32 / 37
【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」
7
しおりを挟む午後の休憩時間の廊下は、湿った風が通り抜けていた。
七月も半ば。窓から差し込む陽が長く影を伸ばし、その影の中、俺はまた——見てしまった。
晴人と、以前の男がふたり並んで歩いているのを。
(……また、話してる)
ただ並んでいるだけ。けれど、近い。
男の無表情と、晴人の柔らかな笑顔。それだけの構図なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。
(……っ)
ふと、聞こえた。
「なあ、晴人。あのことの“報告”だけど——」
(……今、なんて……?)
名前呼びだった。
俺はその一言に、心臓が跳ねるような衝撃を受けた。
(……あいつ、“晴人”って呼んだ……?)
晴人のことを、あの王子様のことを、下の名前で?
なんのてらいもなく、まるで呼び慣れてるみたいに?
(ちょっと待って。俺、まだ名前呼び始めたばっかりなのに……!)
あざとく笑っておねだりされて、やっとこっちも“晴人”って言えたのに。
なのに、あいつは当然のようにその距離感を超えていて、しかも晴人もそれを咎める素振りすら見せない。
——胸が、きゅっと痛んだ。
(……なんか、やだ……)
俺は、晴人の″恋人″だ。
そのはずなのに。こんなにも近くにいるのに。
あんなふうに、当たり前のように晴人を呼ぶ″他の誰か″の存在に、こんなにも嫉妬するなんて。
″俺以外の人間″に見せる顔があることを、初めて突きつけられたような気がして、どうしようもなく——苦しかった。
けれど、その先の会話は、俺の耳には届かなかった。
晴人はふっと視線を横に流し、なにかを呟くと、澪が無言でうなずいた。
——それだけ。俺の目にはただの親密なやり取りにしか映らない。
でも、きっとそこには俺の知らない“コード”がある。
(……俺、知らない顔、されてる)
そのままふたりは角を曲がり、視界から消えた。
その背中に手を伸ばせなかった自分が、少しだけ悔しかった。
***
部屋に戻ると、晴人はすでにいた。
制服のネクタイを緩め、簡易キッチンで紅茶を淹れている。
その手つきが妙に優雅で、さっきのもやもやがぶり返す。
「……おかえり、美咲くん。今日も暑かったね」
いつも通りの声。いつも通りの微笑み。
けれど、俺はどこか冷静になれなくて、口をついて出た。
「……ねえ。さっき、廊下で話してた相手、誰?」
少し、晴人の手が止まった。
けれど、表情は変わらない。
「……ん?澪くんのこと?」
俺はこくりと頷いた。
「たぶん…そう。なんか……距離近かったし……名前も、呼んでた」
言ったあと、俺は自分の声の“拗ねた色”に気づいて、思わず唇を噛んだ。
(やば……なに、俺、めちゃくちゃ子供みたいじゃん……)
だけど、晴人はふわりと微笑むだけだった。
「澪くんとは、ちょっとね。共有しなきゃいけないことがあって」
「……共有?」
「うん。……君にはあんまり関係ない話だよ。安心して」
その声は、優しくて、でもどこか突き放すようでもあった。
「……ふうん」
苦笑して、俺はベッドに腰を落とす。
(関係ない……か。恋人なのに、知らなくていい話……)
なぜか、その言葉が心に刺さった。
俺には見せない顔を、誰かに見せて。
俺には話さないことを、誰かと話して。
それでも、“恋人”でいられるのかな。
少しだけ冷めた紅茶をひとくち飲み、俺は視線を落とした。
けれど、そんな俺の横にそっと座った晴人は、まるで全部を包み込むように——柔らかな声で囁いた。
「……ねえ、美咲くん。名前で呼んで?」
「……っ、今、そういう雰囲気じゃない……」
「……じゃあ、雰囲気、作ってあげる」
晴人は、俺の髪に指を通しながら囁く。
「……ねえ、美咲くん。僕のことだけ見ててくれるよね?」
鼓動が跳ねた。
甘い、甘い声。けれどその奥には、何か冷たいものが潜んでいる気がしているのに。
——俺は、胸の熱を抑えられなくなっていた。
***
同じ日の夕暮れ。
静かな風紀委員室では、澪が淡々と、晴人に報告していた。
「……観察記録は全部燃やした。手帳は保管してある」
「ありがとう、澪くん。あの子は……生かしておいた方が、″使えそう″だから。」
晴人は紅茶を啜るように、口元をほころばせる。
「……使わせるつもりはないが」
「へえ」
晴人は、口角を僅かに上げた。
「何だ。君もちゃんとそういう顔、出来るようになったんだね」
「………誰かさんのおかげでな。」
晴人の笑顔が、さらに深くなる。
「ふふ。……でも、ここからが本番だからね」
窓から差し込むの光の中、ふたりの影は長く伸びて、どこまでも重なっていた。
——その影の中で、恋人という名の檻が、少しずつ、その形を完成させていく。
135
あなたにおすすめの小説
【完結】観察者、愛されて壊される。
Y(ワイ)
BL
一途な同室者【針崎澪】×スキャンダル大好き性悪新聞部員【垣根孝】
利害一致で始めた″擬装カップル″。友人以上恋人未満の2人の関係は、垣根孝が澪以外の人間に関心を持ったことで破綻していく。
※この作品は単体でも読めますが、
本編「腹黒王子と俺が″擬装カップル″を演じることになりました」(腹黒完璧風紀委員長【天瀬晴人】×不憫な隠れ腐男子【根津美咲】)のスピンオフになります。
****
【あらすじ】
「やあやあ、どうもどうも。針崎澪くん、で合ってるよね?」
「君って、面白いね。この学園に染まってない感じ」
「告白とか面倒だろ? 恋人がいれば、そういうの減るよ。俺と“擬装カップル”やらない?」
軽い声音に、無遠慮な笑顔。
癖のあるパーマがかかった茶色の前髪を適当に撫でつけて、猫背気味に荷物を下ろすその仕草は、どこか“舞台役者”めいていた。
″胡散臭い男″それが垣根孝に対する、第一印象だった。
「大丈夫、俺も君に本気になんかならないから。逆に好都合じゃない? 恋愛沙汰を避けるための盾ってことでさ」
「恋人ってことにしとけば、告白とかー、絡まれるのとかー、無くなりはしなくても多少は減るでしょ?
俺もああいうの、面倒だからさ。で、君は、目立ってるし、噂もすぐ立つと思う。だから、ね」
「安心して。俺は君に本気になんかならないよ。むしろ都合がいいでしょ、お互いに」
軽薄で胡散臭い男、垣根孝は人の行動や感情を観察するのが大好きだった。
学園の恋愛事情を避けるため、″擬装カップル″として利害が一致していたはずの2人。
しかし垣根が根津美咲に固執したことをきっかけに、2人の関係は破綻していく。
執着と所有欲が表面化した針崎 澪。
逃げ出した孝を、徹底的に追い詰め、捕まえ、管理する。
拒絶、抵抗、絶望、諦め——そして、麻痺。
壊されて、従って、愛してしまった。
これは、「支配」と「観察」から始まった、因果応報な男の末路。
【青春BLカップ投稿作品】
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる