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【最終章】「腹黒王子と俺、今ではすっかり″恋人同士″です(ただし逃げ場はない)」
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しおりを挟む夜の寮室。
いつものように、テーブルには紅茶のカップと宿題のノート。
けれど、空気はいつもより数度、冷えていた。
「……さっきのやつさ。前に話してた、澪だよな?」
沈黙を破ったのは、美咲だった。
この数日、何度も澪と晴人が親しげに話しているのを目撃した。
胸に溜まった熱は粘度をあげて、どろりとヘドロのように喉に張り付いてくる。
美咲の内心を知らない晴人は小さく笑いながらティーカップを傾ける。
「ん? そうだよ。どうして?」
「……あいつ、また名前で呼んでたよな。″晴人″って」
晴人は笑みを崩さず、カップをそっとソーサーに戻す。
「うん。呼び慣れてるからね、彼」
その一言が、妙に耳についた。
呼び慣れてる——?
どういう意味だ。いつから、どれくらいの距離感で、何を共有してきたんだ。
「……俺のこと、あいつにどこまで話してる?」
目を細めると、晴人は首をかしげる仕草をして、わざとらしく口元に指を当てた。
「んー、どこまで、だっけ? ふふ、君の可愛い寝相のこととか?」
「…そういうのじゃ、なくて……っ」
…美咲は椅子から立ち上がり、机越しに晴人を強く見つめた。
——これまで、こんなふうに彼を問い詰めたことなんて、一度もなかった。
それでも、晴人がわざと自分の言葉を煙に巻いているのが分かってしまって、それがどうしようもなく嫌だ。
名前呼びも、近すぎる距離も、共有されない秘密も。
それらがすべて、自分の大切なものを脅かすように見えて、どうしようもなくて——。
「……本当は、澪のこと、信頼してるとか……違う意味で特別だったりする?」
少しだけ、問いの声が震えた。
晴人は立ち上がり、ゆっくりとテーブルを回って美咲の正面に立つ。
青い瞳が、どこまでも優しく、けれど底が見えない。
「ねえ、美咲くん」
柔らかく囁くような声。
「ずいぶん焦ってるみたいだけど……もしかして、嫉妬?」
その瞬間、脳が真っ白になる。
「——! 当たり前だろ!?」
自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
静かな夜の部屋に響いたその言葉に、美咲自身が呆然とする。
晴人は、一瞬だけ目を見開いて、それからゆっくりと口元を緩めた。
「……そう。そっか、嬉しいな」
「嬉しいって……お前……」
「だって、美咲くんが僕のこと“ちゃんと恋人として見てる”って、分かるから」
にっこりと笑う晴人。
けれどその笑顔の奥に、何かを試すような、挑発的な光が見えた。
——この人は、わかってる。
俺がなにを不安に思って、なにを知りたくて、なにを欲しがってるか、全部わかってて、あえて言わない。
本当は「心配しなくていい」「僕には君だけ」って、その一言を待ってるのに。
「……なんで、そんな言い方…すんの……」
「そんな言い方?」
「晴人さ……わざとだろ。俺が不安になるってわかってて、言葉濁して、笑って誤魔化して……」
困惑と怒りに翻弄される美咲を、晴人は少しだけ困ったような顔で見て、微笑んだ。
「……君が、どうするか見たくて」
「……は?」
「僕を、どれくらい好きなのか。どれくらい怒るのか。どこまで嫉妬するのか。……ねえ、興味あるよ?」
——ほんと、こいつ……!
美咲は噛みつきたくなるほど悔しくて、でもその手は、晴人の胸元のシャツを掴むことしかできなかった。
「ほんと、性格わっる……」
「うん。美咲くんのおかげで、ちょっと悪くなっちゃったかもね」
「調子にのんな……」
「でも、大丈夫。僕の全部、君だけに見せてあげるよ」
晴人はふわりと笑って、美咲の額にキスを落とした。
その瞬間、怒りも不安もすべて吹き飛ぶような甘い衝撃が胸を打つ。
(……ほんとに、ずるい……)
信じたい。けど、怖い。
でも、目の前のこの人が俺の“恋人”だってことは、間違いなくて——
「……だから、もうちょっと拗ねてて。可愛いから」
「……っ、」
美咲は顔をそむけて、晴人のシャツを掴んだまま、その胸に額を押しつけた。
夜の静寂の中、ふたりの影がひとつに重なる。
「———やっとちゃんと、僕に嫉妬″できた″ね、美咲くん。」
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