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11.七不思議編
52才媛サイエンス ④
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***
「本っ当にごめんね。段ボールを運んでもらうだけだったはずが、なんでこんなことに……」
次の日、約束通り放課後に光丘中学校を訪れていた雷奈たちは、職員室に寄っていた。正式に校外ボランティアとして登録するため、担当教員に会い、家で記入してきた書類を提出していたのだ。
雷奈達とともに廊下を歩きながら、朝季は嘆く。
「あの子たち、すぐ暴走するんだから。やっぱり私が立ち会っていないとダメだったね」
「気にせんで! 目の前で困ってたら誰だろうと助ける。これ、姉貴の信条、かつ、私の信条!」
「それに便乗したお供その一! つっても、正直勢いに流された感はあるんだけどね」
「あの二人の熱意、すごかったものね」
「ほんとごめんね……」
何一つ悪くない朝季が再び苦笑いで謝罪の言葉を口にする。どこの世も、苦労するのはオトナだ。
「あ、そうそう」
理科室への行き帰りでも通った中庭の見える吹き抜けの廊下を歩きながら、朝季は三人を振り返った。
「今日はね、昨日よりメンバーが一人多いんだ。校外ボランティアの子が来てくれるから」
「っていうと、私たちと同じ……」
「こっちは怪談解決じゃなくて、ちゃんとフェスを手伝うのが主目的だけどね」
朝季は苦笑交じりに補足する。
「校庭で由実と美由と一緒に待ってると思う。……ほら」
下足ホールを抜け、校庭に臨むと、階段を降りたすぐそこで、才媛二人と、見たことのない私服姿の少女が立ち話をしていた。
「お待たせー」
「おー、雷奈ちゃんに氷架璃ちゃんに芽華実ちゃん、昨日ぶりー!」
「空気砲も持って降りてきておいたからねー!」
今日も元気溌溂な二人を、校外ボランティアらしき少女はにこにこと面白そうに眺めていたが、雷奈達に目を向けて見せた微笑みは、思っていた以上に大人びていた。
「こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは」
二人とは対照的に落ち着いた雰囲気は、雷奈の返答をワンテンポ狂わせた。
年は雷奈達と同じくらいだが、彼女らの誰よりも粋なファッションセンスの持ち主のようだ。黒いデニムジャケットにピンクのティアードミニスカートという甘辛コーデに、ブラウンの編み上げブーツ、細い首には緑色のチャームがついた紐チョーカーと、ファッション雑誌から抜け出してきたような洒落た装い。
背は高くなく、むしろ小柄なほう。お茶目な今どきの女子中生に見えるのに、すました微笑と淑女然としたまっすぐな姿勢が、妙に達観した印象を与える。理知的な瞳とその奥に宿る自尊心、つややかに黒い前髪を真ん中で分けて耳にかけたスタイルが、どことなくルシルを彷彿させた。彼女が垢抜けたらこんな風になるのかもしれない。
「こちら、校外ボランティアのせつな。私たちと同い年よ」
「初めまして、天河せつなよ。昨日のうちに朝季から話は聞いているわ。髪の長いあなたが雷奈、背の高いあなたが氷架璃、ポニーテールのあなたが芽華実ね」
「おお! もう名前覚えてくれたとね! よろしく、せつな!」
「『ミニマムサイズのあなたが雷奈』とかじゃなくてよかったな」
「『からかった結果、頭突きされて舌を噛んだあなたが氷架璃』にしちゃろっか?」
「もう、初対面からやめなさいってば」
さっそくショートコントを始めたボケ二人とツッコミ――もとい、たしなめ役の一人を見て、せつなはくすっと笑いをこぼした。その笑みが、由実と美由に向けるものと同じだということに気づいて、皇学園トリオはそそくさと居住まいをただした。
「で、えーっと、校外ボランティアだっけか。そういうの、皇に声がかかってもおかしくないけど、そんな話聞いてないよな。皇の中等部と光丘中学は提携校のはずだけど」
