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11.七不思議編
52才媛サイエンス ③
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***
学習内容は三回復習すると八割がた定着する、とは心理学者の談だが、確かに時間がループして同じ単元を何度も学習してきた雷奈達の理解度は、一年目よりかなり増しているといえた。
それは、実は記憶が曖昧になる他の級友達も同じだった。記憶がなくなるわけではないので、知識としては蓄積されているのだ。そのため、授業内容に関しては「初見にしてはすぐ飲み込める。でもなぜかはよくわからない。けど、まあいっか」という状態だった。
だが、それもここまでだ。関係者の意思決定により、雷奈たちにとっても初見の内容が組み込まれたことで、彼女らの宿題の進捗は予想よりも少しだけ遅れを生じ、当然その矛先は関連部署に向いた。
「くっそー、高校範囲が侵入してきたせいでとんとん拍子にはいかなかった……。私立のカリキュラムとはいえ、国のを基準にしてるんだもんな。文科省め、何してくれとんじゃい」
「でも、ほとんどは今までと同じ範囲なんだから、文句言わないの」
「ちぇー」
そんな事情で、複数教科の宿題を抱えていたこともあり、雷奈達が時計を見上げた時には、五時まであと十分もなかった。
昇降口からグラウンドに降りる短い階段に座ってペンを動かしていた雷奈達は、各々の問題集を鞄にしまい込む。ちょうど荷物がまとまったところで、才媛ズがやってきた。
「おつかれー。宿題は捗った?」
「うん、終わったったい。そっちも完成したみたいやね?」
由実と美由が二人で抱えている空気砲を興味深そうに眺めながら、雷奈も「おつかれ」と彼女らを労った。
今日、雷奈達が運んできた段ボールだけでは作り上げられないサイズだ。一箱分の段ボールの一番大きな面をつなぎ合わせて作ったと思しきそれを完成させるには、六箱分を必要としたと推測される。
「実際に煙焚いて撃ってみたけど、問題なさそうだから、完璧だよ」
「あとはこれを理科室に運び込むだけ!」
言って、二人はニコニコと雷奈達を見つめる。つまり、「あとは頼む」と言っているのだ。
「いいのか? 私ら完全に部外者だろ?」
「いいの! もし何か言われたら、サイエンス才媛ズから頼まれたって言っといて!」
「よかとか、その名称で。明日、朝季に説教されるったい?」
「いいのーっ!」
意地を張る子供のような言い草とともに、由実はポケットから取り出した理科室の鍵を雷奈に押し付ける。
「下足ホールを抜けて左に進むと、左手に階段が見えるから、そこを上がって三階。扉は前と後ろの二箇所あるけど、どっちの南京錠もその鍵で開くから」
教室前まで来る気もないらしい。とりあえず了解の意を示すと、鍵を持った雷奈を先頭に、氷架璃と芽華実が空気砲を抱えて進むことにした。
放課後も深いからか、下足ホールにも、その先の中庭を囲む吹き抜けの廊下にも、生徒の姿は見えなかった。だが、前方右手に見える体育館からは、活気ある声とリノリウムの床を打つリズミカルな音が聞こえてくる。バスケットボール部のようだ。
教員と鉢合わせたらどうしようかとドキドキしながら、言われた通り階段を上り、三階へ。幸い誰にも会うことなく、「理科室」と書かれたプラカードを見つけた。
「ドアの鍵が南京錠っていうのが新鮮ったいね」
「皇は普通に扉に鍵穴がついてるもんな」
「そ、それより、大丈夫かしら……」
芽華実が緊張に唇を噛み締めながら言う。
「何だよ、怖いのか、芽華実」
「そりゃ、怖いわよ。本当に聞こえちゃったら……」
「考えてみるったい。私たち、極寒の孤島で世界滅ぼした化け猫と対峙しとったとよ。そっちの方が怖くなか?」
