好きなものは好きなんです!

ざっく

文字の大きさ
10 / 21

恋の駆け引き5

しおりを挟む
 「………」
 「………」
 「……ああ、緊張した」
 伯爵が部屋を出ていくのを待って、リオは体の力を抜いた。
 グレンとオリヴィアは固まったまま動けない。

 「ごめんなさいね。高位の方と話すと、どうにも口調が固くなってしまうのよ。偉そうに話せと言われてるのよ」
 あ、座って座ってと、グレンにソファーを勧めるリオは、いつものリオだ。
 今でこそ、公爵夫人となっているが、元々は男爵令嬢。伯爵なんて、様を付けても呼びかけることなどなかった人相手に、偉そうになんて難しいことを言わないで欲しい。
 「違うのよ。今のは。グレンの『長官に言いつけるぞ』っていうのは理解したんだけど、そんなの、こっちだって言いつけてやるんだから!っていうのを、格好良く言ったのよ」
 リオとしては、もっと冗談ぽく返す予定だった。
 けれど、あの口調で冗談は難しい。どうしても嫌味っぽくなるし、こっちが高位なだけあって、押さえつけるような言葉になってしまう。
 なるほど、だから偉い人たちは冗談を言わないのかもしれない。新発見だ。

 「……びびった」
 ソファに遠慮なく座って・・・まあ、グレンの自宅なのだが。項垂れる姿は、なかなか見られないだろう。
 「でしょうね~、それはそれで面白かった」
 グレンとは、アレクシオの仕事の都合で、顔を合わせたこともある。しかし、リオにマッチョを近づけたくないアレクシオによって阻まれ、ほとんど話したことは無い。名前と顔が初めて合致した。
 狩猟会で、オリヴィアを運んでいるときも顔を見ているはずだが、誰が誰やら見ていなかったのだ。
 アレクシオのその態度を知っていたからこそ、『長官に言いつけるぞ』発言になったのだが、実際、リオもアレクシオに言いつけられるのは困る。
 ・・・・・・マッチョさんの自宅訪問だなんて、絶対怒られる。
 「間違ったってのは、それでですか?」
 「そうそう。伯爵様がえらく真っ青になったから、どうしようかと。でも、部屋出て行ってもらわないと話しできないし、外してくださる?とか言うと、また『お気を悪くされた』とか言われるし、どう言おうかと思ってたら、この発言使おうって思ったの。名案!」
 リオがうまくいったと喜んでいる姿を、残念な子を見る目でグレンに見られた。
 その視線の方が不敬だ。
 「今度、アレクシオ様の前で『あら、グレン。お久しぶり』って、親しげに挨拶してやる」
 「自爆もしますよね!?」
 うん。危険な賭けだ。

 「さて、オリヴィアからの感謝の手紙を無視していたって聞いたのよ」
 「リオ様っ!」
 「いや、無視はしてないでしょう?」
 リオの率直な言葉に、二人が同時に反応した。
 オリヴィアは真っ赤になり、グレンは不本意そうだ。
 「お礼は何が欲しいか聞かれたら、『君の愛がほしい』くらい言いなさいよ」
 「リオ様っ!?」
 「それは高望みでしょう?」
 またもや、リオの率直な言葉に、二人が同時に反応した。
 オリヴィアはさらに真っ赤になり、グレンは気に入らなそうだ。
 「くれたら貰うの?」
 「え、もちろん」
 口をパクパクして言葉が出ないオリヴィアを尻目に、当たり前のように返事をするグレン。
 「ちょうだいくらい言えばいいのに」
 「ちょっと助けたくらいで、こんなむさいのが寄ってきたら嫌でしょう」
 「全然」
 リオが答える声に、『そりゃあんたはな』というグレンが心の中でつぶやいていると、

 「そっ・・・そんなことありません!」

 一拍遅れて、オリヴィアが悲鳴のような声をあげた。
 リオとグレンの視線がオリヴィアに同時に向いて、その視線から逃れたいかのように俯いて、オリヴィアは放す。
 「グ、グレン様は格好いいです。嫌なんかじゃありません。わたっ、私・・・・・・!」
 勢いをつけて言おうとするオリヴィアと、その先の言葉を察して、期待を込めて待つグレン。
 そして、
 「あ、ちょっと待って」
 水を差すリオ。

 「・・・・・・奥様・・・・・・?」
 「そんな怖い顔しないでよ!このまま話し進んだら、私居場所がないのよ!先に帰るから、グレン、オリヴィアを送ってね」
 確かに、この先のオリヴィアの言葉を聞いて、グレンが返し、そうして・・・・・・。

 ここがぎりぎりだったということだ。
 了承の意を伝えると、リオはするんとソファから立ち上がり、告白の途中で止まったままのオリヴィアに声をかけて一人で部屋を出て行った。




 オリヴィアは、勢いをそがれて、もうリオと一緒に帰ってしまいたいと思っていた。
 それはそれで後悔するかもしれないが、今は緊張しすぎて窒息しそうだ。
 オリヴィアがリオを追うようにふらりと立ち上がると、隣にグレンが立っていた。
 「あの、わ、わたし・・・・・・」
 すでにさっきまでの勇気はない。隣にリオがいなくなってしまったのも大きい。
 続きを言えと言われても、口にできる気がしなかった。
 助けを求めるように、ドアに視線をやるオリヴィアに気がつきながらも、グレンはそっと、オリヴィアの手を取った。
 壊れ物を扱うように、力加減が分からなくて恐々と触るかのように、手をゆっくりと握られて、オリヴィアの頭の中は真っ白になる。
 「オリヴィア様」
 こんな至近距離で名前を呼ばれるなど、恥ずかしすぎて、どうしていいか分からない。緊張して、喉から音を出すことができない。
 「無視をしていたつもりは無かったのです。あなたの美しさに、緊張して話もできない自分が笑われそうで怖かった」
 思っても見ないことを言われ、驚いてグレンの顔を見上げた。
 そこには、初めて会った時のように優しそうに微笑む顔があって、オリヴィアの心に歓喜が湧き上がった。
 「望んでも構わないのなら・・・許されるならば、私はあなたが欲しい」
 オリヴィアの瞳に涙が揺らめき、光に反射してキラキラと光った。
 それが、恐怖や悲しさからくるものではないことを、グレンは正確に理解し、嬉しそうに笑った。
 グレンは、オリヴィアの涙を吸い取るように目尻に口づけ、声が出せないまま震える小さな体を抱き寄せた。
 オリヴィアは頬に感じる、自分と同じように早く、高く刻む鼓動にほっと息を吐いた。
 「夢、みたいです」
 小さな小さな声で呟いて、おずおずとグレンの服に手を伸ばし、ぎゅっと抱き付いた。
 「それはこちらのセリフだ。こうして触れられるなんて、思わなかった」
 笑っているような声が落ちてきて、オリヴィアも微笑みを浮かべた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】

日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。

若松だんご
恋愛
「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」  新婚初夜。政略結婚の相手である、国王リオネルからそう言われたマリアローザ。  持参金目当ての結婚!? そんなの百も承知だ。だから。  「承知しております。ただし、陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」  金がほしけりゃ子種を出してよ。そもそも愛だの恋だのほしいと思っていないわよ。  出すもの出して、とっとと子どもを授けてくださいな。

処理中です...