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第1章

第三一章 戦場

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 シェプニノの街は、精霊族と鬼神族からの戦車の注文で好景気だ。
 ハーキム戦闘車は、全長五・六メートル、全幅二・五メートルに拡大され、転輪は六個に増えている。
 ただ、シェプニノは砲を生産しておらず、兵装に関する装備品は注文主から支給を受けている。
 戦車の主砲砲口口径は三七ミリが標準で、砲身長は二〇口径から三〇口径(七四〇ミリから一一一〇ミリ)、砲口初速は秒速四五〇から六〇〇メートルが一般的だ。
 基本的に移動しない目標への砲撃が主で、戦車同士が撃ち合うための砲じゃない。
 また、主砲には砲安定装置がなく、走行間射撃ができない。
 レーザー照準器や自動追尾装置もない。

 そもそも、ヒトが戦車を必要とした理由は、黒魔族の四足走行型ドラゴン対策が目的で、最近までこの種の動きは鈍かったらしい。低初速砲で、十分に封じ込めたという。
 だが、ここ数年で、急速に敏捷化した。
 ドラゴンは、ヒト側の対策に対して、進化すると俺は推測している。
 飛翔型ドラゴンも、飛行速度の向上や高高度飛行が可能になる可能性だってある。
 生物進化の常識から外れている。
 厄介な生き物だ。

 従来の戦車砲の性能は、第一次世界大戦時に開発されたルノーFT17軽戦車が搭載したピュトーSA18戦車砲と大差ない。
 だが、黒魔族との決戦を控えて、この世界の戦車砲に革命的な新型が登場した。
 敏捷化した走行型ドラゴンに対応するためだ。
 砲口口径は三七ミリと同じながら、砲身長四二から四八口径(一五五四ミリから一七七六ミリ)、砲口初速は秒速七五〇から一一〇〇メートル、移動する物体に対する光学照準器を備えている。
 第二次世界大戦において、各国が使用した三七ミリ級の対戦車砲と同等の性能を有している。軽量、低姿勢の対戦車砲型もある。
 三七ミリ対戦車砲は全重三二〇キロ強と軽量なので、平地であれば五人で牽引移動できる。
 口径拡大版の四七ミリ対戦車砲は、全重八〇〇キロに達し、こちらは車輌による牽引になる。この砲の数は少ない。
 砲が大口径化しない理由は、走行性ドラゴンに対する兵器だからだ。三七ミリ対戦車砲であれば、装甲を施された大型の走行性ドラゴンでも貫徹できる。
 目標は著しく敏捷になっているので、大口径化したのでは追従できないのだ。
 また、同口径、同砲身で、最大仰角九〇度の砲架に搭載した対空砲も開発されている。
 これは、飛翔型ドラゴンに対する兵器だ。ドラゴンの火炎放射の射程外から攻撃できる。また、水平射撃による走行性ドラゴンへの攻撃も可能だ。
 これらの新型砲は、ヒトの街カンガブルで作られているらしい。
 ルミリー湖以南のヒトの村では、この対戦車砲と対空砲を導入しようという動きがある。

 金沢は、由加とベルタから「大口径機関砲を作れ」と責め立てられている。
 彼は、相馬やウィルの助力で何とかしようとしているが、反動利用でも、ガス圧利用でも、まったく知識と経験のないものを短期間で実用の域まで仕上げることは、ほぼ不可能であった。
 だから、エリコンKADを修理して、この窮地を切り抜けようとしている。

 この頃、我々世代に「金沢とルサリィが怪しい」との噂が耳に入る。ちーちゃんによれば、アンティとユリアナも怪しいし、相馬とウルリカも怪しい……そうだ。

 ヴェンツェルからの移住者グループは、急速に弱体化している。彼らの中から、ルミリー湖以南に再移住する人々が現れ、我々の管理地域への転居希望者も現れている。
 ヴァリオの家族と縁者も南岸以南に移住してしまった。
 プリュール域外へ逃れた人々も相当数いる。
 そして、誰が旧ヴェンツェルの代表者なのか判然としなくなっている。
 我々の管理地は一平方キロの面積があるが、斉木がもう少し必要だと言い始めている。だが、誰と交渉すればいいのかわからない。
 アンティは、「こういう場合は勝手に領地を増やせばいいんだ」と主張している。

