200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第2章

第三三話 移住

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 黒魔族との戦闘は、この世界がヒトに優しくないことを脳ではなく身体に教えてくれた。
 特に戦闘に参加したメンバーに。
 山荘住民だけの全体会議において、俺は「ノイリンへの移住を検討すべきだ」と主張した。
 場所はともかく、戦闘参加者のすべてが移住に賛同する。
 その反応に、片倉や能美が戸惑う。
 強い定住指向の斉木までも「プリュールでは危険だ」と主張し、「ノイリンという街をもっとよく調べるべきだ」と論を張る。
 デュランダルは「映像を見る限り、ノイリンのほうが圧倒的に安全だ」と主張し、中央平原出身者の意見をまとめようとする。

 移住の結論は出なかったが、ノイリンへの調査隊派遣は了承された。

 ノイリンの☆の出っ張りを除いた中心部の面積は、三平方キロもある。これは東京都千代田区の三分の一。ルミリー湖以北の総面積に匹敵する。水さえ何とかなれば、ノイリン内だけでも食料をまかなえる。
 実際、燃やされた農地と思われる一帯を見ている。

 金沢、ウィル、イアンは、燃料や食料を狙った襲撃を真剣に心配している。
 その噂が絶えず、捨て置くには危険すぎる状況になっている。
 斉木は、心底ではこの地を離れたくないようだが、先の合戦での体験と、そして三人の心配を杞憂とは思っていないことから、早期の移住に賛成している。

 相馬、斉木、片倉を中心に編制された、ノイリン第二次調査隊が帰還した。
 山荘の住人だけの全体会議は紛糾する。
 斉木の報告。
「ノイリンは、確かにいい場所だね。
 水のこと、飲料水と農業用水については、確かなことはわからなかったよ。
 井戸がいくつかあったけれど、川の近くなのに量は少ないようだ。
 なぜななのだろう?
 要塞内の耕作地は少なくて荒れているけれど、作物が燃やされただけだ。作付けは難しくない」
 片倉の報告。
「建物はすべて燃やされるか、破壊されている。
 ヒトがすぐに住めるような状態ではないけれど、近くに精霊族の街があって、そこには製材所があるの。建材には困らないと思う」
 相馬の報告。
「ドラゴンの火炎放射の凄さは、想像を絶するよ。街にはヒトの死体があったけれど、完全に炭化していた。
 ノイリンに住むにしても、飛翔型ドラゴン対策は必要だね。
 それと、我々だけでは人口が不足だよ。最低でも二〇〇人か三〇〇人くらいいないと守れない」
 俺の意見。
「危険は承知だが、半分をノイリンに送り、住居などの基盤を整え、その後に移住するのはどう?」
 由加が反対。
「危険よ。全員で移動が最善。中央平原や北方低層平原のキャンプ生活を思い出しましょう」
 ベルタも反対。
「戦力の分断は危険すぎるよ」
 デュランダルも反対。
「短期間で、一気に移動するほうがいい」
 ちーちゃんが不安を言う。
「このお家にはもう住めないの?」
 片倉が言う。
「この山荘は分解できる。移築しましょう。全員で速やかにノイリンに移住して、それから山荘に戻って、移築の準備をするのはどうかな?」
 珠月が「しばらくはテント生活ね」と言うと、ルサリィが「野宿よりはいいでしょ」と応じた。
 ハミルカルが「北方低層平原で放浪していたことと比べれば、僕たちは耐えられます」と答える。
 意見の大勢は、移住に傾いている。
 相馬が「移住に反対な人は?」と尋ね、誰も手を上げない。
 マルユッカが少し戸惑っているようだが、反対の挙手はしなかった。
 斉木が「いつ、移る?」と尋ね、デュランダルが「早いほうがいい」と答え、アンティが「俺とイサイアスの二人が先行し、受け入れ準備をする。できることは限られるけど、車庫が残っている一角を移住拠点にしたらどうだろう」と案を出す。
 俺が「軽トラを使ってくれ」と言うと、斉木が「それは困る。農作業があるし……」と言い、片倉が「ダンプもダメ」と断言する。
 結局、二人は装軌のBTR‐D装甲兵員輸送車で向かうことになった。
 二人は一〇歳代前半の二人を伴って、明日出発する。

