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第2章
第三八話 フルギア人
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フルギア人については、トラブゾン人にもよくわからないらしい。
この民族は、唯一絶対の神を信仰している。
その絶対神を信仰せず、フルギア人の攻撃に対して抵抗する人々は〝覆滅すべし〟が教義。
また、絶対神を信仰しないが、征服された民族は〝家畜として使役せよ〟も教義。
その絶対神の名は、ジー。ジーの使徒が白魔族。
フルギア人は、白魔族の言いなり。白魔族の手先に等しい。
この情報は半年間、鬼神族と過ごしたトゥーレが持ち帰った。
トゥーレは、全体会議で鬼神族が把握しているフルギア人の情報を元にした自分の考えを披瀝する。
「フルギア人は、私が住んでいた中央平原の人々に似ています。
中央平原の人々は白魔族に対して、人類の機械文明を継承した生命体と認識し、白魔族がいなければ人類文明は消失したと考えています。
白魔族から機械文明の恩恵を受け、その代償として子供を渡していました。
一方、フルギア人は、白魔族を神の使徒と考えています。白魔族が神の言葉を伝え、フルギア人は神の託宣を実行します。
絶対神ジーとは、実際は白魔族のことです。
フルギア人は、子供を貢ぎ物として白魔族に渡します。毎月、定められた日に、かなりの数を……。
白魔族は黒魔族同様、自分たちでは動力や複雑な機械を作れません。
二つの魔族は、使うことは上手ですが、新たな機構を生み出すことはできません。
以前は、精霊族や鬼神族の闇商人から機械を買い、それをフルギア人や中央平原の人々に与えていたようです。
機械には、武器やクルマも含まれます。
数百年前、白魔族が南の海のさらに南にある油田を占領して以降、輸送が途絶えて燃料が枯渇し、精霊族と鬼神族は苦境に陥ります。
よりたくさんの機械を手に入れようと、油田を占領したようです。
ですが、鬼神族が〝偉大な種族〟から与えられた知恵により、石炭から液体の燃料を作り出します。
そして、白魔族は、目論見を邪魔された鬼神族を攻め、戦いはいまも続いています。
そこに、斉木先生がやって来たのです。
斉木先生は、種から暖房や揚水ポンプなどの動力用燃料を作りました。
この地域の燃料を独占していた鬼神族は、慌てます。
ですが、クルマを動かす燃料ではないので、鬼神族は〝種から燃料を作る種族〟との経済戦争を避け友好関係を結びたいと考えたようです。
白魔族と戦い続けるために……。
二正面作戦は不利と考えたようです。
精霊族は、当然のこととして、鬼神族の燃料独占を崩した〝種から燃料を作る種族〟との通商を望みました。
そして、藻を固めた薪。
この世界の燃料事情が激変します。
ヒト、精霊族、鬼神族は、この安価な燃料を歓迎しました。
結果、白魔族の最大の敵は、我々〝種から燃料を作る種族〟になりました。
いま、白魔族には、ヒト、精霊族、鬼神族の闇商人さえも何も売りません。
白魔族が提供できるのは原油だけなんです。現在、原油は水より安いそうです。
それに、誰もが食人する獣は嫌いなんです。
白魔族を崇拝しているのは、この地域ではフルギア人だけです。
白魔族に命じられ、フルギア人がノイリンに攻めてきます。
それほど、遠くない時期だと思います」
俺はトゥーレの話し方が、斉木に似ていると思った。
そして、トゥーレは斉木からよく学んでいたのだなぁ、と感心していた。
トゥーレだけではない。アンティ、イサイアス、チュール、ハミルカルも斉木の弟子だ。アンティとイサイアスは、斉木を〝親父殿〟と呼ぶ。
斉木が発言する。
「私は我慢できない。
私には大した正義感はないのだけれど、それでも我慢できない。
クフラックの六四人。
幼い子たち。どれほど不安で、怖かったのか。
フルギア人には、教育的指導が必要だね」
イアンの意見。
「燃料は原料さえあれば、現在の二倍製造できるよ。
ガソリンの精製にも成功したし、重量比で精製物の一〇パーセントはガソリンにできる。
航空ガソリンも製造できるし……」
金沢の危惧。
「車輌が不足しています。
トラブゾンの人たちも、クルマを使わせろと……。
メムティリさんが加わってくれたので、修理や改造ははかどるようになったのですが、クルマ自体が少ないので……」
ケレネスは。
「クルマ 三 ゼッタイ」
クラウスの言葉をアリーセが通訳。
「ムンゴのワゴンをトラックに改造してほしいのです」
メムティリの希望。
「幼い子は適応していけるだろうが、何年も奴隷として生活していた一〇歳代後半の子供たちは変化に対応できていないんです。
戸惑っている子や、不安で眠れない子もいます。
皆さんを信用できない子もいます。
助けていただいた上に、甘えるようで申し訳ないのですが……」
能美がメムティリに。
「落ち着いて住めるような家を造らないと。子供たちは団結しているの。
バラバラにはできない……」
片倉が当惑気味に言う。
「最優先でやっている。増築で何とかしようと思っているけど……」
ベルタが金沢に。
「フォックス装甲車の砲塔だけど、スコーピオンに載せられる?」
「可能です。砲塔の改造は必要ですが、スコーピオンにフォックスの砲塔を載せたタイプは実際に存在します。
セイバー偵察戦闘車と呼ばれていました。
砲塔の装甲は、シミターよりも少し薄いですけど……」
「かまわないよ。
でも、メムティリさんの許可がいるね」
メムティリが「どうぞ使ってください。あの砲でフルギア人を撃ち殺す夢を何度見たことか……」と言い、金沢が「で、余ったスコーピオンの砲塔はどうします?」と尋ねる。
由加とベルタが互いを見る。
由加が「七六・二ミリ砲の粘着榴弾では、例の巨大ドラゴンは一発で倒せないの。初速が低いから、徹甲弾では貫徹できないだろうし……」と言い、ベルタが同意する。
デュランダルが「ハーキムを購入して、載せる案は……」と発言するが、納田が「子供が六〇人も増えたの。食料だって買わなくちゃいけないし、服もないのよ」と反対する。
金沢が考え込み、相馬が助けた。
「成形炸薬弾ならどうでしょうね。鎧の下は皮膚でしょう?
