200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第2章

第三七話 クフラック

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 クフラックは壊滅してはいたが、まだ少数のヒトは残っていた。
 彼らは、クフラックに捕らえられ、奴隷とされていた人々だった。

 しかし、そのことを俺たちは知らなかった。

 滑走路にスカイバンが引き出され、主翼と尾翼の取り付けが始まると、それは否応なく注目を浴びた。
 ヒトが最大級のドラゴンを上回る巨大な機械鳥を作っているという噂は、瞬く間に精霊族と鬼神族に知れ渡る。
 スカイバンの全幅は、一九・七九メートル。最大の飛翔型ドラゴンは、精霊族の記録によれば、翼を展張すると一五メートルだったそうだ。
 確かにスカイバンはそれを上回る。

 サビーナたちは、もう一つ重要な資料を携えていた。
 ポリカルポフI‐153戦闘機の製造に関する資料だ。
 この旧ソ連が一九三八年に開発した単発単座機は、究極の複葉機と呼ばれた。
 原型機との違いは、主脚が引き込み式から固定式に変更されていること、エンジンがシュベツォフM‐25から、このエンジンの原型であるライトR‐1820サイクロンに変更されていることだ。
 機体の設計は一部が変更されていて、鋼管と木と布、そして少量の軽金属板があれば作れる。
 機関銃に関する製造資料もある。ブローニングM1919の詳細資料で、これを元にすれば大きな問題なく製造できる。
 そして、八二ミリ空対空および空対地ロケット弾。RS‐82というこのロケット弾の射程は、六二〇〇メートルだ。
 空対空の命中精度は期待できないが、地対地ロケット弾としては十分な威力がある。
 我々が最初に手を付けたのは、このRS‐82ロケット弾の製造だった。
 そして、時をおかずにM1919の製造にも着手した。
 サビーナたちを送り込んだ人々は、どうも飛翔型ドラゴンの存在に気付いていたフシがある。
 I‐153チャイカ戦闘機の製造資料は、対飛翔型ドラゴンに対応するものであることは疑いようがない。

 精霊族や鬼神族が盛んに滑走路の偵察にやって来る。
 特にピッツは、小型の飛翔型ドラゴンを撃墜した実績を持つ。
 彼らが興味を示すことは、十分に理解できる。

 食料の生産は、冬を前に急ピッチで進む。川でサカナを捕り、内臓を抜いて燻製にする。シカ肉のベーコンを作り、野菜も大量に漬ける。

 そんな日々の中で、ディーノがモールス符号を受信した。

 ・・・‐‐‐・・・(トトト ツーツーツー トトト)

 いわゆるSOSだ。遭難信号であることは確かだし、モールス符号による遭難信号の使用は一九九九年で廃止された。
 考えられることは、モールス符号以外の通信能力を持たない状況に追い込まれている人々がいることだ。
 しかもSOS以外の符号を知らない。
 電波は短波ではなく、到達距離の短いUHF(極超短波)。UHF送信器を改造して、遭難信号を発しているのだろう。
 ディーノと金吾は、信号の発信方向の探知を試みているが、おおよその方向しかわからない。
 方向と電波の到達距離から判断して、クフラックではないかと推測された。
 ただちにピッツが離陸し、クフラックを上空から偵察する。

 ピッツが持ち帰った映像によれば、クフラック城内に多数の新型ドラゴンが入り込んでいた。
 二足歩行型のドラゴンだ。長く太い前肢を持つ、痩せたティラノサウルスのような体型をしている。
 形態的には、翼を前肢に変えた飛翔型ドラゴンだろうか?
 驚くべきは、二足歩行型ドラゴンは甲冑を着て兜を被り、盾と槍を持っていることだ。
 斉木が「一〇〇頭はいるね」と言い、由加が「気持ち悪い」と呟く。
 ベルタは顔を背けながら、映像を見ている。映像を撮ってきたアネリアは、何も言いたくないといった雰囲気で、映像を見ずに座っている。
 デュランダルが「ハンダどうする?」と言った。
 デュランダルの腹は決まっている。俺に確認しただけだ。
 アンティが「誰かが助けを求めているのか、それとも罠か?」と問い、トラブゾン人の長ケレネスに斉木が「黒魔族が罠を仕掛けたことは?」と尋ねる。
 それを妻のセレナが通訳する。
 セレネが「ない、です。黒魔族は獰猛だけれど、罠を仕掛けたりはしないです。ただ、ヒトの裏をかくことはあります」と言った。
 ケレネスが続け、セレナが通訳。
「助けようと誰かがやって来るのを待っているのではないか、と」
 俺はどうするか迷っていた。
「クフラックに行くならば、十分な装備が必要だね。
 それと短時間で終わらせないと。
 モールスを知っているということは、移住第一世代か第二世代、第三世代がギリギリだ。
 なのに、なぜクフラックにいる?
 捕らえられているのならば、助け出さないと。
 もし、見捨てられて孤立しているならば、助け出さないと」
 金沢が「一緒に行きます。スコーピオンとシミターが動きます。助けたヒトは、OT‐64でどうでしょう」と言い、ベルタが「それでいい。私も行く」と応じる。
 由加が「別に支援部隊を編制したほうがいいよ。他に動く装甲車はないの?」と問い、金沢が「サラディン改とBMD‐1なら」と報告する。
 彼が続ける。
「砲塔はオリジナルの一人用のままで、低圧砲を撤去して二〇ミリ機関砲を搭載しています。
 それでもいいですか?」
 由加は「十分よ。贅沢は言えない」と金沢に答え、俺に「隼人さんは残って」と言葉にしたが、有無を言わさぬ命令に聞こえた。
 デュランダルも残ることになった。ベルタが強く志願したからだ。

 ノイリンからクフラックまで、一七〇キロ。実走距離は二〇〇キロに達するだろう。
 だが、予備燃料を携行すれば、十分に行動範囲内だ。
 ロワール川に沿って北上し、一四〇キロ地点に補給支援部隊を進出させる。
 この部隊は、フクスとXA‐180装甲兵員輸送車で編制する。
 クフラック城外で由加隊が待機。城内にはベルタ隊が突入する。
 意外だったが、ケレネスが要員を出した。言葉が通じないので、ありがた迷惑の感はあるのだが、俺たちの戦い方に興味があるらしい。彼らのために、突入部隊にハームリンを追加した。

 スコーピオンとシミターは、浮航ができないが、アネリアの航空偵察によれば、クフラック城内への橋は落ちていない。
 クフラックは巨大な星形要塞で、外郭と外濠は完全な形で残っている。☆の出っ張りの数は一〇で、☆に内接する円と外接する円の半径の差は小さい。つまり、あまり出っ張ってはいない。
 ノイリンとは、次元の異なる巨大要塞だ。クフラック内から遭難信号が発せられているとしても、電波を追跡して発信場所を特定することは不可能に近い。
 こちらから呼びかけ、発信者に出てきてもらう以外、救出の方法はない。
 呼びかけのために、小型の拡声器を金吾が製作してくれた。

 東の川(ロワール川上流)に沿って北上し、クフラック外郭に到達したのは出発から四日後だった。東の川左岸には精霊族や鬼神族が開いた陸路があるが、右岸には道がない。あっても獣道程度だ。
 路外走行を強いられ、燃料の消費が過大となっていた。各車輌は、補給なしではノイリンに帰り着けない。
 これは、想定外であった。
 そして、焦りなのか、油断なのか、由加とベルタは燃料事情を解消せずに、クフラック城内への侵入を決断した。
 確かに、救助を求めている人々は、一刻の猶予もなかったかもしれない。だが、救助する側が〝遭難〟してしまっては、事態を悪化させるだけだ。
 由加とベルタは、燃料補給を待つべきだった。

 この事態に慌てたノイリンは、急遽、クラウスの舟艇でドラム缶八本の燃料を輸送しようと計画する。
 クフラックの一帯は地面が軟弱で、装軌車でないと移動が困難。
 BTR‐D装甲兵員輸送車で、ドラム缶を積んだトレーラーを牽引し、クフラックに向かうことにした。
 俺は、その部隊の指揮を執ることになる。メンバーはほとんどが一〇歳代中頃の若年者だった。
 総員一〇。クラウスのグループからエーリッヒが参加してくれ、これはありがたかった。
 クラウスたちは運送の仕事があり、艀にはトラック二輌とドラム缶を積んだトレーラーを載せ、BTR‐Dは艀の後方を浮航して進んだ。

 ベルタは、計画通りにシミターとスコーピオンで、クフラック城内に侵入し、全員が車外に出ず拡声器で、救助に来たことを告げて回る。
 クフラックは巨大な城塞で、拡声器では城内全体への告知は不可能だ。
 二輌は外郭を巡回しながら、拡声器で声がけしながら移動する。

 すぐに二足歩行型ドラゴンの群と遭遇した。動物の群れとは異なり、隊列を組み、盾を構え、槍を突き出して前進してくる。
 古代ギリシャの軍勢に似た装備だ。
 その動きは人間的で、姿は恐竜のよう。人間がリアルな恐竜の着ぐるみを被っているような、奇妙な動作であった。

 ベルタは無意味な戦闘を避け、後退しようとするが、ドラゴンの軍団は後方にも現れる。
 シミターが砲塔を旋回させると、ドラゴンの軍勢は前後とも急速に後退する。
 こちらの武器の威力を知っているのだ。

 ベルタ隊が数キロ前進すると、二輌の前に体高四メートル以上、体重は一〇トンを超えるであろう巨大な四足歩行のドラゴンが現れる。
 腹部を除く全身を鎧で覆っている。
 ゆっくりとした動作だが、足が長く鈍重とは思えない体型をしている。頭部を防護する冑状の防盾には衝角がある。
 そのドラゴンがゆっくりと前進し、徐々に走行速度を上げる。
 シミターに向かって突進してくる。シミターの車重は八トン。この巨大生物に体当たりされたら、横転しかねない。
 シミターが主兵装の三〇ミリ砲を撃つ。この巨大生物が纏う鎧は、ラーデン砲弾を跳ね返した。
 スコーピオンの主砲が粘着榴弾を発射。命中し、大きなダメージを与えたようで、突進は止むが倒れない。
 そして、ゆっくりと後退していく。ベルタは、七六・二ミリの戦車砲弾で殺せないドラゴンの登場に慄然とする。
 粘着榴弾(HESH)は、命中した装甲にへばり付くように潰れてから起爆する。装甲は内側の壁が剥がれ、乗員を死傷させる。
 徹甲弾のように装甲を貫徹するのではなく、装甲の内側を剥離飛散させて、乗員を殺傷する。
 装甲化したドラゴンには、経験上最も効果のある弾種で、初速の低いスコーピオンの主砲弾として常用していた。
 それでも、倒せなかった。
 それでも進路が開ける。

 ベルタは、ここで後退すべきであったが、拡声器で呼びかけながら前進した。
 だが、拡声器の呼びかけよりも、戦車砲の発射音と着弾音のほうが、救援を求める人々の耳に届いた。

 外郭の北の方角から煙が上がる。煙は断続した信号のようで、狼煙らしい。
 ベルタは、二輌を狼煙の方向に進める。

 由加隊も狼煙を確認した。

 由加隊から二〇キロ南にいた俺たち補給隊も狼煙を見た。

 エーリッヒは俺に「急ごう」と言った。明らかにヒトがいる。
 黒魔族が狼煙を使ったことはないし、精霊族や鬼神族が使った例を知らない。
 だが、この世界で代を重ねた人々の一部や蛮族は、狼煙を使っている。

 クフラックには、ヒトがいる。

 ベルタは前進するが、再び進路を二足歩行のドラゴン群に阻まれる。
 この二足歩行型ドラゴンの体高は二メートルある。おそらく、剣や槍でヒトが戦えば、何合も刃を交えずに屠られる。
 この動物と戦うには、銃砲を使うしかない。

 例の鎧を纏う巨大ドラゴンも現れた。それも一〇頭以上。
 黒魔族は、ヒトがやって来るのを待ち構えていたのだ。
 ベルタは「後退!」と命じた。
 シミターとスコーピオンは、全速で後退し、巨大ドラゴンの追撃を振り切った。

 由加と合流したベルタは、装甲を施した巨大ドラゴンに七六・二ミリL23A1砲では一撃で倒せないことを伝える。
 これは由加にとっても衝撃だった。軽戦車とは言え、湾岸戦争まで現役だった戦車の主砲弾では殺せない生物などいるわけはない。
 こんな自明の事柄が、覆されたのだ。
 ベルタは、「L7がいるよ」と由加に言う。
 由加は、「L7なんて、あるわけないよ」と答える。
 L7とは、74式、M60、レオパルト1、センチュリオンの後期型などが搭載した一〇五ミリライフル砲だ。
 そんな砲を搭載した戦車は、この世界にあるはずはない。
 それに、ヒト、精霊族、鬼神族が装備している三七ミリ砲搭載戦車では、倒せないことも明らかだ。

 無敵のドラゴンが出現したのだ。

 由加とベルタは、どうやって戦うかを相談したが、結論は出なかった。
 成形炸薬弾なら効果があるのでは、との推測はあるが、戦車砲弾には用意がなく、RPG‐7を発射するには車外に出なければならない。
 あの二足歩行型ドラゴンの餌食になる。
 犠牲を出しては、救出は失敗となる。

 俺たち補給隊が由加隊とベルタ隊に合流したのは、日没の二時間ほど前だった。
 二隊は完全に進退窮まっており、撤収も考えている。
 その撤収のための燃料を、補給隊が運んできたのだ。

 俺は「狼煙の相手が誰なのか、それを確認することが先決だ」と由加とベルタに言い、「今夜、俺が一人で城内に忍び込む」と伝える。
 二人が反対し、論争になった。

 エーリッヒは、この世界の言葉を片言程度しか話せない。
 その彼の仲裁で、三人は黙った。
 現実的な作戦として、シミターとスコーピオンで再度城内に入り、巨大装甲ドラゴンと二足歩行ドラゴンの群をおびき出す。
 BTR‐Dは濠を浮航して城内に侵入し、ドラゴンをおびき出した間に信号の発信者と接触を試みる、という案に決まった。
 接触に成功し、救助が必要な人々であれば、一二人乗れるBTR‐Dで連れ帰る。

 俺たちはこの時、助けを求めているヒトは二人か三人程度だと考えていた。

 オリジナルのBTR‐Dは、整地ならば時速六〇キロを発揮するが、この車輌はエンジンに日本製のターボチャージャーを取り付けていて、七五キロくらいまで出せる。
 シミターとスコーピオンは時速八〇キロ以上出せる。
 城内外郭には燃やされた麦畑があり、平坦だが規則的な畝があり走りやすくはない。
 それでも、六〇キロ以上は出せるので、経験則に過ぎないが巨大装甲ドラゴンの追撃を振り切れる。
 だが、二足歩行ドラゴンは、盾を捨てればもっと高速で走れるようだ。
 この動物は小銃・機関銃で倒せるだろう。

 BTR‐Dには、蛮族の通訳が乗ると主張し、手を焼いている。この通訳は片言を話す程度で、意思疎通は当てにならない。
 それと、エーリッヒ。彼も同行を志願しているが、俺はドイツ語を解さないし、彼の英語は聞きづらい。この世界の言葉は片言。
 意思疎通が十分でない三人で、城内に突入することは危険この上ないのだが、流れでそうなった。
 実に不安な展開だ。

 ベルタ隊によるつり出し作戦は、日没前に始まる。
 俺はBTR‐Dを濠の中に入れ、浮航しながら上陸可能な場所を目指す。
 濠の石組み城壁の高さは一〇メートル以上あるが、船着き場のような緩い階段が設置された場所がある。
 これは、事前に城外から確認していた。同じような構造は、ノイリンにもある。
 防御上不利だと思うが、日常生活には絶対に必要だ。
 機関砲と戦車砲の発砲音が聞こえ、同時にBTR‐Dを上陸させる。

 クフラックの☆の出っ張りには、正三角形のさらなる出っ張りがある。
 この正三角形が、防御拠点のようだ。その一つにヒトが孤立しているようだった。
 狼煙で場所を特定しており、城外から拡声器で呼びかけをしたが、この正三角形自体が巨大で、声は届かなかったらしい。
 BTR‐Dはドラゴンに遭遇せず、目的の正三角形地帯に侵入できた。

 すでに日没が迫っていて、手早く救出して、脱出したい。
 ノイリンもそうだが、☆の出っ張りには建造物がほとんどない。クフラックも同じで、石組みの土台のようなものが点在するだけで、ヒトが身を隠せるような施設がない。
 だから、探し出すことも、こちらを発見させることも容易だと考えていた。
 実際簡単だった。
 石組みの陰から、白い旗が振られている。
 そこに急ぐ。

 貫頭衣のような粗末な服を着た三人の若い男がいる。
 俺がこの世界の言葉で「早く乗って!」と言うと、一人が「まだ、いるんだ」と答える。
 そして、三人が走って行く。それをBTR‐Dで追う。
 円筒の石組み構造物の中に三人が入っていく。
 成人の男が構造物から身体半分だけ出す。
「あんたたち、誰だ?」
「SOSを発信したのは君か?」
「そうだが、よく受信できたな」
「偶然だ。うちの通信班が傍受した」
「そいつは蛮族か」
「彼はトラブゾン人だ。フルギア人じゃない。安心しろ」
「……」
 意味がわからないらしい。当惑している。
 男の顔立ちは、この世界で代を重ねたヒトのようではない。中央アジア系だ。
 俺が「最近、この世界に来たのか?」と尋ねると、彼は「一〇年前だ」と答える。
「早く乗ってくれ。ドラゴンをいつまでも引きつけておけない。
 何人いるんだ」
「六四人」
「!」
 完全に見誤っていた。
 無線で由加とベルタに、「遭難信号発信者と接触。要救助者は六四人」と伝え、「このままここに留まる」と加えた。

 意外だった。
 地面の一部が下がり、スロープが現れ、そこから車輌を地下に移動できた。

 地下駐車場のような場所だ。
 かなり広い。
 円柱が地上となる屋根を支えている。床、壁、天井ともコンクリートのようだが、床は土で覆われている。
 地上への出入り口がすぐに閉じられる。
 太陽光がなくなると、明かりがない。
 BTR‐DからLEDライトを持ち出す。「この施設は?」と男に尋ねる。
「何百年も前のものだ。あの扉を動くようにしたのは私なんだが、苦労したよ。
 蛮族に見つからないよう、何年もかかったんだ。
 でも、苦労の甲斐あって、こうして生きていられる」
「蛮族に捕まっていたのか?」
「あぁ、九年になる。
 人食いから逃れて、うろついていたところを捕まった。この世界には人間はいないと考えていたんだが、大外れだったよ。
 二億年に行けばよかった」
「仲間は?」
「一緒に来た仲間は、三人を残して全員人食いに食われた。
 三人はその後の一年で死んだ」
「君はどうやって生き残った」
「フルギア人は、車輌の整備ができる人間は大事にする。
 私は機械の設計技師だったので、殺されなかった。
 理由はそれだけだ」
「ここにある車輌は、フルギア人のものか?」
「あぁ、回収屋から買ったんだ」
「回収屋?」
「でかいヘリを持っていて、そいつで例の場所、貴方たちもあそこから出たんだろう? あそこから物資を回収してくる連中がいるんだ。
 ヘリは相当な年期もので、七〇年とか、八〇年とか使っているらしい。
 動く車輌は蛮族が、奴隷に運転させて持って行ったよ」
 幼い子供と若い男たちが遠巻きに見ている。 俺は「子供が多いが……」と尋ねる。
 彼は「幼い子供たちは、白魔族とか言う連中への売り物。
 若い男は西に送って、農場で働かされる」
 俺は、子供たちの顔をLEDライトで照らす。
 言いようのない怒りが沸き上がる。
「白魔族に売られて、どうなるのか知っているか?」
「何かあるのか?」
「白魔族は食人する」
「本当か!」
「あぁ、本当だ」
 男は数回うめき、地面に膝をついて泣いた。
 そして、「働かされるか、慰みにされるか、そう思っていた」と言い慟哭する。
「白魔族はヒトじゃない。ヒトに似ているが、別の生物だ。ヒトを食料にしている」
「知らなかった。白魔族を見たことがないんだ。
 だが、黒魔族は見たことがある。
 連中は人間を働かせる。同じだと思っていた」
「子供たちをここから脱出させるには、装甲車じゃないと無理だ。
 だが、用意してきた車輌じゃ、半分しか乗せられない」
「それに、三〇人は無理だろう」と男は、BTR‐Dを指さす。
「別に八輪装甲車がある」
 トラブゾン人の通訳カロロとエーリッヒが、残骸のような車輌を見聞している。
 どう考えても動くような状態じゃない。
 だが、俺はものは試しと、男に「動くクルマはないのか?」と尋ねてみた。
「ない。
 最近まであったが、いまは動かない。それがあっても、六四人は乗れない。
 動きはしないが、戦車があるんだ」
「戦車?」
「あぁ、戦車だ。
 蛮族どもの奴隷なんかに、いつまでもなっているつもりはなかった。
 逃げ出すために、バカな蛮族が買ってくる車輌の中から、見かけが悪くて使えそうな車体を確保して、修理したんだ。
 だが、子供たちが……。
 結局は逃げ出さず、何年もここにいた」
「城外に装甲車がある。
 内と外から攻めれば、子供たちを連れて脱出できる。
 その戦車、見せてくれ」
 男はもたれかかっていた円柱から、背中を離し、この地下駐車場のような場所の奥に向かった。
「ここは、濠の水が限界を超えて増水した場合に一時的に水を引き込む貯水槽なんだ。
 よくできてるよ。
 だが、もう使えないらしい。
 私が知っている限り、ここに水が貯まったことはない。
 濠が溢れたことはあるけどね」
 LEDライトの光は、この地下空間の果てまでは届かない。洪水防止用の貯水槽だと言うが、その通りなのかもしれない。
 言われてみれば、天井は低いが、首都圏外郭放水路に似ている。
「蛮族は、こんなに奥まで入っては来ない。
 連中はバカじゃないが、間抜けなんだ。
 自分たちは働かず、政治と戦争に明け暮れている。
 労働は卑しい行為だそうだ。
 だから、卑しい行為は奴隷にやらせるんだ。
 連中が好きなことは、政治論争、戦争という名の人殺し、奴隷相手のセックス」

 その物体は古い帆船の帆で覆われていた。 男が帆を引きずり落とす。
 小型の装甲車だった。
「こういうことには詳しくないんだが、イギリス製のFV721フォックス装甲車だ。
 八年前にここに運び込まれ、二年かけて動くようにした。
 この主砲を撃ちまくって、蛮族どもを皆殺しにしたいが、弾なしなんだ。同軸の機関銃も弾なしだ。
 ここに持ち込まれたときは、酷い状態だった。
 完動状態まで直したが、病気の子供がいて、その子のために薬がほしいと願うと、蛮族はあるクルマを直せと言った。
 それで、フォックス装甲車のエンジンを使ってしまった。
 だが、蛮族は薬を渡さず、子供は死んだ。
 だから、ブレーキに仕掛けをしておいた。時限爆弾みたいなものだ。
 そのクルマは王都で暴走し、正規市民を大勢轢き殺したそうだ。
 四年か五年前のことだ」
 この男は、心底からフルギア人を憎んでいる。

