84 / 244
第3章
第八二話 潜水輸送船
しおりを挟む
フェリーと潜水輸送船は、二〇〇万年前はリスボンと呼ばれていたポルトガルの首都からほど近いテージョ川河口と推測している深い入り江に退避していた。
この入り江の沖で曳航に使っていたワイヤーが切れたが、どうにかつなぎ直して、この入り江まで引いてきた。
全行程二〇〇〇キロのうち、五八〇キロを消化している。
この入り江で、S005艇の到着を待つ。
潜水輸送船は、ノイリンでは〝潜水艦〟と呼ばれていた。
最初の乗組員一〇人は、この船の名である〝ソードフィッシュ〟と呼んでいる。
ソードフィッシュ号は明確に軍艦ではない。潜航が可能な貨物船だ。魚雷や砲などの武装はなく、船体長の五分の三は貨物室だ。
ディーゼル・エレクトリック船で、水上ではディーゼルエンジンで発電し、電動モーターを駆動して前進する。
水中では水上で発電した電気を二次電池に蓄電し、電動モーターを駆動して推進する。全固体セラミックス二次電池を大量に搭載しており、潜水したまま五ノットで一〇〇〇キロ、六日間連続潜航できる。
一軸推進で、水上では最大一三ノット、航海速力は一〇ノット。潜航は最短三〇秒で全没可能。強力な造水能力、快適な空調など、非常に優れた船だ。
フェリー〝アッパーハット〟もディーゼル・エレクトリック船だ。
こちらは二次電池をほとんど搭載しておらず、ディーゼルエンジンで発電し、電動モーターを駆動する仕組み。この方式の利点は、減速ギアを必要としないこと。
電動モーターはレシプロ内燃機関とは異なり、低速でも高速でもトルクが強く、電流または電圧の強弱で、スクリュープロペラの回転を制御できる。
潜水艦の操舵手だったレリオと深海調査艇のパイロットだったエルネストは、ともにソードフィッシュ号の司令塔(船橋)から夕日を眺めていた。
レリオが問う。
「まさが二〇〇万年後も潜水艦に乗るとは思ってもみなかったよ」
エルネストが笑う。
「まったくだ。
そもそも海を見るのだって、十数年ぶりなんだ」
「いやぁ、まったくだ。
海と船は嫌いじゃないが、まさか潜水艦に乗るとはねぇ。
しかし、なんだ、この船は、いい感じがする。
舵の効きが素直なんだ。
エンジンさえ直れば、きっとよく働くよ」
「もう、潜りたくはないが……」
「それは、同感だね。
だけれど、この船を持って帰らないと……」
「そうだね。
この船がないと、生き残れないかもしれないから……」
コーカレイからソードフィッシュ号が錨を降ろすテージョ川河口まで直線で一二〇〇キロ。
バラカルドからならば、八〇〇キロ弱。
この四〇〇キロの差は大きい。本来であれば、バラカルドを維持して、ソードフィッシュ号とアッパーハット号の回収を支援すべきなのだが、この基地には航空燃料や重油はないし、航空機や船舶の整備もできない。
それに、正体はわからないが、襲撃された。
バラカルドの維持は、現実的でない。
こうなると、必然的に三五〇〇キロ近い航続性能があるボックスカー四機の重要性が増してくる。
俺はゆっくりと河口に向かう河川舟艇の船上で、今後の展開と行動を考えている。
二〇〇万年前のビスケー湾は、湾の出口の幅は五五〇キロほどあった。
しかし、海退が進んでいる二〇〇万年後の現在は、二五〇キロほどしかない。さらに陸に近い最深部でも二〇〇キロほどある。この狭くて長い湾の南部沿岸にセロの根拠地がある。
かつて白魔族の街であったが、セロによって石造りの家屋が完全に破壊され、木造の粗末なバラックが建ち並んでいる。
この湾の沖を我々の船団が通れば、陸からは発見されないだろう。
しかし、上空に飛行船が一隻でもいれば、確実に捕捉される。
二五〇キロを五ノット(時速九・二六キロ)で走破するには、二八時間を要する。危険なのは、太陽の光がある一二時間だ。
フェリーと潜水輸送船による、ビスケー湾突破は簡単ではない。
俺が乗る河川舟艇は船底がV字で、エンジンが強力ならばそこそこの速度が出せる。
だが、焼玉エンジン一基ではそれは望めない。最大船速は八ノット。時速一五キロ弱。ママチャリでも追いつける。
そんな速度で、ビスケー湾に出て北に向かっていた。
河川舟艇の航洋性から沿岸を遠くに離れることはできず、だが、ビスケー湾最深部にはセロの拠点がある。
俺たち五人が、ピレネー山脈の南側、セロの拠点からは完全な死角に舟艇を泊め、視界が悪い天候の回復を待った。しかし、この世界のビスケー湾は、雨は少なく、霧も珍しい。湾は深く沿岸の波は穏やかだ。
すぐに晴れるはずだ。
渡海を躊躇って南部湾岸に留まっていると、ノイリンから短波無線が入る。
俺は連絡を書き留めたメモを読む。
「船団を支援せよ、か」
五人全員が集まっている。
「よし、フェリーと潜水艦を待とう。
俺たちはユーラシアの最西端に向かう。そこで、待つ」
航海士がいう。
「六五〇キロあります」
「燃料は?」
「十分にあります」
艇長が問題を提示する。
「食料はどうします?」
通信士が答える。
「釣りでもしながら、ゆっくり待ちましょう」
全員が笑う。
「ノイリンに連絡してくれ。
我々はユーラシアの最西端で待つ、と」
艇長が提案。
「直ちに抜錨し、西に向かいましょう」
俺が応じる。
「そうだね。
艇長。
そうしよう」
ユーラシア最西端の入り江まで六五〇キロ。同じ地点まで、フェリー、潜水輸送船、S005艇は五五〇キロの航海となる。
S005艇は航海速力三〇ノットで牽引ロープと軽油の入ったドラム缶を運んでおり、フェリーと潜水輸送船が隠れる入り江にまもなく到着する予定だ。
距離は我々のほうがあるが、航海速力がやや速いことと、出発も早いので、先に到着するはずだ。
ユーラシア最西端の夕日は美しい。
その夕日を四回見た。
五日目、先行してS005艇が我々を探しに来た。
俺たちの小さな船と比較すると、全長三〇メートルのS005艇は巨船に見えた。
再会は三分ほどだった。
互いの顔を船上から確認し、大声で再会を喜び、S005艇は潜水輸送船を曳航するフェリーに向かった。
小型の飛行船に発見されたという衝撃の情報は、クリストフが再会の挨拶の前に叫んでいた。
誰もが緊張した。
飛行船の国籍標識は、いままで見たことのない太陽の紋章だったという。
翌夕、フェリーと潜水輸送船が現れる。二隻は停船せず、速度を維持してビスケー湾の突破に入る。
先頭はS005艇、フェリーと曳航される潜水輸送船が続き、最後尾に河川舟艇が進む。
日没まで三〇分。
セロの街、俺たちがエデンと呼ぶ拠点に向かうフロリニアの一五〇メートル級飛行船が上空を通過。
完全に発見された。
俺は、アッパーハット号の車輌デッキにいる。
クリストフが発言。
「明日の朝、攻撃されます。
確実です」
航空班からの意見。
「直掩機は日の出とともに発進してくれるでしょうが、コーカレイから六〇〇キロ。
二時間はかかります」
誰もがその二時間を生き延びる方法を考える。
クリストフがいう。
「二〇ミリ一門では、守り切れません」
俺は下策を思い付いていた。
「S005で、エデンの近くまで送ってもらう。
夜明けと同時にエデンの背後から八一ミリで砲撃する。
飛行船の発着場を攻撃できれば、時間稼ぎができる」
何人かが反対する。
砲としては軽いといっても、八一ミリ迫撃砲は五二キロの重量がある。少人数で上陸しても徒歩では一〇発に満たない砲弾しか運べない。
だが、車輌班と輸送班数人から同じ案が出される。
年長の一人が代表して発言。
「私たちは〝バスタブ〟と呼んでいるのですが、この船の装備品に奇妙な車輌があったんです」
何人かが「あれのこと?」といった。
続ける。
「鋼板で作った船形のボディに、ここに並んでいる車輌と同じサスペンションとエンジン・トランスミッションを組み合わせた、水陸両用車です」
手招きされて大勢が移動する。
確かに大きなバスタブに車輪を着けたような車輌がある。ドアがない。
デザインとしては、大柄なで間抜けなシュビムワーゲンといった感じの四輪車だ。ルーフはなく、フロントウインドウもない。ヘッドライトは、前輪フェンダー上にカニ目のようについている。
車体後部は荷室になっている。荷室部には三本の幌骨が残るが、幌はない。
俺は幌骨を揺する。ぐらつき音がする。
「浮くのか?」
俺の問いに複数が頷く。
「プロペラがないので低速ですが、水上を進めます」
「音がするから、幌骨を外してくれ。
で、これをどうやってエデンの近くまで運ぶ?」
クリストフが問う。
「重量は?」
車輌班の一人が答える。
「約二・五トン。
左舷のデリックで降ろせるよ」
クリストフが答える。
「重量は何とかなるけど、車体は荷室に入らないよ」
輸送班の一人が提案する。
「荷室のルーフを取り外して、甲板に積む。
ルーフはボルト六本で固定しているだけだ」
クリストフが躊躇う。
「クルマを後部甲板に載せて、五〇〇キロも航行するのは……。
それに、どうやってS005から降ろす?」
俺が答える。
「自走して、海に飛び込むんだ」
クリストフが頭を抱える。
「S005は新造艇なんですよ!」
別の輸送班が一言。
「大丈夫だ。
ハンダさんがもう一艇分の予算を出してくれるさ!」
今度は、俺が頭を抱える。
作業は夜間航行しながら始まる。
水陸両用車の積み込みでは、速度を少し落としたが、停船はしなかった。
アッパーハット号の車輌甲板で俺が問う。
「志願者二人」
輸送班の一人が問う。
「ハンダさんが行くのか?」
俺が答える。
「もちろんだ」
場がざわつく。明確な反対者もいる。
一番の年長者が代表する。
「あんたはダメだ!
ノイリンに必要なヒトだ」
俺が問う。
「じゃぁ、誰ならいいんだ!
ノイリンに要らないヒトなんているのか!」
沈黙が場を支配する。
輸送班所属で、ジブラルタル出身の元正規兵が手を上げた。
「ブロルだ。
本業は衛生兵だが、迫撃砲の扱いに慣れている」
通信班の蛮族が名乗り出る。
「リーヌス。
通信手は必要だろ?」
二人とも二〇代半ばだろう。
俺が二人に頷く。
そして、いった。
「好きな武器を選んでくれ」
ブロルは、自分の武器であるFAL系の自動小銃を少し持ち上げた。
リーヌスは、スコープ付きのボルトアクションを持つ。銃はノイリン製だが、スコープはどこで手に入れたのか?
おそらく自作改造銃だ。これを手放すはずはない。
だが、彼がいう。
「せっかくなんで、ステンガンが欲しい」
車輌班の一人が渡す。三〇連発の弾倉も渡す。
俺が追加の要求をする。
「八一ミリ迫撃砲一門。砲弾一〇〇発。
それと、MG3と機関銃弾一〇〇〇発を用意してくれ。
食料は一〇日分。
ガソリンはタンクに満タン。
それとジェリカン一〇缶」
クリストフが問う。
「三人をどこで回収すればいいんです」
俺が答える。
「回収は無理だ。
俺たちは陸路でコーカレイに向かう」
「四五〇キロはありますよ!
道なんてないし!」
「あぁ、だが陸続きだ。
帰れないわけじゃぁ、ないだろう」
「相当に困難ですよ。
地図だってないし」
「進路は真北だ。
わかりやすい。
俺でも方向がわかる」
車輌での移動は、いつまでもできないだろう。幸運でも、四五〇キロのうち、三〇〇キロ以上は徒歩になる。密度が低いとはいえ、ドラキュロのいる荒野を徒歩で数百キロも歩けるのか?
