【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

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【最終章】

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燃え盛る音が、空気を裂くように響いていた。
それは焚火の音などではない。人の心を溶かすような、生々しい業火だった。


「……逃げ出そうとしていたようだ」


ユリウスは、倒された祭壇の前で腕を組む。
憲兵に押さえ込まれた老いた男たち、教会の中枢にいた大司祭たちは、目を見開いたままうめき声を上げていた。

幾人かは泣き、幾人かは天に祈るように目を閉じていた。
だが、もはやその祈りに応える神はいない。

 
「これが、“聖域”……ですか」

憲兵がかすれた声で呟く。
ユリウスの隣に立つ彼の足元には、今まさに燃え広がろうとする無数の石楠花の茂みがあった。

石造りの礼拝堂の裏、地下へと続く小道の先。

そこに存在したのは、もはや自然の域を超えた花の牢獄だった。

 

……見渡す限りの石楠花。
赤、白、紫、薄桃色、そして鮮やかな青。
密集しすぎて地面が見えないほどの花が、風もないのに揺れている。

あまりにも美しく、悍ましい光景だった。
いったいどれほどの年月世話をすれば、ここまで株を増やせるのか。
聖女が愛し、世話した花々が彼女を地獄に落としていたなんて、


「……皮肉だね。聖域が、毒の温床だったとは」

ユリウスは冷ややかに言い放ち、ひとつ息をついた。
炎の揺らめきが、その端整な顔を照らし、まるで異端審判者のようだった。

 

「燃やせ。全部だ」

 

その命令に、憲兵たちが火を投げ込む。

花の香りと、蜜の甘い匂いが焦げた空気に混じって、なんとも言えない異臭が広がった。

蒸し焼きにされるような熱の中で、石楠花の色が変わっていく。
咲き誇っていた毒花たちは、やがて灰の粉となり、重く地面に降り積もっていく。

 

「……きれい、だ」

誰かが、ぽつりと呟いた。

あまりにも、皮肉な言葉だった。

 

花の楽園。毒の巣窟。
人の心を奪い、国の頂点さえも狂わせた″聖域″は、今こうして音もなく崩れていく。

 

「見ておくといいよ。これが、君たちが見れる最後の教会だからね。」

ユリウスの声に、大司祭たちは誰一人反論できなかった。

その瞳に浮かぶのは、崩れ去った“奇跡”の正体。
そして、自分たちが積み上げてきたものが、虚構であったことの証明だった。

 

「……それでも、彼女は神を信じていたんだろうな」

口からこぼれた声に、ユリウスはただ目を細めた。

燃え尽きる花の香りは、どこか懐かしく、
それでも確かに、世界の終わりを告げるように、痛烈なまでに甘かった。

 
「……尋問室にはいかない。
 君たちの悲鳴を、彼女たちは聞きたくないだろうからね…、
 だから、話してもらおうか。 今ここで、全て。」
 






***




王城の応接間は、夜の帳に包まれていた。

外では衛兵が松明を掲げて巡回しているが、この部屋にはそれを打ち消すような重苦しい静寂が満ちていた。

ソファに腰を下ろすレティシアは、グラスの水を一口だけ含み、静かに目を伏せる。
隣のユリウスもまた無言のまま、書類を一枚机に広げていた。
向かいには、黒い礼服のアルフォンス。

教会の火は消えた。


ユリウスが、ゆっくりと語りだす。






———ことの真相は聖域に咲いた″石楠花の花″。




その蜜を使って幼いころセラフィーヌがクッキーを焼いたことが発端だった。



石楠花の幻覚作用に気がついた教会関係者は
教会と王家の政治バランスを覆すため、彼女を″未来が見える聖女″として祭り上げる。

実際は未来など見えるはずもなく、聖女に適当な言葉を言わせ教会の力で事実を捻じ曲げてきた。

そして王家は教会との力関係のため、聖女に接触する。
近づいてきた男たちに何も知らない聖女は無邪気に″毒″を与えて中毒者にしていった。


レティシアの喉がひくりと動く。


「……聖女は、何も知らずに。ただお菓子を作っていただけ……?」

「そうだよ。……でも、それが国を蝕んだ」


ユリウスの声が、どこか遠くを見ているように響いた。

 

「教会は聖女の″蜜″を政治の駒にした。王族の心を支配することで、実権を奪うために。」

「……彼女は、……セラフィーヌは……、尋問されてもなお、教会のことは話そうとしなかったわ……!」


レティシアの肩が、激情に震える。


「こんな……っ、……あまりに、惨い……っ」





それは、初めて見る顔だった。



——そうか。
彼女は、悪意ある人間を裁くことには慣れていても、
悪意のない人間には慣れていない。

彼女はまだ世の不条理を、飲み込むことができない。



「レティシア。君がかつて誘拐された事件、覚えているね?」

「——っ」

私は思わず息を飲む。ユリウスの目は、真っ直ぐにこちらを見ていた。

「調査記録が見つかった。あれは事故ではなかった。
 王家とヴァルデューラ家の繋がりを阻止するために、大司祭が仕組んだ計画だった」

「……そ、んな……」

「君は″マッドハニー″の実験台にされ、洗脳される予定だった。
……″国の暗部”として教会は君を傀儡にして、導き手の聖女と裁き手の君で国を掌握したかったんだろうね。」

 

レティシアの目が大きく揺れる。

背筋に冷たいものが走り、思わず両手を膝に押しつけた。


「…だから、彼女に同情するなと? むしろ逆効果ですわ!…私は、私は無罪の人間に尋問なんて——」
「無罪ではない」


会話を遮ったのは、ずっと無言を貫いていたアルフォンス殿下だった。
彼は目を伏せ、しかし芯のある声でハッキリと否定する。



「セラフィーヌも、俺も、無罪ではない。
 たとえ意図がなかったとしても、俺たちは国を歪めた。その始末は、負わなければならない」

「……でも、それでは……!」

「君だって、分かっているはずだ。
 これは“過失”では済まされない。信仰を楯に、国家を揺るがした。……罪は、罪だ」

 

レティシアは、目を伏せた。

胸の奥に積もる、どうしようもない無力感。
誰も救えないまま、秩序だけが人を裁いていく。

 

セラフィーヌは、断罪される。

大司祭たちと同様、斬首刑が言い渡される。
あの子の笑顔と最後に聞いた声が今も耳に残って離れない。

尋問して、彼女を正面から見て、嫌というほど分かった。
あの子は被害者だと。
なのに救えないなんて、この秩序は不条理だ。



「泣いていいんだよ、レティシア」


彼の手が、そっと肩を抱く。
温かく、逃げ道のような、安堵のぬくもりだった。

 

「……彼女が、悪人だったらよかったのに……」


絞り出すような声。

それでも、泣いてはならぬと歯を食いしばるレティシアの胸の奥で、何かが静かに崩れていった。

 
『無罪ではない』

アルフォンス殿下の言葉が、深く突き刺さる。

彼の言葉は正しい。

聖女を誰よりも愛しているのに、
彼は一度捨てた秩序を今度は守ろうとしている。



私は、ヴァルデューラ家の継承者として、
正しい選択をしなくてはいけない。





いいえ、選択なんてそもそも存在しない。


彼女の罪は、既に詳らかになったのだから。



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