【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)

文字の大きさ
22 / 37
【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」

9

しおりを挟む


部屋の扉がノックされたのは、放課後の陽が陰りはじめたころだった。

「——来たな」

会長がソファから立ち上がり、無言でドアを開ける。

その向こうにいたのは、制服の襟元をきちんと整えた天瀬晴人。
けれど、その整いすぎた姿よりも、目の下のくま、力の抜けた頬、焦点の合っていない目のほうが目を引いた。


(……委員長、こんな顔するんだ)

とっさにそう思ってしまうほど、彼は″疲れて″いた。


「……入れ」

会長が言うと、晴人はゆっくりと頷いて中へ入る。
俺と凪くんは、ソファに座ったまま彼の姿を見上げた。

晴人は、一言も発さず、ただ目を伏せたまま立ち尽くしている。
凪くんが、柔らかく空気を割るように言った。


「話しに来たんだよね?」

その言葉に、晴人の肩がわずかに震える。


「……ああ。話を、しに」

どこか掠れた声だった。
あの人の声って、こんなふうに震えるんだ。そう思うだけで、喉が詰まる。


「じゃ、俺たちは席を外す」

会長が立ち上がると、凪くんもつられて動いた。


「……話し合って。ちゃんと、ね」

俺の肩をそっと叩いた凪くんの指が、心なしか強くて、少しだけ背中を押された気がした。
会長は晴人に「変なことしたらぶっ飛ばすからな」とだけ言って、部屋を出ていった。

静かになった部屋に、微かな足音だけが響いている。

 



俺と、委員長。

かつて同じ部屋にいた2人が、今度は会長の部屋で向かい合っている。
この状況だけで、胸の奥がずっと痛い。


「……あの」

先に口を開いたのは、晴人だった。
その目は、やっぱり俺を見ていなかった。
いや、見れないのかもしれない。


「……僕がしたこと、わかってる。……怖かったよね、きっと。気持ち悪かったと思うし、……僕のせいで、苦しんだと思う」

ぽつぽつと、晴人はまるで自分に言い聞かせるように言葉を並べる。


「支配してたって、言われた。……そのとおりだと思う。
君のこと、幸せにしてあげたかった。
誰にも傷つけられないように、守ってあげたかった。……でも、そうじゃなかったんだよね。
君の意志を、無視してた。君がちゃんと話してたのに、聞いてなかった」

その声に、怒りはなかった。言い訳もなかった。
ただ——痛みが、あった。


「……ごめん。本当に、ごめん……」

最後の言葉だけは、涙の奥に絞り出すような響きをしていた。

顔を上げた晴人の瞳は、真っ赤だった。
いつもの透き通った青ではなく、熱に濁った色で、でもそれが、やけに綺麗に見えた。


「僕は、ね……」

晴人は少し言い淀んでから、かすかに唇を噛んだ。


「君に“愛されてるフリ”をされても、満足してたんだと思う。
 笑ってくれてるなら、それでいいって思ってた。……でも違った」

一歩、俺のほうに近づく。


「君が居なくなってから。……やっと気づいた。
 僕は、何も君のことを見ていなかった。
 心も、願いも、嫌がる顔も……何ひとつ、本当には見てなかった」

近づいた彼が、ほんのすこしだけ手を伸ばす。

でも、その手は途中で止まった。

——もう、俺の気持ちを″無視して″触れてこない。
それだけで、胸の奥がじんと熱くなった。


「君が僕のことを許さなくてもいい。嫌いでも、顔を見たくなくても、全部受け入れる。
でも……それでも、一度だけちゃんと伝えさせて」

まっすぐな、熱に滲んだ声だった。


「——好きです。君が、好き。
だからもう一度……ちゃんと″君の声″を聞かせてください。僕は、君の話を聞きたい。君が—……嫌なことは、もうしないから……戻ってきて……っ」

 


ぼろりと、涙は出ていないのにまるで泣いているように見えた。

赤い目は充血して、眉間に皺がよって、喉がしゃくりあげて弾き縛られている。
沈黙が落ちた。


俺は——答えなきゃいけない。

目の前にいる委員長は、もう″王子様″じゃない。
完璧でもなく、冷たくもなく、すべての仮面を外して、俺に話してくれてる。
——弱さを隠さずに見せてくれている彼に、俺は、


「…………っ」

言葉にならなかった。
喉が詰まって、声が出なかった。
でも、胸が——熱かった。


この数日間、ずっと考えてきた。
怒りも、疑いも、恐怖も、混ざっていた。

それでも今、彼の弱さに触れて、胸の奥の“好き”が揺れた。
怖い。だって、俺、委員長のこと″好き″なんだって、分かってしまった。
今度彼から″好意″を掛けられたら、きっともう逃げられない。
支配から、逃げようとさえ思わないのかもしれない。
 




「……俺、」

やっと出た声が、掠れていた。


「……今更、委員長のことが……好きかもしれない……」

晴人の目が、ふっと見開かれた。


「でも、俺、まだ、迷ってるし……委員長の全部を、受け入れる覚悟もできてない。委員長のこと裏切ったし、その…掲示板の時も嘘ついてたし、俺だって悪い点いっぱいあるし…
でも、」

声が震えるのを隠しながら、俺は彼の目を見た。


「——ちゃんと、委員長と″話し合いたい″って思った」

それだけで、晴人は目を伏せて、小さく「ありがとう」と呟いた。
蝋人形みたいな綺麗な顔に、涙が頬を伝って落ちた。


完璧な王子は、もうそこにはいない。
でも、俺はそれでいいと思った。

——今、ここにいるのは、″天瀬晴人″というひとりの人間で。
そして俺はこの人を、初めて″支えたい″と思った。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】観察者、愛されて壊される。

Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】 利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。 ※この作品は単体でも読めますが、 本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。 **** 【あらすじ】 「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」 「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」 「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」 軽い声音に、無遠慮な笑顔。 癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。 ″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。 「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」 「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ? 俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」 「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」 軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。 学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。 しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。 執着と所有欲が表面化した針崎 澪。 逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。 拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。 壊されて、従って、愛してしまった。 これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。 【青春BLカップ投稿作品】

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

処理中です...