200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-191 大地溝帯

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 北アフリカと西アフリカは大移動を終えたものの、大混乱は続いている。
 だが、ドラキュロの脅威からは逃げおおせた。頑迷な一部のヒトは西ユーラシアに残ったが、生命は長くないだろう。
 ノイリンでは、優生主義者たちが残置された。彼らには、選民思想もあった。最後まで「我々は選ばれたヒトである。ヒト食いは動物に過ぎない。ヒトが動物を恐れるなどあり得ない。たかが動物であるヒト食いは怖くない」と主張し続けた。
 香野木恵一郎は彼らを説得しようなどとは、まったく思わなかった。半田隼人は大義の性悪であったが、香野木恵一郎は冷酷な性善だった。

 今年の春先は寒かった。
 ヒトは一切合切を移住先に運びたかった。比喩ではなく、納屋の礎石までも持ち出したい思いがある。
 誰もが「今年の夏も荷物を運び出せる」と確信していた。

 だが、4月の中旬を過ぎると永久凍土の深部が溶け始める。気温が急上昇し、ドラキュロはライン川を渡り始める。
 その場に何もかも打ち捨てて、逃げるしかなかった。頑迷な人の多くも、このときに逃げた。どれだけ頑固でも、原初的恐怖には打ち勝てない。
 集団で残ったヒトは、逃げなかった。誰かが「逃げよう」と発すればいいのだが、それができないから残っている。
 ノイリンには数百人以上が残っていた。彼らは逃げ遅れ、救出の手段はなく、またノイリン出身住民に救出の意思はない。
 見放していた。

 見殺しだった。

 ドラキュロがライン川を越えた2日後には、ノイリンの外郭にドラキュロが侵入していた。ロワール川を下って逃げるフルギア商人からの情報だ。
 航空偵察は行わなかった。航空燃料は常時逼迫した状態だったし、仮に生存者がいたとしても救出はできない。
 ノイリンの飛行場は外郭にあるのだから。
 それに、彼らには半田隼人殺しの嫌疑がかけられていた。証拠は何もないが、ノイリンの住民は誰もがそう思っていたし、優生主義者たちも否定しなかった。

 半田隼人殺しの犯人は、優生主義者たちには英雄だった。
 優生主義者たちは、名乗り出ない影の英雄を真に尊敬していた。

 香野木恵一郎は、チュニジア付近に留まっていた。白魔族の街はヒトによって改造され、ヒトの街となり、カルタゴと名を変えた。
 そもそも、この地を白魔族が何と呼んでいたのかは知らない。
 彼はここで、いまだ続いている移住の混乱を緩和しようと奮闘していた。

「これを奥様に、ぜひ」
 フルギア商人の奥方は、香野木恵一郎が妻帯しているものと決めていた。
「はぁ……」
 香野木は不審を感じる。
「これは、シルクですか?」
「もちろんですとも。
 本物のシルクです!」
 繊維の天然素材なら、動物性ならウール、植物性なら綿や麻がよく使われている。
 しかし、絹は初めてだった。
 太陽が高いうちから、女性の夜着を手にすることはいささか気恥ずかしさを感じたが、それが絹織物であることに驚いていた。
「シルクはどこで……」
 奥方は、当然のように答えた。
「もちろん、東方から交易で得たものでしょう」
 だが、彼女の夫君は香野木の疑問を正確に理解した。
「シルクは、東方フルギアの商人が独占的に商っています。
 東方フルギアはあの通り粗野ですから、このような繊細な織物は作れません。
 絶対に!
 どこから入手するのかまったくわからないのです」
「フルギアの大商人である、あなたでも?」
「私にわかることなど、この世のごくわずか」
「でしょうが、シルクの価値は黄金と等価とさえ言われます。
 商人である以上、シルクを扱いたいとは思わないのですか?」
「それは、もう。
 喉から手が出るほどの商品です」
 フルギアの大店の主は、微笑んだ。
「東方、ってどこでしょうね?」
「東方のわけはないでしょう。
 ライン川よりも東にはヒトはいないのですから……。
 私は、アルプスの南ではないかと……」