「皇は市立で、光丘は公立だからね。小学生達の中学校体験は地域のための仕事だから、公立中学校の光丘の役目ってわけ」
「じゃあ、募集はどこから?」
「市報を通して卒業生に声がかかってるみたい。でも、それじゃなかなか集まらないよねぇ」
朝季は笑って肩をすくめた。
「ばってん、せつなは同い年ってことは、卒業生じゃなかろ?」
「ああ、せつなはスカウトよ」
「スカウト? 誰にされたと?」
「言わなきゃわからない?」
笑い出しそうなのをこらえながら言う朝季の言葉を受けて、考えを巡らせるのに伴って視線も巡らせて――自分達もこの二人にスカウトされたことを思い出した。
「フェス委員に決まってから、出し物を何にするか考えててさー」
「いっそどんなものがいいか、小学生に取材しちゃおうと思って、近くの児童館に行ったの。光丘児童センターってとこ、知ってる?」
「ああ……通りかかったことくらいはあるかも?」
この辺りで児童館といえば一か所しか心当たりがないので、おそらくあそこだろう。
皇学園への通学路を途中で北に進路変更すると、起伏の激しい地区があるのだが、その手前、ぎりぎり平坦な土地に位置しているのが、光丘児童センターだ。主な役割は、子供たちの遊び場、交流の場、子育て中の親たちの情報窓口といったところか。グラウンドにはいくつかの遊具があり、小さな校舎のような建物内には集会室や図書室などが設けられているという。雷奈たちは入ったことはないので、内部の様子は知らないのだが。
施設の存在を知っているだけで十分、とばかりに由実が意気揚々と続ける。
「そしたら、なんとそこで、せつなちゃんが科学ショーをしてたんだよ! 過冷却水を使って一瞬で紐を凍らせたり、気化熱を利用してフェルトのクリスマスツリーに霜をつけたり!」
「これだ! って思って、テーマを科学ショーにすると同時に、せつなちゃんをスカウトしたってわけ!」
「あんたら、サイエンス才媛ズ名乗ってるくせに着想は借り物なのかよ」
てっきり理科が得意だからこの催しを企画したのだと思っていた氷架璃のツッコミに、「勉強と遊びは別だと思ってたもん」と由実が唇を尖らせた。
「そういうわけで、せつなちゃんには雷奈ちゃん達とは違って、当日は私たちと一緒に科学実験をしてもらうんだ!」
それを聞いて意外そうにしたのは、せつなだ。
「へぇ、雷奈達は当日は参加しないの?」
「私達はまさかの怪奇現象解決係ったい」
「ああ、その話ね」
六つしかない七不思議の話は、せつなも聞き及んでいるようだった。さしずめ、由実美由コンビが愉快にプレゼンテーションしたのだろう。第一印象の通り、せつなは朝季側の人間のようで、怖がる様子も、とりわけ面白がる様子もなく、俯瞰した目で苦笑した。
対照的に色めき立ったのは例の二人だ。
「そぉーだよ! 今日は雷奈ちゃん達には、二の怪を解決してもらわなくっちゃ!」
「女子トイレの一番奥の鏡からモールス信号が送られてくる、異次元モールス! 昔、そこの個室で自殺した女子生徒が鏡に入り込んで、呪いの言葉を送り続けているという!」
「なんで女子生徒がモールス信号でメッセージ送ってくるんだよ」
本件では氷架璃のツッコミの需要が爆上がりである。
どうやら、これにももっともらしい設定があるらしいが、どうせ後付けだろう。冥界ハウリングを解決した雷奈たちは、もはやことの真相が怪奇現象だとは思っていなかった。きっと、物理的な何かしらのからくりがあるに違いない。あの芽華実でさえ、「モールス信号ってネットで調べたら解読できるのかしら」と検索し始める余裕を見せたほどだ。
「というわけで、御三方、張り切っていってらっしゃい!」
「いや、由実。どこのトイレかわからないでしょ。案内してきなよ」
「えええっ……!」
今日の段取りをスマホで確認しながらの朝季の正論に言い返せず、由実はフェス準備を一時中断、怪奇現象解決係引率となった。雷奈達を連れ立っていく彼女を、美由が気の毒そうな顔で見送っている。現実世界の理屈で解決できると分かったからこその解決係任命だったが、まだ怖いものは怖いらしい。
***
「用もないのに、女学生が五人、トイレでたむろ。ありそうでなさそうでやっぱりありそうなシチュエーションね」
「なんであんたまで来たんだ、せつな」
理科室があった校舎に垂直に位置する、主に学級教室が収められている棟にて。二階の女子トイレで、皇三人娘と才媛生物担当、そして私服の校外ボランティアがとぐろを巻いていた。
ボランティア登録をしているとはいえ、トイレに居座るのは業務外だ。他の生徒に見られたらどう申し開きすればよいかわからないが、その辺りは由実に丸投げすることにしていた。
それにしても、毎日「掃除のおばちゃん」達が清潔に保ってくれている皇学園とは違い、主な清掃員が生徒達自身である光丘中学校のトイレは、視覚的にも嗅覚的にも、あまり長居したいとはいえない。まるでデパートのそれのような内装の皇と比べるのがよくないのかもしれないが。
ついでにいえば、雷奈たちにとっては、入り口にドアがないのが気になった。皇学園のトイレの入り口には、男女ともにドアがある。押し引きで開く簡素なものだが、きちんと境界があるというのは、外にいても中にいても落ち着くものだ。
しかし、光丘中学校のトイレはその限りではないようで、さすがに角度をつけて直接中が見えない構造になっているにしろ、落ち着かなかった。なにせ、女子トイレのすぐ隣、階段に近い側に男子トイレがあり、女子トイレに行こうとすれば、その前を通らなければならなかったのだ。そこに隔てるものがないというのは、いささか通りづらかった。
トイレ格差はさておき、本命の科学ショーの手伝いをするはずのせつなが、なぜ道草を食っているのかといえば。
「だって、面白そうじゃない? 鏡の中からモールス信号が聞こえてくるなんて。それに、あなたたちがこの件をどうやって解決するのかも」
前言は撤回、やや由実と美由寄りの性だったようだ。
いたずらっぽい笑みに、氷架璃は「あー……そう」と追及を放棄した。何となく、どんな糾弾もぬかに釘のような気がした。
「ばってん、今日起こるかどうかはわからんっちゃろ? その異次元モールスは」
「毎日ってわけじゃないけど、この時間にはよく報告されてるんだよ。死を連想させるだけの理科室と違って、文化共通で神秘的に捉えられてる鏡の怪談はホンモノっぽいよね!」
怖がっていたかと思えば鼻息荒く興奮する彼女は、さながらリトマス試験紙のようにころころと色を変える。
由実は立て板に水を流すがごとく続けた。
「鏡は昔から、祭ごとの道具や呪具なんかにも使われてきた特別なものなんだよね。私達は、鏡が前にあるものを反射して映し出していることを知ってるけれど、鏡の向こうに『あちら側の世界』があると考える人達は世界中にいるみたいだよ。そういう意味でも超常現象的だよね!」
「あんた、才媛の担当科目は何だったか?」
「生物だよ?」
「どこが!? 民俗学に浮気してないか!?」
「非科学とも不倫してるったい……」
「それとこれとは話が別なのーっ」
よく響く場所なので、声を落としながらもそう言い合っていた――その時だった。
コツコツコツコツ……。
「……」
「聞こえた?」
「き、聞こえたわ」
一同、一斉に音のしたほうを見つめた。三つ並ぶ個室の向かい、すれ違うのも難しい狭い通路を挟んだ反対の壁。こちらも三つ並んだ洗面台に備え付けられた鏡の、最も手前側のものから、確かに硬質な音が続けざまに聞こえた。
モールス信号といえばそのようにも聞こえる。コツコツと点を打つような音もあれば、コツッと打ち付けた何かを引きずるような長い音も混ざっている。だが、もちろんそれらが何を意味しているのかを解読できた者は、ここにはいない。
息をひそめて耳をそばだてていると、やがて音はやんだ。
奇妙な静寂が、放課後の女子トイレに漂った。皆、無言のまま顔を見合わせる。独りではないのだ、何事か話せばこの不気味な静けさも簡単に破れるのに、誰も一言も口にしなかった。口にすれば、薄気味悪い無音を際立たせてしまう気がしたのかもしれない。
と、その時。
ガサリ。
予期せぬ物音に、少女たちは肩を震わせて振り返った。この怪談に、モールス信号がやんだ後の続きがあるなど、聞いていない。
音の発生源は、いつの間にか現れた、くしゃくしゃに丸められた紙の玉だった。一番奥の鏡の前、頼りない照明よりも光源として機能している窓のそばに落ちていた。
「え……どこから?」
「来た時にはなかったわよね……?」
「女子生徒の霊の仕業だよ! 鏡の向こうの世界はつながってるから、こっちの鏡からメッセージを送った後に、向こうの鏡から投げ込んだんだよぅ!」
「んなバカな……と言いたいところだが、マジでどういうからくり?」
「汚いけど、拾ってみるっちゃか」
手の爪の先でつまむようにして、雷奈が紙の玉を拾い上げる。皇学園のトイレと違って黒ずんだ床は、ハンカチでも落とそうものなら最後、あわれ雑巾として使うしかなくなりそうななりだ。「ばっちい、ばっちい」と顔をしかめながら、雷奈は器用に紙を広げた。
それは罫線の入ったノートの一ページだった。
赤鉛筆で大きく、無秩序に書き殴られていた。
死呪殺呪呪死殺死。
「……これはまた……」
「ずいぶん鬱憤の溜まった幽霊さんっちゃね」
「まあ、自殺してるくらいだからね?」
あっけらかんとブラックジョークをかますせつなの横で、由実が「ひぃぃ」と震えている。ちなみに、実際に自殺した女子生徒がいたかどうかは定かではない。怪談など、土壌さえあれば、種も苗もなくとも芽が出るものだ。
結局、今日はこれ以上は何もないようだった。縁起でもない文字が書きなぐられた紙は、雷奈がそのまま捨てて帰ろうとしたが、由実が「祟られるのでは!?」などと言い出したので、しかるべき場所でお焚き上げることにした。
ちなみに、しかるべき場所とは神社のことで、最もなじみのある神社まで、その住居人が持って帰る羽目になった。
「本っ当にごめんね。段ボールを運んでもらうだけだったはずが、なんでこんなことに……」
次の日、約束通り放課後に光丘中学校を訪れていた雷奈たちは、職員室に寄っていた。正式に校外ボランティアとして登録するため、担当教員に会い、家で記入してきた書類を提出していたのだ。
雷奈達とともに廊下を歩きながら、朝季は嘆く。
「あの子たち、すぐ暴走するんだから。やっぱり私が立ち会っていないとダメだったね」
「気にせんで! 目の前で困ってたら誰だろうと助ける。これ、姉貴の信条、かつ、私の信条!」
「それに便乗したお供その一! つっても、正直勢いに流された感はあるんだけどね」
「あの二人の熱意、すごかったものね」
「ほんとごめんね……」
何一つ悪くない朝季が再び苦笑いで謝罪の言葉を口にする。どこの世も、苦労するのはオトナだ。
「あ、そうそう」
理科室への行き帰りでも通った中庭の見える吹き抜けの廊下を歩きながら、朝季は三人を振り返った。
「今日はね、昨日よりメンバーが一人多いんだ。校外ボランティアの子が来てくれるから」
「っていうと、私たちと同じ……」
「こっちは怪談解決じゃなくて、ちゃんとフェスを手伝うのが主目的だけどね」
朝季は苦笑交じりに補足する。
「校庭で由実と美由と一緒に待ってると思う。……ほら」
下足ホールを抜け、校庭に臨むと、階段を降りたすぐそこで、才媛二人と、見たことのない私服姿の少女が立ち話をしていた。
「お待たせー」
「おー、雷奈ちゃんに氷架璃ちゃんに芽華実ちゃん、昨日ぶりー!」
「空気砲も持って降りてきておいたからねー!」
今日も元気溌溂な二人を、校外ボランティアらしき少女はにこにこと面白そうに眺めていたが、雷奈達に目を向けて見せた微笑みは、思っていた以上に大人びていた。
「こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは」
