S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko

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第1章

第7話:深夜のミルクコーヒー

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オンラインゲームでの交流から数日。
俺と天野光――null と Hikari の関係は、確実に変化していた。

毎晩のようにボイスチャットを繋ぎ、犯人についての議論をする。
それがいつしか俺たちの習慣になっていた。
もちろん、捜査の話だけをしているわけじゃない。

『天野さん、そっちにモブが流れた!』
「任せて! えいっ!」

ゲームの世界では俺たちはパーティを組む仲間だった。
俺が前衛で敵の攻撃を受け止め、彼女が後方から的確な回復と援護をくれる。

最初の頃のおぼつかない操作はどこへやら、今では彼女もすっかり頼れるヒーラーに成長していた。

「ねえ、null さんって、数学は得意だったりする?」
『いや、得意というか…。ただのロジックだと思ってます』
「ロジック? 私、最近の授業、全然分かんなくてさ…」
『数学の問題は、一つの大きな数式として見るんじゃなくて、いくつかの部品(モジュール)に分けて考えるのがコツです。一つ一つの処理を順番に解決していけば、答えにたどり着きます』
「モジュール…?」

俺がそう言うと、彼女は数秒間黙り込んだ。
何か考え込んでいるような不思議な間だった。

『…天野さん?』
「あ、ううんなんでもない! その話し方、なんだか誰かに似てるなあってちょっと思っただけ」

彼女は明るい声でそう言ったがその声色には僅かな戸惑いが混じっているように聞こえた。
誰かって誰のことだ?

「そ、そっか…。null さんって、頭いいんだね」
彼女は慌てて話題を変えたようだった。

俺は釈然としないものを感じつつも、それ以上は追及しなかった。
『いや、そういうことじゃなくて…』

ゲームをしながら他愛もない話をする。
学校のこと、好きな音楽のこと、最近コンビニで出た新作スイーツのこと。
現実世界では決して交わることのない、俺と彼女の日常がこの声だけの世界で少しずつ混じり合っていく。

それは、ただの協力者という関係をとっくに超えていた。
秘密を共有し、弱さを見せ合える友人。

俺にとって彼女と話すこの深夜の時間は、一日の中で最も心が安らぐかけがえのないものになっていた。

だが、そんな穏やかな時間とは裏腹に肝心の捜査は完全に行き詰まっていた。

『…やはり、動きがないですね』

ヘッドセットの向こうから、俺は彼女に語りかけた。

「うん…。ゆうちゃんか、はるちゃんなんだろうけど…」

彼女の声には、疲れが滲んでいた。
二人を疑うことに、心を痛めているのだろう。

『犯人が警戒しているのは間違いないですね。 下手に動かず、こちらが諦めるのを待っているのかもしれない』
「そっか…。じゃあ、このまま、ずっと…」
『いや動かないなら、こちらから動かさせればいい』

俺の声に、彼女が息を呑む気配がした。

「動かさせるって、どうやって?」
『罠を、仕掛けます』
「罠…?」
『はい。あなたにしか流せない情報を意図的にリークさせるんです。
そして、裏アカウントがそれに食いつくかどうかを観測する』
「…っ!」

彼女が息を呑む音がヘッドセットを通して生々しく伝わってくる。

「でも、そんなことしてもし本当に投稿されちゃったら…」
『ええ。その情報は SNS で拡散されるでしょう。
天野さんにとってはリスクが高い作戦です。無理強いはしません』

俺は彼女を試しているのかもしれない。
どこまで覚悟ができているのかを。

「…やる。私、やるよ」

返ってきたのは、震えながらも芯の通った声だった。
俺は少しだけ驚いていた。
彼女がここまで強い人間だとは思っていなかったからだ。

『分かりました。では具体的な計画を練りましょう。
どんな情報を、いつどのように流すか』

その日の深夜、俺たちは二人きりで、秘密の作戦会議を始めた。

「うーん、どんな悩みがいいかなあ…」
『リアルすぎても、嘘っぽすぎてもダメですね。犯人が「これは美味しいネタだ」と飛びつくような、絶妙なラインが必要です』
「難しいなあ…。『最近、ちょっと太ったかも』とか?」
『…却下です。あなたが言っても嫌味にしか聞こえない』
「ひどい!? null さん、結構はっきり言うよね!」
『事実を述べたまでです。客観的に見て、あなたのその発言は大多数の女子を敵に回す』
「もー! 客観的じゃなくて、null さんの主観で言ってほしいの! 例えば、『天野さんは、今のままで十分魅力的ですよ』とか!」

彼女は、からかうような声でそう言った。
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねる。

『……』
「あれ、null さん? どうしたの?」
『……処理に時間がかかっています。しばらくお待ちください』
「ふふっ、メモリが不足しているんじゃない??再起動する?」
『……っ!』

俺は思わず息を呑んだ。
まさか、俺が使った言葉で、そっくりそのまま返されるなんて。
しかも、その声は楽しそうだ。

俺の防御壁は、いとも簡単に突破された。
何か言い返そうと言葉を探すが、脳内のメモリが本当にエラーを起こしたみたいに、何も浮かんでこない。

『…ふぁ…』
いけない。議論に集中しすぎて、ついあくびが出てしまった。
「え? null さん、眠いの?」
『あ、いえ。すみません…少し』
「もう夜も遅いもんね。無理しないで」
『俺は、大丈夫です。こういう作業には慣れているので』

「こういう作業って?」

『…プログラムを書く時とか、夜中に集中することが多いんです。 だから眠くなったら、これを飲むことにしてるんです』

俺は机の傍らに置いてあった飲み物を手に取り、一口飲んだ。

『…ミルクコーヒー。すごく甘いやつ』

俺は付け加える。

『苦いのは、苦手で』
「ふふっ」 彼女の、楽しそうな笑い声。

「なにそれ。可愛い」
『…別に、可愛くはない』
「可愛いよ。なんだか、null さんらしい」

その言葉に心臓がドクンと跳ねる。
俺らしい、とはどういう意味だ。

『…天野さん?』

彼女が黙り込んだので、俺は不思議に思って声をかけた。
「あ、ご、ごめん! なんでもない!」

彼女は、何かを誤魔了すように慌ててそう言った。

「ねえ、null さん。悩み、思いついたよ」
彼女はいたずらっぽく笑いながら罠の内容を提案してきた。
それは犯人を確実に炙り出すための、甘くて少しだけ危険な、二人だけの秘密の罠だった。
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