200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第三二話 決戦

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 精霊族の本陣は、ロアール川とアリエ川の合流点から南に二二キロの丘陵地にある。
 この丘陵地は広大で、四方の傾斜は緩やかだが、周囲の低地よりも一〇〇メートルほど高い。
 精霊族は本陣に一万二〇〇〇の兵力を集結させ、ロアール川上流部に四〇〇〇の予備兵力を展開している。
 精霊族は本陣の北八キロに、前進陣地を構築していた。この陣地には兵力二〇〇〇を配置して、本陣の前方防御を担わせている。
 黒魔族がこの陣地を攻略しないで南進した場合、本陣と前進陣地によって南北から挟み撃ちにされる。
 前進陣地を攻略しようとすれば、その間に本陣の防備を固められてしまう。
 また、前進陣地攻略に手間取れば、アリエ川方面から鬼神族に側面を突かれることになる。
 黒魔族にとって、精霊族の前進陣地は厄介な存在であるはずだった。
 だが、由加は彼我の兵力差と黒魔族の機動力の高さから、前進陣地は短時間で落ちると予測している。
 特に飛翔型ドラゴンを投入してきた場合は、数分で無力化されると判断している。
 精霊族と鬼神族は、有効な対空兵器を持っていないからだ。
 ヒトは、砲身長五五口径(約二メートル)三七ミリ対空砲を開発。
 それを装備している世代を重ねたグループがある。第二次世界大戦期の野戦高射砲に似たデザインで、そのミニチュアといった形態だ。機関砲ではなく、単発の小口径砲で、自動排莢と半自動閉鎖を有し、速射性能に優れている。一応、高射算定装置もある。
 これが、四門。
 そのほか、一五〇ミリ榴弾砲を持ち込んだ新参者グループがある。
 この砲は北の伯爵がオーダーした自走砲の主砲と基本は同じもので、牽引砲としているだけでなく、車載の制限がとれとことから重量増が許容され、重量増分を長砲身化に回して射程を伸ばしている。最大射程は九〇〇〇メートルだと説明された。
 この砲は一門。
 その他に、一九三〇年代の山砲や歩兵砲に似た軽量七五ミリ短砲身砲が、各グループ合計一〇門程度ある。

 ヒトの生活は精霊族や鬼神族と比べて厳しく、装甲車輌を保有する余裕は乏しいのだが、それでも我々を除いて各種一五輌ほどが参集していた。
 二〇〇万年前の軍用車も見かける。

 ヒトの陣地には、精霊族や鬼神族のような豪奢な幕舎はなく、粗末な家型テントが並んでいる。
 精霊族や鬼神族の連絡員は、この陣地が簡単に瓦解するものと予測している。
 その判断は、彼らの本隊に伝達されている。ヒトは戦力として期待されていない。
 その証拠に、ロアール川上流部の精霊族予備戦力は、実質的にエスコー川(ソーヌ川およびローヌ川)方面への進撃を阻止するための部隊であった。

 一五〇ミリ榴弾砲は、丘の東側に配備されていた。
 このグループは一〇人で、この砲を除けばライフルだけを装備している。全装軌のトラクターで、時速八キロの低速で牽引してきた。
 二〇世紀初頭の野戦重砲とほぼ同等の技術で作られていて、短射程、低発射速度、低命中率、大重量で、性能ははなはだ低い。
 だが、砲弾威力だけは凄い。
 このグループは、この一五榴を丘陵の最上部に持ち上げて、南進してくる敵軍に撃ち込むという作戦を考えていた。
 丘陵の頂上付近は平坦だが、この重砲を設置するには整地をする必要がある。
 そのための人数を貸してくれと、リーダーが我々の陣地に交渉にやって来た。
 由加は快く同意し、俺を長として五人を抽出した。他の部隊からもにわか工兵が集められ、五〇人ほどでこの巨砲を設置する陣地作りを手伝った。
 この約三トンもある巨砲は、我々の陣地の背後に配置された。
 この砲が発射される際は、我々は陣地から待避しなければならない。
 俺には不合理な配置のように感じたが、由加はそうは思わないらしい。
 由加の意図が理解できない。

 由加は、自衛隊の乙武装に準じる階級章を外した迷彩の制服を着用し、アラミド繊維製の88式鉄棒を被っている。
 拳銃帯を着け、茶の革製ホルスターを下げている。その中には、米軍基地内住宅で手に入れた九ミリ弾仕様のパラ・オードナンスを納めている。
 その立ち居振る舞いは堂々としていて、デュランダルを除けば、抜きんでた風格を漂わせている。
 精霊族のお姫様も、由加には一目置いているようだ。
 由加は一五榴の引き上げが終わると、川に面した西側斜面の高木をすべて伐採せよ、と俺に命じた。
 射界を開く目的と、遮蔽物を取り除くためだ。
 この丘陵の直下はロワール川なのだが、水深が浅く徒歩で渡ることができる。
 当然、走行型ドラゴンと戦車も渡れる。
 黒魔族の戦車は、走行型ドラゴンの不足を補うためのもので、奴隷となっているヒトが操縦することもあるようだが、黒魔族兵が操ることがほとんどだ。
 走行型ドラゴンと戦車で攻められたら、素人の俺でも数時間の維持は難しいと感じた。

 高木の伐採にはチェーンソーを使った。ホイールローダーは、片倉が持ち出しに同意しなかったが、チェーンソーは二基持ち込んでいる。
 チェーンソーで景気よく伐採すると、それを見ていた精霊族と鬼神族が大変驚き、大騒ぎになったという。
 何しろ、五〇本近い高木を一時間で切り倒したのだから。
 まぁ、斜面下方に向かって、ただ切り倒すだけなので、素人樵にもできる。
 この切り倒した木々が、走行性ドラゴンと戦車の登坂を少しでも阻止してくれるといいのだが……。

 丘陵の中腹から頂部にかけての見晴らしは非常にいい。戦場すべてが一望できる。
 由加はすべてを知っているかのごとく、次々と命令を発し、その命令が完遂されると、決定的な変化が見えてくる。
 周囲のグループを巻き込みながら、徐々に由加が〝司令官〟の立場になっていく。
 由加が地図を広げているターフは、いつしか〝司令部〟と呼ばれるようになった。
 デュランダルは〝参謀長〟、俺は〝従卒〟と渾名されている。

 毎日の陣地構築で、全身が筋肉痛に襲われ、眠れぬ夜を過ごしていた。
 疲労がピークに達した早朝の日の出直前、俺は足がつり飛び起きた。無様に足を伸ばし、テントの外に出た。
 情けない表情のまま、ロワール川の西岸彼方を遠望する。
 大地が波打つように動いている。
 俺はそれが何だか、まったくわからなかった。
 瞬間、俺は由加のテントに走った。由加のテントに問答無用で入れるのは俺だけだ。
「由加」
 由加は起きてはいたが、まだ簡易ベッドに横になっていた。
「ナニ?」
 妙に色っぽい。だが、由加の暗黙の誘いを無視する。
「黒魔族が動いた」
 由加は飛び起き、服装を整え、89式小銃を手にテントを出る。
 デュランダルも起きてきた。
 太陽光が大地に弱い光を投射し始めている。
 黒魔族の大軍が、隊列を組んで南に向かって前進している。
 まるで、古代ローマの軍団のようだ。
 最前に重装槍兵、その後方に弓兵と銃兵、走行型ドラゴンと戦車が続く。
 精霊族の前衛陣地まで四キロに迫っている。由加は精霊族の前衛陣地に対する攻撃は、小部隊による奇襲を予測していたが、現実は大軍によって踏み潰そうとしている。

 ヒトの陣地に、非常呼集がかかる。由加はいったん自分のテントに戻り、数分後、自衛隊のボディアーマーを着けた完全装備で戻ってきた。
 俺も装備を整えた。M14を手に、右腰には自動拳銃、左脇下には三八口径リボルバーを下げた。左腰にはマチェッテ。
 デュランダルは革のジャケットを着ている。このジャケットは、革鎧の役目をする。カーボーイハットのようなつば広帽子を被るが、この帽子のつば以外は、薄い鉄板でできている。
 にわか兵士たちに制服はないが、濃い緑や茶系の衣服で、少しでも迷彩効果が出るような服装をしている。
 精霊族は、純白の派手な軍服を着ている。
 ストレートな銀の長髪と相まって、清楚でありながら精悍な雰囲気を醸し出している。
 鬼神族は白のズボンと原色のジャケットの組み合わせで、ジャケットの色が兵科を表している。鬼神族の軍には、明確な階級がある。
 精霊族と鬼神族には、身分制度はない。鬼神族には王がいるが、王は代理人の選挙で選出される。鬼神族の王は、制度と権力において元世界の大統領制に近い。

 精霊族と鬼神族の連絡員は、由加の近くにいる。

 黒い軍装の黒魔族の大軍は、一時間ほどで精霊族の前進陣地まで一キロに達し、停止した。
 太陽光が大地に満ち、三頭の飛翔型ドラゴンが空中を舞う。

 黒魔族は、精霊族の前進陣地攻略に飛翔型ドラゴンを投入しなかった。
 約二万の大軍で、わずか二〇〇〇の守備隊を包囲、一斉攻撃による殲滅を企図した。
 前進陣地守備隊は善戦するが、多勢に無勢。しかも、黒魔族は攻め手の部隊を頻繁に入れ替えている。
 守備隊は疲弊・消耗していくが、攻撃側は常に新規投入の勢いのある軍勢だ。
 しかも、獲物をいたぶるように、一気に攻めない。徐々に追い詰めている。
 由加は「まずいな」と言い、精霊族の連絡員に「貴軍はこういった場合どうされるのか」と尋ねた。
 精霊族の連絡員は「本陣から部隊を出して、前進陣地の兵の救出を図るか、援軍として送り込むかでしょう」と答えた。
 鬼神族の連絡員が頷く。
 由加は「それが狙いでしょう」と言った。
 鬼神族の連絡員が「誘い出そうとしていると?」と由加に尋ね、由加は「間違いないでしょう」と応じた。
 精霊族の姫様が「このままでは、皆殺しになってしまう」と涙声になる。

 一五榴のリーダーがやって来た。
「ジェネラル、どうするんだ」と由加に問う。
 由加が「FHは届きますか?」と尋ねると、リーダーは「最大仰角でギリギリだけど、何とか届くよ」と答える。
 由加は「五分後に発射してください。なるべく長く」と言った。
 リーダーはニヤリと笑って、斜面を登って頂上陣地に戻る。
「待避!」の大声で、中腹の人々が一斉に塹壕や装甲車輌に潜り込む。

 一五榴の砲弾威力はすさまじい。黒魔族の東側陣形が崩れていく。
 一五榴は一分に一発の間隔で五発撃ち、五分休止して、同じ間隔で砲撃を再開していく。
 一五榴の命中精度は低く、同一照準でも適当に着弾が散らばって、それが黒魔族に有効な打撃になっている。
 一五榴はいったん砲撃をやめ、照準を少し北に移した。
 今度は、北から攻める部隊の中央付近に砲弾が落ち始める。
 北の友軍陣地から七五ミリ歩兵砲の発射が始まる。この砲の最大射程は八五〇〇メートルほどと短いが、高台に配備しているので、黒魔族の陣の最東端に何とか届く。
 北側の友軍陣地からは、散発的にロケット弾も発射され始める。無誘導弾だが、黒魔族の密集陣形ならば、効果がある。
 それに触発されるように、一五榴が発射速度をやや速める。

 その光景を精霊族と鬼神族の連絡員は、畏怖の表情で見詰めていた。伸縮式の望遠鏡で、盛んに遠望している。
 精霊族のお姫様は、由加に「ご助勢感謝したい」と言った。
 由加は微笑みで返した。そして、由加はお姫様に双眼鏡を貸した。

 由加の思惑は奈辺にあるのか、軍事に疎い俺にはわからない。
 だが、俺たちの決戦が近いことは本能が告げている。
 俺は自分のテントに戻り、背中に先祖伝来の日本刀を背負った。
 戊辰戦争において、俺のご先祖はこの刀を持って戦場に赴き、戦死したそうだ。
 先祖は幕府側、つまり明治政府の言う賊軍だった。

 デュランダルが「ソウマやカナザワと同じ刀か?」と尋ねるので、俺は「気合い入れだよ」と笑った。俺には、相馬や金沢のようには扱えない。
 このとき、デュランダルが左脇にベレッタM92を下げているのを見た。俺がそれ気付いたことを察したデュランダルは、「私でも命は惜しいんだよ」と笑う。

 由加は、黒魔族の吊り出しに成功した。
 黒魔族は歯牙にもかけていなかったヒトの部隊が、強力な遠距離砲で自軍の行動を阻害していることに我慢できなかった。
 そして、黒魔族の大軍一万がヒトの陣地に攻め込んできた。

 ヒトの陣地と黒魔族の間には南から北に流れるロワール川が横たわっている。
 水深は浅く、徒歩での渡河は可能だが、一定の進撃阻止効果はある。
 だが、敵は大軍だ。

 黒魔族は、古代ローマ帝国の大軍のような隊列を組んで、急速にロワール川西岸に迫ってくる。
 すでに、八一ミリ迫撃砲をはじめとするすべての砲が発射されている。
 シミターの七六・二ミリ砲も発射を始めた。一刻でも時間を稼ごうと、各砲は発射速度を徐々に速めていく。
 BTR‐80がアンテナを立てたまま、ゆっくりと中腹の陣地内に移動する。
 一二・七ミリ重機関銃に、武器には縁のないディーノが取り付いている。
 俺は、M14の弾倉をいったん外し、鉄帽に二度打ち付けて装着し直し、コッキングボルトを引いた。

 黒魔族が、我々が陣取る丘を登ってくる。
 その数は無数に見えた。
 だが、ここで死ぬとは思えなかった。
 ロワール川の対岸の遙か彼方まで、黒魔族で埋めつくされているのだが、それでも死を意識しなかった。

 不思議だ。

 デュランダルが「できるだけ引きつけろ! 命令があるまで撃つな!」と叫ぶ。
 俺はそれを一切の高揚感なく、平常心で聞いていた。

 この世界の二世や三世が、レバーアクションのライフルを構える。
 頂部の一五榴のグループも集まってきた。精霊族と鬼神族の連絡員も横一列に並んでいる。お姫様は、「銃よりも弓のほうが速射できる」と俺に言った。その笑顔は引きつっている。
 お姫様は腰の矢筒から矢を出して、弓につがえ引いた。
 気付くと少し離れて由加がいる。
 我々の陣地まで、あと五〇メートル。黒魔族の前衛は、表情がわかるほど迫っている。
 黒魔族は、矢を大仰角で遠距離発射する余裕がない。味方の砲がそれを阻止しているのだ。
 一二・七ミリ重機関銃が発射を始める。続いて、歩行〈かち〉の兵も発射する。三七ミリと四七ミリの対戦車砲が榴弾を発射。八一ミリ迫撃砲はロワール川西岸に着弾。
 技術者集団の巨大散弾砲は、迫り来る黒魔族に横殴りの鉄球の雨を降らせている。
 二〇分を経過しても、彼我の距離は五〇メートルから縮まらない。
 レバーアクションライフルは弾込めに時間がかかるが、給弾担当が必死で弾を込め、射撃担当が銃を交換しながら撃ち続けている。
 俺は、すでに弾倉を六回交換している。残りの弾倉は二。まったく足りない。
 たぶん、他のメンバーも同じだ。
 ヴィーゼルがラインメタル二〇ミリ機関砲の発射をやめた。弾切れだ。シミターは、まだ三点バーストで発射を続けている。スコーピオンは照準をロワール川西岸から東岸に移した。
 弾薬車であるOT‐64が前進してきた。誰かが、俺の足下に弾帯を置いていった。俺はすかさずそれを拾い、たすき掛けする。弾倉が一〇。二〇〇発補充だ。

