200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第3章

第六三話 異端

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 ルジエの街は、ロワール川を水源とする環濠と、高さ一五メートルの城壁で囲まれている。
 白魔族のテリトリーに近いことから、フルギア帝国正規軍の駐留は認められず、銃の装備も制限されていた。
 フルギア人は本質的に白魔族を恐れているし、フルギア人の盗賊は白魔族のテリトリーの近くで仕事をする愚は犯さない。
 ルジエの人々は広義のフルギア人だが、支配民族ではない。フルギア帝国皇帝カンビュセスに隷属する他民族だ。
 このためルジエは非武装に近く、ほぼ無抵抗で落城した。そもそも、濠と城壁はドラキュロに備えたものであり、攻め手が文明を持つならば、話せばわかる、とルジエの街人は考えていた。この考え方は、一帯のヒト社会では標準的だ。
 それに、飛行船の威容には、なす術がなかった。

 俺たちは、ルジエ東城門から五〇〇メートルの位置で停車した。
 周囲は麦畑だったのだろうが、完全に焼き払われている。生草が燃えた不快な臭いが、軽い吐き気を起こさせる。
 視界を遮るものが、わずかに残る麦の穂と地形の微小な変化以外何もない。

 BTR‐DとBMD‐1は、並んで停止している。
 俺は砲塔から首を出しているが、俺以外は車内に全身を隠している。

 城門が開き、濠に跳ね橋が降ろされる。
 一〇騎の騎馬が先行し、一頭立ての馬車が続く。馬車はルジエのもので、鹵獲したのだろう。

 俺が砲塔から這い出ると、カロロが俺に日本刀を差し出した。
「持っていけ。拳銃が役に立たないこともある」
 俺は、彼の言葉にしたがった。
 日本刀を左の腰の皮製佩環に差し、車体から飛び降りる。この佩環は便利で、洋装のままで打刀〈うちがたな〉として使える。旧軍の軍刀のように、だらりと下げない。腰に差す感じだ。
 左手で鞘を握り、左手の親指で鍔を押す。わずかに鯉口を切り、左手の親指で鞘に戻す。俺は刀がスムースに抜けるか、確認した。
 ヘルメットを脱ぎ、車体の出っ張りに引っかけた。
 デュランダルもBMD‐1の砲塔から出て、左腰に湾曲した長刀を下げる。
 これは、予定にない行動だ。
 交渉は俺一人のはずだ。
 デュランダルが車体から飛び降り、俺の左に立つ。
「戻ってくれ」
「いや、一緒に行く。
 何となくだが、交渉にはならない気がするんだ」
 俺も、確たる理由はないが、この時点で同じことを感じていた。

 俺とデュランダルは、五〇メートルほど前進する。
 この様子は、精霊の丘からならば見えるはずだ。肉眼でも、どうにか……。

 赤いジャケットの軍装の男、そして僧衣のような服装の男、その護衛らしき兵が四。
 武装した民間人らしき服装の男が二。
 計八人が眼前にいる。警護の四人は後方にいる。僧衣の男は、銃を持っていないようだ。
 双方の間合いは、七メートル。
 微妙だ。

 相手を観察する。
 腕が長い。それは、すぐに気付いた。手首分くらい長い。
 肌は白い。眼窩が深く、顔の輪郭は丸い。 背は高くないが、筋肉は発達している。総じて痩せている。
 軍装の男は、残忍な顔立ちだ。
 僧衣の男からは、狂気を感じる。
 前に立つだけで、鳥肌が立つ。

「言葉はわかるか?」
 俺の問いに通訳が答えた。
「お前の言葉は正確に伝える」
 どうも二回通訳しているようだ。民間人風の服装の男二人は、通訳だ。もう一人の通訳は、我々の言葉を解さない。一人が我々の言葉を訳し、もう一人の通訳が赤服の言葉に訳している。通訳のうち、我々の言葉に解す一人はユーラシア西方で、世代を重ねたヒトだろう。
 つまり、現地人だ。
 手間のかかる交渉になる。

「では問う。きみたちはどこから来た?」
 通訳の時間がかかる。
「西からだ。西の海を越えてきた」
「西の海?
 大西洋のことか?」
「西の海だ……」
 通訳は少し困っているようだ。訳せないのだろう。
「何をしに来た」
「神の教えを守るため、神が我らに与えし異端の地を開墾に来た」
「きみたちの神は、我々の土地を奪えと命じたのか?」
「違う。ここは我々の土地だ。神が我々に開墾せよと命じられた」
「この土地は、我々が耕作している。
 きみたちはここを去れ!」
「法王庁は、東にセロはいないと判断された。
 東のセロに似た生き物は、セロではない。
 土地を荒らす害獣であるので、殺してよいと許可された」
「セロとは何か?」
「神に守護されしもの。法王庁の信徒だ」
「ユーラシアの西側には、金目のものはないぞ。
 金も宝玉も産しない」
「土地がある。ここは豊かな土地だ」
「我々の土地を奪うのか?」
「お前たちの土地などない。
 ここは、我らの土地」
「気付いていると思うが、我々の軍事力は圧倒的だ。
 このまま戦えば、きみたちは全滅するぞ」
「我々は、神に守護されている。
 異端の獣は滅びるべきだ」
 僧衣の男が話をしているのだが、無意味な説法を聞かされているようで、イライラする。「立ち去ってくれるのなら、食料は分けてやろう。水も」
「お前たちをとらえて、駆除する。
 それが神の御心であり、法王庁の方針だ」
「ここは、我々の土地だ」
「それは違う。
 フロリニア国王は、法王庁からこの地を領有することを許された。
 ここは、フロリニア国王の領地だ」
 正直、俺は当惑していた。
 二〇〇万年後の世界で、いろいろなことに出会い、驚き、慌てたが、これほどまでに意思の疎通ができないとは思ってもいなかった。
 白魔族とも意思の疎通は難しいが、彼らは論理的なので、会話の内容としての意味はわかる。
 だが、このセロと名乗る連中とは、会話が成立していない。
 僧衣の男がいう。
「神は、我らにこの大地を耕せとお命じになった。
 そのためには、お前たち異端の獣は大地の肥やしとならねばならない。
 我らがお前たち異端の獣に死を与えよう。それが神の御心だ。
 神のご意思を知り、それを至高の喜びとして死ぬのだ」
「死を受け入れなければ?」
「許されぬ。
 死ぬがよい」

 会談は、あっけないほど早かった。
 経済条件の交渉は、一切できなかった。
 俺は、大いに当てが外れていた。

 そもそも戦争とは、純粋な経済活動だ。政治家の意地や、軍人の名誉のためにやるものではない。
 単なる〝商売〟だ。
 砲艦外交という言葉があるが、手順は簡単だ。まず「領土を割譲せよ」と迫る。拒否されるが、次に「軍を送るぞ」と脅す。これも拒否される。その次は実際に艦隊を派遣したり、国境線に戦力を移動したりして脅す。
 それでも従わなければ、侵攻を開始する。そして、領土を奪い、資源や物資を略奪する。
 どこかの街の路地裏で金品をせびるチンピラと、国際外交は同じことをしている。
 違いは上品か下品か、その程度。しかし、行為自体は下品極まる。
 だが、領土を割譲すれば、取りあえずその場は修まる。だが、要求はエスカレートする。恐喝する中坊と一緒だ。
 しかし、どうもセロという生物がこの地にやって来た理由は、もっと複雑らしい。
 だが、行為は単純。ヒトを手当たり次第に殺す。
 俺は、どうしたらいいのか判断できなかった。

 精霊の丘に入ると、珠月たちが出迎えてくれた。
 俺はノイリン北地区のメンバーには、頭を拳固で小突いた。
 これが、懲罰のすべてだ。珠月は、拳固にプラスして頬をつねってやった。究極の変顔にした。
 チュールとマトーシュは、姿を見せない。
 無事なら、それでいい。

 その夜、軍議は紛糾した。
 セロと名乗る連中は、街人を無差別に殺しており、一部は射撃訓練の標的にしたようだ。男、女、幼児を含めた子供を、一人ずつ走らせ、標的とした。
 母親が泣く様子が面白いと、幼児を走らせた直後に射殺し、母親が幼児の遺体に駆け寄り、わが子の遺体を抱く寸前で射殺するなど、哀れみの欠片さえない暴虐の限りを尽くしたらしい。
 刀技の訓練でも、街人を切り殺している。生きたまま手足を斬り、最後に胴や首を刺し貫いて殺した。

 俺は街には街人が残っているものと考えていたが、避難者たちの証言によれば全員が殺されたと判断していいようだ。
 街人五〇〇人のうち、生き残ったのは精霊の丘にいる九〇人ほどだけ。
 虐殺だ。
 僧衣の男はルジエの街人に「神に奉仕せよ」と命じ、それに応じた街人には「神のご意志に従え」と命じ、当然のこととして殺したそうだ。
 この一帯の人々は総じて信仰心が薄い。精霊信仰はあるが、他者を弾圧するようなことはしない。使徒信仰も尊重するし、異教徒と蛮族が宗教で争うことなど皆無。
 聖典を掲げるような宗教と信仰は存在しない。
 フルギア人は使徒信仰を強要するが、これも表向きのこと。使徒信仰と精霊信仰の両方で折り合いが付けられている。
 この世界のヒトは、何でも神の意志で片付ける輩と対峙したことがないのだ。

 だから、神を持ち出して人殺しをする理由が、世代を重ねた人々には皆目理解できない。

 若い連中は、ここには若い連中しかいないが、主戦論に傾いている。
 俺もそれしかないことはわかっているのだが、戦えば死者・負傷者が出る。
 それに、これは戦争だ。
 ベルタか由加に、ここに来てもらうしかない。
 俺のような軍事の素人が、どうこうできることじゃない。

 やって来たのは、フィー・ニュンだった。大量の食料とともに、Mi‐8汎用ヘリコプターで精霊の丘に直接飛来した。
 着陸するスペースがなく、物資は低空から投げ落とし、フィー・ニュンは機内から精霊の社の屋根に飛び降りた。

 彼女は、この雑多な部隊を一瞬で掌握した。声高に命じたわけでもなく、叱責もなく、ハウェルの参謀という立場を自分で選び、全部隊を一体化した。
 その手腕は、賞賛に値する。
 彼女は、ただのパイロットではなかった。由加とベルタは、そのことに気付いていたのだ。

 珠月たちは、包囲されている間、敵の様子を画像と映像で詳細に記録していていた。
 金沢は、画像と映像から、戦列歩兵に似ているといった。一九世紀中頃までの戦闘形態だ。戦列歩兵戦の最後は、アメリカ合衆国の市民戦争(南北戦争)だったか?
 武器体系もその時代の状況に似ている。
 敵の戦闘方式がある程度わかれば、対策は立てやすい。
 フィー・ニュンは、街からの避難者に問うた。
「街を無傷で取り戻したい?
 それとも、破壊してもいい?」
 街の人々は、「街は再建できません。どこかに移住するつもりです」と泣いた。
 五〇〇人が九〇人になってしまったのだ。仕方ない。

 フィー・ニュンの作戦は、航空攻撃から始まった。
 エアトラクターだけでなく、爆装したフェネクによる爆撃。二機のMi‐8によるロケット弾攻撃とドアガンによる機銃掃射。
 ルジエ街内に対する攻撃は三日間行われ、セロのいぶり出しに成功する。
 セロの飛行船は、姿を見せない。

 野戦に打って出てきたセロは、意外なほど戦力を減じていなかった。
 投下した爆弾の量は少ないし、街全体を破壊するような攻撃でなかったこともあるが、多勢に無勢は一切解消していない。

 堂々たる戦列歩兵だ。
 俺の眼前に、近世以前の戦闘隊形が現出している。
 俺は、これと戦うつもりなどさらさらなかった。戦えば、負傷者・死者が出る。それは避けたい。
 若者全員を怪我なく帰したい。
 ならばどうするか。
 答えは、航空攻撃しかない。戦列を組ませて、そこに焼夷弾を投下し、焼き払う。
 堂々と戦い、決戦によって雌雄を決するなど、愚の骨頂だ。

 地上にかかる薄いもやが晴れていく、見事な戦列歩兵だ。
 その上空に二機のエアトラクターが現れる。各機二五〇キロ焼夷弾各四発を懸吊している。
 計八発のクラスター焼夷弾が投下される。
戦列はエアトラクターを目視した瞬間、完全に崩れた。
 敵兵は散開して逃げ惑う。
 だが、その上に容赦なく焼夷弾が投下される。

 火炎が収束しても、爆発が続く。野火が広がり、セロが保有していた薬品か何かが誘爆する。
 距離をとって、突撃砲と装甲車で残敵の掃討にかかる。
 セロの戦意喪失を期待したが、それはなく結果として一方的な殺戮となった。
 勝敗が決まっても、抵抗は続いていた。

 俺は装甲車を降り、焼かれた荒野を見渡している。
 すべてが焼き払われたわけではなく、ところどころに草むらが残っている。
 地形の凹凸もある。
 身を隠す場所はある。
 だから、車外に出ることは危険なのだが、それをしなければ掃討にはならない。
 俺、デュランダル、ハウェルの三人で、周囲を探る。

 男が飛び出してきた。
 僧衣と一緒にいた赤服だ。

 デュランダルに向けて、拳銃を撃つ。デュランダルが、身をかがめて矢をよける。距離があったからなのか、デュランダルの身体にはまったく当たらなかった。
 だが、体勢を崩されたデュランダルは完全に守勢に回った。
 すさまじい斬激がデュランダルを襲う。
 動きが速く、銃が使えない。
 俺が斬り込もうと思うのだが、俺の腕では邪魔にしかならないような……。
 下手に斬り込もうとする俺を、ハウェルが止める
 金沢でさえ、刀を抜いたままだ。
 金吾は冷静で、周囲に銃口を向け警戒している。
 デュランダルは、赤服の斬激を避けるだけで、反撃のきっかけをつかめない。赤服のリーチは長く、接近戦では明らかに有利だ。
 街人によると、この赤服は相当な手練れで、かつ残忍だった。母親を助けようと、必死で包丁を向けた幼い子供を容赦なく斬り殺している。街長の息子はフルギア皇帝の近衛兵だったそうだが、刃を二合せずに切り殺されたそうだ。
 幼い子供たちを集め、服を脱がせて裸にし、油をかけ、生きたまま火を付けさせてもいる。
 生き残った街人の憎しみの対象でもある。

 剣聖デュランダルは、齢四〇を過ぎても剣聖であった。
 一瞬の隙を見逃さず、長刀を構え直し、斬激を避けると脇腹を切り裂いた。
 だが、浅傷だ。
 赤服の顔が怒りに歪む。
 斬激は一層激しくなる。
 デュランダルの表情に、一切の変化はない。太刀筋を見切っているかのように、表情に一片の感情さえ表さず、斬激をかわしていく。
 戦いは五分を経過し、赤服の息が乱れている。
 デュランダルも苦しいはずだが、その様子を見せていない。
 一瞬だった。
 赤服が振り下ろした剣を腕ごと斬り落とす。
 横に一閃、赤服の喉を斬り裂いた。真っ赤な鮮血が、滝のように流れ出る。

 この戦いの最中、金吾が一人を捕虜にする。斬りかかろうとした兵士を、銃床で殴り倒していた。
 金沢も捕虜を得た。
 例の僧衣の男だ。
 結局、最終的に一〇〇が捕虜となった。
 一〇〇〇はいたようだが、飛行船は去り、地上では一方的に叩かれ、一〇〇しか生き残らなかったことになる。
 本来ならば、非難されるべき虐殺だ。
 しかし、降伏しないのだ。往生際が悪いというか、分別がないというか。
 愚かなのだろうが……。
 フィー・ニュンがうんざりした顔をしている。
 俺もうんざりだ。

 俺は、金沢と金吾がとらえた捕虜をノイリンに連れ帰ることにした。それと、二人の通訳も。この通訳は貴重な捕虜だ。
 あとは、ルジエの街人に任せた。結果はわかっているが、仕方ない。

 ルジエの港に、ノイリン西地区の高速警備艇が停泊している。
 金吾とミルコが、四人の捕虜をノイリンに連行することになった。
 俺は、赤服と僧衣の二人を徹底的に尋問するつもりだ。金吾には、虐待等は絶対に行わないよう、厳重に注意してある。重要な情報源なのだから……。
 俺たちは、クラウスの輸送艇で撤収する。

 それと、フルギア帝国とトラブルがあった。ルジエの生存者九〇が、ノイリンへの移住を希望したのだ。
 真の冬が終わり、ようやく作付けした麦畑は、焼き払われた。残った畑も戦闘で荒れ果てた。
 ルジエの街人は、確実に食糧不足に陥る。そして、この時期はどこも食料難だ。他の街の支援は期待できない。
 そこで、農民たちは、食糧事情が比較的いいノイリンへの移住を考えた。街商人たちも一緒に来ると決意した。
 こうなると、フルギアの皇帝は面白くない。「住民の拉致を許さない」と宣し、送りこんできた軍団に移住阻止を命じた。
 俺はフルギアの軍団長に「生き残った街人と話し合ってくれ」と席を外したが、街人の怒りは尋常ではなかった。
 戦いの最中には一兵も送らず、戦闘が終わってから軍団を送ってきた。
 そして、高圧的にあれこれと指図する。ルジエの街人は、とうにキレていた。
「お前たちはフルギアの民だ。
 皇帝に忠誠を示せ!」
 一人の街商人が短剣を抜く。
 一瞬であった。
 軍団長はターフと大差ない幕舎の床に倒れ、滅多差しにされた。その場にいたフルギア兵は、血の海に浮く軍団長の遺体を呆然と眺めている。そして、ゆっくりと警戒しながら場を去る。
 街人は軍団長の死体を、副軍団長の前に放り出した。
「皇帝陛下は愚かだ。
 愚か者に忠誠など示せない。
 愚か者に忠誠をつくすものなど、信用しない。
 臆病者はこの地を去れ。
 我らはノイリンの民になる」
 副軍団長は、怒り狂い街人を脅す。
「皆殺しだ!」
「してごらんなさい!
 敵に攻められても、王都の中で息を潜めていた臆病者が、敵が打ち破られると、街にやって来て、生き残りを殺したと、帝国中に告げて回るといい!
 あなたのお子さんは父親を、さぞや誇りに思うであろう!
 臆病者は去れ!」
 金沢が副軍団長にいった。
「皆殺しはいいが、その後どうする。
 俺たちは黙っていないぞ。
 俺たちが生命を賭けて救った人々が、殺されるところを黙って見ているとでも思うか?
 剣を抜け。
 俺は銃を抜く」
「ノイリンの卑怯者。
 銃に頼らねば、戦えぬか?」
「なら、こいつでやるか?」
 金沢が柄に左手をのせる。
 珠月がBTR‐Dの砲塔を回す。
 不穏な空気が流れる。
 無数のコッキングボルトを引く音がする。
 フルギア兵が憤然と踵〈きびす〉を返す。そして、彼らの宿営地に戻った。
 フルギアの軍団は街を遠巻きにしたまま、その地を離れなかったが、以後、我々が立ち去るまで街内に入ろうとはしなかった。

 戦争は金がかかる。
 燃料、銃弾、食料は、無料〈ただ〉じゃない。
 金にまつわるゴタゴタを裁き、どうにか落ち着いたのは、ノイリンに戻ってから七日を経た頃だった。

 ようやく、捕虜の尋問を始めようと考えていると、ディーノが店(生業の銃器店)に駆け込んできた。
 この達観したかのごとき老人が、若者のように血相を変えている。
 その様子に俺は驚いた。
「ハンダ、大変だ。
 ジブラルタが陥落した。
 四機の輸送機がノイリンに向かっている」
「陥落?」
「あぁ、落城したんだ!」
「落城って?」
「ジブラルタルは包囲されていたんだ。
 包囲していたのは何者だかはよくわからないが、包囲され救助を待っていた。が、結局、助けは来なかった。
 住民が脱出して、ノイリンに向かっている」
「どうすればいい?」
「受け入れるしかない。
 この一帯で滑走路があるのは、ノイリン、クフラック、カラバッシュ、カンスク。
 クフラックの滑走路はまだ仮設だし、カラバッシュは短い。カンスクは道を滑走路にしているだけ。
 大型の輸送機が安全に降りられるのは、ノイリンしかない」
「五〇〇人乗りの旅客機四機だったらどうするんです。
 二〇〇〇人ですよ!」
「五〇人ほどが乗れる四発の貨物機が四機」
「二〇〇人ですか」
「たぶんそのくらい」
「誘導と監視のために、飛行機を飛ばしましょう。
 一緒に空港に行きましょう」
「そうしましょう」

 すぐに飛べる機体は、ショート・スカイバンとフェネク練習機一機のみだった。
 アネリアとトクタルは謹慎中で、サビーナとセルゲイが飛ぶことになった。
 ジブラルタルからノイリンまで、直線で一四〇〇キロ。
 ジブラルタルの飛行機は、双発双胴のレシプロエンジン機。時速三〇〇キロで巡航すると、四時間半以上かかる。
 何かをするには不十分だが、心の準備には十分だ。
 四機の輸送機は、西地中海沿岸に沿って飛び、ローヌ川に沿って北上し、ノイリンが発する誘導電波に乗って、我々の空港を目指す。
 ノイリンからは、スカイバンとフェネクが離陸。四機の輸送機を出迎える。

 ヒトは、黒魔族が操るドラゴンの空襲を何度も経験している。
 ドラゴンは対空砲を探し、それを巧妙に避ける。
 このドラゴンの行動に対して、ヒト側はこの究極の視覚センサーを持つ動物を欺く手段を考案している。
 ヒトの対空偽装は完璧に近い。
 俺は、飛行場の周囲に機関砲を搭載する装軌と装輪装甲車を上空からは絶対に発見されぬよう、偽装して配置した。
 装甲車輌だけでなく、歩兵戦闘車に乗る歩兵部隊も。
 四時間あれば、何だってできる。

 サビーナが操縦するショート・スカイバンは、ローヌ川に沿って北上する双発双胴のレシプロ輸送機四機の編隊を発見。
 編隊の後下方に占位して、発見されぬよう監視と隊内無線の傍受を実施した。
 編隊は菱形で、対空防御の態勢にある。機体は輸送機だが中央胴体の上面と下面に連装の動力銃塔を装備している。
 最後部の機体が指令を発しており、無線の内容は不穏なものだった。
 指令機は先頭機に対して、ノイリンを上空から偵察した後、滑走路に着陸し、そのまま空港を占拠せよ、と命じている。
 その後、空港を拠点にして、ノイリン全域の掌握・占領に乗り出す、そうだ。
 この時点で、スカイバンは無線封止しており、この厄介な計画をノイリンには知らせていない。
 先頭機には戦闘訓練を受けた〝兵士〟が乗っているようだが、このノイリン占領計画に部隊の指揮官は軍事的見地から懐疑的で、機長は明確に反対している。
 最高責任者は、ジブラルタルの文民、ノイリン一帯の街長に相当する人物らしく、行政長官と呼ばれている。
 戦闘部隊の指揮官は正規の軍人らしいが、隊員のほとんどは定期的に軍事訓練を受けるパートタイマーの兵隊さんらしい。
 数千人規模の街を占領する能力なんてない、と主張しているが、行政長官と第一報道官とされる人物の二人は納得しない。
 強硬にノイリン占領を主張しているし、それができると確信している。
 占領作戦中および占領作戦終了後、抵抗するノイリン街人は〝処刑〟せよと命じた。
 明確に敵対の意思がある、とサビーナは解した。

 ノイリンに近付くと、編隊の〝無駄話〟は消え、通常の飛行に必要な交信以外はなくなる。ノイリンによる傍受を恐れたのだ。単なるアナログ通信であり、変調や符号化といったセキュリティは一切施していない。
 彼らの技術レベルはさほど高くない。

 ノイリンまで二〇〇キロの地点で、ノイリンのフェネクがジブラルタル編隊の前に出る。翼を振って、後続することを求める。
 四機はそれにしたがった。
 この時点で、スカイバンは後方からの追跡をやめ、離脱した。

 俺は、金吾とディーノの分析から、ジブラルタルの人々が〝哀れな難民〟だとは思っていなかった。相応の武器を持ち、避難への妨害を排除する能力は有しているだろう、と。
 だが、ノイリンの占領を企図しているとは、露ほども考えていなかった。
 正直、編隊の追跡から離れたサビーナからの情報は、頭を抱えさせるものだった。
 またヒトによって、ヒトの血が流れる。
 それは避けたい。

 輸送機は、双発双胴の中型機だ。中型機とはいえ、これほどの大きな機械ならば分解してもこの世界に輸送できない。
 おそらく、この世界で製造されたものだ。

 ゆっくりと我々の空港の滑走路に先頭機が降りてくる。
 一切の躊躇いなく、接地し、滑走しながら減速し、空港南端の管制塔横までタキシングしてくる。
 俺、斉木、ディーノ、金吾、デュランダル、その他面々が出迎える。
 空港の要員もいる。
 全員が意図して無武装だ。

 輸送機は機首を管制塔に向けて停止し、機体後部のランプドアを降ろす。
 完全武装の五〇人が素早く降りてきて、気付けば、俺たちは跪き、両手を後頭部にのせていた。
 ジブラルタル兵はオリーブドラブの軍服を着て、ボディアーマーを装着している。装備は二一世紀の基準で近代的だ。
 指揮官らしい男が俺にいう。
「こんなことはしたくないんだが、命令なんだ。
 許してくれ」
 デュランダルが「抵抗するな!」と怒鳴った。若い空港要員一人が抵抗して、銃床で殴られた。彼が、冷たいコンクリートの地面に横たわっている。その男を介抱しようと立ち上がった女の子が殴り倒される。彼女は「私に介抱させて!」と行動の意図を伝えたが、ジブラルタル兵は容赦しなかった。
 鉄塔に小屋を載せたような管制塔が制圧され、格納庫も奪われる。
 時間としては、一〇分ほどの出来事だ。

 上空から、続々と三機のダークブルーに塗装された同型輸送機が降りてくる。
 着陸すると、全機が横一列に並ぶ。パイロットの腕は確かだ。
 最後に着陸した機の後部ランプドアが開き、一九世紀的なスーツを着た民間人が降りてきた。
 この世界では珍しく、恰幅がいい。
 長い時間をかけて歩き、俺たちを見下ろして告げた。
「野蛮人を、簡単にとらえられたな」
 ベストのポケットから懐中時計を出し、時間を見る。
 そして、いった。
「日没までに、このみすぼらしい街を占領できるな?」
 隊長と呼ばれた男が挙手の礼をする。

 同時に、四機の輸送機は多数の装甲車輌に囲まれていた。
 俺たち〝捕虜〟全員は、地面に身体を投げ出して伏し、味方の流れ弾を避ける。
 由加とベルタ、フィー・ニュンは、一発も発射することなく、〝占領軍〟を制圧した。
 五〇人の〝占領軍〟兵士は、膝を地面について、両手を高く上げさせられている。
 空港要員と女の子を殴り倒したジブラルタル兵二人が、ノイリンの若者に銃床で腹を殴られ、蹲る。
 行政長官と第一報道官の二人は、後ろ手に縛られている。
 一五〇人ほどの避難民には、乳児もいる。その人々は、一切の荷物の携帯を許されず肌寒い風が吹く滑走路に並ばされている。
 一人ずつボディチャックを受け、武器の有無を確認する。女性も子供も。一切の例外なく。
 避難民は、非常に怯えていた。
 幼児を抱いた女性が、アビーに話しかける。
「この子に水を……」
「殺し損ねた我々に頼み事か?
 図々しいぞ」
 女性は沈黙した。隣に立っていた高齢の女性が泣いた。
 壮年の男性が金沢に話しかける。
「何でもしますから……」
「じゃぁ、二〇〇人分の墓穴を掘るか?」
 男は黙った。

 俺は、ルジエの街で拘束した四体のヒトらしき動物を尋問したかった。一体は確実にヒトだが……。
 ジブラルタルの間抜けで面倒な連中など、どうでもよかった。
 だが、こちらの処分の方が先だ。

 ジブラルタルの人々は、かなり変化した英語を話す。他の言葉は一切知らない。
 俺の前に〝隊長〟が座っている。場所は尋問室と呼んでいる木造の小屋。
「ノイリンを占領しようと考えた理由は?」
「わかりません」
「占領をいい出したのは?」
「行政長官です」
「行政長官だけですか?」
「第一報道官も同意されていました」
「議会は?」
「ジブラルタルにはありません」
「行政は?」
「行政府が……」
「選挙は?」
「行政長官選挙があります」
「では、行政長官は選挙で選ばれたわけで、今回のことも皆さんの総意と解していいですね?」
「……」
「どうですか?」
「総意ではありません」
「なぜ?」
「少なくとも、私は軍事的な見地から反対しました」
「でも、したがった」
「行政長官の指揮下にあるので……。
 最高司令官の命令ですから」
「文民統制されていると?」
「そうです」
「今回のことは、誰に責任があると?」
「……」
「まぁ、いいでしょう」

 俺は、行政長官アルミロの尋問を始める。
「ノイリンを占領しようと考えたのは誰ですか?」
「守備隊長のマテオだ」
「あなたは止めなかった?」
「軍は銃を持っている。
 この状況では刃向かえない」
「そうですか。
 それでは、すべての責任はマテオ氏にあると?」
「その通り」

 第一報道官ネロを尋問。
「我々からノイリンを奪おうと考えたのは、なぜ?」
「私はそんなことは欠片も考えたことはなかった」
「第一報道官とは、どんなお仕事?」
「行政長官を補佐し、行政長官に万一のことがあれば、行政長官代理となる」
「では、軍の指揮権もありますね?」
「守備隊はマテオが仕切っていて、事実上彼の私兵なんだ」
「では、誰が……」
「マテオだよ。
 決まっているだろう。
 あいつは血に飢えている」

 一番機の機長を尋問。
「お名前は?」
「メルクです」
「民間人ですか?」
「そうです」
「軍籍は?」
「ありません」
「行政上の立場は?」
「何も。
 ただの一般人ですよ」
「今回の作戦はどう思いました?」
「うまくいくわけなんてないでしょう。
 乳飲み子まで入れて、二〇〇対数千ですよ。勝ち目なんてありっこない」
「この作戦の立案者は?」
「守備隊長です」
「守備隊長が独断で?」
「それはありません。
 行政長官の命令で、守備隊長が作戦を立案し、実行したんです」
「間違いありませんか?」
「確かです」

 俺は面倒なので、行政長官と第一報道官に、簡潔に編集した交信の録音を聞かせた。
 そして、いった。
「行政長官殿は、私を野蛮人と呼んだ。
 その期待に応えようと思う。
 今回の作戦を主導したのは、あなたたち二人だ。
 これは明白。
 ならば、あなたたち二人を処分すればいいわけだ。
 だが、ノイリンには刑務所がない。
 死刑は好まない。
 二人を家族ともども追放する」
 第一報道官ネロが懇願する。
「待って欲しい。
 私は行政長官の意向を忖度〈そんたく〉しただけだ!
 孫娘は、まだ八歳なんだ。
 ここを放り出されたら……」
 二人のいい合いが始まり、それに耳を傾けていた。
「お孫さん、お子さんの命が大事ですか?
 ならば、時間を差し上げましょう。
 二日間。
 その間に何をすればいいか、わかりますね?
 無罪はないのですよ」

 ネロは、避難者を拘束していた旧滑走路脇格納庫の仮設トイレで首を吊った。
 アルミロは、隠し持っていた毒をあおった。
 遺体は家族に引き渡したが、この二家族に対するジブラルタルの人々の目は厳しく、葬儀と呼べるようなものは一切なかった。
 二人の遺体は、ノイリンから離れた原野に深く埋めた。墓標はない。

 俺は、いよいよ最重要課題に入る。
 まずは、僧衣の男から始める。
 俺が彼の前に座ると、僧衣が何かをいった。
 捕虜にした二人の通訳に、翻訳を命じる。
 通訳は二度だ。
「司祭様は、異端の獣に死を、とおっしゃった」
 俺は異教徒とは呼ばれているが、異端は初めてだ。
 これが、この狂気の動物との会話の始まりだった。
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