確実に決死行となる。
水陸両用の小型トラックを積んだS005艇は、三〇ノットの航海速度でエデンの南海岸を目指す。
片道八時間、往復一六時間。夜明けまでに三隻の船団に戻れなければ、防御火器を持たないまま、丸裸で夜明けを迎えることになる。
手際の善し悪しが、運命を決める。
水陸両用トラックのタイヤは、厚めの板の上に載せられている。その板の船首側端をジャッキで持ち上げ、クルマを海に落とす。そうすれば、船を壊さない。
海岸まで三キロで、水陸両用トラックは海面に傾斜路から落下した。その際、S005艇は想像していた以上に大きく揺れる。
転覆するのでは、と心配するほどだった。トラックは景気よく水しぶきを上げたが、キャビンに少し海水が入った程度だ。
互いに海上で揺れ、互いに相手の様子を心配している。
そして、水陸両用トラックの揺れが収まり、S005艇の揺れも小さくなると、クリストフが手を振った。
ブロルとリーヌスも手を振り返す。
永遠の別れの挨拶だった。
水陸両用トラックは、タイヤホイールに取り付けた水かきを回転させて前進する。
仕組みは外輪船と同じ。
水上での速力は二ノット程度。徒歩と大差ない。操舵は前輪をステアして行うが、機動は鈍い。
わずかな月明かりの中で、俺たちは砂浜に上陸する。内陸に向かって少し走り、ブッシュに隠れる。
そして夜明けを待つ。
払暁となり、周囲に若干の明るさが広がると、我々は高台を探した。
だが、かつての大陸棚は平坦で、起伏が極端に乏しい。
それでも、低い丘を北五キロに見つける。
海上とは打って変わって、この水陸両用トラックはよく走る。前後輪ともリジットで、サスペンションはリーフスプリングなのだが、しなやかというか、路面に対してよく追従する。
エンジンはノンターボだが、三・五リットル四気筒ディーゼルで、低速トルクが強く、パワーがある。
丘から北西に二・五キロにエデンの街がある。その街の北辺に飛行船の発着場。
巨大な建造物は、飛行船の格納庫か?
飛行船は一五〇メートル級が三隻、停泊している。空中に浮いた状態で、係留塔に固定されている。
篝火が焚かれ、大勢のセロが動き回っている。
ブロルがいう。
「ここからでも届きますけど、命中はどうでしょう?」
その通りだ。八一ミリ迫撃砲の有効射程は、三〇〇〇メートル程度だ。。
リーヌスがスコープで飛行船を見ている。
俺が二人に伝える。
「北に行こう。
飛行船の係留場から一・五キロ西から発射する。
急ごう。
早くしないと、飛行船が発進してしまう」
絶好の発射位置ではないが、辛うじて係留場が見える場所に迫撃砲を据える。
リーヌスがコリメーターで照準し、ブロルが最初の一発を砲身に落とす。
軽い発射音で、砲弾が飛ぶ。
係留場に着弾。
やや修正し、二発目。
着弾。
そして、効力射に移る。
その後は機械的に撃ちまくる。
着弾は適当にばらけてくれる。
一〇〇発すべてを八分で撃ちつくし、戦果を遠望しただけで、迫撃砲をトラックに積み、内陸に向かう。
三時間北東に走り、エデンから六〇キロ離れてから、停止した。
リーヌスがいう。
「やりましたね」
ブロルが頷く。
だが、俺の思いは違っていた。
「生きて、コーカレイに帰還する。
それまでが任務だ」
二人が驚く。
ブロルがいう。
「決死隊のつもりだったんですが……」
俺が答える。
「決死隊であって、必死隊ではない。
セロ相手の戦いは、生き残らなければ意味がない。
セロはヒトが死ぬことを喜ぶ。
俺たちの死は、セロの勝利だ」
死を覚悟しても、死を受け入れることはできない。だから、生存のために努力する。
そして、俺たちの努力は過酷なものとなった。
同日朝、船団上空にボックスカーが飛来。
直掩機だ。
S005艇は合流していた。
直掩機は、大きな円を描くように、船団上空を飛行する。
船団は五ノットで、北東に向かう。二〇〇万年後のビスケー湾を斜めに北東方向に突っ切るルートを進む。
日の出から六時間、セロの飛行船は姿を見せず、ビスケー湾内の行程三五〇キロのうち一七〇キロは妨害を受けずに消化していた。
残り一八〇キロ。航海時間二〇時間で、ロワール川の河口に達する。
六時間強で、二度目の夜となる。
セロは夜間、軍事行動はしない。この六時間がヒトの運命を決める。
セロは当初、この船団に興味を示してはいなかった。ただ、ヒトが乗った船が、彼らが自分のものだと主張する領域を、航行することは許せなかった。
また、彼らは陸からの砲撃を、海から艦砲射撃を受けたと誤認していた。
迫撃砲は、発射音と発射炎が極端に低い火砲だ。一方、炸薬量が多く、同口径の榴弾砲と比べた場合、爆発威力が勝る。軽量でもあり、ゲリラ戦に有効な兵器だが、命中精度は低い。射程は通常の火砲と比べると劣る。
それでも、セロの圧縮ガスを使ったロケット砲よりは、長い射程距離がある。
飛行船の係留場を砲撃されたセロは、沿岸沖を徹底的に調べたが、ヒトの痕跡を発見できなかった。
飛行船を発進させたが、昨夕からビスケー湾内を航行する四隻の船団以外、ヒトの活動を発見できない。
そこで、ヒトへの報復として、四隻を徹底攻撃することに決する。
そのために爆弾を満載する一五〇メートル級飛行船二隻を発進させた。
ノイリンの船団は不運であった。
エデンに向かう四隻編制の飛行船艦隊に発見された。
しかし、船団はどうにかコーカレイから半径三五〇キロの哨戒圏内に入っていた。
ボックスカーが船団上空から離れていく。だが、別のボックスカーが上空にいる。
航続距離二二〇〇キロのPZL‐130オルリク四機と、同二〇〇〇キロの双発プカラ二機も現れた。
あと五〇キロ、コーカレイに近付けばメンターも直掩に加わる。
そして、夜が確実に近付いている。
ノイリンの船団は、西から迫る四隻と東から発進した二隻の飛行船に挟み打ちのような態勢になる。
そして、これが〝ビスケー湾航空戦〟と呼ばれることになる戦いの始まりだった。
ヒトはまったく知らなかったが、この時期のフロリニア王国はセロの国家間において、いささか不利な立場に追い込まれ始めていた。
法王庁がフロリニアだけに認めた〝新世界〟の開拓が、現地害獣=ヒトの抵抗により進んでいないからだ。
フロリニアの優位は動いていなかったが、ユカタニア連合王国を筆頭に複数の国家が〝新世界〟開拓の許可を求めて、法王と法王庁に働きかけを始めていた。
この状況を鑑みて、フロリニア王家は西部ユーラシアに対する本格介入を始めようとしている。
東から迫る四隻の一五〇メートル級飛行船は、王家直属の部隊だ。
この四隻には、飛行兵が搭乗している。飛行兵は、オープンデッキの舷側に整列し、肩に担いだロケットランチャーを指揮官の命令で発射する兵科だ。
ヒトにとっては、始めて接する敵であった。
セロには無線通信の概念がない。だが、通信の概念が存在しないわけではない。
彼らは発光信号による通信は行っている。また、かなり複雑な色を使い分ける発煙弾による信号も使う。
だが、遠方との連絡は〝手紙〟が基本であり、書簡の往復によってのみ、複雑な連絡ができる。
フロリニア王家と政府は、ユーラシアに橋頭堡を築いた現地司令官や法王庁派遣司祭たちの報告をまったく信用していなかった。
なぜ、現地害獣を皆殺しにできないのか、不思議で仕方なかった。
オルリク四機が西から迫る四隻の艦隊に向かう。
プカラ二機が東から追ってくる二隻の飛行船に向かう。
東の二隻は急速に高度を下げ、海面から一〇〇メートルの高度で、全速で進む。
第二次世界大戦において、戦闘機に追われた爆撃機や輸送機がとった戦術と同じだ。柔らかい下腹を狙われないよう、敵機が下方に潜り込むことを防ぐために高度を下げたのだ。
西の四隻は、逆に高度を上げた。虻蚊〈あぶ・か〉のような小さな飛行機械が向かってくるが、それが脅威だとは感じられなかったし、上昇すれば追従できないと判断した。
オルリク隊の指揮官はアネリアだ。アネリアの命令で、オルリク隊はドロップタンクを投棄する。
西からの艦隊内では嘲笑が漏れていた。過去に飛行機械を操る害獣と出会ったことはないが、何もない海に爆弾を投下するなど、動物とはいえ滑稽だ。
重いドロップタンクを捨てたオルリクは、彼方を目指す渡り鳥から、敏捷な猛禽類に変貌する。
速度と機動性において、飛行機は飛行船に対して決定的に勝る。
オルリク四機は反航戦で、各機が四隻の飛行船の操船室がある機体前方に二〇ミリ機関砲弾を発射する。
アネリアは飛行船の下方に抜けると、背面飛行のまま浮体に懸吊されている機体に二〇ミリ機関砲弾を撃ち込む。
うち二機は下方に抜けてからいったん上昇し、止まっているようにさえ見える一隻の飛行船の左舷方向から攻撃する。
オープンデッキの舷側に、甲冑を着る兵士一〇〇人ほどが並んでいる。
「舷側の兵がバズーカを担いでいる!」
この報告は、ノイリンの全機が聞いた。ノイリンの船団もモニターした。
そして、一番機が二〇ミリ機関砲弾を発射。続いて二番機も発射。
西の四隻の船団は混乱の極にあった。小うるさい羽虫程度に見ていた神の加護を受けない動物が作った飛行機械は、四隻の操船室を破壊し、一隻を下方から攻撃して機体を穴だらけにし、一隻の航空兵精鋭はほぼ全滅している。
フロリニアの提督は、二〇ミリ機関砲弾の直撃により胴体がちぎれていたが、まだ生きていた。
彼が死に際して何を考えたのか。それは、まったく別な生物であるヒトにはわからない。
だが、どうであれ悔しいとは思ったであろう。
オルリクの機関砲弾はつきていたが、飛行船四隻の周囲を飛ぶだけで、十分に船団の護衛という任務を果たすことができた。
東からの二隻は、西からの四隻と比べれば、はるかに巧妙に戦った。
そして、敵ながら勇敢だった。
セロはノイリンの航空隊だけではなく、カラバッシュやクフラックの航空隊とも戦っている。
ヒトとの戦いにおいて、それなりに学んでもいた。
二隻は、海面上五〇メートルまで高度を下げ、真っ直ぐにフェリーに向かう。
アッパーハット号を爆撃するためだ。
海上では、S005艇が船首の単装二〇ミリ機関砲の仰角を上げ、また操舵室やや後方両舷の一二・七ミリ機関銃も対空姿勢をとり、飛行船に突進していく。
二機のプカラは浮体を攻撃するしか選択肢がなかった。
浮体に二〇ミリと七・六二ミリ弾を何度も撃ち込むが、痛痒ほども感じていないようにフェリーに向かっていく。
ロケット弾四発を命中させて、ようやく一隻が不規則な機動を始め、戦場からの離脱を図る。
もう一隻は、なおもフェリーに突進していく。
S005艇は、飛行船とすれ違い様に二〇ミリ機関砲弾から七・六二ミリ小銃弾まで、発射可能なすべての武器を使って、飛行船の機体を下方から攻撃。
上空五〇メートルという超低空であったことから、RPG‐7も対戦車榴弾二発も命中させた。
これは効果があった。
速度から追撃できないS005艇に代わってプカラ二機が上空から攻撃すると、飛行船は海面に接触。
数回バウンドして、海面に着水してしまう。すぐに上昇を始めるが、戦える状態ではないらしく、戦場から離脱していく。
プカラ隊とオルリク隊は深追いせず、燃料を心配して、コーカレイに帰投していく。
入れ替わりにメンター隊が現れる。
この戦いの一部始終を由加はボックスカーの副操縦手席から見ていた。
ノイリンは、セロとの戦いに辛うじて負けなかった。
アッパーハット号とソードフィッシュ号は、緩慢な退避行動を行い、予定航路からだいぶ離れてしまった。