 撃っても、撃っても、黒魔族の攻撃はやまない。まるで大地から湧き出るように、敵兵は減らない。
 銃を撃ち、矢を射、槍を投げて攻撃してくる。
 しかし、敵の砲とカタパルト(投石器)は、一弾さえ発射させず、友軍の砲が破壊した。歩兵砲部隊は優秀で、直射照準に長けている。
 だが、多勢に無勢は明らか。
 徐々に押されている。
 彼我の距離は三〇メートルに縮まった。
 この距離を突破し、白兵になることも増えている。
 俺の眼前にも敵兵が迫っている。弾が急所をそれ、M14は弾切れ。右腰のS&Wの自動拳銃を抜いて発射。弾倉の一四発は一分たたずに射耗してしまう。
 デュランダルもリボルバーを抜いている。おそらく、ベレッタM92は撃ちつくしたのだ。
 俺はマチェッテを抜き、撃たれても突進してくる漆黒の鎧兵の左肩に打ち下ろした。
 骨に食い込んで抜けない。
 気がつけば気合いだけのはずの、背負っている日本刀を抜いていた。
 右太股に激痛が走る。投げ槍で切り裂かれた。
 力任せに刀を振るう。
 だが、敵の勢いは徐々に弱まっている。
 由加はどうした。
 由加は、平然と撃ち続けている。
 敵の攻撃がわずかに弱まり、そのすきに地面に落としたM14を拾い上げて、弾倉を交換し再び発射する。

 友軍が押している。鬼神族が西側から反撃に出たらしい。精霊族の前進陣地も健在だ。

 三頭の飛翔型ドラゴンが俺たちの陣地に向かってくる。
 対空射撃ができるすべての銃砲がドラゴンを攻撃する。
 三七ミリ高射砲は、一頭のドラゴンの翼に命中させた。ドラゴンの火炎放射の射程内には近づけさせない。

 黒魔族の攻撃が唐突に終わった。

 俺たちが陣取る丘は、中腹から下は黒魔族の死体で埋まっている。地面は見えない。
 ロワール川は真っ赤に染まり、血の川と化している。

 黒魔族は北に向かって引いていく。
 どうやら、この戦いには勝利したようだ。
 だが、次の戦いにも勝てる保証はない。

 我々のグループは、俺とデュランダルが負傷した。俺は足、デュランダルは左脇腹。俺は止血されただけで、納田はデュランダルについている。彼のほうが重傷だ。
 他は軽傷。死者はいない。
 この戦いに限れば、完勝だ。

 ヒト、精霊族、鬼神族の全軍を持ってしても、黒魔族の圧倒的大軍を阻止することはできない。
 それは、明白。
 援軍がなければ、我々は負ける。
 そして、この戦いには、ハーグ陸戦協定も、ジュネーブ条約も関係ない。
 殺すか、殺されるかだ。

 二日間、黒魔族は動かない。理由は不明。想像だが、飛翔型ドラゴンの行動を阻止できたことが、黒魔族に心理的圧迫を与えたように思う。
 飛翔型ドラゴンが無力化されて、動揺しているのではないだろうか。
 ヒトは、この二日間で補給を果たした。ロアール川南に展開する精霊族部隊は、意図せずにヒト部隊の兵站補給線を維持してくれていた。
 そして、一五榴の威力は、精霊族に鮮烈な印象を残した。
 ヒトは一五榴の砲弾を大量に輸送する手段を欠いていた。また、牽引式一五榴は他に三門もあった。
 精霊族は、この砲弾と砲の輸送に要員や車輌を提供し、全力で協力してくれている。
 我々も銃弾や砲弾を補充したが、十分ではない。
 特に一二・七ミリ弾が足りない。

 一五榴は有効な兵器だった。この砲は、砲弾と発射薬が分離していて、砲弾は鋳鉄製の弾塊に黒色火薬の炸薬を詰めていて、発射薬は薬嚢方式。つまり、金属製薬莢を使わない。布製の袋に発射薬である黒色火薬を詰めている。閉鎖は段隔螺式。
 発射時に盛大な爆煙を発生させるが、砲弾等の調達に無理がない。弾薬の補給が容易なので、我々が置かれている状況では、最善の兵器と言える。