 寒さが和らいでくると、俺と由加はこの地に定住することを考え始めていた。

 そのためには、黒魔族と戦わなくてはならない。そして、いずれは白魔族とも……。

 反動とガス圧のどちらも自信がない金沢の答えは、外部動力だった。
 機関銃は、排莢→装填→激発発射→排莢を繰り返す。
 その動力には主に二種類あり、発射時の反動エネルギーを利用して銃身を後座させ、スプリングなどによって銃身を前進させる反動利用と、発射ガスをガスピストンに導いて、機関部を動作させるガス圧利用だ。
 原理を知っていても、それを応用することは難しい。
 金沢は、そのことをよく理解していた。
 現在の存亡をかけた緊急時に、悠長な開発事案にかまけているほど、彼は無神経ではない。
 そこで、彼が出した結論は、第三の方法であり、もっとも原初的な機関銃の動作方法だった。
 外部動力だ。
 世界初の実用的機関銃であるガトリング砲は、クランクを手で回すことで排莢→装填→激発発射→排莢を繰り返した。
 金沢は手回しの代わりに、自動車のセルモーターを流用しようと考えた。
 砲自体はエリコンKADを真似、機関部をモーターで動かす。
 彼曰く、「ブッシュマスターと同じですよ」と。そして、由加とベルタは、金沢謹製の外部動力機関砲を「ブッシュマスターⅣ」と呼んだ。
 ただし、ブッシュマスターのコピーはできないから、機構は金沢のオリジナルだ。
 機関部を除く砲の中身はエリコンKADと同一だが、発射ガスのエネルギーを排莢と装弾に利用しない。
 機関部の動作は、モーターが駆動するギアとカムによって行う。チェーンは使用しないので、チェーンガンではない。当然、ブッシュマスターとの共通性もない。
 エリコンKADの機関部の駆動をガス圧利用から、電動に変えただけだ。
 電源が落ちれば動作しなくなるが、不発があっても強制排莢するので、射撃が止まることはない。
 銃身以外の部品は、チェスラクのグループが作ってくれた。銃身は、精霊族商人経由でカンガブルに注文した。
 エリコンKADの砲身長は一・四メートルだが、細くて長い砲身は製造できないとのことで、〇・九メートルに減じていた。
 これによって、初速が秒速一〇七〇メートルから七五〇メートルに低下する。運動エネルギーが大幅に減じるので、徹甲弾威力と射程距離が劣る。
 給弾は、エリコンKADと同じ七五発のドラム弾倉で行う。

 ウィルは金沢と連動して、この砲を搭載する装甲車の製造に着手している。
 ベースはFV601サラディンで、車体前部を大幅に改造して、居住性と運用性を向上させ、砲塔を新造する計画だ。
 サラディンには、二トンダブルキャブトラックのエンジンとトランスミッションが移植される。
 エンジンの出力が減じ、機動力が損なわれるが、プリュール周辺ならばどうにか使えそうだ。
 全体的な車体と砲塔デザインは、87式偵察警戒車に似ている。いや、デザインを拝借したらしい。

 機関銃が足りない。まったく足りない。車載用も携帯用も……。
 それに、ベルト給弾用の弾帯がない。ドラム弾倉のRPKと箱弾倉のブレンガンだけを使っている。
 ドイツ製MG3は、再使用可能な非分離型なので使ってはいるが、このベルトが少ない。
 ベルト給弾用の弾薬は、車載機関銃用に節約している。

 俺たちは、この世界にやって来る前に、五挺の機関銃を手に入れていた。62式機関銃二挺と74式車載機関銃一挺。それと、五・五六ミリ弾の自衛隊のミニミと米軍のミニミ。
 自衛隊のミニミと米軍のミニミは、微妙に異なっていて、自衛隊のミニミは少し性能が劣るような気がする。
 単なる個体差かもしれないが、由加は「個体差じゃない」と判断しているようだ。
 七・六二ミリの三挺は仕舞い込んでいるのだが、隠しているわけではなく、弾薬をほとんど持っていないことが原因だ。
 しかも、62式はすこぶる調子が悪い。
 もともと評価の低い機関銃だが、資料館の展示物だったので、そんなものか、と判断していた。捨てるには惜しく、さりとて使い道はない。機関銃型巨大文鎮みたいなもの。

 この正常に作動しないと俺と由加が説明している62式機関銃について、相馬が会議で話題にした。
「62式機関銃は直せないのですか?」
 由加が「修理しても弾薬がないし、あまり使いたくはないけれど……」
「なぜ?」と相馬に問われて、由加が黙る。
 金沢が「62式って〝いうこときかんじゅう〟とか〝ないほうがましんがん〟とかの渾名があるって聞くけれど……」と捕捉すると、由加は「74式は直せば使えると思うけど……」と直接は答えない。
 相馬は「キンちゃんに聞いたのだけど、第二次世界大戦で米軍は布製弾帯を使ったそうだけど?」と確認すると、金沢は「そうです。アメリカとイギリスは布製弾帯を使っていました。日本やフランスは保弾板という複数回再使用可能な金属製の金具を使っています」
「62式で布製の弾帯を使えるようにして、ちゃんと動くようにすれば、使えますよね?」
 相馬の問いに由加が「まぁ、そうなんだけど……」と消極的な答え方をすると、相馬は「壊れちゃったらゴメンですけど、私に預けませんか?」と。
 由加は俺を見ながら、「それはいいけれど……」と言いながらも言外に「無駄なことはやめよう」との思いをにじませる。
 相馬は、「私は現状では結構暇なんです。斉木先生の助手をしたり、ウィルさんやイアンさんの手伝いをしたりとか……。
 銃器の専門家ではないですけど、まぁ、門外漢だからわかることもあるんじゃないかと……。
 どうでしょうね?」と皆に問うた。
 俺は面白いと思った。相馬は物理の研究者だったというが、博学多識の彼ならば何とかしてしまうのではないかと、期待させるものがある。
 だが、由加はそうは思わないらしい。
「何となく、無駄かなぁ」
「まぁ、そうおっしゃらずに、ちょっとは働かせてくださいよ」
 相馬が働いていないとは誰も思わないが、金沢も由加と同じように、相馬に無駄骨を負わせることはもったいないと考えているフシがある。
 俺が「相馬さんには成算があるの?」と問うと、彼は「成算なんてありませんが、まぁ、何とかなるんじゃないかと」と答えた。
 俺は「相馬さんに任せてみましょう。どうです?」と皆に問うた。
 反対はなかったが、明らかに由加と金沢は賛成ではなかった。

 黒魔族は、続々と集まっている。いつ開戦になっても不思議な状況ではない。
 この地域全体が緊張している。
 我々は戦争の準備を急いでいた。
 
 最初の外部動力駆動二〇ミリ機関砲は、春の気配の直前に組み立てられた。
 銃身は太く、各部の強度は十分すぎるほど余裕がある。それだけに総重量は重い。
 最初の発射は、鹵獲したBMD‐1から撤去した砲塔をマウントに流用して行った。
 調子は上々で、単射と三連射に問題は見られない。さらに発射テストを繰り返して、問題がなければ、サラディン改造の装甲車に搭載する。
 装甲車の砲塔は完成しており、車体の改造も順調に進んでいる。
 新型砲塔は、対飛翔型ドラゴン戦用に対空射撃ができるよう、高仰角に対応している。

 相馬は62式機関銃を詳細に調べ、基本的には74式車載機関銃の要素を組み込んだ。
 62式機関銃と74式車載機関銃は同系である。
 最大の改良点は、62式機関銃最大の特徴であり、同時に不調の原因となっていた揺底と呼ばれる薬莢を前後に揺すりながら徐々に引き抜く機構を廃したことだ。
 それと、あっさりと銃身を捨てた。もともと交換用の銃身がなく、加熱しても交換することはできなかった。二挺を一挺で使う二個一をすれば銃身交換は可能だが、相馬はそうせずに二挺のままの運用にこだわった。
 銃身外径を二八ミリから三六ミリと厚くし、大幅なヘビーバレル化を図っていた。
 それと、最重要事項の布製ベルトは、能美がミシンを使って試作品を作ってくれた。
 これも、最小限の改造で対応させた。
 一部の部品は再設計し作り直した。ハンドメイドなので、二挺の間に部品の完全互換はなくなってしまったが、そんなことはどうでもよかった。
 また、62式と74式はともに七・六二ミリ弱装弾を常用するが、これを通常のNATO弾に適合するよう調整した。
 布製ベルトは当初予測よりも調子がよく、五〇発用と一〇〇発用を精霊族商人に発注することになった。

 冬の終わりは、氷床の南下の終わりでもある。
 しかし、氷床の末端は北上せず、厳寒期の位置に留まったまま。
 黒魔族の南進は決定的となり、三〇万に達する大群が集結している。
 黒魔族には非戦闘員という区分はないので、三〇万全員が戦闘員ということになるのだが、実際は傷病者や幼体もいるし、奴隷を管理する要員も必要なので、実質は三分の一がいいところだろう。
 そして、確実に、ロワール川とアリエ川に挟まれた一帯が戦場になる。
 すでに、精霊族と鬼神族は、高台に陣地を築き始めていて、緊迫の度を増している。
 毎日、精霊族の軍船が川を遡っていくし、巨大なウマに乗る鬼神族の騎兵隊が北に急ぐ様を頻繁に見る。
 ヒトは、どのグループも動いていない。
 しかし、動くべき時は迫っていた。

 新装甲車サラディン改は、車体と砲塔が完成したものの、主砲はテストを重ねているが、実用可能な域には至っていない。排莢不良が起き、発射が止まる。
 そこで、急遽、エリコンKADを搭載することになった。

 北方への派遣車輌は決定していた。
 FV101スコーピオン軽戦車、FV107シミター偵察戦闘車、ヴィーゼル1空挺戦闘車、BMD‐1空挺戦闘車(自走迫撃砲)、BTR‐D空挺兵員輸送車(自走迫撃砲)、BMP‐80装甲兵員輸送車(指揮通信)、OT‐64SKOT装甲兵員輸送車(弾薬輸送)の計七輌で、これにルミリー湖以南の村々が派遣する半装軌車に牽引される三七ミリ対戦車砲三門が加わる。
 素人兵士の雑多な集団だが、ここで負ければ生活の場を失う。
 誰もが、腹を固めている。
 指揮は、由加がとることになった。山荘にはベルタが残る。
 俺も行く。結果として、金吾と珠月が残る。金吾が残るので、ディーノが通信担当になった。
 医療班は納田が志願した。もちろん、納田も銃を持つ。納田が行くので、片倉は残る。能美は残るので、斉木が行く……。
 全員が生きて帰れる確率は、どれほどか。誰かが死に、誰かが生き残る。それは確実。
 俺が死に、由加が死んだら、ケンちゃんとちーちゃんはどうなる。
 金吾と珠月がいる。
 二人なら、ケンちゃんとちーちゃん、マーニとテュールを守る。
 必ず。

 ルミリー湖以南五か村とルミリー湖北岸住人の混成部隊は、総員四七人。
 四七士。
 隊長は城島由加。二〇〇万年後の大石内蔵助。堀部安兵衛は誰だ。たぶん、イサイアスだ。
 俺は恐怖から逃れるために、整合性の欠如した観念に没頭していた。

 俺たちは明日、戦場に向かう。

 黒魔族の集結地は、我々の拠点であるプリュールから北に二〇〇キロ。
 精霊族は黒魔族主力の正面、鬼神族は左翼に陣を張っている。
 となると、必然としてヒトは右翼を守ることになる。
 黒魔族は広域に軍を展開しており、盛んに浸透作戦を行っている。
 一〇個体程度の小部隊から、一〇〇〇個体を超える軍勢まで、いろいろな規模で他の二足歩行動物の支配地域を攻めている。
 襲っては逃げるヒットエンドラン攻撃もあるし、特定地域を一定期間占領することもある。

 二〇〇万年前の地図では、ビスケー湾に注ぐロワール川の河口北岸にはサン・ナゼールという街があった。そのやや上流にナントがあり、川は東に向かって遡り、トゥール、アンボアーズ、ブロア、オルレアンに至る。
 オルレアンで川上を南に変え、ヌベールでアリエ川とロワール川が合流する。西がアリエ川、東がロワール川だ。
 ロワール川は、ヌベール付近では東から西に流れるが、一〇キロほど川上で南から北に流れを変える。
 鬼神族は、合流以前のロワール川上流を東の川と呼び、アリエ川を西の川と呼ぶ。
 精霊族は、東の川と西の川に挟まれた丘陵地に陣を張っている。東西の川の合流点から南に二二キロに本陣を置き、その六キロ北の丘に前衛陣地を築いている。
 総兵力約一万八〇〇〇。
 鬼神族は、アリエ川の西岸河岸から四キロ離れた丘陵地に本陣を置き、その北五キロにも大規模な別働隊を配している。
 兵力は約二万三〇〇〇。
 ヒトは、ロワール川東岸直近の小さな丘に陣を張る予定だ。
 その数、最大でも一〇〇〇……。連合三種族中、最も寡兵だ。
 この戦いの主役は精霊族だが、精霊族が敗れれば鬼神族は苦境に陥り、ヒトは何もかも捨てて逃げなければ皆殺しになる。
 精霊族と鬼神族には次の戦いがあるが、ソーヌ川・ローヌ川沿いに住むヒトはこの戦いで運命のすべてが決まる。