 移住の計画は簡単ではない。艀を運航するクラウスや鍛冶を生業にするチェスラクのグループにも影響を与える。
 俺は決定事項ではないことを前提として、クラウスに「移住を考えている」と伝えた。
 彼の反応は意外で「当然だ。どこに行くつもりか?」と尋ねられ、俺は「ノイリンだ」と端的に答える。
 クラウスは「ロワール川の畔だな。船を牽引陸送するには戦車が必要だが、貸してくれるか?」と尋ねてきた。
 俺は「移住に協力してくれるなら、どんなことでも手伝うよ」と答える。

 チェスラクには「ノイリンに移住しようと考えている」と言った。
 彼が「蛮族の街か。すべて焼き尽くされたはずだが」と言い、俺はチェスラクの映像を見せた。
 チェスラクは「今回の戦いで、思い知らされたよ」と言い、俺が小首をかしげると、続けて「結局、街が脆弱すぎるんだ。もっと、人を集めないと、ヒトは全滅してしまう」と不安を口にする。
 そして、「あんたたちと一緒に行く。俺たちは……」と答えた。

 俺たちの移住計画が俺たちの中で顕在化する前に、ルミリー湖以南の農民たちはすでに移住を検討し始めていた。
 彼らは五集落全体で、移住の適地を探っていた。その中には、ノイリンもあった。

 プリュールでは、幸運に期待して生活しているようなものなのだ。たまたま黒魔族や蛮族の襲撃がなかったことで、生き延びてこられただけ。
 黒魔族や蛮族に比べたら、コミュニケーションが可能な北の伯爵など脅威のうちに入らない。
 土地に縛られる農民に移住を決断させるほど、恐ろしい戦いであった。

 俺は五集落の合同会議に出席した。そこで、移住について話をした。
「ここでは、黒魔族や蛮族の攻撃を防ぎきれない。
 我々はノイリンへの移住を検討している」と言った。
 場が静まりかえる。
 俺は非難の嵐を覚悟していた。
 だが、発言の多くはノイリンについてだった。
「周囲の土地は肥えているか」
「水は確保できるか」
「プリュールと比べて、気候はどうか」
 最長老が「春の小麦は新天地に蒔きたい」と言い、村長〈むらおさ〉二人が賛同する。長老の一人は、「春蒔き小麦の作付けをどうするか、秋蒔き小麦の収穫をどうするか、問題はこの二つだけだ。
 最近まで、野糞をたれていたんだから……」と言った。
 彼らも移住に反対ではないようだ。もちろん、この地に残る家族はいるだろう。現実を見ない頑迷な人間は、いつの時代、どんな場所にもいる。
 だが、多くは移住に賛成と言うことだ。
 彼らもノイリンに調査隊を派遣するという。農民には、我々以上に時間がなかった。

 アンティが報告に戻り、直後に俺に話しかけた。立ち話だ。
「井戸の水不足は、井戸が埋まったんだ。砂を掻き出せば、水位は戻るよ」
「そうか、朗報だ」
「ノイリンは一〇〇〇人規模の街だと聞いたけど、それはないね。
 家屋の数から判断すると、焼かれる直前は500人もいなかったんじゃないかな?」
「あぁ、それは何となくわかるよ。
 焼かれた街は小さかった」
「街人は徐々に減ったんじゃないかな」
「理由は?」
「たぶん、水不足」
「井戸は掘らなかった?」
「ノイリンは蛮族が造ったのではなくて、別の民の街を蛮族が奪ったんじゃないかな」
「なぜ、そう思う?」
「中央平原にいた頃、密造酒仲間から聞いたことがあるんだ。
 西には〝星の民〟がいるって。
 星の形をした土地に住んでいるそうだ。
 何百年も前に生まれた伝説だ」
「ノイリンがそうだと?」
「いや、ノイリンだけじゃないのかもしれない。
 ノイリンにやって来た精霊族の商人から聞いたんだが、精霊族や鬼神族の街にも星形があるそうだ。
 その精霊族は『偉大な種族の遺産だ』と言っていた」
「偉大な種族か?」
「あぁ。
 それと、五集落の調査隊は、☆の真ん中を農地にしたいらしい」
「じゃぁ、どこに住むんだ?」
「☆の出っ張りだとさ」
「まぁ、いいけど」
「それと、わかったことがあるんだ。
 あの濠は内堀だよ。外堀があったんだ。あの星形の土地は、もっと広大なんだ。
 外堀の大半は残っているけど、所々で埋まっている。それが細長い池のように見えるんだ。
 掘れば石垣が出てくると思う」
「総面積は?」
「想像さえできないよ」
「俺たちが見たのは、星形をした城の内郭だった?」
「あぁ、間違いない。外郭があるんだ。
 麦畑は、その外郭に作られていたんだ」
「外郭まで広げる?」
「いや、それはすぐにはできないよ」
「そうだな」

 アンティの「ノイリンには外郭がある」という報告は、我々に衝撃を与えた。
 ノイリンの正体は、巨大なヴォーバン式星形要塞だった。
 それと、ルミリー湖以南に移住していた旧ヴェンツェル出身者のグループも移住に加わりたいとの申し出があった。
 この件で久々にヴァリオに会ったが、彼は一時期に比べれば精気を取り戻している。
 我々の工場や農地で働いてくれているルミリー湖以北の人たちは、多くが移住に参加するという。
 一〇〇〇人規模に達するかもしれない。大変な人数になりそうだ。
 一つ一つのグループは小さいのだが、参加を表明するグループの数が多いのだ。

 五集落グループは、星形中心部の耕作地化をあっさりと取り下げた。
 まぁ、もともと無理のある案なのだが、外郭があることがわかり、その外郭が耕作地になっていることから、外郭の一部を修理すれば、安全で広大な麦畑を獲得できると判断したようだ。

 ノイリン移住計画が顕在化した一〇日後、ノイリンには五〇人近くが常駐している。
 各グループが、調査のために差し向けた人々だ。
 山荘にも増派の意見がある。片倉と斉木が志願している。

 ノイリンは精霊族の領域内にある。精霊族には領土という概念が希薄で、彼らの領域に異種族が住んでいても気にしない。
 その点では我々は有利だし、我々も精霊族と事を構えたくない。ヒトの経済は小さく、精霊族や鬼神族と関わらないと、生存の維持ができない。
 彼らが排他的でないことは、ヒトの生存にとって幸運としか言いようがない。
 精霊族の街間をつなぐ道路事情はいい。中央平原よりも整備されている。
 そのため、陸路を使う場合、プリュールからギボンに向かうより、ノイリンからのほうが、実走行距離は若干長いが時間距離は短い。他の街にもアクセスがいい。
 ロワール川を遡上して、ギボンに向かう方法もある。
 アリエ川上流方面に向かうには、ロワール川の渡河が障害になるが、クラウスのグループが移住すれば、この問題は解決する。

 問題は、我々の世界での名だが、ソーヌ川とロワール川間の舟艇陸送だ。直線で五〇キロもの距離がある。ソーヌ川は北から南に流れ、ロワール川は南から北に流れる。両河川に連絡する流路はない。

 片倉と相馬がノイリンに派遣されることになった。
 二人は、雨露と風をしのげる一時的な家屋を建設する。
 この一帯は草原地帯で、森林は少ない。だが、アリエ川とロワール川に挟まれた丘陵地帯の南側には広大な森林があり、木材は精霊族から調達できる。

