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第3章
第八一話 搬出
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輸送潜水船ソードフィッシュ号は、海中に没する潜水艦(可潜艦)なのだが、武装は施されていない。魚雷や水中発射の対艦ミサイルなどは一切ない。砲も装備していない。
艦内には小火器のガンラックがあったが、銃はすべて撤去されていた。
完全な貨物船で、二〇人ほどで操船できる。船形は第二次世界大戦時の潜水艦に似ていて、海上での航行に適している。低気圧が居座る赤道付近のみを潜航するので、こういった船形になったのだろう。
貨物室は船橋後方の船体中央にあり、船体前部が操船部、最後部に主機と電動機(モーター)が配置されている。
艦橋後部から艦尾にかけて大きな盛り上がりがあり、その最後部に巨大な円形ハッチがある。この巨大ハッチは、艦の上方ではなく、艦尾後方に向かって開口している。構造は伊四〇〇型潜水艦の航空機格納筒に似ている。
ここから物資の積み卸しをする。
定期的に点検されていたようで、舵は動くが機関の修理は簡単ではない。
三機は五日間で修理を終えた。六日目に滑走路に引き出し、一機ずつ試験飛行を行う。異常がなければ、七日目には三機ともバラカルドに向かう。
異常があれば、さらに整備を続ける。離陸は三機同時と決めている。巡航速度が異なるが、できるだけ編隊で飛ぶ。
フロート付きの四座機は、車輪に付け替えた。
フェリーは三日目には修理を終えていた。四日目にドックに注水を始め、最初に輸送潜水船が浮揚した。
数時間後にフェリーも浮揚。さらに注水を進め、海水面と同水準になるまで、まる一日を要した。
六日目、タグボートがないので、まずフェリーをトラック四輌で牽引して海上に出しそうとした。
最終的には牽引ロープを斧で断ち切って、牽引の惰性で海上に出した。
その際、フェリーと潜水艦が接触しそうになったが、辛うじて免れた。
「ぎぁ~!」
「最悪だ!」
「どうしてなんだ!」
「あぁ~」
いろいろな叫びが起こる。
この時は、誰もが接触したと思い大騒ぎとなった。それほどきわどい間隔だった。
海上に出たフェリーは、潮流に乗って岸から離れる。メテオがいった通りだ。
S005艇が少し離れて、同行する。
フェリーは二基のエンジンを始動し、航行を始める。
俺はその様子を海岸から眺めている。
フェリーは、不十分な距離だが、試運転として岬の東側から西側に移動する。そして、我々が上陸した防波堤に囲まれた小さな港に入った。
この港は、明らかにこの船のためのものだった。接岸して、船首左舷側のランプドアを降ろす。
俺たちは一・五キロの距離を歩いて、西岸の港に向かう。
一〇輌の車輌には、獲得した物資が満載されている。
車輌班は三〇年前に放棄された車輌の組み立て工場から、サンプルとしてエンジンやシャーシを回収している。
航空班は五〇年前に放棄された単発小型機の組み立て工場を発見した。内部は荒廃していたが、工作機械や治具の多くは修理・整備すれば使えそうであることを確認した。
ノイリンは、ジブラルタルという宝の山を発見した。
明日は、全員がジブラルタルを出る。航空班は、三機をバラカルドまで飛行させる。
夜、永久の別れとなるかもしれない、航空班とその他のメンバーが終わりのない別れの挨拶を繰り返す。
少量の飲酒を許可したが、少量とはならなかった。
宴もたけなわになると、メルクが俺に問うた。
「ハンダさんは、船で帰るのですか?」
俺が「そのつもりだ」と答える前に、若いパイロットがいい放った。
「ハンダさんは、我々とともに飛行機で帰る。往きのような船酔いはご免ですからね」
若い船舶技術者が反対する。
「飛行機はエンジンが停止すれば墜落するが、船はエンジンが停止しても浮いていられる。
重要人物は船に乗るべきだ」
メルクが反論。
「いいや、三機ともいい飛行機だよ。
何てったって、作られてから一度も墜落していない」
俺は、呆気にとられてメルクを見る。この男が冗談をいうとは!
年配の船舶機関士がいう。
「飛行機は墜落するが、船も沈没する。どちらも危険は同じだ」
車輌班の若いエンジン技術者が反応する。
「墜落なら即死でしょう。でも沈没ならば、脱出して泳げば助かるかもしれない。
その点、クルマは故障しても陸の上ですからね」
メルクがいう。
「墜落すれば、すぐに精霊が迎えに来る。
沈没すれば、一生懸命泳いだあげく、サメに食われて精霊の迎えが来る。
クルマが動かなくなれば、さんざん歩いて人食いに出くわし、食われて精霊の迎えが来る。
ならば、飛行機が一番だ。
食われない!」
メルクがこれほど話すとは、驚きだ。
クリストフがとどめを刺す。
「ハンダさんは、飛行機で戻ると思うよ。
バラカルドが心配だから……」
クリストフが少し笑った。
俺は船で帰りたかった。応急修理した飛行機なんぞに乗りたくはない。
だが、口から出た言葉は違った。
「飛行機で帰るよ……」
ジブラルタルからバラカルドまでは、直線で八二〇キロ。
対地速度時速二三〇キロで飛行すれば、計算上三時間四〇分で到着する。
海路は、輸送潜水船を曳航するのでどれほどの時間を要するのか、皆目見当がつかない。バラカルドまで戻り、無線でノイリンとコーカレイに伝え、支援を仰がなくてはならない。
海は総じて穏やかだが、嵐も時化もある。二〇〇万年前の気候・気象は、まったく参考にならない。世界は総じて乾燥化している。寒冷化のピークは過ぎているが、体感的な温暖化の傾向は皆無に近い。
真の冬が終わり、普通の気候になったが、その普通が異常なのだ。
台風やハリケーンなどの移動性低気圧は、緯度が高くなるとほぼ皆無。
だが、冬は寒い。その寒さが、ヒトをドラキュロから守っている。
航海日数が長くなると、時化に遭遇する可能性が高くなる。総重量五〇〇トンのフェリーで排水量一四〇〇トンの輸送潜水船を曳航する。
いささか無茶な計画だが、これを成し遂げないと未来がない。
輸送班は時化を心配しているが、俺はセロの飛行船の哨戒を警戒している。低空で爆撃を受ければ、沈むしかない。
飛行船は船よりも速い。潜水艦の天敵は、二〇〇万年前も二〇〇万年後も哨戒機だ。セロの飛行船がフェリーと輸送潜水船を発見したら、その瞬間ににわか仕立ての対潜哨戒機になる。
そうなったときのために、俺は一刻も早くバラカルドに戻り、フェリーと潜水艦のための上空直掩を要請しなければならない。
俺は訳のわからない飛行機に乗るための、正当な理由を心の中ででっち上げていた。
飛行は快適で、航法は完璧だった。晴天で、風は弱い。
一一〇〇キロ飛行できる燃料を各機に搭載し、一〇分間隔で離陸。
三機編隊で、バラカルドを目指す。
全機が無事、三時間三〇分後にバラカルドに到着する。
ジブラルタルのことは無線では伝えられない。いくつかの街が無線を傍受しているからだ。ノイリンは監視されているし、ノイリンも他の街の動向を注視している。
もちろん、無線は傍受している。
三機の着陸に驚いた金吾が走ってくる。
俺が機外に出ると金吾が俺に叫ぶ。
「どうかしたんですか?」
「いや。
大丈夫だ。
ジブラルタルに行ってきた」
「わかってます」
「宝の山だった」
「……」
「飛行機はこの三機、五〇〇トンのフェリーと一四〇〇トンの潜水輸送船があった。
車輌は一〇輌が動いた。車輌と単発機の組み立て工場がある。
工作機械もある。
建設資材もたくさん……」
「他の街の傍受を気にしているのでしょうけれど……」
「それだけじゃない。
五〇〇トンの船で一四〇〇トンの船を曳航しているんだ。
五ノット程度しか出せない。
この状態でセロの飛行船に見つかったら、沈められる」
「対空機関砲もないですね」
「S005の二〇ミリと一二・七ミリだけだ」
「どうします?」
「飛行機は?」
「定期便は六日後、臨時便の予定はありません」
「航空ガソリンはある?」
「ここには……」
「ならば、三機の残念料をかき集めて、ノイリンに飛ぶ。
ここから直線で七〇〇キロだ」
「一〇〇〇キロ分の燃料が必要です」
「残っているわけはないか」
「ノイリンに飛行機を送ってもらいます。
少し休んでください」
駐機を完了したメルクが走ってくる。
「四人乗りに燃料を集めています。
八〇〇キロは飛べます」
「ノイリンまでギリギリだ」
「真っ直ぐ飛びますよ
川筋をたどらずに……。
あと、二時間で離陸します。
用意しておいてください」
小型機での長時間飛行は辛い。特にトイレの問題がある。向かい風だと、ノイリンまで四時間かかる。
俺は脱水を恐れて、水をコップに一杯だけ飲んだ。
メルクは俺と二人で、最短距離を飛んだ。通常はロワール川に沿って飛ぶ地文航法だが、メルクは完全な推測航法を採った。
俺はメルクの指示で飛行記録を書き留めたが、それがどういう意味なのかはほとんどわからなかった。
だが、三時間三〇分でノイリンが見えてきた。
俺はメルクに「やったな」と感嘆と賞賛の言葉をかけたが、メルクは「当然だ」ともいいたげに無言だった。
着陸も見事だ。
ノイリンは、大騒ぎになった。
ジブラルタルに到達できるのか、それを試すだけの調査の予定が、航空機三機を我々の領域まで飛行させ、フェリーと潜水輸送船も回収中というとんでもない状況なのだ。
隊長はクリストフのはずが、俺となっており、「どういうことだ」と各方面が怒りと当惑に包まれている。
俺は、今夜は久々の吊し上げを覚悟した。
由加にも吊るし上げられるだろう。
ベッドの上で……。
俺の予測とは異なり、全体会議は静寂に包まれていた。
航空班から報告が始まる。報告者は、アイロス・オドランだ。複雑な表現の場合は、通訳をアビーが引き受ける。
「メルク機長が持ち帰った四人乗りの飛行機は、二〇〇万年前のセスナ172型機とほぼ同型です。
非常に優秀な小型機です。
メルク機長によると、持ち帰った機体と同じデザインの六人乗りと一〇人乗りがバラカルドに着陸したそうです。
二機とも故障はないとのことです」
一分ほど沈黙が続く。
チェスラクが沈黙に耐えかねて、専門外の質問をする。
「三機ともガソリンエンジンなのか?」
アイロス・オドランが答える。
「はい。三機ともガソリンエンジンです。
四人乗りは水平対向四気筒、六人乗りは同じく六気筒、一〇人乗りは星形九気筒です」
ケレネスが問う。
「ターボプロップに換装できるのかね」
アイロス・オドランが答える。
「もちろんです」
クラウスも質問した。
「水上機にはなるのか?」
アイロス・オドランが答える。
「一機はフロートがあるそうです。
六人乗り、一〇人乗りはエアトラクターのフロートを取り付けられます」
ベルトルドが俺に問う。
「ハンダさん。
なぜ、偵察というか、調査だけのはずだったのに、それもクリストフが隊長のはずだったのに、ハンダさんが隊長になり、物資を回収することになったのですか?