 この空間では、裸火が使えない。微妙にガソリンの臭いがするのだ。
 彼らは暗がりの中で助けを待ち続けていた。モールスを発信していたのは、古いトランシーバーを改造した、無線機とは呼べない装置だった。
 打鍵は、子供数人で打っていた。昼夜を分かたず……。
 我々は真の意味で偶然に彼らの電波を拾ったのだ。

 由加隊、ベルタ隊との打ち合わせは、深夜まで続いた。
 OT‐64八輪装甲車に詰め込んでも、三〇人。BTR‐D装甲兵員輸送車には一五人ほど。
 どう考えても四五人が限界だ。
 ハームリンを使って一二人追加。残り七人をどうするのか……。
 二回に分けて輸送する案も出たが、一回で一気に救出しないと、犠牲者が出ることはほぼ確実。
 黒魔族は、残った人々を誰であれ容赦しないだろう。見せしめという概念が、あの動物にあるのか、それはわからないが、総攻撃を仕掛けてくる。
 そして、ここに残れば誰も助からない。

 黒魔族は、六四人の人々を使って、我々をおびき出したことは間違いない。
 その目的は何か。それは何となくわかる。
 彼らの新兵器、二足歩行のドラゴンと四足の巨大装甲ドラゴンの有効性確認だろう。

 子供たちを守っていた男は、メムティリと名乗った。
 彼は、エンジンのない装甲車を牽引して、車内とエンジンルームに小柄な子供を六人か七人を押し込む、との案を出す。
 年長の男の子と大人たちで、かなりの距離、手押しでフォックス装甲車を移動した。
 小さな車体だが七トンもあり、子供には辛い重労働だ。
 子供たちは空腹なようだが、我々はビスケット程度しか持っていない。
 年少の子供から四〇枚のビスケットを一枚ずつ配り、カロロは年長の子供たちに干し肉を渡した。
 彼は、子供たちの様子にかなり参っている。暗がりの中で、声を殺して泣いていた。

 翌早朝。
 ベルタ隊は、城内に再度侵入する。
 スコーピオンが装甲を施された巨大ドラゴンに粘着榴弾二発を命中させ、ようやく足を止める。
 シミターは三〇ミリ砲弾を発射するが、二足歩行のドラゴンは、盾を使って跳ね返す。盾は、確実に厚さ三〇ミリ以上あり、湾曲した鉄板でできている。
 この盾を持ったままでは、ドラゴンと言えども緩慢な動きしかできないはず。
 我々にとっては有利だ。

 俺たちと同じルートで濠を浮航して、OT‐64八輪装甲車とTM170ハームリン四輪装甲車が城内に侵入する。
 ベルタ隊が引きつけている間に、撤収したい。
 だが、上空に飛翔型ドラゴンが飛んでいる。二輌が発見され、軽装の二足歩行ドラゴンが行く手を阻止する。
 砲塔を持たない二輌の装輪装甲車は、迂回しながら前進しようとするが、ドラゴンの機動力は高く、思い通りには進めない。
 OT‐64の一四・五トンの車重で、強引に突っ切るが追撃を受ける。
 地下貯水槽の地上部が戦場となり、子供たちの救出作戦は完全に頓挫した。
 ドラゴンが跋扈する状況で、子供が車輌に乗り込むなど不可能だ。
 それも一頭か二頭ではない。二〇頭以上いる。
 二輌には各一人しか乗っていない。子供をより多く乗せるためだが、事態がこうなると、この処置が裏目になる。

 メムティリは年長の子供を集め、何かを指示した。
「何をする気だ?」と俺が問う。
「出口は他にもある。
 そこから出て、火炎放射器を使う」
「火炎放射器?」
「あぁ、ドラゴンは火を吐くだろう。
 なら、火には弱いはずだ。
 自分が火に弱いから、火を武器に使うんだ」
「どうやって火炎放射器を?」
「簡単だよ。タンクにガソリンを入れて、手押しポンプで圧縮する。
 それを噴射するんだ。
 射程は一五メートルから二〇メートルある。
 使うほうも危険な武器だが、ドラゴンに効果があるんだ」
「子供たちが使うのか?」
「あぁ、生き残るためなら子供だって命をかけなくちゃ」
「車輌が出入りできる他の出入り口もあるのか?」
「もちろんある。
 火炎放射で引きつけるから、そこから入ってくれ。
 場所は、火炎放射で援護するからそっちに向かってくれ。
 ここよりも北だ」
 俺はこのことを無線で、OT‐64とハームリンに伝える。
 OT‐64からは応答があったが、ハームリンからはない。それが、心配だ。

 言葉を完全に解するカロロは、子供たちの援護に向かうという。
 事情を察したエーリッヒも同行するという。
 二人は完全に子供たちに同情している。まったく異なる、まったく共通項のない二人が、子供たちに同情している。
 これは危険な兆候だ。
 俺は二人に「冷静に行動してくれ。二人とも家族がいることを忘れるな」と言ったが、二人は頷かなかった。
 当たり前だ。俺は日本語を使ってしまった。俺も酷く動揺している。

 激しい銃声と何人もの声が聞こえ、車輌の走行音が地下に響く。
 そして、ヘッドライトの光が地下空間を照らした。
 カロロとエーリッヒが戻ってきた。
 カロロが「コドモ ヒトリ クワレタ」と言った。エーリッヒは床に座り泣いている。ドイツ語で何かを言っている。
 カロロがエーリッヒの肩に手を置く。
 OT‐64を運んできたのはディーノだった。ハームリンはハミルカル。
 ハミルカルは自分と大差ない年齢の人々の決死の行動で、進路を開いたことに当惑していた。
 一人死んだようだ。
 メムティリが「ここでは、俺たちの命は、麦の穂一本よりも価値が低いんだ」と言い、「残念だが、全員は生き残れない」と続けた。
 ディーノが、「そんなことはない。必ず全員をここから出す」と断言する。
 メムティリが、「出るには、どこから出るにしても、誰かが扉を開けなければならない。
 この状況では、その役目のものは必ず死ぬ」 ハミルカルが、「そうとは限りませんよ。開けずに破壊すればいいんです。
 爆薬はあるから、爆破すればいいんです」と言った。
 確かに一理ある。
 俺が「俺たちが入ったハッチは、どうやって開けるんだ」とメムティリに尋ねると、彼が開閉装置に案内する。
「開けるには、このハンドルを回すんだ。そこのギヤを壊せば、重力の力でハッチが降りてくる。凄い勢いで」
 俺はハミルカルに爆薬を持ってくるように頼む。
 爆薬とは言ったが、柄付き手榴弾だった。柄付き手榴弾を五本まとめて、ギヤに差し込む。

 子供たちの乗り込みは、全員を座席に座らせることができず、年齢別に車輌を割り振った。
 OT‐64には一〇歳以上、BTR‐Dには最も年齢の低い子たち、ハームリンには一〇歳以下五歳以上を乗せる。
 最も年齢の高い五人は、エンジンのないフォックス装甲車に乗せた。二人はエンジンルームの中に寝転んで入る。
 この装甲車をBTR‐Dで牽引する。

 手榴弾を摩擦発火させてから、爆発まで五秒ほど。
 発火させてから乗り込むまで、最も容易な車輌がハームリンで、点火の役をハミルカルが引き受けた。

 彼は手榴弾を摩擦発火させると、ハームリンの側面ドアに飛び込み、ドアを閉めた。
 瞬間、爆発し、スロープ式のハッチがも憂うな勢いで落下する。
 一瞬で地上への道が開け、OT‐64、ハームリン、BTR‐Dの順で地上に出る。
 OT‐64とハームリンは濠に向かい、BTR‐Dは橋に向かう。

 橋は由加隊が確保していて、途中からはベルタ隊の援護を得て、どうにか撤退できた。

 六〇人超の子供、それも半数は幼児だ。
 助けたのはいいとして、現実的問題として食料はどうする。現在の人数で、どうにか冬を越すだけの食料しかないのだ。
 我々は、またもや危機に陥った。
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