200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第3章

第八〇話 上翼機

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 俺は一週間、ノイリンに滞在し、バラカルドに戻った。
 俺が不在の間、バラカルドには、ドラム缶に入れられた一〇〇〇〇リットル(ドラム缶五〇本)の燃料が海上輸送されていた。
 元一番機機長メルクを含む回収班も海路で到着している。守備隊長だったマテオも同行している。
 回収班は五〇人で、高速輸送艇S005に便乗してジブラルタルに向かう。輸送船や潜水艦、残置されている車輌などを調べるため、輸送班や車輌班のメンバーもいる。
 航空機以外は、調査が目的で、回収の予定はない。航空機も回収可能ならば……という前提条件がある。

 ジブラルタルには一〇〇人近くが残され、現在でも生き残っている可能性がある。

 地下の港や車輌の組み立て工場跡は最後に残った居住棟からは二・五キロも離れている。滑走路までは五キロ。
 そう、説明されている。
 メルクやマテオは、いまのところ裏切る様子はないが、裏切るヒトが裏切り者の名札を着けているわけじゃない。
 ジブラルタルからのヒトは、そういう目で見られながら、ノイリンで生きている。メルクやマテオは、信頼を得る手立てに苦慮しているようだが、他のジブラルタル出身者も同じ気持ちとは思えない。
 ひとり一人を個別に見極める必要がある。

 ジブラルタルの個人携帯火器は、ノイリンに入域した時点の携帯者に返された。メルクとマテオは、拳銃しか持っていなかった。彼らの武器は我々と比べても貧弱だった。

 今回の隊長はクリストフが務めているが、彼から俺に相談があった。
「ハンダさん、今回のメンバーなんですけど、ゴツ過ぎませんか?」
「手に余る?」
「ちょっとね」
「どうしたいの?」
「ハンダさん、隊長になってくださいませんか?」
「え!」
「お願いします!」

 その後、しつこく説得されて、訳のわからん〝顧問〟の肩書きで首を縦に振ってしまった。
 いや、俺は最初からジブラルタルに行ってみたかったのだ。
 金吾のノイリン帰還が遅くなる。
 珠月の機嫌が悪くなる。
 明日の朝、ジブラルタルに出発する。

 その夜、コーカレイのデュランダルから無線連絡があった。距離があるので、短波のモールスだ。
 食堂にしている小屋で電文を受け取る。
 数人が寄ってくる。誰もが外部の情報に飢えている。
 金吾が尋ねる。
「何かあったんですか?」
「あぁ、コーカレイでヘリコプターが見つかった。
 しばらく飛んでないが、故障はない。
 前に発見されていたポーランド製のMi‐2という小型タイプと同じだそうだ。
 その民間機型で、PZL‐カニアという名らしい」
「ポーランド製?」
「デュランダルも同じことを考えたようだ。
 ティッシュモックとの関係を……。
 でも、違うようだ。
 Mi‐2とPZL‐カニアは、白魔族が入手した時期が違うこともわかったそうだ。
 それと、ティッシュモックのポーランド人は、この世界にヘリを持ち込んでいる。PZLのW‐3ソクウという中型だった。移住初期に行方不明になっている。
 それ以上詳しいことは書かれていない」
「どちらにしても、ヘリが一機増えたことは、いい知らせですよ」
 金吾の言葉に全員が賛同する。

 翌払暁、俺は木造の浮き桟橋に停泊しているS005艇に乗り込む。
 乗り込む直前、見送りに来た金吾に「あとは頼む」と伝えた。
 金吾は「トカゲ人間、探します」と冗談をいった。

 バラカルドからジブラルタルまで、イベリア半島の大西洋岸に沿って進むと、約一七〇〇キロある。
 夜間は航行せず、入り江などに待避し、巡航二五ノットで、約四日で到着の予定だ。
 ビスケー湾を西進して、大西洋に出てから南下し、ジブラルタルに至る。

 大西洋に出るまで、海岸線は険しいが、南下を初めてしばらくすると、平地が目につくようになる。
 バラカルド周辺とは異なり、森が深く、海岸線まで木々が迫っていて、上陸は難しい。

