対ソ戦、準備せよ!

湖灯

文字の大きさ
4 / 60
★TOKYO 1940★

【JISとJES】

しおりを挟む
「柳生さん!」

 戸の前に立っていたのは愛知へ行っていた柳生さんだった。

「えっ⁉」

 私を追って廊下を走って来た薫さんが、すぐ後ろで驚く声を上げて止まる。



「ただいま。仲良くやっているようだな」

 柳生さんが私たち2人の姿を見て、そう言った。

 私は浴衣を着ていたが、薫さんは夏用の部屋着として最近よく着ているショートパンツにタンクトップといういで立ちで、タンクトップの短い丈からのぞいている細い胴回りに豊かな胸とお尻が強調され、細身の割には健康的な太ももが露わになっていた。

 柳生さんの言葉に薫さんは「きゃっ!」と、小さな悲鳴を上げて今走ってきた廊下を慌てて引き返し、着替えに行った。



 夕食後に私たちは柳生さんになにをしていて、どのような成果があったのか聞いた。

 それについて柳生さんの答えは、私が想像していたものとは大きく異なるものだった。

 まず中島航空機でしていたことは、中島が制作した航空機用エンジンと保有する海外製を含めた全てのエンジンの分解と組み立て。



「全てですか⁉」

 てっきり1942年(昭和17年)に開発終了した2000馬力級航空機用エンジン「ハ45(誉)」の開発を急いでいるとばかり思っていたので驚いた。

 私の驚いた顔を察した柳生さんが言った。

「もちろんハ45の開発も急務だが、その前にやるべきことをちゃんとやっておかないと話にはならん」と。



「やるべきこと?」



「我々の未来の世界ではJIS(日本産業規格 Japanese Industrial Standards)と言う物があって、国内で使用される製品にはこの規格に沿った部品が使用される」

「それは今のJES(日本標準規格 Japanese Engineering Standards)と同じなのでは?」

 私の言葉に、柳生さんは全然違うと相手にもしなかった。



 理由はJESとJIS規格の対象数の違い。

 JESの対象は現在500件にも満たないが、JISの対象は1万件を超える。

 しかも戦時生産体制に入るとJESには、生産効率を上げるために品質要求を下げた臨JES(臨時日本標準規格)と言う規格の異なるものが現れる。

 もともとのJES自体の対象部品が少ない上に、規格の緩い臨JESが現れた事で組み立てや修理の現場が混乱することは目に見えている。

 たとえば工業部品として一番数が使われるネジ類の場合、ほんの少しでも規格が合わないだけでオスネジとメスネジは合わなくなり、ネジが締まらなかったり逆に緩みやすくなったり、無理に締めるとネジ山が飛んで強度を保てないようになってしまう事もある。



 困るのは部品だけでなく、部品と工具の相性もある。

 ドライバーとビスの溝、六角ねじの頭とレンチの幅、それらがほんの少し違うだけで工具は使えなかったり、仮に使えてもネジの溝や頭を壊してしまったりする恐れが出て来る。



「いくら工場で部品の管理を行い問題なく組み立てられた物でも、他所に出てしまうと部品も工具もあてにならないということですね」

「そう。だから工場では要求値通りの性能が発揮できても、現地では要求値どころか整備すればするほど稼働できなくなるエンジンが増えていくと言う不思議な現象が起き、終いには “共食い” と言って調子のいい機体を飛ばすために調子の悪い機体から部品を取って整備をする事になるんだ」



 そのために柳生さんは愛知県にエンジンメーカーの担当者を集めて、JESで未だ統一されていない規格の部品を一つの統一した規格に合わせるために尽力していたのだ。

 特にこれは戦地での稼働率向上には欠かせない。

 前史で私が実際に赴いたサイパンで航空整備兵に一番重宝されていたのは、柳生さんが

“共食い” と言ったように損傷して使えなくなった機体だ。

 本国から送られてきたネジなどの備品には使えないものもあったが、同じ機体から外した部品はたいてい使えた。



「ところで2000馬力級エンジンの目処はたったのですか?」

 私の質問に柳生さんは、自分の力では難しいと答えた。

 彼の居た未来では驚くほど大きな旅客機が大空を飛び交い、その航続距離は最大のもので東京からアメリカのニューヨークまで無給油で飛ぶらしいので膨大な燃料を搭載しているのだろう。

 しかも巡航速度900㎞/hで乗員乗客400人という、船舶並みの輸送能力を持ったうえで。



 プロペラで動くレシプロ機のエンジンはプロペラ軸の出力を測定して馬力で表すことができるが、そのプロペラのないジェットエンジンでは出力は推力で表される。

 推力は速度と密接な関係があり、なおかつ力ではないので一概に馬力に換算した値が正しいのかは疑問があるが、未来の戦闘機には20万馬力のジェットエンジンを2基搭載するものが多く、大型の旅客機には30万馬力のエンジンが2基搭載されているものもあるらしい。

 しかも宇宙に飛び出すロケットには、ロケットエンジンという物が使われていて、大気圏を飛び出すために必要な推力を得るために60万馬力のロケットエンジンを5基も装着しているそうだ。



 その未来から来た科学者である柳生さんが、なぜレシプロエンジンの開発に戸惑うのか知りたくて聞いてみると、全くノウハウがないからだと答えた。

 たしかに未来にはジェットエンジンがあるのだから、いまさらレシプロエンジンの高性能化を求める意味はないだろうから開発するノウハウもなくて当たり前。

 私たちは決して未来の人より劣っているわけではない。

 未来から来たと言っても、出来ることと出来ないことがあることが新鮮で嬉しかった。

 そしてそのことを正直に話してくれる柳生さんを頼もしく感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

九九式双発艦上攻撃機

ypaaaaaaa
歴史・時代
欧米列強に比べて生産量に劣る日本にとって、爆撃機と雷撃機の統合は至上命題であった。だが、これを実現するためにはエンジンの馬力が足らない。そこで海軍航空技術廠は”双発の”艦上攻撃機の開発を開始。これをものにしして、日本海軍は太平洋に荒波を疾走していく。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

断罪済み悪役令嬢に憑依したけど、ネトゲの自キャラ能力が使えたので逃げ出しました

八華
ファンタジー
断罪済みの牢の中で悪役令嬢と意識が融合してしまった主人公。 乙女ゲームストーリー上、待っているのは破滅のみ。 でも、なぜか地球でやっていたオンラインゲームキャラの能力が使えるみたいで……。 ゲームキャラチートを利用して、あっさり脱獄成功。 王都の街で色んな人と出会いながら、現実世界への帰還を目指します!

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...