運動エネルギーがダメなら、化学エネルギーで。
爆燃焼夷弾も効果があるかもしれません。相手は機械じゃない。生物ですよ。
私が砲弾を開発してみましょう」
俺たちは、フルギア人を恐れていた。
フルギア人は白魔族を神の使徒と崇め、その神は我々を殲滅しろと託宣した。
戦いは避けられない。
冬を前にちーちゃんとマーニの服選びが始まった。
マーニは背が伸び、彼女が大好きな薄茶のダッフルコートは明らかに小さい。
それでもマーニは、今年も着ると言い張った。
ちーちゃんから色鉛筆を見せられた。短くなりすぎて、もうすぐ使えなくなる。
そうやって、物資を失っていくのだ。
現地調達を目指していかないと。
相馬から相談を持ちかけられる。
「半田さんが持ち帰った例のポンコツですが、私に預けていただけませんか?」
「どうするんです?」
「トラックとして、修理しようかと」
「シェプニノに持って行く?」
「いいえ、ノイリンで」
「……」
「トラブゾンに腕のいい馬車職人がいるんです。
彼にボディを架装してもらおうかと……」
「馬車とクルマは違うでしょ」
「初期の車のボディは、馬車の技術ですよ」
「!」
「キャビンは木製でいいでしょうけど、ボンネットは鉄板を叩いて作らないと。
まぁ、それなりに大変でしょうが、一つずつ階段を上っていけば、ノイリンでも車が作れますよ」
いつものことだが、相馬の慧眼には頭が下がる。
「ぜひ、お願いします。
予算は責任を持って、何とかします!」
「あと、もう一つ……。
車体、正確にはシャーシとボディはありませんが、四輪駆動車を一台作れます」
「エンジンも?」
「エンジンは、黒魔族の戦車が搭載していたものを流用します。
東のほうで、拾ってきました。精霊族が撃破したようです。
六気筒四ストロークの一二〇馬力。この世界の標準タイプで、かなり使い込んでいますが、頑丈なのでまだまだ使えます」
相馬が各地を探索していることは、俺は知っていた。
「サスペンションは?」
「フォックス装甲車からもらいます。トランスミッションも。
メムティリさんから許可をもらっています。
それに、彼もこの計画に参加したいと……。
いいですか?」
「車種は?」
「中型トラックがいいでしょう。不足していますから……」
俺たちは、フルギア人を恐れながらも、日々の生活に追われていた。
春蒔き小麦の収穫が終わる頃、フルギア人が行動を起こす。
しかし、俺たちは、明らかに準備不足だった。
スコーピオンはスコーピオンのままで、フォックス装甲車の砲塔は、取り外されて整備中。
それでも、チャーフィー軽戦車、スコーピオン軽戦車、サラディン改六輪装甲車、BMD‐1歩兵戦闘車の四輌の砲塔付き装甲戦闘車輌を保有している。 その他、ヴィーゼル1空挺戦闘車、ヴィーゼル2自走迫撃砲もある。
フルギア人は、ロアール川を遡り使者を送り込んできた。
使者は街の中心まで徒歩で乗り込み、王との面会を求める。
ノイリンには王などいない。各地区・各グループとの合議制で統治している。
ヴァリオがそれを説明したが、理解できないようだ。
そこで、誰が王を演じるかが問題になり、俺が引き受けさせられることになった。
俺は、街の中央広場でフルギアの使節と対峙した。
使節は、我々の木と煉瓦と布(テントと天幕)で造られた、立派とは言えない街の中央広場を蔑むように見渡した。
使節は六人。
通訳もフルギア人だ。
全員帯剣している。
銃は持っていない。
貫頭衣のような衣の上に見事な装飾の革鎧を着けている。
俺は、広場の中心にいる。足下の石畳は古い時代のもので、そのまま利用している。街の人々が遠巻きに見ている。
フルギア人を恨んでいる人物は少なくないが、銃を抜いたり、構えるような行為は誰もしていない。
自制心か、分別か、それとも倫理観か、どうであれ、ここで血が流れることは好ましくない。
ヴァリオが右、ケレネスが左に立つ。
通訳が言う。
「異教を信じる王よ。
信仰を捨て、我らの神に帰依せよ。
さすれば、奴隷として神の恩恵が与えられる」
「君たちの神とは、白魔族のことか?
あの動物を拝めと?」
広場から失笑が漏れる。
通訳は怒気を隠さなかった。
「使徒様を蔑む気か!
許さぬぞ!」
「白魔族は、ただの動物だ。
何も生み出さない。
学習能力はあるから、使うことはできるが、作り出すことはできない。
我々から見れば、原始的な二足歩行動物でしかない」
「使徒様は、神託をヒトに授けるために地上に降りられた尊い方々だ。
それを獣と呼ぶか、罰あたりめ!」
「俺は中央平原という場所で、白魔族を殺し、その死体をよく調べた。
ただの動物だった」
「何!
使徒様を殺した?」
「あぁ、二〇体くらいかな。
攻撃を仕掛けてきたので、教訓を与えてやったよ。
下等動物が理解できたかはわからないが……」
「……」
「連中は玩具みたいな戦車で攻めてきたんだ」
「使徒様の身に危害を及ぼせば、天罰が下るぞ」
「それはない。
俺はこうして生きている」
またもや広場から失笑が漏れる。
蛮族の言葉を解する人々が、にわか通訳となっているのだ。
神学論争を続けても意味はない。フルギア人は強固な信仰を持つ。
その教義がいかにバカバカしくとも、信じて疑わなければ、それがすべてになってしまう。
フルギア人は〝鰯の頭も信心から〟を具現してしまっている。
通訳が俺の話を使者に伝えている間、俺は次の一撃を考えていた。
通訳が使者の言を伝える。
「使徒様を殺したと偽りを言うならば、その偽りを抱えて死ね。
このみすぼらしい街のものすべてが死ね。
この街が滅ぶのは、王が愚か者だからだ」
「殺したことは嘘じゃない。
それによく調べた。
白魔族の正体もおおよそ見当がついている。
どうせ、フルギア人は白魔族の命令で動いているだけなのだろう?
君たちをどうこうする前に、白魔族を直接攻撃したほうがいいかな?
我々は空飛ぶ機械を持っている。
黒魔族が操る最大級の天翔るドラゴンよりもさらに大きい。
ドラゴンよりも、より高く、より速く、より遠くまで飛べる。
白魔族の生息地を直接攻撃できる。
フルギア人が愚かな行動に出れば、白魔族が死ぬことになる。
俺たちはフルギア人など歯牙にもかけていない。
俺たちの敵は、白魔族だ」
フルギア人は、神の使徒である白魔族の命令で、我々に宣戦布告にやってきた。
だが、俺はフルギア人に白魔族への宣戦布告の使者になれ、と指図している。
この時点で、フルギア人の使者は、完全に単なる使い走りになり下がっていた。
「立ち返り、そのように君たちの飼い主に伝えよ。
下等動物の家畜たる君たちに興味はない」
どうも、使者六人はここで死ぬ気だったようだ。
使者として赴き、殺されて戦端が開かれるはずだった。
使者六人は固まっている。
「もう、帰りなさい」
「我らを殺さぬのか?」
「殺す?
なぜ?
ヒトの誇りを忘れ、家畜になり下がった哀れな君たちを殺して、何になる?
意味などかけらもないだろう」
「我らは、神に選ばれし民。
神の使者を迎えられるのは、我らのみ」
「いいや、白魔族の家畜になった人間は君たちだけなんだ」
「……」
「どうする?」
「死ね」
「君たちがふざけたまねをすると、白魔族が死ぬぞ。
何なら、西の山脈の麓にある白魔族の街一つを吹き飛ばしてみようか?」
「……」
「白魔族に伝えろ。
人間が恐ろしいことを見せてやる、と」
フルギア人に対して、俺は白魔族を人質に取った。
フルギア人が我々に干渉すれば、白魔族を殺すと。
彼らにとっては神の使徒だが、我々には単なる動物でしかない。
俺は続けた。
「白魔族が死ねば、それはフルギア人の責任だ。
そのことよく覚えておけ」
使者は、石畳を歩いて船着き場に向かい。大きな帆船に乗った。帆は上げられており、片舷一〇本ものオールが動く。
奴隷が漕ぐのだろうか。
胸が痛む。
俺の脅しの効果は不明だが、フルギア人はその後は何も仕掛けてこない。
だが、フルギア人商人の来港は増えた。輸出品は藻を固めた薪だが、我々は奴隷を伴っている場合は入港を認めなかった。
フルギア人商人がその理由を尋ねたが、誰かが「奴隷は人権に反する行為だ」と答えたそうだ。
人権という概念さえない人々に、人権を解いても意味はない。
そこで、ノイリン領域において、人身売買は死刑とした。単なる恫喝でしかないのだが……。
実際、奴隷を売りにきたフルギア人商人を捕らえ、留置している。
この商人の娘が助命に訪れ、その娘が奴隷を伴っていたので、この娘も捕らえて留置している。
もちろん、人道的に扱っている。
この一件以来、奴隷を連れてくるフルギア人はいない。
また、フルギアでは、ノイリンに行けば自由民になれる、と奴隷の間で噂になっているそうだ。
いや、その噂を流したのは我々だ。フルギア人は奴隷なしでは生きられない。社会制度がそうなっているのだ。
だから、使用人の風体をさせた奴隷を連れて、フルギア人商人はやってくる。その奴隷たちに耳打ちすればいいだけだ。
フルギアにおいて、我々は奴隷の反乱を画策している。
これだけで、フルギア人社会は崩壊に向かう。
軍事力など必要ない。
フルギアの使者来訪以来、進捗の歩みを早めた施策が二つある。
ショート・スカイバンの修理と、増加燃料タンクの設置。
そして、一トン爆弾の開発・製造。
一トン爆弾は完成、スカイバンの飛行はもうすぐだ。
フルギア人社会は、奴隷がいなければ成立しない。完全な奴隷制社会であり、奴隷を確保するには他国を攻める必要がある。
他国を攻め、奴隷を捕らえ、幼い子供は白魔族に渡す。
白魔族からは、武器が与えられる。戦車は与えられないが、槍や剣だけでなく大砲や小銃が供与されることもある。
ヒトの村は小さく脆弱で、フルギア人の貧弱な武器でも多勢に頼れば簡単に落とせる。 フルギア人は白魔族の庇護の下、人口が多く、この地域ではヒトの中で最大勢力である。
フルギア人は、見境なくヒトの村を襲い、略奪と誘拐を続けている。
俺は、ノイリンを訪れたフルギア人商人を街の中心にある商館に招いた。
茶と菓子でもてなした。
「そちらのお嬢さんは奴隷ですか?」
「……」
「ノイリンでは、奴隷を連れてきた商人がどうなるか知っているでしょう?」
「お許しを」
「それには条件があります。
一つは、そのお嬢さんを解放すること。
もう一つは、フルギアの皇帝に伝言を頼みたい」
「伝言?」
「えぇ。
今後一切、奴隷狩りをやめること。
さもなくば、白魔族の街一つを壊滅させる」
「そんな……、無体な」
「西の山脈の海に面した街、白魔族の街オンダリですか?
いい街だそうですね。
そこを破壊しましょう。
白魔族の死の責任は、すべてフルギアの皇帝陛下にある」
「なぜ、そんな……」
「私は、ヒトを食う白魔族が嫌いでね」
「使徒様は……」
「あれは、ただの動物だ。
伝えていただけますね」
フルギア皇帝からの返答はなかった。
伝えられたか、も不明。
過去、フルギア人がロワール川を遡上して、ノイリン付近までやってくることはなかった。
彼らの行動範囲は、アリエ川合流部より下流であった。
そして、我々と交易をしているフルギア人商人は、我々が独自に機械を作っていることを知るようになる。
また、川のさらに上流には、シェプニノやカンガブルなどの機械を作り精霊族や鬼神族と交易をしているヒトの街があることを知る。
さらに、白魔族は機械を作れず、それらの入手経路は闇のルートからだと誰もが知っているかのごとく言う。
そして、フルギア人に与えられる機械は、ヒトが作ったものだと教えられる。
実際、神から下賜された銃と同じものを、ヒトが作っている。
我々と接触しているフルギア人商人から、信仰が揺らいでいく。
それは、フルギア人社会の崩壊の始まりだった。
俺は、人間同士で戦いたくない。フルギア人に対しても、戦う理由はない。
しかし、フルギア人側には、我々と戦う理由がある。
その理由を取り除けば、当面は安全だ。我々は地道にフルギア人に真実を教えている。
晩秋から初冬に変わる頃、フルギアの皇帝はアリエ川合流部よりも上流への一般商人の遡上を禁止した。
以後は、フルギアの大商人キラードが一切を仕切るとした。
それに対しノイリンは、特権商人は認めない。フルギア商人は、誰であれ平等に扱うと宣言。
不正行為を行う商人として、キラードの入域を禁じる。
キラードは慌てた。
皇帝から特権を与えられ、乗り込んだ先で不正だと宣告される。そして、商行為の禁止。
さらに、川を遡らずに陸路でやってくるフルギア商人の存在。
陸路を使うフルギア商人は、アリエ川合流部までの荷の輸送を精霊族に頼った。
キラードは川面に船を浮かべて待つほかなかった。
彼には皇帝の裁可がある。成果を上げずにフルギアには帰れない。
彼は、最終的に「普通の商いをさせてほしい」と懇願し、認められた。
彼の長期にわたる船上生活は、我々にとって無駄ではなかった。
彼は、シェプニノが車体を製造し、カンガブルが作った四八口径四七ミリ砲搭載の新型ハーキム戦闘車をその目で見ることになる。
鬼神族向けの車輌で、ノイリンに陸揚げし、鬼神族の船に積み替える予定のものだった。
計八輌の新造車で、彼にとっては衝撃だった。ヒトが機械を作ることを信じるほかない、完璧な証拠であった。
そして、彼の信仰も揺らいでいく。
キラードは、街の中心部に商館を建てることを許可される。
それを地元の建設業者に依頼した。
何と受注したのは片倉だった。
フルギア人は、自分たちが野蛮人扱いされることに我慢ならなかった。
そして、野蛮人扱いされる元凶が、奴隷制にあることに当惑している。
彼らの領域では奴隷の逃亡が頻発し、主が奴隷に殺される事件も増えている。
ノイリンでは、奴隷を使役していた主が犯罪者で、奴隷が主を殺して逃亡することは、正当な行為だとされる。
いかなる人間も自由であり、その自由を奪う人間は犯罪者だとされる。
ノイリンにおいて、隠れて奴隷を伴う商人は急速に減っている。ノイリンでは、奴隷が逃亡するために主を殺しても罪には問われない。だが、主が奴隷を殺せば、殺人として裁かれる。
ノイリン内でフルギア商人の妻が、奴隷の侍女を殺した。
その妻は捕らえられ、牢に入れられ、毎日囚人として麦畑で働かされている。罪を償うために。
フルギア人の倫理観や道徳観は、ノイリンでは一切通用しない。
そして、フルギア人は見下されている。
ただの獣を神と崇め、その命令に唯々諾々と従う腑抜けとして……。
我々は、フルギア人社会を崩壊させようと画策している。
それは事実であり、徐々にだが成功し始めている。
我々の奴隷解放は、人権問題に端緒があるわけではない。フルギアに対する社会体制への攻撃だ。純粋な戦争行為だ。
ある意味、アメリカ合衆国の南北戦争と同じ。工業化が著しい北部は、労働者と消費者を求めていた。
工場で大量生産した製品を大量に消費するには、購買力のある労働者階層が絶対的に必要なのだ。
工業化した社会では、一部の富裕層だけでは社会は立ちゆかない。
一方、農業が主要産業である南部は違った。巨大な農場を低コストで管理運営するには、奴隷が必要だった。奴隷には私財がないから、購買力はない。
奴隷解放は、一人でも多くの購買力を持つ労働者がほしい北部と、旧態とした一部富裕層による独占的経済体制を維持したい南部との経済戦争の面がある。
この状況は、ノイリンとフルギアにも当てはまる。
奴隷を解放すれば、奴隷は食い扶持を失う。
食えなければどうする?
飢え死にはしないだろう。当然、食べ物を奪う。
誰から?
彼らが一番状況を知っている相手からだ。つまり、かつての主から。
フルギア帝国の治安を悪化させ、フルギア人社会の体制を崩壊する。
最終目標は、フルギア帝国の自壊だ。
彼らの絶対神ジーに対する信仰は簡単には揺るがないだろうから、まずは奴隷の不満を極大化して社会不安を煽る。
社会体制が動揺し始めたら、絶対神ジーの使徒である白魔族を叩く。
これで信仰が少し揺らぐ。少しでも揺らげば、その先はまた別の手を考えよう。
ヒト同士が殺しあいをする必要はない。だが、フルギア人の血は、フルギア社会の内部抗争で流れる。
それを〝仕方ない〟と達観できるほど、俺は強くない。
これが最大の弱点かもしれない。
この民族は、唯一絶対の神を信仰している。
その絶対神を信仰せず、フルギア人の攻撃に対して抵抗する人々は〝覆滅すべし〟が教義。
また、絶対神を信仰しないが、征服された民族は〝家畜として使役せよ〟も教義。
その絶対神の名は、ジー。ジーの使徒が白魔族。
フルギア人は、白魔族の言いなり。白魔族の手先に等しい。
この情報は半年間、鬼神族と過ごしたトゥーレが持ち帰った。
トゥーレは、全体会議で鬼神族が把握しているフルギア人の情報を元にした自分の考えを披瀝する。
「フルギア人は、私が住んでいた中央平原の人々に似ています。
中央平原の人々は白魔族に対して、人類の機械文明を継承した生命体と認識し、白魔族がいなければ人類文明は消失したと考えています。
白魔族から機械文明の恩恵を受け、その代償として子供を渡していました。
一方、フルギア人は、白魔族を神の使徒と考えています。白魔族が神の言葉を伝え、フルギア人は神の託宣を実行します。
絶対神ジーとは、実際は白魔族のことです。
フルギア人は、子供を貢ぎ物として白魔族に渡します。毎月、定められた日に、かなりの数を……。
白魔族は黒魔族同様、自分たちでは動力や複雑な機械を作れません。
二つの魔族は、使うことは上手ですが、新たな機構を生み出すことはできません。
以前は、精霊族や鬼神族の闇商人から機械を買い、それをフルギア人や中央平原の人々に与えていたようです。
機械には、武器やクルマも含まれます。
数百年前、白魔族が南の海のさらに南にある油田を占領して以降、輸送が途絶えて燃料が枯渇し、精霊族と鬼神族は苦境に陥ります。
よりたくさんの機械を手に入れようと、油田を占領したようです。
ですが、鬼神族が〝偉大な種族〟から与えられた知恵により、石炭から液体の燃料を作り出します。
そして、白魔族は、目論見を邪魔された鬼神族を攻め、戦いはいまも続いています。
そこに、斉木先生がやって来たのです。
斉木先生は、種から暖房や揚水ポンプなどの動力用燃料を作りました。
この地域の燃料を独占していた鬼神族は、慌てます。
ですが、クルマを動かす燃料ではないので、鬼神族は〝種から燃料を作る種族〟との経済戦争を避け友好関係を結びたいと考えたようです。
白魔族と戦い続けるために……。
二正面作戦は不利と考えたようです。
精霊族は、当然のこととして、鬼神族の燃料独占を崩した〝種から燃料を作る種族〟との通商を望みました。
そして、藻を固めた薪。
この世界の燃料事情が激変します。
ヒト、精霊族、鬼神族は、この安価な燃料を歓迎しました。
結果、白魔族の最大の敵は、我々〝種から燃料を作る種族〟になりました。
いま、白魔族には、ヒト、精霊族、鬼神族の闇商人さえも何も売りません。
白魔族が提供できるのは原油だけなんです。現在、原油は水より安いそうです。
それに、誰もが食人する獣は嫌いなんです。
白魔族を崇拝しているのは、この地域ではフルギア人だけです。
白魔族に命じられ、フルギア人がノイリンに攻めてきます。
それほど、遠くない時期だと思います」
俺はトゥーレの話し方が、斉木に似ていると思った。
そして、トゥーレは斉木からよく学んでいたのだなぁ、と感心していた。
トゥーレだけではない。アンティ、イサイアス、チュール、ハミルカルも斉木の弟子だ。アンティとイサイアスは、斉木を〝親父殿〟と呼ぶ。
斉木が発言する。
「私は我慢できない。
私には大した正義感はないのだけれど、それでも我慢できない。
クフラックの六四人。
幼い子たち。どれほど不安で、怖かったのか。
フルギア人には、教育的指導が必要だね」
イアンの意見。
「燃料は原料さえあれば、現在の二倍製造できるよ。
ガソリンの精製にも成功したし、重量比で精製物の一〇パーセントはガソリンにできる。
航空ガソリンも製造できるし……」
金沢の危惧。
「車輌が不足しています。
トラブゾンの人たちも、クルマを使わせろと……。
メムティリさんが加わってくれたので、修理や改造ははかどるようになったのですが、クルマ自体が少ないので……」
ケレネスは。
「クルマ 三 ゼッタイ」
クラウスの言葉をアリーセが通訳。
「ムンゴのワゴンをトラックに改造してほしいのです」
メムティリの希望。
「幼い子は適応していけるだろうが、何年も奴隷として生活していた一〇歳代後半の子供たちは変化に対応できていないんです。
戸惑っている子や、不安で眠れない子もいます。
皆さんを信用できない子もいます。
助けていただいた上に、甘えるようで申し訳ないのですが……」
能美がメムティリに。
「落ち着いて住めるような家を造らないと。子供たちは団結しているの。
バラバラにはできない……」
片倉が当惑気味に言う。
「最優先でやっている。増築で何とかしようと思っているけど……」
ベルタが金沢に。
「フォックス装甲車の砲塔だけど、スコーピオンに載せられる?」
「可能です。砲塔の改造は必要ですが、スコーピオンにフォックスの砲塔を載せたタイプは実際に存在します。
セイバー偵察戦闘車と呼ばれていました。
砲塔の装甲は、シミターよりも少し薄いですけど……」
「かまわないよ。
でも、メムティリさんの許可がいるね」
メムティリが「どうぞ使ってください。あの砲でフルギア人を撃ち殺す夢を何度見たことか……」と言い、金沢が「で、余ったスコーピオンの砲塔はどうします?」と尋ねる。
由加とベルタが互いを見る。
由加が「七六・二ミリ砲の粘着榴弾では、例の巨大ドラゴンは一発で倒せないの。初速が低いから、徹甲弾では貫徹できないだろうし……」と言い、ベルタが同意する。
デュランダルが「ハーキムを購入して、載せる案は……」と発言するが、納田が「子供が六〇人も増えたの。食料だって買わなくちゃいけないし、服もないのよ」と反対する。
金沢が考え込み、相馬が助けた。
「成形炸薬弾ならどうでしょうね。鎧の下は皮膚でしょう?
運動エネルギーがダメなら、化学エネルギーで。
爆燃焼夷弾も効果があるかもしれません。相手は機械じゃない。生物ですよ。
私が砲弾を開発してみましょう」
俺たちは、フルギア人を恐れていた。
フルギア人は白魔族を神の使徒と崇め、その神は我々を殲滅しろと託宣した。
戦いは避けられない。
冬を前にちーちゃんとマーニの服選びが始まった。
マーニは背が伸び、彼女が大好きな薄茶のダッフルコートは明らかに小さい。
それでもマーニは、今年も着ると言い張った。
ちーちゃんから色鉛筆を見せられた。短くなりすぎて、もうすぐ使えなくなる。
そうやって、物資を失っていくのだ。
現地調達を目指していかないと。
相馬から相談を持ちかけられる。
「半田さんが持ち帰った例のポンコツですが、私に預けていただけませんか?」
「どうするんです?」
「トラックとして、修理しようかと」
「シェプニノに持って行く?」
「いいえ、ノイリンで」
「……」
「トラブゾンに腕のいい馬車職人がいるんです。
彼にボディを架装してもらおうかと……」
「馬車とクルマは違うでしょ」
「初期の車のボディは、馬車の技術ですよ」
「!」
「キャビンは木製でいいでしょうけど、ボンネットは鉄板を叩いて作らないと。
まぁ、それなりに大変でしょうが、一つずつ階段を上っていけば、ノイリンでも車が作れますよ」
いつものことだが、相馬の慧眼には頭が下がる。
「ぜひ、お願いします。
予算は責任を持って、何とかします!」
「あと、もう一つ……。
車体、正確にはシャーシとボディはありませんが、四輪駆動車を一台作れます」
「エンジンも?」
「エンジンは、黒魔族の戦車が搭載していたものを流用します。
東のほうで、拾ってきました。精霊族が撃破したようです。
六気筒四ストロークの一二〇馬力。この世界の標準タイプで、かなり使い込んでいますが、頑丈なのでまだまだ使えます」
相馬が各地を探索していることは、俺は知っていた。
「サスペンションは?」
「フォックス装甲車からもらいます。トランスミッションも。
メムティリさんから許可をもらっています。
それに、彼もこの計画に参加したいと……。
いいですか?」
「車種は?」
「中型トラックがいいでしょう。不足していますから……」
俺たちは、フルギア人を恐れながらも、日々の生活に追われていた。
春蒔き小麦の収穫が終わる頃、フルギア人が行動を起こす。
しかし、俺たちは、明らかに準備不足だった。
スコーピオンはスコーピオンのままで、フォックス装甲車の砲塔は、取り外されて整備中。
それでも、チャーフィー軽戦車、スコーピオン軽戦車、サラディン改六輪装甲車、BMD‐1歩兵戦闘車の四輌の砲塔付き装甲戦闘車輌を保有している。 その他、ヴィーゼル1空挺戦闘車、ヴィーゼル2自走迫撃砲もある。
フルギア人は、ロアール川を遡り使者を送り込んできた。
使者は街の中心まで徒歩で乗り込み、王との面会を求める。
ノイリンには王などいない。各地区・各グループとの合議制で統治している。
ヴァリオがそれを説明したが、理解できないようだ。
そこで、誰が王を演じるかが問題になり、俺が引き受けさせられることになった。
俺は、街の中央広場でフルギアの使節と対峙した。
使節は、我々の木と煉瓦と布(テントと天幕)で造られた、立派とは言えない街の中央広場を蔑むように見渡した。
使節は六人。
通訳もフルギア人だ。
全員帯剣している。
銃は持っていない。
貫頭衣のような衣の上に見事な装飾の革鎧を着けている。
俺は、広場の中心にいる。足下の石畳は古い時代のもので、そのまま利用している。街の人々が遠巻きに見ている。
フルギア人を恨んでいる人物は少なくないが、銃を抜いたり、構えるような行為は誰もしていない。
自制心か、分別か、それとも倫理観か、どうであれ、ここで血が流れることは好ましくない。
ヴァリオが右、ケレネスが左に立つ。
通訳が言う。
「異教を信じる王よ。
信仰を捨て、我らの神に帰依せよ。
さすれば、奴隷として神の恩恵が与えられる」
「君たちの神とは、白魔族のことか?
あの動物を拝めと?」
広場から失笑が漏れる。
通訳は怒気を隠さなかった。
「使徒様を蔑む気か!
許さぬぞ!」
「白魔族は、ただの動物だ。
何も生み出さない。
学習能力はあるから、使うことはできるが、作り出すことはできない。
我々から見れば、原始的な二足歩行動物でしかない」
「使徒様は、神託をヒトに授けるために地上に降りられた尊い方々だ。
それを獣と呼ぶか、罰あたりめ!」
「俺は中央平原という場所で、白魔族を殺し、その死体をよく調べた。
ただの動物だった」
「何!
使徒様を殺した?」
「あぁ、二〇体くらいかな。
攻撃を仕掛けてきたので、教訓を与えてやったよ。
下等動物が理解できたかはわからないが……」
「……」
「連中は玩具みたいな戦車で攻めてきたんだ」
「使徒様の身に危害を及ぼせば、天罰が下るぞ」
「それはない。
俺はこうして生きている」
またもや広場から失笑が漏れる。
蛮族の言葉を解する人々が、にわか通訳となっているのだ。
神学論争を続けても意味はない。フルギア人は強固な信仰を持つ。
その教義がいかにバカバカしくとも、信じて疑わなければ、それがすべてになってしまう。
フルギア人は〝鰯の頭も信心から〟を具現してしまっている。
通訳が俺の話を使者に伝えている間、俺は次の一撃を考えていた。
通訳が使者の言を伝える。
「使徒様を殺したと偽りを言うならば、その偽りを抱えて死ね。
このみすぼらしい街のものすべてが死ね。
この街が滅ぶのは、王が愚か者だからだ」
「殺したことは嘘じゃない。
それによく調べた。
白魔族の正体もおおよそ見当がついている。
どうせ、フルギア人は白魔族の命令で動いているだけなのだろう?
君たちをどうこうする前に、白魔族を直接攻撃したほうがいいかな?
我々は空飛ぶ機械を持っている。
黒魔族が操る最大級の天翔るドラゴンよりもさらに大きい。
ドラゴンよりも、より高く、より速く、より遠くまで飛べる。
白魔族の生息地を直接攻撃できる。
フルギア人が愚かな行動に出れば、白魔族が死ぬことになる。
俺たちはフルギア人など歯牙にもかけていない。
俺たちの敵は、白魔族だ」
フルギア人は、神の使徒である白魔族の命令で、我々に宣戦布告にやってきた。
だが、俺はフルギア人に白魔族への宣戦布告の使者になれ、と指図している。
この時点で、フルギア人の使者は、完全に単なる使い走りになり下がっていた。
「立ち返り、そのように君たちの飼い主に伝えよ。
下等動物の家畜たる君たちに興味はない」
どうも、使者六人はここで死ぬ気だったようだ。
使者として赴き、殺されて戦端が開かれるはずだった。
使者六人は固まっている。
「もう、帰りなさい」
「我らを殺さぬのか?」
「殺す?
なぜ?
ヒトの誇りを忘れ、家畜になり下がった哀れな君たちを殺して、何になる?
意味などかけらもないだろう」
「我らは、神に選ばれし民。
神の使者を迎えられるのは、我らのみ」
「いいや、白魔族の家畜になった人間は君たちだけなんだ」
「……」
「どうする?」
「死ね」
「君たちがふざけたまねをすると、白魔族が死ぬぞ。
何なら、西の山脈の麓にある白魔族の街一つを吹き飛ばしてみようか?」
「……」
「白魔族に伝えろ。
人間が恐ろしいことを見せてやる、と」
フルギア人に対して、俺は白魔族を人質に取った。
フルギア人が我々に干渉すれば、白魔族を殺すと。
彼らにとっては神の使徒だが、我々には単なる動物でしかない。
俺は続けた。
「白魔族が死ねば、それはフルギア人の責任だ。
そのことよく覚えておけ」
使者は、石畳を歩いて船着き場に向かい。大きな帆船に乗った。帆は上げられており、片舷一〇本ものオールが動く。
奴隷が漕ぐのだろうか。
胸が痛む。
俺の脅しの効果は不明だが、フルギア人はその後は何も仕掛けてこない。
だが、フルギア人商人の来港は増えた。輸出品は藻を固めた薪だが、我々は奴隷を伴っている場合は入港を認めなかった。
フルギア人商人がその理由を尋ねたが、誰かが「奴隷は人権に反する行為だ」と答えたそうだ。
人権という概念さえない人々に、人権を解いても意味はない。
そこで、ノイリン領域において、人身売買は死刑とした。単なる恫喝でしかないのだが……。
実際、奴隷を売りにきたフルギア人商人を捕らえ、留置している。
この商人の娘が助命に訪れ、その娘が奴隷を伴っていたので、この娘も捕らえて留置している。
もちろん、人道的に扱っている。
この一件以来、奴隷を連れてくるフルギア人はいない。
また、フルギアでは、ノイリンに行けば自由民になれる、と奴隷の間で噂になっているそうだ。
いや、その噂を流したのは我々だ。フルギア人は奴隷なしでは生きられない。社会制度がそうなっているのだ。
だから、使用人の風体をさせた奴隷を連れて、フルギア人商人はやってくる。その奴隷たちに耳打ちすればいいだけだ。
フルギアにおいて、我々は奴隷の反乱を画策している。
これだけで、フルギア人社会は崩壊に向かう。
軍事力など必要ない。
フルギアの使者来訪以来、進捗の歩みを早めた施策が二つある。
ショート・スカイバンの修理と、増加燃料タンクの設置。
そして、一トン爆弾の開発・製造。
一トン爆弾は完成、スカイバンの飛行はもうすぐだ。
フルギア人社会は、奴隷がいなければ成立しない。完全な奴隷制社会であり、奴隷を確保するには他国を攻める必要がある。
他国を攻め、奴隷を捕らえ、幼い子供は白魔族に渡す。
白魔族からは、武器が与えられる。戦車は与えられないが、槍や剣だけでなく大砲や小銃が供与されることもある。
ヒトの村は小さく脆弱で、フルギア人の貧弱な武器でも多勢に頼れば簡単に落とせる。 フルギア人は白魔族の庇護の下、人口が多く、この地域ではヒトの中で最大勢力である。
フルギア人は、見境なくヒトの村を襲い、略奪と誘拐を続けている。
俺は、ノイリンを訪れたフルギア人商人を街の中心にある商館に招いた。
茶と菓子でもてなした。
「そちらのお嬢さんは奴隷ですか?」
「……」
「ノイリンでは、奴隷を連れてきた商人がどうなるか知っているでしょう?」
「お許しを」
「それには条件があります。
一つは、そのお嬢さんを解放すること。
もう一つは、フルギアの皇帝に伝言を頼みたい」
「伝言?」
「えぇ。
今後一切、奴隷狩りをやめること。
さもなくば、白魔族の街一つを壊滅させる」
「そんな……、無体な」
「西の山脈の海に面した街、白魔族の街オンダリですか?
いい街だそうですね。
そこを破壊しましょう。
白魔族の死の責任は、すべてフルギアの皇帝陛下にある」
「なぜ、そんな……」
「私は、ヒトを食う白魔族が嫌いでね」
「使徒様は……」
「あれは、ただの動物だ。
伝えていただけますね」
フルギア皇帝からの返答はなかった。
伝えられたか、も不明。
過去、フルギア人がロワール川を遡上して、ノイリン付近までやってくることはなかった。
彼らの行動範囲は、アリエ川合流部より下流であった。
そして、我々と交易をしているフルギア人商人は、我々が独自に機械を作っていることを知るようになる。
また、川のさらに上流には、シェプニノやカンガブルなどの機械を作り精霊族や鬼神族と交易をしているヒトの街があることを知る。
さらに、白魔族は機械を作れず、それらの入手経路は闇のルートからだと誰もが知っているかのごとく言う。
そして、フルギア人に与えられる機械は、ヒトが作ったものだと教えられる。
実際、神から下賜された銃と同じものを、ヒトが作っている。
我々と接触しているフルギア人商人から、信仰が揺らいでいく。
それは、フルギア人社会の崩壊の始まりだった。
俺は、人間同士で戦いたくない。フルギア人に対しても、戦う理由はない。
しかし、フルギア人側には、我々と戦う理由がある。
その理由を取り除けば、当面は安全だ。我々は地道にフルギア人に真実を教えている。
晩秋から初冬に変わる頃、フルギアの皇帝はアリエ川合流部よりも上流への一般商人の遡上を禁止した。
以後は、フルギアの大商人キラードが一切を仕切るとした。
それに対しノイリンは、特権商人は認めない。フルギア商人は、誰であれ平等に扱うと宣言。
不正行為を行う商人として、キラードの入域を禁じる。
キラードは慌てた。
皇帝から特権を与えられ、乗り込んだ先で不正だと宣告される。そして、商行為の禁止。
さらに、川を遡らずに陸路でやってくるフルギア商人の存在。
陸路を使うフルギア商人は、アリエ川合流部までの荷の輸送を精霊族に頼った。
キラードは川面に船を浮かべて待つほかなかった。
彼には皇帝の裁可がある。成果を上げずにフルギアには帰れない。
彼は、最終的に「普通の商いをさせてほしい」と懇願し、認められた。
彼の長期にわたる船上生活は、我々にとって無駄ではなかった。
彼は、シェプニノが車体を製造し、カンガブルが作った四八口径四七ミリ砲搭載の新型ハーキム戦闘車をその目で見ることになる。
鬼神族向けの車輌で、ノイリンに陸揚げし、鬼神族の船に積み替える予定のものだった。
計八輌の新造車で、彼にとっては衝撃だった。ヒトが機械を作ることを信じるほかない、完璧な証拠であった。
そして、彼の信仰も揺らいでいく。
キラードは、街の中心部に商館を建てることを許可される。
それを地元の建設業者に依頼した。
何と受注したのは片倉だった。
フルギア人は、自分たちが野蛮人扱いされることに我慢ならなかった。
そして、野蛮人扱いされる元凶が、奴隷制にあることに当惑している。
彼らの領域では奴隷の逃亡が頻発し、主が奴隷に殺される事件も増えている。
ノイリンでは、奴隷を使役していた主が犯罪者で、奴隷が主を殺して逃亡することは、正当な行為だとされる。
いかなる人間も自由であり、その自由を奪う人間は犯罪者だとされる。
ノイリンにおいて、隠れて奴隷を伴う商人は急速に減っている。ノイリンでは、奴隷が逃亡するために主を殺しても罪には問われない。だが、主が奴隷を殺せば、殺人として裁かれる。
ノイリン内でフルギア商人の妻が、奴隷の侍女を殺した。
その妻は捕らえられ、牢に入れられ、毎日囚人として麦畑で働かされている。罪を償うために。
フルギア人の倫理観や道徳観は、ノイリンでは一切通用しない。
そして、フルギア人は見下されている。
ただの獣を神と崇め、その命令に唯々諾々と従う腑抜けとして……。
我々は、フルギア人社会を崩壊させようと画策している。
それは事実であり、徐々にだが成功し始めている。
我々の奴隷解放は、人権問題に端緒があるわけではない。フルギアに対する社会体制への攻撃だ。純粋な戦争行為だ。
ある意味、アメリカ合衆国の南北戦争と同じ。工業化が著しい北部は、労働者と消費者を求めていた。
工場で大量生産した製品を大量に消費するには、購買力のある労働者階層が絶対的に必要なのだ。
工業化した社会では、一部の富裕層だけでは社会は立ちゆかない。
一方、農業が主要産業である南部は違った。巨大な農場を低コストで管理運営するには、奴隷が必要だった。奴隷には私財がないから、購買力はない。
奴隷解放は、一人でも多くの購買力を持つ労働者がほしい北部と、旧態とした一部富裕層による独占的経済体制を維持したい南部との経済戦争の面がある。
この状況は、ノイリンとフルギアにも当てはまる。
奴隷を解放すれば、奴隷は食い扶持を失う。
食えなければどうする?
飢え死にはしないだろう。当然、食べ物を奪う。
誰から?
彼らが一番状況を知っている相手からだ。つまり、かつての主から。
フルギア帝国の治安を悪化させ、フルギア人社会の体制を崩壊する。
最終目標は、フルギア帝国の自壊だ。
彼らの絶対神ジーに対する信仰は簡単には揺るがないだろうから、まずは奴隷の不満を極大化して社会不安を煽る。
社会体制が動揺し始めたら、絶対神ジーの使徒である白魔族を叩く。
これで信仰が少し揺らぐ。少しでも揺らげば、その先はまた別の手を考えよう。
ヒト同士が殺しあいをする必要はない。だが、フルギア人の血は、フルギア社会の内部抗争で流れる。
それを〝仕方ない〟と達観できるほど、俺は強くない。
これが最大の弱点かもしれない。
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