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★TOKYO 1940★
【JISとJES】
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「柳生さん!」
戸の前に立っていたのは愛知へ行っていた柳生さんだった。
「えっ⁉」
私を追って廊下を走って来た薫さんが、すぐ後ろで驚く声を上げて止まる。
「ただいま。仲良くやっているようだな」
柳生さんが私たち2人の姿を見て、そう言った。
私は浴衣を着ていたが、薫さんは夏用の部屋着として最近よく着ているショートパンツにタンクトップといういで立ちで、タンクトップの短い丈からのぞいている細い胴回りに豊かな胸とお尻が強調され、細身の割には健康的な太ももが露わになっていた。
柳生さんの言葉に薫さんは「きゃっ!」と、小さな悲鳴を上げて今走ってきた廊下を慌てて引き返し、着替えに行った。
夕食後に私たちは柳生さんになにをしていて、どのような成果があったのか聞いた。
それについて柳生さんの答えは、私が想像していたものとは大きく異なるものだった。
まず中島航空機でしていたことは、中島が制作した航空機用エンジンと保有する海外製を含めた全てのエンジンの分解と組み立て。
「全てですか⁉」
てっきり1942年(昭和17年)に開発終了した2000馬力級航空機用エンジン「ハ45(誉)」の開発を急いでいるとばかり思っていたので驚いた。
私の驚いた顔を察した柳生さんが言った。
「もちろんハ45の開発も急務だが、その前にやるべきことをちゃんとやっておかないと話にはならん」と。
「やるべきこと?」
「我々の未来の世界ではJIS(日本産業規格 Japanese Industrial Standards)と言う物があって、国内で使用される製品にはこの規格に沿った部品が使用される」
「それは今のJES(日本標準規格 Japanese Engineering Standards)と同じなのでは?」
私の言葉に、柳生さんは全然違うと相手にもしなかった。
理由はJESとJIS規格の対象数の違い。
JESの対象は現在500件にも満たないが、JISの対象は1万件を超える。
しかも戦時生産体制に入るとJESには、生産効率を上げるために品質要求を下げた臨JES(臨時日本標準規格)と言う規格の異なるものが現れる。
もともとのJES自体の対象部品が少ない上に、規格の緩い臨JESが現れた事で組み立てや修理の現場が混乱することは目に見えている。
たとえば工業部品として一番数が使われるネジ類の場合、ほんの少しでも規格が合わないだけでオスネジとメスネジは合わなくなり、ネジが締まらなかったり逆に緩みやすくなったり、無理に締めるとネジ山が飛んで強度を保てないようになってしまう事もある。
困るのは部品だけでなく、部品と工具の相性もある。
ドライバーとビスの溝、六角ねじの頭とレンチの幅、それらがほんの少し違うだけで工具は使えなかったり、仮に使えてもネジの溝や頭を壊してしまったりする恐れが出て来る。
「いくら工場で部品の管理を行い問題なく組み立てられた物でも、他所に出てしまうと部品も工具もあてにならないということですね」
「そう。だから工場では要求値通りの性能が発揮できても、現地では要求値どころか整備すればするほど稼働できなくなるエンジンが増えていくと言う不思議な現象が起き、終いには “共食い” と言って調子のいい機体を飛ばすために調子の悪い機体から部品を取って整備をする事になるんだ」
そのために柳生さんは愛知県にエンジンメーカーの担当者を集めて、JESで未だ統一されていない規格の部品を一つの統一した規格に合わせるために尽力していたのだ。
特にこれは戦地での稼働率向上には欠かせない。
前史で私が実際に赴いたサイパンで航空整備兵に一番重宝されていたのは、柳生さんが
“共食い” と言ったように損傷して使えなくなった機体だ。
本国から送られてきたネジなどの備品には使えないものもあったが、同じ機体から外した部品はたいてい使えた。
「ところで2000馬力級エンジンの目処はたったのですか?」
私の質問に柳生さんは、自分の力では難しいと答えた。
彼の居た未来では驚くほど大きな旅客機が大空を飛び交い、その航続距離は最大のもので東京からアメリカのニューヨークまで無給油で飛ぶらしいので膨大な燃料を搭載しているのだろう。
しかも巡航速度900㎞/hで乗員乗客400人という、船舶並みの輸送能力を持ったうえで。
プロペラで動くレシプロ機のエンジンはプロペラ軸の出力を測定して馬力で表すことができるが、そのプロペラのないジェットエンジンでは出力は推力で表される。
推力は速度と密接な関係があり、なおかつ力ではないので一概に馬力に換算した値が正しいのかは疑問があるが、未来の戦闘機には20万馬力のジェットエンジンを2基搭載するものが多く、大型の旅客機には30万馬力のエンジンが2基搭載されているものもあるらしい。
しかも宇宙に飛び出すロケットには、ロケットエンジンという物が使われていて、大気圏を飛び出すために必要な推力を得るために60万馬力のロケットエンジンを5基も装着しているそうだ。
その未来から来た科学者である柳生さんが、なぜレシプロエンジンの開発に戸惑うのか知りたくて聞いてみると、全くノウハウがないからだと答えた。
たしかに未来にはジェットエンジンがあるのだから、いまさらレシプロエンジンの高性能化を求める意味はないだろうから開発するノウハウもなくて当たり前。
私たちは決して未来の人より劣っているわけではない。
未来から来たと言っても、出来ることと出来ないことがあることが新鮮で嬉しかった。
そしてそのことを正直に話してくれる柳生さんを頼もしく感じた。
戸の前に立っていたのは愛知へ行っていた柳生さんだった。
「えっ⁉」
私を追って廊下を走って来た薫さんが、すぐ後ろで驚く声を上げて止まる。
「ただいま。仲良くやっているようだな」
柳生さんが私たち2人の姿を見て、そう言った。
私は浴衣を着ていたが、薫さんは夏用の部屋着として最近よく着ているショートパンツにタンクトップといういで立ちで、タンクトップの短い丈からのぞいている細い胴回りに豊かな胸とお尻が強調され、細身の割には健康的な太ももが露わになっていた。
柳生さんの言葉に薫さんは「きゃっ!」と、小さな悲鳴を上げて今走ってきた廊下を慌てて引き返し、着替えに行った。
夕食後に私たちは柳生さんになにをしていて、どのような成果があったのか聞いた。
それについて柳生さんの答えは、私が想像していたものとは大きく異なるものだった。
まず中島航空機でしていたことは、中島が制作した航空機用エンジンと保有する海外製を含めた全てのエンジンの分解と組み立て。
「全てですか⁉」
てっきり1942年(昭和17年)に開発終了した2000馬力級航空機用エンジン「ハ45(誉)」の開発を急いでいるとばかり思っていたので驚いた。
私の驚いた顔を察した柳生さんが言った。
「もちろんハ45の開発も急務だが、その前にやるべきことをちゃんとやっておかないと話にはならん」と。
「やるべきこと?」
「我々の未来の世界ではJIS(日本産業規格 Japanese Industrial Standards)と言う物があって、国内で使用される製品にはこの規格に沿った部品が使用される」
「それは今のJES(日本標準規格 Japanese Engineering Standards)と同じなのでは?」
私の言葉に、柳生さんは全然違うと相手にもしなかった。
理由はJESとJIS規格の対象数の違い。
JESの対象は現在500件にも満たないが、JISの対象は1万件を超える。
しかも戦時生産体制に入るとJESには、生産効率を上げるために品質要求を下げた臨JES(臨時日本標準規格)と言う規格の異なるものが現れる。
もともとのJES自体の対象部品が少ない上に、規格の緩い臨JESが現れた事で組み立てや修理の現場が混乱することは目に見えている。
たとえば工業部品として一番数が使われるネジ類の場合、ほんの少しでも規格が合わないだけでオスネジとメスネジは合わなくなり、ネジが締まらなかったり逆に緩みやすくなったり、無理に締めるとネジ山が飛んで強度を保てないようになってしまう事もある。
困るのは部品だけでなく、部品と工具の相性もある。
ドライバーとビスの溝、六角ねじの頭とレンチの幅、それらがほんの少し違うだけで工具は使えなかったり、仮に使えてもネジの溝や頭を壊してしまったりする恐れが出て来る。
「いくら工場で部品の管理を行い問題なく組み立てられた物でも、他所に出てしまうと部品も工具もあてにならないということですね」
「そう。だから工場では要求値通りの性能が発揮できても、現地では要求値どころか整備すればするほど稼働できなくなるエンジンが増えていくと言う不思議な現象が起き、終いには “共食い” と言って調子のいい機体を飛ばすために調子の悪い機体から部品を取って整備をする事になるんだ」
そのために柳生さんは愛知県にエンジンメーカーの担当者を集めて、JESで未だ統一されていない規格の部品を一つの統一した規格に合わせるために尽力していたのだ。
特にこれは戦地での稼働率向上には欠かせない。
前史で私が実際に赴いたサイパンで航空整備兵に一番重宝されていたのは、柳生さんが
“共食い” と言ったように損傷して使えなくなった機体だ。
本国から送られてきたネジなどの備品には使えないものもあったが、同じ機体から外した部品はたいてい使えた。
「ところで2000馬力級エンジンの目処はたったのですか?」
私の質問に柳生さんは、自分の力では難しいと答えた。
彼の居た未来では驚くほど大きな旅客機が大空を飛び交い、その航続距離は最大のもので東京からアメリカのニューヨークまで無給油で飛ぶらしいので膨大な燃料を搭載しているのだろう。
しかも巡航速度900㎞/hで乗員乗客400人という、船舶並みの輸送能力を持ったうえで。
プロペラで動くレシプロ機のエンジンはプロペラ軸の出力を測定して馬力で表すことができるが、そのプロペラのないジェットエンジンでは出力は推力で表される。
推力は速度と密接な関係があり、なおかつ力ではないので一概に馬力に換算した値が正しいのかは疑問があるが、未来の戦闘機には20万馬力のジェットエンジンを2基搭載するものが多く、大型の旅客機には30万馬力のエンジンが2基搭載されているものもあるらしい。
しかも宇宙に飛び出すロケットには、ロケットエンジンという物が使われていて、大気圏を飛び出すために必要な推力を得るために60万馬力のロケットエンジンを5基も装着しているそうだ。
その未来から来た科学者である柳生さんが、なぜレシプロエンジンの開発に戸惑うのか知りたくて聞いてみると、全くノウハウがないからだと答えた。
たしかに未来にはジェットエンジンがあるのだから、いまさらレシプロエンジンの高性能化を求める意味はないだろうから開発するノウハウもなくて当たり前。
私たちは決して未来の人より劣っているわけではない。
未来から来たと言っても、出来ることと出来ないことがあることが新鮮で嬉しかった。
そしてそのことを正直に話してくれる柳生さんを頼もしく感じた。
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