 船は揺れ、俺を含めて乗客の半分は船酔いに苦しんだ。
 四日間の航海で、酷く消耗してしまった。
 俺は海上からだけとはいえ、イベリア半島の大西洋岸を可能な限り観察するつもりだったが、それどころではなかった。
 寝ているか、吐いているか、そのどちらかだ。

 S005艇は、ユーラシア最西南端と思われる岬沖を通過し、カディス湾の現在状態と思われる海岸線を東進。しばらくして、南下を始める。
 海面は静かだ。
 ジブラルタル海峡と断定できる細い水路を通過する。

 ジブラルタルの砂の堆積による岬、そしてザ・ロックは、二〇〇万年前の地形図とほとんど変わらない姿だった。
 岬の南北は五キロ、東西は一・二キロ。東は西地中海のアルボラン海、南はジブラルタル海峡、西はジブラルタル湾。北側は砂質の低地でユーラシアに接続する、
 岬の南端はエウローパ岬で、その南は海峡を挟んで北アフリカだ。
 北側の砂州は低地で、ここに滑走路がある、滑走路は北東から南西に向けて、一五〇〇メートルある。
 岬を海上から周回する。
 建物はジブラルタル湾側(西側)に集中していて、西地中海側(東側)には人工物はほとんどない。
 滑走路の南端から五〇〇メートル南に周囲から離れた建物が二棟あり、これが最終的な住居棟だったそうだ。二棟とも四階建てで、かつては宿泊施設だった。
 メルクとマテオによれば、ジブラルタルの建物の総数は二〇〇以上あり、二〇〇年以上前から徐々に放棄され、彼らにも実体はよくわからないらしい。
 ザ・ロックは石灰岩の一枚岩で、内部には航空機の格納庫と船舶修理用乾ドックがあるという。
 かつては、北アフリカを拠点とする白魔族と熾烈な戦闘を繰り返していたが、白魔族がチュニジア方面に東進したことと、ニュージーランド北島が勢力を減じたことから、この一帯での戦闘は終結し、セロの侵出までは平穏だった。
 ニュージーランド北島の現在の状況は、判然としない。単に西ユーラシアに対する興味を失っただけかもしれないし、疫病や戦争で崩壊に向かっているのかもしれない。

 西側の海岸に近付くと、かなりの数の死体がある。ヒトではなく白魔族だ。
 白魔族のものだという、大破した小型船が浜辺に打ち上げられている。
 考えられることは、セロと白魔族の戦闘だ。大きく破壊された建物や、炎上した施設もある。セロのロケット砲の攻撃を受けたのだろう。

 俺はクリストフに「上陸しよう」といった。クリストフの緊張が伝わり、メルクとマテオは互いに見合っている。明らかに困惑の表情だ。
 マテオがいった。
「私たちが去ったあと、白魔族がやって来たんだ。
 そこにセロが……」
 マテオが呟く。
「こんなになってしまうなんて、思ってもいなかった……」
 俺がマテオとメルクにいう。
「白魔族は、ジブラルタルからヒトが退去したことを知って、調べに来たのだろう。
 単なる偵察だと思う。
 そこで、セロと鉢合わせしたんだ。
 残ったヒトを探そう」
 マテオが答える。
「そうしてください。
 まだ、生き残っているヒトがいるかもしれないから……」
 メルクがいう。
「白魔族とセロにも注意しないと」
 マテオが引き継ぐ。
「住居棟はもっと北です。
 北に小さな港があります」

 岬の西側、滑走路の南端付近に防波堤に囲まれた小さな港があった。
 S0005艇は、この港に入る。
 俺は艇長のエルマにいった。
「一〇人で上陸する。
 上陸しいたら、沖に出るんだ」
 エルマが頷く。
 マテオが「おかしい、船が二隻あったはずだ」といい、メルクも「二隻ともない。沈んでもいない」と海底を指さす。
 水は澄んでいて、深い。

 接岸すると、甲板よりも岸壁のほうが若干高かった。S005艇よりも大型の船が常用していたのだ。

 完全武装の一〇人が上陸する。クリストフ、マテオ、メルクが含まれている。
 居住棟まで、二〇〇メートルほど。周囲に建物のない舗装路を北に向かって進む。遮蔽物のない舗装路を小走りに、住居棟に向かう。

