【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

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【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」

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(要視点)



『相談したいことがあるんだ』

その一文だけが、昼下がりの静けさを破った。
差出人は——天瀬晴人。

この数日、俺のもとに届く中でいちばん、扱いに困るメッセージだった。


すぐに「場所は食堂でいいか」と返信した。


部屋には根津がいるし、生徒会室も同様の理由で却下。
何より、今のあいつが根津の私物から″気配″を感じて冷静でいられるのか疑問だった。

あいつは人に離れられることに慣れていないし、
なにより——痴情のもつれで死ぬのは勘弁願いたい。


(俺を頼ってきただけ、あいつも進歩したか…)


食堂の一番奥の席。
この時間帯は人も少なく、落ち着いた空気が漂っている。
窓際に座って新聞をめくっていると、制服のよれた晴人が現れた。


「……要」

声だけ聞けば、まだ“いつもの晴人”だ。
でもその目は少し赤く、疲れが滲んでいる。


「……どうも、最近調子が悪くて」

取り繕うように笑う晴人に、俺は黙って隣の席を指した。


「…聞くから、話せよ。」

しばらく沈黙が流れる。
彼は両手を膝の上に置いたまま、じっと自分の指先を見つめていた。


「……ねぇ、要。僕はさ、間違ってたのかな」

いつもの晴人なら、そんな曖昧な言葉では話を始めない。
これだけで、彼がどれだけ追い詰められているかが分かった。


「根津のことか?」
「……うん」

「お前、何をした?」

「……全部、してあげてた。生活も、好みに合わせて、快適な環境を用意して……嫌なことはひとつもさせなかった。
君に必要なのは僕だけでいいって、ちゃんと証明してあげた。……それで、幸せにするつもりだったんだよ?」


まるで誰かのマニュアルをなぞるような言い方だった。
そこには確かに“善意”がある。

でもそれは、自分の正義に酔った独裁者のそれだ。


「……晴人、お前のそれは愛情じゃない。支配だよ」

テーブルの上で、晴人の手がぴくりと震えた。


「……違う。僕は、彼のことを大事に——」
「じゃあなんで、あいつは逃げたんだ」
「……」
「全部して“あげた”? それはな、“自分が思う正しさ”を押しつけただけだ。お前の愛し方には、あいつの意志が存在していなかった」

晴人の肩が、初めて小さく落ちた。


「……じゃあ、僕はどうすればよかったの。……美咲くんがいなくなってから、僕は、ずっと考えてる。間違い探しみたいに……あの日に戻れたらって。……でも、どこで間違えたのかも分からないんだよ」

声が、わずかに震えていた。
——完璧な晴人が、今、誰かに助けを求めている。
だからこそ、ここで言ってやらなくちゃならない。


「お前が、あいつを“所有物”じゃなくて“人間”として見ていたなら、もっと違う関係が築けたはずだ。
……晴人。お前があいつのことを本当に大事に思ってるなら、もう一度ちゃんと——“見てやれ”。
あいつの気持ちを。汲むんじゃなくて、先回りするんじゃなくて、話し合って″聞け″、全部。」
「…………」

晴人は黙っていた。
けれどその指は、自分の膝を押し込むように強く握られている。

 

(……お前も、ちゃんと人を好きになれたんだな…)


やり方が間違っていたとしても、頼りになる風紀委員長だとしても、要にとっては晴人は年の近い弟のような存在であることに変わりはない。
今、後悔をして反省している晴人を突き放せる冷酷さは要にはなかった。


 

(……ちゃんと、聴いてるか)

 

テーブルに伏せたスマホは通話中のまま、凪に繋げている。
あいつは晴人との会話を、隣にいる美咲に聞かせているのだろう。

——あいつがどう思うか。
それがこの対話の結末になる。
そして、晴人にとっても、美咲にとっても、それが本当の″選択″の始まりになる。

(本当に、世話が焼ける……)







***







時間が少し戻って会長の部屋。

昼下がりの光がカーテンの隙間から差し込んで、床に淡い影を落としている。
俺はソファに座りながら、ペットボトルの水を飲んでいた。
……この数日で、無意識に晴人と同じ銘柄を選ぶ癖がついていたのが、自分でも少し気持ち悪かった。


「……あいつと話をするから、お前もちゃんと、あいつを見ておけよ」

部屋を出る直前、会長は俺にそう言った。


「見るって……何を」

問い返す暇もなく、会長は静かにドアを閉めた。

代わりに部屋のテーブルに置かれたスマホが、通話中のままこちらに音を届けてくれる。


「結構ちゃんと聞こえるね」
「うん。……なんか、盗聴してるみたいだね、これ」
「僕たちは当事者だからいいんだよ。」

凪くんは笑いながら、となりに腰を下ろす。
その顔が、どこか真剣な気配を含んでいた。


「ねぇ、美咲くんはどうしたいの?」
「………え、」
「君が晴人から逃げたいなら、僕と要は君を逃すよ。……今より“徹底的”に」

凪くんの目が、まっすぐ俺を射抜く。
冗談なんて一切混じってない。
その瞳が、本当で言ってるのが伝わってくる。


「でもね、僕はまだ——君の気持ちを聞いてない」
「……俺の、気持ち……?」

口にしてみても、その言葉の重さが掴めない。
それでも凪くんは、優しく、でも鋭く追い込んでくる。


「晴人に対して、憎いなら殴りに行ったらいい。嫌いなら無視すればいい。
でも、美咲くんは影から晴人を見るだけじゃん」

(見てたって……そんなつもりは……)


でも、見ていた。
この数日間、確かに晴人を目で追っていた。

食堂の窓際で、笑ってる彼の疲れた顔を。
いつだって完璧な王子様だったのに、制服の襟が少しだけ乱れていた無頓着な姿を。
影に沈んだ、青い目を。

——前は、いつだって完璧で、俺のために何でもしてくれたのに。

(……″俺のため″?)



思考が、そこで止まった。





「……ねえ、美咲くんは、どうしたいの?」

凪くんの声は柔らかいのに、逃げ道をくれない。
まるで、自分の本音を認めるまで先に進ませてくれないみたいな、そんな厄介さがあった。


「……どう、したい……?」

何度も頭の中で転がしてみる。


(逃げたいなら、もう逃げてるはずだ。)
(怒ってるなら、もう完全に縁を切ってるはずだ。)


でも俺は、会長と凪くんに守られてる今も、
どこかで“委員長”のことを思い出してしまう。

冷蔵庫の中のボトル。整えられた部屋。彼の声、彼の微笑み。
ひとつひとつの思い出が、まるで皮膚に残った痕みたいに、消えてくれない。


(……もうあんなふうには戻れないって、分かってるのに)

分かってるのに、気づけば——
あの人の目に、もう一度、自分が映ることを期待している自分がいる。


「……俺……」


ようやく出た声が、喉の奥で掠れた。


「…分から、ない。
—あんなに、怖かったはずなのに、寂しいって思ってしまってる。委員長に触られるのが嫌だったくせに、今、あの手が恋しいって思う自分がいるんだ」


自分の胸を押さえながら、俺はうつむいた。


「……なんか、最低だよね、俺」

凪くんは小さく首を振った。


「それが、恋なんだと思うよ。……やっかいで、理不尽で、自分でも持て余すもの」

「…………」

「でもね、それでもまだ“好き”だって思えるなら、ちゃんと向き合ってみてもいいんじゃない?
逃げることが“正しさ”だけど、正しさだけで生きていけるほど、恋は綺麗じゃないから」


凪くんは、どこか寂しそうに笑った。


「僕だってそうだったもん。……要のこと、″正しくないな″って思いながら、それでも好きで、今も隣にいる」


その言葉に、俺はようやく目を上げた。


(……凪くん、やっぱり……)


あの二人の関係に、言葉にならない“熱”を感じていたのは、俺だけじゃなかったのかもしれない。


「……ありがとう」

俺は、ぽつりと呟いた。
凪くんは小さく「うん」と頷くと、スマホの通話音量を上げた。

要と晴人の声が、再び耳に流れ込む。

あの人の声。
あの人の痛み。
あの人の、後悔。

——それを、今度は逃げずに聴こうと思った。

 

この気持ちが″愛″かどうかは、まだ分からない。
でも、それでもいい。

自分の想いを、ちゃんと見つけにいこう。

 

——それが、俺の“最初の恋”なんだと、やっと気づいたから。





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