【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

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【最終章】

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(モニカ視点)



 

——ああ、やっぱり、よくお似合いですわ。レティシア様。

 
青い宝石を首元に飾るお姿は、まるで絵画のようで。
けれどそれ以上に、あの人が自分の意思であの色を身につけているという事実が——私は、たまらなく嬉しいのです。

 

私は、あなたが小さな頃から仕えてきました。

 

絵本より心理学の本を見て、
お絵描き道具より拷問道具を手に取って、
悲鳴と嗚咽の入り混じった暗い地下塔で育ってきたお嬢様。

花の香りではなく血の匂いがこびりついて、
表情が欠落したような幼子でした。



あの日、お嬢様が誘拐される前。


ヴァルデューラ家のお嬢様は、ユリウス殿下はお年が近いことから、婚約者候補に上がっておりました。


私は、この因果に囚われたような少女が少しでも自由に生きられたらいいのにと、心の中で願っておりました。



 

……しかし、運命は残酷なもので。

 

レティシア嬢を連れ去られたと見張りの者から聞いたとき、
私は身体の血が凍ったように動けなくなりました。


来る日も来る日も捜索して、

それでもあなたは見つからない。


ようやく救出されたときには数週間も経っていました。


あの時、土にまみれたドレス、涙で濡れた頬、

痩せこけた顔と、アザまみれの身体。

そして、男の手が近づくだけで怯えるようになった令嬢の震えた肩。

 

何故、と私は犯人を深く恨みました。



犯人は見つからず逃亡したまま。


お嬢様は傷つけられてもなお、泣き喚きもせずお母上に尋ねたのです。


『おかあさま……私は、“弱かった”ですか?』と。




あのときから、希望が消えてしまったのです。

 

侯爵家の跡取りとしての使命。
誰にも舐められないようにと、心に鎧をかけて。
“尋問”という仕事に身を投じ、痛みと苦しみを見つめる日々。

誰にも触れられず、誰にも触れさせず。

ご自分の価値を、痛みの中に見出すようになったあの姿は……
本当に、本当に、哀しくて、痛々しかった、

 

けれど。

 

今、レティシア様は“誰かにもらったもの”を、身につけていらっしゃる。

それは昔の彼女なら、決してしなかったこと。
見せびらかすように輝くあの宝石は、かつて失った希望の象徴でもあるのです。

 

(ユリウス様……貴方は、あの方の心に、何を灯してくださったのでしょう)

 

もしそれが恋だとしても。
もしそれが策略だとしても。

構いませんわ。

 

あの人があの人らしく、“今”を生きていけるのであれば。

この世界で、ただ一人でも、
レティシア様を優しく見つめてくれる人がいるのであれば——

 

わたくしは、もう、十分です。

 

(どうか、どうか、その手を放さないで)

そう祈ることしかできない自分が、少しだけ情けないけれど。

今は、そう願わずにはいられないのです。

 

侯爵家の裏庭を通る風が、秋の香りを運んできました。

まだ夏の名残を含むその風が、あの人の青いペンダントを、やさしく揺らしていました。

 



***





静かな石造りの地下牢は、昼も夜も分からない。
ガス灯の灯りだけが頼りの暗い空間で、白い洋服の彼女は妖精のように異質に見えた。

私は椅子に腰をかけ、目の前の少女、セラフィーヌ・ヴィエルジュを見つめる。

彼女は鎖をつけられているわけでも、粗暴な看守に囲まれているわけでもない。
ただ、椅子にちょこんと座り、丸い瞳でこちらを見ていた。

 

「ご機嫌よう、セラフィーヌ様」

「……ごきげんよう。レティシアさん」


……今の状況を、理解していないわけではないでしょう。
けれど彼女は、まるで教会の高台に立つ時と同じ顔をしていた。

まっすぐで、曇りのない、信じる者の目。

 
「今は、“被疑者”とお呼びしたほうが正確かしら?」

私の皮肉にも、セラフィーヌはただ微笑むだけ。

彼女はどこまで知っているんだろう。
自分が扱っていた蜜の毒性はご存じ?

