200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第2章

第三四話 高騰

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 ノイリンは広大な要塞で、周辺の耕作可能地も多く、魅力のある土地だ。
 移住したグループは五つ。
 ルミリー湖以北に居住していた人々の一部。
 ルミリー湖以南で農業を営んでいた人々。
 エスコー川東岸に避難していた人々の一部。
 エスコー川南部西岸居住の商工業者の一部。
 トラベサス系トラブゾン人のほぼ全部。
 トラブゾン人は、いわゆる蛮族なのだが、フルギア系とは全くの別系統らしい。東方から移住してきた人々で、黒魔族との戦闘によって壊滅的な損害を出していた。
 単独での生き残りは無理と判断し、我々異教徒との共存を決めたようだ。
 ただ、他のトラベサス系の人々とではなく、なぜ我々を選んだのか、それははっきりしない。ただ、他のトラベサス系の人々と、何らかの確執があることは事実のようだ。
 エスコー川(ソーヌ川・ローヌ川)西岸の商工業者の多くは、精霊族が〝お得意様〟であり、ロワール川河畔のほうが商売がしやすい。
 このグループは、明確に損得勘定だ。
 それと、精霊族や鬼神族の駐在員も恒久的家屋を建設して、ノイリンに住むそうだ。

 片倉は建設資材の高騰に頭を抱えている。移住を完遂するのに三か月を要したが、その期間で新たな住居は建設できなかった。
 アンティやイサイアスは、山荘の移築を主張している。
 ヴァリオのグループは、我々と行動を共にすることになった。チェスラクとクラウスのグループもだ。トラブゾン人50人は、我々のお隣さんになった。
 ヴァリオは、我々の中核的施設として山荘の移築を進言している。
 確かに、いまとなっては反対・妨害する所有権者なんて存在しない。蛮族や盗賊にくれてやるなら、我々が使いたい。
 だが、それは無理だった。
 ルミリー湖以南の農地で麦の刈り入れが終わると同時に、エスコー川西岸から東岸に一時避難していた人々の一部が、あの地に移住を始めたのだ。
 山荘を移築するには、一戦を覚悟しなければならない雰囲気だ。
 そんなことをする必要はない。

 五つのグループは、それぞれ農地に近い☆の出っ張りを拠点にした。我々は、最北の出っ張りで、例の車庫四棟が残る場所だ。
 片倉はここにログハウス風の大型家屋を建設しているのだが、資材不足でまったくはかどっていない。山荘と同様に北翼と南翼があるが、建物の正面となる中央部の建材がどうにかなりそうな状態に留まっている。

 俺はこの状況に危機感を感じていた。
 確実なことがある。数か月後には、寒い冬がやって来る。
 いまのうちに手を打たないと、悲惨なことになる。

 斉木とウィルは、早々に藻の生産と採油を再開した。まだ規模は小さいが、バイオ燃料は作っている。

 俺は、斉木、相馬、デュランダルに「北方低層平原で物資を探さないか?」と問うた。
 立ち話だ。
 三人とも、それを考えていたそうだ。デュランダルがディーノを呼びに行った。
 ロワール川を望む石垣の上で、五人の男が沈黙している。
 ディーノは「確かに建設用の物資、組み立て式の建物があるはずなんだ。それと、巨大なテント。頑丈な骨組みで、厚いシートで覆う……」と言い、斉木が「それがどこにあるのか、だね」と応じ、ディーノが「ないのかもしれない」と答える。
 相馬が「例の回収グループの存在ですか」と尋ね、ディーノが頷く。
 俺が「それでも、この状況を何とかするには、尋常な方法では無理だ」と言ったが、ディーノは「もう、ないんじゃないかな」と断じる。
 その可能性はある。誰かに回収された可能性は否定できない。
 斉木が「車輌が確実にある南西を重点的に調べたらどうかな。車輌だけでも確保したいし、小型でもトラックがあれば何か積んでいるでしょ」と言うが、デュランダルは「それじゃダメですよ。今回は、やはり建物になる何かを見つけないと」と意見する。
 その通りだ。片倉が完成させたのは、ショート・スカイバンが格納されていた倉庫だけなのだ。倉庫に入れたスカイバンの胴体は、子供たちの学校に使っている。
 雨が降れば、大人たちはこの倉庫内で惰眠をむさぼる。