 住居棟の外装には、ほとんど装飾がない。窓のあるコンクリート製の箱、といった感じだ。窓は等間隔で同じ大きさのものが並んでいる。
 入口には大きく張り出したひさしがあり、車寄せもあるが、扉自体は観音開きの装飾のない鉄製だ。

 正面の扉は施錠されていなかった。
 内部は、外装とは異なり、立派とはいえないが、無味乾燥な雰囲気ではない。枯れた花が残る花瓶や絵画が飾られているし、ソファーやテーブルに生活感が感じられる。
 メルクがぽつりと。
「ここを出たときと同じだ」
 マテオが悲しい目で枯れた花を触る。そして、振り向く。
「ここには、物資と呼べるようなものはありません。
 生活の場だったので……。
 住民個々には、大切なものが残っていると思いますが……。
 地下に食料の備蓄庫があります。穀物と豆、缶詰や乾燥野菜は、回収できるでしょう。
 作業棟の隠し部屋には、武器が少しあると思います」

 作業棟に向かう前に、マテオの案内で四人が地下の食料庫を調べに行く。

 だが、すぐに戻ってきた。
 マテオが告げる。
「何も残っていない。
 食料はすべて持ち去られている」
 クリストフが断言する。
「セロですね。
 連中は、ヒトの食料を奪いますからね。
 でも、缶詰を食料だと理解して奪いますか?……」
 セロは街を襲うと、まず食料を探す。彼らの食料は現地調達が基本で、必要量の糧食を携行する、あるいは輸送するという概念がないらしい。

 二人ずつ手分けして、全階を調べたが生存者の痕跡はなかった。
 食料庫以外も物色された様子があり、各部屋は酷い有様だ。二室に血が飛び散ったあとがあったが、死体はない。生存していて、逃げた可能性がある。
 居住棟の周囲と棟内には、セロと白魔族の死体はない。
 滑走路南西端付近には、戦闘の痕跡がない。

 俺たち一〇人は作業棟に入る。四階建ての作業棟は居住棟に比べて、三分の一ほどの大きさだ。
 各階を調べるが地味な建物ためか、物色の跡はない。直近まで、数人が生活していた形跡がある。缶詰の空き缶が捨てられていて、まだ水分がわずかだが残っている。

 メルクが「隠し部屋はこっちだ」と二階に連れて行く。
 大きいが石造りの質素な暖炉があり、その奥が入口になっていた。暖炉は完全なダミーで、身体をかがめなければ出入りできない使い勝手の悪い隠し部屋だ。
 メルクが内部に入る。
 暖炉の内側から顔だけ出す。
「銃も食料も、何もない。
 生き残りが持っていったんだ」
 マテオが「やはり、船で逃げたのか?」と疑問を呈し、メルクが同意する表情を浮かべる。
 メルクがマテオに「どこに逃げたと思う」と問い、マテオが首を振る。
 そしていった。
「可能性は低いが、鬼神族の街だろう。燃料の買い付けに、何度も行っている。あるいはもっと、東に向かったかもしれない」
 どちらにしても、ジブラルタルには、マテオたちとは別に脱出に成功したグループがある。
 俺は二人にいった。
「今回は下調べが目的だ。
 飛行機と船の存在が確認できればいい。
 飛行機はできれば回収したいが、無理はしない。
 手早く済ませて、立ち去ろう。
 カンだが危険を感じる」
 メルクが反対する。
「もし、残っているならば、危険を冒してでも回収したい。
 この機会を逃したら、永遠に回収できないかもしれない。
 それに地下格納庫と地下ドックは安全なはずだ」
 それにマテオが反対する。
「いや、地下には鍾乳洞が縦横に走っている。地下格納庫と地下ドックにもつながっているはずだ」
 メルクが反論する。
「つながっている鍾乳洞は、塞いだと聞いている。
 それは事実だと思う。
 飛行機と船が回収できれば……」
 その続きは何だろう、と俺は漠然と考えた。
 ノイリンでの立場がよくなる。
 経済的利益が得られる。
 セロと戦える。
 他の土地に行ける。

 どれもあり得る。
 ジブラルタル出身者の真意はわからない。

 俺が全員にいう。
「上陸隊全員を陸にあげる。
 この作業棟を拠点にして、探索する。
 船は沖に待避する」

 S005艇が再度接岸し、航空機や船舶、車輌の専門家など四〇人を上陸させた。全員、武器と防備はフル装備だ。
 ここには、セロ、白魔族、ドラキュロがいる可能性がある。性格の異なる敵が多すぎる。
 このうち、最も恐ろしいのはドラキュロだ。

 クリストフが説明する。
「予定通り、ここで二日間の探索を行う。
 これから、車輌班、航空班、輸送班(船舶関係)の三班に分かれる。
 日没三〇分前までに、この作業棟に戻る」

 岬の沿岸を陸に接近して丹念に調べたS005艇によると、白魔族の死体は岬の先端に多く、大陸と岬の中間点にある滑走路付近にはない。
 海上からはセロの死体を確認できなかったが、上陸した港の近くでセロのセラミック製の矢を複数発見しているので、白魔族の交戦相手はセロで間違いない。
 降下したセロが、一時期、ジブラルタルを占拠していた可能性もある。
 攻略に成功したヒトの街を簡単に放棄した理由は不明だが、ジブラルタルには川や湧水がない。真水は雨水以外に供給の術がない。 飲料水の確保困難が、ジブラルタル最大の弱点だ。
 放棄の理由が水である可能性は高い。

 俺は拠点となった作業棟をクリストフに任せ、航空班に同行して地下格納庫に向かう。

 地下格納庫は、ザ・ロックの自然洞窟を加工して造られていた。
 入口は滑走路に向かって開口していて、舗装された誘導路がある。
 秘密の施設ではないのだろうが、自然石を模した樹脂製の岩で擬装されていた。よくできていて、至近でも判別できない。
 誘導路がザ・ロックの中には伸びておらず、道のようにザ・ロックの北辺に沿って、東に延びている。これも擬装だろう。
 作業棟からの距離は八〇〇メートル。
 模造の岩はレールに載っており、手押しで簡単に移動できる。
 格納庫のシャッターは鋼鉄製の蛇腹で、開閉は一〇人がかりでやっとというほどの重さだ。
 メルクの指導にしたがったが、格納庫内に入るために一時間を要した。

 三機は存在していた。三機とも支柱で主翼を支えた上翼機だ。セスナの機体によく似ている。たぶんクローンだろう。
 一機は四人乗りで、メルクからの事前の説明とは異なりフロートを付けている。機体はドリーに載っている。
 一機は六人乗りの陸上機。最後の一機は一〇人乗りで、この機だけが空冷星形九気筒エンジンを搭載している。他の二機は水平対向エンジンだ。

 内部は暗く、発電機は停止している。発電は岬の先端に設置した潮流をエネルギーとする潮力発電だったが、S005艇の調べでは海上からも破壊された様子が確認できたという。
 ジブラルタルの電力事情は不安定で、この地下格納庫には船舶エンジンを流用した手製のディーゼル発電機が備えられていた。
 ディーゼル発電機は、メルクによって一切の整備なしで起動に成功した。
 格納庫内が明るくなる。明かりは白熱灯だ。

 四人乗りと一〇人乗りはエンジンカウルが取り外されていて、整備中であった。
 六人乗りは前輪がパンクしている。着陸直後にパンクしたとのことで、前輪脚柱を含めて点検中だった。
 航空班は機体の点検と、再整備に入る。

 地下格納庫には車輌が二輌あった。
 金沢が推測していた通り、ダッジWCシリーズの民間型パワーワゴンにボンネット周りがよく似ており、二輌ともオープンのピックアップだ。メルクによれば、航空機の牽引車として使っていたという。

 その一輌のエンジン始動を試みると、スターターが勢いよく回転し、簡単に始動した。
 俺はメルクに「車輌工場に行ってみる」と告げる。
 メルクが不安な目で俺を見、頷いた。

 車輌工場は、放棄された旧市街にあった。作業棟から一・五キロしか離れていない。
 旧市街は居住区と工場区が明確に分かれていて、居住区は北側(大陸側)、工場区は南側(海峡側)にある。
 工場の数は多くなく、七棟。すべてが放棄されている。

 車輌工場に入ると、車輌班全員が俺を見て微笑む。
 二トントラッククラスのシャーシが幾列も積み上がっているのだ。
 木枠に入れられたエンジンとトランスミッションもある。
 誰かが「全部持って帰りましょう!」と叫び、それが反響する。
 俺は「そうしよう!」と答えた。

 夜の作業棟は賑やかだった。全員が一階のエントランスに集まり、携帯食を食べている。成人には、少量の飲酒を許可した。一〇代の隊員は、奇妙にはしゃいでいる。
 走行可能な車輌だけでも一〇輌も見つかったのだ。
 航空機三機は修理可能だし、五〇〇トンのフェリーはエンジン一基が稼働し、低速ならば航行できる。
 潜水艦は事前の説明通り、全長七五メートルに達する大型艦だった。水上での排水量は一四〇〇トン。
 艦内に残された資料によれば、重油二八〇トンで一万五〇〇〇海里(二万七七八〇キロ)の航海ができる。
 二基のエンジンは、どちらも故障している。新造でニュージーランド北島からジブラルタルまで航海し、エンジン故障のため帰還不能となった。以後二〇年間、乾ドックに留め置かれている。
 この潜水艦の由来について、マテオが話し始める。
「この潜水艦は、本国との往来のために建造されたんだ。
 ジブラルタルは、ユーラシアを監視するための橋頭堡としての役目を担っていた。
 過去から何が送られてくるのか、どんな集団がやって来るのかを見張ることが当初の任務だった。
 しかし、数百年もすると本来の役割は忘れられ、軽度の犯罪者を送り込む流刑の地になったんだ。
 罪人に過酷な仕事を押しつけたんだ。
 私も罪人の一人だ。
 それでも、五〇年ほど前までは、物資の補給は行われていた。毎月、二万キロの航海を経て、物資が送られてきた。
 その後、二カ月に一度、三カ月に一度、半年に一度となった。
 本国からの補給が減る前から、流刑者以外や、本国に伝手のある流刑者、賄賂を払った流刑者たちが、本国に帰還していった。
 結局、ジブラルタルには弱い人々だけが残された。
 あの潜水艦、ソードフィッシュ号は本国との連絡用潜水輸送船の最終船だという噂が流れたんだ。
 ソードフィッシュ号は処女航海で、左舷エンジンを故障した。
 そして、我々の先輩はあの船の右エンジンも故障させた。
 自分たちが移動する手段を確保するために……。
 その後も、本国からの補給は細々と続き、見捨てられるのではないか、という不安は少し薄れていく。
 ソードフィッシュ号のクルーは別の潜水艦がやって来て、本国に帰った。その後も帰還者が続き、五〇年間で二万人が一〇〇〇人まで減ったんだ。
 そして数年前、完全に見捨てられた。
 自然減、といえばその通りだが、白魔族の攻撃や人食いの侵入で、瞬く間に五〇〇人を切った。
 鬼神族から食料や燃料を購入して、どうにか生き抜いてきた。
 我々は彼らに鉄材や機械類を切り売りしていた」
 マテオは何度も「見捨てられた」という言葉を使った。それが、ジブラルタルの人々の根底にある気持ちなのだろう。
 見捨てられたが本国に帰りたい、見捨てられたから本国を恨んでいる、見捨てられても本国に振り向いてもらいたい。
 そんな気持ちなんだと思う。

 クリストフが厄介な提案をする。
「フェリーを持って帰りましょう。動く車輌のすべてと、持ち出せる機械類をできるだけ載せて……」
 俺がそれを諫める。
「そういう計画ではない。
 計画通りに進めるべきだ。
 今回はイベリア半島大西洋沿岸の状況視察と、ジブラルタルの現状確認だけのはずだ。
 可能ならば航空機は回収するが、それ以外を持ち帰る予定はない。
 航空機も残置する」
 俺の意見に航空班が反対する。
「飛べる飛行機が三機ですよ!
 ここに残したら、白魔族に奪われるかもしれないし、セロに壊されるかもしれませんよ!
 持って帰りましょう!」
 彼らの主張は正論だ。俺も同じことを考えているが、ここに留まることは危険でもある。
 俺は船舶班に尋ねる。
「船の出航にどれだけの時間がかかる?」
「燃料を補給すれば、明日にでも。
 ですが、船のタンクの燃料はコーカレイまではないでしょう。陸のタンクには重油が残っているようですが、多くはないです。
 バラカルドまでならば、どうにか……。
 バラカルドの燃料を使えれば、コーカレイまで帰れるかもしれません。
 海に出るには、問題があります。
 フェリーと潜水艦は乾ドックに入っていますが、海水を入れると潜水艦も海水に浸かります。
 潜水艦のことがわかりません。沈没してしまうかも……」
 俺が尋ねる。
「海水を少しずつ入れることはできるの?」
「可能です」
「潜水艦のハッチをすべて閉めて、様子を見ながらは可能?」
「可能ですが、時間がかかります。
 それと、潜水艦が浮くのなら、曳航していったほうがいいと思うんです。
 曳航するには、フェリーのエンジンを修理して、二基とも稼働させないと」
「それは大丈夫なの?」
「問題ありません。
 エンジンの修理はほぼ終わっていて、最終の組立が少し残っている程度です。
 欠品している部品があるかもしれないのですが、同型のエンジンが街の工場に複数あります。発電に使っているようです。
 そこからカニバリます」
「エンジンの修理にはどれくらい?」
「三日から一週間」
 俺は航空班を見る。
「飛行機の修理は?」
「一週間あれば完遂します!」
「ここに一週間留まろう。
 S005を隠せる場所はある?」
 船舶班の一人は答える。
「乾ドックのある地下港が最適です」
 クリストフが微笑む。
 俺が命じる。
「ここを離れるまで、無線封止を継続する。
 ノイリンには、ここを離れてから連絡する」
 メルクが立ち上がり、敬礼する。
 すると、新参者、世代を重ねた人々、蛮族、異教徒の区別なく立ち上がり、俺に敬礼する。
 俺も敬礼で返した。
 由加やベルタほど、上手ではないだろうが……。

 三機の上翼機とフェリーの修理が終わるまで、俺にはすべきことはなかった。
 それはマテオも同じで、俺たちは旧市街と大陸との境界を調べた。マテオ自身、旧市街のことは深くは知らないそうだ。
 それと、ジブラルタルには、既知から未知まで、隠し扉、隠し部屋、隠し倉庫がやたらとある。本国に対するある種の抵抗なのだろう。

 大陸との境界は、一・二キロの二重防壁と有刺鉄線で造られている。
 北側の外城壁は高さ七メートルの単純なコンクリート製。南側の内城壁は高さ一二メートルで、一〇〇メートルおきに高さ二〇メートルの監視塔がある。
 外城壁と内城壁の間隔は、二〇〇メートルと近い。外城壁建設の数百年後、内城壁を建設したとか。
 この城壁と有刺鉄線だけで、ドラキュロを防いでいた。

 監視塔の一つに上り、俺は北を見ている。大陸には人工物が一切なく、森と岩と石と土しかない。
 俺はマテオに尋ねた。
「動物は?」
「あまり見ませんが、爬虫類が多いのです」
「巨大なトカゲとか見たことは?」
「巨大な四足歩行のトカゲの他に、カンガルーみたいな二足歩行の動物がいます。
 人食いがそれを襲い、返り討ちされるところを何度も……。
 あの動物がいなければ、ジブラルタルはとうに落ちていたでしょう」
「カンガルーみたい……」
「えぇ、カンガルーに似ていますが、ワニにも似ています。
 ワニを二本足で立たせたような……」
 たぶんドラゴンだ。
「それ以外の動物は?」
「ワニ型の草食爬虫類は、かなりの数がいるようです。
 それらの仲間かどうか、わからないのですが……。
 鎧を着たクマのような、尾の短い二本足の動物がいます。
 これが厄介で、単純な道具を使います。
 人食いと異なり、水を怖がりません」
 これがのちに若者たちが〝トロール〟と呼ぶ、奇妙な動物に関する初めての情報だった。

 マテオは旧市街には興味がないようだ。彼はジブラルタルで生まれ、子供の頃は何度も旧市街を探検したそうだ。
 ジブラルタルの行政は、旧市街への侵入を厳しく規制していたが、子供たちの好奇心を止めることはできなかった。
 だが、めぼしい品が見つかったという情報は皆無だった。
 だから、マテオは旧市街に興味がなかった。

 オープンのピックアップを低速で走らせながら、俺は一棟ずつ見回る。
 極端に窓が少ないコンクリート製二階建てがある。
「これは?」
「警察があった時代の警察署です」
「入ってみましょう」
「えっ!
 何もないですよ」
「まぁ、入ってみましょうよ」
 俺たちは、扉を開けて、ごく普通に空き家に入る。
 内部は薄暗く、埃っぽい。家具は一切なく、コンクリート壁に囲まれた矩形の部屋だ。
 奥に向かう通路がある。
 俺が通路に向かうと、マテオが声をかける。
「その先には、鉄の扉があるだけです。
 施錠されていて、開きませんよ」
 俺は、振り向いて微笑んだ。そして、鉄の扉と施錠を確認して戻る。
 マテオと向かい合う。
「あの扉を開けましょう。
 手榴弾を使うので、下がってください」
 マテオが驚きで目を見開く。

 俺は扉のノブに柄付き手榴弾を縛り付ける。そして、摩擦発火用の紐を柄の底の蓋を開けて引き出し、常備している靴紐ほどの細いロープを結ぶ。
 通路を戻り、壁に身を隠すようにマテオに指示する。
 紐を引くと、五秒で爆発する。
 ロープを引き、発火を確認して、身体を壁隠す。
 手榴弾が爆発する。
 扉を見ると大きく変形し、すでに開いていた。

 扉の向こうは、一〇畳ほどの部屋だった。部屋の中は壁面に沿って木箱が積み上げられている。茶色く変色した白木の箱で、一切の表記がない。長さは一・二メートルほど。
 マテオが「驚いたな。木箱があるなんて、空だとしても……」といい、俺が「なぜ、空だと思う?」と尋ねる。
 マテオが答える。
「旧市街の物資は、針金一本まで調べたそうです。物資が枯渇することを恐れた住民たちが……。
 組織的にね。
 作りのいい家具は、鬼神族に売ったし、鉄骨や鉄筋も売りました。
 売れるものは何でも……。
 私が成人する頃には、一切が運び去られていんです。
 ここには何もない……。
 空の木箱があっただけでも驚きですよ」
「中身を調べよう」
 マテオは興味なさそうに、俺の作業を見ている。俺は、床から三箱積まれた最上部の箱を銃剣でこじ開ける。

 中身は真空パックされた銃だった。透明樹脂製のパックを破く。
 マテオたちが装備している、FN製FALの派生型と同型だ。
 ハンドガード、グリップ、ストックが木製で、コッキングレバーとセレクターが左側にある。
 マテオがいう。
「驚いたな!」
「全部同じ銃だろう。
 ざっと、八〇〇挺」
「なぜ、ここに……?」
「隠したんじゃないかな。
 あなたたちの誰かが……。
 それほど古い銃ではないし、新品だ。
 本国から運んで、すぐに隠したんだ。
 皆さんの銃はかなり使われていて、銃身の摩耗が激しいものもあるけど……」
「その通りで、武器の補充はまったくなくて……」
「でも、ここにはある……。
 誰かが古い銃を使わせ続け、新銃を隠したんだなぁ」
「何のために?」
「反乱を恐れたのでしょう」
「誰が?」
「指導者たち……」
「くたびれた銃で戦い、多くの住民が死んだのに……。
 私の弟は、装弾不良で弾詰まりしてしまって、人食いに襲われた……」
「気の毒だが、指導者が保身に走れば、誰かが死ぬ」
「一箱だけ持ち帰ろう」

 俺とマテオは、銃をトラックに積み、旧市街の調査を再開する。
 旧行政府庁舎、旧守備隊兵舎、旧弾薬庫、旧図書館などの他、用途不明の倉庫もあり、物資が隠されていそうな施設がある。

 ジブラルタルにおいて、二度目の夜が訪れようとしていた。
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