14 / 20
14 冷淡姫は逃げ出したい
しおりを挟む
「ごきげんよう、アリオス様。ネグァイ公爵家のブルネッラですわ。先日もご挨拶させていただいたはずですけれど?」
「さようでしたか。不調法なもので高貴なご婦人のことを覚えられず申し訳ございません。何かご用でしょうか」
「ええ、よろしければわたくしのテーブルでお茶をご一緒いたしませんこと? 是非第二王子殿下の元での働きぶりや、将来についてご相談したくて」
「申し訳ございませんが、守秘義務がございますので。王家のあれこれを口にする浅慮な人間と思われては困ります」
「まあ! そんなつもりでは……ただわたくしは貴方と話をしてみたかっただけですのよ? ねえ、構わないでしょう? イリアネ様」
「え……」
「貴女、以前わたくしがアリオス様との縁を持つことを尋ねたら、いいって仰ったものね? よろしいでしょう?」
イリアネはそう言われて思わずアリオスを見た。
彼はブルネッラの方を無表情に見つめ、ゆっくりとイリアネの方を見る。
「お誘いは大変ありがたく思いますが、自分は婚約者との時間を過ごしたく思います。それでは」
(それでは、じゃないわ!?)
イリアネたちは自分たちのテーブルについているのだ。
一方的に話を打ち切るようにすることはあまりにも失礼だ。
勿論、ブルネッラのしていることもまた失礼ではあったが。
とはいえ、アリオスはきちんと挨拶に挨拶を返し、婚約者との時間を大事に……と言ったことからブルネッラが横から割って入ろうとしているのは誰の目にも明らかで、周囲の目がどちらに傾くかは明瞭だ。
ここで騒ぎ立てれば不利だと悟ったブルネッラは不快そうにイリアネを睨んだ。
その目は『お前が引け』と訴えているようで、イリアネとしてはとても居心地が悪い。
引かなければ公爵家から目をつけられて、冷淡姫の無礼な振る舞いだのなんだのとまたもや妙な噂が立てられる可能性があった。
(自分一人だけともかく……)
相手が公爵家では、家族に迷惑がかかるだけでは済まないかもしれない。
断ったアリオスだって何を言われるのか……それを思うとイリアネは不安になる。
貴族社会は身分がものを言う。
確かに資産も大事だが、公爵家は王家に近いのだから当然他の貴族家よりも立場が強い。
そこの末娘は大事に大事にされていると有名な話なのだ。
イリアネが不安に思うのは無理からぬことだった。
(でもアリオス様は……私との時間を望んでくれているのよね)
堂々と、そう言ってくれたことに心が浮き立つ。
たとえそれが義理だとしても嬉しいし――そうでなかったら、もっと嬉しいというだけだ。
「あの……」
なら、今はイリアネが一旦引くべきだ。
そうすれば角は立たないし、ブルネッラだってプライドが守られる。
(後で合流すればいいだけだもの)
イリアネはアリオスを見て、それからブルネッラを見た。
すっかり周囲の視線を集めていることで気後れはしたものの、ぐずぐずしてはいられないと口を開きかけた瞬間、アリオスの方が僅かに早かった。
「いい加減にしてくれ。これ以上俺の婚約者を困らせるようであれば、正式に公爵家に対し苦情申し上げる。声をかけてくれるのは嬉しいが、度を過ぎれば迷惑だ」
「ア、アリオス様!」
「まあ! なんて失礼なのかしら! このわたくしが声をかけてあげているというのに……貴婦人に仕えるのは騎士の名誉なのよ!? 公爵家の姫であるわたくし相手に不満があるとでも言うの!?」
「当然です。俺には婚約者がいて、その婚約者を大事に想っている。俺が平民出身という身分のせいで、いろいろと考えすぎて彼女に迷惑をかけてしまいましたが……その分、これから挽回するところなのです。俺にとっての貴婦人は、彼女なのですから」
あまりにも堂々と言い切るアリオスに、ブルネッラも呆気に取られた様子でぽかんとする。
しかしすぐに気を取り直して顔を顰めると、イリアネを睨み付けて無言で踵を返した。
周囲はアリオスの堂々とした発言に共感する者、呆れる者、それこそ反応は様々であったが――そんな周囲の目に、イリアネはその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだった。
「さようでしたか。不調法なもので高貴なご婦人のことを覚えられず申し訳ございません。何かご用でしょうか」
「ええ、よろしければわたくしのテーブルでお茶をご一緒いたしませんこと? 是非第二王子殿下の元での働きぶりや、将来についてご相談したくて」
「申し訳ございませんが、守秘義務がございますので。王家のあれこれを口にする浅慮な人間と思われては困ります」
「まあ! そんなつもりでは……ただわたくしは貴方と話をしてみたかっただけですのよ? ねえ、構わないでしょう? イリアネ様」
「え……」
「貴女、以前わたくしがアリオス様との縁を持つことを尋ねたら、いいって仰ったものね? よろしいでしょう?」
イリアネはそう言われて思わずアリオスを見た。
彼はブルネッラの方を無表情に見つめ、ゆっくりとイリアネの方を見る。
「お誘いは大変ありがたく思いますが、自分は婚約者との時間を過ごしたく思います。それでは」
(それでは、じゃないわ!?)