 ノイリンで唯一残る建造物である四棟の車庫は、臨時の宿舎になっている。
 車庫内の残骸は、アンティとイサイアスが牽引で引っ張り出した。
 各グループは、この車庫を拠点にそれぞれの調査を行っている。
 五集落の調査隊は、耕作地を定めたようだ。チェスラクの鍛冶グループは、移住の準備に入った。彼らは鍛冶の村がドラゴンに襲われた際、多くの機材を失っていて、比較的身軽だ。

 クラウスのグループは、盛んにローヌ川下流の地形を調べている。
 下流のほうが、ローヌ川とロワール川の距離が短いのだ。
 この付近は両河川間に丘陵地帯が横たわるが、彼らは森林を避けた平坦なルートを探している。
 舟艇二艇のうち、一艇をロワール川に移送し、河川利用によって物資の移動を容易にしようという計画だ。

 金沢とウィルは、チャーフィー軽戦車の修理・再改造に着手している。重量バランスの悪さと、機械的信頼性の低さを解消するという。
 エンジンの取り付け位置を変更するらしい。クラウスたちの舟艇を牽引・陸送するには、この戦車が必要だ。
 そのための修理でもある。
 FV601サラディン改は、すでに完成している。車体重量が〇・二トン増え、エンジンのパワーが原型より二〇馬力下がったが、意外なほど軽快だ。
 エンジンが四気筒になり、重量は想定よりも増えなかったからだろう。
 サラディンのステアリングホイールは、車体の前部装甲の傾斜に沿って取り付けられていて、ハンドルの下側が奥、上側が手前という通常とは真逆の不自然で奇妙な傾きになっている。
 そこで、車体上部が大幅な形状変更となったことから、ハンドルを乗用車的な配置にして、操縦をしやすくする。操縦席周りのスペースも増えたので圧迫感がやや減っている。
 改造に必要な多くの部品は、ダブルキャブからの流用だ。エンジンとトランスミッションもダブルキャブから受け継いだ。
 武装は、エリコンKAD二〇ミリ機関砲になった。砲塔は新造だ。

 クラウスの舟艇は、全長一五メートル、全幅四メートルもある。
 この船を陸送するための巨大なトレーラーを作っている。
 木製の梯子形フレームに四輪のゴムタイヤを付ける簡単な構造だが、この台車にどうやって積むのかが最大の問題だった。
 重すぎて、八トン車のクレーンは使えない。戦車で引っ張って、台車に揚げる以外の方法はなさそうだ。
 それと、全幅五メートル以上の道をどうするのか?
 そんなルートが存在するのか、それも問題だ。

 我々の移住計画は、精霊族と鬼神族は早期にとらえていたようだ。
 精霊族と鬼神族の合同使者が、山荘にやって来た。
 俺と斉木が応対する。
「皆さんがノイリンに移るという情報があります。本当ですか?」
 若い精霊族使者の質問は単刀直入だった。
 斉木が「その計画があることは事実です。ですが、まだ調査中です」と答えると、鬼神族の使者が「それはよいこと。我らと川で通商できるのですね」と応じる。
 精霊族の使者は、「ヒトは川を下るとは一言も言っていません。川を遡り、我らと通商されることを望みます」と言う。
 鬼神族の使者は、「ヒトは川を下り我らと通商し、我らは川を遡り、貴殿たちの街に赴こう」と言った。
 くだらぬ商売のさや当てだ。
 俺は、この時までロワール川がこの一帯における最重要交易路であることを知らなかった。
 精霊族と鬼神族の使者は、我々が防衛のために移住を計画しているのではなく、通商のためにロワール川沿岸への進出を決断しようとしていると誤解していた。
 斉木が驚いた顔で俺を見る。俺も驚いている。
 精霊族と鬼神族の使者は、延々と川を下るか、遡るかを議論している。
 我々は意図せず、新たな未来を手にしたのかもしれない。