二人とは対照的に落ち着いた雰囲気は、雷奈の返答をワンテンポ狂わせた。
年は雷奈達と同じくらいだが、彼女らの誰よりも粋なファッションセンスの持ち主のようだ。黒いデニムジャケットにピンクのティアードミニスカートという甘辛コーデに、ブラウンの編み上げブーツ、細い首には緑色のチャームがついた紐チョーカーと、ファッション雑誌から抜け出してきたような洒落た装い。
背は高くなく、むしろ小柄なほう。お茶目な今どきの女子中生に見えるのに、すました微笑と淑女然としたまっすぐな姿勢が、妙に達観した印象を与える。理知的な瞳とその奥に宿る自尊心、つややかに黒い前髪を真ん中で分けて耳にかけたスタイルが、どことなくルシルを彷彿させた。彼女が垢抜けたらこんな風になるのかもしれない。
「こちら、校外ボランティアのせつな。私たちと同い年よ」
「初めまして、天河せつなよ。昨日のうちに朝季から話は聞いているわ。髪の長いあなたが雷奈、背の高いあなたが氷架璃、ポニーテールのあなたが芽華実ね」
「おお! もう名前覚えてくれたとね! よろしく、せつな!」
「『ミニマムサイズのあなたが雷奈』とかじゃなくてよかったな」
「『からかった結果、頭突きされて舌を噛んだあなたが氷架璃』にしちゃろっか?」
「もう、初対面からやめなさいってば」
さっそくショートコントを始めたボケ二人とツッコミ――もとい、たしなめ役の一人を見て、せつなはくすっと笑いをこぼした。その笑みが、由実と美由に向けるものと同じだということに気づいて、皇学園トリオはそそくさと居住まいをただした。
「で、えーっと、校外ボランティアだっけか。そういうの、皇に声がかかってもおかしくないけど、そんな話聞いてないよな。皇の中等部と光丘中学は提携校のはずだけど」
「皇は市立で、光丘は公立だからね。小学生達の中学校体験は地域のための仕事だから、公立中学校の光丘の役目ってわけ」
「じゃあ、募集はどこから?」
「市報を通して卒業生に声がかかってるみたい。でも、それじゃなかなか集まらないよねぇ」
朝季は笑って肩をすくめた。
「ばってん、せつなは同い年ってことは、卒業生じゃなかろ?」
「ああ、せつなはスカウトよ」
「スカウト? 誰にされたと?」
「言わなきゃわからない?」
笑い出しそうなのをこらえながら言う朝季の言葉を受けて、考えを巡らせるのに伴って視線も巡らせて――自分達もこの二人にスカウトされたことを思い出した。
「フェス委員に決まってから、出し物を何にするか考えててさー」
「いっそどんなものがいいか、小学生に取材しちゃおうと思って、近くの児童館に行ったの。光丘児童センターってとこ、知ってる?」
「ああ……通りかかったことくらいはあるかも?」
この辺りで児童館といえば一か所しか心当たりがないので、おそらくあそこだろう。
皇学園への通学路を途中で北に進路変更すると、起伏の激しい地区があるのだが、その手前、ぎりぎり平坦な土地に位置しているのが、光丘児童センターだ。主な役割は、子供たちの遊び場、交流の場、子育て中の親たちの情報窓口といったところか。グラウンドにはいくつかの遊具があり、小さな校舎のような建物内には集会室や図書室などが設けられているという。雷奈たちは入ったことはないので、内部の様子は知らないのだが。
施設の存在を知っているだけで十分、とばかりに由実が意気揚々と続ける。
「そしたら、なんとそこで、せつなちゃんが科学ショーをしてたんだよ! 過冷却水を使って一瞬で紐を凍らせたり、気化熱を利用してフェルトのクリスマスツリーに霜をつけたり!」
「これだ! って思って、テーマを科学ショーにすると同時に、せつなちゃんをスカウトしたってわけ!」
「あんたら、サイエンス才媛ズ名乗ってるくせに着想は借り物なのかよ」
てっきり理科が得意だからこの催しを企画したのだと思っていた氷架璃のツッコミに、「勉強と遊びは別だと思ってたもん」と由実が唇を尖らせた。
「そういうわけで、せつなちゃんには雷奈ちゃん達とは違って、当日は私たちと一緒に科学実験をしてもらうんだ!」
それを聞いて意外そうにしたのは、せつなだ。
「へぇ、雷奈達は当日は参加しないの?」
「私達はまさかの怪奇現象解決係ったい」
「ああ、その話ね」
六つしかない七不思議の話は、せつなも聞き及んでいるようだった。さしずめ、由実美由コンビが愉快にプレゼンテーションしたのだろう。第一印象の通り、せつなは朝季側の人間のようで、怖がる様子も、とりわけ面白がる様子もなく、俯瞰した目で苦笑した。
対照的に色めき立ったのは例の二人だ。
「そぉーだよ! 今日は雷奈ちゃん達には、二の怪を解決してもらわなくっちゃ!」
「女子トイレの一番奥の鏡からモールス信号が送られてくる、異次元モールス! 昔、そこの個室で自殺した女子生徒が鏡に入り込んで、呪いの言葉を送り続けているという!」
「なんで女子生徒がモールス信号でメッセージ送ってくるんだよ」
本件では氷架璃のツッコミの需要が爆上がりである。
どうやら、これにももっともらしい設定があるらしいが、どうせ後付けだろう。冥界ハウリングを解決した雷奈たちは、もはやことの真相が怪奇現象だとは思っていなかった。きっと、物理的な何かしらのからくりがあるに違いない。あの芽華実でさえ、「モールス信号ってネットで調べたら解読できるのかしら」と検索し始める余裕を見せたほどだ。
「というわけで、御三方、張り切っていってらっしゃい!」
「いや、由実。どこのトイレかわからないでしょ。案内してきなよ」
「えええっ……!」
今日の段取りをスマホで確認しながらの朝季の正論に言い返せず、由実はフェス準備を一時中断、怪奇現象解決係引率となった。雷奈達を連れ立っていく彼女を、美由が気の毒そうな顔で見送っている。現実世界の理屈で解決できると分かったからこその解決係任命だったが、まだ怖いものは怖いらしい。
***
「用もないのに、女学生が五人、トイレでたむろ。ありそうでなさそうでやっぱりありそうなシチュエーションね」
「なんであんたまで来たんだ、せつな」
理科室があった校舎に垂直に位置する、主に学級教室が収められている棟にて。二階の女子トイレで、皇三人娘と才媛生物担当、そして私服の校外ボランティアがとぐろを巻いていた。
ボランティア登録をしているとはいえ、トイレに居座るのは業務外だ。他の生徒に見られたらどう申し開きすればよいかわからないが、その辺りは由実に丸投げすることにしていた。
それにしても、毎日「掃除のおばちゃん」達が清潔に保ってくれている皇学園とは違い、主な清掃員が生徒達自身である光丘中学校のトイレは、視覚的にも嗅覚的にも、あまり長居したいとはいえない。まるでデパートのそれのような内装の皇と比べるのがよくないのかもしれないが。
ついでにいえば、雷奈たちにとっては、入り口にドアがないのが気になった。皇学園のトイレの入り口には、男女ともにドアがある。押し引きで開く簡素なものだが、きちんと境界があるというのは、外にいても中にいても落ち着くものだ。
しかし、光丘中学校のトイレはその限りではないようで、さすがに角度をつけて直接中が見えない構造になっているにしろ、落ち着かなかった。なにせ、女子トイレのすぐ隣、階段に近い側に男子トイレがあり、女子トイレに行こうとすれば、その前を通らなければならなかったのだ。そこに隔てるものがないというのは、いささか通りづらかった。
トイレ格差はさておき、本命の科学ショーの手伝いをするはずのせつなが、なぜ道草を食っているのかといえば。
「だって、面白そうじゃない? 鏡の中からモールス信号が聞こえてくるなんて。それに、あなたたちがこの件をどうやって解決するのかも」
前言は撤回、やや由実と美由寄りの性だったようだ。
いたずらっぽい笑みに、氷架璃は「あー……そう」と追及を放棄した。何となく、どんな糾弾もぬかに釘のような気がした。
「ばってん、今日起こるかどうかはわからんっちゃろ? その異次元モールスは」
「毎日ってわけじゃないけど、この時間にはよく報告されてるんだよ。死を連想させるだけの理科室と違って、文化共通で神秘的に捉えられてる鏡の怪談はホンモノっぽいよね!」
怖がっていたかと思えば鼻息荒く興奮する彼女は、さながらリトマス試験紙のようにころころと色を変える。
由実は立て板に水を流すがごとく続けた。
「鏡は昔から、祭ごとの道具や呪具なんかにも使われてきた特別なものなんだよね。私達は、鏡が前にあるものを反射して映し出していることを知ってるけれど、鏡の向こうに『あちら側の世界』があると考える人達は世界中にいるみたいだよ。そういう意味でも超常現象的だよね!」
「あんた、才媛の担当科目は何だったか?」
「生物だよ?」
「どこが!? 民俗学に浮気してないか!?」
「非科学とも不倫してるったい……」
「それとこれとは話が別なのーっ」
よく響く場所なので、声を落としながらもそう言い合っていた――その時だった。
コツコツコツコツ……。
「……」
「聞こえた?」
「き、聞こえたわ」
一同、一斉に音のしたほうを見つめた。三つ並ぶ個室の向かい、すれ違うのも難しい狭い通路を挟んだ反対の壁。こちらも三つ並んだ洗面台に備え付けられた鏡の、最も手前側のものから、確かに硬質な音が続けざまに聞こえた。
モールス信号といえばそのようにも聞こえる。コツコツと点を打つような音もあれば、コツッと打ち付けた何かを引きずるような長い音も混ざっている。だが、もちろんそれらが何を意味しているのかを解読できた者は、ここにはいない。
息をひそめて耳をそばだてていると、やがて音はやんだ。
奇妙な静寂が、放課後の女子トイレに漂った。皆、無言のまま顔を見合わせる。独りではないのだ、何事か話せばこの不気味な静けさも簡単に破れるのに、誰も一言も口にしなかった。口にすれば、薄気味悪い無音を際立たせてしまう気がしたのかもしれない。
と、その時。
ガサリ。
予期せぬ物音に、少女たちは肩を震わせて振り返った。この怪談に、モールス信号がやんだ後の続きがあるなど、聞いていない。
音の発生源は、いつの間にか現れた、くしゃくしゃに丸められた紙の玉だった。一番奥の鏡の前、頼りない照明よりも光源として機能している窓のそばに落ちていた。
「え……どこから?」
「来た時にはなかったわよね……?」
「女子生徒の霊の仕業だよ! 鏡の向こうの世界はつながってるから、こっちの鏡からメッセージを送った後に、向こうの鏡から投げ込んだんだよぅ!」
「んなバカな……と言いたいところだが、マジでどういうからくり?」
「汚いけど、拾ってみるっちゃか」
手の爪の先でつまむようにして、雷奈が紙の玉を拾い上げる。皇学園のトイレと違って黒ずんだ床は、ハンカチでも落とそうものなら最後、あわれ雑巾として使うしかなくなりそうななりだ。「ばっちい、ばっちい」と顔をしかめながら、雷奈は器用に紙を広げた。
それは罫線の入ったノートの一ページだった。
赤鉛筆で大きく、無秩序に書き殴られていた。
死呪殺呪呪死殺死。
「……これはまた……」
「ずいぶん鬱憤の溜まった幽霊さんっちゃね」
「まあ、自殺してるくらいだからね?」
あっけらかんとブラックジョークをかますせつなの横で、由実が「ひぃぃ」と震えている。ちなみに、実際に自殺した女子生徒がいたかどうかは定かではない。怪談など、土壌さえあれば、種も苗もなくとも芽が出るものだ。
結局、今日はこれ以上は何もないようだった。縁起でもない文字が書きなぐられた紙は、雷奈がそのまま捨てて帰ろうとしたが、由実が「祟られるのでは!?」などと言い出したので、しかるべき場所でお焚き上げることにした。
ちなみに、しかるべき場所とは神社のことで、最もなじみのある神社まで、その住居人が持って帰る羽目になった。
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