現地で何があったのですか?」
俺は一瞬、答えを考えた。
「隊長はクリストフだ。
だが、今回のメンバーはベテランが多かった。
クリストフは隊のとりまとめを心配して、私に支援を要請したんだ。
物資の回収を企図した理由だが、岬の先端にセロと白魔族の戦闘の痕跡があった。
白魔族の死体多数と、セロの矢が見つかっている。
白魔族の略奪、セロによる破壊を恐れて、持ち帰ることにした」
ハミルカルがベルトルドの質問を引き継ぐ。
「飛行機は何とか持ち帰ったとしても、二隻の船はどうなんです?
海が時化たら、二隻とも無事ではないと思うんですけど?」
「いや、時化も怖いが、セロのほうが怖い。
時化た場合は入り江や河口に退避して、天候の回復を待つ。
そのための場所は、往路で調べてある。S005も小型艇だから、時化には弱い。そこは事前に調べてある。
しかし、セロの飛行船に見つかったら、逃げ場はない。
曳航しているので、三ノットから五ノット程度しか出せないんだ。
見つかったら最後だ」
議場にしている食堂がざわつく。
俺が続ける。
「で、二隻の上空直掩が必要になる。
できるだけ長く飛べる飛行機を送ってほしい。上空を守れば、セロの飛行船も警戒するはずだ」
フィー・ニュンが呟く。
「突然いわれても……。
ボックスカーのターボ化は終わっているから、その二機をバラカルドに派遣することが最善だと思うけど……。
いきなり実戦もあり得るわけで……」
メルクが答える。
「ターボプロップ化したボックスカー二機は、何度もテスト飛行している。完全・万全な検査を終了しているわけではないけれど、一定の安全性と信頼性はあるんだ。
機体は古いけど、丁寧に整備されている。エンジンのパワーも大きい。
一〇時間以上飛べるから、二機で交代しながら、フェリーと潜水輸送船を守れる」
ケレネスが問う。
「守るといったって、豆鉄砲四挺じゃどうにもならないだろう。
その豆鉄砲の銃身はすり減ってると聞いたが……」
チェスラクが答える。
「中央胴体上下の動力銃塔だが、ブローニングM2という一二・七ミリの連装だ。
銃身が酷く摩耗していて、本来の性能が発揮できない状態だった。
四機分の銃身を新造して、交換してある。
きっちり、動くよ」
アルトル・バルトンが発言。
「ノイリンの街が発展するには、物資が必要。
ならば、やるしかない」
上空直掩の反対はなかった。
だが、臨時の野戦基地であるバラカルドでは、作戦の拠点とするには無理がある。
バラカルドは非常時の退避場所、前進基地はコーカレイと決まった。
優菜が情報を提供。
「どうやって手に入れたのかはわからないけれど、西地区にはプラット・アンド・ホイットニー・カナダのPW100があるらしいの。
リエンジニアリングで、コピーをしようとしている。二〇〇〇馬力から五〇〇〇馬力級のエンジンを作れるみたい」
ルーロフ・ストッケルが優菜を見る。
「ユウナさんだったね。
その話はどこで……」
優菜は微笑んだだけで答えなかった。
ウルリカが優菜に告げる。
「明日、私とハンダさんで西地区に行ってくる。
そして、エンジンの相談をしてくる。
そのエンジンが四基あれば、残りのボックスカー二機も使えるようになる……かも」
アイロス・オドランが肯定する。
「いい情報だ。
私も一緒に行くよ。
残り二機も飛べるようになる。
この作戦には間に合わないけどね」
この時期、ノイリン北地区は裕福ではなかった。鬼神族が燃料の価格を引き下げ、それに呼応して、ヒトと精霊族の混血の街であるカラバッシュが価格競争に参入する。
そのあおりで、ノイリン北地区の燃料も値下げしなければならなかった。
燃料製造・販売以外の仕事は比較的順調で、七六・二ミリの高射砲は精霊族の街に売れ始めていたし、廉価で信頼性の高い七・六二ミリ一〇連発ボルトアクション小銃は生産が追いつかないほどの注文がある。
水陸とも輸送業は好調だし、農産物も少しだが輸出できる。酒造は相変わらず絶好調だ。
燃料班は二〇〇人の移住者に化学の科学者と技術者がいたことから、非常に層が厚くなった。
鬼神族から購入した重質ナフサから改質ガソリンを得る実験プラントの稼働にこぎ着けている。
このプラントが稼働すれば、自家消費分のガソリンは自給できるようになる。
翌日、俺はプカラの後部シートに座り、バラカルドに向かった。
後部シートに座り、機外を眺めながら、計算していた。
五ノット=時速九キロ。ジブラルタルからコーカレイまで、約二〇〇〇キロ。
休みなく航海しても約一〇日かかる。
夜間航行を避ければ、約二〇日。時化や嵐に遭えば、その分遅れる。
一カ月はかかる。
その一カ月間、毎日上空直掩をするには、どれだけの燃料が必要なのだろうか?
我々の生産量で賄えるのか?
それとも他の種族や街から購入するのか?
その資金はどうすればいい?
俺は同じことを何度も考えていた。
唐突にパイロットを務めているトクタルが話しかけてきた。
「ハンダさん、オルリクじゃダメですか?」
「ん?」
「洋上の護衛ですよ」
「オルリクは単発だから、長時間の洋上飛行は無理なんでしょ」
「そんなことはないですよ。
単発機だって、十分に任務に就けます。
自信があります。
オルリクはフェリー状態なら二二〇〇キロも飛べますから……」
「単発機のほうが燃費がいいよね」
「もちろんです。
コーカレイから七〇〇キロまで近付いたら、オルリク隊にやらせてください」
俺は知識がなくて、トクタルの意見に答えられなかった。
実はプカラ隊からも同様な意見具申があった。プカラは双発で、二〇〇〇キロの航続距離がある。
俺は、航空班内に意見の相違があるのだろう、と感じた。先鋭的な対立ではないのだろうが、意見調整は必要かもしれない。
プカラの主翼下には、両翼二本で合計九〇〇リットルの航空ガソリンタンクが懸吊されている。このガソリンを二機の上翼機に補給し、ノイリンに送り出さなければならない。
プカラはバラカルドに着陸後、上翼機二機の燃料補給終了と同時に、護衛として離陸する。
俺は夕日を見ていた。
バラカルドの夕日は美しい。
金吾が横に立つ。
「きれいですね」
「ああ」
「滑走路に飛行機が一機もないと、寂しいというか、不安というか……」
「なぜ帰らなかった?」
「半田さんを一人にはできませんよ」
「俺が珠月に嫌われる」
「わかってくれますよ」
翌朝、コーカレイがセロに襲撃される。完全な奇襲で、危うく防塁を突破されるところだった。
負傷者が一二人、死者はいない。
デュランダルはノイリンに対して、コーカレイ配属の全員に自動小銃の配備を要請した。
フェリー、潜水輸送船、S005艇の三隻は、完全な無線封止を行っており、一〇日間所在がまったく不明だった。
出港から一一日目の夕方、バラカルドに突然S005艇が現れる。
俺とクリストフが固く握手する。
「無事だったか」
「何とか。
途中で、曳航していたワイヤーが切れたんです。
潜水艦が漂流を始めてしまって。
どうにかロープをつないで、フェリーと潜水艦は深い入り江にいます。
丈夫なロープはありませんか?」
「ここにはない。
コーカレイまで行けばあると思うが……」
「海岸線が見えるギリギリ付近の洋上を北に向かうつもりです。
もう、出発したと思います。
陸に近すぎると、座礁が心配なんで……」
「ロープを飛行機で運んでもらおう」
金吾が「すぐに」といって、河畔を離れる。
クリストフたちクルーは明らかに疲れていて、風通しのよい休憩場所を用意したが、地面に毛布を敷いただけの粗末なものだった。
翌午前、スカイバンが牽引ロープを運んできた。
見張りを除く全員で、重いロープとドラム缶三〇本の軽油をS005艇の荷室に運び込む。
S005艇が去り、スカイバンも離陸すると、バラカルドは静かなキャンプに戻った。
金吾ほか三人は、スカイバンに便乗してノイリンに戻った。
バラカルドには五人が残る。
全員が小銃を持ち、軽機関銃は二挺ある。自動小銃は俺のM14だけだ。ライフルグレネードはなく、手榴弾は摩擦発火式の柄付き手榴弾が五〇発。弾薬は各銃三六〇発。
河川舟艇用の燃料は、ドラム缶一〇本分。あとは空のドラム缶が一〇本。
俺たち独自の移動手段は、焼玉エンジンの河川舟艇が一隻。それ以外は、自分の足だけだ。
俺には、軍事的な行動を的確に指揮する能力はない。知識もない。だが、度重なる戦いで、生き残るカンだけは研ぎ澄まされている。
俺は他の四人に伝える。
「根拠はないが、嫌な予感がする。
今夜は、ここを離れて河口に向かおう」
一人が答える。
「数日前からなんですが、見張りに立つと視線を感じるんです。
誰かに見られているような……」
「自分も感じます」
長剣を佩く一〇代後半の男がいう。
「ヒトの形をした影を見ました。
見間違いではありません」
俺は四人に集まるよう手招きをする。
「すぐに船に乗ろう。
ここを離れるんだ。
今夜、襲われるような気がする。
だが、何が襲ってくるのか、それを確かめたいが、無理はしない」
河川舟艇は全長一八メートル、全幅四・五メートル、満載排水量一八トンの大きな船ではないが、船室と貨物室があった。
船室と貨物室は引き戸でつながっており、往来できた。
寝具、炊事道具、個人の所持品、武器・弾薬、予備の燃料のすべてを船に積み、岸から離れ、一キロ下流に移動して、川の中央に錨を降ろす。
見張りに二人を配し、夜通し交代で監視にあたった。
川岸の周囲は草原で、わずかな灌木と小規模な疎林が点在している。
一キロ離れているが、昼間ならば太陽の神殿はよく見え、周囲の住居跡や石壁も確認できる。
今夜は新月。暗夜だ。
三時。
俺は目を閉じていたが眠ってはいなかった。
「ハンダさん」の小声で目を開ける。
船室から出る。
見張りの二人が指さす。
松明だろう。
二〇以上の炎が揺れている。川の左岸(西側)の南には、三〇もの北に移動する炎が見える。
「敵は五〇以上の戦力ですね」
俺は若い隊員を見た。
「敵かどうかは、現時点ではわからない。
我々がテリトリーを侵したので、攻撃してきただけかもしれない。
どちらにしても、生命拾いしたね。
ここは、撤収しよう。無用な接触は避けたほうがいい。
それに、この基地の所期の目的は果たした」
この時点において、俺は襲撃者はヒトか精霊族や鬼神族だと考えていた。この地に文明とは無縁の種族がいても不思議じゃないからだ。
夜が明ける。
小さなボートは錨を引き上げ、河口に向かって進み始める。
我々は、バラカルドと空のドラム缶一〇本を放棄した。
艦内には小火器のガンラックがあったが、銃はすべて撤去されていた。
完全な貨物船で、二〇人ほどで操船できる。船形は第二次世界大戦時の潜水艦に似ていて、海上での航行に適している。低気圧が居座る赤道付近のみを潜航するので、こういった船形になったのだろう。
貨物室は船橋後方の船体中央にあり、船体前部が操船部、最後部に主機と電動機(モーター)が配置されている。
艦橋後部から艦尾にかけて大きな盛り上がりがあり、その最後部に巨大な円形ハッチがある。この巨大ハッチは、艦の上方ではなく、艦尾後方に向かって開口している。構造は伊四〇〇型潜水艦の航空機格納筒に似ている。
ここから物資の積み卸しをする。
定期的に点検されていたようで、舵は動くが機関の修理は簡単ではない。
三機は五日間で修理を終えた。六日目に滑走路に引き出し、一機ずつ試験飛行を行う。異常がなければ、七日目には三機ともバラカルドに向かう。
異常があれば、さらに整備を続ける。離陸は三機同時と決めている。巡航速度が異なるが、できるだけ編隊で飛ぶ。
フロート付きの四座機は、車輪に付け替えた。
フェリーは三日目には修理を終えていた。四日目にドックに注水を始め、最初に輸送潜水船が浮揚した。
数時間後にフェリーも浮揚。さらに注水を進め、海水面と同水準になるまで、まる一日を要した。
六日目、タグボートがないので、まずフェリーをトラック四輌で牽引して海上に出しそうとした。
最終的には牽引ロープを斧で断ち切って、牽引の惰性で海上に出した。
その際、フェリーと潜水艦が接触しそうになったが、辛うじて免れた。
「ぎぁ~!」
「最悪だ!」
「どうしてなんだ!」
「あぁ~」
いろいろな叫びが起こる。
この時は、誰もが接触したと思い大騒ぎとなった。それほどきわどい間隔だった。
海上に出たフェリーは、潮流に乗って岸から離れる。メテオがいった通りだ。
S005艇が少し離れて、同行する。
フェリーは二基のエンジンを始動し、航行を始める。
俺はその様子を海岸から眺めている。
フェリーは、不十分な距離だが、試運転として岬の東側から西側に移動する。そして、我々が上陸した防波堤に囲まれた小さな港に入った。
この港は、明らかにこの船のためのものだった。接岸して、船首左舷側のランプドアを降ろす。
俺たちは一・五キロの距離を歩いて、西岸の港に向かう。
一〇輌の車輌には、獲得した物資が満載されている。
車輌班は三〇年前に放棄された車輌の組み立て工場から、サンプルとしてエンジンやシャーシを回収している。
航空班は五〇年前に放棄された単発小型機の組み立て工場を発見した。内部は荒廃していたが、工作機械や治具の多くは修理・整備すれば使えそうであることを確認した。
ノイリンは、ジブラルタルという宝の山を発見した。
明日は、全員がジブラルタルを出る。航空班は、三機をバラカルドまで飛行させる。
夜、永久の別れとなるかもしれない、航空班とその他のメンバーが終わりのない別れの挨拶を繰り返す。
少量の飲酒を許可したが、少量とはならなかった。
宴もたけなわになると、メルクが俺に問うた。
「ハンダさんは、船で帰るのですか?」
俺が「そのつもりだ」と答える前に、若いパイロットがいい放った。
「ハンダさんは、我々とともに飛行機で帰る。往きのような船酔いはご免ですからね」
若い船舶技術者が反対する。
「飛行機はエンジンが停止すれば墜落するが、船はエンジンが停止しても浮いていられる。
重要人物は船に乗るべきだ」
メルクが反論。
「いいや、三機ともいい飛行機だよ。
何てったって、作られてから一度も墜落していない」
俺は、呆気にとられてメルクを見る。この男が冗談をいうとは!
年配の船舶機関士がいう。
「飛行機は墜落するが、船も沈没する。どちらも危険は同じだ」
車輌班の若いエンジン技術者が反応する。
「墜落なら即死でしょう。でも沈没ならば、脱出して泳げば助かるかもしれない。
その点、クルマは故障しても陸の上ですからね」
メルクがいう。
「墜落すれば、すぐに精霊が迎えに来る。
沈没すれば、一生懸命泳いだあげく、サメに食われて精霊の迎えが来る。
クルマが動かなくなれば、さんざん歩いて人食いに出くわし、食われて精霊の迎えが来る。
ならば、飛行機が一番だ。
食われない!」
メルクがこれほど話すとは、驚きだ。
クリストフがとどめを刺す。
「ハンダさんは、飛行機で戻ると思うよ。
バラカルドが心配だから……」
クリストフが少し笑った。
俺は船で帰りたかった。応急修理した飛行機なんぞに乗りたくはない。
だが、口から出た言葉は違った。
「飛行機で帰るよ……」
ジブラルタルからバラカルドまでは、直線で八二〇キロ。
対地速度時速二三〇キロで飛行すれば、計算上三時間四〇分で到着する。
海路は、輸送潜水船を曳航するのでどれほどの時間を要するのか、皆目見当がつかない。バラカルドまで戻り、無線でノイリンとコーカレイに伝え、支援を仰がなくてはならない。
海は総じて穏やかだが、嵐も時化もある。二〇〇万年前の気候・気象は、まったく参考にならない。世界は総じて乾燥化している。寒冷化のピークは過ぎているが、体感的な温暖化の傾向は皆無に近い。
真の冬が終わり、普通の気候になったが、その普通が異常なのだ。
台風やハリケーンなどの移動性低気圧は、緯度が高くなるとほぼ皆無。
だが、冬は寒い。その寒さが、ヒトをドラキュロから守っている。
航海日数が長くなると、時化に遭遇する可能性が高くなる。総重量五〇〇トンのフェリーで排水量一四〇〇トンの輸送潜水船を曳航する。
いささか無茶な計画だが、これを成し遂げないと未来がない。
輸送班は時化を心配しているが、俺はセロの飛行船の哨戒を警戒している。低空で爆撃を受ければ、沈むしかない。
飛行船は船よりも速い。潜水艦の天敵は、二〇〇万年前も二〇〇万年後も哨戒機だ。セロの飛行船がフェリーと輸送潜水船を発見したら、その瞬間ににわか仕立ての対潜哨戒機になる。
そうなったときのために、俺は一刻も早くバラカルドに戻り、フェリーと潜水艦のための上空直掩を要請しなければならない。
俺は訳のわからない飛行機に乗るための、正当な理由を心の中ででっち上げていた。
飛行は快適で、航法は完璧だった。晴天で、風は弱い。
一一〇〇キロ飛行できる燃料を各機に搭載し、一〇分間隔で離陸。
三機編隊で、バラカルドを目指す。
全機が無事、三時間三〇分後にバラカルドに到着する。
ジブラルタルのことは無線では伝えられない。いくつかの街が無線を傍受しているからだ。ノイリンは監視されているし、ノイリンも他の街の動向を注視している。
もちろん、無線は傍受している。
三機の着陸に驚いた金吾が走ってくる。
俺が機外に出ると金吾が俺に叫ぶ。
「どうかしたんですか?」
「いや。
大丈夫だ。
ジブラルタルに行ってきた」
「わかってます」
「宝の山だった」
「……」
「飛行機はこの三機、五〇〇トンのフェリーと一四〇〇トンの潜水輸送船があった。
車輌は一〇輌が動いた。車輌と単発機の組み立て工場がある。
工作機械もある。
建設資材もたくさん……」
「他の街の傍受を気にしているのでしょうけれど……」
「それだけじゃない。
五〇〇トンの船で一四〇〇トンの船を曳航しているんだ。
五ノット程度しか出せない。
この状態でセロの飛行船に見つかったら、沈められる」
「対空機関砲もないですね」
「S005の二〇ミリと一二・七ミリだけだ」
「どうします?」
「飛行機は?」
「定期便は六日後、臨時便の予定はありません」
「航空ガソリンはある?」
「ここには……」
「ならば、三機の残念料をかき集めて、ノイリンに飛ぶ。
ここから直線で七〇〇キロだ」
「一〇〇〇キロ分の燃料が必要です」
「残っているわけはないか」
「ノイリンに飛行機を送ってもらいます。
少し休んでください」
駐機を完了したメルクが走ってくる。
「四人乗りに燃料を集めています。
八〇〇キロは飛べます」
「ノイリンまでギリギリだ」
「真っ直ぐ飛びますよ
川筋をたどらずに……。
あと、二時間で離陸します。
用意しておいてください」
小型機での長時間飛行は辛い。特にトイレの問題がある。向かい風だと、ノイリンまで四時間かかる。
俺は脱水を恐れて、水をコップに一杯だけ飲んだ。
メルクは俺と二人で、最短距離を飛んだ。通常はロワール川に沿って飛ぶ地文航法だが、メルクは完全な推測航法を採った。
俺はメルクの指示で飛行記録を書き留めたが、それがどういう意味なのかはほとんどわからなかった。
だが、三時間三〇分でノイリンが見えてきた。
俺はメルクに「やったな」と感嘆と賞賛の言葉をかけたが、メルクは「当然だ」ともいいたげに無言だった。
着陸も見事だ。
ノイリンは、大騒ぎになった。
ジブラルタルに到達できるのか、それを試すだけの調査の予定が、航空機三機を我々の領域まで飛行させ、フェリーと潜水輸送船も回収中というとんでもない状況なのだ。
隊長はクリストフのはずが、俺となっており、「どういうことだ」と各方面が怒りと当惑に包まれている。
俺は、今夜は久々の吊し上げを覚悟した。
由加にも吊るし上げられるだろう。
ベッドの上で……。
俺の予測とは異なり、全体会議は静寂に包まれていた。
航空班から報告が始まる。報告者は、アイロス・オドランだ。複雑な表現の場合は、通訳をアビーが引き受ける。
「メルク機長が持ち帰った四人乗りの飛行機は、二〇〇万年前のセスナ172型機とほぼ同型です。
非常に優秀な小型機です。
メルク機長によると、持ち帰った機体と同じデザインの六人乗りと一〇人乗りがバラカルドに着陸したそうです。
二機とも故障はないとのことです」
一分ほど沈黙が続く。
チェスラクが沈黙に耐えかねて、専門外の質問をする。
「三機ともガソリンエンジンなのか?」
アイロス・オドランが答える。
「はい。三機ともガソリンエンジンです。
四人乗りは水平対向四気筒、六人乗りは同じく六気筒、一〇人乗りは星形九気筒です」
ケレネスが問う。
「ターボプロップに換装できるのかね」
アイロス・オドランが答える。
「もちろんです」
クラウスも質問した。
「水上機にはなるのか?」
アイロス・オドランが答える。
「一機はフロートがあるそうです。
六人乗り、一〇人乗りはエアトラクターのフロートを取り付けられます」
ベルトルドが俺に問う。
「ハンダさん。
なぜ、偵察というか、調査だけのはずだったのに、それもクリストフが隊長のはずだったのに、ハンダさんが隊長になり、物資を回収することになったのですか?
現地で何があったのですか?」
俺は一瞬、答えを考えた。
「隊長はクリストフだ。
だが、今回のメンバーはベテランが多かった。
クリストフは隊のとりまとめを心配して、私に支援を要請したんだ。
物資の回収を企図した理由だが、岬の先端にセロと白魔族の戦闘の痕跡があった。
白魔族の死体多数と、セロの矢が見つかっている。
白魔族の略奪、セロによる破壊を恐れて、持ち帰ることにした」
ハミルカルがベルトルドの質問を引き継ぐ。
「飛行機は何とか持ち帰ったとしても、二隻の船はどうなんです?
海が時化たら、二隻とも無事ではないと思うんですけど?」
「いや、時化も怖いが、セロのほうが怖い。
時化た場合は入り江や河口に退避して、天候の回復を待つ。
そのための場所は、往路で調べてある。S005も小型艇だから、時化には弱い。そこは事前に調べてある。
しかし、セロの飛行船に見つかったら、逃げ場はない。
曳航しているので、三ノットから五ノット程度しか出せないんだ。
見つかったら最後だ」
議場にしている食堂がざわつく。
俺が続ける。
「で、二隻の上空直掩が必要になる。
できるだけ長く飛べる飛行機を送ってほしい。上空を守れば、セロの飛行船も警戒するはずだ」
フィー・ニュンが呟く。
「突然いわれても……。
ボックスカーのターボ化は終わっているから、その二機をバラカルドに派遣することが最善だと思うけど……。
いきなり実戦もあり得るわけで……」
メルクが答える。
「ターボプロップ化したボックスカー二機は、何度もテスト飛行している。完全・万全な検査を終了しているわけではないけれど、一定の安全性と信頼性はあるんだ。
機体は古いけど、丁寧に整備されている。エンジンのパワーも大きい。
一〇時間以上飛べるから、二機で交代しながら、フェリーと潜水輸送船を守れる」
ケレネスが問う。
「守るといったって、豆鉄砲四挺じゃどうにもならないだろう。
その豆鉄砲の銃身はすり減ってると聞いたが……」
チェスラクが答える。
「中央胴体上下の動力銃塔だが、ブローニングM2という一二・七ミリの連装だ。
銃身が酷く摩耗していて、本来の性能が発揮できない状態だった。
四機分の銃身を新造して、交換してある。
きっちり、動くよ」
アルトル・バルトンが発言。
「ノイリンの街が発展するには、物資が必要。
ならば、やるしかない」
上空直掩の反対はなかった。
だが、臨時の野戦基地であるバラカルドでは、作戦の拠点とするには無理がある。
バラカルドは非常時の退避場所、前進基地はコーカレイと決まった。
優菜が情報を提供。
「どうやって手に入れたのかはわからないけれど、西地区にはプラット・アンド・ホイットニー・カナダのPW100があるらしいの。
リエンジニアリングで、コピーをしようとしている。二〇〇〇馬力から五〇〇〇馬力級のエンジンを作れるみたい」
ルーロフ・ストッケルが優菜を見る。
「ユウナさんだったね。
その話はどこで……」
優菜は微笑んだだけで答えなかった。
ウルリカが優菜に告げる。
「明日、私とハンダさんで西地区に行ってくる。
そして、エンジンの相談をしてくる。
そのエンジンが四基あれば、残りのボックスカー二機も使えるようになる……かも」
アイロス・オドランが肯定する。
「いい情報だ。
私も一緒に行くよ。
残り二機も飛べるようになる。
この作戦には間に合わないけどね」
この時期、ノイリン北地区は裕福ではなかった。鬼神族が燃料の価格を引き下げ、それに呼応して、ヒトと精霊族の混血の街であるカラバッシュが価格競争に参入する。
そのあおりで、ノイリン北地区の燃料も値下げしなければならなかった。
燃料製造・販売以外の仕事は比較的順調で、七六・二ミリの高射砲は精霊族の街に売れ始めていたし、廉価で信頼性の高い七・六二ミリ一〇連発ボルトアクション小銃は生産が追いつかないほどの注文がある。
水陸とも輸送業は好調だし、農産物も少しだが輸出できる。酒造は相変わらず絶好調だ。
燃料班は二〇〇人の移住者に化学の科学者と技術者がいたことから、非常に層が厚くなった。
鬼神族から購入した重質ナフサから改質ガソリンを得る実験プラントの稼働にこぎ着けている。
このプラントが稼働すれば、自家消費分のガソリンは自給できるようになる。
翌日、俺はプカラの後部シートに座り、バラカルドに向かった。
後部シートに座り、機外を眺めながら、計算していた。
五ノット=時速九キロ。ジブラルタルからコーカレイまで、約二〇〇〇キロ。
休みなく航海しても約一〇日かかる。
夜間航行を避ければ、約二〇日。時化や嵐に遭えば、その分遅れる。
一カ月はかかる。
その一カ月間、毎日上空直掩をするには、どれだけの燃料が必要なのだろうか?
我々の生産量で賄えるのか?
それとも他の種族や街から購入するのか?
その資金はどうすればいい?
俺は同じことを何度も考えていた。
唐突にパイロットを務めているトクタルが話しかけてきた。
「ハンダさん、オルリクじゃダメですか?」
「ん?」
「洋上の護衛ですよ」
「オルリクは単発だから、長時間の洋上飛行は無理なんでしょ」
「そんなことはないですよ。
単発機だって、十分に任務に就けます。
自信があります。
オルリクはフェリー状態なら二二〇〇キロも飛べますから……」
「単発機のほうが燃費がいいよね」
「もちろんです。
コーカレイから七〇〇キロまで近付いたら、オルリク隊にやらせてください」
俺は知識がなくて、トクタルの意見に答えられなかった。
実はプカラ隊からも同様な意見具申があった。プカラは双発で、二〇〇〇キロの航続距離がある。
俺は、航空班内に意見の相違があるのだろう、と感じた。先鋭的な対立ではないのだろうが、意見調整は必要かもしれない。
プカラの主翼下には、両翼二本で合計九〇〇リットルの航空ガソリンタンクが懸吊されている。このガソリンを二機の上翼機に補給し、ノイリンに送り出さなければならない。
プカラはバラカルドに着陸後、上翼機二機の燃料補給終了と同時に、護衛として離陸する。
俺は夕日を見ていた。
バラカルドの夕日は美しい。
金吾が横に立つ。
「きれいですね」
「ああ」
「滑走路に飛行機が一機もないと、寂しいというか、不安というか……」
「なぜ帰らなかった?」
「半田さんを一人にはできませんよ」
「俺が珠月に嫌われる」
「わかってくれますよ」
翌朝、コーカレイがセロに襲撃される。完全な奇襲で、危うく防塁を突破されるところだった。
負傷者が一二人、死者はいない。
デュランダルはノイリンに対して、コーカレイ配属の全員に自動小銃の配備を要請した。
フェリー、潜水輸送船、S005艇の三隻は、完全な無線封止を行っており、一〇日間所在がまったく不明だった。
出港から一一日目の夕方、バラカルドに突然S005艇が現れる。
俺とクリストフが固く握手する。
「無事だったか」
「何とか。
途中で、曳航していたワイヤーが切れたんです。
潜水艦が漂流を始めてしまって。
どうにかロープをつないで、フェリーと潜水艦は深い入り江にいます。
丈夫なロープはありませんか?」
「ここにはない。
コーカレイまで行けばあると思うが……」
「海岸線が見えるギリギリ付近の洋上を北に向かうつもりです。
もう、出発したと思います。
陸に近すぎると、座礁が心配なんで……」
「ロープを飛行機で運んでもらおう」
金吾が「すぐに」といって、河畔を離れる。
クリストフたちクルーは明らかに疲れていて、風通しのよい休憩場所を用意したが、地面に毛布を敷いただけの粗末なものだった。
翌午前、スカイバンが牽引ロープを運んできた。
見張りを除く全員で、重いロープとドラム缶三〇本の軽油をS005艇の荷室に運び込む。
S005艇が去り、スカイバンも離陸すると、バラカルドは静かなキャンプに戻った。
金吾ほか三人は、スカイバンに便乗してノイリンに戻った。
バラカルドには五人が残る。
全員が小銃を持ち、軽機関銃は二挺ある。自動小銃は俺のM14だけだ。ライフルグレネードはなく、手榴弾は摩擦発火式の柄付き手榴弾が五〇発。弾薬は各銃三六〇発。
河川舟艇用の燃料は、ドラム缶一〇本分。あとは空のドラム缶が一〇本。
俺たち独自の移動手段は、焼玉エンジンの河川舟艇が一隻。それ以外は、自分の足だけだ。
俺には、軍事的な行動を的確に指揮する能力はない。知識もない。だが、度重なる戦いで、生き残るカンだけは研ぎ澄まされている。
俺は他の四人に伝える。
「根拠はないが、嫌な予感がする。
今夜は、ここを離れて河口に向かおう」
一人が答える。
「数日前からなんですが、見張りに立つと視線を感じるんです。
誰かに見られているような……」
「自分も感じます」
長剣を佩く一〇代後半の男がいう。
「ヒトの形をした影を見ました。
見間違いではありません」
俺は四人に集まるよう手招きをする。
「すぐに船に乗ろう。
ここを離れるんだ。
今夜、襲われるような気がする。
だが、何が襲ってくるのか、それを確かめたいが、無理はしない」
河川舟艇は全長一八メートル、全幅四・五メートル、満載排水量一八トンの大きな船ではないが、船室と貨物室があった。
船室と貨物室は引き戸でつながっており、往来できた。
寝具、炊事道具、個人の所持品、武器・弾薬、予備の燃料のすべてを船に積み、岸から離れ、一キロ下流に移動して、川の中央に錨を降ろす。
見張りに二人を配し、夜通し交代で監視にあたった。
川岸の周囲は草原で、わずかな灌木と小規模な疎林が点在している。
一キロ離れているが、昼間ならば太陽の神殿はよく見え、周囲の住居跡や石壁も確認できる。
今夜は新月。暗夜だ。
三時。
俺は目を閉じていたが眠ってはいなかった。
「ハンダさん」の小声で目を開ける。
船室から出る。
見張りの二人が指さす。
松明だろう。
二〇以上の炎が揺れている。川の左岸(西側)の南には、三〇もの北に移動する炎が見える。
「敵は五〇以上の戦力ですね」
俺は若い隊員を見た。
「敵かどうかは、現時点ではわからない。
我々がテリトリーを侵したので、攻撃してきただけかもしれない。
どちらにしても、生命拾いしたね。
ここは、撤収しよう。無用な接触は避けたほうがいい。
それに、この基地の所期の目的は果たした」
この時点において、俺は襲撃者はヒトか精霊族や鬼神族だと考えていた。この地に文明とは無縁の種族がいても不思議じゃないからだ。
夜が明ける。
小さなボートは錨を引き上げ、河口に向かって進み始める。
我々は、バラカルドと空のドラム缶一〇本を放棄した。
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