だとすれば、そんなに無垢な顔をして人に毒を盛れるなら、
それは王家の影よりも残酷な始末者になれる器でしょうね。

 
「レティシアさん。こちらから尋ねるのも変かなと思うんですが、……レティシアさんがここに?」

「…これが、私の本職ですのよ。」

「まあ……」


私は冷たく言い放ってから、机の上の記録帳を開く。
世間話をしにきたわけではない。
私は彼女と教会の繋がりを詳らかにして、あの教会の関係者達の逃げ道を潰さなくてはいけないのよ。
 

「一部の蜂蜜に幻覚作用があることは、ご存じでしたの?」

「いいえ。知りませんわ。私は、ただ、修道院で育てられた通りにお菓子を作っていただけ」


声の震えも、目の泳ぎもない。
演技か、それとも本当に“無垢”なのか。……両方、という可能性もあるけれど。



「あなたが殿下に渡したお菓子。国王陛下に差し出した茶。社交界で振る舞った飲み物の数々。どれも、同じ匂いがしましたの」

「まあ。それは、わたしが好んで使う材料ですから」

躊躇がない。疑いもしない。
これは、そういう性質の人間。善意がすべてを覆い隠している。

「その材料は、どこから?」

ピタリと、彼女の言葉が止まった。


「貴女の“好み”が王家を壊しましたわ。
 ……おわかりになって?」

セラフィーヌの顔が、わずかに曇る。

「私は……誰かを傷つけたつもりは……」
「“つもり”ではなく、“結果”が問題なのです」


問い詰めるような声ではない。淡々と事実を並べる。

けれど彼女は、まるで打たれたように黙り込んだ。

 

(自分が愛される存在であることが、彼女にとって“前提”になっているのね)

(だからその行動が、毒になったと知らされることは——恐らく、存在否定に近い)

 

「セラフィーヌ様。信仰のためと信じてきたことが、誰かを歪ませていたとしたら——それでも、貴女は何も変わらず微笑み続けますの?」

 

しばらく、返事はなかった。

ただ、白い指がぎゅっと膝の布を握っていた。

 

「私は、神の子。……皆に、愛されるために、生きてきたのです」

 

「……いいえ。貴女は人の子のはずよ。
 ……元は孤児だった、聖女様。」

 

再びの沈黙。視線が揺れる。

それでも、彼女は泣かない。
誇りを捨てない。信仰の偶像であり続けることを、誰よりも望んでいる。

 
(このまま口を割らないつもり?……少し厄介ね。)

 

「あなたが何も語らずとも、証拠は揃っています。
 無理に喋らせようとは思いませんの。……ただ、最後に一つだけ伺いますわ」

 

私は身を乗り出して、そっと問いかける。

 

「アルフォンス殿下を愛していらっしゃいましたか?」

 

セラフィーヌの目が、初めて揺れた。

 

「……ええ、もちろん。アルフォンスは、私の光でした。あの方だけが、私を……」

 

言葉が、消える。

彼女はそれ以上、何も言わなかった。
けれどその沈黙が、なにより雄弁だった。



「彼を救いたいと思うなら、貴女の罪を話すべきですわ。 共に地獄へ落とすおつもり?」



彼女は手を握りしめ、何も言わない。



それを見てレティシアは、静かに目を閉じた。




(もう、教会と彼女を結ぶものは、聞く必要がない。)



″材料″は教会側が知っている。
彼女はただ知らないだけ、ではないでしょう。

明らかに誰かを庇うような沈黙だもの。
でも、アルフォンス殿下への想いが彼女を揺るがしている。




 

「ご協力、ありがとうございました。尋問は終わりですわ」

 

軽く一礼し、扉の前へと歩いていく。
その背中に、微かに響いた声があった。

 

「……レティシアさんも、わたし、こんなつもりじゃなかったの……」

 

その声は、確かに彼女の悲鳴だった。

ドアが閉まる音とともに、セラフィーヌの聖女としての仮面が、静かに剥がれ落ちていく。



(………少し、心が苦しいわ。)

 

薄暗い廊下に出た瞬間、私はそっと息を吐いた。

聖女の罪は裁かれるだろう。
王族の血に手をかけた者への処罰は、王国建国以来、変わらない。一族郎党斬首刑。

家族がいない彼女は、ともに逝く人さえいない。


彼女は、


聖女は、


教会の傀儡だ。



 


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