【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

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【第二章】 「腹黒王子に逃げた俺、逃げきれませんでした」

11—完—

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(???視点)









昼食時の食堂は、いつものように賑わっていた。
箸の音、笑い声、トレイの上の食器が擦れる音。

そんな雑多な騒がしさのなかで、窓際の二人はやけに静かだった。


「……あらら。元の鞘に収まっちゃったか」


新聞部員はトレイを手にしたまま立ち止まり、食堂の一角を見つめる。

天瀬晴人と根津美咲。
寄り添うように並んで座る二人の距離は、微妙だった。
触れ合っているわけではない。けれど、互いに意識し合っている気配がある。

だが、よく見ると以前と違う点もある。
天瀬晴人のトレイには、いつもどおり洒落たサンドイッチとスープ。一方で、根津美咲の前には湯気を立てた生姜焼き定食。


(前は、自分と同じメニューしか食べさせなかったのに。)


一度壊れたはずの関係が、まるで最初からそうだったように“穏やか”に見えるのが、逆に不気味だった。


「……可哀想に。逃げるなら、きっと最後のチャンスだったのにね」

つぶやくように愚痴た言葉に、意図しない返事が返ってくる。


「人の恋愛事情が、そんなに楽しいか?」

背後からかかった声に、新聞部員は振り返る。
声の主は、黒髪に銀のピアスが光る男子——澪だった。


「もっちろーん。こんな閉鎖的な場所じゃ、スキャンダルくらいしか楽しみがないからね。知ってる? この食堂でさえ、カップルの密談が何件生まれたか——」
「それが人の迷惑になっても?」

澪の声が低くなる。
新聞部員は一瞬だけ口をつぐむが、すぐに笑いを取り戻した。


「それを気にする俺だと思う? むしろ、大衆に娯楽を与えてるって、褒めて欲しいくらいだよ」

どこまでも軽く、飄々とした口ぶりだった。
澪は、新聞部員の目を静かに見据えながら言う。


「そうじゃなくて、お前はいつ——“他の奴の恋愛”じゃなくて、“自分の恋愛”を見るんだって聞いてるんだ」

新聞部員の指が、手にしたトレイの縁でぴたりと止まる。

その瞬間だけ、表情から余裕が消える。

「…………え……」






新聞部員の眼差しが、まるで悪戯がばれた子どものように澪を見つめ返す。だが澪の顔は、真剣だった。


「お前、そろそろ逃げ回るの、終わらせるから。」


小さく、けれど確かに投げかけられたその言葉に、
新聞部員は一瞬呼吸を忘れたように口を閉じた。
いつもの毒舌も、皮肉も、浮かれた声も出てこない。

代わりに、胸の奥を突かれたような動揺だけが、瞳に静かに滲んでいた。



窓の外には夏の陽が射している。
けれど新聞部員の影は、その光に背を向けたまま、微動だにしなかった。


——まるで、これまでずっと安全地帯から他人を眺めていた人間が、いま初めて、自分の足元が揺れていることに気づいたかのように。








***






食堂の出来事より前のこと、
昼休み前の廊下は、まだ静かだった。


「……風紀委員長が俺に何のご用ですか」

呼び出された澪は、無表情に尋ねた。
晴人は廊下の窓辺に立ち、背後の木漏れ日を背負いながら、いつもの微笑を浮かべていた。


「ごめんね、急な呼び出しでびっくりさせて」
「……そういうの、いいんで。ハッキリ言ってくれませんか」

澪の声は冷ややかで、どこか読み慣れた芝居に飽いているようだった。
けれど、晴人はまったく動じない。
軽く肩をすくめて、口を開く。


「……君は話が早くて助かるなぁ」

そこからの彼の口調には、わずかに熱が帯びていた。


「君、“あの子”の彼氏なんでしょ?」
「あの子……?」

言葉の意味を測りかねたように眉を寄せる澪に、晴人はあくまで無邪気な顔で言い切る。


「新聞部の子。君の彼氏」
「……まあ、一応」
「だったら、頼みたいことがあるんだ。ちょっと釘を刺して欲しいの。……あの子、どうやら僕の“恋人”を誑かしてたみたいでね」

その言葉に、澪はぴくりと反応した。


「……誑かす、って」
「うん。正確には、“逃げ場を作ろうとしていた”って言った方がいいのかな。……僕の大切な人に手を出すって、どう思う?」

晴人の声は柔らかいのに、底が見えなかった。
水面に映る月のように綺麗で、けれど触れれば消えてしまいそうで、なにより——その水の深さがわからない。

澪はわずかに目を細めた。


「……それを俺に言って、何が目的ですか。俺に忠誠を誓わせたいとか?」
「違うよ」

晴人は、微笑んだまま少しだけ顔を傾ける。


「ただ、君なら分かってくれると思っただけ。同じ“立場”にいたから」
「……同じ?」
「君だって、本気で手を伸ばせば届く相手に、ずっと我慢してたんじゃない?擬装カップルだなんて、相手にとって都合が良い駒になって。……でもそろそろ、欲しくない? ″進展″が」

晴人の声は、まるで囁くようだった。
耳の奥に落ちてくるようなその声音に、澪は初めて明確な“違和感”を覚えた。




(……この人、本当に“変わった”のか?)


根津美咲の前では、確かに誠実に見えた。
けれど今、自分の前で口にしている言葉は——


(あの日、俺に″擬装カップル″を提案してきたときのあいつと、そっくりな話し方)

「……釘を刺すって、どうやって?」

澪は、晴人に答えを求めた。
晴人は首を傾げる。


「簡単だよ。“君の彼氏”って言えばいい。あの子、賢いから気づいてくれる。たぶん、もうとっくに気づいてるけど、確認を避けてるだけ。そういうタイプだよね」
「……」
「君が“所有者”として振る舞えば、きっとあの子は身を引く。そうすれば、僕の恋人に“余計な選択肢”を見せるような真似もなくなる」

澪は一歩引いた。
それが物理的な距離なのか、精神的な拒絶なのか、自分でも分からなかった。
けれど——そのまま、言葉を返さなかった。


「頑張ってね、″ダーリン″くん。」



 





***

 



昼食前、食堂へと続く廊下。
新聞部員は壁にもたれ、スマホをいじっていた。
その姿に澪は近づくと、立ち止まり、ぽつりと尋ねた。


「根津美咲に、迫ったって本当か」

新聞部員は視線だけを上げる。
軽く笑って、何の緊張も見せずに言った。


「……あの子、“良い”からね。逃げ場がないなら、匿ってあげようと思っただけだよ」
「匿う?」
「うん。……優しくされたら、勘違いするのは仕方ないことじゃない?」

まるで悪気のない声だった。
だが、その軽さが逆に澪の胸に重く沈む。


(……俺と、こいつの部屋に——?)


新聞部員はまたスマホに目を落とす。
澪を真正面から見ることはない。

まるで、見ているようで、見ていなかった。
澪が、“自分のことを好きでいてくれる都合のいい存在”である間だけ、彼の世界に居場所が与えられていたのだ。

ふと、廊下の奥から晴人と美咲の姿が見えた。
ふたり並んで食堂に向かって歩いていく。
その背中には、かつての一方的な圧力はなく、どこか均衡があった。


(俺たちより、よっぽど恋人らしいな)




待っても駄目なら伝える日がくる。
伝わらないなら押し付ける日がくる。
押し付けても変わらないなら、いつか崩壊する時がくる。




——散々、″待て″には従ったよな。

 






 

***





 

(やっぱり、君は僕と同じだ)


食堂の隅のテーブル。
晴人は、生姜焼きを頬張る美咲の横顔を見ながら、ゆるく笑った。


(僕は、変わってなんかない。……でも、そう見せることはできる)


自分の願いを叶えるためなら、他人の“恋”を利用することにためらいなどなかった。


(だって、僕はもう知ってるんだ。……君の弱さも、好きなものも、涙の味も。何より——僕を選んでくれた、その手の温度を)


隣で、美咲が水を飲みながら「うまい」と呟いた。

晴人はその声を、何より甘いものとして噛み締めていた。

 


——それに、″悪い子″には″罰″が必要でしょ?







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