落ちて拾われて売られて買われた私

ざっく

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俺の家

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しがみついていた体を少し放して見上げると、サランダは微笑んでいた。
「行く」
私が頷くと、体が軽く浮き上がる。サランダがひょいと私を持ち上げたのだ。
彼より小さいとはいえ、大人になってこんなに簡単に抱き上げられるとは思ってなかった。
「俺は魔王で、魔物だ。逃げるチャンスはやったからな。もう逃げられないと思え」
抱き上げられて、目の高さが同じになった状態で確認するように彼は言う。
そんなの、こっちのセリフだ。
「サランダだって、逃げないでよ」
彼は強いので『逃がさない』というのは、私には難しい。きっと、サランダが走っただけで私は置いていかれてしまうだろう。
だけど、口だけの約束でも、少しだけでも拘束力があるのなら、彼を縛りたい。
私の言葉に、彼はハッと笑う。
「俺は逃げなきゃいけない状況になったことなどない」
サランダが私を抱いている方とは反対の手を前に突き出す。
どこからか吹き込んでくるような風を感じたと思ったら、目の前に真っ暗な空間が現れた。その真ん中に長い道がある。
周りはさっきまでと変わらず森なのに、サランダの手の向こうだけ闇が広がる。
この道はどこまで続いているのか分からない。
私は彼の魔法に驚いて、反射的に彼の髪の毛をぎゅっと握った。
髪の毛は握りやすくて、私のような弱い力でも大きな男性を引っ張ることができる。
「痛てて」
「あ、ごめん」
緊張したせいで、思ったよりも強い力がこもってしまったようだ。
少しだけ力を緩めたけれど、離すことはしたくなくて、髪の毛を掴んだ手とは逆の手を首に回した。
「なんだ?」
しがみついてくる力を強くしたことを不思議に思ったのか、彼は不思議そうに私を見上げてくる。
「私の傍からいなくなったら逃げたってことにする」
こんな魔法が使えるなら、彼が進んだ方向に追いかけていくことさえできない。手がかりさえ残さずに彼は私の前から消えることができるのだ。
自分で喚び出した道に踏み出しながら、サランダは本格的に笑い声をあげる。
「分かった」
何が面白かったのか分からないけど、彼は見たことがないような顔で笑う。
「……馬鹿にしてる?」
勇者が私から逃げたと言いふらしても、遊女が捨てられたと思われるだけで、彼に全くダメージはない。ただ、私の中で、彼が逃げたことになるだけだ。
私の切り札は、たったそれだけしかないことを暴露したも同然だ。
とても嬉しそうな彼に、私を馬鹿にするような様子はないけれど、もしかしてと思って聞いてみた。
「まさか」
そう言いつつも、表情は笑い顔のままだ。
「だから、離さないって言ってるだろ」

サランダは私を抱いたまま、どれくらい歩いただろうか。
周りは真っ暗で、彼の姿だけが見える。
彼が、私の肩をポンポンと叩いた。
起こされた時のように、目を瞬かせる。
眠っていた?そんなつもりはなかったけれど、周りの風景は一変していた。

光り輝く真っ黒な床と壁と天井に囲まれた空間に出ていた。
黒なのに光り輝くというのも不思議なのだが、真っ黒なのに暗くなく、光源はどこにあるのだろう。
「俺の家」
「……家?」
この場所を家と呼ぶのは、少しおかしいのではないだろうか。
サランダが、私をゆっくりと優しく下ろす。
下ろされたところは、大きな椅子があった。隣には、もっと大きな椅子。
まるで、玉座のような――。
「本当は直接部屋に行きたかったけど、留守が長かったんでな。先に挨拶がいる」
ため息交じりに言いながら、彼が振り返ると、
「陛下。お帰りなさいませ」
突然そこに人がいて、体がびくりと反応する。
さっき、この部屋をぐるりと見まわした時にはいなかったのに。
「長い旅行後の望まぬ手土産をありがとうございます」
きっちりと燕尾服を着こなした彼は、片眼鏡をくいっと持ち上げる。
長い黒髪を後ろで一つにくくって立つ姿は、目が惹きつけられるほどに美しい。
けれど、私を見る彼は、汚らしいものを無理矢理見せられているような表情を浮かべている。
「……なんだ、その格好は。しかも、ストレートな嫌味だな」
サランダが呆れた顔を向ける。
「陛下が人間っぽい格好をしておけとおっしゃいましたので、わざわざ、頑張った次第でございます」
『わざわざ』を、ものすごく強調してしゃべった。
人間っぽい……というと、彼はいつもは、この姿ではないのだろうか。
「リンカ、この国の宰相みたいなやつだ。リューと呼べ」
宰相みたいな人を!?
「え?え?リュー、様?」
「様はつけるな。なんか気に入らん。――ナナ!」
いきなり、この私の事を明らかに嫌っている人を呼び捨てにしろと!?
あたふたしていると、目の前に老婆が現れた。
白髪を後ろで綺麗に結っているが、随分と腰の曲がったおばあさんだ。
「……また……お前らは、なんだ、その格好は」
「ええ、ええ。失礼のないように髪を結いましたとも」
おばあさんがにひひと笑みを浮かべる。
あの豊かな白髪が、普段はたらされているのだろうか。それはそれで美しいと思う。
サランダは何かを言いたそうに、小さく唸り声をあげた後に、それを飲み込むように息を吸って私に向き直る。
「リンカ、ナナはお前の身の回りの世話をする。何か必要なものは私かナナに言え」
私はその言葉に驚いて息をのむ。
目を丸くして、すぐには言葉が出ずに首を横に振ると、サランダが頷く。
「まあ……いろいろ嫌かもしれんが、頼んだことはやるはず……」
「そんな失礼な!」
叫んだ言葉に、サランダが目を丸くする。
そんな彼の反応は気にかけていられずに、私は早口で言う。
「ご高齢の方に私の世話をさせる?そんなの、失礼だわ。お元気であるのはみれば分かるけれど、それでも私が彼女のお世話をするのが本当でしょう?あのお店を出れば私は何も持たない小娘なのに」
口には出さないけれど、あんなに腰が曲がって、杖までついているのだ。どうして元気な私の世話をしてもらえると思うのだろう。全く、謎だ。
私がいた楼閣では、年配の女性は敬意の対象だ。
遊女を引退した後も、若いものの指導や細かな指導を、その年まで、楼に尽くしてくれている。
長く楼に残る人間はそうはいない。
体を壊して辞す場合もあるが、多くは身受けされたり、自分で借金を返し終えて去って行く。
その中で、自分の意思により残り、指導に当たる方は厳しく美しく優しかった。
私も、サランダが現れなければそうでありたいと思っていたのだ。
「いや、違う。ナナは……!」
サランダの言葉を遮って、ナナが私の前に出てくる。
「まあ、まあ。お疲れでしょう。どうぞこちらに」
にこにこと、顔をしわくちゃにして笑うナナに、私は戸惑いながらも挨拶を返す。
「申し訳ありません。ナナ様、場所を示して頂ければ、自分でできることはきちんといたしますので」
基本的に自分のことは自分でできるつもりだ。
ナナは、楽しそうに目を細めて、「はいはい」と言いながら背中を向けた。部屋に案内してくれるのだろうと思い、ついて行く。

サランダを見ると、とても不満そうだった。
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