【完結】悪の尋問令嬢、″捨てられ王子″の妻になる。

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【最終章】

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処刑の数時間前

風の唸りが止まない夜だった。

森の中を駆ける馬車は、街灯のない国境路をひたすらに進んでいく。
窓から見えるのは黒く揺れる木々と、星明かりも届かぬ深い闇ばかり。

 

その密閉された空間の中。
レティシアと、セラフィーヌは向かい合っていた。

 

蝋燭一つの灯りが、小さな馬車の中をゆらゆらと照らしている。

レティシアはいつものドレスではなく、地味な旅行着に身を包み、髪も後ろで一つに結んでいた。
対するセラフィーヌは庶民服に身を包み重苦しく頭を下げている。

 

最初に口を開いたのは、セラフィーヌだった。

 

「……なぜ、私を解放するの?」

 

それは問いというよりも、呻きに近い声音だった。
嗄れた声で絞り出すように言う彼女の目は、怯えと警戒で細められている。
レティシアは、まっすぐその目を見返した。

 
「解放じゃないわ。貴女は今日、処刑されたの。」




「死んだのよ。王都の聖女は、今日この日、処刑された。
 今この馬車に乗っているのは、もう二度とその名を呼ばれることのない、ただの“ひとりの少女”よ。」

「……それって、逃がすってことよね?」

「まあ、そうとも言えますわね。」

「……そんなことをして、あなたに何の得があるの?」

 

セラフィーヌの声には戸惑いだけでなく、微かな怒りさえ滲んでいた。

「私を逃しても、あなたに何の報酬もない。
 叛逆者に手を貸すのは同罪になるんでしょ?
 ……なのに、なぜ?」

レティシアは、それでも表情を変えなかった。



「得なんてないわ。」

 
「だったら……私はあなたの善意で逃がされるの?
 あなたが優しいから、私を哀れんでいるとでも言うの……?」

 
「哀れんでなんかいないわ。」

 

レティシアの声は冷ややかで、それでいてどこまでも真摯だった。



「私はね、セラフィーヌ。
 人を裁く者として、善悪の区別にはとても敏感なの。」

 

「……」

 

「これまで何百もの嘘を見抜いてきた。
 欺瞞も、苦悩も、偽りの涙もすべてその目と声で見極めてきた。」

 

視線がぶつかる。


「だから分かるのよ。貴女は、誰よりも本物だった。」

 

その言葉に、セラフィーヌは一瞬だけ目を見開いた。
口元が震え、レティシアを責めるような言葉を紡ぐ。

「生かされていたと、秘密を話すかもしれないわ」

「いいえ、貴女は話さない。」

「話さなくても、気付かれるかもしれないわ!」

「いいえ、貴女はもう、人を信用していない」

「ならあなたを貶める為に、叛逆するかもしれないわっ!」

「……無駄よ。貴女がどれほど情深い人間か、私は知っていますの。」





「何より貴女が今、私を引き止めようとしているのがその証拠ですわ。」



レティシアの視線がセラフィーヌを刺し、
彼女は言葉をなくし拳を握った。


「私は、知らなかったとはいえ、人を傷つけた。たくさんの人に毒を……!」

「ええ、そうね。」

「喉も焼かず、手も落とさないなんてありえない。
 あなた私のこと嫌いだったんでしょ?
 名前も変えて、生きろなんて、どうしてこんなこと………」

「そうね。……確かに嫌いだったわ。」


レティシアは、少しだけ微笑んだ。
それは慰めではなく、皮肉でもなく、彼女らしい冷徹な優しさだった。

 

「清廉潔白な人間なんていないと思ってた。まあ、貴女も潔白ではないけれど……でも悪人でもなかった。」

「……っ」

「わたくしが裁くのは悪人だけ。……国を担うのですもの、そうでなくてはいけない。」

 

国を担うと口にしておきながら、どうしてこんなリスクを侵すのか、セラフィーヌは言葉を失ったまま、手のひらを見つめた。
その手は、王都で祈りを捧げ、信仰を司り、人々に触れていた手だ。
真っ白だと思っていたこの手は、知らないうちに真っ黒に汚れていた。
それでもなお、私を悪人ではないと彼女は言う。


「でも……私が捕まったら……」

「そのときは、私も貴女と共に斬首刑ね。」

 

即答だった。まったく迷いのない声。

 

「だから、生き直しなさい。
 汚い大人たちに利用された“聖女”は、今日で終わり。
 あなたは、新しい名を持って、別の人生を生きるの。」


「……どうして……」

 
セラフィーヌは喉の奥で絞るように問いかけた。


(どうして……そこまで、私を信じられるの……?)