 この時期、片倉は木造を諦め、煉瓦による建築を考え始めていた。精霊族は橋梁の建設など土木の分野で焼成煉瓦を多用しており、現状ではこの需要が少ないことから入手は容易だと確信していた。
 俺たちは、それを知らなかった。

 おじさん五人が頭の回らぬ相談をしていると、片倉がやって来た。
「どうしたのですか?」
 彼女の問いに、全員が口ごもる。こういう時は俺が話すしかない。実際、男四人は俺を見ている。
「いや、ちょっと相談していたんだ」
「私も相談があります」
「どんなこと?」
「いまのノイリンは建設ラッシュで、木材が手に入りません」
「そのようですね」
「入手している木材では、建物の中央部分しか造れないんです。
 で、考えたんです。いまあるユニットハウスを利用しようかなと」
「ユニットハウスって、木製のプレハブ小屋のことですね」
「そうですね。プレハブの概念が間違っていますけど!」
 彼女はそう言ってから、地面に間隔を開けて四角を八個描いた。
 その横にも並べて間隔を開けた四角を七個描く。二番目の列は三個描き、四角二つ分の間隔が開いてから四つ描いた。
「この四角がユニットハウスです。ハウスとハウスの間隔は七・五メートル、つまりユニットハウスの長辺の長さと同じです。
 このユニットハウスが構造強度の核になります。
 ユニットハウス間をカスガイでつなぎ、そこに煉瓦で外壁を造ります。
 建物の長辺は、一一二・五メートル。
 短辺、建物の幅ですが、一四メートル。
 巨大な平屋の集合住宅です。
 これに屋根を被せれば、できあがりです。大きな三角屋根を付ければ、屋根裏が造れます。
 集会場や食堂は、別途考えましょう。
 煉瓦の部屋の一部は、調理室やトイレになります。
 一〇〇人は余裕で住めるし、煉瓦を除けば現在の資材で造れます。
 心配は屋根材だけです」
 相馬が尋ねる。
「四角二つ分あいていますが、そこが入り口になるんですか?」
「その通りです。ここは煉瓦を積んで造ります」
 斉木が「東向きですよね。西向きの部屋は子供部屋でいいか?」と言い、全員が笑う。
 デュランダルが「で、カタクラは私たちに何を望む?」と尋ね、片倉が微笑む。
「大量の煉瓦を輸送しなければならないし、コンクリートも必要です。
 建設作業に適した頑丈なトラック、できれば三トンか五トン級のダンプ。パワーショベル、クレーン、ホイールローダー。その他何でも」
 斉木が「あるとすれば、例の場所しかない」と言い、相馬が「やはりあそこか」と呟いた。
 ディーノが「建設機械は多かったですよ」と言い、斉木が「ついでに本物のトラクターを見つけたいよ」と言った。

 全体会議は、かなりの盛り上がりとなった。
 金沢が「僕も行きます」と名乗り出て、クラウスも「私たちも協力したい」と申し出てくれた。
 金沢とクラウスを含めた七人で向かうことにした。
 車輌は、AX‐180六輪装甲車とBTR‐80八輪装甲車だ。浮航ができることと、牽引力があることが決め手だった。
 この行動で、正真正銘の軽油を使い切る。残りはバイオ燃料だけだ。

 夜、由加と二人になると、彼女は北方低層平原行きを反対した。
 機材と車輌の不足は理解しているが、「危険よ」と。
 翌朝、チュールに「行かないで」と言われる。
 暖かい時期の北方低層平原は、危険な場所だ。それは、承知している。ドラキュロと戦わずにすむとは思っていない。
 可能な限りの装備で向かう。全員がAK‐47系列を装備する。RPK軽機関銃も持っていく。この系列の銃が対ドラキュロ戦に最も適している。

 片倉は、もともとあった石組みの土台、古〈いにしえ〉の土台に木枠を組み、その上に木製ユニットハウスを置いていく。
 片倉が調達した木材は、同一規格の長辺が短辺の倍ある幅広の角材で、彼女はこの一種類ですべての工作を成し遂げている。

 冬になる前に完成させないと、春を迎えられない。

 精霊族と鬼神族は、要塞の中心部に商館をほぼ完成させている。
 農民たちは元の家を移築して、急務の用とした。他の移住者も同じだ。
 だが、俺たちは、この点は上手くいっていない。この土地に不慣れであることを露呈している。
 精霊族の材木商は、我々が高騰している建材を高値で買うと考えている。そうする以外に対処の方法がないからだ。
 代金は、今後生産するはずの燃料の引き渡しを要求されている。後払いなので、ここでも割高になる。

 ノイリンから北方低層平原の北辺まで、実走行距離で三〇〇キロある。高速道路を三〇〇キロではない。まったくの不整地を三〇〇キロ走るのだ。
 だが、何度か行っているので、おおよその状況を把握している。未知の旅ではない。
 往路に四から五日、復路は物資を獲得した場合は一〇日と見積もっている。
 二〇日ほど、ノイリンを留守にする。男七人がいなくなるとなれば、何らかのトラブルを誘発するかもしれない。
 だが、七人のうち一人を除いて、勇者ではない。デュランダルの存在は暴力の抑止になるだろうが、他の六人はそうではない。
 金沢は外見上、強そうではない。暴力の抑止に必要なことは、強いことよりも、強そうなことなのだ。
 で、七人がいなくても大過ないだろう、が七人の統一した意見だった。
 そして、我々の家の建設は継続されているし、煉瓦の一部は要塞内に残る石組みを利用した窯で焼かれることも決まった。燃料は無尽蔵とも言える圧縮成形乾燥させた藻だ。
 実験では、きれいな赤の煉瓦が作れた。煉瓦の赤は、土に含まれる酸化鉄の色だ。
 我々が煉瓦を焼けば、むやみな価格高騰を防ぐことができる。精霊族の商人は、我々が金持ちだと思っている。
 そんなことはない。物資の枯渇を日々心配している、哀れな移住者だ。

 真夏の北方低層平原は、北端までドラキュロで満たされていた。個体数が多い。これほどのドラキュロの密度を見たことがない。
 怖気が振るう、とはまさにこのことだ。
 全員が黙り込む。
 ドラキュロを無視して、西に急ぐ。彼らに顔を見られなければ、襲ってはこない。全員が奇妙なかぶり物を持たされている。真夏なので、汗でずぶ濡れになる。

 西端の村跡に向かう。かつては姿を見なかったドラキュロで満たされている。
 とても、車外に出る勇気が出ない。
 助手席の斉木が「南に向かおう」と言った。北には向かえない。北は氷河湖だ。
 ゆっくりと走りながら、真南ではなく、やや東寄りに進む。
 BTR‐80八輪装甲車の起倒式無線アンテナの先端に取り付けたデジカムで、周囲を撮影する。
 車体を動かして、カメラの方向を変える。アンテナが揺れ、映像が安定しないが、やや南にトラックがある。
 トランシーバーでXA‐180六輪装甲車に「南にトラックがある」と告げる。

 トラックは左右のドアが閉まっていて、荷台にはディーゼル発電機が積まれている。
 後方から相馬が「トラックじゃないですね」と言い、金沢が「ダンプですかね」と答える。
 イヴェコ・ユーロカーゴの四駆らしい。車体サイズから、三トンから五トン積みのようだ。砂埃にまみれたディーゼル発電機しか積んでいない。
 左右のドアと窓は閉まっている。車体は左にやや傾いている。
 片倉が喜びそうな獲物だが、ドラキュロがうろついていて車外に出ることを躊躇わせる。
 XA‐180からデュランダルが「私が出よう」と無線が入る。
 斉木が「無意味な危険は避けましょう。もう少し待ってみましょう」と答える。
 その通りだ。
 XA‐180とBTR‐80で、左右からダンプを挟む。フロントガラスは割れていない。砂がこびりついていて、車内は見えない。

 その状態で三時間待つ。
 周囲からドラキュロの姿が消える。日暮れが近付き気温が下がり始め、南に移動を始めたようだ。
 ドラキュロの気温に対する敏感さは、異常にさえ感じる。
 それと、近くを青狼の群れが通った。ドラキュロは、青狼と巨大アメショーを嫌う。
 金沢が「行きます」と言った。
 誰も止めない。相馬も準備を始める。上部ハッチから金沢が出ると、XA‐180の後部ドアから銃を構えてデュランダルが出た。 相馬も上部ハッチから車外に出る。
 金沢が地面に飛び降りる。
 金沢は運転席側のサイドウィンドウに水をかけ、窓を拭き車内を覗く。
「誰も乗っていません」と無線で伝える。全員がモニターしている。
「ドアが開きません。キーをかけているようだ!
 助手席側に回ります」
「助手席も開きません。
 相馬さん、ドリルをお願いします」
 しばらくして、無線にドリルの音が入る。「デュランダルが、まだか?」と言う。自然界にない音は、ドラキュロを呼ぶのだ。
「ロックを解除。開きました」
 無線にドアが閉まる音が入る。XA‐180がイヴェコ・ダンプの前に出る。相馬とデュランダルが牽引ロッドを取り付ける。
 ドラキュロをBTR‐80の高位置カメラがとらえた。
 斉木が「ドラキュロだ!」と言い、相馬とデュランダルがXA‐180の車内に飛び込み、後部ドアを閉める。
 BTR‐80は、俺と斉木だけになった。
 XA‐180が牽引を始めるが、車輪が空転してしまう。BTR‐80でイヴェコ・ダンプを後ろから押して、ようやく動き出した。タイヤのエアは、完全に抜けているようだ。
 XA‐180は、打ち合わせ通りに氷河湖湖畔に向かう。湖畔は山からの強くて冷たい風のため、ドラキュロがいないのだ。
 絶対に気を抜けないが……。

 氷河湖は青い水をたたえ、湖畔には草がなく視界が広い。
 XA‐180は車体のすべてを湖水に浸け、イヴェコ・ダンプのキャビンの真下は湖水だ。
 俺と斉木は、BTR‐80を出てダンプのフロントとサイドのウィンドウを湖水で洗い流す。道具はバケツと雑巾だ。
 窓から泥と埃が洗われると、金沢が左右のドアを開ける。
 かなり不快な臭いがあったようで、彼は咳き込み嘔吐の素振りを見せている。
 荷台を確認する。
 ディーゼル発電機と一〇缶ほどのジェリカンが積まれている。

 次の車輌探しを始める。日没まで二時間ある。
 手がかりだけでもつかみたい。

 すぐにランドローバー・ディフェンダーを見つける。外見以外一切の確認をせず、XA‐180が牽引して湖畔に向かう。
 BTR‐80は起倒式無線アンテナを揺らしながら、南に向かう。
 車輌は見つからない。さらに、一キロ南下する。
 パネルトラックの荷台が見える。近付くと、固い地面にキャビンの半分まで埋まった二トンクラスのトラックがあった。
 荷台の中身を確認したい欲求はあるが、その勇気はない。金沢も無言だ。
 周囲にはドラキュロがうろついている。ドラキュロがしゃがんでいる姿を初めて見た。いわゆる、ウンコ座りだ。
 ゆっくりとBTR‐80を南に向かわせる。 しばらく探索し、日没間近となり、湖畔に引き返す。

 ディーノのグループには、奇妙な車輌が多々あったらしい。軍用の六輪や八輪車は、別のグループの車輌で、鍋底の中で合流したそうだ。装軌の戦車や装甲車も同様。
 ディーノのグループには、基本的に兵器としての車輌は皆無だった。
 ほとんどは、小型のオフロード四駆と二トンから四トン積みのトラックが主力で、一部に三軸や四軸の中型トラックがあった。
 中型以上のトラックは少なかったが、小型の建機を積んだトラックやダンプは目にすることはあったそうだ。農業用トラクターも複数を見ている。
 この世界で、継続的な生活を目指していたことは、確かなようだ。
 ただ、危険な生物の存在をまったく予期していなかったことから、ドラキュロに対してどうにも対処できなかった。
 俺たちもドラキュロの存在は知らなかったが、危険な〝何か〟が生息している可能性くらいは予期していた。だから、不十分ながら武装していた。
 この点が、ディーノたちのグループとは異なっていた。

 それぞれの車輌の中で、朝を待つ。
 ここは、恐ろしい土地だ。

 七人ともドラキュロに囲まれて、精神は相当に参っている。
 用を足すのも勇気がいる。小便をするために氷河湖の沖まで浮航するほどだ。大便など出るはずない。
 そもそも腹が空かない。水だけで、十分だ。
 誰とはなしに、手に入れた二輌を牽引して「帰ろう」ということになった。
 コンプレッサーを駆動して、タイヤにエアを入れる計画だったが、それを望むものなどいない。コンプレッサーかエンジン発電機の音で、ドラキュロを呼ぶかもしれないのだ。
 恐ろしくて、できはしない。

 ディーノによれば、建設資材などの長尺物は専用のトレーラーに積み半装軌式のトラクターヘッドで牽引して運んだそうだ。
 本来のディーノは車輌についてはまったくの無知で、トラックと乗用車を見分けられる程度だ。
 だが、我々と行動を共にしてからは、否応なく学んでいる。
 おかげで、当初はあやふやだったことが、明確に説明できるようになった。
 建機を除くと、履帯で走行する車輌はこのトラクターヘッドだけだった。
 その半装軌式のトラクターヘッドだが、金沢がディーノから聞いた話によれば、二トントラックほどの大きさで、後輪が履帯になっていた。
 車体は一九五〇年頃の旧式ピックアップトラックに似ていて、エンジンが大きいらしく、ボンネットが盛り上がっている。
 トレーラーも特殊なもののようだ。これを見つけられれば、大収穫と言える。

 我々は長らく、そのような大型車が鍋底から出て、東に向かったとしても、長距離の走行は無理だと判断していた。
 実際、北方低層平原は平坦だが、隠れた湿地、地面の亀裂、陥没穴、などが多く前進を阻む。
 車外にはドラキュロがいて、スタックは死に直結する。
 ディーノのグループが平和主義者の集団だったとしても、二〇〇万年後に道がないことは理解していたと思う。
 だから、ベンツのウニモグやイヴェコの不整地対応トラックを集めたわけだ。一般参加者にも小型のクロカン四駆車を要求している。
 ならば、その特注トラクターヘッドは、意外なほどの不整地走行性能を発揮したのかもしれない。

 その夜、俺は半分眠りながらそんなことを考えていた。

 俺はXA‐180に無線で、「北方低層平原の中心部を探索してみないか?」と問うた。
 デュランダルが「確かに中心部には行ったことがない。アンティやイサイアスもその付近は調べていないはずだ」と答え、ディーノが「不用意に車外に出なければ、襲われることはないから、調べてみてはどうでしょう」と言った。

 俺たちは氷河湖に沿って一五キロ東に向かい、視界のよい湖畔で周囲を警戒しつつ、被牽引車を切り離す。
 そして、南へ向かう。

 草の丈が二メートルから三メートルほどもあり、前方視界が悪いので、ごく低速で五キロほど南進する。中央部まではまだ距離がある。
 周囲にドラキュロの姿はないが、あの動物は音を立てずに忍び寄る。油断はできない。
 XA‐180から、「一〇時の方向に何かある」と無線が入る。
 車体を向けるが、BTR‐80の高所カメラが揺れて、用をなさない。しばらく待つ。
 モニターに映る物体は、パワーショベルのアームのように見える。
 XA‐180がその砂埃がこびりついた黄色いアームに向かって移動する。BTR‐80が続く。

 農業用トラクターなのか、それとも建設機械なのか、判断に困る形状の車輌が我々の眼前にある。
 車体後部にパワーショベルを備え、車体前方にはローダーバケットが取り付けられている。キャビンは密閉式で、前輪は小径、後輪は著しく径が大きい。ローダーバケットは地面に接している。
 小型と中型の間くらいか。我々にとっては、魅力的な機材だ。
 回収するとしても、このバケットを地面から離さないと、どうにもならない。離すには油圧を駆動しなければならないし、油圧を動かすにはエンジンを始動しなければならない。
 つまり、回収するには、ドラキュロが跋扈するこの地で、車外に出て、直せる見込みが不明な車輌の修理をしなければならないのだ。
 恐ろしくて、そんなことはできない。
 視界内にドラキュロはいないが、この草の丈ではいたとしても発見は無理だ。

 長い沈黙が続く。回収したいが、恐怖が勝るのだ。
 金沢が「周囲を走って、草をなぎ倒しましょう。そうすれば視界が開けます」と言い、斉木が「でも、あのバケットはどうする。持ち上げないと牽引はできない」と反論する。
 金沢は諦めない。
「後ろ向きに引っ張っていきましょう。車体後部にも牽引フックがあります。ロッドは無理ですが、鎖ならば引っ張れます。後ろ向きならば、無理矢理引っ張れますよ」
 俺が「ドアが開いている」というと、金沢は「確実に車輪のロックが外せます」と前向きな意見を言う。
 XA‐180に無線で「周囲の草をなぎ倒す」と伝え、BTR‐80は円を描くように走り始める。
 XA‐180は、その場から少し距離を置く。
 草は上手く倒れてくれないが、それでも視界は開けた。
 案の定、草むらにドラキュロが潜んでいて、BTR‐80に追われてどこかに行った。
 連中は人間の顔を識別して襲ってくる。こちらが顔を見せなければ、襲わない。しかし、識別能力は高く、簡単にだませるものではない。

 金沢がフルフェイスのバイク用ヘルメットを被る。俺はガスマスクだ。
 XA‐180が建機の牽引位置につく。
 BTR‐80の車内で、金沢と綿密な打ち合わせをして、車体横のドアから車外に飛び出す。
 ドラキュロが俺たちを見る。近付きはしないが、明らかに疑っている。
 俺が鎖を建機の後部牽引フックに引っかけ、XA‐180の後部牽引フックに接続する。
 金沢は車輪のロックを確認するため、キャビンに向かう。
 ドラキュロが金沢に向かって数歩歩いた。
 俺は恐怖で精神的に一杯だった。
 そのドラキュロを拳銃で撃つ。
 金沢が走って戻り、BTR‐80の車内に飛び込む。
 撃ったドラキュロに他のドラキュロが群がるが、俺にも興味を示したらしく近付いてくる。
 わずか数メートルが遠い。車内に飛び込み、ドアが閉まると腰が抜けたように座り込んでしまった。

 XA‐180がゆっくりと牽引を始める。
 建機はおとなしくついていく。その後ろを俺たちが乗るBTR‐80が続く。
 斉木が「帰ろう」と言った。
 反対するものなど誰もいやしない。
 もう帰りたい。そして、二度とここには来たくない。
 少なくとも夏は!

 そうは言っても獲得した獲物を持ち帰らなければならない。
 ランドローバー・ディフェンダーとイヴェコのダンプを置いてきた湖畔に戻る。

 確保した三輌は、湖岸とXA‐180とBTR‐80の間にある。
 湖岸側からドラキュロに襲われることはないので、警戒は陸側に集中させられるからだ。
 それとヒトの姿はなるべく見せないほうがいい。直立二足歩行の動物に対して、例外なく興味を示すからだ。
 ちなみに、ドラキュロは、精霊族や鬼神族も襲う。〝森の人〟と呼ばれている大型の類人猿も襲う。黒と白の魔族も襲われるらしい。
 この謎の生物の正体は、まったくわからない。
 小型のエンジン発電機を始動し、コンプレッサーに電気を送る。
 三輌、計一二本のタイヤにエアを入れる。
 ディフェンダーの窓を拭き、視界を確保。車内を点検する。
 家族が乗っていたようで、子供の衣類などがルーフにも満載されている。食料は缶詰が主で、これらはこの場に置いていくことになる。
 こういう荷下ろしは非常に気が重い。父親は、十中八九、妻子を守れなかった。車内に銃はない。残っていないのか、もともと持っていなかったのか?
 金沢がボンネットを開けて、バッテリーを交換しようとしている。
 デュランダルがそれを手伝う。
 誰もが無言。
 クラウスがイヴェコのダンプを点検している。特にキャビンだ。
 彼が俺にキーを見せる。
「グローブボックスにあったよ」と小声で言う。おそらく、スペアキーだ。メインキーは、運転手が持っていった。丁寧にドアをロックして……。
 ヒトは、極限の恐怖に陥ると奇妙な行動をする。運転手はドラキュロに追われながら、どういうわけかドアをロックして逃げた……。たぶん、そうだ。
 金沢がディフェンダーの車体下に潜り込んで燃料タンクのドレンプラグを外し、古い軽油を抜く。
 かなりの量が残っている。クラウスが「もったいない」と、それをバケツに受ける。
 我々は建機が自走できない限り、持ち帰れない、ことは意見として一致していた。
 イヴェコのダンプは、BTR‐80で牽引する。
 ディフェンダーは、燃料を入れ、バッテリーを交換すれば、運がよければ自走できる。
 問題は建機だ。車重は一〇トンを超えるだろう。エンジンを始動できなければ、ここに置いていく。
 エンジンがフロントにあるので、建機よりは農機に近い車種のようだが、油圧ショベルがリアにあるのでフロントエンジンなのかもしれない。
 金沢が建機の燃料を抜き始める。
 デュランダルがディフェンダーに燃料を入れている。
 俺はイヴェコのタイヤにエアを入れる。これが最後のタイヤだ。幸運にも一本もパンクしていなかった。
 相馬が建機のバッテリーを交換している。
 クラウスは、俺たちよりもドラキュロを恐れていない。ドラキュロの恐ろしさを、体験した度合いが違うのだろう。それは幸運なことであり、同時に危険でもある。
 それを察した斉木がクラウスを車内に戻し、交代でディーノが車外に出る。
 ディーノが建機のウィンドウを水で洗う。視界を確保するためだ。キャビンに入り、シートに積もった土を掻き出し、シートを拭く。
 建機のウインドウは内側も埃で覆われている。これも拭う。
 金沢が建機のキャビンに入った。
 セルモーターを回す。セルモーターが回る。電装は生きているようだ。
 俺はディフェンダーのキャビンに入る。遠くからドラキュロが見ている。
 ゆっくりと近付いてくる。
 俺が合図をすると、デュランダルとディーノが機材をXA‐180に積み、車内に入る。
 俺もディフェンダーのエンジン始動を試みる。
 ドラキュロの歩みが早まる。
 諦めるなら、早いほうがいい。デュフェンダーはXA‐180で牽引できる。
 建機のエンジンが始動する。幸運だ。
 俺は車外に出て、牽引ワイヤーをXA‐180に引っかけ、慌ててディフェンダーの車内に戻る。
 ドラキュロの数が増え、急速に近付いてくる。まだ、走ってはいないので、半信半疑のような状態なのだろう。
 俺はトランシーバーに向かって、「引っ張ってくれ」と告げる。声が震えている。飛翔型ドラゴンとドラキュロを比べた場合、俺はドラキュロが怖い。

 BTR‐80が先行し、その後方を建機が続き、最後部がXA‐180に牽引されるディフェンダーだ。

 全行程三〇〇キロを牽引されたまま、というのも結構辛い。自走したほうが、楽だ。
 北方低層平原から山岳地帯に入ると、標高が上がり気温が急速に下がる。
 同時にドラキュロに襲われる可能性も減る。視界のいい場所を見つけて、エンジンの始動を再度試みたい。

 川の周辺にある谷間の平坦な草原で、全車が停止した。視界がよく、監視を怠らなければドラキュロとの遭遇を察知しやすい。
 ディフェンダーのプラグを外し、新しいプラグと交換する。冷却液は規定量が入っている。
 セルモーターを回すと、一発で始動した。
 イヴェコのダンプも始動を試す。手順は同じだ。古い燃料を抜き、バッテリーを交換するか、ブースターケーブルで他車から電気を供給する。
 我々は主にフル充電のバッテリーと交換することで、対処していた。
 ダンプの燃料タンクは大きく、古い燃料は八〇リットルに達した。すべてを回収することができず、一部は垂れ流しとなった。

 一時間ほどかけてあれこれと準備を整え、再出発しようと各車輌に乗り込み始めた瞬間、北から飛翔型ドラゴンが超低空で迫ってくる。
 長い尾がヘビのように動き、太い脚が猛禽が獲物を狙うように、俺たちに向けられている。
 その脚と爪で襲うのではない。総排泄腔からの火炎放射の姿勢だ。
 全員で、対空射撃を始める。デュランダルがRPG‐7を持ち出し、爆燃焼夷弾を発射しようとする。
 ドラゴンは大きくない。だが、翼長は三メートルもある。これで小型だ。
 火炎放射よりも一瞬早く、デュランダルが発射した爆燃焼夷弾が首の付け根に命中し、爆発的に燃焼する。
 ドラゴンは墜落し、俺と金沢が車体から外した斧を持ってドラゴンに向かって走る。そして、斧を振るってドラゴンの首を断ち切る。
 まるで、中世の騎士のように……。
 近くに黒魔族の呪術師がいるはずだ。捕らえて尋問したいが、姿を見つけられない。
 野生のドラゴンはいないと精霊族から聞いている。必ず、近くに黒魔族の呪術師がいるはずだ。

 デュランダルが「ノイリンに急ごう」と言った。
 俺は興奮していたが、デュランダルの言葉で落ち着いた。
 クラウスは呆然としている。ディーノはXA‐180の車体側面に身体を預けている。
 相馬がしゃがみ込んだ。
 そして、「俺たちの家に帰ろう」と言った。
 異存などあるはずない。

 貴重な資材を持ち帰り、俺たちのノイリンでの生活は、新たな段階に入った。
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