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【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」
3
しおりを挟む寮へと向かう道すがら、夕焼けが空を染めていた。
凪くんとは途中で別れ、今は晴人と二人きり。初夏の風は爽やかで涼しくて、先程の喧騒を洗い流すように吹き抜けていく。
「……やっぱり、根津くんって面白いな」
ふいに隣から、ぼそりとそんな声が聞こえた。
振り返ると、晴人は前を向いたまま、夕日で金に染まった髪を揺らしていた。
「え? なにが?」
「いや、なんでもない」
ふわりと、綺麗な顔で微笑む。けれどその目元は、どこか硬い。
——演じてる?
久々に感じた晴人に対する違和感に、美咲はすぐに警戒した。
見慣れた″王子様″の仮面は、彼が自分の感情を奪うときいつも装着していた笑顔だ。
「ねえ、美咲くん。……君って、僕に嫉妬したり、する?」
唐突な問いだった。
俺は一瞬ぽかんとしてから、首を傾げた。
「……え? 嫉妬? しないけど」
そう答えた瞬間、隣を歩く晴人の足がわずかに止まった気がした。
気のせいかもしれない。だけど、空気が一瞬だけひやりと冷たくなる。
「……そっか」
歩を進めながら、晴人がぽつりと呟く。
その横顔は、表情こそ柔らかいが——どこか、拗ねた子どもみたいだった。
「僕が、要に触れても?」
「……? 会長に?」
「うん。今日みたいに、ネクタイをいじったり、距離近くして話しても……嫌じゃない?」
俺は考えるふりをしながら、言葉を探した。
——晴人が仮面を着けて話しているということは、″この会話″には晴人が望む″選択″がある。
正解を見つけようとする。でも、美咲にはわからない。
「……会長と委員長って、幼馴染なんでしょ?」
「うん」
「なら……悪ふざけの延長っていうか、そういう関係なんだと思ってた。委員長が本気であんなことするとは……あ、ごめん、そういう意味じゃなくて……!」
慌ててフォローを入れたけれど、晴人の足取りは変わらなかった。
ただ静かに、穏やかに歩いている。でも、表情は読めなかった。
(……あれ?)
ふと、ほんの少しだけ寒気がした。
「……そっか」
たった一言。けれど、その声はどこか——遠かった。
(……なんか怒らせた?)
いやいや、俺は何も悪いことは言ってないはずだ。たぶん。
でも、隣にいる晴人の“静けさ”が、いつもよりずっと怖かった。
(……この子、本当に、僕のこと恋人と思ってるのかな)
晴人の脳裏には、そんな考えがよぎっていた。
今日も朝は穏やかな二人の時間だったし、学内では手を繋いでいない。甘えることも、していない。
君は凪に触れられて、嫌がるんじゃなくて顔を赤くした。
僕が触るかと同じみたいに受け入れた。
それが自分の″教育″の成果だとしても、むかつく。
僕が要に触れても、あわあわと赤い顔をするだけで嫌な顔一つしない。
君は、僕じゃない人に触れられても拒否をしない。独占されたって、拒絶ひとつしない。
それはつまり、″僕への感情が動いていない″ということだ。
(君が欲しいのは、″僕″じゃなくて、“恋人という設定”なんじゃないの?)
風が吹き抜ける。
金の髪が揺れても、彼の心の中のわだかまりは、静かに積もっていくばかりだった。
(……美咲くん、君はいつになったら僕に溺れてくれるのかな———?)
——次第に、″試したくなる気持ち″が膨らんでいく。
***
護堂要が自室の扉を開けると、そこには、当然のように凪がいた。
ルームウェアに白いエプロンを靡かせて、小さなキッチンに立っている。
「……帰れって言っただろ」
そう呟く要の声は低く、ややかすれていた。
何もかもが煩わしいとでも言うような顔。けれど凪はまったく動じず、明るい声で返す。
「もういいじゃん、その話は!」
凪はキッチンに立ったまま、お椀に味噌汁を注いでいた。
肩の力が抜ける、安心する香りが部屋に漂っている。
凪はどこか気まずそうに、けれど意地っ張りな猫のような声で続ける。
「……邪魔したのは、謝るよ。でも、あれは晴人が悪い!」
「いやお前も悪い」
要は即答した。
ぴしゃりと切り捨てられて、凪の頬が大きくむくれる。
「~~~っ! 要は、僕の恋人でしょ!?」
バン、と手に持っていた箸がテーブルにぶつかる音。
凪の声には苛立ちと、どこか寂しさの混じった音があった。
「なんですぐ僕が一番って言わないの! なんで僕を選ばなかったの!!」
——その言葉に、要はゆっくりと顔を上げた。
なんだ、この馬鹿。…寂しかったのか。
俺はちゃんとお前の恋人なのに、何を不安に思っているんだ。
凪の言葉には彼の″冗談″を″本気″に受け取って欲しかった本心がありありと見えていた。
「……俺のお姫様は我儘だな」
吐き出すように、息をつく。
そして、むくれる凪の頭を撫で、まっすぐ見つめたまま言った。
「ちゃんとお前が一番だよ」
「…ほんと?」
ふわりと、凪の表情が、一瞬で緩む。
安堵と、喜びと、独占欲。その全部が渦を巻いて滲んでいた。
「だから、あんな意味のない喧嘩はもうすんな」
「……うん」
ようやく素直になった凪に、要は目を細めた。
「……飯、ありがとう。食べていいか?」
「——うん、今日は腕に″より″をかけて作ったからね」
食後30分。
護堂要は、椅子の背にもたれて軽く呼吸を整えていた。
(……暑い。なんか、やたら……身体が火照る)
額にはじわりと汗。視界がゆらゆら揺れて、心拍が異様に早い。
喉が渇く。皮膚の下がむず痒くなる。
(まさか、とは思うけど……いや、でも……)
そこまで考えたときだった。
「ねえ、要」
いつの間にか凪が目の前に立っていた。
そして——その膝が、要の太ももに乗った。
「凪……、今日は…、」
「…どうかした?僕、要に触れたいんだけど」
凪の声は甘い。けれど、その目は笑っていなかった。
そのまま、彼は要の身体にゆっくりと覆いかぶさる。
「っ、凪、ちょ、待て、俺、ほんとに……今、やば、」
「へえ~? “やばい”って、なにが?」
凪は耳元に唇を寄せ、いたずらっぽく囁いた。
熱い吐息がかかる。
「もしかして……僕の料理が“効いちゃった”とか?」
要の顔から血の気が引く。
凪が布越しに触れるたびに、背がぞわぞわが湧き立って、敏感になっているのが嫌でも分かった。
「そういえば、僕はクッパなんだっけ?僕は要に謝ったけど、要からはまだ謝ってもらってないな~~~~」
「ぁ、あの、凪、悪かった。俺が悪かったから、」
——違う、凪は、寂しいんじゃなくて、晴人を拒否しないことに怒ってたんだ。
今更理解しても要の逃げ場はない。
恋人同士の甘い放課後の時間、要にとって苦い思い出がつくられる事になる。
「だよね~~?恋人を悪役呼ばわりとかあり得ないよね~~?
……じゃ、たっぷり″反省″してもらおっかな。」
にっこり。
その笑顔は、まるで子どもが大好きな玩具を手に入れた時のそれだった。
けれど、今の要には、その玩具が自分自身だということが、何よりも恐ろしかった。
(誰だよ、“か弱いお姫様”とか言ったやつ……)
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