 ルミリー湖以北の住民のうち、旧ヴェンツェル出身者は過去、哀れな移住者である我々を見下していた。
 実際は恐れているのかもしれない。虚勢にも思えるのだが、露骨な侮りの態度をいまでも見せる。
 だが、我々が去れば、ここは盗賊や蛮族の餌食になる。
 彼らはそのことを、よく理解している。
 それでも、絶対に自分たちから同行したいとは言わない。それが、彼らのプライドなのだ。

 一時的にエスコー川(ソーヌ川・ローヌ川)の東岸に避難していた人々のうち、住居を破壊・焼失された人々の中から移住に参加したい旨の問い合わせがあった。
 彼らは、すぐにでも移住したいという。
 調整すべきことが多く、簡単には決められない。

 驚くことに蛮族もやって来た。フルギア系とは別の部族の人たちだそうで、部族民を守るために移住に参加したいそうだ。
 彼らは、精霊を信仰する多神教の民で、我々〝異教徒〟とも共存できると主張している。
 これも頭が痛くなる問題だ。

 ノイリンに精霊族と鬼神族の使者が現れ、通商の窓口を作ってしまった。

 クラウスたちは、ついに舟艇を陸送するためのルートを見つけた。
 現在地の四キロ下流で上陸し、なだらかな丘陵地帯を五〇キロ南西方向に進み、ロワール川に至るルートだ。
 このルートには、途中から精霊族の道がある。しかし、その道は使えない。道幅が狭いことと、急な傾斜がある。
 クラウスたちが設定したルートは、起伏のなだらかな地形で、湖沼、小河川、湿地、森をなるべく避け、船を牽いて五〇キロ移動できる絶妙なルートだ。
 舟艇は巨大なトレーラーに積まれ、チャーフィー軽戦車で牽引する。

 木造船である舟艇は数日前から陸揚げされて、太陽光で乾燥している。こうすれば、かなりの重量を軽減できる。
 積み込みは、木製の傾斜台に舟艇を載せることから始まった。
 スクリュープロペラを外された平底の舟艇が、鎖でチャーフィー軽戦車に牽引されて、ゆっくりと傾斜台を上っていく。
 傾斜台の水平部分に載せられた舟艇は、さらに水平に引かれ、トレーラーに積まれる。

 この大作業は、周辺住民の関心を引いた。チャーフィー軽戦車が、巨大トレーラーを牽引すると、ヒトだけではなく、精霊族や鬼神族も興味を示すようになる。

 戦車に引かれる巨大なトレーラーに積まれた河川舟艇は、時速二キロで木製のシャーシフレームを軋ませながら、ロワール川を目指す。
 船を陸に揚げて、車輌で牽引し、移送するという奇想天外なヒトの作業を、精霊族と鬼神族は心底驚いたらしい。

 俺がチャーフィー軽戦車を操縦し、相馬が砲身を後方に向けた砲塔に乗って、トレーラーを左右に傾斜させないよう慎重に進む。
 日の出から日没まで移動して、一日二〇キロが限界だが、この速度なら三日でロワール川に到達できる。
 前方偵察と護衛にサラディン改がつく。作業員を乗せた二トンダンプも同行する。作業員には五集落からも参加している。
 この舟艇移送が成功すれば、移住計画は飛躍的な前進となる。

 三日目の午後遅く、舟艇はロワール川に到達。
 陸上でスクリュープロペラが取り付けられる。
 そして、ゆっくりと台車ごと川面に入れられ、その艇体を浮かせた。
 艇体が台車から離れ、長い鎖でつながれた台車はチャーフィー軽戦車で牽引されて、再び陸に揚げられた。
 舟艇は北に七キロ移動し、ここが荷の積み卸しの基地になる。この付近は精霊族の支配下にあり、治安はいい。

