。
 日々の用途には、まったく不適で、車内のスペースも狭く、人員の輸送は不経済で、貨物の輸送には適正がない。
 戦闘にしか使えない。

 フクスの車内スペースは、XA‐180ほど広くはないが、使い勝手はほぼ同じ。観音開きの後部乗降ドアは、開口面積がXA‐180を凌ぐ。 だから、プリュール域外に出向く場合には便利に常用できる。

 金沢は、すぐにフクスの修理に着手せず、エリコンKAD二〇ミリ機関砲の修理と弾薬製造に奔走している。
 クラウスのグループは弾薬を使い切っていて、その補給の可能性はチェスラクのグループがどう判断するか、次第だった。

 金沢は、オタク然とした風貌には似つかわしくない巧みな交渉術で、ルミリー湖北岸の住人たちの武器に関する英知を結集していく。

 エリコンKADは、イスパノ・スイザが開発したガス圧作動式の二〇ミリ機関砲で、同社がエリコンに買収された後もKADとして販売が継続された。
 毎分一〇〇〇発の発射速度、秒速1100メートルの初速、1500メートルの有効射程を有する。弾薬は、二〇×一三九ミリ。手に入れたKADは、七五発のドラム弾倉仕様であった。
 この機関砲が動作すれば、大きな力になることは間違いない。この砲が動けば、サラディン改に搭載できる。

 時を置かず、フクスの修理も始まる。この古い車輌の調査から始め、修理すべき点を細大漏らさず抽出する。
 フクスは最前線で使用する戦闘車輌ではない。前線と後方との間で、兵員の輸送に使われる車輌だ。それでも装甲車だし、こういう車種が遠出では役に立つ。

 金沢が希望する北方低層平原での車輌確保計画において、最大の困難は車輌のある場所を特定することだった。
 斉木のドローンは目視可能な範囲でしか使用できず、高度を上げるとカメラの解像度の関係で、大まかな風景しか判別できなくなる。
 上空から目視で捜索する必要がある。

 金沢を中心に、クラウスのグループが使用した輸送機を回収して修理すべきだ、との主張が勢力を増していく。
 回収するには、森を切り開き二キロ近い道を作らなければならない。
 獣道のような細い通路はあるが、とても道とは呼べない。全体的に平坦だが、起伏のある場所もある。
 簡単ではない。
 だが、片倉は重機を使えば、常用しない搬送路程度なら短期間で作れるという。実際、彼女は現地を調査している。
 この飛行機は、ショート・スカイバンというターボプロップ双発の軽輸送機で、直線矩形の高翼、三車輪式の固定脚、機体後部に大きな開口のランプドアを有している。
 全長一二・二二メートル、全幅一九・七九メートル、全高四・六メートルもある。
 巡航時速三二五キロ、上昇限度六八六〇メートル、航続距離一一一七キロ。
 我々にとっては十分な性能だ。

 森は幹の太い高木ではなく、幹の細いカバノキのような樹種が疎生している。チェーンソーがあるので、片っ端から切っていけば何とかなりそうだ。
 しかし、二キロもあるのだ。想像を絶する距離だ。
 獣道に沿って幅三メートルの未舗装路を啓開することは、大変な重労働であった。
 副産物として、大量の薪が生まれ、一部は近隣の人々の生活に使われた。
 荒っぽい道だが、ミニショベルとホイールローダーを動員して一週間で切り開いた。

 主翼の運び出しには、八トントラックを使った。主翼の長さは片側九メートルもあり、格納庫からの搬出、荷台への積み込み、そして輸送まで、四日も要した。
 機体の搬出では、水平尾翼と双垂直尾翼を取り外し、車輪にドリーを取り付けて牽引した。この作業に六日を要した。

 全作業に半月以上を消費してしまった。この非常時に貴重な時間を使った。
 この飛行機が飛ばないと、この時間のすべてが無駄になる。
 俺は、時間の浪費だったのではないかと自問している。七年間も飛ばなかった飛行機が一日や二日で飛行できるわけがない。
 精霊族や鬼神族が我々の作業を不審に思っているし、同族たるヒトも呆れている。
 確かに、その思いは俺にもある。

 ショート・スカイバンは、分解されたまま放棄されている穀物倉庫に運び込んだ。
 この飛行機がプロペラを回せたとしても、滑走路を作らなければ離陸できないし、運用するには膨大な燃料が必要だ。
 パイロットはいないし、メカニックもいない。運用するには、ないものが多すぎる。

 斉木は、ドローンに搭載されているカメラの追加装備を主張し始めている。
 飛行機が簡単に飛ぶわけはないし、ドローンには搭載量に余裕がある。装備するためのビデオカメラもある。
 どうにかして、車輌を手に入れたいが、飛行機は飛べないし、ドローンのカメラを増設したところで、決定的な機材になるはずもない。
 ここで生活して行くには、使い勝手のいい車輌が必要だ。それは現実であり、捨てられない要求でもある。
 金沢は小型ばかりだが車輌の在処がわかっている、低層中央平原西部域への車輌回収計画を強く考えるようになっていく。
 それは道理ではあるが、ドラキュロとの戦いを覚悟しなければならない。
 それは格別の恐怖がある。

 その恐怖に見合うだけの成果を得られるのか、それが問題だった。
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日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

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