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第2章
第五六話 大群
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ノイリンの政治的混乱は、真夏のはじめにはどうにか収束した。
新たな議長は、世代を重ねた異教徒で、名はシリル。三六歳の男だ。西南地区と東南地区の強い推挙があり、寒冷化の到来を現実ととらえていて、食糧増産策を訴えたことから、我々も支持した。
どういうわけか、友好関係にある西地区が俺を押したが、俺がシリルの支持に回ると、西地区も同心してくれた。
シリルによって、ごく小規模だが行政組織が作られた。
内務部、外交情報部、寒冷化対策部の三部門だ。
北地区の南側に残った旧アガタ一派の連中は、あまりよくない。大人たちは分別があるようだが、若年者はそうではない。度々問題を起こし、家族単位、一族単位で放逐しなければならなかった。彼らが起こす問題の大半は暴力沙汰で、分別があるはずの大人が裏にいるとも噂されている。
彼らの当初の戦略は「子供のしたこと……」で押し通せると考えていたようだが、シリル指揮下の内務部には通じなかった。
内務部長官はヴァリオで、彼はこういったことに長けている。罪人を収容する施設がないので、鞭打ちか鎖拘束のどちらかが刑罰になる。
鞭打ちも鎖拘束もイヤなら「出て行け」がヴァリオの作戦で、結果、すでに二〇〇人以上がノイリンを去った。
ヴァリオは、残り四〇〇人も追い出すつもりだ。
だが、内務部の魂胆を知ってからの旧アガタ一派は、問題を起こさない。
すると、ヴァリオは旧アガタ一派という理由だけで、身柄を拘束し、取り調べを始める。完全な弾圧だが、旧アガタ一派を擁護する声はない。
彼らがノイリンを去る日は近い。なぜならば、彼らに食料を売るグループがいなくなったのだ。
友誼・好誼で接すると、必ず仇で返す。
これでは、誰も相手にしなくなる。
アシュカナンでは、帝都クラシフォンに出向いたアプリエスが拘束されたらしい。
陸路訪れるフルギア商人からの情報だ。確実性に乏しい噂程度だが……。
内郭の外側に造った港は、急速に拡大している。大型河川船の接岸も可能になり、西地区の利用も始まる。
この港には、アシュカナンの交易許可証を携えたフルギア船もやって来る。
そして、ある日、小型のフルギア軍船が接岸した。その船から降りた乗客は一二人。
一人は、我々も見知っている人物だった。
クラーラは、アネリアを見つけ駆け寄った。二人は互いに言葉を解しないが、アネリアはクラーラが目を伏せて泣いたことでおおよそを悟った。
新しい居館はまだ完成していないのだが、若者から徐々に転居が始まっている。
クラーラ一行は、ノイリン北端の我々の新しい居館に逗留することになった。
食堂には、主立った面々がいる。
一行の長は、ドネザルの嫡子ケネト。通訳は、ドネザルの娘でケネトの妹であるイエレナ。
護衛兵が八。
護衛されているのは、アプリエスの娘クラーラとリリアナ。リリアナはちーちゃんやマーニと同じくらいの年齢だ。リリアナは少し怯えている。
イエレナが発言を求めた。
「お話をさせていただいてよろしいか?」
イエレナはクラーラと大差ない年齢で、異教徒や東方蛮族の言葉を学ぶためにかなりの努力をしてきたらしい。
斉木が促した。
「私の名はイエレナ。アプリエス様の臣、ドネザルの娘です。
母は、アプリエス様の妹に当たります。本来、我が父の身分では皇帝家縁戚との姻戚は不可能なのですが、我が母は縁あって父ドネザルの妻になりました。
我が父、ドネザルの子は、私と、ここにいる兄ケネトの二人です。
我が父は、クラーラ様とリリアナ様を守るため、我が兄を長としてノイリンに送り出しました。
ノイリンの皆様ならば、クラーラ様とリリアナ様を守れると……」
俺が尋ねる。
「誰から守るの?」
「皇帝陛下から……」
「アプリエス東征王は?」
「たぶん、身罷られた、と」
「亡くなられた?」
「はい」
「暗殺された?」
「帝都にて」
「クラシフォンで、殺された?」
「はい」
「アプリエス殿は、皇帝家の縁戚でしょう?」
「我が主アプリエス東征王の正妻は、皇帝家の方でした。亡くなられたご嫡子様は、正妻様のお子でした。
正妻様は若くして亡くなられ、ご嫡子様も先般戦死されました。
現在、アプリエス東征王と皇帝家は、姻戚関係ではありますが、血の関係は非常に薄いのです」
「クラーラさんのお母様は?」
「ご後室様、とうかがっております。
ご後室様の妹が、我が母でございます。
父は、四〇を過ぎても娶らずにいたとか。
父の年齢で、兄と私以外に子はおりません」
「ご後室様は?」
「わかりません。ですが、帝都に留め置かれておりましたので、我が主とともにあるかと……」
「亡くなられた?」
「たぶん……」
「クラーラさんとリリアナさんを隠したら、ドネザルさんは無事ではすまないでしょう?」
「アシュカナンは、謀反を起こしたとみられるでしょう」
「その覚悟がある?」
「父は生粋のフルギア人ですが、民衆の出自なのです。
ですから、使徒様を崇敬しているように見せてはいますが、実際は精霊を信仰しています。
それに、アプリエス東征王が帝都に赴くことに反対しておりました」
「ドネザルさんは、どうしたい?」
「真の冬の訪れが近いとか。
それに備えなくては、と真剣に考えております。
そのためには、ノイリンの協力が不可欠だと……」
「クラーラさんたちは?」
「お生命〈いのち〉を守りたいだけかと……」
斉木はその場で決をとった。
「クラーラさんをかくまうことに反対の方は、挙手を」
誰もいない。虚を突かれたのだ。油断をさせて決をとる、斉木のいつもの手だ。巧妙な似非民主主義。
ケネト一行は、完成したばかりの居館東翼一階に住むこととなった。
クラーラは、両親の死を受け入れているようだ。この世界において、そして末席とはいえフルギア皇帝家縁戚者として、自分の立場をよく理解しているようでもある。
そして、父親の死によって、自分の家が没落したことも理解していた。
驚くべきことは、その事実を受け入れるだけでなく、クラーラは利用しようとしていることだ。
彼女は、いつの間にか、俺たちの店の店員になっていた。銃に興味があることは知っていたが、懐に飛び込んできたわけだ。
これには、驚いた。彼女は、ただのお姫様じゃない。
妹のリリアナは、ちーちゃんたちとすぐに仲良くなった。
こちらは、心配なさそうだ。
イエレナは、能美の診療所に入り浸っている。死者を蘇らせる魔法を学ぶためらしい。
ケネトの部下は、車輌工場と農場に出向くことが多い。いろいろと探っているようだが、ノイリンには秘密なんてない。
ケネトは毎日、飛行場に行く。飛行機に魅了されているようだ。
トロイとカルタゴのクフラック移動の真っ最中、我々はFV4333ストーマー装甲車の受領をしなければならなかった。
スパルタカスは最初、ストーマー四輌の引き渡し場所として、ライン川左岸近くを指定してきた。
この場所は黒魔族の拠点に近く、双方とも危険が多過ぎる。
話し合いの結果、引き渡し場所をもっと西に変えた。それでも、直線で二三〇キロも離れている。
陸路を往復五〇〇キロ以上走行するには、相当な準備が必要で、また同時に黒魔族を刺激する可能性もある。
黒魔族は春になっても攻勢を仕掛けてこず、その動向は気になっていたが、不用意な刺激はしたくなかった。
そこで、正直なところおっかなびっくりなのだが、Mi‐8汎用ヘリコプターで受け入れ要員を輸送することにした。
Mi‐8にとっては、初めての実用任務になる。
それにともなって、ライン川以西の航空偵察を実施したのだが、意外なことがわかった。
いつものように、臨時の全体会議は夜に行われた。
ベルタが報告する。
「ライン川以東に集結した黒魔族だけど、東と北東に防衛線を構築している。
戦車やドラゴンも東側の防衛に振り向けられているみたいなの」
ウルリカが問う。
「ベルタさん、なぜなの?
春になったら、ヒトの住地を襲うはずじゃなかったの」
「どうも、それどころじゃないみたい。
東から何かがやって来るのかも。
飛翔型ドラゴンが何頭も、東に飛んでいったから」
相馬が呟く。
「人食いが来るんだ。
きっと」
俺もそれ以外には考えられない。直立二足歩行する、すべての生物の天敵であり、食物連射の頂点に君臨するドラキュロが西に向かっている。
おそらく大群だ。
相馬の意見に反対はいない。誰もが潜在的に恐れていることだ。
ベルタが言う。
「もっと東を偵察したほうがいい。
黒魔族が恐れるほどの人食いの大群が迫っているならば、確かめないと」
サビーナが発言。
「スカイバンに増加タンクを装備すれば、五〇〇キロ以上東を広範囲に偵察できる」
我々は翌日には、その準備に取りかかった。
同じ情報は、クフラックも持っていた。クフラックのヘリコプターは、大型二機、中型一機、小型一機。
固定翼機は八機。DHC‐6ツインオッター旅客機、OV‐10ブロンコ双発攻撃機、プカラ双発攻撃機、ピラタスのPC‐7ターボトレーナー練習機、エンブラエルのスーパーツカノ攻撃機。
それぞれ、二機ずつある。この世界に二機ずつ異なる時期に運ばれてきたようだ。
残念だが、大型の輸送機はない。ツインオッターとブロンコは、主に輸送に使っているようだ。他は、偵察と対ドラゴン戦闘用らしい。
航空偵察は、クフラックとの共同作戦として行われることとなった。
偵察地域を分担して、効率を上げる。
だが、予想に反してドラキュロの群は発見できなかった。
ライン川以東に住んでいた人々の一部が、クフラックにたどり着いたのは、夏が終わる頃だった。
真夏でも氷床が北上せず、収穫を終えた彼らは真の冬の前に南に移動しようとしていた。
そして、驚くべき情報がもたらされた。
氷床の南端に沿って、ドラキュロの大群がライン川に迫っている。
その一部は、黒魔族のテリトリーに侵入を始めていた。
ライン川以東の偵察が続けられていたが、意外なことからドラキュロの群を発見した。
黒魔族が操る飛翔型ドラゴンが、地上を攻撃している。火炎弾を発射し、総排泄口から火炎放射する。
投入されているのは、一五メートル級大型二頭と一〇メートル級中型三頭だ。小型の目撃情報もあり、黒魔族は持てる力のすべてを対ドラキュロ戦に投入している模様だ。
トクタルが持ち帰った映像は、衝撃であった。
全員が絶句している。ちーちゃんとマーニは抱き合い震えている。ケンちゃんは、泣き出しそうだ。
幼い子が声を出さずに泣いている。
声を出すと、ドラキュロに気付かれるからだ。極限の恐怖を感じてもパニックにならない訓練を、幼い頃からしている。そうしなければ、生き残れない世界なのだ。
「どのくらいいるんだ?」
チェスラクの問いは、誰もが知りたい事柄だった。
「数十万、か?」
相馬の声が震えている。
最低でも一〇万体、三〇万体に達するかもしれない。
空前の大群だ。
ライマが問う。
「もし、東の大河(ライン川)を渡られてしまったら……」
ベルタが答える。
「ヒト、精霊族、鬼神族は全滅ね」
由加が言った。
「ライン川で、食い止めないと」
ストーマー装甲車の取得と旧飛行場の半地下式格納庫二棟を改造する避難所の建設が必須かつ喫緊の課題となる。
ストーマー装甲車は最後の移動手段。格納庫改造の避難施設は最後の砦だ。
相馬は、翌早朝から焼夷弾の設計を始める。通常爆弾は、オンダリに使用した黒色火薬充填の単純なものの製造を再開する。
ドラキュロが進む方向と、ライン川の渡渉点の探索が急がれた。
渡渉点と予測するライン川右岸(東岸)に橋頭堡を築いて、ドラキュロの渡河を可能な限り阻止する。
この頃、アシュカナンはフルギア帝国から半独立の状態になっていた。
ドネザルはクラシフォンから彼の妻や部下の家族を脱出させ、保護下に置いていた。ドネザルの二人の子、ケネトとイエレナは、クラーラとリリアナと一緒にアシュカナンに戻っている。
だが、護衛兵のうち四人はノイリンに留まっていて、イエレナは近々ノイリンに対外交渉担当として赴任する予定であった。
クフラックとノイリンが得たドラキュロの情報は、ヒト、精霊族、鬼神族のすべての住地に知らされた。
いくつかの住地がドラキュロの群に地上から接近し、その深刻な状況を把握してきた。決死の偵察であった。
議論は山ほど起きた。中央評議会でも、井戸端でも、各グループの会議でも、そして酔っぱらいの間でも。
しかし、議論ではドラキュロを止められない。
ライン川を渡られたら、逃げるか食われるしかないのだ。
ヴィレが前進基地の役目を果たすと宣言。
だが、ヴィレからライン川まで三〇〇キロ以上ある。前進基地ではなく、中継基地だ。
ヴィレの北西四〇キロのクフラックも中継基地としての役割の他、東方からの避難民の受け入れも担うという。
クフラックは巨大な星形要塞だが、どれだけの避難民が押し寄せるのか、推し量ることさえできないのだから、受け入れきれない可能性だってある。
斉木が心配して、店番をしている俺を真っ昼間に訪ねてきた。
「クフラックは大丈夫なの?」
「クフラックには建物が残っているし、地下の施設もあるから、何とかなるとは思うけど……」
「クフラックには『戦車が隠されている』と、金沢くんが言っていたけれど……」
「M41DKとかいう戦車でしょ。二輌あるとか」
「それがあれば、少しは役に立つの?」
「七六・二ミリの榴弾では、たかがしれていますよ」
「もし、ノイリンを去ることになったら、飢餓が待っているよ」
「わかっています」
「どうすればいいんだろう?」
「先生や俺は、役に立ちませんよ」
「半田くんはともかく、私は役に立たないことはよく理解しているよ。
だから、怖いんだよ」
「この事態に役に立つのは、相馬さんとイアンさんですよ」
「……」
「燃料気化爆弾と油脂焼夷弾が作れないか相談しました」
「ネンリョウキカバクダン?」
「えぇ、我々が作っている燃料で気化爆弾が作れないかって」
「キカバクダン?」
「一次爆発で燃料を加圧沸騰して、液体の急激な相変化によって広範囲に燃料を散布します。
それを蒸気雲爆発させるんです」
「……」
「燃料の散布速度は秒速二〇〇〇メートルにもなります。散布速度は燃料一トンクラスでも、数百ミリ秒で終わります。
燃料が水ならば、水蒸気爆発と呼ばれる現象ですよ。
先生も知っているでしょう?
まぁ、核を除けば、人類史上、面方向に対して最も破壊力のある兵器ですよ」
「そんな恐ろしいものを……」
「ヒトに使うわけではありません。
ドラキュロは異形の生き物。
正体不明の敵が使う兵器を無力化するだけです。
この戦いに必ず勝つんです」
「あなたは……」
「八〇〇キロ燃料気化爆弾は、四発は必要でしょう。
油脂焼夷弾はもっと必要。
ガソリンをゲル化して弾体に充填し、投下後に爆発的な燃焼をさせる……。
温度は九〇〇度以上、充填剤の特性によっては一三〇〇度にも達します。
二五〇キロ爆弾を使って、ピンポイントで焼き尽くすんです」
「本当にあなたは……」
「ダメですかね?」
「ノイリンは、恐れられますよ。
必要以上に……」
「軍事力は、前線で戦う兵の数で決まるんじゃぁありませんからね。
結局は、総力戦。
適切な時期に、適切な戦力を、適切な戦場に送り込めたほうの勝ちですよ。
それができれば、気化爆弾なんて使わなくても、ノイリンは恐れられます」
「フルギアの軍人が、あなたを〝ノイリン王〟と呼ぶ理由がわかったよ」
「先生、でも本当の戦いは、対ドラキュロ戦ではありません。
寒さとの戦いです。
寒さが厳しければ、ドラキュロは死にますからね。
ドラキュロが死んで、ヒトが生き残れば、この戦いはヒトの勝利です。
そのためには、先生の教えが必要なんです」
「つまり、私も〝ノイリン王〟の手駒の一つだと?」
「とんでもありません。
城島だって、思い通りにならないんですから……」
「そこは、どこも一緒だよ」
斉木は笑った。
燃料気化爆弾は戦略兵器、油脂焼夷弾は戦術兵器。
どちらが欠けても困るが、相馬とイアンは完成を請け合ってくれた。
だが、燃料気化爆弾ができあがるまで、時間を稼がなくては。
その任務は、俺が担わなければならない。
最近、由加との会話は少ない。もともと少ないのだが、ここ数カ月は非常に少ない。
仲が悪いわけではないのだが、互いに忙しく、顔を合わせる機会がないのだ。
同じ仕事をしているというのに!
俺は店頭対応、由加は修理工場で働いているからだ。
ちーちゃんとマーニ、そしてケンちゃんとは寝かしつけで必ず話をする。だが、チュールは放ったらかし。金吾とは店番のシフトが違うので、顔さえ合わせず。珠月とは、店でしばしば会話する。
子供の食事は、その都度、俺か由加のどちらかが用意するが、夜は食堂で済ませてもらうこともしばしば。子供には、もっと気を配った食事をさせたいのだが……。
ちーちゃんとマーニは、とても仲がいい。二卵生の双子みたいだ。二人はいつも一緒にいる。
マーニが一人で俺と由加の部屋にやって来た。彼女一人での来訪は俺が知る限り初めてだ。
少し驚いた。
マーニは少しモジモジしていたが、唐突に話し出した。
「あのね、チーチャンね、黄色いバッグ持ってるの」
黄色い通園バッグのことだ。俺と出会った時、彼女は着ている衣類と靴以外ではこの通園バッグしか持っていなかった。
バッグの中には、水が半分ほど入ったペットボトルとフェイスタオルだけが入っていた。食べ物は一切なかった。
この状態で、彼女は親とはぐれた。
いや、正確には置き去りにされたのだ。
小ぶりであること以外、ごく普通の合皮製通園バッグだが、マーニはちょっとうらやましいらしい。
「マーニもバックが欲しいの?」
「うん。
あのね、ミヅキお姉ちゃんがね、オジチャンが持っているって言ったの」
以前、彼女には小ぶりのショルダーポーチをあげたが、度重なる移動でなくしてしまっていた。
俺は通園バックなんて持っていないが、黒い合成繊維製のショルダーバッグは使っていた。二〇×一五センチくらいの大きさだ。
使ってはいたが、運転免許証、パスポート、銀行の通帳、保険証などが入っているだけ。それらはすでに用済みだ。
バッグの所在ははっきりと覚えている。俺の身元を明らかにできる、唯一の公的証明なのだから……。
この二〇〇万年後の世界では、何の意味も持たないが……。
「マーニ、ちょっと待ってね」
俺は、大型のアルミケースを引っ張り出す。本来はカメラケースだが、貴重品を入れていた。その大半は、すでにゴミでしかない。
蓋を開ける。蓋側のポケットには、ニューナンブM60が入っている。三八口径のS&Wスペシャル弾は入手困難だし、五連発では装弾数が少なすぎる。
そんなことをチラッと考えた。
「これかなぁ?」
マーニがニコッとして、小さく頷く。
記憶にあるほど汚れてはいない。むしろ綺麗だ。
中味を全部出し、マーニに渡す。
「あのね、これに大事なものを入れるの」
「大事なもの?」
「うん!」
元気のいい返事だ。
そして、部屋を出て、走って行った。
穏やかな出来事だった。こんな日常が続けばいいと思った。
だが、そうとはならない。
ドラキュロの大群が迫っているし、それをどうにかできたとしても、寒冷化は止めようがない。
ドラキュロの進出を阻止し、極寒の時期を乗り越えなくては、未来はない。
俺たちが入手するFV4333ストーマー装甲車(兵員輸送車)四輌は、まったくの無武装で、この二〇〇万年後の世界に送り込まれた理由は全装軌による悪路走破性能の高さ以外ないようだ。武装に関連する装備は全て撤去されており、車体自体も改造されている。だが、エンジンなどの動力系・駆動系は、完全なオリジナルだ。
ざっくりとした感想だが、全装軌のライトバンみたいだ。
それだけに、使い勝手は悪くない。それにも関わらず、スパルタカスがこの車輌を好まなかった理由は明確で、装軌車は燃費が悪いから。
燃料事情が悪いこの世界では、大飯食らいは嫌われる。
基本的にはFV101スコーピオン系列と同じで、転輪が一個多く、その分車体が長い。車体は軽合金製で、ロシア製一四・五ミリの機関銃弾の直撃に耐えられる。
対ドラキュロにおいては、過剰な防御力だ。それだけ、安心でもある。
パーキンスの二五〇馬力六気筒自然吸気ディーゼルは、稼働状態であり、燃料を入れればいつでも動く。
それは、金沢がトロイまで出向いて確認している。車体は、明るい単色砂漠迷彩で塗装されている。
俺たちは、黒魔族との接触をできるだけ避けたかった。
黒魔族は広範囲に生息しているが、最近は二〇〇万年前のボーデン湖に相当する湖の北側に集結しつつあった。
この行動は、ヒトが防備を固めるために住地の集合を図っていることと同じ理由だと考えられている。また、寒冷化への対応であろうことも推測できた。
ライン川以西に生息する黒魔族は、急速に減少しているが、この東方移動に呼応しない群も確認されている。
これら東方に移動せず、点在して生息する黒魔族を避けるとなると、候補地は多くなかった。
また、トロイとカルタゴは、輸送の効率化を図るために、西南西一〇〇キロの地点にヘリポートを建設。ここを空輸物資の集積場とした。
結果、ストーマーもここに降ろされることになり、何もない野っ原での受け渡しではなくなった。
実は、カルタゴの陸送部隊が精霊族主体の盗賊に襲われ、物資と車輌のすべてを奪われる事件が起きていた。殺害されたヒトはいなかったが、車輌を奪われたことから徒歩での移動となり、途中でドラキュロと接触してしまう。結果、半数が食い殺された。
以後、小規模の輸送は危険と判断され、コンボイを組むこととなった。大輸送部隊編成のために、山脈を越えた地点に大規模なデポが必要となったわけだ。
俺たちは、ストーマーが集積されるのを待った。一日に一輌ずつ、六日かけて四輌がデポに空輸される。CH‐53スーパースタリオンが機外に一輌ずつ懸吊して運んだのだ。
金沢がデポに出向き、一輌ずつ点検し、輸送の下準備をしていく。
四輌そろったところで、Mi‐8で輸送要員八を送り込む。
この輸送任務の指揮官は、当初は相馬の予定だったが、彼が食中毒にかかり、俺に変わった。相馬は天然毒素である、ジャガイモの芽の毒にやられたようだ。緑色に変色したジャガイモを蒸かして食べたらしい。
正直、Mi‐8は怖かった。飛行できるようになって以来、故障は皆無だそうだが、機体の一部が何年も野ざらしだったことを考えると、気持ちよく乗れない。
デポは巨大で、南から北に流れる川の合流部に造られている。
ドラキュロに対する一定の防御効果がある地形だ。中型以下のトラックや小型車は、陸路でクフラックに向かうが、建設機械や大型トラックは空輸以外の輸送手段がないらしく、すべてがここに集められていく。
トロイとカルタゴは、重装甲車輌を保有しておらず、軽装甲車輌が若干数あるだけ。意図的なのだと思うが、ランドクルーザー70系のピックアップが非常に多い。相当に年季の入った車輌もあるが、外装を含めて大事に使われている。車体の一部を新造した車輌も見かける。
大型トラックの大半は、非装甲の六輪や八輪だ。全輪駆動がほとんどで、彼らの住地域内で使用されていたらしい。車種はばらばらで、アメリカ製、ヨーロッパ製、ロシア製、インド製、ブラジル製など多種多様。
主に建設資材の運搬に使われているが、使いやすそうには見えない。馬車よりはマシだろうが……。
俺は先乗りしていた金沢と話し込んでいた。
俺から話題を振る。
「かなり大がかりな施設だな」
「無計画にデカくなっちゃったみたいですよ」
「まぁ、こんな大がかりな引っ越しは滅多にないからね」
「そうですけど、彼ら、意外と無計画ですよ」
「大型車は、どうして空輸するんだ?」
「道がないんですよ。小型車か最大でも中型のショートボディのトラックしか通れないみたいですよ。
道は」
「で、輸送の主力は小型トラックで、大物はこのデポに空輸というわけか。
何かおもしろいものは見た?」
「大型のタンクローリーを見ましたよ。
二〇キロリットルクラスかな」
「うちのよりもデカいな」
「えぇ、そのデカ物で今後は燃料を受け取りに来るんじゃないですか」
「いくら作っても足りないか?」
「燃料の生産を倍に増やさないと」
「倍かぁ」
「話は変わりますけど、ランクルのピックアップをやたらと持っていますね。
ここの人たちは」
「意図して集めたんだろうねぇ」
「シングルとダブルのキャビンがありますよ」
「どのくらい持ってる?」
「わかりませんけど、一〇〇輌は超えるでしょう」
「ランクル70系ばかりだよね」
「それ、聞いたんですけど、ヨーロッパと中東の移住者は、ランクル70系が主力だったみたいです」
「そうなんだ……」
「ノイリンはどうします?」
「軽トラが酷使されてるね」
「使い勝手がいいんですよ」
「軽トラ、作れる」
「無理ですよ。そんな技術はないです」
「例の修理したトラックは?」
「二〇ミリ機関砲を積んでいたポンコツのこと?」
「あぁ」
「あれも酷使されていますけど、もう一回り小型のほうがいいみたいですよ」
「サニートラックくらいか?」
「古いクルマ知ってますね?」
「好きだからね」
「クルマ好きなんですか?」
「二〇〇万年前はね」
「ブラッドを見つけましたよ。
このデポで」
「ブラッド?」
「スバルのブラッド。
レオーネのピックアップ版です」
「四駆?」
「えぇ、四駆です」
「軽トラの代わりになるか?」
「直列四気筒OHV、一・五リットル、65馬力くらいのエンジンは手に入れられます」
「そんなもの、どこで作っているの?」
「場所ははっきりしませんが、どうもアナトリア半島あたりらしいです」
「トルコ?」
「アドリア海やエーゲ海は陸地になっているようなので、もう半島じゃないみたいですけど。
これは、須崎くんの情報」
「金吾が……」
「そのエンジン、明らかにニッサンA15のコピーですよ」
「それと、レオーネがどう結びつくの?」
「エンジンはA15、トランスミッションとトランスファーはスバル。
シャーシとキャビンと荷台を作れば、小型トラックのできあがりですよ」
「う~ん」
「それならば、オート三輪のほうが簡単じゃない?」
「オート三輪?」
「高速で走るわけじゃないんだし、三輪のほうが小回りがきくし、悪路にも強いし、過積載にも耐えられる。
四駆にする必要はないし……。
とりあえずは、オープンボディでもいいだろうし……」
「エンジンはどこに置くんです?」
「シートの下」
「へぇ~」
「ノイリンには向いているだろね。
農作業とか」
「考えてみますよ」
トロイとカルタゴは、この世界で作られた車輌はまったく使っておらず、取得年次が古いもの新しいものは混在するが、元世界由来ばかりだ。車輌の数は多く、車種も充実している。
大事に使い、丁寧に修理しているようだが、大幅な改造などは施していない。
そのまま使っている。
FV4333ストーマー装甲車の輸送要員は八名で、これに俺と金沢が加わる。
操縦訓練はFV107シミターとFV101スコーピオン改造のセイバーで行ってきたが、このデポの外で二日間慣熟訓練を実施した。
ドライバーは非戦闘時、頭部を車外に出して走行するが、それだとドラキュロに頭をもぎ取られる可能性がある。
それを防ぐために、金網製の防護カバーを作ってきたのだが、サイズはぴったりだった。取り付けも簡単にできた。
だが、金網では風防の役目はまったくなさない。明らかな欠点だ。
デポでは150人ほどがテント生活をしている。
彼らの見送りを受けて、日の出と同時にノイリンに向かう。
全車にトランシーバーを持たせた。無線は「付いてなかった」と説明されたが、間違いなくトロイで取り外されたのだと思う。無線は貴重だからだ。
「出発する」とトランシーバーに向かって告げる。
俺が一号車、金沢がしんがりの四号車だ。ドライバーとナビゲーターは、一〇歳代中頃の子供たち。蛮族の子、異教徒の子、フルギアの奴隷だった子、出自はいろいろ。
優奈もいる。チュールとマトーシュが志願したが、もう少し年齢が上でないと。
全員が車体外に頭を出し、周囲を見張る。地形は平坦だが、窪地や泥濘にはまり込まないように注意しなければならない。
それから移動ルートを確認していたが、実際の地上は、空からの様子とは大きく違っていた。
初日は森林と湿地に行く手を阻まれて、五〇キロしか進めなかった。
一日に75キロ進んで、二日で到着する計画だというのに。
俺と金沢が地図を見ている。
「金沢くん、この先は湿地で進めない。
明日は五キロほど引き返して、森の北側を回り込もう」
「この森は結構広そうですよ。
森は南北に長いですから、北か南かで、距離は大きく違います。
草原を西に向かうことができばいいですが、湿地や水深のある川にぶつかると……」
「川は掌握しているけど、湿地はね。草が密に生い茂っていると、空からじゃわからないからね」
俺はタブレットに航空写真を表示した。
「半田さん、南の方が乾燥しているかもしれませんよ。
灌木がまばらにありますから」
確かにそうだ。南には灌木が多い。
「南かぁ?」
「南でしょう」
翌日、俺たちは六キロ戻り、森に沿って南に向かう。
金沢が推測したとおり、南側草原の地面は乾燥している。
西へ西へと向かえば、必ずソーヌ川に至る。ソーヌ川か否かは確実にわかる。大河で、北から南に流れる川は、ソーヌ川しかないのだ。
ソーヌ川を浮航で渡り、さらに西に進んでロワール川西岸に達すれば、あとは確実にノイリンにたどり着ける。
イギリス製の浮航システムは、車体周囲に浮航スクリーンというキャンバスの囲みを巡らす。面倒な仕組みで、特に収納が厄介だ。
俺たちは燃料の残りを心配しながらも、どうにか二日目の日没直前にノイリンにたどり着いた。
新規に入手したFV4333ストーマーの長所と短所を十分に把握できた。
新たな議長は、世代を重ねた異教徒で、名はシリル。三六歳の男だ。西南地区と東南地区の強い推挙があり、寒冷化の到来を現実ととらえていて、食糧増産策を訴えたことから、我々も支持した。
どういうわけか、友好関係にある西地区が俺を押したが、俺がシリルの支持に回ると、西地区も同心してくれた。
シリルによって、ごく小規模だが行政組織が作られた。
内務部、外交情報部、寒冷化対策部の三部門だ。
北地区の南側に残った旧アガタ一派の連中は、あまりよくない。大人たちは分別があるようだが、若年者はそうではない。度々問題を起こし、家族単位、一族単位で放逐しなければならなかった。彼らが起こす問題の大半は暴力沙汰で、分別があるはずの大人が裏にいるとも噂されている。
彼らの当初の戦略は「子供のしたこと……」で押し通せると考えていたようだが、シリル指揮下の内務部には通じなかった。
内務部長官はヴァリオで、彼はこういったことに長けている。罪人を収容する施設がないので、鞭打ちか鎖拘束のどちらかが刑罰になる。
鞭打ちも鎖拘束もイヤなら「出て行け」がヴァリオの作戦で、結果、すでに二〇〇人以上がノイリンを去った。
ヴァリオは、残り四〇〇人も追い出すつもりだ。
だが、内務部の魂胆を知ってからの旧アガタ一派は、問題を起こさない。
すると、ヴァリオは旧アガタ一派という理由だけで、身柄を拘束し、取り調べを始める。完全な弾圧だが、旧アガタ一派を擁護する声はない。
彼らがノイリンを去る日は近い。なぜならば、彼らに食料を売るグループがいなくなったのだ。
友誼・好誼で接すると、必ず仇で返す。
これでは、誰も相手にしなくなる。
アシュカナンでは、帝都クラシフォンに出向いたアプリエスが拘束されたらしい。
陸路訪れるフルギア商人からの情報だ。確実性に乏しい噂程度だが……。
内郭の外側に造った港は、急速に拡大している。大型河川船の接岸も可能になり、西地区の利用も始まる。
この港には、アシュカナンの交易許可証を携えたフルギア船もやって来る。
そして、ある日、小型のフルギア軍船が接岸した。その船から降りた乗客は一二人。
一人は、我々も見知っている人物だった。
クラーラは、アネリアを見つけ駆け寄った。二人は互いに言葉を解しないが、アネリアはクラーラが目を伏せて泣いたことでおおよそを悟った。
新しい居館はまだ完成していないのだが、若者から徐々に転居が始まっている。
クラーラ一行は、ノイリン北端の我々の新しい居館に逗留することになった。
食堂には、主立った面々がいる。
一行の長は、ドネザルの嫡子ケネト。通訳は、ドネザルの娘でケネトの妹であるイエレナ。
護衛兵が八。
護衛されているのは、アプリエスの娘クラーラとリリアナ。リリアナはちーちゃんやマーニと同じくらいの年齢だ。リリアナは少し怯えている。
イエレナが発言を求めた。
「お話をさせていただいてよろしいか?」
イエレナはクラーラと大差ない年齢で、異教徒や東方蛮族の言葉を学ぶためにかなりの努力をしてきたらしい。
斉木が促した。
「私の名はイエレナ。アプリエス様の臣、ドネザルの娘です。
母は、アプリエス様の妹に当たります。本来、我が父の身分では皇帝家縁戚との姻戚は不可能なのですが、我が母は縁あって父ドネザルの妻になりました。
我が父、ドネザルの子は、私と、ここにいる兄ケネトの二人です。
我が父は、クラーラ様とリリアナ様を守るため、我が兄を長としてノイリンに送り出しました。
ノイリンの皆様ならば、クラーラ様とリリアナ様を守れると……」
俺が尋ねる。
「誰から守るの?」
「皇帝陛下から……」
「アプリエス東征王は?」
「たぶん、身罷られた、と」
「亡くなられた?」
「はい」
「暗殺された?」
「帝都にて」
「クラシフォンで、殺された?」
「はい」
「アプリエス殿は、皇帝家の縁戚でしょう?」
「我が主アプリエス東征王の正妻は、皇帝家の方でした。亡くなられたご嫡子様は、正妻様のお子でした。
正妻様は若くして亡くなられ、ご嫡子様も先般戦死されました。
現在、アプリエス東征王と皇帝家は、姻戚関係ではありますが、血の関係は非常に薄いのです」
「クラーラさんのお母様は?」
「ご後室様、とうかがっております。
ご後室様の妹が、我が母でございます。
父は、四〇を過ぎても娶らずにいたとか。
父の年齢で、兄と私以外に子はおりません」
「ご後室様は?」
「わかりません。ですが、帝都に留め置かれておりましたので、我が主とともにあるかと……」
「亡くなられた?」
「たぶん……」
「クラーラさんとリリアナさんを隠したら、ドネザルさんは無事ではすまないでしょう?」
「アシュカナンは、謀反を起こしたとみられるでしょう」
「その覚悟がある?」
「父は生粋のフルギア人ですが、民衆の出自なのです。
ですから、使徒様を崇敬しているように見せてはいますが、実際は精霊を信仰しています。
それに、アプリエス東征王が帝都に赴くことに反対しておりました」
「ドネザルさんは、どうしたい?」
「真の冬の訪れが近いとか。
それに備えなくては、と真剣に考えております。
そのためには、ノイリンの協力が不可欠だと……」
「クラーラさんたちは?」
「お生命〈いのち〉を守りたいだけかと……」
斉木はその場で決をとった。
「クラーラさんをかくまうことに反対の方は、挙手を」
誰もいない。虚を突かれたのだ。油断をさせて決をとる、斉木のいつもの手だ。巧妙な似非民主主義。
ケネト一行は、完成したばかりの居館東翼一階に住むこととなった。
クラーラは、両親の死を受け入れているようだ。この世界において、そして末席とはいえフルギア皇帝家縁戚者として、自分の立場をよく理解しているようでもある。
そして、父親の死によって、自分の家が没落したことも理解していた。
驚くべきことは、その事実を受け入れるだけでなく、クラーラは利用しようとしていることだ。
彼女は、いつの間にか、俺たちの店の店員になっていた。銃に興味があることは知っていたが、懐に飛び込んできたわけだ。
これには、驚いた。彼女は、ただのお姫様じゃない。
妹のリリアナは、ちーちゃんたちとすぐに仲良くなった。
こちらは、心配なさそうだ。
イエレナは、能美の診療所に入り浸っている。死者を蘇らせる魔法を学ぶためらしい。
ケネトの部下は、車輌工場と農場に出向くことが多い。いろいろと探っているようだが、ノイリンには秘密なんてない。
ケネトは毎日、飛行場に行く。飛行機に魅了されているようだ。
トロイとカルタゴのクフラック移動の真っ最中、我々はFV4333ストーマー装甲車の受領をしなければならなかった。
スパルタカスは最初、ストーマー四輌の引き渡し場所として、ライン川左岸近くを指定してきた。
この場所は黒魔族の拠点に近く、双方とも危険が多過ぎる。
話し合いの結果、引き渡し場所をもっと西に変えた。それでも、直線で二三〇キロも離れている。
陸路を往復五〇〇キロ以上走行するには、相当な準備が必要で、また同時に黒魔族を刺激する可能性もある。
黒魔族は春になっても攻勢を仕掛けてこず、その動向は気になっていたが、不用意な刺激はしたくなかった。
そこで、正直なところおっかなびっくりなのだが、Mi‐8汎用ヘリコプターで受け入れ要員を輸送することにした。
Mi‐8にとっては、初めての実用任務になる。
それにともなって、ライン川以西の航空偵察を実施したのだが、意外なことがわかった。
いつものように、臨時の全体会議は夜に行われた。
ベルタが報告する。
「ライン川以東に集結した黒魔族だけど、東と北東に防衛線を構築している。
戦車やドラゴンも東側の防衛に振り向けられているみたいなの」
ウルリカが問う。
「ベルタさん、なぜなの?
春になったら、ヒトの住地を襲うはずじゃなかったの」
「どうも、それどころじゃないみたい。
東から何かがやって来るのかも。
飛翔型ドラゴンが何頭も、東に飛んでいったから」
相馬が呟く。
「人食いが来るんだ。
きっと」
俺もそれ以外には考えられない。直立二足歩行する、すべての生物の天敵であり、食物連射の頂点に君臨するドラキュロが西に向かっている。
おそらく大群だ。
相馬の意見に反対はいない。誰もが潜在的に恐れていることだ。
ベルタが言う。
「もっと東を偵察したほうがいい。
黒魔族が恐れるほどの人食いの大群が迫っているならば、確かめないと」
サビーナが発言。
「スカイバンに増加タンクを装備すれば、五〇〇キロ以上東を広範囲に偵察できる」
我々は翌日には、その準備に取りかかった。
同じ情報は、クフラックも持っていた。クフラックのヘリコプターは、大型二機、中型一機、小型一機。
固定翼機は八機。DHC‐6ツインオッター旅客機、OV‐10ブロンコ双発攻撃機、プカラ双発攻撃機、ピラタスのPC‐7ターボトレーナー練習機、エンブラエルのスーパーツカノ攻撃機。
それぞれ、二機ずつある。この世界に二機ずつ異なる時期に運ばれてきたようだ。
残念だが、大型の輸送機はない。ツインオッターとブロンコは、主に輸送に使っているようだ。他は、偵察と対ドラゴン戦闘用らしい。
航空偵察は、クフラックとの共同作戦として行われることとなった。
偵察地域を分担して、効率を上げる。
だが、予想に反してドラキュロの群は発見できなかった。
ライン川以東に住んでいた人々の一部が、クフラックにたどり着いたのは、夏が終わる頃だった。
真夏でも氷床が北上せず、収穫を終えた彼らは真の冬の前に南に移動しようとしていた。
そして、驚くべき情報がもたらされた。
氷床の南端に沿って、ドラキュロの大群がライン川に迫っている。
その一部は、黒魔族のテリトリーに侵入を始めていた。
ライン川以東の偵察が続けられていたが、意外なことからドラキュロの群を発見した。
黒魔族が操る飛翔型ドラゴンが、地上を攻撃している。火炎弾を発射し、総排泄口から火炎放射する。
投入されているのは、一五メートル級大型二頭と一〇メートル級中型三頭だ。小型の目撃情報もあり、黒魔族は持てる力のすべてを対ドラキュロ戦に投入している模様だ。
トクタルが持ち帰った映像は、衝撃であった。
全員が絶句している。ちーちゃんとマーニは抱き合い震えている。ケンちゃんは、泣き出しそうだ。
幼い子が声を出さずに泣いている。
声を出すと、ドラキュロに気付かれるからだ。極限の恐怖を感じてもパニックにならない訓練を、幼い頃からしている。そうしなければ、生き残れない世界なのだ。
「どのくらいいるんだ?」
チェスラクの問いは、誰もが知りたい事柄だった。
「数十万、か?」
相馬の声が震えている。
最低でも一〇万体、三〇万体に達するかもしれない。
空前の大群だ。
ライマが問う。
「もし、東の大河(ライン川)を渡られてしまったら……」
ベルタが答える。
「ヒト、精霊族、鬼神族は全滅ね」
由加が言った。
「ライン川で、食い止めないと」
ストーマー装甲車の取得と旧飛行場の半地下式格納庫二棟を改造する避難所の建設が必須かつ喫緊の課題となる。
ストーマー装甲車は最後の移動手段。格納庫改造の避難施設は最後の砦だ。
相馬は、翌早朝から焼夷弾の設計を始める。通常爆弾は、オンダリに使用した黒色火薬充填の単純なものの製造を再開する。
ドラキュロが進む方向と、ライン川の渡渉点の探索が急がれた。
渡渉点と予測するライン川右岸(東岸)に橋頭堡を築いて、ドラキュロの渡河を可能な限り阻止する。
この頃、アシュカナンはフルギア帝国から半独立の状態になっていた。
ドネザルはクラシフォンから彼の妻や部下の家族を脱出させ、保護下に置いていた。ドネザルの二人の子、ケネトとイエレナは、クラーラとリリアナと一緒にアシュカナンに戻っている。
だが、護衛兵のうち四人はノイリンに留まっていて、イエレナは近々ノイリンに対外交渉担当として赴任する予定であった。
クフラックとノイリンが得たドラキュロの情報は、ヒト、精霊族、鬼神族のすべての住地に知らされた。
いくつかの住地がドラキュロの群に地上から接近し、その深刻な状況を把握してきた。決死の偵察であった。
議論は山ほど起きた。中央評議会でも、井戸端でも、各グループの会議でも、そして酔っぱらいの間でも。
しかし、議論ではドラキュロを止められない。
ライン川を渡られたら、逃げるか食われるしかないのだ。
ヴィレが前進基地の役目を果たすと宣言。
だが、ヴィレからライン川まで三〇〇キロ以上ある。前進基地ではなく、中継基地だ。
ヴィレの北西四〇キロのクフラックも中継基地としての役割の他、東方からの避難民の受け入れも担うという。
クフラックは巨大な星形要塞だが、どれだけの避難民が押し寄せるのか、推し量ることさえできないのだから、受け入れきれない可能性だってある。
斉木が心配して、店番をしている俺を真っ昼間に訪ねてきた。
「クフラックは大丈夫なの?」
「クフラックには建物が残っているし、地下の施設もあるから、何とかなるとは思うけど……」
「クフラックには『戦車が隠されている』と、金沢くんが言っていたけれど……」
「M41DKとかいう戦車でしょ。二輌あるとか」
「それがあれば、少しは役に立つの?」
「七六・二ミリの榴弾では、たかがしれていますよ」
「もし、ノイリンを去ることになったら、飢餓が待っているよ」
「わかっています」
「どうすればいいんだろう?」
「先生や俺は、役に立ちませんよ」
「半田くんはともかく、私は役に立たないことはよく理解しているよ。
だから、怖いんだよ」
「この事態に役に立つのは、相馬さんとイアンさんですよ」
「……」
「燃料気化爆弾と油脂焼夷弾が作れないか相談しました」
「ネンリョウキカバクダン?」
「えぇ、我々が作っている燃料で気化爆弾が作れないかって」
「キカバクダン?」
「一次爆発で燃料を加圧沸騰して、液体の急激な相変化によって広範囲に燃料を散布します。
それを蒸気雲爆発させるんです」
「……」
「燃料の散布速度は秒速二〇〇〇メートルにもなります。散布速度は燃料一トンクラスでも、数百ミリ秒で終わります。
燃料が水ならば、水蒸気爆発と呼ばれる現象ですよ。
先生も知っているでしょう?