 その点、一二・七ミリ機関銃弾は、弾頭、薬莢、発射薬、そして分離式ベルトリンクと部品が多すぎる。特に分離式ベルトリンクは使い捨てで、プレス加工で大量に製造できればいいのだが、そんな設備はこの世界にはない。
 極めて有効な兵器だが、運用コストが高すぎる。
 根本的に、考え方を変えなければならない。

 困難はあるが、もう一度戦うための補給を何とか整えた。

 今日も黒魔族は動かない。これで三日目だ。
 息が詰まる緊張が続く。

 そして、夜が明ける。
 戦いは、精霊族の攻撃で始まった。精霊族の前進陣地に、ヒトが一五榴を二門も運び込んだのだ。
 その二門が戦闘態勢になっていない、黒魔族のキャンプに砲弾を撃ち込む。最北部には届かないが、砲弾は敵陣の中心部に次々と着弾する。
 黒魔族が北に退いていく。一五榴の射程外に出ようとしている。
 一部はロワール川を渡渉し、北東の方向に向かっていく。
 だが、一万以上が戦列を作っている。後退を援護するためなのか、それとも再攻撃してくるつもりなのか。
 ヒトの北側陣地から大型ロケットが発射された。射程は一万六〇〇〇メートルもある長射程型で、弾頭には二〇〇キロの黒色火薬が詰まっている。弾体はアルミ製で、炸裂しても破片効果はない。殺傷能力は爆風だけだ。
 だが、それでも着弾すればすさまじい爆発音がする。
 それが、三発発射された。おそらく、これで弾切れだろう。
 三発は適当に散らばって落ち、攻撃としてはあまり効果的ではなかったが、黒魔族にとっては安全だと思っていた場所に、敵弾が届いたのだから動揺させる効果はあったようだ。
 明らかに戦列が乱れている。

 走行型ドラゴンが最前列に現れ、突撃体制になる。
 連中の目標はどこだ。南正面の精霊族の陣地か、それとも西側の鬼神族か、東のヒトの陣地だろうか。
 ヒトの陣地で間違いない。理由はヒトが無勢だから。
 黒魔族が一矢報いるとすれば、無勢なヒトを皆殺しにすることだ。この戦いの帰結は決まってしまった。
 黒魔族の負けだ。しかし、ここでヒトを潰せば、ソーヌ川・ローヌ川の川筋から南下できる。だから、黒魔族の後衛は、ロワール川東岸に出たのだ。

 俺よりも遙かに早く、由加はこのことに気付いた。
「黒魔族が来る。全周防御!」
 精霊族の陣地から、一五榴の砲弾がロワール川東岸に向かって発射される。我々の陣地の一五榴は、真北に砲口を向ける。
 三〇分ほどで、丘の周囲は黒魔族で埋まった。
 ガソリンが入ったドラム缶を丘から転がし落とす。それを銃で撃ち、火を付けて爆発させる。
 手榴弾、火炎瓶、手製爆弾など、ありったけの爆発物を投げ落とす。

 たった一〇〇〇人のヒトは一万の黒魔族と戦い、その南進を阻止した。
 精霊族の騎兵が駆けつけ、黒魔族を駆逐する。

 ヒトは誰もが呆然としている。
 勝ったし、人的被害も少ない。
 だが、こんな戦いは二度とご免だ。
 俺に年長の精霊族が何かを話しかけている。見ない顔だ。
 鬼神族の女性が俺を立ち上がらせようとしている。
 由加はどうした。
 丘の頂上を見上げると、由加が戦場を睥睨している。
 デュランダルが担架に乗せられて、どこかに連れて行かれる。
 俺は右手を見た。刀の柄を握ったままで、手から離れない。
 俺は震えていた。
 何体の黒魔族を斬ったのか、皆目わからない。俺のM14には弾倉が付いていない。どうも撃ちきったようだ。S&Wのビクトリーモデルがない。紛失したようだ。
 左手で、右手の指を一本ずつ広げ、刀を放させた。左手で刀を拾い、鞘を探した。鞘は足下に落ちていた。
 鞘を右手で拾おうとしたが、手の指は広がったままだ。刀を地面に置き、左手で鞘を腰に差す。右手に刀を握らせ、鞘に収める。右手の指は、自分の力では動かない。
 M14を左手で拾う。

