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★第2次ノモンハン事件★
【第23師団の撤退の罠】
しおりを挟む<九七式中戦車 チハ>
<16日PM18:第23師団佐藤大佐、宿営地から撤退>
宿営地を捨てて逃げ出した第23師団は、対戦車専用に作った土塁の凸部に張り付き戦況を伺っていた。
この土塁は凸部が狭いうえ、最上部はコンクリートで固めてあるので戦車が先端部に留まり有利な位置で射撃を行うことは出来ない。
逆に登って来る戦車はその先端部で装甲の弱い車体下面部をさらけ出し、土塁を越えて下るとき今度はまた装甲の弱い車体上部を曝け出す事になる。
そして降りきった所にも罠を仕掛けてある。
その様な土塁を自軍の戦車や車両を通すわけにはいかないので、土塁の何カ所かにはトンネルを通してあり、宿営地を捨てて来た我が師団もそこを通って避難してきた。
今はトンネルごとにチハ(九七式中戦車)を配置し、応戦させている。
土塁の先端部で様子を伺っていた佐藤大佐は、さっきまで自分たちがいた宿営地に敵の部隊が突入しているのを双眼鏡越しに見ていた。
だがその眼には悔しさはなく、冷静な観察者のように敵の動きを見ていた。
敵は占領した宿営地を一通り蹂躪じゅうりんしたあと、野砲などを設置して自分たちの陣地として兵たちを集め、通信施設を整え前線基地として活用し始める。
敵の戦車はその間、基地を守るために一時的に進軍を停止していた。
楽に日本軍の師団基地を占領することに成功したソビエト兵たちに笑みがこぼれ、もう戦闘は終わったかのようにガソリンの補充をする戦車が何台もいた。
通信施設の設置が終わったのか、あるいは前線司令官が入ったのかは分からないが、元宿営地にソビエト連邦の赤い旗が上がった。
「よし、そろそろいいだろう!」
第23師団長の佐藤大佐が合図を出し、副官が大声で「爆破用意!」と叫ぶ。
各担当者から準備が整った事を、伝令が知らせに来た。
佐藤の右手が高く上がり「爆破‼」の号令と共に、上げた手が振り下ろされる。
すると向こうに見える宿営地から、次々に爆発の炎が上がった。
<16日PM19:30:罠に掛かり混乱するソビエト軍部隊>
「タイヒ(退避)‼ ニホン軍のワナだ! 全員タイヒ‼」
基地のあちこちでホイッスルが鳴る。
爆発で崩れた宿舎の下敷きになって助けを呼ぶ者。
火のついた衣服を着たまま、地面を転げまわる者。
炎の中から逃げ出すために動き出した戦車にひかれる者。
火薬や燃料を積んだトラックが慌てて逃げ出そうとするが、あまり長く走れず次々に爆発してゆく。
炎の上がった戦車から、火だるまになった搭乗員がハッチを開けて外に出るが、戦車から降りる前に力尽きて燃え落ちて行く。
燃え上がる炎と、阿鼻叫喚の叫び声が、さっきまで23師団の居た宿営地に渦巻く。
司令官を探す将校たち。
だがその司令官が居るはずの司令部も容赦なく真っ赤な炎に包まれ、さっき掲揚したばかりのソビエト連邦の赤い国旗が、同じ色の炎に包まれて燃えて灰をばらまきながら夜の闇の中に消えてゆき最後は火のついたロープだけがバタリと地面に投げ出された。
日本軍第23師団は、かねてからこのような戦闘に備え宿営地内に爆弾を仕掛けていたのだ。
<PM20 :第23師団、土塁防衛線>
敵部隊に大きなダメージを与えることに成功した第23師団だったが、怒涛のような人と戦車で押し寄せて来るソビエト軍は彼らに束の間の勝利を喜ぶ暇も与えなかった。
後から来た部隊が、火だるまの味方の兵たちを助けることもせず、戦車を先頭に土塁を目指して突っ込んで来る。
所々にあるトンネルから応戦していたがチハでは慌てて動き回る敵戦車になかなか有効打を与えるには至らず、敵戦車に便乗している歩兵を蹴散らすのが精一杯だったので早々にトンネルを爆破して閉じた。
トンネルが日本軍の手によって潰されたことなど気にも留めずに、敵戦車は次々に土塁を上り始めた。
急斜面に速度の落ちた戦車に、歩兵たちが追い付く。
戦車が土塁の頂上に上がり誇らしげに、その腹を見せた時を狙い我が軍の九四式37㎜砲と47㎜速射砲が一斉に火を噴く。
腹に命中弾を食らった敵戦車は、あっという間に炎に包まれたあと搭載している砲弾が誘爆して大きな爆炎を上げ、ついてきていた歩兵を道連れにしてその最後を終えた。
土塁の頂上で砲弾を食らわなかった戦車たちも、急な下り坂で今度は車体上部を見せたところを狙われ尻に火がついて戦車を止めた。
慌てて車外に出て飛び降りる戦車兵たちの中には、既に衣服に火のついた奴らも居た。
だが衣服が燃える燃えないは彼らの生死には関係なく、そのあと直ぐに訪れる爆発により彼らの肢体は粉々に分解され飛散することになった。
これらの攻撃で敵の約2割から3割の戦車にダメージを与えることに成功したが、100台規模の敵戦車隊はまだまだ抗戦能力に余力を残している。
「ウラー‼」と叫びながら土塁の斜面を駆け降りる歩兵と共に、戦車もまた斜面を駆け下りる。
だが彼らの前進もココまで。
何故なら斜面の下は、巧妙に落とし穴に偽装されている4mの深い溝が待っていた。
戦車は歩兵たちと共に、その穴に頭から突っ込んでしまい、歩兵たちも同じ様に穴に落ちた。
落ちた戦車はことごとく行動不能に陥り、歩兵たちの方は溝の底に敷き詰めた竹槍に刺されるもの、また運よく竹槍に刺されなくとも勢いよく深さ4メートルの溝に飛び込んだのだから骨折や捻挫は免れないだろう。
そして更に彼らに追い打ちをかけるように、九七式軽迫撃砲の放つ榴弾の雨が降り注ぐ。
狙いは確実。
なにしろ、この日のために日々訓練をしてきたのだから。
落ちた歩兵たちのうち動けるものは、同じく落ちた戦車越しに斜面を登るか、もしくは戦車の下に隠れて時を待つことになるだろう。
斜面を登る敵兵は次々に我が方の重機関銃に倒れ、坂を転がるように降りてまた溝の落とし穴に戻る。
戦車の下に隠れて味方の助けが来るのを待っていた敵兵たちも、榴弾に撃ち抜かれて発火したガソリンによる火災や、それによる戦車の爆発により命の時は長く保つこともなく終わってゆく。
一時の膠着状態が続いたが、それも長くは続かない。
なにしろ、この土塁は万里の長城ほど長くはないから、敵は必ず迂回してやって来る。
ここまでの敵の攻撃は想定内で、準備も万端だったので敵に大損害を与え我が方は軽微な損害で済んでいたが、ここからは乱戦となる。
さて、我々はいつまで時を稼ぐことが出来るか。
もう空は薄っすらと白み始めていた。
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