 我々の北上に呼応するかのように、各地・各集落から多くて五〇人、少なければ二人・三人のグループが、個別に二〇〇万年前のヒトがソーヌ川と呼んだ川を遡る。
 大型の全装軌車、小型の半装軌車、そして馬車にウマ、徒歩と移動方法は様々だが、全員が武器を携えている。
 武器の多くはレバーアクションかポンプアクションの四四口径連発ライフル。四四口径のリボルバーと刀剣だ。
 だが、我々のような新参者は、二〇〇万年前の武器を持つ。
 軽武装のアメリカ製コマンドウ四輪装甲車、イギリス製サクソン四輪装甲車、フランスのVAB四輪装甲車が現れたことには驚いた。普通のライトバンを装甲化したような南アフリカ製コブラ四輪装甲車も行軍に加わった。
 モーゼル系五連発ボルトアクションライフルに大量の小銃擲弾を馬車に積んでいるグループや、馬車が野戦炊事車になった車輌を持ち込んだグループもいる。
 第二次世界大戦期に使われたドイツ軍のM24型柄付手榴弾に類似の摩擦発火式手榴弾を大量に装備するグループも現れる。
 誰もが無勢は承知。
 争いのない世界を夢見て二〇〇万年後の世界にやってきたヒトたちは、記憶の中に残されていた、この世界で作ることができるあらゆる兵器を製造して、ヒトとは異なる生物と生存をかけた戦いに臨もうとしている。
 東からやってきたあるグループは、反動利用ロングリコイルのマドセン軽機関銃のコピーを全員が装備していた。
 なぜ、この二〇世紀初頭にベルギー陸軍が採用した世界初の量産型軽機関銃が二〇〇万年後で作られたのかは不思議だが、ドラキュロに対して有効な武器であることは確実。
 おそらく、黒魔族にも有効だろう。
 口径七五ミリ滑腔長砲身の巨大散弾銃を持ち込んだグループもいる。一弾に直径八ミリの鉄球が二五六仕込まれている。
 形状は軽量山砲に似ていて、砲尾は半自動閉鎖。単発ながら発射速度は速い。
 過去の記憶と創意工夫で戦わなくては、この無勢をどうにもできない。

 ヒトの勢力はバラバラだ。誰もまとめるということをしない。
 ただ、目的ははっきりしている。ここを抜かれたら、黒魔族の一部は精霊族の背後に回るために一気にソーヌ川を下る。
 その途中に、我々ヒトの村や街がある。黒魔族は侵攻途上にあるヒトを捨て置かない。捕らえて奴隷とするか、殺す。
 ヒトを捕らえている時間的余裕はないだろう。たぶん、殺す。
 ならば、戦うしかない。

 ヒトの一団は、丘の全周に陣地を築いた。
 我々プリュールの住人は、比較的早くに布陣したので、眼前に東の川を望む位置にいた。
 我々の目の前に広がる風景は、なだらかな傾斜の丘と東の川、その先には少しの高木が点在する草原、そして散在する大きくない林。
 際立つ遮蔽物はなく、林に潜めるのはせいぜい兵力一〇〇程度。
 東の川を渡って背後に回られる可能性は高いが、丘は全周防衛態勢になっている。
 我々の陣地は浅く掘削して戦車壕を設け、周囲にコの字型に土嚢を積んでいる。
 三門の対戦車砲も壕に入れている。我々の北隣には七五ミリ散弾砲を持つグループ、南隣には北の伯爵装備と同型の戦車に長砲身三七ミリ砲を搭載する戦車三輌を配置している。
 彼らは由加が俺たちに指示した戦車壕を見て、それに準じる壕を掘削している。

 陣地には縦深性がなく、第一線を突破されれば、簡単に瓦解するほど脆弱なものだ。
 我々は第一線の後方に通信車であるBTR‐80を配しているが、縦深防御には役立たない。
 第一線には、ヴィーゼル1空挺戦闘車、シミター偵察戦闘車、スコーピオン軽戦車を配し、やや後方に車体後方を東の川に向けたBMD‐1とBTR‐Dの両自走迫撃砲を置いた。
 対戦車砲は、装甲戦闘車輌との間に配した。各戦車壕・対戦車砲陣地は一〇メートルほどの間隔があり、土嚢と塹壕でつながっている。
 また、少人数のグループ数隊が、我々と行動を共にしてくれ、人員の不足を補っていた。気がつくと、我々と同士は八〇人にも膨れあがった。

 我々のいる丘は、移住第一・第二世代が幅をきかせている新参者が多数を占めている。
 我々の陣地の北側の丘にもヒトの部隊が集結している。ここは、世代を重ねた古参の人々が多い。

 由加は他のグループに連帯を求めないし、意図的な協力関係を築こうともしない。
 一見、プリュールの住民と各地からの協力者のみで戦おうとする利己的な態度にも思えるが、実際はそうではない。
 この世界のヒトは、それぞれに事情があり、それぞれに価値観があり、それぞれに生きている意味がある。
 黒魔族との対話を重視して、我々の行動を暴力的と批判するグループも存在するのだ。
 古参の人々は長い時間をかけて、黒魔族の本質を知った。彼らは新参者の一部が抱く、黒魔族への誤った認識に閉口している。
 議論などしたくないのだ。だから、少し離れた丘に陣地を構えた。
 我々の丘には、黒魔族との〝講和〟を解く人々が頻繁に現れる。古参はそれを嫌う。
 戦いに参じた人々もいろいろで、戦意がほとんどない人物もいる。
 この集団は軍隊ではない。誰かが命じても、誰も動かないし、誰かに命令を発する権限は誰にもない。
 由加はそのことをよく知っているから、八〇人ほどの人数は率いるが、それ以外には気を配らない。

 由加が自走八一ミリ迫撃砲の壕を点検している。
 BMD‐1とBTR‐Dは同系の車体だが、サスペンションが油気圧式で、車高の上下ができる。迫撃砲発射では車体を車体下部が接地しない程度にボトムさせて、姿勢の安定を図れるので、この用途には最適だった。
 迫撃砲弾は一門二〇〇発を用意したが、これで足りるかどうか?
 スコーピオンの主砲弾は、車内に四〇発、OT‐64に四〇発積んできた。
 どういう戦いになるのか、皆目見当がつかない。
 それは、由加も同じらしい。何しろ、相手はヒトではないのだから。

 精霊族との連絡員としてルサリィが、鬼神族の陣地には片言だが彼らの言葉を話せるトゥーレが赴いた。
 二人には無線を持たせたが、車輌はなく、それが心配になっている。こういう事態は想定しておらず、準備をしていなかった。
 俺の失態だ。
 精霊族からは少女と彼女の護衛二〇が連絡員としてやってきた。
 我々の穴を掘り、土袋を重ねた陣地を、哀れむような眼差しで見ている。
 精霊族は感情をほとんど表さないが、それでもわずかな機微が見える。
 少女の眼差しは明確にわかるほどで、それは彼女に鮮烈な印象、この場合は悪い印象を与えたということだ。
 鬼神族からは下士官の老兵三がやって来た。人間とは姿の隔たりはあるが、鬼神族の感情は人間的だ。
 彼らも我々の陣地を見て、ひどく心配している。
 精霊族の少女は古い家系のお姫様らしく、どことなく見下されている感がある。
 精霊族の感情はほとんど読み取ることはできないが、それとなく感じるということは我々に対して強烈な蔑みか哀れみを感じているのだろう。
 それについては、鬼神族の老兵が姫様の態度を咎め、精霊族の護衛が無礼だと言って悶着があったらしく、由加が気にしている。
 相馬とデュランダルは「放っておけ!」と突き放している。
 何事にも優柔不断な俺は、おろおろしている。

 陣地は日々強化されているが、明日か明後日には開戦となる。
 我々は粛々と準備を進めている。

 由加は、この世界にやって来て、初めて豊和89式小銃を使っている。
 俺はスプリングフィールドM14のまま、デュランダルはベレッタM59だ。クラウスのグループ四人のうち二人は二挺しかないヘッケラー&コッホG3を、残りの二人には我々からM59を貸し出した。他のメンバーは、AK‐47系列の自動小銃を装備する。
 BMD‐1とBTR‐Dの車体上部リングマウントには、弾薬をかき集めてきた一二・七ミリNATO弾仕様のNSV重機関銃が装備されている。
 OT‐64とBTR‐80の両八輪装甲兵員輸送車にも自作のリングマウントにラインメタルMG3を載せてきた。
 我々は、それなりに強力な武器を持っている。
 鬼神族は我々の小口径弾が低威力なのではないか、と心配していて、精霊族の姫様は「弓のほうが速射できる」とヒトの誰かに解いたそうだ。

 そして、酒が振る舞われ、肉が焼かれ、不安と恐怖が入り交じった夜が更け、太陽が昇る前に戦いが始まった。
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