 最初の舟艇の荷は、五集落の半装軌車一輌だった。
 これを決起に、移住計画は加速していく。

 山荘の解体移築について、ルミリー湖以南の移住派旧ヴェンツェル住民は同意してくれたが、以北の残留派からは拒否された。
 ある程度予期してはいたが、子供たちは悲しんだ。
 ただ、片倉は、建設資材を精霊族から調達できる目処を付けており、心配ないとしている。
 また、片倉は、ノイリン中心部地下には下水道等の施設・設備が残っており、復旧すれば使えると結論している。
 上水道は地下水に頼っており、釣瓶による汲み上げをしていたようだ。
 ヒト、精霊族、鬼神族は、飲料水や農業用水の汲み上げにケロシン・エンジンを使用しており、この点では蛮族は遅れている。
 また、彼らは一切の動力を製造していないようで、必要な場合はヒト、精霊族、鬼神族のいずれかから購入しているらしい。

 意見の対立もある。農民たちは耕作地の近くに住居建設を希望し、☆の出っ張りを居住地にしたい。
 鍛冶を営むチェスラクのグループも、中心部よりも外縁部を希望している。
 しかし、防衛を考えれば、住居は☆の中心に集めたほうがいい。

 ホイールローダとミニショベルを移送したので、相馬の指揮で古い街の撤去作業が始まる。

 五集落合同の偵察隊は、新たな陸路を啓開した。道はないが、装軌車や半装軌車ならば移動できる。この陸路を北回りルート、ロワール川を下る水路ルートを南回りルートと呼んだ。

 ノイリンには広大な耕作可能地があり、その割り振りがまた大変だ。
 耕作地の割り振りには、すべてのグループが参加している。我々の代表は斉木だが、各グループともなかなかに手強い。
 当然なことで、死活問題に直結する事案だからだ。

 木造巨大トレーラーは、本来の目的以外でも使われた。
 双発輸送機スカイバンの移送だ。
 当然だが、ノイリンには滑走路がない。この機体をどこに保管すればいいのか。これも問題だ。
 内郭には滑走路は作れないが、外郭ならば一五〇〇メートル級を余裕で用意できる。しかし、飛行できるようになるまでは、内郭に保管したい。

 片倉は、この飛行機を格納していた巨大プレハブに目を付けた。
 クラウスたちが最初に定住し、後に放棄した森林内の村にある。
 片倉の指揮で解体が始まると、クラウスと一緒に移住してきたという男数人が現れた。そして、クラウスたちと押し問答になる。
 倉庫建屋と飛行機に対する所有権の問題だ。
 俺はクラウスを見ていた。彼は穏やかな男で、声を荒げたことさえない。
 その彼がG3を空に向けて連射し、銃口を男たちに向けた。彼の顔は引き金を引きたがっている。それを、自制心でどうにか思いとどまっている。
 わずかなきっかけで、クラウスは撃つ。
 それほどの怒りを、クラウスは彼らに対して抱いていると言うことだ。襲撃された際に誰かが死んだのだ。
 クラウスの子か?
 俺がM14を構える素振りを示し、他のグループの協力者たちも戦う構えを示すと、男たちは去った。
 会話はドイツ語で、意味はわからない。何が正しく、何が間違いなのかはわからない。
 しかし、このプレハブ倉庫は必要だ。

 大型の住居を建設するには、どんなに短縮しても三か月の工期が必要。
 車輌が移動し、物資を移送し、山荘の人数が減れば、盗賊や蛮族の襲撃は避けられない。
 そんな危険な場所に子供たちを置いておけない。
 子供たちこそ、真っ先に移動させるべきだ。
 片倉はそのことをよく理解していた。
 彼女が出した結論は、木造のユニットハウスだった。横五メートル、縦七・五メートルの木製の窓とドアのある箱をつなげていくという工法だ。一室四人とすれば、一五箱作れば六〇人が雨露をしのげる。そして、一定期間生活できる。
 ☆の一部には立派な石組みの礎石が残っており、ここに設置すれば土台を作る必要はない。