 陣地内に黒魔族の死体はないが、陣地の外は彼らの死体が何層にもなっている。
 俺たちの弾切れ寸前で、黒魔族は引いたようだ。
 ヒトはどうにか、ソーヌ川・ローヌ川にいたる道筋を守り切ったようだ。
 我々の陣地を越えて南進した黒魔族は、精霊族の別働隊が阻止した。
 黒魔族に〝同胞〟という概念があるのかはわからないが、同族の屍を大量に残して、彼らの本隊は北に向かった。
 大幅な戦力を失っての退却だ。

 俺には、この戦いに勝ったという感覚がない。黒魔族はヒトを捕らえて奴隷にするそうだが、黒魔族に捕らえられたヒトは一切見ていない。
 それと、この戦いを戦争とするならば、戦争の前提となる経済的な利害関係が希薄なのだ。確かに黒魔族は労働力としてヒトを必要とするのだろうが、ヒトにとっての黒魔族は一切の価値のない動物だ。
 この戦いは戦争ではなく、同じニッチに生きる生物同士の生存を賭けた闘争だった。
 原初的な戦いだった。

 だが、精霊族や鬼神族には、ヒトの力の一端を示すことができた。
 その部分では意味があるかもしれない。

 黒魔族の屍は、野に晒されたままとなった。あまりにも数が多すぎて、処置ができないのだ。
 我々が撤収するためのルートが作られ、一隊、また一隊と準備の整ったグループから丘を降りていく。
 俺とデュランダルは負傷したが、他に重い怪我人と死者はいない。

 我々は四日間を費やして、プリュールに戻った。

 ちーちゃんとマーニは、毎日山荘のベランダ端の床に座り、足を投げ出して、手すりの隙間から北を眺めていた。
 由加が帰ってくるのを耐えて待っていた。

 車列が彼方に見えてから、ちーちゃんとマーニは飛び跳ねて到着を待った。
 ケンちゃんは珠月と手をつないで、車列に向かおうとしている。
 ワン太郎は金吾に抱かれている。チュールはベランダの階段を上ったり降りたり、忙しない。

 だが、OT‐64からデュランダルが担架に乗せられて降りてくると、喜びの雰囲気は一変する。
 俺が足を引きずって、OT‐64のから降りると、チュールが「僕につかまって」と肩を貸す。
 チュールに体重を預けることなどできず、足の傷が痛む。
 珠月が「ルサリィは?」と尋ね、俺は「ルサリィとトゥーレの消息はわからない。後方にいたはずなので、無事だと思う」と答える。

 デュランダルが診療所のベッドに寝ている。
 俺は、近くに置かれた椅子代わりの木箱に腰掛けている。
 能美に足を治療してもらうためだ。
 俺とデュランダルの二人だけだ。
 デュランダルが「ハンダ、どうする?」と尋ねる。
 俺は「これから似たような状況が続くと思う。もっと、守りやすい土地に移住しないと……」と言った。
 デュランダルは「でも、ここは中央平原よりもマシだよ。子供を白魔族に差し出さなくてすむ」と。
 そして「誰も死ななくてよかった」と。

 俺は由加と話し合った。
「ノイリンに移ろう」
「蛮族が造った星形要塞の?」
「あぁ、あそこならドラキュロの侵入を防げるし、蛮族や黒魔族の攻撃にも対処できる。
 それに、周辺の耕作地は広い」
「そうね。それがいい……」
 これが二人の話し合いのすべてだ。

 ルサリィは精霊族に送られて、俺たちが帰着した三日後、無事に戻ってきた。
 直後、ルサリィは大きな湯船に一人で入り、声を殺して泣いていたそうだ。

 トゥーレの消息は一か月を経てもわからなかったが、鬼神族の商人を通じて手紙が届いた。
 彼は鬼神族の街に滞在していて、西方の諸事情を調べてから戻るそうだ。

 今次合戦を経て、山荘の住人の一部は、プリュールを防御には不適な場所と認識した。
 そして、早期の移住を考えるようになっていく。
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