【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)

文字の大きさ
15 / 37
【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」

2

しおりを挟む





部屋に戻ると、風紀委員会が例のノートを手に持って開いていた。


そのノートとは——俺の人に知られてはいけない現在進行形の″黒歴史″の一冊め。
ちなみに二冊めは俺の鞄の中にある。
この悪魔に命を握られた状態だというのに、創作の手は止められない。
腐男子のサガって恐ろしい。俺の馬鹿。

この供給過多の学園の、素晴らしい男子カップル達をメモして創作にした″妄想ノート″だ。
世に出たら俺は社会的に完全に死ぬ。
いや、もっと正確に言うと、


(……おいおいおいおい、よりによって“会長×委員長シリーズ”のページ!!)


ページ中央には、優雅な筆跡で書かれたタイトルが踊っていた。『学園権力者の秘密:壊れる幼馴染の関係』。

ページの中では、護堂要が天瀬晴人を執務机に押し倒し、シルクのシャツを無理やり剥ぎ取る場面が——


「……これ、僕が要に押し倒されてるとこなんだけどさ」
「……………」

目の前には、晴人がノートを片手に優雅に座っていた。
ほんのりと微笑みながら、その悪魔はページの角を指先でなぞっている。


「ごごごごごめんなさいごめんなさい妄想なんですほんとただの妄想なんですお二人をやましい目で見ている訳じゃないんですいや見てるけどそれは俺の目が腐ってるだけでお二人が本当にそんなことしてるとか思ってるわけじゃなくてでもでもでもっ」
「うん。すっごい饒舌。普段からそれくらい話してくれたらいいのに」
「いやほんと…勘弁してください……!!!」

顔が燃える。喉が焼ける。心臓が止まりかけてる。
というかそれ、返して!捨てて!読み上げないで!

でも晴人はノートから視線を外さず、冷静な口調で続けた。


「それで、なんか僕が要に押し倒されてるとこ、やたら僕のこと綺麗なお姫様みたいに書いてくれてるけど……」

ページをめくりながら、さらりと口にする。


「これ、根津くんの目には僕がこう見えてるってこと?」
「ひょ、ひょえ……っ」

口から変な悲鳴が漏れた。
こんなの、羞恥心のブラックホール。早く吸い込まれて消えたい。


「それなら……」

晴人がノートから顔を上げ、ふわりとした笑みでこちらを見つめてくる。
その青みがかった瞳には、どこか悪戯っぽい光が宿っていた。


「僕が“攻め”の時の描写ってさ、もしかして根津くんが僕にしてほしい願望?」
「…………っ!!!」

何かが喉に詰まった音がした。
そして俺は、必死で手を伸ばしてノートを奪い返そうとしたけれど——


「だめだよ、ほら。まだ読んでる途中」

ひらりとかわされて、晴人の指先にノートは再び握られる。


(え、なにこれ、拷問?拷問だったらもう喋るからやめてほしいんだけど……!!)

「……ねえ根津くん」

晴人は、ふいに声を落とした。


「これさ。もし本当に、僕が君の妄想通りにしたら……」

ぴたりと、視線が絡まる。


「君は、僕を嫌いになる?」




その問いに、どう答えたらいいのか分からなかった。
心の中に、何かがふつりと音を立てて割れるような、そんな感覚だけが残った。








***






夕方。
生徒会室には、俺と会長、そして凪くんだけがいた。
今日は風紀委員会の定例報告があるらしく、晴人は来ていない。


「……それで、晴人とはどうなの?」

その一言は、思いのほかラフな声音だった。
けど、聞いてきたのは“あの”凪くんで——
いつもの優しい口調とはまるで違っていた。


「え?」

思わず聞き返してしまう。
凪くんは俺の反応にも特に表情を変えず、机に腕をのせてゆるく続けた。


「……晴人と、うまくやれてる?」

なんて言えばいいのか分からなかった。
優しくされてる。気にかけてもらってる。

でも、何かがおかしい。何かが怖い。
その″何か″に名前がつかないまま、言葉に詰まっていると——


「お前の“普通”は見つかったのか、そうじゃないのかって聞いてるんだ」

バサッと書類を置く音と同時に、会長が割り込んだ。
その声はいつもより低く、怒っているわけではないのに、容赦がなかった。


「……あの、“普通”って……」
「昼に何を食いたいかも選べねえ奴が、恋人面されて喜んでるのを見てると、正直イラッとすんだよ。少しは考えろ、自分の意思ってもんを」
「要はこんな言い方だけどさ、意外と心配してるんだよ?」

凪くんが苦笑まじりにフォローする。
……まあ、護堂会長の言い方が不器用なのは今に始まったことじゃない。


「余計なこと言うな」
「それなら、“余計なことを言わないようにするのが要の役割”なんじゃない?」

凪くんがにこっと笑いながら皮肉を返す。
あれ?それって……昨日昼休みに会長が言ってた台詞とそっくりじゃ……。
あー、可愛い受けの皮肉弄りですね。
最高です助かります捗ります。
もっとお二人のイチャイチャを見せていただけると俺は今日も安らかに寝られそうなんですけど——
と、妄想モードが半開きになった所で、話が戻る前に急いで閉じた。


「……晴人はさ、良いやつって言ったら良いやつなんだけど……なんというか、不器用なんだよね」
「アイツは、器用すぎて不器用」

会長が言った矛盾した表現が妙にしっくりくるのは、たぶん委員長が“全部やってくれる”人だからだ。


「相手の気持ちを想像するより、自分の中の最適解を押し付けちゃうタイプ。……まあその辺は、“恋人”の美咲くんのほうがよく分かってるか」
「……恋人じゃ、ないです……」

ポロリと口から落ちた言葉に、自分でも一瞬、時間が止まった気がした。


「……え?」

凪くんの目がわずかに見開かれる。
まさかこの人から、あんな反応が返ってくるとは思わなかった。


「……俺たち、“偽装カップル”なんです」

口にした瞬間、背中にどっと冷や汗が流れた。

その言葉は“言ってはいけないこと”だった。
誰にも言わないって約束したのに。
思わず、こめかみに冷たい汗が伝う。


「……偽装、って……それ、本当に晴人が了承してやってんの?」
「……はい、一応、表向きの対策っていうか……あの人の方から言い出して……」
「……一応、ね」

要が重く呟く。凪くんも視線を落としたまま、眉をひそめている。


(……あ、これ、やばい空気だ)

「ご、ごめんなさい。あの、その……別に、誰かを騙すつもりとかじゃなくて、あくまで委員長の……」
「それ、晴人は“遊び”のつもりでやってないぞ」

バッサリと切り捨てるような会長の言葉に、心臓が一瞬止まった。


「……え?」
「お前には“偽装”でも、晴人には“本気”だよ。……多分な」
「本気って……」
「だってあいつ、お前の生活、完璧に掌握してんじゃん」
「いや、それは……」

返せない。
本当はずっと、違和感があった。
朝起こされる時間、選ばれる食材、用意されたタオル、スキンケア、ノートの管理——

全部、″俺が何もしなくても進んでいく″。


「偽装すればあいつの風除けにはなるだろうが、どう考えても踏み込みすぎてる」

会長の言葉は容赦なかった。
けれど、否定できる材料も、俺にはなかった。


「……俺、どうしたらいいんでしょうか……」

搾り出すような声が出た。
目の前の二人は、互いに顔を見合わせる。


「……お前が晴人から逃げたいと思うなら、逃してやる」
「伊達に長いこと幼馴染してないしね、晴人を止めるのは僕らの責任みたいなとこあるし。」
「……逃げて、いいんでしょうか……」

「うん。だいぶ手遅れだね。ちゃんと、自分の意思くらい確保しとくこと。じゃないと、思考がどんどん狭まって、逃げられなくなるよ?」

(……それって、もう、俺が逃げなきゃいけないって前提じゃん)

だけど——どこかで、救われた気もした。

凪くんと会長の目には、俺のことを“ちゃんと危険な状況にある”って認識している光があった。
それはつまり、今のこの息苦しさは“気のせい”なんかじゃないって証拠だ。


(……俺、いま、ちゃんと迷ってもいいんだ)


そう思えること自体が、少しだけ心を軽くした。

——そして、それは確実に“逃げるための第一歩”だった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】 利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。 ※この作品は単体でも読めますが、 本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。 **** 【あらすじ】 「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」 「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」 「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」 軽い声音に、無遠慮な笑顔。 癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。 ″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。 「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」 「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ? 俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」 「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」 軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。 学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。 しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。 執着と所有欲が表面化した針崎 澪。 逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。 拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。 壊されて、従って、愛してしまった。 これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。 【青春BLカップ投稿作品】

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!

キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!? あらすじ 「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」 前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。 今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。 お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。 顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……? 「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」 「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」 スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!? しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。 【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】 「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

処理中です...