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【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」
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しおりを挟む【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」
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——根津くんは、やっぱり可愛い。
言葉を濁して、目を逸らして、
本当の気持ちを隠すときの顔が、いちばん綺麗だ。
僕の指に触れたとき、
少しだけびくっとした肩の震え。
でも、それでも逃げなかった。
(……偉いね、根津くん)
最初はただ、道具がほしかっただけなんだ。
“恋人”という看板。
それさえあれば、他の雑音を黙らせられるから。
でも今はもう、それじゃ足りない。
もっと深く、もっと奥まで。
君の“全部”を僕のものにしたい。
君の涙を見たとき、思った。
君は、僕とは違って、感情も感性も豊かな子なんだって。
だからこそ、誰よりも美味しいんだ。
君の怯えも、困惑も、微かな依存も。
——壊したくなるくらい、愛おしい。
「……ねえ、根津くん」
そろそろ“本物の恋人”になっても、いい頃だと思わない?
***
いつの間にか狭いベッドに男2人で寝るのが当たり前になって、晴人に背後から抱きしめられる形で美咲は毎日寝ていた。
—委員長は、手は出してこない。
部屋にいる時はキスを求められたり、人前で恋人らしくすることは″お願い″されるけど、身体の関係は求めない。
慣れてしまえば、距離感のおかしな友人ぐらいに思ってしまうほど、美咲はもうだめになっていた。
「なんか…最近お前ら距離感おかしくねぇか?」
それを指摘したのは、生徒会長だった。
昼食の時間、自分で飯を食べてるのに横から晴人に「これ美味しいよ」と差し出されたら、餌を待つ鳥の雛のように口を開ける美咲。
「そう?」と凪は他所で飄々としているが、1年以上生徒会で一緒に業務をしてきたから分かる。
根津は、なんかおかしくなっている。
それは、多分晴人が原因だ。
「距離感っていうか……それ、食わせてもらう必要あるか?」
会長の声に、俺は口の中の魚のムニエルをもごもごさせながらフリーズした。
咀嚼中でなければ「いや別に……」くらいは返せたかもしれないけど、そんな悠長な反論が通じる空気ではなかった。
向かいの席には凪くん、その隣に要会長、そして俺と——晴人。
王子様に世話焼かれながら昼飯を口にする庶民、それを見て不機嫌になる俺様会長、その隣で無表情に生温く見守ってる白百合系美少年。って構図は定番なんだけどな。
ほんと惜しいなー。ここにいるのが俺じゃなかったら本当完璧なんだけど。
「……別にいいじゃん、食べさせたいんだし?」
凪くんがふわっと口を開く。相変わらず、穏やかな顔で地雷を踏み抜いてくる天才だ。
「だって、晴人って根津くんに夢中でしょ。こういうの、今さらって感じ」
「夢中っていうか、根津が受け入れすぎなんだよ。気づけよ、お前最近、完全に“飼われてる側”の目してんぞ」
「ぶっ!!」
思わず味噌汁を吹き出しかけた。
(飼われてる側って何!?どんな目!?てか俺、そんなことになってんの!?)
「え、俺、そんな感じ……ですか?」
「気づいてなかったんだ……」
凪くんが本気で驚いた顔をしてくるのが地味に刺さる。
一方で晴人はというと、俺の向かいで相変わらず優雅に箸を動かしながら、
「そうかな?僕は、根津くんがちゃんと“自分の意思”でやってくれてるって思ってるけど」と平然とした顔で言ってのけた。
「…………」
(いやそれ、怖い。むしろその方が怖い)
「“自分の意思”で食べさせてもらってる”」っていう表現、冷静に考えると倫理観ぶっ飛びすぎじゃない?
何がどうなったら、そんな考えに飛躍すんの?
と思ったけど確かに俺鳥の雛みたいに口開けてたわ。全然拒否してなかったわ。
なんか委員長の過干渉が当たり前になり過ぎて違和感さえ持ってなかったわ。
「……まあ、どっちにしろ」
と、会長が低く言った。
「お前ら、そろそろ本気で一旦距離置いたほうがいいかもな」
「…要、余計なこと言わないでくれない?」
「それなら、俺が余計なことを言わないで済むようにしろ。」
バチリと、会長と委員長の間に不穏な空気が流れるのが俺にも分かった。
目を逸らすと会長の横にいる凪くんは素知らぬ顔をしてハンバーグを食べている。
いや、慣れすぎだろ。そういやこの人たち幼馴染だもんな…。
「根津は一度、お前の″普通″を見つめ直してこい」
「……俺の、″普通″、ですか……?」
ぽつりと漏れたその言葉に、自分自身が一番驚いた。
普通——って、なんだ?
この学園に入ってから、ずっと目立たず、Bクラスの空気の中に紛れて、自分なりに“居場所”を守ってきたつもりだった。
生徒会に入って、業務なんて会長がほぼこなすから俺がやることは雑用ばっかりだけどそれなりに頑張ってきた自負もある。
けど、晴人と一緒に過ごすうちに、気づけば部屋も生活も“彼仕様”に変えられていて、それに対して文句ひとつ言えなくなっていた。
(これって……“普通”じゃない、のか?)
昼食を終える頃、ふと、隣で微笑む晴人と視線がぶつかった。
完璧な笑み。完璧な仕草。完璧な距離感。
すべてが完璧すぎて、俺の違和感が“わがまま”みたいに錯覚してしまう。
でも、その完璧さに染まっていくうちに、俺の輪郭がぼやけていくような感覚がある。
そして、それをいち早く危機信号だと察知してくれたのは——
ここの誰より付き合いが長い、護堂会長だった。
(……俺、ほんとにこのままでいいのかな)
そんな疑問だけが、昼食後の胃の重さよりも深く、しつこく残った。
***
「……なあ根津、ちょっと聞いていい?」
昼休み後の自習時間。
教室の後ろの席から身を乗り出してきたのは、クラスメイトの佐々木だった。
Bクラス内ではわりとおしゃべりな方だけど、詮索はしないタイプだ。
「ん? なに」
「お前、さ……風紀委員長と、ほんとに付き合ってんの?」
その一言に、手元のシャーペンがカツンと落ちた。
(……ついにきた)
冷や汗とともに、心の準備が追いつかない。
「いや、えっと……まあ、そう、だけど……」
「マジかー!すげーな!お前、なんか……そういう雰囲気ゼロなのに、よく落とせたな」
「お、落としたわけじゃ……」
(落とされた側だよこっちは!)
「いやでもさ、お前変わったよな」
「……変わった?」
「肌とか。ほら、なんか……前より白くなってね?」
出た。
それ、前にも言われたやつ。
「スキンケアとか始めたん?」
「別に何も……っていうか、なんか最近、勝手にシャンプーとか歯磨き粉とか替えられてて……」
「え、お前んとこの部屋、委員長と同室だっけ?」
「……うん」
「うわ、マジで“王子に飼われてる”パターンじゃん」
(やっぱその表現流行ってんの!?)
「でも、お前はお前って感じでいいと思うけどなー」
「そうそう。なんか、“付き合ってますオーラ”出さないの逆に好感持てる」
「俺らには関係ないしなー。別にいちいち詮索するほど暇じゃねーし」
と、次々と届く“Bクラスの通常運転”。
そう、こいつらはいつもこうだった。
誰かの噂があっても、無闇に騒いだり、距離を取ったりはしない。面白がりはするけど、すぐに飽きて、また自分の世界に戻っていく。
(……ほんと、ありがたい)
俺はこのクラスが好きだ。
「じゃあ、根津さ。次の自由課題、ペアでやらね?」
「いいけど、俺、あんま得意じゃ——」
「俺もだから!問題ない!」
(……うん、やっぱ最高だな、Bクラス)
ふっと息をついたとき、頭に晴人の顔が浮かんだ。
あの完璧な空間にいると、自分の価値が“王子に選ばれた自分”にすり替えられていく気がして、怖くなる。
でも、ここに居るときは、ちゃんと“俺自身”でいられる。
冴えない顔も、鈍い返事も、庶民的な肌も、全部ひっくるめて俺として存在できる。
(……落ち着く。)
昼休みの残り数分、机を囲む何人かの笑い声にまぎれて、ようやく俺の心拍は少しづつ静かになっていった。
それでも——
“王子の部屋”のことを思い出すたび、肌の奥がじんわりと痺れるような感覚が、どうしても消えてくれなかった。
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