冷淡姫の恋心

玉響なつめ

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14 冷淡姫は逃げ出したい

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「ごきげんよう、アリオス様。ネグァイ公爵家のブルネッラですわ。先日もご挨拶させていただいたはずですけれど?」

「さようでしたか。不調法なもので高貴なご婦人のことを覚えられず申し訳ございません。何かご用でしょうか」

「ええ、よろしければわたくしのテーブルでお茶をご一緒いたしませんこと? 是非第二王子殿下の元での働きぶりや、将来についてご相談したくて」

「申し訳ございませんが、守秘義務がございますので。王家のあれこれを口にする浅慮な人間と思われては困ります」

「まあ! そんなつもりでは……ただわたくしは貴方と話をしてみたかっただけですのよ? ねえ、構わないでしょう? イリアネ様」

「え……」

「貴女、以前わたくしがアリオス様との縁を持つことを尋ねたら、いいって仰ったものね? よろしいでしょう?」

 イリアネはそう言われて思わずアリオスを見た。
 彼はブルネッラの方を無表情に見つめ、ゆっくりとイリアネの方を見る。

「お誘いは大変ありがたく思いますが、自分は婚約者との時間を過ごしたく思います。それでは」

(それでは、じゃないわ!?)

 イリアネたちは自分たちのテーブルについているのだ。
 一方的に話を打ち切るようにすることはあまりにも失礼だ。

 勿論、ブルネッラのしていることもまた失礼ではあったが。

 とはいえ、アリオスはきちんと挨拶に挨拶を返し、婚約者との時間を大事に……と言ったことからブルネッラが横から割って入ろうとしているのは誰の目にも明らかで、周囲の目がどちらに傾くかは明瞭だ。
 
 ここで騒ぎ立てれば不利だと悟ったブルネッラは不快そうにイリアネを睨んだ。
 その目は『お前が引け』と訴えているようで、イリアネとしてはとても居心地が悪い。

 引かなければ公爵家から目をつけられて、冷淡姫の無礼な振る舞いだのなんだのとまたもや妙な噂が立てられる可能性があった。
 
(自分一人だけともかく……)

 相手が公爵家では、家族に迷惑がかかるだけでは済まないかもしれない。
 断ったアリオスだって何を言われるのか……それを思うとイリアネは不安になる。

 貴族社会は身分がものを言う。
 確かに資産も大事だが、公爵家は王家に近いのだから当然他の貴族家よりも立場が強い。

 そこの末娘は大事に大事にされていると有名な話なのだ。
 イリアネが不安に思うのは無理からぬことだった。

(でもアリオス様は……私との時間を望んでくれているのよね)

 堂々と、そう言ってくれたことに心が浮き立つ。
 たとえそれが義理だとしても嬉しいし――そうでなかったら、もっと嬉しいというだけだ。

「あの……」

 なら、今はイリアネが一旦引くべきだ。
 そうすれば角は立たないし、ブルネッラだってプライドが守られる。
 
(後で合流すればいいだけだもの)

 イリアネはアリオスを見て、それからブルネッラを見た。
 すっかり周囲の視線を集めていることで気後れはしたものの、ぐずぐずしてはいられないと口を開きかけた瞬間、アリオスの方が僅かに早かった。

「いい加減にしてくれ。これ以上俺の婚約者を困らせるようであれば、正式に公爵家に対し苦情申し上げる。声をかけてくれるのは嬉しいが、度を過ぎれば迷惑だ」

「ア、アリオス様!」

「まあ! なんて失礼なのかしら! このわたくしが声をかけてあげているというのに……貴婦人に仕えるのは騎士の名誉なのよ!? 公爵家の姫であるわたくし相手に不満があるとでも言うの!?」

「当然です。俺には婚約者がいて、その婚約者を大事に想っている。俺が平民出身という身分のせいで、いろいろと考えすぎて彼女に迷惑をかけてしまいましたが……その分、これから挽回するところなのです。俺にとっての貴婦人は、彼女なのですから」

 あまりにも堂々と言い切るアリオスに、ブルネッラも呆気に取られた様子でぽかんとする。
 しかしすぐに気を取り直して顔を顰めると、イリアネを睨み付けて無言で踵を返した。

 周囲はアリオスの堂々とした発言に共感する者、呆れる者、それこそ反応は様々であったが――そんな周囲の目に、イリアネはその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだった。
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