200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第2章

第三九話 トラブゾン人

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 トラブゾン人は本来、農耕と織物を主たる生業〈なりわい〉にしている。
 ドラキュロに襲撃される前は生活に必要なものは農具などを含めてほぼ自給できたようだが、ドラキュロ襲撃による人口激減以降は社会や文化・伝統の維持はもちろん、日常生活に必要な品々を製造することさえほとんど不可能になった。
 一定の食糧は確保しているようだが、十分に足りているようには思えない。
 だが、我々に対して、援助を要請したことはなく、ノイリンでの居住と農地の提供以外で、我々に何かを要求することは皆無であった。
 食料は配給制をとっているらしく、週に一度、規定量が支給されるようだ。ただ、その量は少なく、不足分は各自・各家族が自力で確保しなければならない。
 この不足分は、狩猟や漁労、あるいは食用植物の採集でまかなっているらしい。
 当然、不足分の確保が困難な人々がいる。特に、親を失った幼い子供には、過酷な現実がある。

 俺は、チュールとマーニを忘れていない。俺たちのキャンプまで、危険を顧みず徒歩でやってきた幼い兄弟のことを……。

 その兄妹の存在に最初に気付いたのは、チュールだった。チュールは、その兄妹を自分たち兄妹と重ねていた。
 そして、注視していた。
 兄妹は食糧の不足を補うため、ロワール川近くの濠でサカナ獲りをしていた。それは、子供には危険な行為であったが、動物性タンパクを摂取するには、必要な労働であった。

 チュールはトゥーレを手本にしている。トゥーレは、精霊族や鬼神族の言葉を学び、通訳として活躍している。
 チュールも異種族や蛮族の言葉を学び、グループの役に立ちたいと考えていた。
 通訳ならば、まだ幼く暴力と対峙できないチュールにもできる仕事だと考えたからだ。
 精霊族や鬼神族の言葉は、ルサリィやトゥーレ、その他にも解すメンバーがいる。
 しかし、蛮族の言葉は、誰もわからない。蛮族には、通訳がいる。その通訳から彼らの言葉を学べばいいのだが、チュールにはもう一つの手段があった。

 この兄妹だ。

 チュールは、自分の思いを由加に話す。由加は「やってみなさい」と賛同し、チュールは彼らが望むものを用意した。

 食べ物だ。

 チュールは、兄妹の兄マトーシュに話しかけた。
 言葉はまったく通じないが、三切れのパンを見せ「食べて」と言うと、兄妹は一切れずつ受け取り、その場で食べる。
 チュールも一切れを食べる。

 これが最初の接触で、以後、単語一つ一つを重ねていき、少しずつ意思の疎通を可能にしていく。
 同時に、兄妹はチュールから異教徒の言葉を学んでいく。
 チュールがこの兄妹との接触が増えると、チュールの行動に興味を持つ、同年代の子供たちが集まってくる。
 その中には、蛮族の子で、フルギア人に捕らえられていた子もいた。
 チュールは、トラブゾン人とフルギア人の言葉を同時に学んでいく。
 もともと語学に対する素養があったのかもしれないが、わずか一か月で簡単な〝辞典〟や日常会話の用例集を作ってしまう。
 それを、ルサリィやトゥーレは自身で書き写し、アンティやイサイアスはチュールに筆写させた。

 兄妹はトラブゾン人コミュニティから規定量の食糧の配給を受けていたが、それでは足りなかった。
 特に動物性タンパクが……。
 それと、温かい食事の確保が難しい。コミュニティは兄妹を保護しているが、十分ではなく。また、十分に保護できるほどの余裕もないようだ。
 チュールは学校に誘ってみた。
「お昼には、ご飯が出るよ」
「それは、どうしたら食べられるの?」
「勉強するんだ」
「どんな?」
「文字の読み書きや数の数え方とか」
 そんな会話が交わされ、兄妹は教室にやって来た。
 突然であったが、教師役の大人たちは兄妹のための給食を用意し、二人は同じ教室で他の子供たちと一緒に食べた。

 学校は午前中のみ。給食が終われば、年長の子たちは午後の仕事に向かう。幼い子は、教室に残る。
 ちーちゃんやマーニも教室に残り、妹のミルシェは学校に残りたがった。
 だが、兄マトーシュは食糧確保のために、妹ミルシェを毎日連れ帰る。
 学校は月曜日から金曜日まで、そして彼らの安息日は水曜日。週のうち三日は、昼ご飯が食べられないのだ。

 ちーちゃんとマーニは、禁じられている濠の近くにいた。
 マトーシュとミルシェの兄妹が、魚釣りをしている。
 それを見物している。
 今日は四尾も捕れ、大漁だが、マトーシュは冬を乗り切るためにはもっと必要だと感じていた。
 だから、捕れるときには、捕れるだけ釣っておきたかった。

 そして事故が起きる。

 ミルシェが足を滑らせて、濠に落ちる。川に近い濠には緩い流れがある。

 ちーちゃんは走った。最初に出会ったのは、北方低層平原で保護したアグスティナの子フローリカ。
 彼女は濠まで行くと、マーニが指さす付近に飛び込んだ。
 ちーちゃんはアビーを見つけ、ミルシェが川に落ちたと告げる。
 アビーはユーリアを呼び、病院に助けを求めるよう依頼、自身はちーちゃんをATVの後席に乗せて、事故のあった場所に急ぐ。

 フローリカは何度も潜り、ミルシェを探すが見つからない。
 アビーも飛び込む。
 アンティが駆けつけ、川に飛び込む。

 ミルシェが沈んでから、六分後、彼女は救助された。
 アンティは、納田から教わった心臓マッサージと人工呼吸を続ける。
 ライマが到着。
 人工呼吸と心臓マッサージを交代する。

 アビーとフローリカは寒さに震え、その場を去る。
 マトーシュが妹の名を何度も呼ぶ。
 トラブゾン人のシャーマンであるマリが到着。
 必死に心臓マッサージを繰り返す、ライマの姿を呆然と見ている。
 彼女は40歳代で、シャーマンとして十分な経験を積んでいる。
 彼女はマトーシュに「ミルシェは水の精霊に召された。諦めよ」と言った。
 マトーシュは声を出して泣いた。
 ライマが「ナダさんはまだ!」と叫ぶと、上半身裸のアンティがATVに跳び乗る。
 ハンバー・ピッグ装甲救急車が彼方に見える。
 アンティが「ナダさんだ!」とライマに告げ、全員がハンバー・ピッグの急速な接近を注視する。
 マリはマトーシュに「死神に手を引かれ、ミルシェは精霊の国に行った。これ以上苦しめてはいけない」と言い、ライマに「止めよ」と命じる。
 ライマが「まだよ!」と叫び、互いの言葉は解さないが、会話は成立していた。
 そこに納田が到着。
 手にはAED。
 納田が状況を尋ね、アンティが説明。その説明がたどたどしく、アンティが叱責される。
「身体を拭いて」
 納田の指示で、ライマがミルシェの身体を拭く。
 ミルシェの服が脱がされ、上半身から水分が拭われる。
 ミルシェの小さな身体に、AEDが付けられる。
「離れて」
 納田の指示に、全員が一歩下がる。マトーシュはアンティが抑えている。
 ミルシェの小さな身体が跳ねる。
「もう一度」
 もう一度、ミルシェが跳ねる。
 マトーシュは、精霊の国に旅立ったミルシェに酷いことをする異教徒に憎しみを感じ始めていた。

 だが、ミルシェは小さな咳をし、少しだけ水を吐いて、生き返った、とマトーシュは感じた。
 異教徒たちが、笑っている。
 納田やライマを称え、マトーシュの肩を叩く。

 マリは信じられなかった。
 死神に手を引かれた人間が、精霊の国から帰ってきたのだ。
 どんな魔術を使ったのか、あのマルシェの胸に付けた道具が魔導具なのか?
 どういう系統の魔術なのか、どうしてもそれが知りたかった。

  ミルシェがハンバー・ピッグに乗せられ、病院に向かう。アンティが運転する。
 マトーシュが乗せられ、マリも強引に乗り込んだ。

 病院では、能美が待っていた。
 診察と治療が始まる。
 ミルシェの身体に、複数のケーブルがつながる。
「バイタル、正常です」
 納田の言葉に能美が頷く。
 マリは、異教徒の言葉を聞きながら、何となく意味がわかる自分を不思議に感じていた。

 ミルシェは翌日の朝には、元気を取り戻していた。
 病院のベッドで、スープを食べさせてもらい、ちょっとうれしい。
 マトーシュがベッドの近くに座って、同じスープを食べている。

 学校が始まる前、ちーちゃんとマーニが見舞いに来た。
 チュールが少し遅れて病室を訪ね、能美の話をマトーシュに通訳する。
 チュールにとって、初めての通訳であり、とても難しい内容で、長い時間がかかる。
 学校は始まってしまったが、通訳は延々と続く。
 マリの質問が難しくてわからない。
 マリは一般的なトラブゾン人の女性の服装だが、マトーシュは「巫女様」と呼んでいる。魔導士らしい。
 そのことを能美に伝えると、能美は「ミルシェは死んではいなかったけど、とても危険だった」と言った。
 それは、何とか通訳できた。

 以後、毎日、マリが病院に来る。
 マリが病院にいれば、トラブゾン人の患者も訪れる。
 こうして、我々とトラブゾン人との密な接触が始まった。

 病院の来訪者の八割は、子供だ。「お腹が痛い」と言えば、飴がもらえる。
 飴はデンプンを糖化して作っている。子供の来院は毎日の健康管理にも役立つ。伝染病の発生をいち早く探知し、予防も可能だ。
 特にインフルエンザは恐ろしい。

 マリにとっては、驚嘆すべき毎日が続いている。
 ライマの薬草に対する知見、ミランダの作る死病をも治す薬、死者をよみがえらせる納田の魔法、そして能美が行った虫垂炎の手術。
 どれもマリの知らない、癒やしの魔術だ。

 マトーシュとミルシェは、ケレネスの同意を得て、トルクとライマ夫妻が養い親として引き取った。
 ケレネスは、マトーシュに異教徒の言葉を覚え通訳になるよう命じた。

 我々とトラブゾン人の居住地は、二〇〇メートルほどしか離れていない。
 だが、両者には見えない壁があり、完全に友好的であるわけではない。
 ただ、マリが「異教徒の魔術は強力だが、害をなすものではない」と説明して以降、ことさら避けられることはなくなった。

 マトーシュは午前中は学校、午後は望んでアンティの〝密造酒〟工場で働いている。
 酒を詰めた瓶に栓をする仕事だ。
 始めてもらった給金をすべてライマに渡すと、ライマは半分を壺に入れ、残りの半分を二つに分けて、マトーシュとミルシェに「好きなことに使いなさい」と渡した。

 街には、ネミッサとアマリネが仕切る酒屋がある。
 店頭では立ち飲みもできる。干し肉や漬け物程度だが、肴も出す。
 そんな飲み屋は、朝から客が入る。客には、ヒトだけでなく、精霊族や鬼神族もいる。

 午後遅く、マトーシュは街の酒屋に荷を届ける係の先輩を手伝って、荷車を押していた。
 その兄をミルシェが見つけ、兄を手伝う。ミルシェは荷車に乗せてもらい、一人が牽き、一人が乗り、一人が押している。
 三人はゆっくりと街に向かった。

 酒屋の店頭では、あまりガラのよくないヒト数人が居座っていた。言葉が通じないので、蛮族らしいが、それ以上のことはわからない。
 常連の客がトラブルを恐れて去っていく。
 たまたま立ち寄った〝密造酒〟営業担当のイサイアスが心配して、留まっている。

 そこにマトーシュたちが到着する。

 その数人の中からリーダーらしい男が動く。
 いきなりマトーシュの襟首をつかみ、地面に投げ飛ばす。
 もう一人がミルシェを荷台から乱暴に抱え上げ、拘束する。
 リーダーらしい男がマトーシュに何かを言う。
 ネミッサが仲裁に入る。リーダーらしい男が、ネミッサを平手打ちする。
 ネミッサがマトーシュに「なんて言ったの!」と問う。
 地面に伏すマトーシュは「女は邪魔だって」とか細く答える。
 ネミッサがミルシェを抑えている男に「その子を離しな。離さないと痛い目に遭うよ」と言う。
 男たちが笑う。意味はわからないが、凄んだことくらいは解したのだろう。
 二人がマトーシュを抑え、服を脱がせ、上半身を大気に晒させる。シャツは引きちぎられた。
 二人の男が、左右からマトーシュの腕を引き、リーダー格の男にマトーシュの背中を見せる。
 リーダー格の男が長い革の鞭を出し、それを振るう。地面に触れ、恐ろしい音を立てる。
 男が何か言い、マトーシュは怯えていたのか我々の言葉で、「妹は許して!」と泣いた。
 最初の一撃がマトーシュの背中に向けられる瞬間、リーダー格の男は地面に横たわり、自分の鞭で首を絞められていた。
 イサイアスは鞭の中程を手でつかみ、それをリーダー格の男の首に巻き、鞭の一方を右足で踏みつけ、左手で、首を締め上げている。
 イサイアスが「ミルシェを離せ」と言い、マトーシュに「通訳しろ」と言った。
 イサイアスが左手の力を強める。リーダー格の男の顔が赤くなり、カッという奇妙な声を出す。
 二人の男がマトーシュを離すが、ミルシェは拘束されたままだ。
 この状況で一番気の短い人物が登場する。
 ルサリィだ。
 すでに拳銃を抜き、ミルシェを拘束する男の額を狙っている。
 イサイアスは、リーダー格の男を絞め殺してもかまわないと考えていた。
 ルサリィの射撃の腕はよく知っている。この距離なら確実に外さない。
 さらに左手に力を加える。
 ネミッサとアマリネもライフルを手にしている。
 男がミルシェを離す。
 ミルシェがマトーシュに向かって走る。
 アマリネが二人を保護する。
 イサイアスがようやく左手の力を少し緩める。
 そして、リーダー格の男の腹を力の限り蹴り上げ、右足で首の後ろを踏みつけて、顔面を地面に叩きつける。
 血が流れる。
「うちの社員をどうこうできるなどと、考えるな」と脅し、倒れているリーダー格を連れて帰るよう命じた。
 それをマトーシュが通訳する。

 マトーシュは恐ろしかった。
 その出来事をセレネに話した。セレネは震えていた。
 トラブゾン人の命運に関わる出来事だったのだ。
 夜遅く。ケレネスが通訳を伴って我々の居館を訪れる。
「マトーシュとミルシェを引き取りたい。
 迷惑はかけられない」
 ケレネスの言にライマは納得しない。

 そして、トラブゾン人の二人目の通訳、ニエベの話が始まった。
「私は商人の娘で、惨劇のあった夜は父とともに商いに出ていました。
 マトーシュとミルシェを除いて、あの惨劇を生き延びたものはいないのです。
 トラブゾンの一族は、街にいなかった50人余りを除いて、マトーシュとミルシェ以外、誰も助からなかった……。
 トラブゾンは、トラベサスの中では傍流です。そして、主流であるアムルに支配されていました。
 数百年前は、アムルの横暴に耐えかねて、何度も抵抗しましたが、その都度、失敗し押さえつけられています。
 トラブゾン内部も一枚岩でなく、抵抗のたびに裏切りや傍観が出て、反乱は失敗してきたのです。
 最近では、重い税を払わされ、家畜を奪われ、娘を陵辱されても何もできない父親がたくさんいました。
 トラブゾン王家の姫でさえ、王の眼前で陵辱を受けたと聞いています。
 アムルは恐ろしい一族です。
 あの夜、東から人食いの大軍が雪崩れ込んできました。
 日照りが続き、川の水が減り、心配していたことが起きたのです。
 トラブゾンの街は最も東にありました。
 川の見張りはトラブゾンの街に人食いの侵入を知らせず、街を素通りしてアムルの王宮に駆け込みます。
 深夜、誰もが寝ている時刻。トラブゾンの街は人食いの大軍に囲まれます。
 物見がそれに気付き、鐘が鳴らされ、すべてのトラブゾン人は危険が迫っていることを知ります。
 街は厚い城壁に囲まれていて、人食いを食い止めることができました。
 でも、東の城門が爆破されたのです。
 そして、西の城門は巨大な丸太のつっかえ棒で外から塞がれました。
 逃げ道を失った街に人食いが侵入しました。
 人食いは数日間、街のヒトたちがいなくなるまで喰らい続けました。
 その間に、アムルは西に逃げたのです。収穫した穀物、金銀宝石などの財貨、家財道具一切を持って……。
 アムルはトラブゾンを犠牲にして、逃げたのです。
 生き残ったトラブゾンは、街に入り生存者を探しましたが、いませんでいた。
 大量の血は見ますが、死体さえないのです。
 ですが、樽に入った子供二人を見つけます。
 マトーシュとミルシェです。両親がとっさの機転で、二人を樽に入れたようです。
 私たち生き残りは、トラベサスから離れる決心をしました。
 アムルも流浪の民となり、私たちに何かを仕掛ける余裕がないと見たのです。
 西に向かって旅を続け、そして噂を聞いたのです。
 恐ろしい黒魔族を退けたヒトの集団がいると……。
 精霊を信じない異教徒だけど、もしかしたら助けてくれるのではと考えたのです。
 農地を分けてもらい。感謝しています。
 ですが、マトーシュを襲ったのは、アムルの王ドーグの嫡子ガイなのです。
 私たちがここにいては、皆さんに迷惑がかかります。
 よくしていただきましたが、ここを去ろうと思います。
 我らの指導者、ケレネスの意向です」
 最初の発言はアンティだった。
「納得できないな」
 イサイアスが同意する。
「その通りだ。あのクズ野郎を締め上げたのは俺だ。
 文句なら俺に言え」
 ベルタが「争いごとは避けたいけど、降りかかる火の粉は払わないと」と言い、由加が「そうね」と同意する。
 チェスラクが「アルム人の人数は?」と尋ね、ニエベが「一万人ほど」と答える。
 斉木が「一万か。とすると、ここノイリンを狙っているな」と予測し、相馬が「可能性はありますね」と同意する。
 俺が「アルムの集団は、いまどこにいるの?」と尋ねると、ニエベは「わかりません。ただ、定まった居住地はないと思います。とりあえず、安全などこかにキャンプを張っているのではないかと……」と答えた。

 その後は議論百出となる。

 翌早朝、マトーシュとミルシェは覚え立ての文字で、短い手紙をトルクとライマに書いた。
 そして、窓から外に出た。トルクとライマに迷惑をかけたくない。自分たちがいたら、トルクとライマが殺されてしまう。
 そう思ったからだ。

 夜間のノイリンからの入出は簡単ではない。マトーシュとミルシェは朝を待ち、ノイリン城外に出るつもりだった。

 二人がいないことに気付いたライマが、動揺し騒ぎとなった。
 総出で探すが、見つからない。
 だが、二人の行動をすべて承知している、我らのメンバーがいた。

 ワン太郎だ。

 二人を追い。ずっと監視していた。
 近くをデュランダルが通り、二人の居場所を知らせようとする。
 だが、デュランダルはじゃれつかれたと勘違いした。
 ちーちゃんとマーニがやって来た。
 ワン太郎が知らせる。
 二人はワン太郎に付いていき、マトーシュとミルシェを見つける。

 ライマが泣いて二人の無事を喜んだ。

 その日の午後には、アムル人のことがノイリン中に知れ渡る。
 住地を失った一万人の蛮族がノイリンを狙っているかもしれない、という衝撃的な情報は、ようやくここでの生活基盤を整えつつある人々すべてに共通する危機感となっていく。

 ノイリンに誕生したばかりの評議会は、紛糾していた。アムルの意思がわからないからだ。
 住地を探しているのなら、協力できることはあるし、協力は惜しまない。
 だが、我々の街を奪おうとするならば、戦わなくてはならない。
 外濠の調査が進んでいて、ノイリンならば一万人の収容は可能なこともわかっている。
 決して排外的な雰囲気ではないのだが、アムル側の意図がわからない以上、対策の立てようがない。
 ただ、トラブゾンの人々が退去する必要はない、ということは全会一致で決まった。
 むしろ、「残ってほしい」という意見が大半だ。
 彼らがいるおかげで、蛮族と呼ばれる近隣に住む多くの人々と良好な関係を築けているのだ。

 会議の席上、ケレネスをはじめとするトラブゾン人から、信じがたい情報がもたらされた。
 黒魔族がドラゴンを操ることは、俺たちもよく知っている。
 そして、野生のドラゴンは存在しないことも。
 だが、トラブゾン人は野生のドラゴンは存在し、アムル人はそれを飼い慣らしているという。
 このドラゴンは気性は荒いが草食性で、飼い慣らすと従順に従うという。
 常態は二足歩行だが、地の草を食むときなど一時的に四足で歩き、走行速度は不整地で時速50キロほど出せるようだ。
 ウマよりもはるかに持久力が強く、ヒトを乗せた状態で最高速度を二時間程度維持できるらしい。
 アムル人は、このドラゴンの背に鞍を載せ、銃と剣で戦うそうだ。
 東方においては、アムル人のドラゴンを恐れて、彼らの要求に否を言う民族はいない。
 トラブゾン人もアムル人のドラゴン騎兵を恐れて、一切の抵抗をしなかったそうだ。
 結果、アムル人は傲慢になり、やりたい放題。良識ある指導者ならば、犯罪的行為はさせないのだろうが、歴代のアムル王はそうではなかったらしい。

 由加とベルタは、戦闘車輌を固定化し、一定の戦力を常時維持できる態勢に移行させようと努力していた。
 戦闘車輌の中核は、セイバー偵察戦闘車、シミター偵察戦闘車、BMD‐1戦闘車、BTR‐D兵員輸送車、サラディン改装甲車、チャーフィー軽戦車の六輌だ。
 スコーピオン軽戦車には、フォックス装甲車の砲塔が載せられ、三〇ミリラーデン砲搭載のセイバー偵察戦闘車となった。BMD‐1とBTR‐Dは、大型砲塔に二〇ミリ機関砲を搭載する戦闘車になった。
 サラディン改も二〇ミリ機関砲搭載だ。
 七六・二ミリ砲搭載はチャーフィー軽戦車だけとなっていた。
 利用頻度の低い車輌は、OT‐64とBTR‐80の両八輪装甲車とTM170ハームリン四輪装甲車だ。
 このうち、ハームリンは戦闘用設備をすべて撤去し、水陸両用の人員輸送車に改造することが決まっている。
 二輌のESKムンゴは、物資輸送用の装甲トラックに改造された。
 XA‐180とフクスの両六輪装甲車は、長距離移動の足として活躍している。
 二輌の八輪装甲車は、あまり活用されていない。
 そこで、OT‐64にはサラディンの砲塔を、BTR‐80にはスコーピオンの砲塔を載せることにした。
 そうすれば、いざというときは装輪の歩兵戦闘車として使える。
 そんな改造もそろそろ終わろうとしており、金沢やイアンは「車輌の製造を始めようか」と相談をしているところだった。

 秋の収穫が終わり、我々の居館の整備も進み、クフラックから救出した子供たちも落ち着きを見せ始め、ノイリン中心部は活気を見せている。
 来訪者も増え、黒魔族の脅威は見えず、フルギア人の手出しはなく、穏やかな日々が続いている。

 俺だけでなく、誰もがこのまま平穏な日々を続けたいと願っていた。
 だが、やって来た。
 アムル人が!
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