どれほど言葉を重ねても、彼女の決意は変わらない。
自分のために地獄へ落ちる人をもう見たくないのに、なぜ彼女は私を助けようとするんだろう。
嫌われていたはず、憎まれていたはず、
それなのに彼女の顔はどこか晴れ晴れとしていて、罪を侵す人間の表情には見えなかった。





***





馬車が停まり地面に降り立ったとき、足元の草が夜露に濡れていた。

靴の裏から冷たさが這い上がり、セラフィーヌは思わず身をすくめる。
この身体は、処刑されるの聖女のそれであってはいけない。
レティシアに背を押されるままに進んだ視線の先、焚き火のほの明るさに照らされて、ふたりの人影が立っていた。

 

「……どうして……」

声が震える。

 

月明かりに照らされたその顔に、セラフィーヌは息を呑んだ。

懐かしく、優しく、憎らしいほど穏やかな―――
見間違えるはずのない、その瞳。

 

「アルフォンス……?」

 

彼は旅装を纏っていた。王都で見たことのない、庶民風のコートと簡素なズボン。
黄金の髪を隠すようにフードを被っていたが、それでも隠しきれない気高さがある。

 

「……貴女の同行人が、待っているわ」

レティシアが小さく告げた。

セラフィーヌは、頭を振る。小さく、何度も。

 

「ちがう、違うわ……っ……そんなの、間違ってる……!」

 

喉の奥から声が漏れた。


「どうして、あなたがここに……!どうして……!」

足が竦む。
後ろへと退こうとする体を、レティシアが静かに支える。

 

「……私、あなたを……裏切っていたのよ?」

 

セラフィーヌの声は、嗚咽に変わりそうだった。

「私……あなたの信頼を……未来を全部……ッ……!」

アルフォンスは一歩、彼女へと近づく。
その目はただ真っ直ぐに、何一つ濁りなく彼女を見つめていた。


「君は、何も知らなかった」

「そんな言葉で……誤魔化さないで……!」


セラフィーヌは叫んだ。

「知らなかった、じゃ済まされないことがあるのよ……!
 私のせいで、どれだけ多くの人が……!」

 

言葉が続かない。
胸の奥が焼けるようで、吐き出そうとしても声にならなかった。

 

「俺は、聖女だから惚れたわけじゃない」

 

アルフォンスの声が、夜の空気を切る。

「君が、誰よりも一生懸命で、誰よりも情が深い人だから。
 俺は、そんな君を……幸せにしたかったんだ」

 

セラフィーヌは、唇を噛みしめる。

言葉を受け止めることが、息をするより苦しかった。

 

「……蜜の作用よ……あなたが私を愛しているだなんて、本心なわけないっ!」

「本心だよ」

 
即答だった。迷いのない、真っ直ぐな声。
それにセラフィーヌは頭を抱えるようにして、背を丸める。

「だったら……尚更、駄目よ……っ、
 お願い……アルフォンス、
 これ以上、私のせいで傷付かないで……」

 

彼は、微笑んだ。
どこまでも優しい、その笑みが、罪よりも重かった。
彼の愛の優しさを知っている。
私が知る誰よりも深いそれは、私から何も奪おうとせず、愛も乞わず、静かに真綿のように私を包んでくれていた。
こわくて、愛しくて、
そんな想いが、今度は彼自身を壊そうとしている。

 

「今更だよセラフィーヌ。俺は、君を愛しているのに」

 

私は、目を閉じる。

その一言は、呪いのように胸を締め付けた。

 

 

「……諦めたほうがいいよ」

空気を裂いたのは、ユリウスの静かな声だった。

「どのみち君一人で生きていけるほど世間は甘くない。
 それに、僕たち兄弟はしつこいから」

 
含み笑いが混じった声には、レティシアと同じどこか晴れ渡った声色があった。
セラフィーヌは、小さく震えながら目を開ける。

真っ黒な空と、彼らの視線。
そのすべてが、嘘ではないと告げていた。

 

「……アルフォンス……」

彼の名を、もう一度だけ呼ぶ。

「セラフィーヌ」

アルフォンスは彼女の前に跪き、その手を取った。

 

「諦めて、俺と生きてくれ」

 

焚き火がパチリと弾ける。
手の温もりが、痛いほどに伝わってくる。

 
「……わたしは……罪を、清算しなくては……」


「それでもいい」


アルフォンスの声は、どこまでも低く、優しかった。



「共に、懺悔の旅をしよう。君が罪を背負っているなら、俺も共にそれを背負うよ」

 

セラフィーヌの目から、涙が零れた。

それは悲しみではなく、
決して許されないと信じていた自分に、手を差し伸べてくれた誰かへの、
痛いほどの感謝の涙だった。

 

そして、日が変わる頃には、
王都には、聖女セラフィーヌが処刑されたという報せが広がっていた。

彼女とアルフォンスは、名前をなくし、身分を捨て、
“誰でもない”ふたりとして、新しい人生を始めることになる。

 

それが、許されない罪であったとしても。

情けをかけられた者達は、生きていくしかないのだから。



 


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