まぁ、核を除けば、人類史上、面方向に対して最も破壊力のある兵器ですよ」
「そんな恐ろしいものを……」
「ヒトに使うわけではありません。
ドラキュロは異形の生き物。
正体不明の敵が使う兵器を無力化するだけです。
この戦いに必ず勝つんです」
「あなたは……」
「八〇〇キロ燃料気化爆弾は、四発は必要でしょう。
油脂焼夷弾はもっと必要。
ガソリンをゲル化して弾体に充填し、投下後に爆発的な燃焼をさせる……。
温度は九〇〇度以上、充填剤の特性によっては一三〇〇度にも達します。
二五〇キロ爆弾を使って、ピンポイントで焼き尽くすんです」
「本当にあなたは……」
「ダメですかね?」
「ノイリンは、恐れられますよ。
必要以上に……」
「軍事力は、前線で戦う兵の数で決まるんじゃぁありませんからね。
結局は、総力戦。
適切な時期に、適切な戦力を、適切な戦場に送り込めたほうの勝ちですよ。
それができれば、気化爆弾なんて使わなくても、ノイリンは恐れられます」
「フルギアの軍人が、あなたを〝ノイリン王〟と呼ぶ理由がわかったよ」
「先生、でも本当の戦いは、対ドラキュロ戦ではありません。
寒さとの戦いです。
寒さが厳しければ、ドラキュロは死にますからね。
ドラキュロが死んで、ヒトが生き残れば、この戦いはヒトの勝利です。
そのためには、先生の教えが必要なんです」
「つまり、私も〝ノイリン王〟の手駒の一つだと?」
「とんでもありません。
城島だって、思い通りにならないんですから……」
「そこは、どこも一緒だよ」
斉木は笑った。
燃料気化爆弾は戦略兵器、油脂焼夷弾は戦術兵器。
どちらが欠けても困るが、相馬とイアンは完成を請け合ってくれた。
だが、燃料気化爆弾ができあがるまで、時間を稼がなくては。
その任務は、俺が担わなければならない。
最近、由加との会話は少ない。もともと少ないのだが、ここ数カ月は非常に少ない。
仲が悪いわけではないのだが、互いに忙しく、顔を合わせる機会がないのだ。
同じ仕事をしているというのに!
俺は店頭対応、由加は修理工場で働いているからだ。
ちーちゃんとマーニ、そしてケンちゃんとは寝かしつけで必ず話をする。だが、チュールは放ったらかし。金吾とは店番のシフトが違うので、顔さえ合わせず。珠月とは、店でしばしば会話する。
子供の食事は、その都度、俺か由加のどちらかが用意するが、夜は食堂で済ませてもらうこともしばしば。子供には、もっと気を配った食事をさせたいのだが……。
ちーちゃんとマーニは、とても仲がいい。二卵生の双子みたいだ。二人はいつも一緒にいる。
マーニが一人で俺と由加の部屋にやって来た。彼女一人での来訪は俺が知る限り初めてだ。
少し驚いた。
マーニは少しモジモジしていたが、唐突に話し出した。
「あのね、チーチャンね、黄色いバッグ持ってるの」
黄色い通園バッグのことだ。俺と出会った時、彼女は着ている衣類と靴以外ではこの通園バッグしか持っていなかった。
バッグの中には、水が半分ほど入ったペットボトルとフェイスタオルだけが入っていた。食べ物は一切なかった。
この状態で、彼女は親とはぐれた。
いや、正確には置き去りにされたのだ。
小ぶりであること以外、ごく普通の合皮製通園バッグだが、マーニはちょっとうらやましいらしい。
「マーニもバックが欲しいの?」
「うん。
あのね、ミヅキお姉ちゃんがね、オジチャンが持っているって言ったの」
以前、彼女には小ぶりのショルダーポーチをあげたが、度重なる移動でなくしてしまっていた。
俺は通園バックなんて持っていないが、黒い合成繊維製のショルダーバッグは使っていた。二〇×一五センチくらいの大きさだ。
使ってはいたが、運転免許証、パスポート、銀行の通帳、保険証などが入っているだけ。それらはすでに用済みだ。
バッグの所在ははっきりと覚えている。俺の身元を明らかにできる、唯一の公的証明なのだから……。
この二〇〇万年後の世界では、何の意味も持たないが……。
「マーニ、ちょっと待ってね」
俺は、大型のアルミケースを引っ張り出す。本来はカメラケースだが、貴重品を入れていた。その大半は、すでにゴミでしかない。
蓋を開ける。蓋側のポケットには、ニューナンブM60が入っている。三八口径のS&Wスペシャル弾は入手困難だし、五連発では装弾数が少なすぎる。
そんなことをチラッと考えた。
「これかなぁ?」
マーニがニコッとして、小さく頷く。
記憶にあるほど汚れてはいない。むしろ綺麗だ。
中味を全部出し、マーニに渡す。
「あのね、これに大事なものを入れるの」
「大事なもの?」
「うん!」
元気のいい返事だ。
そして、部屋を出て、走って行った。
穏やかな出来事だった。こんな日常が続けばいいと思った。
だが、そうとはならない。
ドラキュロの大群が迫っているし、それをどうにかできたとしても、寒冷化は止めようがない。
ドラキュロの進出を阻止し、極寒の時期を乗り越えなくては、未来はない。
俺たちが入手するFV4333ストーマー装甲車(兵員輸送車)四輌は、まったくの無武装で、この二〇〇万年後の世界に送り込まれた理由は全装軌による悪路走破性能の高さ以外ないようだ。武装に関連する装備は全て撤去されており、車体自体も改造されている。だが、エンジンなどの動力系・駆動系は、完全なオリジナルだ。
ざっくりとした感想だが、全装軌のライトバンみたいだ。
それだけに、使い勝手は悪くない。それにも関わらず、スパルタカスがこの車輌を好まなかった理由は明確で、装軌車は燃費が悪いから。
燃料事情が悪いこの世界では、大飯食らいは嫌われる。
基本的にはFV101スコーピオン系列と同じで、転輪が一個多く、その分車体が長い。車体は軽合金製で、ロシア製一四・五ミリの機関銃弾の直撃に耐えられる。
対ドラキュロにおいては、過剰な防御力だ。それだけ、安心でもある。
パーキンスの二五〇馬力六気筒自然吸気ディーゼルは、稼働状態であり、燃料を入れればいつでも動く。
それは、金沢がトロイまで出向いて確認している。車体は、明るい単色砂漠迷彩で塗装されている。
俺たちは、黒魔族との接触をできるだけ避けたかった。
黒魔族は広範囲に生息しているが、最近は二〇〇万年前のボーデン湖に相当する湖の北側に集結しつつあった。
この行動は、ヒトが防備を固めるために住地の集合を図っていることと同じ理由だと考えられている。また、寒冷化への対応であろうことも推測できた。
ライン川以西に生息する黒魔族は、急速に減少しているが、この東方移動に呼応しない群も確認されている。
これら東方に移動せず、点在して生息する黒魔族を避けるとなると、候補地は多くなかった。
また、トロイとカルタゴは、輸送の効率化を図るために、西南西一〇〇キロの地点にヘリポートを建設。ここを空輸物資の集積場とした。
結果、ストーマーもここに降ろされることになり、何もない野っ原での受け渡しではなくなった。
実は、カルタゴの陸送部隊が精霊族主体の盗賊に襲われ、物資と車輌のすべてを奪われる事件が起きていた。殺害されたヒトはいなかったが、車輌を奪われたことから徒歩での移動となり、途中でドラキュロと接触してしまう。結果、半数が食い殺された。
以後、小規模の輸送は危険と判断され、コンボイを組むこととなった。大輸送部隊編成のために、山脈を越えた地点に大規模なデポが必要となったわけだ。
俺たちは、ストーマーが集積されるのを待った。一日に一輌ずつ、六日かけて四輌がデポに空輸される。CH‐53スーパースタリオンが機外に一輌ずつ懸吊して運んだのだ。
金沢がデポに出向き、一輌ずつ点検し、輸送の下準備をしていく。
四輌そろったところで、Mi‐8で輸送要員八を送り込む。
この輸送任務の指揮官は、当初は相馬の予定だったが、彼が食中毒にかかり、俺に変わった。相馬は天然毒素である、ジャガイモの芽の毒にやられたようだ。緑色に変色したジャガイモを蒸かして食べたらしい。
正直、Mi‐8は怖かった。飛行できるようになって以来、故障は皆無だそうだが、機体の一部が何年も野ざらしだったことを考えると、気持ちよく乗れない。
デポは巨大で、南から北に流れる川の合流部に造られている。
ドラキュロに対する一定の防御効果がある地形だ。中型以下のトラックや小型車は、陸路でクフラックに向かうが、建設機械や大型トラックは空輸以外の輸送手段がないらしく、すべてがここに集められていく。
トロイとカルタゴは、重装甲車輌を保有しておらず、軽装甲車輌が若干数あるだけ。意図的なのだと思うが、ランドクルーザー70系のピックアップが非常に多い。相当に年季の入った車輌もあるが、外装を含めて大事に使われている。車体の一部を新造した車輌も見かける。
大型トラックの大半は、非装甲の六輪や八輪だ。全輪駆動がほとんどで、彼らの住地域内で使用されていたらしい。車種はばらばらで、アメリカ製、ヨーロッパ製、ロシア製、インド製、ブラジル製など多種多様。
主に建設資材の運搬に使われているが、使いやすそうには見えない。馬車よりはマシだろうが……。
俺は先乗りしていた金沢と話し込んでいた。
俺から話題を振る。
「かなり大がかりな施設だな」
「無計画にデカくなっちゃったみたいですよ」
「まぁ、こんな大がかりな引っ越しは滅多にないからね」
「そうですけど、彼ら、意外と無計画ですよ」
「大型車は、どうして空輸するんだ?」
「道がないんですよ。小型車か最大でも中型のショートボディのトラックしか通れないみたいですよ。
道は」
「で、輸送の主力は小型トラックで、大物はこのデポに空輸というわけか。
何かおもしろいものは見た?」
「大型のタンクローリーを見ましたよ。
二〇キロリットルクラスかな」
「うちのよりもデカいな」
「えぇ、そのデカ物で今後は燃料を受け取りに来るんじゃないですか」
「いくら作っても足りないか?」
「燃料の生産を倍に増やさないと」
「倍かぁ」
「話は変わりますけど、ランクルのピックアップをやたらと持っていますね。
ここの人たちは」
「意図して集めたんだろうねぇ」
「シングルとダブルのキャビンがありますよ」
「どのくらい持ってる?」
「わかりませんけど、一〇〇輌は超えるでしょう」
「ランクル70系ばかりだよね」
「それ、聞いたんですけど、ヨーロッパと中東の移住者は、ランクル70系が主力だったみたいです」
「そうなんだ……」
「ノイリンはどうします?」
「軽トラが酷使されてるね」
「使い勝手がいいんですよ」
「軽トラ、作れる」
「無理ですよ。そんな技術はないです」
「例の修理したトラックは?」
「二〇ミリ機関砲を積んでいたポンコツのこと?」
「あぁ」
「あれも酷使されていますけど、もう一回り小型のほうがいいみたいですよ」
「サニートラックくらいか?」
「古いクルマ知ってますね?」
「好きだからね」
「クルマ好きなんですか?」
「二〇〇万年前はね」
「ブラッドを見つけましたよ。
このデポで」
「ブラッド?」
「スバルのブラッド。
レオーネのピックアップ版です」
「四駆?」
「えぇ、四駆です」
「軽トラの代わりになるか?」
「直列四気筒OHV、一・五リットル、65馬力くらいのエンジンは手に入れられます」
「そんなもの、どこで作っているの?」
「場所ははっきりしませんが、どうもアナトリア半島あたりらしいです」
「トルコ?」
「アドリア海やエーゲ海は陸地になっているようなので、もう半島じゃないみたいですけど。
これは、須崎くんの情報」
「金吾が……」
「そのエンジン、明らかにニッサンA15のコピーですよ」
「それと、レオーネがどう結びつくの?」
「エンジンはA15、トランスミッションとトランスファーはスバル。
シャーシとキャビンと荷台を作れば、小型トラックのできあがりですよ」
「う~ん」
「それならば、オート三輪のほうが簡単じゃない?」
「オート三輪?」
「高速で走るわけじゃないんだし、三輪のほうが小回りがきくし、悪路にも強いし、過積載にも耐えられる。
四駆にする必要はないし……。
とりあえずは、オープンボディでもいいだろうし……」
「エンジンはどこに置くんです?」
「シートの下」
「へぇ~」
「ノイリンには向いているだろね。
農作業とか」
「考えてみますよ」
トロイとカルタゴは、この世界で作られた車輌はまったく使っておらず、取得年次が古いもの新しいものは混在するが、元世界由来ばかりだ。車輌の数は多く、車種も充実している。
大事に使い、丁寧に修理しているようだが、大幅な改造などは施していない。
そのまま使っている。
FV4333ストーマー装甲車の輸送要員は八名で、これに俺と金沢が加わる。
操縦訓練はFV107シミターとFV101スコーピオン改造のセイバーで行ってきたが、このデポの外で二日間慣熟訓練を実施した。
ドライバーは非戦闘時、頭部を車外に出して走行するが、それだとドラキュロに頭をもぎ取られる可能性がある。
それを防ぐために、金網製の防護カバーを作ってきたのだが、サイズはぴったりだった。取り付けも簡単にできた。
だが、金網では風防の役目はまったくなさない。明らかな欠点だ。
デポでは150人ほどがテント生活をしている。
彼らの見送りを受けて、日の出と同時にノイリンに向かう。
全車にトランシーバーを持たせた。無線は「付いてなかった」と説明されたが、間違いなくトロイで取り外されたのだと思う。無線は貴重だからだ。
「出発する」とトランシーバーに向かって告げる。
俺が一号車、金沢がしんがりの四号車だ。ドライバーとナビゲーターは、一〇歳代中頃の子供たち。蛮族の子、異教徒の子、フルギアの奴隷だった子、出自はいろいろ。
優奈もいる。チュールとマトーシュが志願したが、もう少し年齢が上でないと。
全員が車体外に頭を出し、周囲を見張る。地形は平坦だが、窪地や泥濘にはまり込まないように注意しなければならない。
それから移動ルートを確認していたが、実際の地上は、空からの様子とは大きく違っていた。
初日は森林と湿地に行く手を阻まれて、五〇キロしか進めなかった。
一日に75キロ進んで、二日で到着する計画だというのに。
俺と金沢が地図を見ている。
「金沢くん、この先は湿地で進めない。
明日は五キロほど引き返して、森の北側を回り込もう」
「この森は結構広そうですよ。
森は南北に長いですから、北か南かで、距離は大きく違います。
草原を西に向かうことができばいいですが、湿地や水深のある川にぶつかると……」
「川は掌握しているけど、湿地はね。草が密に生い茂っていると、空からじゃわからないからね」
俺はタブレットに航空写真を表示した。
「半田さん、南の方が乾燥しているかもしれませんよ。
灌木がまばらにありますから」
確かにそうだ。南には灌木が多い。
「南かぁ?」
「南でしょう」
翌日、俺たちは六キロ戻り、森に沿って南に向かう。
金沢が推測したとおり、南側草原の地面は乾燥している。
西へ西へと向かえば、必ずソーヌ川に至る。ソーヌ川か否かは確実にわかる。大河で、北から南に流れる川は、ソーヌ川しかないのだ。
ソーヌ川を浮航で渡り、さらに西に進んでロワール川西岸に達すれば、あとは確実にノイリンにたどり着ける。
イギリス製の浮航システムは、車体周囲に浮航スクリーンというキャンバスの囲みを巡らす。面倒な仕組みで、特に収納が厄介だ。
俺たちは燃料の残りを心配しながらも、どうにか二日目の日没直前にノイリンにたどり着いた。
新規に入手したFV4333ストーマーの長所と短所を十分に把握できた。
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