 下水道を復旧し、井戸を掘り下げる前に、全員の移住を真剣に考えなくてはならなくなった。
 我々の移住が噂になり、その虚を突こうとするかのようなヒトの動きがある。
 鍛冶のチェスラクたちが真っ先に移住し、クラウスのグループは女性と子供をノイリンに送る。FUMO汎用作業車は、一輌を残しただけだ。ヴィーゼル1と2も移動した。
 我々は、傷の癒えきっていないデュランダルや医療班、通信班、そして子供たちを先行移住させた。
 準備はまったく整っておらず、前進基地となっている車庫が残る広場にテントや木造ユニットハウスのコンポーネントを置いて、急場を凌ぐしかなかった。
 山荘の男たちは、トラックを総動員して、藻の培養タンクを運び出す。巨大なザルや遠心分離器、製油設備などもごく短期間で運び出さなくてはならない。
 アンティの密造酒工場の機材は、その後になる。
 さらにその後、食用油の製造設備を運び出す手はずになっている。

 農民グループは数人の武装監視を除いて、全員が移住した。春から夏にかけて収穫する小麦は、彼らが守る。天候にもよるが、あと一か月頑張れば収穫できる。
 移住先では、面積は狭いが春蒔き小麦の作付けをしている。

 輸送機スカイバンの移送は、舟艇を使い夜間に決行した。エスコー川を二〇キロ遡上し、その後は北回り陸路でノイリンを目指した。南回り水路を使わなかった理由は、盗賊の襲撃を警戒したからだ。
 サラディン改とシミター偵察戦闘車で護衛し、舟艇移送用の台車とトラック二輌で決行した。

 藻の培養装置と精油装置は、すべてを移送できた。
 アンティの密造酒製造の道具も、発酵タンクを含めて持ち出した。
 だが、食用油の製造に必要な設備は、一部を遺棄しなければならなかった。

 移住作業末期になると、プリュールにいろいろな勢力が侵入してきて、危険を感じさせる事態が起きつつある。
 山荘の近くまで、ウマに乗った盗賊なのか、どこかの兵なのかわからない一団が現れるようになる。
 旧ヴェンツェルのルミリー湖以北の残留派住民は、この頃には、逃げ出すか、殺されている。山荘の解体移築を許可しなかった時点で、彼らにはノイリンへの移住という選択肢がなくなっている。
 逃げるとしても、森に隠れ、動物のように暮らす以外、生きる術はない。
 気の毒だとは思うが、彼らが選んだ道だ。彼らが自分で決めたことなのだ。

 移住を希望していた蛮族は、度重なる協議の結果、受け入れることになった。耕作地の配分も平等にするそうだ。
 斉木が相当に頑張ったらしい。
 そもそも蛮族と呼んではいるが、裸で弓矢と槍を持っているわけではない。
 男の正装は、ウール製のチェック柄のズボンと厚手のシャツ、そのシャツの上に長いマフラーのようなウールの布をたすき掛けをする。頭には、大ぶりなベレー帽のような帽子を被る。
 シャツの色や柄はいろいろ。
 男はひげを蓄えていて、ちょっと強面だが、礼儀正しい。契約の概念があるし、約定を守る習慣もある。
 通訳を除くと、言葉が通じない。これは不便きわまりない。
 彼らの文化は中世的だ。医療は、呪術師が薬草を用い、祈祷する。悪魔や魔法を信じているし、呪詛で人を殺せると思っている。
 科学の概念は希薄というより、ほとんどない。トラブルの危険は、このあたりに潜んでいそうだ。

 山荘に最後まで残ったのは、俺、相馬、金吾、イサイアス、ウィル、ハミルカルの六人だ。
 最後の後始末で、持ち出せない物資を燃やしている。残っている圧縮乾燥した藻は、ここで全部燃やす。
 一切の痕跡を残さず、立ち去るつもりだ。
 車輌は、チャーフィーとスコーピオンの両軽戦車が残る。
 エスコー川に浮かぶ舟艇をトレーラーに載せて、ロワール川に移送すれば、すべての移住計画が完了する。
 クラウスたちは、空荷のFUMOを一輌残しているだけだ。賢明な判断だ。

 相馬が残った何かを燃やしている。
 俺が「まだかかりそうか?」と尋ねると、彼は「いやもう少し。こいつが燃えてしまえば、もう何もないですよ。火を消せば終わりです」と言った。
 俺は、「見落としがないか、見回ってくる」とその場を離れる。
 クラウスと彼の息子は、G3を持ってFUMOの近くにいる。
 俺はクラウスに、「先に対岸に移動してほしい」と告げた。クラウスが頷き、息子とFUMOに乗る。
 イサイアスは、ハミルカルと湖を調べに行った。
 金吾とウィルは、それぞれに割り当てられた戦車の砲塔に乗り、周囲を警戒している。
 山荘の中、そして掩体、その他周囲の建物を見回る。
 もう、何も残っていない。
 舟艇が離岸し、対岸に渡るエンジン音が聞こえる。
 あと二回、川を渡れば、もう戻っては来ない。
 農民たちはもう少し、麦の収穫が終わるまで粘るらしい。
 彼らは身を隠して、麦畑を守っている。偽装は巧妙で、見つけることはほぼ不可能だ。
 金吾が俺を呼び、北東を指さす。
 それを見たウィルが、砲塔上のブレン軽機関銃を構える。金吾も同じ行動をとり、俺は相馬に「蛮族だ」と叫ぶ。
 相馬がスコーピオンに向かって走り、俺はチャーフィーの操縦席に潜り込む。
 ウマに乗った蛮族は、約二〇騎。全騎抜刀している。滑稽だが、これがフルギア系蛮族だ。原始人とは言わないが、古代人と大差ない。
 スコーピオンが動き出し、砲塔のハッチが閉まる。俺はスコーピオンを追う。
 スコーピオンが同軸機銃を発射し、半数が落馬。機関銃の銃声を聞いたイサイアスが、山荘を遮蔽物に小銃を撃つ。ハミルカルは山荘の裏手に身を隠す。
 フルギア系蛮族の兵士は、襲いはしたが、反撃されて簡単に逃げ出した。
 ウマを失い走って逃げる後ろ姿は、哀れでもある。だからといって、侮れない。
 彼らは我々を殺しに来たのだ。
 マルヌ川河畔まで追い、襲撃者を追い詰めた。指揮官らしい男が、スコーピオンに斬激を加えようとしている。
 金吾が砲塔のハッチを開けて、拳銃で射殺する。蛮族が何かを叫んでいるが、言葉を解せない。だが、罵倒であることはわかる。
 金吾が砲塔上のブレン軽機関銃を発射する。
 数秒ですべてが終わった。

 スコーピオンとチャーフィーは、エスコー川河畔に急ぐ、途中で廃棄物資の炎を消し、完全な消火を確認してから、スコーピオンから舟艇に乗る。
 舟艇は対岸に渡り、戻ってくる。チャーフィーの重量は一八トンを超えるが、この木造船は搭載できる。頑丈な船だ。

 すでに一艇をロワール川に移送しているが、前回の経験がそのまま生きるわけではない。この陸に揚げれば巨大と言える構造物を、五〇キロも移送することは簡単なことではない。
 しかも、前回は周辺地域に対して、突然であったが、今回は広く知られている。
 きっと、見物人もいる。盗賊や蛮族の襲撃も予測している。

 想像通り、たくさんの見物人に見られながら、舟艇を陸に揚げ、台車に載せ、チャーフィー軽戦車で牽引を始めるまで、イベントごとに拍手やヤジが起こる。
 道中も同じだった。大勢の見物人が、ルートを埋め尽くしている。ヒト、精霊族、鬼神族、そしてどの系列かはわからないが蛮族らしき人々もいる。
 船が陸を進むという、前代未聞の出来事を一目見ようと集まってくるようだ。
 当然、商機と判断して物売りもやって来る。夜は盛大な焚き火に、酒売り。酒となれば、肴を売る屋台も出る。
 お祭り騒ぎの四日間だった。
 見物人が多すぎて進路が塞がれ、四日もかかったのだ。

 それでも、見物人のおかげで、銃を撃つことがなかった。この点は感謝したい。
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