それでも、上空直掩を受けて、予定航路に復帰。
日没数時間後には、ロワール川河口南側にある深い入り江に逃げ込むことができた。
河川舟艇は、至近に爆弾四発が投下され、海上に炎が広がり、それが船体に燃え移ってしまった。
艇長と航海士は海に飛び込みどうにか脱出したが、二人とも軽度のやけどを負った。
二人はS005艇が救助した。
この戦いにおけるヒト側の負傷者は、この二人だけだった。
この入り江の沖で曳航に使っていたワイヤーが切れたが、どうにかつなぎ直して、この入り江まで引いてきた。
全行程二〇〇〇キロのうち、五八〇キロを消化している。
この入り江で、S005艇の到着を待つ。
潜水輸送船は、ノイリンでは〝潜水艦〟と呼ばれていた。
最初の乗組員一〇人は、この船の名である〝ソードフィッシュ〟と呼んでいる。
ソードフィッシュ号は明確に軍艦ではない。潜航が可能な貨物船だ。魚雷や砲などの武装はなく、船体長の五分の三は貨物室だ。
ディーゼル・エレクトリック船で、水上ではディーゼルエンジンで発電し、電動モーターを駆動して前進する。
水中では水上で発電した電気を二次電池に蓄電し、電動モーターを駆動して推進する。全固体セラミックス二次電池を大量に搭載しており、潜水したまま五ノットで一〇〇〇キロ、六日間連続潜航できる。
一軸推進で、水上では最大一三ノット、航海速力は一〇ノット。潜航は最短三〇秒で全没可能。強力な造水能力、快適な空調など、非常に優れた船だ。
フェリー〝アッパーハット〟もディーゼル・エレクトリック船だ。
こちらは二次電池をほとんど搭載しておらず、ディーゼルエンジンで発電し、電動モーターを駆動する仕組み。この方式の利点は、減速ギアを必要としないこと。
電動モーターはレシプロ内燃機関とは異なり、低速でも高速でもトルクが強く、電流または電圧の強弱で、スクリュープロペラの回転を制御できる。
潜水艦の操舵手だったレリオと深海調査艇のパイロットだったエルネストは、ともにソードフィッシュ号の司令塔(船橋)から夕日を眺めていた。
レリオが問う。
「まさが二〇〇万年後も潜水艦に乗るとは思ってもみなかったよ」
エルネストが笑う。
「まったくだ。
そもそも海を見るのだって、十数年ぶりなんだ」
「いやぁ、まったくだ。
海と船は嫌いじゃないが、まさか潜水艦に乗るとはねぇ。
しかし、なんだ、この船は、いい感じがする。
舵の効きが素直なんだ。
エンジンさえ直れば、きっとよく働くよ」
「もう、潜りたくはないが……」
「それは、同感だね。
だけれど、この船を持って帰らないと……」
「そうだね。
この船がないと、生き残れないかもしれないから……」
コーカレイからソードフィッシュ号が錨を降ろすテージョ川河口まで直線で一二〇〇キロ。
バラカルドからならば、八〇〇キロ弱。
この四〇〇キロの差は大きい。本来であれば、バラカルドを維持して、ソードフィッシュ号とアッパーハット号の回収を支援すべきなのだが、この基地には航空燃料や重油はないし、航空機や船舶の整備もできない。
それに、正体はわからないが、襲撃された。
バラカルドの維持は、現実的でない。
こうなると、必然的に三五〇〇キロ近い航続性能があるボックスカー四機の重要性が増してくる。
俺はゆっくりと河口に向かう河川舟艇の船上で、今後の展開と行動を考えている。
二〇〇万年前のビスケー湾は、湾の出口の幅は五五〇キロほどあった。
しかし、海退が進んでいる二〇〇万年後の現在は、二五〇キロほどしかない。さらに陸に近い最深部でも二〇〇キロほどある。この狭くて長い湾の南部沿岸にセロの根拠地がある。
かつて白魔族の街であったが、セロによって石造りの家屋が完全に破壊され、木造の粗末なバラックが建ち並んでいる。
この湾の沖を我々の船団が通れば、陸からは発見されないだろう。
しかし、上空に飛行船が一隻でもいれば、確実に捕捉される。
二五〇キロを五ノット(時速九・二六キロ)で走破するには、二八時間を要する。危険なのは、太陽の光がある一二時間だ。
フェリーと潜水輸送船による、ビスケー湾突破は簡単ではない。
俺が乗る河川舟艇は船底がV字で、エンジンが強力ならばそこそこの速度が出せる。
だが、焼玉エンジン一基ではそれは望めない。最大船速は八ノット。時速一五キロ弱。ママチャリでも追いつける。
そんな速度で、ビスケー湾に出て北に向かっていた。
河川舟艇の航洋性から沿岸を遠くに離れることはできず、だが、ビスケー湾最深部にはセロの拠点がある。
俺たち五人が、ピレネー山脈の南側、セロの拠点からは完全な死角に舟艇を泊め、視界が悪い天候の回復を待った。しかし、この世界のビスケー湾は、雨は少なく、霧も珍しい。湾は深く沿岸の波は穏やかだ。
すぐに晴れるはずだ。
渡海を躊躇って南部湾岸に留まっていると、ノイリンから短波無線が入る。
俺は連絡を書き留めたメモを読む。
「船団を支援せよ、か」
五人全員が集まっている。
「よし、フェリーと潜水艦を待とう。
俺たちはユーラシアの最西端に向かう。そこで、待つ」
航海士がいう。
「六五〇キロあります」
「燃料は?」
「十分にあります」
艇長が問題を提示する。
「食料はどうします?」
通信士が答える。
「釣りでもしながら、ゆっくり待ちましょう」
全員が笑う。
「ノイリンに連絡してくれ。
我々はユーラシアの最西端で待つ、と」
艇長が提案。
「直ちに抜錨し、西に向かいましょう」
俺が応じる。
「そうだね。
艇長。
そうしよう」
ユーラシア最西端の入り江まで六五〇キロ。同じ地点まで、フェリー、潜水輸送船、S005艇は五五〇キロの航海となる。
S005艇は航海速力三〇ノットで牽引ロープと軽油の入ったドラム缶を運んでおり、フェリーと潜水輸送船が隠れる入り江にまもなく到着する予定だ。
