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15 冷淡姫は目を瞠る
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結局、二人は早々にカフェを後にした。
例の公爵令嬢がその場を去ったとはいえ、周囲の目があって落ち着いて話をする雰囲気ではなくなってしまったからである。
チラチラと向けられる視線にイリアネが耐えられなかったのだ。
彼が来て早々に店を出たいとお願いするのは気が引けたが、今この状況で話をする気にはなれないと言えばアリオスも理解してくれた。
というよりも、彼は何より自分の責任であることを理解していたので否やを唱えるはずもなかった。
むしろ申し訳ないとばつが悪そうに謝罪の言葉を口にして、連れだって店を出る。
そうして二人は町中を歩き始めたものの、今日ばかりは気まずい沈黙が二人の間に立ちはだかった。
いつもだったら苦にならない沈黙が、酷く重いもののように感じて息が詰まりそうだとイリアネは思った。
(でもこうしていても仕方がないわよね……どこか、落ち着けるところで話をしないと)
イリアネが意を決してアリオスを見れば、彼もまたそれを察したかのようにイリアネを見ていた。
いや、実際にはただ彼はずっとイリアネの様子を気にして見つめていただけだ。
ただ、それを指摘する人はここにはいない。
「……すまなかった。その、ゆっくり話がしたくて誘ったんだ。あそこのカフェは人気だと聞いていたから、少しはイリアネも楽しめるかと思って……」
「……アリオス様」
そんな風に気を使われていたとは思わず、イリアネは思わず瞬きをした。
これまでは茶会と称してイリアネの家で会うことが多かった二人だが、お互いにあまり口数が多い方ではなかったために不満などなかった。
そもそもイリアネは本人の知らないところで悪評が一人歩きしてしまい、それを正しきれる状況になかったこともあって外に出るのが億劫だった。
そして婚約者となったアリオスは、別にどこで彼女と顔を合わせようが気にすることもなかった。
何故なら、当時の彼が必要としていたのは、養親を安心させられる婚約者だったから。
両家の、貴族のご令嬢ときちんとお付き合いしていけるのであれば、場所などどうでもよかったのだ。
とはいえ、言い訳をしてもいいのであれば――誰でも良かったわけではない。
本当に無理だとわかれば双方納得の上であればこの国では離婚することも許されているが、できればそんなことにならないのが一番である。
互いを尊重し合い、助け合って夫婦になっていければいい。
それがアリオスにとっての条件であった。
幸いにもアリオスは、イリアネと出会うことができた。
悪評なんてどこから出たんだと彼が疑問に思うような、そんな彼女に。
「……前に言っていただろう? いつも家にいてばかりだから、たまにはカフェも行ってみたいって……」
「覚えていてくださったんですか?」
イリアネもそんなことを言ったな程度の記憶だ。
ただの、世間話の一つだった。
悪評のせいで自宅に籠もりがちなイリアネのために、フォルトゥナ家の料理人たちは腕をふるってくれた。
おかげでカフェまで足を運ばなくても、十分に楽しめていたし、不自由さを感じたことはない。
しかしイリアネもうら若き乙女だ、流行のカフェや舞台があれば行ってみたいと思う多感さを持っていた。
それでも人の目を気にして、結局動かなかったのだけれども。
アリオスに話した、他愛もない世間話の一つ。
それを、彼が真剣に捉えていたのかとイリアネは驚きを隠せなかった。
「……ええと、その、イリアネ」
「は、はい」
「この先に公園があるからそこに行こうと思うんだ。……それで、その、このまま話しながら歩いても、いいか?」
「はい」
先程よりはゆっくりと、きちんとエスコートされた状態で町を歩く。
特に目的も定めず歩くのは貴族令嬢としてはあまりない経験で、イリアネは物珍しさからちらちらと視線を彷徨わせる。
目的地がはっきりしたことも、彼女を安心させたのかもしれない。
それもあって少し気が楽になったのか、アリオスが口を開く。
「……今はきちんと俺が貴女のことを好きだと思って、婚姻したいというのを前提に聞いて欲しい」
こっちを見なくていいから。
そう囁き声のような小さな声に、イリアネは思わず視線をアリオスに向けてからパッと逸らした。
彼の顔が、赤く染まっているのを見て――イリアネも、また顔が熱くなるような気がした。
例の公爵令嬢がその場を去ったとはいえ、周囲の目があって落ち着いて話をする雰囲気ではなくなってしまったからである。
チラチラと向けられる視線にイリアネが耐えられなかったのだ。
彼が来て早々に店を出たいとお願いするのは気が引けたが、今この状況で話をする気にはなれないと言えばアリオスも理解してくれた。
というよりも、彼は何より自分の責任であることを理解していたので否やを唱えるはずもなかった。
むしろ申し訳ないとばつが悪そうに謝罪の言葉を口にして、連れだって店を出る。
そうして二人は町中を歩き始めたものの、今日ばかりは気まずい沈黙が二人の間に立ちはだかった。
いつもだったら苦にならない沈黙が、酷く重いもののように感じて息が詰まりそうだとイリアネは思った。
(でもこうしていても仕方がないわよね……どこか、落ち着けるところで話をしないと)
イリアネが意を決してアリオスを見れば、彼もまたそれを察したかのようにイリアネを見ていた。
いや、実際にはただ彼はずっとイリアネの様子を気にして見つめていただけだ。
ただ、それを指摘する人はここにはいない。
「……すまなかった。その、ゆっくり話がしたくて誘ったんだ。あそこのカフェは人気だと聞いていたから、少しはイリアネも楽しめるかと思って……」
「……アリオス様」
そんな風に気を使われていたとは思わず、イリアネは思わず瞬きをした。
これまでは茶会と称してイリアネの家で会うことが多かった二人だが、お互いにあまり口数が多い方ではなかったために不満などなかった。
そもそもイリアネは本人の知らないところで悪評が一人歩きしてしまい、それを正しきれる状況になかったこともあって外に出るのが億劫だった。
そして婚約者となったアリオスは、別にどこで彼女と顔を合わせようが気にすることもなかった。
何故なら、当時の彼が必要としていたのは、養親を安心させられる婚約者だったから。
両家の、貴族のご令嬢ときちんとお付き合いしていけるのであれば、場所などどうでもよかったのだ。
とはいえ、言い訳をしてもいいのであれば――誰でも良かったわけではない。
本当に無理だとわかれば双方納得の上であればこの国では離婚することも許されているが、できればそんなことにならないのが一番である。
互いを尊重し合い、助け合って夫婦になっていければいい。
それがアリオスにとっての条件であった。
幸いにもアリオスは、イリアネと出会うことができた。
悪評なんてどこから出たんだと彼が疑問に思うような、そんな彼女に。
「……前に言っていただろう? いつも家にいてばかりだから、たまにはカフェも行ってみたいって……」
「覚えていてくださったんですか?」
イリアネもそんなことを言ったな程度の記憶だ。
ただの、世間話の一つだった。
悪評のせいで自宅に籠もりがちなイリアネのために、フォルトゥナ家の料理人たちは腕をふるってくれた。
おかげでカフェまで足を運ばなくても、十分に楽しめていたし、不自由さを感じたことはない。
しかしイリアネもうら若き乙女だ、流行のカフェや舞台があれば行ってみたいと思う多感さを持っていた。
それでも人の目を気にして、結局動かなかったのだけれども。
アリオスに話した、他愛もない世間話の一つ。
それを、彼が真剣に捉えていたのかとイリアネは驚きを隠せなかった。
「……ええと、その、イリアネ」
「は、はい」
「この先に公園があるからそこに行こうと思うんだ。……それで、その、このまま話しながら歩いても、いいか?」
「はい」
先程よりはゆっくりと、きちんとエスコートされた状態で町を歩く。
特に目的も定めず歩くのは貴族令嬢としてはあまりない経験で、イリアネは物珍しさからちらちらと視線を彷徨わせる。
目的地がはっきりしたことも、彼女を安心させたのかもしれない。
それもあって少し気が楽になったのか、アリオスが口を開く。
「……今はきちんと俺が貴女のことを好きだと思って、婚姻したいというのを前提に聞いて欲しい」
こっちを見なくていいから。
そう囁き声のような小さな声に、イリアネは思わず視線をアリオスに向けてからパッと逸らした。
彼の顔が、赤く染まっているのを見て――イリアネも、また顔が熱くなるような気がした。
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