イリアネたちは自分たちのテーブルについているのだ。
一方的に話を打ち切るようにすることはあまりにも失礼だ。
勿論、ブルネッラのしていることもまた失礼ではあったが。
とはいえ、アリオスはきちんと挨拶に挨拶を返し、婚約者との時間を大事に……と言ったことからブルネッラが横から割って入ろうとしているのは誰の目にも明らかで、周囲の目がどちらに傾くかは明瞭だ。
ここで騒ぎ立てれば不利だと悟ったブルネッラは不快そうにイリアネを睨んだ。
その目は『お前が引け』と訴えているようで、イリアネとしてはとても居心地が悪い。
引かなければ公爵家から目をつけられて、冷淡姫の無礼な振る舞いだのなんだのとまたもや妙な噂が立てられる可能性があった。
(自分一人だけともかく……)
相手が公爵家では、家族に迷惑がかかるだけでは済まないかもしれない。
断ったアリオスだって何を言われるのか……それを思うとイリアネは不安になる。
貴族社会は身分がものを言う。
確かに資産も大事だが、公爵家は王家に近いのだから当然他の貴族家よりも立場が強い。
そこの末娘は大事に大事にされていると有名な話なのだ。
イリアネが不安に思うのは無理からぬことだった。
(でもアリオス様は……私との時間を望んでくれているのよね)
堂々と、そう言ってくれたことに心が浮き立つ。
たとえそれが義理だとしても嬉しいし――そうでなかったら、もっと嬉しいというだけだ。
「あの……」
なら、今はイリアネが一旦引くべきだ。
そうすれば角は立たないし、ブルネッラだってプライドが守られる。
(後で合流すればいいだけだもの)
イリアネはアリオスを見て、それからブルネッラを見た。
すっかり周囲の視線を集めていることで気後れはしたものの、ぐずぐずしてはいられないと口を開きかけた瞬間、アリオスの方が僅かに早かった。
「いい加減にしてくれ。これ以上俺の婚約者を困らせるようであれば、正式に公爵家に対し苦情申し上げる。声をかけてくれるのは嬉しいが、度を過ぎれば迷惑だ」
「ア、アリオス様!」
「まあ! なんて失礼なのかしら! このわたくしが声をかけてあげているというのに……貴婦人に仕えるのは騎士の名誉なのよ!? 公爵家の姫であるわたくし相手に不満があるとでも言うの!?」
「当然です。俺には婚約者がいて、その婚約者を大事に想っている。俺が平民出身という身分のせいで、いろいろと考えすぎて彼女に迷惑をかけてしまいましたが……その分、これから挽回するところなのです。俺にとっての貴婦人は、彼女なのですから」
あまりにも堂々と言い切るアリオスに、ブルネッラも呆気に取られた様子でぽかんとする。
しかしすぐに気を取り直して顔を顰めると、イリアネを睨み付けて無言で踵を返した。
周囲はアリオスの堂々とした発言に共感する者、呆れる者、それこそ反応は様々であったが――そんな周囲の目に、イリアネはその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだった。
164
あなたにおすすめの小説
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
私の完璧な婚約者
夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。
※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)
再構築って簡単に出来るもんですか
turarin
恋愛
子爵令嬢のキャリーは恋をした。伯爵次男のアーチャーに。
自分はモブだとずっと思っていた。モブって何?って思いながら。
茶色い髪の茶色い瞳、中肉中背。胸は少し大きかったけど、キラキラする令嬢令息の仲間には入れなかった。だから勉強は頑張った。両親の期待に応えて、わずかな領地でもしっかり治めて、それなりの婿を迎えて暮らそうと思っていた。
ところが、会ってしまった。アーチャーに。あっという間に好きになった。
そして奇跡的にアーチャーも。
結婚するまで9年かかった。でも幸せだった。子供にも恵まれた。
だけど、ある日知ってしまった。
アーチャーに恋人がいることを。
離婚はできなかった。子供のためにも、名誉の為にも。それどころではなかったから。
時が経ち、今、目の前の白髪交じりの彼は私に愛を囁く。それは確かに真実かもしれない。
でも私は忘れられない、許せない、あの痛みを、苦しみを。
このまま一緒にいられますか?
わたしの好きなひと(幼馴染)の好きなひと(わたしの姉)から惚れ薬を渡されたので、
やなぎ怜
恋愛
魔が差して好きなひと(幼馴染)に惚れ薬を盛ってしまった。
……風花(ふうか)は幼馴染の維月(いつき)が好きだが、彼の想い人は風花の姉・雪子(ゆきこ)だった。しかしあるとき雪子に惚れ薬を渡される風花。半信半疑ながら思い余って維月に惚れ薬を盛ったところ効果はてきめんで、風花は彼とキスをする。しかし維月の中にある己への愛情は偽りのものだと思うと、罪悪感で苦しくなってしまう。それでもズルズルと騙し続けていたが、風花自ら惚れ薬の効能を解く出来事が起こり――。
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる