落ちて拾われて売られて買われた私

ざっく

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魔王

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「考えていた以上に足手まといだった私を、どこかに置いていきたいから――」

「――やっぱり分かってないじゃないか!」

結論を言い終わる前に、サランダが怒鳴る。
髪に片手を突っ込んでがしがしと頭を掻きむしっている。
「なんでそうなる!?びっくりするほど斜めに飛んでいくな。元々、俺は魔物退治の旅について来てほしいなんて言ってない。お前がそれならついて来るのかと思って――くそっ」
髪の毛をくしゃくしゃにする手を止めて、彼が私を真っ直ぐに見つめる。
「リンカ」
低い声で、名前を呼ばれた。
「は、はい……!」
妙に緊張して、思わず姿勢を正した。
「店から買い取る人間の理由は分かっているか?買われた女は大抵どうなる?」
突然、今までの内容と全く関係ない別のことを聞かれて、頭が働かないなりに答える。
幼いころから当たり前にあった日常だ。考えなくても知っている。
「妻か、愛人になります」
男が女を傍に置くのだ。しかも、大金を支払ってでも欲しい女。
そんな人、ずっと傍に置いておくに決まっている。
サランダは大きく頷いて見せる。そして、私の目を真っ直ぐに見つめて爆弾発言をかました。

「そうだ。俺も、リンカを妻にしようと思っている」

「……は?」

「なぜそこで止まる?一緒に来た時点で、俺の妻になるのは想像できていただろう?」

――いえ、全く。
だって、サランダはそういう雰囲気に全くならない。
私は処女だが、遊女だったのだ。しかも、彼が買い取った。
そういう気持ちがあるのなら、すぐにそうなるものだと思う。ならないということは、その気がないということだと。
「私を相手に、こう……妻とするような行為をする気が感じられなかったので」
『性行為』という言葉を遊女が恥ずかしがってどうする。他にもいろいろ言い方があったはずなのに、頭の中がぐちゃぐちゃで見当たらない。
目を見開く私に、サランダが見せつけるように大きく息を吐いた。
「お前が、そんな気が全くないように感じられたんだ」
手を出したいに決まっているだろうと真面目に言われて、顔に熱が集まる。
サランダと一緒にいたいと思ってついてきた。彼が私に対して恋情を抱かなくても、少しの間だけでも一緒に居られたらと。
それが、本当にそんな夢みたいな話だとは思わなかった。
「俺の妻になるのは嫌なのか?」
「~~~~~っ!」
今声を出したら絶対に涙と鼻水も一緒に出ちゃうと思って、必死で首を横に振った。
真っ赤な顔で、涙をためた私はどうみえていたのか、サランダは軽く笑った。
「なら、よかった。この姿なら、結婚してもいいと思ってるってことだな」
彼の微妙におかしな言い回しには気が付かず、私は首を傾げる。
「でも、それなら、倒しもしない魔物を探して回らなくてもよかったのに」
私の言葉に、サランダは目を丸くする。小さく「気がついていたのか」と気まずげにつぶやく声が聞こえた。
しばらく俯いて何かを考えているようだった彼は、大きく息を吸って、決意したように私を正面から見た。
真っ直ぐに見つめられると、その強い視線にどきどきして落ち着かなくなる。
だけど、今は目をそらしてはいけないと思って、彼の視線を受け止めた。
「――俺は、勇者じゃない。逆だ」
逆?勇者の?
あれだけ崇め奉られている人が勇者じゃないなんて信じられるだろうか。
本人が名乗っていないだけで、人を襲う魔物を退治してくれたのはサランダだ。彼が認めていなくても、周りは彼を勇者だと呼ぶ。
勇者とは、そういうものではないだろうか。
それでも、彼が一大決心のように言うから、きちんと考えてみる。

「逆って……魔王、とか?」

きちんと考えたというのに、バカな考えにしか至らなかった。
だって、勇者の正反対に位置するのは、魔王くらいだろう。この世界のどこかに存在するであろう魔物の頂点。
そんなおとぎ話のような存在なのかと彼に伝えた自分がおかしくて、笑おうとした。
なのに。

「――ああ」

サランダはあっさりと頷く。
その表情は苦しそうで、私の冗談に乗ったような表情ではない。
彼の返事をどうとらえていいのか分からなくて、私は戸惑いだけが先に立つ。
だって、魔物を退治していた。
――でも魔物を飼っていた。
今は魔物退治の旅のはずで。
――さっき、否定されたばかりだ。
「俺の言うことを聞かない、暴れるやつを粛正していたら、人間から感謝されたんだ」
サランダが、少しだけ私から体を遠ざける。
その動きに、私はびくりと体を震わせる。
「人間の食べ物がうまくて好きなんだ。だから、くれるならもらっていた。……傷つけることなんか、しないぞ?」
苦く笑って、彼はもう一歩足を下げる。

その距離を縮めるために、私はサランダに飛びついた。
「うわっ」と、珍しくサランダの慌てた声が聞こえる。

「なんで離れるの!逃げようとしているの?」

しっかりと体を捕まえて叫ぶ。
サランダはさっきからどうにも私から離れようとしている。今、話をしている最中にも少しずつ距離をとっていた。
「は?いや、逃げるというか、逃げやすいように……」
「ダメ!逃がさない!」
彼の言葉を最後まで言わせない。
逃げやすいように距離をとるなんて。私からもう離れていってしまうなんて。
「いや、俺じゃなくて……」
「ダメったらダメ!さっき、妻にしてくれるって言ったのに!言った途端逃げるなんてひどいでしょう!?」
また何かを言いかけるから、そんな話は聞かないとばかりに声を張り上げた。
人の言うことは、全部信用ならない。
「一緒に行こうって言ってくれたのに。置いていかないって言ったのに!妻にしてくれるって言ったのにっ……!こ、こんなっ、すぐ……っひっく……ふっ……いやだ、だ、だめなんだから!」
強気でいこうと思っていたのに、捨てられるかと思ったら、涙があふれてきた。
少しの間だけかもしれないなんて、気丈に考えていた。

だけど、そんな私の努力を無駄にしたのは、サランダだ。
夢だと思っていたことを、叶えさせて、すぐに打ち砕くなんて、許さない。

「そうじゃなくて、リンカ……」
「嫌だってば!話は聞かない!」

「え~~と……まあ、思っていた反応と大分違うが」
しがみついていた体を抱きしめ返されて、体中の力が少し抜ける。
それでも彼から手を離すのは怖くて、腕はしがみついたままだ。
大切な人に何かの秘密を打ち明けられて、『ごめん』なんて言いながらその人は去って行く。
物語の定番だ。
離れていってほしくないのに。
だったら打ち明けないでくれたらよかったのに。

「リンカ、俺と来るってことだな?」

サランダのどこか嬉しそうな声が聞こえた。
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