 彼の来訪の目的は、彼の船の漂着場所がギガスの勢力圏であることから、船と荷の回収の仲介をしてほしい、ということであった。乗員はギガスによって救助されたが、彼らとのコミュニケーションは難しいので、支援を求めてきたのだ。
 香野木は彼の頼み事よりも、シルクの出所のほうが気になった。
「シルクは、フルギアやヴルマンでは生産されていないのですか?」
「はい。
 製法がわかれば、フルギアでも作ります。
 ですが、不器用なヴルマンでは無理でしょう」
 フルギア対ヴルマンの戦いは、あらゆる場面に登場する。

 長らく大国フルギアは小国ブルマンを歯牙にもかけていなかったが、ヴルマンの存在感が増してきている現在、両者のライバル意識は否応なく高まっていた。
「シルクは、カイコ(蚕)という虫のサナギから作るんです」
「!
 コウノギ様、なぜそのようなことを知っているのですか!」
「私が生まれた国は、その昔、シルクの産地だったのです。
 一時期は、国を支える輸出商品でした。
 私は幼い頃、カイコを育てましたよ」
「シルクは、黄金と等価。
 ぜひ、製法を!」
「ですが、それ以上のことは知らないのです。それで、気になるんです。東方フルギアは、シルクをどこから手に入れていたのか、が……。
 カイコを育てるには膨大な量のクワ(桑)という植物が必要。
 桑畑は見たことがない……」
「コウノギ様は、東方フルギアの廃棄奴隷を助けられましたね。
 彼らが知っているのではないですか?」
「そうですか。
 調べてみたいものです」
「もし……」
「もし?」
「シルクの産地を訪ねるなら、資金の一部をご用立ていたしましょう」
「ただし?」
「条件がございます。
 仕入れた商品は、私どもフルギアの貿易商ギルドが独占させていただきたいのです」
「まぁ、そうでしょうね。
 ですが、無理でしょう」
「なぜ?」
「シルクの産地を探しに行くとなると、北方人やクマン、湖水の商人たちも黙ってはいませんよ。
 ヴルマン商人だって」
 大店の主はしばし考えた。
「資金とヒトも出しましょう。
 フルギアをお忘れなく」

 この時点における香野木恵一郎の心は、シルクの産地がどこなのか、興味をそそられている程度のことだった。
 だが、大店の主の要請を受け、ギガスと交渉して、漂着船の乗員と積み荷の回収を手配し終える頃には、噂には尾鰭どころか胴体や頭まで付いていた。

 井澤貞之は怒り心頭に発していた。
 クマン政府から「シルクの産地を探す探検に対して資金を出す」との申し入れがあったからだ。
 同様の問い合わせは、ドミヤートとタザリンの両地区行政府からもあり、湖水地域は使者まで送ってきた。
「香野木さんが、また勝手なことを始めた!」
 井澤からそう詰め寄られた花山真弓の怒りは、大気を振るわせ4000キロ離れたカルタゴまで届いた。
 実際は、無線でいつも通り「バカじゃないの!」と怒られただけのだが……。

 東方フルギアの解放奴隷たちは、西サハラ湖北岸に移住していた。ここは肥沃な土地で、開墾すれば作物がよく育つ。
 香野木は、彼らの支援を東岸の住人であるスパルタカスに頼んでいた。
 スパルタカスは歴史家であり、思想家だが、政治家ではない。だが、東岸を統治できるのは彼しかいなかった。
 貴尊市民は、不当に蓄財した金銀宝石と食料は供出させられたが、住居・家財などは没収されなかった。
 だが、労働手段のない彼らは、すぐに困窮した。使用人などいない低位の貴尊市民は、どうにか生活の糧を得たが、何もかもを労働市民に頼っていた高位者は売り食いするほかなかった。
 土地を売り、住居を売り、家具を売り、衣服を売り、我が子をも売った。
 これら、お荷物のヒトたちもスパルタカスが導かなければならない。
 西ユーラシア脱出期において、混乱が少ないのは移住の必要がないクマンと湖水地域だ。彼らは、西サハラ湖東岸社会に各種の支援を行っており、この2地域の発言力は強くなっていた。
 移住のただ中で、余裕のない他の勢力は、それを傍観するしかなかった。

 香野木恵一郎を訪ねて、体格のいい男2人が尋ねてきた。
 1人はガレリア・ズームで、もう1人はカート・タイタンと名乗る。香野木とは初対面だが、香野木はガレリア・ズームの名を知っていた。
 だから会った。すでに、酒場が賑わう時間になっていた。
 香野木は会議室で、大酒飲みと推察する2人に残り少ないスコッチウイスキーを勧める。
「遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。
 あなたの武勇は、カルタゴまで届いています」
 香野木が3つのグラスにスコッチを注ぐ。
 3人は立ち上がり、乾杯する。これが、この世界の流儀だ。初対面の男は、友誼の証に酒を酌み交わす。
 3人がダイニングチェアに似た椅子に腰掛け、香野木が促す。
「どのような用件ですか?」
 ガレリア・ズームが身を乗り出す。
「私は、スパルタカスの命で湖北岸に常駐している。
 そこで、彼と出会った」
 香野木がカート・タイタンに顔を向け、ガレリア・ズームが続ける。
「彼は、シルクの産地に4年8カ月いたそうだ」
 カート・タイタンが引き継ぐ。
「俺は東方フルギアの奴隷だった。漕ぎ手として、交易船に乗っていた。
 船頭の命令通りに漕ぐだけだが、俺は奴隷になる前は天測技師だった。
 で、船は南に向かっていた。
 嵐に遭い、船は沈没、水夫の多くは溺れるか海龍に食われた。だが、俺と数人が助かった。
 そこが、シルクの産地だった。
 船はその地を目指していて、遭難したんだが、帰りの船を待っていたら4年8カ月も経ってしまった」
 ガレリア・ズームが話を引き取る。
「で、その地だが、おおよそだがわかるそうだ。
 シルクの価値は黄金と等価だそうじゃないか。そこに行く計画があると聞いた。
 だから、会いに来た」
 シルクの産地を知っている、という持ち込み話は多いが、すべてが作り話だった。
 香野木はこの話に、興味を感じていなかった。
「シルクを作っているヒトは?」
 カート・タイタンは即座に否定する。
「ヒトに似ているが、ヒトとは違う。
 だが、精霊族や鬼神族とも違う。
 精霊族と比べればだが、ヒトと精霊族よりはヒトに似ている。
 耳が丸く、大きいんだ。耳を動かして、感情を表現する。イヌみたいに……」
 香野木は意外な話に少し興味を持つ。
「その大きな丸い耳を持つヒトに似た種族は、何を食べているんだ?」
 ここで「食人族」の話になる。ドラキュロとオークをごちゃ混ぜにした、奇怪な種族の話になることが常。
「トウモロコシだ。
 彼らの主食はトウモロコシ粉なんだ。パンにして食べている。
 それと、自分たちは食わないのに、わけのわからん葉っぱを育てている。
 大量に」
 意外な展開に驚くが、それとなく食人の話に振る。
「動物性タンパクは?」
「タンパク?
 動物は狩らないし、魚を食べることも少ない。だが、カニやエビ、貝は食べる。海で捕れるものではなく、川や池などで捕まえている。あれば川や池の魚は食べる」
 これも意外だ。おどろおどろしいヒト食い人種の話にならない。
「シルクの原料を見たことは?」
「ある。
 白い糸でできたタマゴのようなものだ。かなり小さい。タマゴの繊維を紡いで、糸を作るんだ。
 だが、そのタマゴができる草か木は見せてはもらえなかった。絶対に秘密らしい」
 カート・タイタンは、絹の原料を植物性繊維だと確信しているようだ。カイコの繭が昆虫のサナギだとは想像さえしていないようだ。
 それと、カイコは家畜化された昆虫で、自然には存在しない。
 香野木は、彼が知る情報を秘匿した。
「シルクの産地に行けるか?」
 カート・タイタンが小首をかしげる。
「たぶん……」
「では、行ってみよう」
 ガレリア・ズームがパチンと手を叩く。
「おもしろくなってきたぞ!
 俺たちは一度湖畔に戻る。
 あんた、1人で行くなよ。
 抜け駆けは禁止だからな!」

 その夜、貧相な体格のおっさんと、むさ苦しい巨漢2人は朝まで飲んだ。

 ガレリア・ズームがシルクの産地に行くという噂は、数日で数千キロを駆け巡った。
 湖水地域の商人たちは、パウラを頼ってクマンまでやって来た。
 パウラに勝手をさせないために、ブーカが護衛という名の監視役を付けた。

 Nキャンプを差配する半田千早は、何もかも投げ出して、絹の出所を調べに行きたかった。
 日を追って、その思いは強くなる。

 ラクシュミーは「探検に行く」と子供のようにはしゃぐガレリア・ズームに呆れ、それを許可したスパルタカスに腹を立てていた。

 パウラは王冠湾に渡る策を練っている。
 マーニとホティアは、隊員が募集されていないのに志願した。

 イサイアスとチュールは、不穏な空気が流れるNキャンプでオロオロしている。
 健太とキュッラは、軽装甲バギーを入念に整備している。長旅に備えて、補修部品を集め始めてもいる。
 チュールは物資を輸送して、ヒューイ(ベルUH-1イロコイ)でNキャンプを訪れたが、イサイアスに強く引き留められていた。
 イサイアス自身、城島由加に命じられてNキャンプの様子を見に来ただけなのだが、半田千早の落ち着きのなさに不安を感じ、留まっていた。

 カルタゴやバンジェル島では“シルク人”なる言葉が生まれていた。
 東方フルギアのガレー船でも行ける“どこか”に、絹を紡ぐヒトがいる。いや、ヒトではないかもしれない。
 だが、いつしかその集団は“シルク人”と呼ばれるようになっていた。

 Nキャンプの夕食は、豪勢な焚き火を囲んで始まった。肉が炙られ、魚が焼かれ、野菜のスープが添えられて、パンが配られる。
 半田千早は針のムシロに座っている。何も言わなくても、彼女の心は近しい誰からも見透かされている。
 湖水地域の若い男性商人が、絹織物の話を始める。
「シルクだ。
 シルクが手に入れば、大儲けできる」
 半田千早は、無言を貫けなかった。
「200万年前のことだけど……。
 動力船や自動車、飛行機がまだなかった時代、シルクロードという道があったんだ」
 その男性商人が食いつく。
「シルクの道か!
 交易路だな!
 どこにあった!」
 半田千早は、口に運びかけていたスプーンを皿に戻す。
「マルコ・ポーロというヴェネツィアの商人は、シルクロードを東に向かい、元という大帝国の夏の都に達したんだ。
 距離は直線でも8000キロある。
 そして、ヨーロッパにアジアの情報を伝えたんだ」
 白い口髭のクマン商人が問う。
「それで、シルクは手に入れたのか?」
 半田千早が首肯する。
 イサイアスが千早をにらみつける。
「何でそんなことを知っている?」
「本で読んだ。
 私が生まれた国のことを、最初にヨーロッパに伝えたのもマルコ・ポーロなんだ。
 黄金の国ジパング、って」
 北方人の女性商人が身を乗り出す。
「チハヤの国は黄金でできているのか!」
「昔は金がたくさん採れたみたいだけど、私の頃はもう鉱脈は涸れていた」
 全員ががっかりする。
 クマン商人は別の見方をする。
「いいや、そんなことはない。
 王冠湾の連中が、その黄金の国から来たんだ。サクラ金貨を巨船に満載して……」
 壮年の北方人が「ウォ~」と声を発する。
 千早は無意識に微笑んでいた。この北方人は、鉱石運搬船に金色〈こんじき〉に輝く金貨が満載されている様を想像しているに違いない、と。
 イサイアスの声は優しかった。
「行きたいのか?
 シルク人の国に」
 キュッラが反応する。
「行きたいに決まっているだろ!」
 その場のすべての視線が半田千早に向かう。
「東へ、東へと向かえば、私が生まれた土地に行き着くんだ。ユーラシアの東の果てのさらに東に私が生まれた国があった」
 半田千早は、自分がなぜ日本列島に行きたいのか理解していた。
 200万年後に向かう際、大事な自転車を置いてきた。それを取りに戻りたいのだ。不可能なことは承知している。現実ではあり得ないことも。
 だが、彼女は幼児用のあの自転車にこだわっていた。
 チーちゃん(花山千夏)は自転車を持ってきたのに、ちーちゃん(舞浜千早=半田千早)は置いてこなければならなかった。
 不公平だ、と。
 だが、そんなことは言えない。
 だから、別の理由を考えていた。
「グレート・リフト・バレー(大地溝帯)は、裂けている。その裂け目には海水が入っている。狭い海が何千キロも続いているはず。
 その出口にマダガスカルがある。
 マダガスカルには、ヒトがいる可能性がある。
 行ってみたい」
 高齢の商人が優しい目で半田千早を見る。
「儂も若けりゃ、行ってみたい。
 が、この年じゃ、生きて帰れんじゃろ」
 少し間が空く。
 イサイアスがうつむいたまま言った。
「チハヤ、行け。
 行ってこい。
 アフリカの東の果てまで。
 ここは、俺とチュールに任せろ」

 半田千早の新たな冒険が始まった。

「奇妙な形の飛行機だな」
 長宗元親の感想は、当然だと土井将馬は感じた。
「サーブMFI-15サファリを真似たんですよ。
 デザインだけね。
 構造はまったく別物です。
 鋼管骨組みに軽合金張りの胴体。主翼は単純な矩形翼で、支柱なしの上翼配置。主翼の骨組みは軽合金ですが、それに樹脂を張っています。
 でかいダブルスロッテッドフラップで高揚力を得るんです。
 こいつなら、着艦装置なしで、キヌエティから発着できます」
「主翼の前に操縦席があるのがヘンだね」
「主翼の下には、2人用の折りたたみ座席があります。座席をたためば350キロまでの荷物が積めます」
「空飛ぶ軽トラってわけか」
「アリソン250の軸馬力を350まで落として使っていますが、この機にはかなりのオーバーパワーです。
 もう少し調整して、今週末には飛ばしますよ」

 長宗元親は、揚陸船キヌエティに中規模の改造を施した。
 キヌエティの飛行甲板を船体最後部まで延長し、飛行甲板の全長を110メートルとした。
 左舷中央には、舷外に張り出したアイランド型の船橋を設置。この船橋は船の全周の見張りと、航空機の官制を行う。
 船橋の前後には105ミリ砲塔を設置、背負い式に40ミリ連装高射機関砲を配する。これがキヌエティの初武装だった。
 搭載する回転翼機は2機、固定翼機は2機+予備2機と決まった。予備の2機は翼を取り外して搭載する。
 回転翼機はカナリア諸島のクフラックから購入した中古のエキュレイユで、固定翼機は現在開発中の高揚力機能がある軽飛行機だ。
 車輌デッキには、水陸両用トラックを4輌に減じ、他に車輌2ないし3を搭載する。また、15メートル級上陸艇2を装備する。15メートル級高速艇は1のみ。
 調査期間は半年程度。要員は操船に20、調査に80。食料と燃料は半年分を搭載する。飲料水は、海水を濾過して生成する。
 燃料タンクを拡大したキヌエティは、2200海里(4万キロ)に達する長大な航海が可能になった。これは、赤道の長さに相当する。
 移住の支援を追えたキヌエティは、この世界における最良の探検船に変貌していた。

 マーニには気がかりがあった。彼女は、アトラス人との接触という自身に課した重要な任務がある。
 だが、アフリカ東岸に向かうならば、必然的に任務達成は不可能になる。彼女の兄は、いつもの優しさで彼女の頼みを引き受けた。マーニはチュールを犠牲にしているのではないか、自由を奪っているのではないか、と不安だった。
 兄は「そんなことはない」と否定するが、妹のわがままをすべて受け入れる兄が怖くもあった。
 兄からの連絡では、半田千早はバンジェル島には戻らず、陸路でカルタゴを目指すという。
 バンジェル島に戻れば、母の叱責は免れない。マーニ自身、王冠湾から動いていない。城島由加が怖いからだ。
 それでも、アフリカ東岸探検に参加したかった。

 土井将馬は、STOL(短距離離着陸)機サファリを正真正銘のゼロ距離で着陸させる。
 強い向かい風を利用した、大気速度と対地速度の差を使った見事な着陸だ。
 ララが感動する。
 ホティアが何かを言っている。
 しかし、マーニにはその声が入らない。この瞬間、ララのキヌエティ乗船が決定したからだ。
 今回の探検では、南島に住む精霊族諸族の参加が優先的に認められている。
 これは、井澤貞之が王冠湾区長として決定した。この告知に接し、絹が目当ての商人はもちろん、絹の原料が植物だと思い込んでいる農民も参加を申し出ている。
 精霊族であるララとホティアの参加は、ほぼ自動的に決まった。
 マーニは焦っていた。
 何としても、もう1機のエキュレイユの正規パイロットになりたい。
 最大のライバルは、有村沙織と吉良愛美。幸運にも、もっとも手強い笹原大和は志願を認められなかった。
 井澤加奈子は、メカニックとして参加が決まっている。彼女は、回転翼と固定翼のどちらも飛ばせる。航空機に関しては万能だ。
 機体は1、候補は3。
 若年を理由に吉良愛美は、認められない可能性がある。ならば、有村沙織と一騎打ちになる。

 探検船キヌエティの船長は、マトーシュが勤めるが、里崎杏が提督として乗り込む。彼女が探検隊の総司令官だ。
 陸上での活動は、ラダ・ムーが指揮を執る。

 こうして、次々と隊員が決まっていくが、ヘリコプターの正規パイロット残り1枠はなかなか決まらない。
 突然、アネリアが固定翼機のパイロットに志願する。サファリに350キロ分の土嚢を積み、無風状態であるにも関わらず、たった25メートルの滑走で離陸したのだ。
 アネリアのパイロットとしての技術と経験ならば、志願すれば拒否する理由はない。
 彼女はサビーナから離れたいと感じていたので志願したのだが、動機はともあれ探検隊は大歓迎する。

 マーニは葉村正哉のことは、年上の女性と付き合っていること以外、何も知らない。通信士兼ヘリコプターのパイロットとして参加すると聞いた。
 彼と一緒に参加が決定する。マーニが正規パイロットだ。
 有村沙織と吉良愛美は、参加を見送られた。
 百瀬未咲が医療担当兼分子生物学担当として、参加が決まる。ミルシェは来栖早希に師事することから、志願していなかった。

 香野木恵一郎は、アフリカ東岸の探検を新たに誕生した“アフリカ調整委員会”の事業に押し込むことに成功していた。
 実際、北アフリカのことさえ、よくわかっていない。200万年前のトリポリよりも東側は、十分な調査が行われていないのだ。
 鬼神族はトリポリ付近をオーク(白魔族)から奪還し、石油の生産を再開させている。
 探検の必要性は理解されるところなのだが、香野木がヒトの公的組織を巻き込んだ理由は、情報の共有化にあった。
 つまり、探検の成果を誰かに独占させないこと。
 それだと、商人たちは資金を出し渋る。そこで、香野木は「探検への協賛者には、その成果を伝える」とした。つまり、資金を出せば情報を教えるが、出さなければ何も教えない、と。
 こうすると、商人たちに突っつかれた行政が、代表して資金を提供してくれるという遠回りな策だ。しかし、公平性を保つにはこれしかなかった。
 そして、成功していた。
 アフリカ調整委員会のカオスとも言える混乱の中で、アフリカ東岸探検だけがプロジェクトとして着々と進んでいたからだ。
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