「確かに。目の前で芽華実が首絞められてた時の恐怖ったらないな」
「それに、冥界につながるって、どんな大規模な時空震っちゃか」
「うはは、言えてる」
非日常を経験しすぎて、並の怪談にはびくともしなくなってしまった雷奈と氷架璃。一方で、芽華実は「それとこれとは別よ……」とか細い声を出していた。
「何はともあれ、これば置いていかんと。開けるったい」
由美が職員室から借りてきたものを又借りした形になる鍵を、引き戸についている南京錠の鍵穴に差し込む。無造作に回すと、安物っぽい感触と共に錠が外れた。
カラカラ、と扉を開けると、水道シンクのついた黒机に上下する黒板と、理科室らしい理科室がお出迎えだ。電灯がついていない上、窓も真っ黒なカーテンに覆われていて、中は極めて暗い。
「やっぱり何も聞こえないじゃん。雷奈、とりあえず電気つけ……」
氷架璃は壁のスイッチをあごで指しながら雷奈を振り返った。が、言い終わる前に言葉を切った。出入り口から入る光で逆光気味の雷奈の顔を、しばらく黙って見つめ続けてから、顔をひきつらせて呟く。
「……え、マジ?」
「ひ、氷架璃ぃ」
見れば、芽華実が今にも逃げ出しそうに震えている。氷架璃は「マジか」と再度呟いた。
「私って霊感ないんだな」
「や、やめてよっ。私は霊感あるみたいじゃない!」
「いやごめん、冗談。……でも、本当に聞こえるのか?」
「ええ、キーンって高い音が。雷奈も?」
「うん、聞こえるったいね。奥の方からっちゃかね」
耳をふさぐほど大きな音量ではない。耳鳴りと取り違えるほど微かだが、それでも違和感とわずかな不快感を覚える程度には主張してきている。
雷奈はひとまず明かりをつけると、氷架璃には聞こえていないらしいモスキート音の出どころを探ろうと中へ進んだ。いずれにせよ、空気砲は机の上に置くと授業の邪魔になってしまうので、窓際の棚の上にでも置いておこうと氷架璃も歩き出す。相方の芽華実も怯えながら歩を進める他なかった。
廊下と反対側、窓際までやってくると、右手に理科準備室の扉を見つけた。通常授業の邪魔にならないようにするためには、準備室の中に詰めてしまうのが早いかつ確実だろう。雷奈がドアノブをひねってみると、さすがに鍵がかかっていたが、入り口を開けた鍵を差してみると、素直に解錠された。
「この中に置いときますよーっと……。で、雷奈と芽華実。冥界への扉は開きそうかい?」
「いや、それっちゃけど……」
黒板の裏側にあたる準備室から出てきた氷架璃と芽華実に、雷奈は足元に近い壁をちょいちょいと指差して見せた。それは、黒板の下、プラグの伸びるコンセントだ。
「はあ、コンセント。これがどうかしたか? ってか、ここから線を伸ばして教卓でパソコン充電してるとか、危ないな。足ひっかけたらどうするんだよ」
「それもそうっちゃけど、そうじゃなくて」
「氷架璃、高い音、ここから聞こえてる」
え? と困惑顔の氷架璃だが、雷奈は我が意を得たりとうなずいた。二人の耳には、モスキート音がコンセントから聞こえていた。
三人はしばらく黙って立ちすくんでいたが、やがて雷奈が手を伸ばし、「えいっ」とプラグを引き抜いた。
「おい、勝手に」
「音、止まったわね」
「止まったっちゃね」
再度、挿し込む。
「聞こえるわね」
「聞こえるったいね」
「……どゆこと?」
***
理科室を施錠し、グラウンドに戻りながらスマートフォンで調べたところによると、「コイル鳴き」という現象が結果に上がってきた。コンセントで電子機器を充電しているときに、部品が細かい振動を起こして生じるモスキート音のことらしい。あのパソコンはおそらく教員のものと思われるが、夕方にあの場所で充電することが日課になっているのだろう。そうして、毎回コイル鳴きを起こしては、やってきた生徒たちを怖がらせていたということである。
中学生とはいえ、高周波音は年齢とともに徐々に聞こえなくなっていくことを考えると、同級生の間でも聞こえに個人差が出てくる。これがまた、霊感の有無というオカルティックな要素で説明され、怪談らしさを増していたというわけだ。
「幽霊の、正体見たり、コンセント、ってわけっちゃか」
「わかってしまえば、なんてことはなかったわね……」
「あんなに怖がってたのにな」
「わ、忘れて……」
相変わらずひとけのない中庭横の廊下を通りながら、芽華実は両手で頬を覆う。
「しかし、そうか……聞こえなかった私は老人か……」
「わ、私はピアノを習っていたから、もともと耳がいいのよ。氷架璃みたいな人のほうが多いんじゃない?」
「けど、雷奈も聞こえてたんだろ?」
「私はほら、ルーツがあれやけん」
「あー」
「あれ」以上のことはここでは口にできない。聴覚に優れた猫が父親であったため、など口が裂けても言えない。
グラウンドに戻ってくると、由実と美由がそわそわと待っていた。二人とも、雷奈たちを心配しているようには見えない。どんな刺激的な感想を聞けるかと期待している目だ。怪談とは、近づけば恐怖を叩きつけて遠ざけ、遠ざかれば享楽をちらつかせて誘い込む、天邪鬼な存在なのだろう。
とはいえ、雷奈たちが報告すべきは、彼女たちが期待するどれとも違う答えだ。
「……コイル鳴き?」
「そう。そういう科学的な現象だったみたいったい。聞こえる人と聞こえない人がいるのも、聴覚には個人差があるから。ちょっと呆気ないタネやったね」
才媛二人は、どちらからともなく顔を見合わせた。冥界ハウリングが怖くて理科室に行けず困っているなら、真相を伝えれば喜んでくれるかと思ったのだが、予想していた反応とは違う。
忘れてはいけない。天邪鬼な怪談は、遠くから見る分には魅力的なのだ。それをまるっきり「幻でした」と片付けてしまうのは、彼女らにとって興醒めなのではないか。
雷奈達の中で、「もしかして余計なことをしてしまっただろうか」という不安が、「やばい絶対余計なことした」という後悔に変わり、芽生え始めた友情にあわや亀裂が、と思った時だった。
二人はばっと雷奈達を振り返り、叫んだ。
「怪談の真相を科学で暴くって!」
「カッコよすぎ!?」
「これはもう探偵だね!」
「科学探偵だね!」
興奮気味な二人に、「あ、なるほど」と納得してしまった三人は、そろそろ才媛達の扱いがわかってきた頃合いである。要は、「科学」というドレッシングさえあれば何でも食べられるということだ。
「こうなったら、雷奈ちゃんたちにも校外ボランティアになってもらうしかないね!」
「そして残りの怪談もばーんと解決してもらうしかないね!」
「よしっ! まずは連絡先の交換だ!」
「わたしは校外ボランティア登録のための用紙をもらってくるよ!」
あれよあれよという間に話は勝手に進み、由実はスマホを取り出し、美由は職員室へスッタカタッタと駆けていった。
「はいっ、これが私の連絡先!」
「え、いや、あの」
口をはさむ余地もなくここまで流されてしまった雷奈たちは、ようやく意思表示のチャンスを頂戴した。どうする? と顔を見合わせる。
今回、彼女らが怪談と称するものの正体を見破ったのは、偶然だ。他の現象も解明できるかというと、絶対的な自信はないし、それを趣味にしているわけではない。
それに、彼女らには彼女らの放課後の過ごし方がある。
そう、いつも学校が終わったら、神社の宿坊の一室で――。
「…………」
奇しくも、三人とも同じ光景を思い描いていることを、互いに察した。
その光景に、いま足りない二人、あるいは二匹の姿も。
彼らがいなければ、和室での茶会も物足りないことも。
「……まあ、たまには……」
「普通の中学生らしい過ごし方するのもありかもね……?」
「人助けやしね……」
「なになに、いつもは普通の中学生らしくない過ごし方してるの!? 人助けしてるの!? もしかして、科学で世界を救ってたり!?」
「そしたら今頃、地球温暖化は止まっとるよ」
言いながら、雷奈は自分のスマホで、由実の差し出した連絡先コードを読み取った。続いて氷架璃、芽華実も連絡先を登録する。
アワとフーが構ってくれないのはつまらないが、思えば彼らと関わり始めてから、人間の友達同士で過ごす放課後という機会もめっきり減ってしまった。たまには、彼らと出会う前に日常と呼んでいた世界に浸り、楽しむのも新鮮だろう。
繰り返される一年間の中、新たな出会いが生まれるならば、新たな友情が芽生えるならば、それはそれで悪くない。
「おっけー! じゃあ美由が書類もってきたら、家で記入して、明日来るときに持ってきてね! 明日からよろしくね、同志!」
ちょうどその時、校舎のほうから美由が書類三枚を手に駆け戻ってくるところだった。
そういえば、朝季のあずかり知らぬところでここまでことを進めてしまってよかったのだろうか。
そう気づいた雷奈たちだが、ブレーキもバックギアもない二台の車を止めることは、もはや不可能だ。
学習内容は三回復習すると八割がた定着する、とは心理学者の談だが、確かに時間がループして同じ単元を何度も学習してきた雷奈達の理解度は、一年目よりかなり増しているといえた。
それは、実は記憶が曖昧になる他の級友達も同じだった。記憶がなくなるわけではないので、知識としては蓄積されているのだ。そのため、授業内容に関しては「初見にしてはすぐ飲み込める。でもなぜかはよくわからない。けど、まあいっか」という状態だった。
だが、それもここまでだ。関係者の意思決定により、雷奈たちにとっても初見の内容が組み込まれたことで、彼女らの宿題の進捗は予想よりも少しだけ遅れを生じ、当然その矛先は関連部署に向いた。
「くっそー、高校範囲が侵入してきたせいでとんとん拍子にはいかなかった……。私立のカリキュラムとはいえ、国のを基準にしてるんだもんな。文科省め、何してくれとんじゃい」
「でも、ほとんどは今までと同じ範囲なんだから、文句言わないの」
「ちぇー」
そんな事情で、複数教科の宿題を抱えていたこともあり、雷奈達が時計を見上げた時には、五時まであと十分もなかった。
昇降口からグラウンドに降りる短い階段に座ってペンを動かしていた雷奈達は、各々の問題集を鞄にしまい込む。ちょうど荷物がまとまったところで、才媛ズがやってきた。
「おつかれー。宿題は捗った?」
「うん、終わったったい。そっちも完成したみたいやね?」
由実と美由が二人で抱えている空気砲を興味深そうに眺めながら、雷奈も「おつかれ」と彼女らを労った。
今日、雷奈達が運んできた段ボールだけでは作り上げられないサイズだ。一箱分の段ボールの一番大きな面をつなぎ合わせて作ったと思しきそれを完成させるには、六箱分を必要としたと推測される。
「実際に煙焚いて撃ってみたけど、問題なさそうだから、完璧だよ」
「あとはこれを理科室に運び込むだけ!」
言って、二人はニコニコと雷奈達を見つめる。つまり、「あとは頼む」と言っているのだ。
「いいのか? 私ら完全に部外者だろ?」
「いいの! もし何か言われたら、サイエンス才媛ズから頼まれたって言っといて!」
「よかとか、その名称で。明日、朝季に説教されるったい?」
「いいのーっ!」
意地を張る子供のような言い草とともに、由実はポケットから取り出した理科室の鍵を雷奈に押し付ける。
「下足ホールを抜けて左に進むと、左手に階段が見えるから、そこを上がって三階。扉は前と後ろの二箇所あるけど、どっちの南京錠もその鍵で開くから」
教室前まで来る気もないらしい。とりあえず了解の意を示すと、鍵を持った雷奈を先頭に、氷架璃と芽華実が空気砲を抱えて進むことにした。
放課後も深いからか、下足ホールにも、その先の中庭を囲む吹き抜けの廊下にも、生徒の姿は見えなかった。だが、前方右手に見える体育館からは、活気ある声とリノリウムの床を打つリズミカルな音が聞こえてくる。バスケットボール部のようだ。
教員と鉢合わせたらどうしようかとドキドキしながら、言われた通り階段を上り、三階へ。幸い誰にも会うことなく、「理科室」と書かれたプラカードを見つけた。
「ドアの鍵が南京錠っていうのが新鮮ったいね」
「皇は普通に扉に鍵穴がついてるもんな」
「そ、それより、大丈夫かしら……」
芽華実が緊張に唇を噛み締めながら言う。
「何だよ、怖いのか、芽華実」
「そりゃ、怖いわよ。本当に聞こえちゃったら……」
「考えてみるったい。私たち、極寒の孤島で世界滅ぼした化け猫と対峙しとったとよ。そっちの方が怖くなか?」
「確かに。目の前で芽華実が首絞められてた時の恐怖ったらないな」
「それに、冥界につながるって、どんな大規模な時空震っちゃか」
「うはは、言えてる」
非日常を経験しすぎて、並の怪談にはびくともしなくなってしまった雷奈と氷架璃。一方で、芽華実は「それとこれとは別よ……」とか細い声を出していた。
「何はともあれ、これば置いていかんと。開けるったい」
由美が職員室から借りてきたものを又借りした形になる鍵を、引き戸についている南京錠の鍵穴に差し込む。無造作に回すと、安物っぽい感触と共に錠が外れた。
カラカラ、と扉を開けると、水道シンクのついた黒机に上下する黒板と、理科室らしい理科室がお出迎えだ。電灯がついていない上、窓も真っ黒なカーテンに覆われていて、中は極めて暗い。
「やっぱり何も聞こえないじゃん。雷奈、とりあえず電気つけ……」
氷架璃は壁のスイッチをあごで指しながら雷奈を振り返った。が、言い終わる前に言葉を切った。出入り口から入る光で逆光気味の雷奈の顔を、しばらく黙って見つめ続けてから、顔をひきつらせて呟く。
「……え、マジ?」
「ひ、氷架璃ぃ」
見れば、芽華実が今にも逃げ出しそうに震えている。氷架璃は「マジか」と再度呟いた。
「私って霊感ないんだな」
「や、やめてよっ。私は霊感あるみたいじゃない!」
「いやごめん、冗談。……でも、本当に聞こえるのか?」
「ええ、キーンって高い音が。雷奈も?」
「うん、聞こえるったいね。奥の方からっちゃかね」
耳をふさぐほど大きな音量ではない。耳鳴りと取り違えるほど微かだが、それでも違和感とわずかな不快感を覚える程度には主張してきている。
雷奈はひとまず明かりをつけると、氷架璃には聞こえていないらしいモスキート音の出どころを探ろうと中へ進んだ。いずれにせよ、空気砲は机の上に置くと授業の邪魔になってしまうので、窓際の棚の上にでも置いておこうと氷架璃も歩き出す。相方の芽華実も怯えながら歩を進める他なかった。
廊下と反対側、窓際までやってくると、右手に理科準備室の扉を見つけた。通常授業の邪魔にならないようにするためには、準備室の中に詰めてしまうのが早いかつ確実だろう。雷奈がドアノブをひねってみると、さすがに鍵がかかっていたが、入り口を開けた鍵を差してみると、素直に解錠された。
「この中に置いときますよーっと……。で、雷奈と芽華実。冥界への扉は開きそうかい?」
「いや、それっちゃけど……」
黒板の裏側にあたる準備室から出てきた氷架璃と芽華実に、雷奈は足元に近い壁をちょいちょいと指差して見せた。それは、黒板の下、プラグの伸びるコンセントだ。
「はあ、コンセント。これがどうかしたか? ってか、ここから線を伸ばして教卓でパソコン充電してるとか、危ないな。足ひっかけたらどうするんだよ」
「それもそうっちゃけど、そうじゃなくて」
「氷架璃、高い音、ここから聞こえてる」
え? と困惑顔の氷架璃だが、雷奈は我が意を得たりとうなずいた。二人の耳には、モスキート音がコンセントから聞こえていた。
三人はしばらく黙って立ちすくんでいたが、やがて雷奈が手を伸ばし、「えいっ」とプラグを引き抜いた。
「おい、勝手に」
「音、止まったわね」
「止まったっちゃね」
再度、挿し込む。
「聞こえるわね」
「聞こえるったいね」
「……どゆこと?」
***
理科室を施錠し、グラウンドに戻りながらスマートフォンで調べたところによると、「コイル鳴き」という現象が結果に上がってきた。コンセントで電子機器を充電しているときに、部品が細かい振動を起こして生じるモスキート音のことらしい。あのパソコンはおそらく教員のものと思われるが、夕方にあの場所で充電することが日課になっているのだろう。そうして、毎回コイル鳴きを起こしては、やってきた生徒たちを怖がらせていたということである。
中学生とはいえ、高周波音は年齢とともに徐々に聞こえなくなっていくことを考えると、同級生の間でも聞こえに個人差が出てくる。これがまた、霊感の有無というオカルティックな要素で説明され、怪談らしさを増していたというわけだ。
「幽霊の、正体見たり、コンセント、ってわけっちゃか」
「わかってしまえば、なんてことはなかったわね……」
「あんなに怖がってたのにな」
「わ、忘れて……」
相変わらずひとけのない中庭横の廊下を通りながら、芽華実は両手で頬を覆う。
「しかし、そうか……聞こえなかった私は老人か……」
「わ、私はピアノを習っていたから、もともと耳がいいのよ。氷架璃みたいな人のほうが多いんじゃない?」
「けど、雷奈も聞こえてたんだろ?」
「私はほら、ルーツがあれやけん」
「あー」
「あれ」以上のことはここでは口にできない。聴覚に優れた猫が父親であったため、など口が裂けても言えない。
グラウンドに戻ってくると、由実と美由がそわそわと待っていた。二人とも、雷奈たちを心配しているようには見えない。どんな刺激的な感想を聞けるかと期待している目だ。怪談とは、近づけば恐怖を叩きつけて遠ざけ、遠ざかれば享楽をちらつかせて誘い込む、天邪鬼な存在なのだろう。
とはいえ、雷奈たちが報告すべきは、彼女たちが期待するどれとも違う答えだ。
「……コイル鳴き?」
「そう。そういう科学的な現象だったみたいったい。聞こえる人と聞こえない人がいるのも、聴覚には個人差があるから。ちょっと呆気ないタネやったね」
才媛二人は、どちらからともなく顔を見合わせた。冥界ハウリングが怖くて理科室に行けず困っているなら、真相を伝えれば喜んでくれるかと思ったのだが、予想していた反応とは違う。
忘れてはいけない。天邪鬼な怪談は、遠くから見る分には魅力的なのだ。それをまるっきり「幻でした」と片付けてしまうのは、彼女らにとって興醒めなのではないか。
雷奈達の中で、「もしかして余計なことをしてしまっただろうか」という不安が、「やばい絶対余計なことした」という後悔に変わり、芽生え始めた友情にあわや亀裂が、と思った時だった。
二人はばっと雷奈達を振り返り、叫んだ。
「怪談の真相を科学で暴くって!」
「カッコよすぎ!?」
「これはもう探偵だね!」
「科学探偵だね!」
興奮気味な二人に、「あ、なるほど」と納得してしまった三人は、そろそろ才媛達の扱いがわかってきた頃合いである。要は、「科学」というドレッシングさえあれば何でも食べられるということだ。
「こうなったら、雷奈ちゃんたちにも校外ボランティアになってもらうしかないね!」
「そして残りの怪談もばーんと解決してもらうしかないね!」
「よしっ! まずは連絡先の交換だ!」
「わたしは校外ボランティア登録のための用紙をもらってくるよ!」
あれよあれよという間に話は勝手に進み、由実はスマホを取り出し、美由は職員室へスッタカタッタと駆けていった。
「はいっ、これが私の連絡先!」
「え、いや、あの」
口をはさむ余地もなくここまで流されてしまった雷奈たちは、ようやく意思表示のチャンスを頂戴した。どうする? と顔を見合わせる。
今回、彼女らが怪談と称するものの正体を見破ったのは、偶然だ。他の現象も解明できるかというと、絶対的な自信はないし、それを趣味にしているわけではない。
それに、彼女らには彼女らの放課後の過ごし方がある。
そう、いつも学校が終わったら、神社の宿坊の一室で――。
「…………」
奇しくも、三人とも同じ光景を思い描いていることを、互いに察した。
その光景に、いま足りない二人、あるいは二匹の姿も。
彼らがいなければ、和室での茶会も物足りないことも。
「……まあ、たまには……」
「普通の中学生らしい過ごし方するのもありかもね……?」
「人助けやしね……」
「なになに、いつもは普通の中学生らしくない過ごし方してるの!? 人助けしてるの!? もしかして、科学で世界を救ってたり!?」
「そしたら今頃、地球温暖化は止まっとるよ」
言いながら、雷奈は自分のスマホで、由実の差し出した連絡先コードを読み取った。続いて氷架璃、芽華実も連絡先を登録する。
アワとフーが構ってくれないのはつまらないが、思えば彼らと関わり始めてから、人間の友達同士で過ごす放課後という機会もめっきり減ってしまった。たまには、彼らと出会う前に日常と呼んでいた世界に浸り、楽しむのも新鮮だろう。
繰り返される一年間の中、新たな出会いが生まれるならば、新たな友情が芽生えるならば、それはそれで悪くない。
「おっけー! じゃあ美由が書類もってきたら、家で記入して、明日来るときに持ってきてね! 明日からよろしくね、同志!」
ちょうどその時、校舎のほうから美由が書類三枚を手に駆け戻ってくるところだった。
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ぱすた屋さん
ファンタジー
ギルドの受付嬢アイラは、冒険者たちから「鉄の女」と呼ばれ、畏怖されている。
絶世の美貌を持ちながら、常に無表情。そして何より、彼女は窓口から一歩も動かない。
彼女の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。
営業成績トップを走り抜け、最後には「地獄のクレーム処理専門部署」で数多の暴言を鎮めてきた、対話術の怪物。
「次の方、どうぞ。……ご相談ですか?(クローズド・クエスチョン)」
転生した彼女に備わったのは、声の「真偽」が色で見える地味な能力。
だが、彼女の真の武器は能力ではなく、前世で培った「声のトーン操作」と「心理誘導」だった。
ある日、窓口に現れたのは「相棒が死んだ」と弔慰金をせしめようとする嘘つきな冒険者。
周囲が同情し、ギルドマスターさえ騙されかける中、アイラは座ったまま、静かにペンを走らせる。
「……五秒だけ、沈黙を差し上げます。その間に、嘘を塗り直すおつもりですか?」
戦略的沈黙、オウム返し、そして逃げ場を塞ぐイエス・セット。
現代のコールセンター術を叩きつけられた犯人は、自らその罪を吐き散らし、崩れ落ちる。
「あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。……マスター、残業代三倍でお願いしますね」
これは、一歩も動きたくない受付嬢が、口先だけで悪を断罪し、定時退勤を目指す物語。
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