距離は我々のほうがあるが、航海速力がやや速いことと、出発も早いので、先に到着するはずだ。
ユーラシア最西端の夕日は美しい。
その夕日を四回見た。
五日目、先行してS005艇が我々を探しに来た。
俺たちの小さな船と比較すると、全長三〇メートルのS005艇は巨船に見えた。
再会は三分ほどだった。
互いの顔を船上から確認し、大声で再会を喜び、S005艇は潜水輸送船を曳航するフェリーに向かった。
小型の飛行船に発見されたという衝撃の情報は、クリストフが再会の挨拶の前に叫んでいた。
誰もが緊張した。
飛行船の国籍標識は、いままで見たことのない太陽の紋章だったという。
翌夕、フェリーと潜水輸送船が現れる。二隻は停船せず、速度を維持してビスケー湾の突破に入る。
先頭はS005艇、フェリーと曳航される潜水輸送船が続き、最後尾に河川舟艇が進む。
日没まで三〇分。
セロの街、俺たちがエデンと呼ぶ拠点に向かうフロリニアの一五〇メートル級飛行船が上空を通過。
完全に発見された。
俺は、アッパーハット号の車輌デッキにいる。
クリストフが発言。
「明日の朝、攻撃されます。
確実です」
航空班からの意見。
「直掩機は日の出とともに発進してくれるでしょうが、コーカレイから六〇〇キロ。
二時間はかかります」
誰もがその二時間を生き延びる方法を考える。
クリストフがいう。
「二〇ミリ一門では、守り切れません」
俺は下策を思い付いていた。
「S005で、エデンの近くまで送ってもらう。
夜明けと同時にエデンの背後から八一ミリで砲撃する。
飛行船の発着場を攻撃できれば、時間稼ぎができる」
何人かが反対する。
砲としては軽いといっても、八一ミリ迫撃砲は五二キロの重量がある。少人数で上陸しても徒歩では一〇発に満たない砲弾しか運べない。
だが、車輌班と輸送班数人から同じ案が出される。
年長の一人が代表して発言。
「私たちは〝バスタブ〟と呼んでいるのですが、この船の装備品に奇妙な車輌があったんです」
何人かが「あれのこと?」といった。
続ける。
「鋼板で作った船形のボディに、ここに並んでいる車輌と同じサスペンションとエンジン・トランスミッションを組み合わせた、水陸両用車です」
手招きされて大勢が移動する。
確かに大きなバスタブに車輪を着けたような車輌がある。ドアがない。
デザインとしては、大柄なで間抜けなシュビムワーゲンといった感じの四輪車だ。ルーフはなく、フロントウインドウもない。ヘッドライトは、前輪フェンダー上にカニ目のようについている。
車体後部は荷室になっている。荷室部には三本の幌骨が残るが、幌はない。
俺は幌骨を揺する。ぐらつき音がする。
「浮くのか?」
俺の問いに複数が頷く。
「プロペラがないので低速ですが、水上を進めます」
「音がするから、幌骨を外してくれ。
で、これをどうやってエデンの近くまで運ぶ?」
クリストフが問う。
「重量は?」
車輌班の一人が答える。
「約二・五トン。
左舷のデリックで降ろせるよ」
クリストフが答える。
「重量は何とかなるけど、車体は荷室に入らないよ」
輸送班の一人が提案する。
「荷室のルーフを取り外して、甲板に積む。
ルーフはボルト六本で固定しているだけだ」
クリストフが躊躇う。
「クルマを後部甲板に載せて、五〇〇キロも航行するのは……。
それに、どうやってS005から降ろす?」
俺が答える。
「自走して、海に飛び込むんだ」
クリストフが頭を抱える。
「S005は新造艇なんですよ!」
別の輸送班が一言。
「大丈夫だ。
ハンダさんがもう一艇分の予算を出してくれるさ!」
今度は、俺が頭を抱える。
作業は夜間航行しながら始まる。
水陸両用車の積み込みでは、速度を少し落としたが、停船はしなかった。
アッパーハット号の車輌甲板で俺が問う。
「志願者二人」
輸送班の一人が問う。
「ハンダさんが行くのか?」
俺が答える。
「もちろんだ」
場がざわつく。明確な反対者もいる。
一番の年長者が代表する。
「あんたはダメだ!
ノイリンに必要なヒトだ」
俺が問う。
「じゃぁ、誰ならいいんだ!
ノイリンに要らないヒトなんているのか!」
沈黙が場を支配する。
輸送班所属で、ジブラルタル出身の元正規兵が手を上げた。
「ブロルだ。
本業は衛生兵だが、迫撃砲の扱いに慣れている」
通信班の蛮族が名乗り出る。
「リーヌス。
通信手は必要だろ?」
二人とも二〇代半ばだろう。
俺が二人に頷く。
そして、いった。
「好きな武器を選んでくれ」
ブロルは、自分の武器であるFAL系の自動小銃を少し持ち上げた。
リーヌスは、スコープ付きのボルトアクションを持つ。銃はノイリン製だが、スコープはどこで手に入れたのか?
おそらく自作改造銃だ。これを手放すはずはない。
だが、彼がいう。
「せっかくなんで、ステンガンが欲しい」
車輌班の一人が渡す。三〇連発の弾倉も渡す。
俺が追加の要求をする。
「八一ミリ迫撃砲一門。砲弾一〇〇発。
それと、MG3と機関銃弾一〇〇〇発を用意してくれ。
食料は一〇日分。
ガソリンはタンクに満タン。
それとジェリカン一〇缶」
クリストフが問う。
「三人をどこで回収すればいいんです」
俺が答える。
「回収は無理だ。
俺たちは陸路でコーカレイに向かう」
「四五〇キロはありますよ!
道なんてないし!」
「あぁ、だが陸続きだ。
帰れないわけじゃぁ、ないだろう」
「相当に困難ですよ。
地図だってないし」
「進路は真北だ。
わかりやすい。
俺でも方向がわかる」
車輌での移動は、いつまでもできないだろう。幸運でも、四五〇キロのうち、三〇〇キロ以上は徒歩になる。密度が低いとはいえ、ドラキュロのいる荒野を徒歩で数百キロも歩けるのか?
確実に決死行となる。
水陸両用の小型トラックを積んだS005艇は、三〇ノットの航海速度でエデンの南海岸を目指す。
片道八時間、往復一六時間。夜明けまでに三隻の船団に戻れなければ、防御火器を持たないまま、丸裸で夜明けを迎えることになる。
手際の善し悪しが、運命を決める。
水陸両用トラックのタイヤは、厚めの板の上に載せられている。その板の船首側端をジャッキで持ち上げ、クルマを海に落とす。そうすれば、船を壊さない。
海岸まで三キロで、水陸両用トラックは海面に傾斜路から落下した。その際、S005艇は想像していた以上に大きく揺れる。
転覆するのでは、と心配するほどだった。トラックは景気よく水しぶきを上げたが、キャビンに少し海水が入った程度だ。
互いに海上で揺れ、互いに相手の様子を心配している。
そして、水陸両用トラックの揺れが収まり、S005艇の揺れも小さくなると、クリストフが手を振った。
ブロルとリーヌスも手を振り返す。
永遠の別れの挨拶だった。
水陸両用トラックは、タイヤホイールに取り付けた水かきを回転させて前進する。
仕組みは外輪船と同じ。
水上での速力は二ノット程度。徒歩と大差ない。操舵は前輪をステアして行うが、機動は鈍い。
わずかな月明かりの中で、俺たちは砂浜に上陸する。内陸に向かって少し走り、ブッシュに隠れる。
そして夜明けを待つ。
払暁となり、周囲に若干の明るさが広がると、我々は高台を探した。
だが、かつての大陸棚は平坦で、起伏が極端に乏しい。
それでも、低い丘を北五キロに見つける。
海上とは打って変わって、この水陸両用トラックはよく走る。前後輪ともリジットで、サスペンションはリーフスプリングなのだが、しなやかというか、路面に対してよく追従する。
エンジンはノンターボだが、三・五リットル四気筒ディーゼルで、低速トルクが強く、パワーがある。
丘から北西に二・五キロにエデンの街がある。その街の北辺に飛行船の発着場。
巨大な建造物は、飛行船の格納庫か?
飛行船は一五〇メートル級が三隻、停泊している。空中に浮いた状態で、係留塔に固定されている。
篝火が焚かれ、大勢のセロが動き回っている。
ブロルがいう。
「ここからでも届きますけど、命中はどうでしょう?」
その通りだ。八一ミリ迫撃砲の有効射程は、三〇〇〇メートル程度だ。。
リーヌスがスコープで飛行船を見ている。
俺が二人に伝える。
「北に行こう。
飛行船の係留場から一・五キロ西から発射する。
急ごう。
早くしないと、飛行船が発進してしまう」
絶好の発射位置ではないが、辛うじて係留場が見える場所に迫撃砲を据える。
リーヌスがコリメーターで照準し、ブロルが最初の一発を砲身に落とす。
軽い発射音で、砲弾が飛ぶ。
係留場に着弾。
やや修正し、二発目。
着弾。
そして、効力射に移る。
その後は機械的に撃ちまくる。
着弾は適当にばらけてくれる。
一〇〇発すべてを八分で撃ちつくし、戦果を遠望しただけで、迫撃砲をトラックに積み、内陸に向かう。
三時間北東に走り、エデンから六〇キロ離れてから、停止した。
リーヌスがいう。
「やりましたね」
ブロルが頷く。
だが、俺の思いは違っていた。
「生きて、コーカレイに帰還する。
それまでが任務だ」
二人が驚く。
ブロルがいう。
「決死隊のつもりだったんですが……」
俺が答える。
「決死隊であって、必死隊ではない。
セロ相手の戦いは、生き残らなければ意味がない。
セロはヒトが死ぬことを喜ぶ。
俺たちの死は、セロの勝利だ」
死を覚悟しても、死を受け入れることはできない。だから、生存のために努力する。
そして、俺たちの努力は過酷なものとなった。
同日朝、船団上空にボックスカーが飛来。
直掩機だ。
S005艇は合流していた。
直掩機は、大きな円を描くように、船団上空を飛行する。
船団は五ノットで、北東に向かう。二〇〇万年後のビスケー湾を斜めに北東方向に突っ切るルートを進む。
日の出から六時間、セロの飛行船は姿を見せず、ビスケー湾内の行程三五〇キロのうち一七〇キロは妨害を受けずに消化していた。
残り一八〇キロ。航海時間二〇時間で、ロワール川の河口に達する。
六時間強で、二度目の夜となる。
セロは夜間、軍事行動はしない。この六時間がヒトの運命を決める。
セロは当初、この船団に興味を示してはいなかった。ただ、ヒトが乗った船が、彼らが自分のものだと主張する領域を、航行することは許せなかった。
また、彼らは陸からの砲撃を、海から艦砲射撃を受けたと誤認していた。
迫撃砲は、発射音と発射炎が極端に低い火砲だ。一方、炸薬量が多く、同口径の榴弾砲と比べた場合、爆発威力が勝る。軽量でもあり、ゲリラ戦に有効な兵器だが、命中精度は低い。射程は通常の火砲と比べると劣る。
それでも、セロの圧縮ガスを使ったロケット砲よりは、長い射程距離がある。
飛行船の係留場を砲撃されたセロは、沿岸沖を徹底的に調べたが、ヒトの痕跡を発見できなかった。
飛行船を発進させたが、昨夕からビスケー湾内を航行する四隻の船団以外、ヒトの活動を発見できない。
そこで、ヒトへの報復として、四隻を徹底攻撃することに決する。
そのために爆弾を満載する一五〇メートル級飛行船二隻を発進させた。
ノイリンの船団は不運であった。
エデンに向かう四隻編制の飛行船艦隊に発見された。
しかし、船団はどうにかコーカレイから半径三五〇キロの哨戒圏内に入っていた。
ボックスカーが船団上空から離れていく。だが、別のボックスカーが上空にいる。
航続距離二二〇〇キロのPZL‐130オルリク四機と、同二〇〇〇キロの双発プカラ二機も現れた。
あと五〇キロ、コーカレイに近付けばメンターも直掩に加わる。
そして、夜が確実に近付いている。
ノイリンの船団は、西から迫る四隻と東から発進した二隻の飛行船に挟み打ちのような態勢になる。
そして、これが〝ビスケー湾航空戦〟と呼ばれることになる戦いの始まりだった。
ヒトはまったく知らなかったが、この時期のフロリニア王国はセロの国家間において、いささか不利な立場に追い込まれ始めていた。
法王庁がフロリニアだけに認めた〝新世界〟の開拓が、現地害獣=ヒトの抵抗により進んでいないからだ。
フロリニアの優位は動いていなかったが、ユカタニア連合王国を筆頭に複数の国家が〝新世界〟開拓の許可を求めて、法王と法王庁に働きかけを始めていた。
この状況を鑑みて、フロリニア王家は西部ユーラシアに対する本格介入を始めようとしている。
東から迫る四隻の一五〇メートル級飛行船は、王家直属の部隊だ。
この四隻には、飛行兵が搭乗している。飛行兵は、オープンデッキの舷側に整列し、肩に担いだロケットランチャーを指揮官の命令で発射する兵科だ。
ヒトにとっては、始めて接する敵であった。
セロには無線通信の概念がない。だが、通信の概念が存在しないわけではない。
彼らは発光信号による通信は行っている。また、かなり複雑な色を使い分ける発煙弾による信号も使う。
だが、遠方との連絡は〝手紙〟が基本であり、書簡の往復によってのみ、複雑な連絡ができる。
フロリニア王家と政府は、ユーラシアに橋頭堡を築いた現地司令官や法王庁派遣司祭たちの報告をまったく信用していなかった。
なぜ、現地害獣を皆殺しにできないのか、不思議で仕方なかった。
オルリク四機が西から迫る四隻の艦隊に向かう。
プカラ二機が東から追ってくる二隻の飛行船に向かう。
東の二隻は急速に高度を下げ、海面から一〇〇メートルの高度で、全速で進む。
第二次世界大戦において、戦闘機に追われた爆撃機や輸送機がとった戦術と同じだ。柔らかい下腹を狙われないよう、敵機が下方に潜り込むことを防ぐために高度を下げたのだ。
西の四隻は、逆に高度を上げた。虻蚊〈あぶ・か〉のような小さな飛行機械が向かってくるが、それが脅威だとは感じられなかったし、上昇すれば追従できないと判断した。
オルリク隊の指揮官はアネリアだ。アネリアの命令で、オルリク隊はドロップタンクを投棄する。
西からの艦隊内では嘲笑が漏れていた。過去に飛行機械を操る害獣と出会ったことはないが、何もない海に爆弾を投下するなど、動物とはいえ滑稽だ。
重いドロップタンクを捨てたオルリクは、彼方を目指す渡り鳥から、敏捷な猛禽類に変貌する。
速度と機動性において、飛行機は飛行船に対して決定的に勝る。
オルリク四機は反航戦で、各機が四隻の飛行船の操船室がある機体前方に二〇ミリ機関砲弾を発射する。
アネリアは飛行船の下方に抜けると、背面飛行のまま浮体に懸吊されている機体に二〇ミリ機関砲弾を撃ち込む。
うち二機は下方に抜けてからいったん上昇し、止まっているようにさえ見える一隻の飛行船の左舷方向から攻撃する。
オープンデッキの舷側に、甲冑を着る兵士一〇〇人ほどが並んでいる。
「舷側の兵がバズーカを担いでいる!」
この報告は、ノイリンの全機が聞いた。ノイリンの船団もモニターした。
そして、一番機が二〇ミリ機関砲弾を発射。続いて二番機も発射。
西の四隻の船団は混乱の極にあった。小うるさい羽虫程度に見ていた神の加護を受けない動物が作った飛行機械は、四隻の操船室を破壊し、一隻を下方から攻撃して機体を穴だらけにし、一隻の航空兵精鋭はほぼ全滅している。
フロリニアの提督は、二〇ミリ機関砲弾の直撃により胴体がちぎれていたが、まだ生きていた。
彼が死に際して何を考えたのか。それは、まったく別な生物であるヒトにはわからない。
だが、どうであれ悔しいとは思ったであろう。
オルリクの機関砲弾はつきていたが、飛行船四隻の周囲を飛ぶだけで、十分に船団の護衛という任務を果たすことができた。
東からの二隻は、西からの四隻と比べれば、はるかに巧妙に戦った。
そして、敵ながら勇敢だった。
セロはノイリンの航空隊だけではなく、カラバッシュやクフラックの航空隊とも戦っている。
ヒトとの戦いにおいて、それなりに学んでもいた。
二隻は、海面上五〇メートルまで高度を下げ、真っ直ぐにフェリーに向かう。
アッパーハット号を爆撃するためだ。
海上では、S005艇が船首の単装二〇ミリ機関砲の仰角を上げ、また操舵室やや後方両舷の一二・七ミリ機関銃も対空姿勢をとり、飛行船に突進していく。
二機のプカラは浮体を攻撃するしか選択肢がなかった。
浮体に二〇ミリと七・六二ミリ弾を何度も撃ち込むが、痛痒ほども感じていないようにフェリーに向かっていく。
ロケット弾四発を命中させて、ようやく一隻が不規則な機動を始め、戦場からの離脱を図る。
もう一隻は、なおもフェリーに突進していく。
S005艇は、飛行船とすれ違い様に二〇ミリ機関砲弾から七・六二ミリ小銃弾まで、発射可能なすべての武器を使って、飛行船の機体を下方から攻撃。
上空五〇メートルという超低空であったことから、RPG‐7も対戦車榴弾二発も命中させた。
これは効果があった。
速度から追撃できないS005艇に代わってプカラ二機が上空から攻撃すると、飛行船は海面に接触。
数回バウンドして、海面に着水してしまう。すぐに上昇を始めるが、戦える状態ではないらしく、戦場から離脱していく。
プカラ隊とオルリク隊は深追いせず、燃料を心配して、コーカレイに帰投していく。
入れ替わりにメンター隊が現れる。
この戦いの一部始終を由加はボックスカーの副操縦手席から見ていた。
ノイリンは、セロとの戦いに辛うじて負けなかった。
アッパーハット号とソードフィッシュ号は、緩慢な退避行動を行い、予定航路からだいぶ離れてしまった。
それでも、上空直掩を受けて、予定航路に復帰。
日没数時間後には、ロワール川河口南側にある深い入り江に逃げ込むことができた。
河川舟艇は、至近に爆弾四発が投下され、海上に炎が広がり、それが船体に燃え移ってしまった。
艇長と航海士は海に飛び込みどうにか脱出したが、二人とも軽度のやけどを負った。
二人はS005艇が救助した。
この戦いにおけるヒト側の負傷者は、この二人だけだった。
21
あなたにおすすめの小説
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
異世界で農業を -異世界編-
半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。
そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる