200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第7章

07-190 大西洋の覇権

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 大西洋はセロのものだ。
 ヒト属の“生息地”は、リビア東部国境付近以西の北アフリカと西アフリカ沿岸およびサブサハラ西部だけ。
 ヒト、精霊族、鬼神族は、いつ絶滅しても不思議ではない状況に置かれている。
 つまり、ヒト属は“絶滅危惧種”なのだ。 ヒトが生き残れる可能性は、わからない。いまだに続いていると思われる地球史上6回目の大絶滅は、ヒトを例外扱いしていない。
 ヒトの分析では、適応放散に成功している種はヒトを含む有胎盤類ではなく、有袋類だ。それと、爬虫類のうち鳥類を除く主竜類。
 新生代第三紀と第四紀の主役たる鳥類と哺乳類有胎盤類は劣勢にある。
 それでも、ヒトは生き残る術を必死に探している。

 200万年後において、日々の食い扶持を稼ぐことは容易ではない。
 移住が完了すると、水陸両用トラック“ダック”の需要は激減した。替わって、オート三輪の販売が好調。構造が単純で、悪路に強く、過積載によく耐える働き者だからだ。
 4輪装甲車“フロッグ”は、継続的にクマンが購入してくれる。半数以上は湖水地域に転売され、交易路の警備に使われている。
 船舶は沿岸交通の主力である、45メートル級と60メートル級高速船が順調に売れている。
 だが、移住が終わった結果、利幅の大きい90メートル級や120メートル級輸送船は需要がなくなった。
 航空に関しては、輸送機の需要が多く、該当する機種がない王冠湾は商戦から取り残されている。

 土井将馬は、次の開発案件に悩んでいた。彼と長宗元親との差は、経営手腕にあった。長宗は需要の予測を行い、市場にあった船舶を間断なく投入できる。
 対して土井は、飛行機を作る才はあっても、マーケットを読む力がない。
 土井は悩んだが、考えをある程度まとめて、長宗と井澤貞之に相談する。
 3人の会談は、造船所の会議室で行われた。

「2人に相談したいことは、次の飛行機なんだ」
 土井の問いに井澤が即答する。
「中型ヘリコプターと洋上を広く哨戒できる飛行機がいる」
 長宗も同意するように頷く。
「BK117ラコタに比肩するクラスのヘリコプターは、需要があると思う。実際、王冠湾でも必要だ。
 哨戒機だが、広大な洋上を捜索するには長大な航続距離が必要になる。
 パトロールには、ハンマーヘッド級6隻を投入するが、それだけでは足りない。
 空からの監視も必要だ」
 土井が居住まいを正す。
「哨戒機となると、安全を考えて双発か4発機。現実的には双発になる。
 翼のデータがあるので、全長13メートル、全幅19メートル、乗員・乗客15ほどの機体が作れる。
 これ以上の機体規模だと、現在の王冠湾では無理だ」
 長宗が即答する。
「それでいい。
 ヘリコプターの開発は、難しいことは理解している。まずは、固定翼機からだ。
 その機なら、軽輸送機として、外販もできるだろう。
 ドミヤート地区は、双発大型のボックスカー、双発中型のスカイバン、双発小型のアイランダー、単発軽飛行機のボナンザを製造している。
 この4機種で、輸送機市場をほぼ独占だ。
 だが、これからはクフラックが黙っていない。ツインオッターの開発に成功しているから、巻き返しを図るはず。
 そこに割って入るなら、隙間を狙うしかない。
 スカイバンが30人乗り、アイランダーが10人乗り、その中間の20人乗りはツインオッターだ。
 隙間狙いは常道だが、かなり難しい」
 この時点で、土井は仕様を固めていた。
「既存機種は、1500キロ程度の航続性能しかないから、2500キロ以上飛べるようにして、速度も時速200キロ以上高速にすれば、需要が見込めるかと……」
 井澤が即答し、長宗が頷く。
「それでいこう」

 土井将馬の動きは速かった。主翼は九九式双発軽爆撃機(キ48)を基本に、胴体はYS-11の前後左右短縮版とした機体をわずか1カ月で設計する。
 設計進行と同時に機体の製造を始め、荷重試験用0号機と試作1号機は、わずか3カ月で完成した。

 エンジンは、ドミヤート地区製PT6ターボプロップを搭載していた。翼端にチップタンクがあり、航続距離は2500キロに達する。
 初飛行は、設計者たる土井自身の手で行われた。その後、ミエリキなど多くのパイロットが操縦し、操縦性に大きな問題がないことを確認する。
 0号機は荷重試験で破壊されたが、2号機から4号機までが続けて試作される。
 1号機と2号機は哨戒機仕様で、3号機と4号機は旅客機仕様だった。
 旅客機仕様は時速550キロで巡航できることから、すぐに各地域から注目を集める。
 王冠湾のクマン滞在者は、至急の密使を本国に送り、「王冠湾が高速旅客機の開発に成功」と伝える。
 クマンのパイロットにも操縦の機会が与えられ、彼らは第2報として「従来機とは隔絶する高速輸送機」と伝える。
 クマン政府は強い興味を抱き、調査団を派遣する。
 この時点では、まだ4機しかなかったし、追加製造するための物資もなかった。
 調査団は、クレイン(鶴)と呼ばれる双発機に強い興味を示したが、いくつかの疑問を抱いていた。
 調査団と土井将馬が会談したのは、航空機工場の殺風景な応接室だった。
「こんな部屋しかなく、もうしわけありません。王冠湾は、まだまだ開発途上なので、どうかお許しください」
 調査団長は、土井の謝罪を真正面から受けた。
「それは、我らクマンも同じ。王都を失って以来、あれはない、これもない、なのです」
 だが、王冠湾の“ない”とクマンの“ない”には埋めがたいレベルの差があることを土井は承知していた。
「クレインの乗り心地はいかがでしたか、調査団長」
「とてもよい。
 座席数を減らして、我が元首の専用機にできよう。我が国はいまだ航空機を保有していないが、王冠湾の力を借りてパイロットと整備員の養成をしている。
 まもなく、我がクマンも、バンジェル島やクフラックと同様、軍民ともに航空を発足できるであろう。
 そこで、尋ねたいことがある。
 戦闘機は作らないのか?」
 土井は意外な質問に少し慌てる。
「戦闘機ですか?
 実は、クレインには複座の戦闘爆撃機型が計画されています。タンデム複座です。
 キャノピーはターボマスタングのものを一部流用する予定です。
 対空爆撃型と長距離偵察型も計画しています。対空爆撃型とは、現在、ハボックで行っている手長族の飛行船を空中で攻撃するための機種です」
 調査団長が少し考える。
「戦闘爆撃機型の完成は?」
「現在は計画段階です。
 戦闘爆撃機型と偵察機型は胴体が同じなので、並行して開発できます。
 同じ胴体にする理由ですが、生産効率の点から、そうしたほうがいいので……」
 調査団長は、一瞬だが瞑目する。
「クマンとしては、手長族の飛行船基地を攻撃したいのだ。
 そのためには爆撃機が必要だが、バンジェル島やクフラックはクマンに飛行機を売りはしないだろう。クフラックの連邦に参加したカラバッシュも同じ。いまや、シェプニノやカンガブルも連邦に加盟した。
 今後は航空機はもちろん、戦車だって供給してもらえるのか、疑問だ。
 ならば、王冠湾を頼るしかない」
 土井には、複数の航空機開発案があった。だが、現状を鑑みながら現実的な判断をすれば、開発案件は限られる。
「ターボマスタングに似た単発単座の戦闘爆撃機を開発できます。
 すぐにでも……」
 調査団長だけでなく、調査団員全員が身を乗り出す。
 ターボマスタングは、胴体の一部、最大の変更点は胴体前部だが、主翼や尾翼、防火壁よりも後部胴体はほぼそのまま使っている。垂直尾翼のドーサルフィンをやや大型化したことと、同隊下部のラジエーターを取り外して成形した程度の改良しかしていない。
 クフラックやバンジェル島暫定政府は王冠湾にガラクタを与えたと思っていたが、そうではなかった。
 このため、両政府は「契約とは違う」と文句を付けた。ターボマスタングの製造を許可した覚えはないと。
 結局、立場の弱い王冠湾は、ターボマスタング製造を諦めるしかなかった。確かに金属屑として受け取っていたが、製造を拒否されてもいないはずだった。
 契約に曖昧な点があるが、それを除いても嫌がらせであり、王冠湾の航空機産業に対する妨害なのだが、王冠湾は受け入れた。
 受け入れた理由は、土井が「まぁ、近似の機体は作れますよ」と軽く答えたからだ。
「ドイ殿、それは本当か?」
「えぇ、調査団長、だから受け入れたんです。製造禁止を」
「開発資金は、クマンが用立ててもいい。貸し付けとなるが、金利は抑えよう。
 また、事前注文もする。完成機が仕様通りの性能ならば、約定通り購入する。
 また、クレインを2機注文しよう。少なくてすまぬが、パイロットの数が限られるので仕方ないのだ」
 土井は、喜びを顔で表現した。
「ありがとうございます。
 ご購入感謝します」

 花山真弓と土井将馬のサシの会議は、花山のマウントで始まった。
「土井さん、結局何が作れるの?」
 マウントされはしたが、土井は微笑んだ。
「1930年代から21世紀まで、各務原で設計・製造されたすべての航空機。回転翼機を含めて。
 現実的には、複合材を使っていない1970年代までの航空機ならば、不確定要素となる設計の変更は必要ないね」
 花山はじれったかった。それでは、何が作れるのかわからないのだ。
「具体的現実的機種で言ってくれる?」
「現実的にはそう多くないよ」
「じゃぁ、実現の可能性を含めて」
 土井はノートパソコンの画面を見せる。
「三式戦闘機系列、九九式双発軽爆撃機系列、P-2Jネプチューン、P-3Cオライオン、YS-11旅客機、T-33練習機。
 この辺は可能性としては確実性が高いかな。
 実際、クレインは九九式双発軽爆撃機の系列だからね。
 双発の輸送機ならば、YS-11がいいと思う。
  資材さえ調達できればだけど。
 P-3Cは4発なので、最初から製造数が限られる。カラバッシュのリベレーターがいい例だ。
 YS-11を作る場合、問題はエンジンで、原型機のダートはタザリン地区が製造しているけど、現実の問題としてパワー不足。
 T64が必要だけど、どこも作っていない。でも、我々は8基持っている。1機か2機なら作れる。
 それに、畠野さんなら時間はかかるかもしれないけど作っちゃうでしょ」
 花山は少し考える。
「クマンが欲しがっている、単発単座の戦闘爆撃機は?
 マスタングは作れないんでしょ」
 土井が即答する。
「クフラックとバンジェル島暫定政府が文句を言ってきたから……。
 折れるしかないよ」
 土井はパソコンの画面を見せながら、話を続ける。
「三式戦闘機系列の設計を流用して、作るつもり。
 実機を見たことがあるし、設計資料は完璧に揃っている。マスタングで、設計変更の要領も経験済みだし。
 それと、コックピット回りはマスタングをそのままパクるよ。キャノピーも、そのまま。
 こういったところの設計は地味だけど手間がかかるし、部品調達もたいへんだけど、マスタングの資材が4機分あるから、だいぶ手間を減らせる」
 花山が少し考える。
「となると、問題はエンジンの供給ね」
 タザリン地区は王冠湾にエンジンの供給をしてくれているだろうが、断たれる可能性もある。だが、可能性としては低かった。
 タザリン地区は航空機を製造していないからだ。エンジンの売却先は、多いほうがいいのだから、王冠湾も売り先として考えてくれるはず。

 大西洋上でのセロの飛行船に対する索敵攻撃は、3機のハボックを使って続けられている。1機に搭載された105ミリ榴弾砲は、威力と命中精度に問題はないのだが、手動装填であるため、何発も命中させることが難しく、検討の結果取り外された。
 3機には爆弾倉が設けられ、対飛行船用500キロ爆弾1発を搭載して、レーダーピケット船からの飛行船発見の報を受けて、出撃していた。
 過去3カ月間に12隻を攻撃し、7隻を大西洋の海中に落としている。この戦果は、撃墜が難しいセロの飛行船に対して驚異的だった。
 この戦果に対しては、クフラックは懐疑的であり、バンジェル島暫定政府は誇大だと断定している。
 しかし、クマンは信じた。
 理由は、明らかに黒服の行動が停滞し始めていたからだ。セロの輸送飛行船を集中的に狙う作戦が成功している証でもあった。

 黒服は、王冠湾から飛び立ったハボックが多くの輸送飛行船を沈めていることを知っていた。攻撃されたが爆弾が命中せずに、生き残った船があったし、命中しても撃沈を免れて生還した船もあったからだ。
 黒服にとって、王冠湾への空襲は絶対に行わなければならない作戦だった。

 セロの輸送飛行船は船団を組むことが、ほとんどない。その理由についてはわからないが、輸送飛行船の主力である250メートル級の隻数が多くないことが理由だろうとヒト側は推測していた。
 だが、黒服は8隻からなる輸送飛行船団を編制する。
 これは、王冠湾のハボック隊には絶好の獲物だったが、同時にハボック3機では狩り切れない獲物の数だった。
 当然、他の機種、具体的にはターボマスタング4機の投入も考えなければならなかった。
 攻撃可能全機の投入に、航空隊と航空機工場は前のめりで、実際にそう動いた。
 だが、兵器開発を担当する奥宮要介と車輌開発を担当する加賀谷真梨は違う見方をしていた。
 加賀谷真梨は「釣りじゃないの?」と疑い、奥宮要介は「こりゃぁ、明らかに罠だぞ」と確信していた。

 議論する時間はなかった。
 花山真弓は「出撃可能な全機出撃」を命じ、同時に対空砲部隊に「手長族の空襲の可能性大。最大の警戒」を発した。
 奥宮要介と加賀谷真梨は、完成、未完成を問わず、使えるすべての対空兵器を総動員することで一致する。
 対空兵器の主力は、大仰角での発射に対応した自走105ミリ榴弾砲と同じ車体の自走連装40ミリ機関砲だ。
 自走105ミリ榴弾砲の砲塔を製造する造船所では、砲塔の塗装をプライマー(防蝕)だけの状態でも、砲の製造工場に出荷した。
 砲の製造工場では、届いた砲塔に砲を載せて、車輌工場に送る。
 車輌工場では、とりあえず砲座になればいいとする車体に砲塔を載せる。
 こうして、どうにか総計20の対空車輌を短時間に揃えた。この中には、すでに配備されている車輌も含まれている。
 その他、対空銃架に載せられた12.7ミリ機関銃や4輪水陸両用装甲車の“フロッグ”の20ミリリボルバーカノンも配置につく。
 対空用は45口径榴弾砲を流用する予定だったが、同じ砲塔を用いる40口径や35口径105ミリ砲搭載型も仰角を上げる。

 ヘリコプター隊は、南島から300キロほど離れた洋上に滞空する小型飛行船の駆逐を開始する。
 ヘリコプターの数は多くないが、稼働可能全機が出撃する。滞空する飛行船は、西洋上に1隻、南洋上に2隻。
 ヘリコプターは6機。2機ずつ目標に向かう。

 マーニとホティアは、航法員を乗せて西方洋上の飛行船に向かう。
 空高く、赤色の狼煙が上がる。明らかにセロの小型飛行船から発射されたものだ。
 セロは無線を持たない。通信は発光信号かロケット式の発煙弾を使う。長距離の場合は狼煙が多い。
 この日は晴れており、大気は澄んでいる。輸送飛行船団に向かう3機のハボックと4機のターボマスタングを発見したのだ。

 王冠湾は生き餌に引っかかった。

 同時に輸送飛行船団が踵を返す。北アメリカに向かって逃走を始めた。
 輸送飛行船の速度は遅く、最大でも時速60キロほど。逃げても追い付ける。王冠湾側も、十分に引き付けてから離陸している。

 偵察・索敵の小型飛行船も南に向けて逃走を始める。速度の速い小型飛行船を追うことはヘリコプターには荷が重い。
 だが、追い払うことが任務の主眼なので、マーニとホティアは追撃しながら、断続的にロケット弾を発射し、浮体に数発命中させた。
「ホティア、帰ろう。
 帰還しないと燃料が……」
「そうだね、マーニ、どうにか追い払ったし」
 戦果不十分だが、これ以上の追撃は燃料不足から無理だった。

 7機が離陸してから3時間後、25メートル級と50メートル級飛行船が南島に急速接近していた。
 レーダーで捕らえ、操縦訓練用にドミヤート地区から購入した単発小型輸送機ボナンザによる、索敵で確認した。
 隻数は20。大船団だ。飛行船としては機動性が高い小型船だけによる、空爆を企図したのだろう。
 飛行船団は単縦陣で南東方向から王冠湾に殺到する。
 命中精度を意識したのだろうが、高度を下げすぎた。150メートルまで降下したら、ヒトのすべての銃砲の標的になってしまう。

 王冠湾では、老人、子供、傷病者などの非戦闘員を島の南に避難させ、戦える男女のすべてが武器を手に待ち構えていた。
 黒服の爆撃は無差別だった。工場も住居も関係なく、ヒトの建造物すべてを攻撃対象とする。セロはヒト属の個体属性を識別しないので、当然そうなるのだが……。
 年齢性別に関係なく、ヒト属であれば無条件に殺す。ヒトがゴキブリに対するように。

 105ミリ砲、40ミリ機関砲、20ミリ機関砲による対空砲網は、想像以上に効果的な威力を示す。
 造船所では、エンジンが未調整のハンマーヘッド級高速武装船を港内に繋留して、防空にあたらせたし、車輌工場では履帯が巻かれていない車輌を駐車場に引っ張り出して、対空射撃をさせた。
 使えそうなものは何でも使った必死の防空戦は、セロの意図をほぼ挫くことに成功する。

 そして、ドミヤート地区とタザリン地区から戦闘機や戦闘爆撃機が次々と離陸し、送りオオカミとなった。

 3機のハボックと4機のターボマスタングは、8隻の輸送船団に対する追撃を続けている。
 7機で8隻は落とせないが、3隻ないし4隻は海底に沈めたい。
 そうすればヒトのソロバン勘定では、ヒトの完勝となる。
 だが、セロの判断は異なる。セロはヒトを殺せなければ負けだが、どんなに帳尻が合わなくてもヒトが死ねばセロの勝利なのだ。

 セロは、ガウゼの法則(競争排除則)に則り、ヒトの個体数を減らすことができればいいのだ。

 ハボックを操縦する土井将馬は、輸送飛行船団各船がバラバラに西に向かっていることにやや驚いていた。
 単縦列で航行しておらず、また群れてもいない。バラバラなのだ。これでは「襲ってください」と手招きしているようなものだ。
 咄嗟に「罠か?」と疑いはしたが、ヒトならあり得るが、セロにはそのような精神構造はない。
 思考がヒトほど複雑ではない、ヒトほど狡猾ではないのだ。

 土井の思考は唐突に途切れた。
 ミエリキが操縦するハボックが輸送飛行船に投弾し、命中させたのだ。
 輸送飛行船の外皮は武装船(軍用船)ほど硬質・頑丈ではなく、風船がはじけるように吹き飛んだ。
 また、内嚢の数も少なく、大型の気嚢が6個ほどあるだけ。3個が破れたら降下が始まり、4個がガスを失えば滞空できなくなる。
 だが、輸送飛行船は着水しても沈まない。気嚢が水に対する浮力を維持し続けるからだ。

 着水した輸送飛行船にターボマスタングが襲いかかる。ロケット弾と機銃掃射で、気嚢を破壊するためだ。
 すべての気嚢を破壊すれば、海中に没する。

 ハンマーヘッド級高速武装船とレーダーピケット船も海域に到着する。
 そして、着水したり、高度が落ちた輸送飛行船に攻撃を加える。

 土井は投弾したが外してしまった。
 その後は、機首の20ミリリボルバーカノンで攻撃を続ける。
 巨大で脆弱なゆっくりと回転するプロペラを破壊してしまえば、輸送飛行船は風任せで漂う風船にすぎない。
 各機が帰還のための燃料が心配になるまで、飛行船を攻撃し続ける。
 結局、3隻を沈め、5隻に逃げられた。無傷の輸送飛行船はないが、逃げられたことには変わりない。

 花山真弓は、この戦いの戦果を十分とは考えていない。
 土井が「もっと飛行機があれば……」と言ったが、それ以前にパイロットがいない。
 花山は「一時的に大西洋の制空権を奪ったとしても、長くは維持できない」と判断する。
「当面は、気長に渡航を妨害するしかない」と考えている。

 王冠湾の損害は湾岸に集中していたが、軽傷者多数、重傷者若干、死亡者なしだった。
 つまり、セロの価値観では、ヒトの勝利だった。
 だが、造船所の一部が破壊され、復旧には莫大な資金と膨大な時間が必要だった。
 ヒトの価値観なら、ヒトの敗北であった。

 香野木恵一郎は、パレルモの居室からティレニア海を眺めていた。
 心地よい風が入る。
 彼の悩みは、食糧不足が顕在化する前に対処することだった。その方法がわからない。
 だが、湖水地域とクマンの食料供給能力では、食糧を自給できない北アフリカと西アフリカの移住者を支えられない。
 それに、セロの攻撃、オーク(白魔族)の動向が気になる。
 加えて、いまだに完全な接触ができていない救世主やアトラス山脈東麓のヒトのことも気になる。
 さらには、噂の域を出ないが“不死の軍団”の存在の有無を突き止めなければならない。
 ヒトは、種が生まれた場所であるアフリカに帰還したが、安泰ではなかった。
 種の存続を賭けた戦いはまだまだ続く。
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